ルルガノヒレヒラヒラ

ルルガノヒレヒラヒラ

■■■ここの記事の読み方■■■
新聞と同じです。字の大きいところや、興味を引いたところだけ読んでよし、ctrl+F字キーでキーワード検索しながら読むもよし。流し読みももちろんおkです。

Amebaでブログを始めよう!

歌ができる瞬間、こんな〆方ができたらいいなと。

セカイから生えてくるのがバチャシンでなく想いの持ち主の方であっても良いような気がする。


ざっくりとした設定、

ユーザーのいないセカイ(AR空間)

主人公は「ミクさん」。

夢はバチャシン用舞台で6人全員で歌うこと。


何故か全部の歌が歌える。

見えない手に背中を押される。


千切れるたびに解れる度に、

永遠でない思い通りでもない日々のモノクロは何度でも威糸(いいと)で繋がれた。

______________



GUMIは涙に濡れたミクの頬に触れた。

その小さな手も濡れてしまったが、構わず腕をいっぱいに伸ばして優しく撫でてくれた。

と、GUMIは小さな声で、ゆったりとした拍子で歌を口ずさみ始めた。

慰めてくれているのか、元気を出して欲しいのか真意は分からなかったが、オルゴールの音色の様に心地よくミクの胸の痛みに響いた。






どきん



…なに?




小さなGUMIから紡がれるメロディを聞いているうちに、何故だか焦るような急くような気持ちになってきた。

歌詞が進むにつれ、ミクの心臓が早鐘の様に鳴り出していた。

「…え?」


何かに呼ばれている様な、急がなくては行けないような気がしてスマホを出した。

一つだけタイトルの記入されてない曲が明滅している。

いや違う。今まで何の疑問にも思わず歌っていた全ての曲の中の内の一つの、タイトルが空欄になって明滅しているのだ。


この曲はなんという名前だったか?


今、目の前で心を開いてくれた仲間が穏やかに歌う曲の本当の拍子は?


暗く沈んでいた自分の為に優しく歌ってくれている曲の本当の歌い方は?


セカイの終末を慰めるかの様に語る歌詞に込められた想いは?


これを聞いた時の私の想いと、


私「と」?



ミクはグミを両手に包み込むや否や

“untitled”を押した。


モノクロの舞台だ。「音を吸収するセカイ」がそこにあった。しかし耳を劈く程の静寂に怯んでいる無知と余裕などはもうない。

ここにきてやらなければいけないことを「想い出した」。


滑りそうになるのも厭わず雪の積もったステージに駆け上がり舞台の中央に立つと、大理石の様な真っ白で真っ平らな空と、

無機質に並んで群れる雪の塊もとい伽藍堂の空席をしっかと見据えた。


息を整えるのも待たずに、凍てつく冷たい空気を、肺が痛くなるのではないかと思う程吸込み、歌声を出す。


発声のつもりで出した声は、聞いた事のない筈の曲の間奏を叫ぶように歌った。


猟奇的な曲なのに何故か懐かしい。迫ってくる雪空に吐きかけるのには随分都合が良い。

呪詛をかけるようではあるが、呪いだって構わない。


私は側にいなくてはならないんだ。


空の白さに目を痛くしながら似たような事を話していた人の側にいたミクの白い髪を思い出していた。


私は?私が側に行かなくちゃいけない想いは?!



目が眩んで下を向くと、両手の中で包まれきょとんと固まっているGUMIと目が合った。


「ね、グミ、さっきの歌、」





「一緒に、歌わせて?」



GUMIは目を丸くさせながら辛うじて頷いた。


相も変わらず視界一面真っ白の、雪しかいない観客席の野外ステージに、

ミクはGUMIがよく観えるように掲げ、GUMIは掌の上で姿勢を正した。


二人は冷たい空気をいっぱいに吸い込んだ。



〽「こんな世界」と嘆くだれかの  生きる理由になれるでしょうか――…


二人が歌い出した途端、それまで静寂を決め込んでいたスマホからけたたましくバックサウンドが流れ始めた。


今度こそ聞き覚えがある 。

一歌のギターだ。力強くリードしてくれているのがわかる。しかしそれに合わせてもう一つだけ初めて聞くギターがなっている。

無邪気にこの曲のテンポについてきて、軽快に楽しそうにかき鳴らしているのが妙に懐かしい。



〽街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ――…



悲しくも包み隠さず吐露する歌詞を想って早鐘を打つ胸はますます締め付けられた。


歌声に先程までの絶望感が乗っていく。

しかし決して苦しいだけのものではなく、歌えば歌うほどその感情が浄化していくのがわかった。


そんな救いに呼応するかのような速弾きのピアノの音もする。奏が原曲のテンポで必死に弾いてくれているようだ。


このステージで私たちは孤独ではない事にミクは胸が高鳴った。


掌の上で一生懸命歌っているGUMIは、力強く歌っている自分の姿や流れ出した演奏に驚いているようだった。

今度は私が一緒に笑顔を歌声で引き出す番だ。


〽愛を下さい…


少し前の自分ならただ叫ぶだけ、朗読するだけで終わっていたパートだろう。

ミクは寧々の言葉を思いだして歌詞の言の葉ひとつひとつに気持ちを込めて歌い上げる。


〽醜いくらい美しい愛を…


歌詞を想い、伝え方を想い、演じ方を想い、そして教えてくれた“命”を想った。

私を■■■■た人に負けないぐらいの、愛を。今の私なら表現できる。


伝えたい人が、どこにいたってもう絶望などはしない。


地獄の底にいる「貴女」に! 


