先ずは、「本当に生きる道、生き方」のテーマから、次のテーマ「これからはインド哲学バガヴァッドギーターの時代」そして9月21日からは「バガヴァッドギーターを学ぶとどうなるか」を最後に、再投稿してまいりました。
これらはバガヴァッドギーターを学ぶた為のプロローグのようなものでした。
さてこれからは、いよいよ本番の「バガヴァッド・ギーターをひも説く」の再投稿記事110件を毎日アップして参りますので、バガヴァッドギーターとはどんな教えなのかを知って頂きたいと思います。
そして40回シリーズで序説を紐解いていきます。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
2014-01-07 07:37:01テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
インドで聖なる河と言われるガンジス河ですが、そこでは昔から多くの人々が、身を清めると言う目的で沐浴を行っています。
確かに、汗や垢を落とす意味においては、第一義としての肉体の清めには、なっているはずです。
しかし、一義的な単なる肉体の清めを目的とするなら、どこの川でも良いはずですが、あえて聖なる河と言われるガンジス河には、その意味があるはずです。
それは、ガンジス河はクリシュナの蓮華の御足から流れ出ている河であり、ギーターの教えはクリシュナの口から出た不滅の甘露水だからなのです。
ここで大事なことは、ガンジス河で沐浴するのと、ギーターを学ぶのと、どちらが重要かという比較です。
共にクリシュナから生まれている事においては、至上主の足と口とどちらが尊いかなどとは言えません。
その尊さにおいては同じです。
丁度、人間の足と、頭脳とどちらが大事かというのと同じで、それはどちらも同じくらい大事なものである、と同じ理屈です。
人間が活発に活動するには頭より足の方が価値を発揮しますし、物事を記憶したり計算したり考えたりするには、足はその機能を果たせません。
これと同じように、精神的発展を目的にして心を清めようとするならば、初心者の段階としては聖地を巡り、神々の息吹を感じとる事に魅力を感じます。
この様に、初心者の段階としての聖地の存在は、それなりにやはり意味があります。
しかし、この段階で何時までも留まっていては、魂の清めや浄化にはつながりません。
その次に大事なことは、精神的発展の為の知識の体系や修行の為の方法論が、具体的に子細に教えられている聖典が必要になります。
その段階としての役目が、バガヴァッド・ギーターの存在であると言うものです。
主から托された降臨者のギーターの指導は、聖なるガンジス河の水より勝ります。
ガンジス河の水から悟りを得るには、永く触れることが必要としますが、降臨者の指導を受ければ、立ちどころに汚れを落とし浄化する事が出来ます。
聖なるガンガの水によりて汚を雪ぐには、一朝にしてならず。主から命を受けた降臨者によりて濁りを濯ぐは一刻も要さず
<シュリーマド・バーガヴァタム 1章15節>
序説<P91~92>
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
貴方の新しい精神世界を築いて欲しいです。
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バール・クリシュナ・フミオ
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

