歌ができる瞬間、こんな〆方ができたらいいなと。
セカイから生えてくるのがバチャシンでなく想いの持ち主の方であっても良いような気がする。
ざっくりとした設定、
ユーザーのいないセカイ(AR空間)
主人公は「ミクさん」。
夢はバチャシン用舞台で6人全員で歌うこと。
何故か全部の歌が歌える。
見えない手に背中を押される。
千切れるたびに解れる度に、
永遠でない思い通りでもない日々のモノクロは何度でも威糸(いいと)で繋がれた。
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GUMIは涙に濡れたミクの頬に触れた。
その小さな手も濡れてしまったが、構わず腕をいっぱいに伸ばして優しく撫でてくれた。
と、GUMIは小さな声で、ゆったりとした拍子で歌を口ずさみ始めた。
慰めてくれているのか、元気を出して欲しいのか真意は分からなかったが、オルゴールの音色の様に心地よくミクの胸の痛みに響いた。
どきん
…なに?
小さなGUMIから紡がれるメロディを聞いているうちに、何故だか焦るような急くような気持ちになってきた。
歌詞が進むにつれ、ミクの心臓が早鐘の様に鳴り出していた。
「…え?」
何かに呼ばれている様な、急がなくては行けないような気がしてスマホを出した。
一つだけタイトルの記入されてない曲が明滅している。
いや違う。今まで何の疑問にも思わず歌っていた全ての曲の中の内の一つの、タイトルが空欄になって明滅しているのだ。
この曲はなんという名前だったか?
今、目の前で心を開いてくれた仲間が穏やかに歌う曲の本当の拍子は?
暗く沈んでいた自分の為に優しく歌ってくれている曲の本当の歌い方は?
セカイの終末を慰めるかの様に語る歌詞に込められた想いは?
これを聞いた時の私の想いと、
私「と」?
ミクはグミを両手に包み込むや否や
“untitled”を押した。
モノクロの舞台だ。「音を吸収するセカイ」がそこにあった。しかし耳を劈く程の静寂に怯んでいる無知と余裕などはもうない。
ここにきてやらなければいけないことを「想い出した」。
滑りそうになるのも厭わず雪の積もったステージに駆け上がり舞台の中央に立つと、大理石の様な真っ白で真っ平らな空と、
無機質に並んで群れる雪の塊もとい伽藍堂の空席をしっかと見据えた。
息を整えるのも待たずに、凍てつく冷たい空気を、肺が痛くなるのではないかと思う程吸込み、歌声を出す。
発声のつもりで出した声は、聞いた事のない筈の曲の間奏を叫ぶように歌った。
猟奇的な曲なのに何故か懐かしい。迫ってくる雪空に吐きかけるのには随分都合が良い。
呪詛をかけるようではあるが、呪いだって構わない。
私は側にいなくてはならないんだ。
空の白さに目を痛くしながら似たような事を話していた人の側にいたミクの白い髪を思い出していた。
私は?私が側に行かなくちゃいけない想いは?!
目が眩んで下を向くと、両手の中で包まれきょとんと固まっているGUMIと目が合った。
「ね、グミ、さっきの歌、」
「一緒に、歌わせて?」
GUMIは目を丸くさせながら辛うじて頷いた。
相も変わらず視界一面真っ白の、雪しかいない観客席の野外ステージに、
ミクはGUMIがよく観えるように掲げ、GUMIは掌の上で姿勢を正した。
二人は冷たい空気をいっぱいに吸い込んだ。
〽「こんな世界」と嘆くだれかの 生きる理由になれるでしょうか――…
二人が歌い出した途端、それまで静寂を決め込んでいたスマホからけたたましくバックサウンドが流れ始めた。
今度こそ聞き覚えがある 。
一歌のギターだ。力強くリードしてくれているのがわかる。しかしそれに合わせてもう一つだけ初めて聞くギターがなっている。
無邪気にこの曲のテンポについてきて、軽快に楽しそうにかき鳴らしているのが妙に懐かしい。
〽街も人も歪み出した 化け物だと気付いたんだ――…
悲しくも包み隠さず吐露する歌詞を想って早鐘を打つ胸はますます締め付けられた。
歌声に先程までの絶望感が乗っていく。
しかし決して苦しいだけのものではなく、歌えば歌うほどその感情が浄化していくのがわかった。
そんな救いに呼応するかのような速弾きのピアノの音もする。奏が原曲のテンポで必死に弾いてくれているようだ。
このステージで私たちは孤独ではない事にミクは胸が高鳴った。
掌の上で一生懸命歌っているGUMIは、力強く歌っている自分の姿や流れ出した演奏に驚いているようだった。
今度は私が一緒に笑顔を歌声で引き出す番だ。
〽愛を下さい…
少し前の自分ならただ叫ぶだけ、朗読するだけで終わっていたパートだろう。
ミクは寧々の言葉を思いだして歌詞の言の葉ひとつひとつに気持ちを込めて歌い上げる。
〽醜いくらい美しい愛を…
歌詞を想い、伝え方を想い、演じ方を想い、そして教えてくれた“命”を想った。
私を■■■■た人に負けないぐらいの、愛を。今の私なら表現できる。
伝えたい人が、どこにいたってもう絶望などはしない。
地獄の底にいる「貴女」に!
〽どうか、どうか…
ハッピーエンドを!
〽もしも夢が覚めなければ姿を変えずにいられた――…
パートが移って曲の空気が変わる。聞く人がどこにいたって全員を巻き込むのが「自分」ではないのか。
いつしか■■■■が話していた。
舞台の上に立つ「初音ミク」に人類はいつでもどんな時代でも惹き込まれていったと。
それができるのが私だ。
こはねと一緒に歌ったステージを思いだし、何も分からなかった自分をここまで助けてくれた皆を想って歌声に力を込めた。
最初は空気が震えて自身の服に変化が起こっているのにミクは気づかなかったが、いつしかミクの服は七色に光りだし、背中には翼のように大きな虹色のリボンが現れていた。
〽雨に濡れた廃線
煤けた病棟 並んだ送電塔…
歌いながら衣装が変わるなんて、まるで闘う魔法少女のようだ。そんなステージで煌びやかに踊って歌えたら。
いや、歌えるはずなんだ。■■■■と力を合わせればどんな困難なステージだって。懐かしいステージでどんな戦闘服を着て立ち向かう事ができる。
眼帯のリンはだからあんなに変わることができたのだ。一緒に歌う雫に全幅の信頼をおいていたから。
思えばあの時にかけられた言葉はその場にいた皆で変身すればもっと良いステージになるという誘いの様にも聞いて取れる。
無知だった。今なら解る。もしどこかであのリンも聞いているなら届いて欲しい。
あんな別れ方をしてもう会ってくれないかもしれない。だけど私も届けたい。あの人にも、私の歌が持つ力を。
〽生きたい君は明日を見失って―
『あなたのその力は何になるの?』
〽どんな世界も君がいるなら―
力、そう、生きる力に。
〽生きていたいって思えたんだよ―
生きて!!!!!!!
「嗚呼、いつしか君がくれたように!!!」
「僕も!誰か(あなた)の心臓になれたなら!!!」