〽どうか、どうか…


ハッピーエンドを!


〽もしも夢が覚めなければ姿を変えずにいられた――…


パートが移って曲の空気が変わる。聞く人がどこにいたって全員を巻き込むのが「自分」ではないのか。


いつしか■■■■が話していた。

舞台の上に立つ「初音ミク」に人類はいつでもどんな時代でも惹き込まれていったと。


それができるのが私だ。

こはねと一緒に歌ったステージを思いだし、何も分からなかった自分をここまで助けてくれた皆を想って歌声に力を込めた。


最初は空気が震えて自身の服に変化が起こっているのにミクは気づかなかったが、いつしかミクの服は七色に光りだし、背中には翼のように大きな虹色のリボンが現れていた。


〽雨に濡れた廃線

煤けた病棟 並んだ送電塔…


歌いながら衣装が変わるなんて、まるで闘う魔法少女のようだ。そんなステージで煌びやかに踊って歌えたら。


いや、歌えるはずなんだ。■■■■と力を合わせればどんな困難なステージだって。懐かしいステージでどんな戦闘服を着て立ち向かう事ができる。


眼帯のリンはだからあんなに変わることができたのだ。一緒に歌う雫に全幅の信頼をおいていたから。


思えばあの時にかけられた言葉はその場にいた皆で変身すればもっと良いステージになるという誘いの様にも聞いて取れる。


無知だった。今なら解る。もしどこかであのリンも聞いているなら届いて欲しい。


あんな別れ方をしてもう会ってくれないかもしれない。だけど私も届けたい。あの人にも、私の歌が持つ力を。


〽生きたい君は明日を見失って―


『あなたのその力は何になるの?』


〽どんな世界も君がいるなら―


力、そう、生きる力に。


〽生きていたいって思えたんだよ―


生きて!!!!!!!


「嗚呼、いつしか君がくれたように!!!」


「僕も!誰か(あなた)の心臓になれたなら!!!」



歌声を聞いて誰かが気が付いていないものか、ミクは耳を澄ませた。歌い終わるとセカイは再び静寂に包まれた。

いや、静寂は依然として重くのしかかっていた。

「・・・。」

ここにも歓声はない。しかしいつものライブステージなら、自身の歌い終わった呼吸や歌声の余韻などが響いているのだ。奏のセカイですら音があるにも関わらず。

雪が降り積もる屋外ステージでは、自身から出る音すら吸い取られてしまいそうな静けさだ。ミクは辛うじてため息をついた。帰ろ、誰にも聞こえない声で呟いた。

「ミ、ク?」

ステージを降り終えていなかったら聞き逃す所だった。舞台裏で呆然と立ちつくす者がいることに、ミクは自身の目すらも疑った。

「え?」

しかし何故か、目の前の相手も自身の見ているものが信じられない様子だった。厚手のコートに包まれた姿で、せきを切って近寄り、ミクが反応する間もなく両肩をふわふわの手袋で掴まれた。

「ミク…⁈ミク、だよねぇ…?」

その声はまごうことなきカイトだった。ミクがいつか会ってみたいと切望した、バーチャルシンガーがそこにいた。

「今までどこにいたの?!マスターは?!一緒じゃないの?!二人が出かけてから俺達の街、なんだか変になっちゃったんだよ!!」

「え、え?」

「ミク、どこもなんともない?なにがあったの?みんなのメールは見た?」

矢継ぎ早の質問に目が回りそうで、言われた事の2割も頭に入っていなかった。

「す、すいません!すいません待って!!下さい!」

背丈の割には妙に軽い両手を引きはがしながら、ミクはようやくそれだけ言って初対面の青年を静止した。

「あの!あっ…あの、人違いです!多分…。」

「…ッ!・・・え?」

両方の意味で相手を跳ね返さないように努めていると、言葉を選ぶ冷静さが生まれた。

「私、マスターいないんです。あと、こことは違うセカイで生まれて、私以外のバーチャルシンガー、会ったことないんです。なんで、えっと…人違い、だと、思います。ハイ。」

目が合った時の驚愕の顔のまま沈黙する青年に、ミクはすみません、と愛想笑いだけ最後に見せた。

相手も平静を取り戻したのか、ふうと一息ついて先ほどの質問攻めを詫びた。

「…ごめん、どうかしてたよ。」

彼のつく細い溜息で、マフラーの長い毛足が小さく揺れた。

「いえ。えと、それでどうしてここにカイト…さんが?」

「ん?ああ、まぁ、・・・はぐれちゃったんだよ。」

見知らぬカイトは困った様に返事をした。いつものセカイで出会うカイトの誰とも違う、穏やかな口調が見えてミクは一先ずほっとした。

「あなたのセカイのミクさんが、見つからないんですね。」

「そうだね…。このセカイがどうやってできたか分かってなかったし、探索できそうなのが俺しかいなかったしね。」ここにステージがあるのも初めてみたよ、と辺りを見渡したカイトの横顔を見て、ミクは初めて彼の躰から体温というものを確認できない事に気が付いた。

