ジッダでの会談は大統領就任以降、間違いばかりを繰り返していたトランプ大統領府、最大は昨月28日のトランプ・ゼレンスキー会談だが、の、誤りをアメリカが修正したものと見ることができる。武器支援や情報共有は再開され、人命を鉱物資源と引き換えるというトンチンカンな提案や、侵略された側の領土割譲というナンセンスも事実上反故にされた。

 トランプは経済で躓き、ルビオはウクライナの提案を一部修正し、アメリカからの提案としてウクライナに合意させた。具体的なことは一切決められず、停戦履行の最大の難点とされた長い地上線については緻密な議論をしなかった。大統領に理解できないためである。今のこの人物の頭は株式市場と支持率で頭がいっぱいだ。ことこの人物においては、ゼレンスキーが彼の言うことを聞く体裁があればそれで良かったのである。たぶんそれでは終わらないと思うが、先の話である。

 それでは終わらないというのは、ワグネルの乱の時のプリゴジンがある。プーチンは彼と幹部をクレムリンに呼び、温かく迎えて彼らの話に耳を傾けた。ワグネルを解散してベラルーシに行くこと、以降の行動は自由というプーチンの寛大さに彼は感涙したが、半年後に誰が見ても謀殺という事故で墜死することになった。トランプもゼレンスキーから受けた屈辱を忘れてはいない。

 しかし、当面の相手はロシアである。トランプは騙せたがプーチンやラブロフははるかに外交巧者である。あれこれ難癖を付け、戦闘を継続するに違いないが、停戦案はウクライナ側に幾分有利なこともある。ウクライナ軍は領空外から撃ち出されるロシアの滑空爆弾や砲弾にさんざん苦しめられてきた。空中停戦ではロシアのその手段が封じられるのであり、加えて飛行禁止空域があれば、ロシア軍はその戦闘力を大幅に削がれる。それに対し、ウクライナが諦めるのはコンビナート攻撃くらいのものである。

 ウクライナの石油化学コンビナート攻撃はロシア軍の燃料を断つ目的ももちろんあるが、もう一つの目的として、いくら制裁しても一向にロシア産原油の輸入を止めないEU諸国向けという面がある。見たところかなりの戦果を挙げているが、実の所、割を食うのはEU諸国である。ウクライナはこれらの国のロシア産原油の輸入額がウクライナへの援助額を大幅に上回ることを前から忌々しく思っていた。なので、コンビナート攻撃を止めることでウクライナとEUが失うものはあまりないのである。

 フランス大統領マクロンは諸国の軍事関係者、日本まで含むを集めて停戦合意の履行策の具体化を求めた。日本がF-15戦闘機をウクライナに派遣することはありえないので、これはやはり前線保証軍と後方保証軍に二本化した、相当長期の安全保障の枠組みである。日本は後方集団の一員としてウクライナのインフラの再建に当たることになる。ロシアはたぶん合意しないが、合意してもしなくても時期が来れば実行するものと思われる。

 スジャがついに陥落したが、陥落までの経緯はあっけないものであった。つい一月前、スジャのウクライナ軍はほぼ同規模のロシア軍を迎え撃ち、1月の北朝鮮部隊の壊滅と並ぶ記録的な勝利を収めた。が、おそらくすでに撤退の方針が伝達されていたのであろう。規模もかなり縮小していたが、およそ退却戦はあらゆる戦闘の中で最も難しいものである。いずれ退いたにせよ、今回は少し拙速に過ぎた。シルスキーはスジャの守備と退却援護を担当した北部方面軍司令官クラシルニコフを解任して失敗の責任を取らせた。この街の戦略的意義はすでに失われていた。

 トランプは就任当日にウクライナ戦争を終わらせると明言したが、その約束は果たされず、彼の気まぐれと放言は同盟国に亀裂を生じさせ、アメリカへの不信が露わになった。が、生殺しのような援助でこの戦争を戦っていたウクライナにおいては、トランプの出現は欧州各国を脅威に目覚めさせ、団結させる契機になったことがあり、結果としては終戦は実現しなかったが、ウクライナにとってはそう悪くなかったように思われる。

