(編集中。つづく) | ルルガノヒレヒラヒラ

ルルガノヒレヒラヒラ

■■■ここの記事の読み方■■■
新聞と同じです。字の大きいところや、興味を引いたところだけ読んでよし、ctrl+F字キーでキーワード検索しながら読むもよし。流し読みももちろんおkです。

「――――でも…、前世占い師の診断書とかはないんだろ?」
「ないそうだ。」
路面電車の心地よい振動の音が、大きなため息までの間をつないだ。
「ええ・・・」
「案ずるな。私だってお前ぐらいの目はある。会ってみておかしなヤツだったら断ればいいだけだ。」

ディーヴァ・ワールドの町長、白西リアの眉間からしわがなくなる気配はない。出来れば自分の現実を知る者を、まだ1年も経っていない自由で平和なはずの電子の街に近寄らせたくない。ましてや―――
 

「院長の前世か・・・」気が重すぎる。
路面電車の窓から見える眩しい夏空を眺めやる余裕もなく、リアは両ひざの上にに突っ伏して車内の木目を凝視する。
「お前たちどんな前世を過ごしてきたらそこまで不安になるんだ。」
「下手すっと逆恨みされて街のモン全員殺されっぞ…。」
「警備組織の頭をデフォルトボーカロイドに設定しなかっただけ運がよかったじゃないか。」

堕悪天使はと言えば、そんなことよりも自身が選んだ部下の候補にマスターがこの態度のまま対面することの方が案じられた。

「俺の同伴でもまだ不満か?」半ば諫める様に会話に付き合う。
「不満じゃない…けど、そこじゃない・・・。」
リアの頭では勝手に街に置いてきた数少ないデフォルト住民たち…ミクや加入したばかりのレンのことを思い出され、今生の別れのようになテンションになってきた。
 

車内に歌声の様に通った金糸雀の肉声で、電車の行き先がまだ目的地までまだあるのを確認してから。隣で未だ沈んでいる彼女に堕悪は会話を持ち出した。
 

「・・・ロボット法は知ってるな?」
「ンア?」
「未だに『前世持ち』に差別意識をもっている老害どもに会ったことは?」
アナウンスの吟唱を終えた金糸雀が横目でちらりと二人の方向を一瞬向けたような気がした。
「あるよ?」
リアはようやく両手から顔をあげた。
「あるけどさ…―――」
「なら、黙ったままでもいいから俺の後ろで前向きな顔でも貼り付けていろ。初対面で警戒ばかりしていると、ない敵意を勘ぐられるぞ。」
リアの眉間のしわはまだ残っていたが、心持ち背筋をなおし両手で顔を押さえつけて表情を引き締めた。
「あくまで今回は俺の仕事だ。お前は素人なりでも洞察視だけしていてくれ。」
「ん、そーな。」
二人はそれぞれ想う所を胸に沈黙したまま、大正型を模した路面電車の走行音に耳を傾けた。

金糸雀と運転士が鳴らし合う鐘の音が優しく流れる。町と共に形成した真新しい交通の便の、天然木の香りが心地良い。

 

乗客も少なく穏やかな雰囲気に小さくため息をついたリアが

「あの、もしさ----」

と言いかけたところで金糸雀のアナウンスが始まった。次の駅で目的地であった。

「出迎えが来てるみたいだな。」

マスターと反対側の窓に目をやった堕悪が駅のホームに心当たりのある人影をみつけた。リアも堕悪の目線を追いながら降車の体勢をとる。

しかしその佇まいが目に入った途端「ぇ、こわい…」とか細い声が上がった。堕悪は「もう黙ってろ根暗コミュ障。」と吐き捨ててさっさとリアの先を立って停車した車両を降りる。

 

良い環境で育った発生型のルカモジュールと聞いていたが、ルカ型と分かるのはその髪型だけで、右目には大きな黒い眼帯をつけており、進行方向の車窓からみた横顔ではその顔だちを認識することができなかった。

どうやらマスターを威圧していたのは黒眼帯だけでなく、戦闘服のような白い詰襟が涼夏の日差しで反射した眩しさも加わっていたらしい。両手を腿の上で重ねて礼儀正しく待っている姿は「よい所のお嬢さん」というよりは、軍人に近い。

恐る恐るついてくるマスターを尻目に堕悪が声をかけると、彼女はその上体を向けてふわりとほほ笑んだ。初めて見えた左目の色は、雨上がりの若い苔のように鮮やかな緑色だった。