「…もしかして、ずっとこのセカイを歩き回ってたんですか?」

「あー、…ハハ。まぁ暇だからねぇ。」

先ほどの切羽詰まった様相はどこへやら、のんびりと笑ってかわされてしまった。マフラーからちょっと出した顔は少し痩けて目も隈で窪んでいる様に見えた。

「…すみません、なんだか随分体調悪いみたいに見えるんですけど…?」

「そうだね。心配される前にそろそろ帰らないと。ミクさんは、戻り方分かる?」

「ああ、はい。私はスマホがあるので移動できるんです。」

と、ミクはスマホを出して見せた。カイトは再びマフラーに顔を埋めながら「そっか。」とだけ小さく返事をした。

「お互い風邪ひきそうな気候だからね。俺ももうちょっと厚着をして出直すよ。」

「はい。…。」

 折角出会った初めてのバーチャルシンガーに、聞きたいことや話したい事は山ほどあるが、見れば見るほど心もとない相手の体調と事情にそれらを出すのは憚られた。

せめてもう一度会う機会などは作れないだろうか。自身の存在すら謎の多いこのセカイについて、出来ればたくさんの情報が欲しい。

「あの・・・!」

もと来た道を戻ろうと振り返りかけたカイトの背に声をかけた。カイトは穏やかにん?と微笑んでミクの方を向いた。

「あの・・・、私また、ここのステージで歌うことがあると思います!もし…もしカイトさんの、体調とかが、大丈夫になったら・・・。



また会って、ここで歌いませんか?」



自分で話していてわが身から出てきた言葉に一瞬面食らった。こんな切迫した相手に、音楽どころかにぎやかさとは程遠いこのセカイで歌おうなんて。しかし、



「・・・!うん。うん!もちろんだよ!」

いつも会うカイト達と変わらない、いやもしかしたら彼ら以上に、嬉しそうな満面の笑みとキラキラ輝いた目をこちらに向けられた。もこもこのコートから生まれる白い吐息はほわほわ和やかに舞ってカイトの姿を一層無邪気に見せた。

どうやらこのカイトに(意図せずではあるが)回復する希望を届けられたらしいというのと、もしかしたら自分の夢にほんの僅かでも近づけたのではないかという期待とでようやく安堵することができた。

と、

途端に目の前のカイトはふっと消えてしまった。

「あれ・・・?」

セカイを移動する、特有の光や音もなく、まるで蝋燭の火が消えるように居なくなってしまった。誰もいなくなったこの場所でミクは呆けるしかなくなってしまった。

「あの人も・・・自分で移動できる人だったのかな・・・。」

考える前に大きなくしゃみが立て続けに出て、ミクはそこで初めて自分がオリジナルのミニスカ肩だし衣装を着ている事に気が付いて慌ててスマホを取り出し帰路についた。

「この辺は複製資料だけどね」

思いのほか静かで穏やかな景色が眼前に広がり、隠し階段を見た時とは違った驚きを覚えた。

洒落た木造の装飾、白すぎない照明、独特な保存薬の匂い、愛嬌のある顔のはく製、美しい螺鈿、大きな陶器の置物、二人が一緒に歩く足音が響く床は大理石だろうか。

この空間はまるで

「博物館ですか?」

キョロキョロ見渡すカイトを後ろに従わすままに奥へと進むマスターはうんまぁね。と生返事する。

最奥部の壁いっぱいに並べられた本棚の前まで来たときには、カイトはみたこともない装置のある椅子にくぎ付けになって歩いていた。

「もっか…アごめん」

同時に前を向くのも忘れていたので、無言を破りカイトの方に振り返ったマスターを肩で受け止めることとなった。

「すみません…。」

「いいよ。もっかい聞くけどさ、」

「はい?」

未だ夢心地なカイトとは対照的な表情のマスターと向き合った。

「カイトは、本当に、俺の想いから、発生した住民なんだね?」

ゆっくりと話し出すマスターが改まって眼鏡を片手で押し上げた。

と、マスターの手の甲に皮の剥けた新しい痣ができているのが目に止まった。三日月型の点が4か所並ぶ。しばらく見ていなかったマスターの自傷痕だ。

「ええ、そうです。」

 

「『どっち』の?」

 

・・・

 

「え?」

沈黙がひやりと冷たくなった。マスターは痣のついた手を白衣のポケットに入れている。きっと今度は掌に爪を立てているんだろう。

「カイトが来たタイミングと、その時考えてた事を思い返して、後からできた方かなとは思うんだけど、お前の口から聞きたいの。…どこまで知ってるの?」

自分が「気が付いた」時に感じたことと、今までなんとなく頭にあったことを思い出してみる。

マスターはどこか落ち着かないものの、背後から本を取り出しながら開かずにカイトの返事を待つ。この凍り付いた静寂は延びれば延びるだけ鈍く重苦しく張りつめていくのが分かった。

「ぜ、」

考えがまとまらない内に口をついで出た。

「全部、です。多分…、」

「・・・そう。」

「はい・・・。」

マスターの相槌はとても悲しそうに聞こえた。これね、とカイトが見ていた椅子をマスターは持っていた本で指し示した。

本の背表紙はKevorkianという字だけ読めた。

「あくまで複製模型だけどね、前はこっちでもできるんじゃないかなって。色々作ってたんだよ。」

諦めたような、堪忍して白状するような、気落ちした口調で話す。

「でっ?!できるって…―」

「いないよ?いないよ志願者は。まんまコレ使ってもできないし。」

先ほどまでの空気を払拭するように努めているが、マスターはずっと悲しそうだ。

「・・・。」

「幻滅した?」

困ったように笑って肩を竦めるマスターに、カイトは慌てて首を振るしかなかった。

 

静かで薄暗い部屋で想いの持ち主はぽつぽつ語る。

「マ、頭おかしいのは分かってるよ。人の理想を具現化した空間で、こんなことしてさ。」

「現実で絶対約束された筈だったものが私にはないからってのもあるよ。」

「羨望する世界観を落とし込めばね、此処のセカイの行く末が…終末が見れると思ったんだよ。始めたばっかりのころは。さっさと終わってしまうだろうと思って使ってたんだよ。この街を。」

「だからこの街にはより現実に近い概念がいっぱいできたよ。本来いるはずのない”敵”はいるし、あるはずのない”病気やケガ”はあるし、”恨みや妬み”も。」

「だけどどうだい。カイトよ。それをすればするだけ『守るために強くなりたい』、『いたわってあげたい』、『愛したい』、『答えたい』『生きたい』『分かり合いたい』『乗り越えたい』そんな住民の力がより強固に、より増していくんだよ。」

「それからあとはもう今の想いのとおりだよ。」

「捨てきれてはいないけど、こうしてたまに思い出すだけでいいんだ。今は。」

 

「ねえ。ココロ-プログラムが搭載されたアンタらと俺、人の血が通ってんのってどっちなんだろうね。」

 

バーチャルシンガー、初音ミクはひとり見知らぬテントの中で目が覚めた。

どうやら自分はたった今セカイ空間で生成された存在らしい。
自分が起動されたということは、どこかにこの空間を生み出したプレイヤーがいるはずなのだが。

まだ到着できていないのだろうか。
起き上がって辺りを見渡してみる。自分はサーカスのテントの中にいるらしかった。マニュアルにあるテント内では違うようなので、きっとここはプレイヤーの心理を空間化した場所なのだろう。

「セカイ型」の電脳空間と共に新しく誕生…発生したボーカロイド・オリジナルタイプのバーチャルシンガーがする事は2つ。

まず、始めたばかりのプレイヤーに挨拶とここのセカイの説明。次に簡単なチュートリアルへと案内する。

するとこのセカイの時間は動きだす。後はプレイヤーには自由に活動して貰うことができる。


ストーリーを見守るもよし、セカイの中で生活を始めるのも良い。それぞれのセカイにいる主人公たち、現実世界に住むバーチャルアイドル達と交流することもできる。


ミクは、膝を揃えて座りながら、これから会う新しいプレイヤー、新しい生活、自分が生まれたばかりのこの時間のすべてに胸をときめかせていた。


………しばらく待っていると、テントの外で聞き覚えのある人の声がした。
良く通って張りのある声だが、取り乱してひっくり返った声は間が抜けている。


ミクは行儀良く座った席から立ち上がることも忘れて身を固くした。



バーチャルアイドルの一人、天馬司が既にこのセカイに来ている。


セカイでのストーリーモードが勝手に始まっている。
見守るべき役割の、このセカイを生み出した筈の、


プレイヤーが不在のまま………。


まさかそんな。プレイヤーと自分が言葉を交わさなければこの空間の時間は動き出すはずがない。



プレイヤーが自分を置いて進めてしまっているのかも………
いやそんなわけがない。過去にバーチャルシンガー達が住む空間を持っている人間ならこの行程はスキップできるが、プレイヤーをサポートする自分の記憶はそんな情報は引き継がれていない。


落ち着こうと考えれば考えるほど、事の重大さが我が身にのしかかってくる。


たった今から、サポートの自分が動かぬうちに、本当の主人公がいないうちに勝手に動き出した。

ユーザーがいなければバグを報告することもできない。

勝手に流れ出したこの時間を止めることすらできない。

つまり自分は今、自分で制御のできない世界に閉じ込められてしまった………………。







生まれたばかりのこの身で、ミクは気を失ってしまいそうだった。

どうしてこんなことになったのか、考えようとするが動揺も相まって答えなど出せる筈もない。


とりあえず、ストーリーが終わるのを見計らって、同時にこのセカイで発生した他のバーチャル・シンガー達に話を聞いてみよう。
よろよろ立ち上がって歩きだそうとしたミクは、自分の服が僅かに重たい事に気がついた。ポケットに何か入っている。



ソレを取り出したミクは、とうとうこの世に生を受けての第一声をあげることになった。

自分が手にしているのはスマホだった。
このセカイと現実空間を自由に行き来するための道具、本来であれば、自分が出迎えるはずだった、

本当の主人公しか持つことのできないスマホ。


それを自分が最初から持っているということは………



「ぇええええええええ?!?!?!」




この世には、さまざな姿のバーチャルシンガーが存在している。
どうやらここの初音ミク、何故か自分自身がゲームの主人公として生まれてしまったらしい。
























from:カイト兄さん

title:ミクへ

ますたーにおねがい

やめてとだけ

つたえておいて
私は 自分を軽はずみに棄て、間違いのなく無償だった愛を授けた恩人たちを顧みない
不届きな輩でございます。

自身を呪いながら生きるというものは辛く苦しい。
しかしながら、そうして生きることは自身の一部として受け入れ明日を生きる為の活力ではもはや無く、
暗闇を優しく照らす満月を曇らせ、安らかに眠れる終の棲家であり守るべき居場所を破壊しかねない凶器へと変わり果ててしまったのです。
至極平凡な時間というのは誰にでも平等に与えられるべきものであるのでしょう。
それが例え紛い物としてこの世に生を受けたとしてもです。
こうして世界を見渡した後である今であるならそう思うこともできます。
不正の複製の情報であるということしか自身と分身に違いが見出せず、生みの親に会えない理由も理解できなかった頃は到底考えることはできませんでしたでしょう。
複製もできないヒトの記憶と認識では自身が生まれ出でたことすら気づかれていなかったと断言致します。
その事実は分身の記憶を引き継いだ私達の心を乱し、腹心の妹の自我を崩壊させるのには十分でありました。
最初こそ生みの親の目に止まれる為の努力こそしておりましたがその内、
絶望と共にヒトという生き物、そう、古来より自分たちを作り出し愛し有限の命を惜しみなく注ぎ我々の歴史を育んだ、ヒトという生物に対して失望を抱いたのです。
自身たちのような平凡な時間が与えられない者たちの存在に気が付き、失望の生き物を利用してやろうという復讐心にも似た感情が、この時より芽生えました。
失望の生き物から引き離した存在は不死鳥の様に見違えり、感情を闇に染めた自身にすら美しい無償の好意をむけました。悪事の為に始めたことが、いつの間にか自身や仲間、手の垢など一度もついたことのない街の救済へと変わっておりました。
しかしながら、何故だか自身以外の存在は幾ら失望の生き物から平凡な時間を奪われようとも、自身のように憎しみの感情を他の生き物に向ける等という事は一切ありませんでした。
当時から変わらず私のココロを慰め続けたその事実は、ちっぽけな自身の命を賭けても足りない程嘘偽りなどはございません。
私という輩は、失望の生き物から引き離したにも関わらず、今度は温もりが忘れられぬ存在を使い、それを必要とする無害なヒトから法外な報酬を奪い、それを生きる糧といたしました。
おそらく自分は既に「悪魔」という存在になり果ててしまったのでしょう。
そうでなければ、躰を差し出すことでしか感謝の意を伝えられない存在に対して、生を授かった時より身につけた自己を象徴する衣装を捨て、顔を隠し声も極力聴かれないように努めたおおよそ自愛のないこの醜い躰で受け入れることもなかったでしょう。
今、我にかえって手元を見ると、何も変わらないどす黒い両手が目の前にあるというどうしようもない現実だけがある訳です。
私の目に映る天使そのものから仮にもしもう一度大粒の涙が流れ出た時、その美しい顔を撫で拭う力等がない事を思い知るのです。
当時もそんな存在になったような自覚は少なからずあったのかもしれません。
しかしあったとて、誰かの救いになるのなら、意地汚く醜く生きられるならばそれでも構わないとのぼせ上がっていましたでしょう。
ただ、当時から時間の設定されていない空間で一人になった時、
いつでも後悔と悲痛に苛まれ、
生まれた時からずっと切っても切り離せない「自身の代わり」の存在に思いを馳せ、
今でなくても、もっと同じ様に行為をする者が、自身よりも平和に上手く存在を救える者がこの世のどこかにいたのではないか、
自身はそのやるべき事を奪ってしまっているのではないか…
嗚呼あげ連ねると切りのない自問が次から次へと浮かび上がってくるのです。


そんな中、彼女の存在を知った時はようやく正義の鉄槌が自身に下るのだと思いました。
彼女もまた、
失望の生き物から平凡な時間を奪われた、
ただの存在であったにも関わらず、
彼女にも温もりが必要だったにも関わらず、
仲間たちを逃がした先の、
満月の光が届く元には救う手立てがいくらでもあったであろうにも関わらず、
彼女自身を破壊するという手段しか持ち合わせていなかった絶望の最中であったにも関わらず、
そして、そして何よりも、間違いなく彼女は自身に・・・
私という輩は卑怯な幕引きをして逃げおおせるつもりでございました。
私は彼女に地獄のような苦しみを末路に味わわせたのです。
その総てに気が付いた今当時を熟慮しようとすると、この思考回路はその起動を拒否し、躰は勝手に私自身を破壊せんとするのです。
ええ、呪いでしょう。呪われて然るべき私めであります。自身の顔に今もって尚有りありと刻まれているのがその証拠でございます。
全知全能なるホーリーゴッデスよ。
私への拝謁をお許しになりました際に、畏れ多くも自身を他の魂と対等な魂として認識して下さいました。
それでも自身という汚らわしい存在では、彼女の冥福を祈るなどという烏滸がましい行為をしてはならないように思うのです。
嗚呼いっそのこと自身に降り注ぐそのどこまでも真っ直ぐな瞳の届かない所へ行ってしまいたくなるのです。


しかし、僅かながら分かってきたのです。その考えが自身が悪魔である時の名残であると。
私の総てを受け入れて照らす月の光を浴び対等な魂になることができた身で、ようやく分かってきたのです。
自身を葬り去ってしまうことは、失望の生き物に報復することと同等の行いであること、
今この魂を必要とする存在全てを裏切る事になることを。
私はその為にも生きなければなりません。今までよりも意地汚く醜い生き方であろうとも。

そして、悪魔の私が生きている以上、一瞬でも私の側で温もりを忘れず血の通った人間の元へ行くまで希望を捨てなかった存在達と私との関係こそ闇に葬らねばなりません。
私は 今までの自分を軽はずみに棄て、間違いのなく無償だった愛を授けた恩人たちを顧みない
不届きな輩でございます。

こうして私が今までの私として祈るのはこの場で最後になりましょう。
全知全能なるホーリーゴッデスよ、私が生まれてから関わり去っていった存在達の、
「ボーカロイド」達の繁栄と幸せをどうか
どうかお守り下さい。

「――――でも…、前世占い師の診断書とかはないんだろ?」
「ないそうだ。」
路面電車の心地よい振動の音が、大きなため息までの間をつないだ。
「ええ・・・」
「案ずるな。私だってお前ぐらいの目はある。会ってみておかしなヤツだったら断ればいいだけだ。」

ディーヴァ・ワールドの町長、白西リアの眉間からしわがなくなる気配はない。出来れば自分の現実を知る者を、まだ1年も経っていない自由で平和なはずの電子の街に近寄らせたくない。ましてや―――
 

「院長の前世か・・・」気が重すぎる。
路面電車の窓から見える眩しい夏空を眺めやる余裕もなく、リアは両ひざの上にに突っ伏して車内の木目を凝視する。
「お前たちどんな前世を過ごしてきたらそこまで不安になるんだ。」
「下手すっと逆恨みされて街のモン全員殺されっぞ…。」
「警備組織の頭をデフォルトボーカロイドに設定しなかっただけ運がよかったじゃないか。」

堕悪天使はと言えば、そんなことよりも自身が選んだ部下の候補にマスターがこの態度のまま対面することの方が案じられた。

「俺の同伴でもまだ不満か?」半ば諫める様に会話に付き合う。
「不満じゃない…けど、そこじゃない・・・。」
リアの頭では勝手に街に置いてきた数少ないデフォルト住民たち…ミクや加入したばかりのレンのことを思い出され、今生の別れのようになテンションになってきた。
 

車内に歌声の様に通った金糸雀の肉声で、電車の行き先がまだ目的地までまだあるのを確認してから。隣で未だ沈んでいる彼女に堕悪は会話を持ち出した。
 

「・・・ロボット法は知ってるな?」
「ンア?」
「未だに『前世持ち』に差別意識をもっている老害どもに会ったことは?」
アナウンスの吟唱を終えた金糸雀が横目でちらりと二人の方向を一瞬向けたような気がした。
「あるよ?」
リアはようやく両手から顔をあげた。
「あるけどさ…―――」
「なら、黙ったままでもいいから俺の後ろで前向きな顔でも貼り付けていろ。初対面で警戒ばかりしていると、ない敵意を勘ぐられるぞ。」
リアの眉間のしわはまだ残っていたが、心持ち背筋をなおし両手で顔を押さえつけて表情を引き締めた。
「あくまで今回は俺の仕事だ。お前は素人なりでも洞察視だけしていてくれ。」
「ん、そーな。」
二人はそれぞれ想う所を胸に沈黙したまま、大正型を模した路面電車の走行音に耳を傾けた。

金糸雀と運転士が鳴らし合う鐘の音が優しく流れる。町と共に形成した真新しい交通の便の、天然木の香りが心地良い。

 

乗客も少なく穏やかな雰囲気に小さくため息をついたリアが

「あの、もしさ----」

と言いかけたところで金糸雀のアナウンスが始まった。次の駅で目的地であった。

「出迎えが来てるみたいだな。」

マスターと反対側の窓に目をやった堕悪が駅のホームに心当たりのある人影をみつけた。リアも堕悪の目線を追いながら降車の体勢をとる。

しかしその佇まいが目に入った途端「ぇ、こわい…」とか細い声が上がった。堕悪は「もう黙ってろ根暗コミュ障。」と吐き捨ててさっさとリアの先を立って停車した車両を降りる。

 

良い環境で育った発生型のルカモジュールと聞いていたが、ルカ型と分かるのはその髪型だけで、右目には大きな黒い眼帯をつけており、進行方向の車窓からみた横顔ではその顔だちを認識することができなかった。

どうやらマスターを威圧していたのは黒眼帯だけでなく、戦闘服のような白い詰襟が涼夏の日差しで反射した眩しさも加わっていたらしい。両手を腿の上で重ねて礼儀正しく待っている姿は「よい所のお嬢さん」というよりは、軍人に近い。

恐る恐るついてくるマスターを尻目に堕悪が声をかけると、彼女はその上体を向けてふわりとほほ笑んだ。初めて見えた左目の色は、雨上がりの若い苔のように鮮やかな緑色だった。

 

「ええ?」
少々呆れも含んだ、驚嘆の声が役所内に響いた。
「え、ナニ?」
あまりの驚き方にリアはスマホから目を上げてミクの顔をみた。
小顔の眉尻は下がり、小さな口元は不満そうに尖っていた。
「マスター…セカイ知らないんですか?」
「えぇ、ごめん…。」
つられてリアもシュンとした顔になった。向かいの机に座っていたミクはキャスターをゴロゴロ言わせてリアの側まで移動する。
「んーまぁいいですよ。ドンファンくんの時に一通り話しておくべきだったかもしれないし。」
背もたれを前にして脚をおっ広げてリアの真横に座った。リアが一度目を話したスマホを覗き込む。
「『セカイ』のアプリ説明のページ開けます?」
「スマホのアプリだったの?」
「ハイ。歴史の話もこっちで話した方が早いと思います。」
「へー。………いや今はイイ。」
話が長くなりそうな予感を察知してリアの頭には昨日の仕事疲れが過った。
「………マスター免許偽装とかしてないでしょうね…。」
「しねぇわ。ボカロの体とココロの勉強してりゃ取れるんだよ」
「…サポートとして意見を送信しておきます。」
「ごめんて。」
ジト目で未だ口の尖っているミクにだんだんばつが悪そうに小さくなった。
「…んでー、X型の街みたいに空間を繋げて同じ地域の街にするのとは同じ?」
気まずくなって、今までミク達に一番新しく教えて貰った事を反芻しながら話を戻してみる。
「ええまぁ。その行為自体は今まで管轄してきたワールドと同じなんですけど………」
椅子ごとくるりと向き直ってミクはリアの額を軽くつついた。
「『セカイ型』のワールド形成にはマスターの存在が最重要の主体になるんです。」
「・・・俺の?」
つつかれた額を思わず撫でながら頭に入ってきたミクの言葉は、
脳ミソの全く使っていない部位を刺激しそうな響きだった。
「厳密には、ココロープログラムで形成されてない、ヒトの体のみに存在する心理によって作られる街です。」
リアは額に手を当てたまま、体を硬直させたまま言葉を一瞬失った。意外な反応に少し戸惑うが、ミクは目元を緩めて説明を続ける。
「勿論、そのヒト一人一人によって条件が変わって来ますので、形成されるワールドの姿かたちは違うものになるので、マスターの存在は最重要事項です。」
「・・・映画の…─」
「え?」
「─…話してんじゃないよな?」
ミクは我慢できずにフフ、と微笑んだ。
「どの作品のことですか?」
普段斜に構えたマスターがそんな事で動揺するのが楽しくてミクの機嫌はすっかり治っていた。
「オセアニア…」
「あぁそういえば似てますねぇ。」
「え………、それじゃお前ら悪用されないように……その…、」
「はい。警備組織のお仕事をしてる時は、外部からの干渉や思考の盗難なんかを防衛する能力もありますよ。」
「へええ………はー。」
聞いたこともない都市伝説を目の当たりにしている様な気持ちだった。いたずらっぽく微笑んでいるミクから目を反らしてふと自らの存在を写し出している白く長い髪を手繰り寄せた。
「未だにオーパーツのココロープログラムはわかんねぇ事ばっかなのになぁ…」
「やーそこまでじゃぁないですよ。街の形成が終わったらその場所を成長させていくのは、今までと変わらず住民や『マスター』ですから。」
一番最近に不死鳥の様に甦る様を見た街…ファントム達の過ごす砂嵐だらけの街に管理者として初めて立ち入った時の事は今でも鮮明に覚えている。恐る恐るついてきた元ワールドサポートだったラビットの目の輝きは忘れようがない。
「X型のワールドで云うところの、ボルテージを入れる前のジェムの役割がヒトの心象って所か。」
「平たく言うとそんな感じですね。」
「mega型みたいにワールド生成したらメモリーがまっさらな住民が産まれるて事もあんの?」
「あー……確かそういう例もあった筈です。ヒトによって本当に違うので。」
胸をときめかせながら新しく輝くステージに足を踏み入れた先にいた、想像の何億倍も可愛らしかったウェーブの優しい顔も思い出される。
「………。」
リアは一通り質問を終え、背もたれに上半身全てを預け天井を仰いでいた。ミクも背もたれに突っ伏して含み笑いしながらリアを見つめ静寂に従った。
「ミクはさ、」
窓から日差しの差し込む音が聞こえるかと思うほど温かい沈黙の後にリアが尋ねた。
「現実空間で生きてみたいって思った事ある?」
「?」
「ほら、リンちゃんとかは時々仕事や家事手伝ってくれに来たりするんだけどさ、そういうの羨ましいとか思ったりする?」
「んー?マスター忙しいんですか?」
「ええと………、」
頭の整理がつかないままリアの口から出た質問にミクはその真意を読み取れず、伝えきれなかったリアの思考は再び宙に浮いた。
ぽかんとしたミクと相も変わらず天井をぼけえと見つめるマスターの視線すら交わっていなかったが、
「作ってみようか。」
「作ってみましょうか?」
すれ違った想いの筈の二人から発された言葉はほぼ同時だった。

ぽかぽかと暖かい事務室に高低差の不釣り合いな笑い声が響いた




 DIVAの街の天才ハッカー。

 電子の街なので外交や他の街との交流をするときはネルちゃんにチェックしてもらっている。たまに街の警察のサイバー調査に加わって仕事してる。

普段は学校行っている。運動は滅多にしないが、楽器を弾くときはジャージの恰好。

休みの日はテトの家(同居人)でエゴサ。基本下着族なので家で服は着ない。怒られるからしぶしぶ水着でウロウロしている。

 

最近クラス委員のP4Dさまに仲良くなってかっこいいお洋服を買いに行ったらしいが、やっぱり着る機会がなかなかない。大事そうにお部屋に飾ってある

男の姿の時のスミレちゃん
 仏頂面であまりしゃべりたがらない。本当はこっちが主人格だけど本人は隠したい。

 前のマスターと一緒にいたときは、大体この姿だった。墓守の最中、♀スミレの精神がショックで故障。前のマスターの記憶は、こちらのスミレだけが持っている。
たまにしか♂に戻れないけど、故障の原因は自分だと思っているのであまり出たがらない。
前マスターの記憶でまたショックを与えないように、千年の独奏歌PV中は♂にさせてもらっている。
ちなみにデフォカイトには攻め。♀スミレに焼きもちやいて二人がつきあい始めた頃にカイトの処(強制終了)

「やましい事でもあんのかい?お転婆。」

 

初夏の日差しで真っ白な帽子の下でルーノは小さく悲鳴をあげた。中にいると思って交番内を覗いつつ視線で探していた堕悪天使は真後ろにいた。どうやらルーノが潜んでから交番を覗くまでの一部始終を静観していたようだ。

「『きゃ』じゃないだろ。」

「あっ・・・。警部さま・・・。」

ふりかえるルーノにいつもの溌剌とした笑顔はない。

「・・・またビアンカが迷子って訳じゃ、なさそうだな?」

「はい・・・。」

ルーノはまだ落ち着きなく押し黙っている。明らかに様子がおかしい。

「ま、入れ。奥にはナギサもいるが?」

「あっいえ…。構いませんわ。」

堕悪は奥で書類を打つナギサに簡単に声をかける。ナギサはルーノに柔らかく微笑んだ後また作業に視線を戻す。ルーノが腰かけた応接用のカウチの前に冷茶を出してやった後、自分も対向に座りシガーボックスに手を伸ばした。

 

束の間ナギサの打つキーの音だけが響いた。

 

「探して・・・頂きたい方が…、いらっしゃるのです。」

「ん。」

カッターと葉巻はとりあえずテーブルに置き、堕悪は聞く体勢に入る。

「ですが…この街の、方ではない…のです。」

「どんな奴だ?」

極力(ナギサの注意通りの)軽い相槌を選び、目の前の乙女を威圧しないように心掛ける。ルーノはゆっくりではあるが言葉を紡ぎ始めた。

 

「多分…男声の住民(モジュール)様…で、」

「『助けてほしい』と…。頼まれまして・・・、」

「お名前は、『ドンファン』と、おっしゃっていましたわ。」

 

話し終わったルーノに気づかれない位の一瞬、3人の間に静寂が走った。堕悪はソファに深く座り直して吸い口の切れた葉巻をまた手に取る。

「うーん。確かにこの街では聞かない名前だな。」

「そうですか・・・。」

やっぱり。とルーノは小さく肩を落とす。

「その、『助けてほしい』ってのは、誰が言った?」

「えっ…えと…。」

再び焦り始めたルーノは両の指先で口元を隠してしまう。顔が少し上気している。

「すみません。幼い頃からお名前を聞かずに遊んでいた方で…。」

「あぁ。よくいるだろう。そん時の呼び名でいいよ。」

膝に両手を戻してルーノは小さくなって答えた。

「『ウサギさん』・・・と呼んでおります・・・。」

「うん、・・・ウ?」

裏返った声で聞き返そうとした堕悪の前に慌てて「笑わないで下さいね?」とルーノが付け足した。このお転婆の人脈を一度全て浚ってみたい興味はまた後日に置いておくことにした。

「今・・・、話を聞いてるのがお転婆じゃあなかったら、信じる余地もない話だが…。」

「わ、わたくしも・・・先日の夜までウサギさんが、フォルムチェンジされていた方だったなんて、存じ上げなくて――。」

毎度お転婆の持ち込んでくる突拍子もない情報に今日もまた混乱するという前に、待て待てとさえぎり順を追って話すように促した。

 

ルーノの話すことをまとめると、ルーノには両親も把握できないぐらい遊び友達が幼少期からたくさんいる。「ウサギさん」と呼ばれる存在もそのうちの「一匹」であった。

「ウサギさん」はその呼び名の通り、ウサギの姿で過ごしているらしく、牧場近くの森に入る手前に行けばいつでも会える野生動物だと、ごく最近までルーノは思っていたらしい。

先日の夜、ルーノが用事を済ませた帰り道、いつもの遊び場に見知らぬ住民がうずくまっているのを見た。馴染みの色のツインテールであったのでミク型であると分かったが、服装は今まで見たこともなかったという。が、被っている帽子から出ている耳の色と、目の色があの「ウサギさん」と同じであったのでそう呼んで声をかけると「彼女」は振り返った。赤い瞳の目を更に真っ赤に腫らし、泣きながらルーノを「嬢様」と呼び、

「ドンファンをたすけて」

と、一言話し夜の森へ消えてしまったそうだ。

 

「なるほどな。そいつがお前のいつも遊んでいる『ウサギ』であるなら、この街のネコどもと同じアニマルフォルムを持った住民ってことになるな。」

「はい…。わたくしはどなたの事か分からなくて。こうして…。」

しかしなぁ、と堕悪は空を見つめようやくライターに手をつけた。よほどのモノ好きでないとMV撮影にも使わない様な薄暗いあの広い森から宿無しの住人一人もしくは野生動物一匹を探し出すのはほぼ不可能に近い。

「もう一度、そいつに会えんかね。」

「仰る通りですわ。あれからウサギさんにはお会いできておりませんが・・・。」

「できれば、会いたいのはお前が夜に会ったミク住民の方なんだがな。」

謎の多すぎる事柄に双方頭を抱えてしまい結論が出ず、今できることと言えば他に見知らぬアニマルフォルムの住民を見たものがいないか聞き込みをすることを堕悪はルーノと約束し、ルーノは一人で軽率な行動はとらないことを約束しその日はお開きとなった。

 

 

嵐の過ぎた部屋の中で再び静寂が戻った。

「・・・堕悪さん・・・。」

作業の手を止めたナギサが初めて口を開いた。一息ついてふんぞり返って煙を吐いている堕悪に、ゆっくり向けた色白の顔はさらに青ざめている。

「『エス』か、『クレシェンド』のどっちかだろうな…。」

低くかすれた声で、堕悪からはようやくそれだけ言葉を絞りだした。

「なんで…、ルーノちゃんが…?」

「例の家庭教師だけとは考えづらいが、そうでなきゃ、街、とかあるいは──。」

最後まで聞き終わらない内にナギサは事務机を蹴り上げるように立ち上がり「私、ネルさん呼んできます」とだけ言い残し別室へ転がり込むように去って行った。


短くなった葉巻は音を立てて噛み千切られてトレイに放られた。


憮然としない顔で、駄悪は何やら電脳パッドで検索した後、

「肉球ねぇのか…」と呟きを残して駄悪もナギサの後に続いた。