 実を言うと、先の大戦でも大英帝国とソビエト連邦はアメリカとの同盟関係抜きでターニングポイントまでを戦ったことがある。イギリスではバトル・オブ・ブリテン、ソビエトではモスクワの戦いだが、その勝利を見て、両国にアメリカが援助の手を差し伸べたのである。それまでは孤立無援の戦いだった。

 ウクライナの場合は、三年間の戦いでロシア大陸軍をほぼ壊滅に追いやったことで手を差し伸べるべきであった。2022年のロシア軍はすでになく、現在ウクライナにあるのは足腰立つ老若男女を掻き集めた異形の軍隊である。これを押し返す余力はウクライナにはないが、ロシアも再度キーウに迫る力はない。

 それを手を差し伸べるどころか援助を拒絶して指導者を嘲弄し、侵略者と手を組んで領土分割とはどういう了見だろうと思ったが、そこでトランプを見る諸国の脳裏に浮かんだのは、国防の提供と引き換えにこれらの国がアメリカに与えてきた有形無形の恩恵だろう。結局は元の鞘に戻ったが、トランプの発狂はこれらの国の国民に当たり前のこと、自国の運命は自国で決めること、自国を守るのは自国自身であること、国も個人も自分の運命を他人任せにはできないし、してもいけないこと、そのことに気づかせたのである。

 

 

 残念でしたという感じだろうか。12日の米ウ外相会談に備え、ロシアが大規模攻撃を掛けることは前回の経緯から予測できる話であった。

 しかし、ロシア軍は打ち続く戦いによる士気低下と戦いごとの過剰な消耗があり、前回はポフロフスクほかトレツク、チャシフ・ヤールなど全戦線での攻撃であったが、今回はクルスク一択に絞り、精鋭ドローン部隊を集め、会談中に一挙に制圧しようと目論んだようだ。

 別に私は参謀本部の人間でも防衛省防衛研究所の人間でもないし、ミリヲタは大嫌いなので、あくまでも公表された情報に基づく外野からの観測に限られるが、そう悪くない線を行っていたんじゃないかと思う。

 作戦計画自体は一週間ほど前に立てられたようだ。810旅団のスジャ特殊部隊はDPRKが動き出す前にパイプラインに潜入しており、パイプ内を潜行して作戦開始を待っていたが、これは計画がずさんで、隊員たちは食糧の不足とガス中毒に苦しめられた。地上に出た時には疲労困憊でこれは容易く殲滅された。ガス管の中を15キロも歩くなんてどうかしている。アウディウカでもそんな距離は歩いていなかった。

 DPRKの包囲網突破も早すぎた。この軍団は軽歩兵中心の重火器もドローンも持たない歩兵部隊だが、薄いところでは歩兵数人と塹壕のウクライナ軍陣地を抜くことはそう難しくはなかった。が、向かった場所が問題である。彼らが向かったのはスジャの南、スームィとの間にある森林地帯で、この部隊は林野戦を得意とするが、道路も村落もない場所に進軍していったいどうするつもりなのかということはあった。

 大兵力であることは、この場合は仇となる。彼らは10キロほど西進したが、すぐにウクライナ陣地や予備隊の側背攻撃を受け、携行していた弾薬を使い尽くしてあっという間に消耗した。ドローンは持っておらず、仮にR200号線に這い出ても、スームィから駆けつけた総司令官直卒のウクライナ増援部隊の前にはなす術がなかっただろう。おそらく最大の損害(1個大隊以上)を出し、現在はプレホボに後退していると思われる。

 DPRKの翌日、スジャの北では先月からニコルスキで孤立していた北朝鮮部隊を救援に別働隊が動いたが、さらに翌日には810旅団本隊を含む総攻撃が開始され、ウクライナ軍はマラヤ・ロクニャを放棄して後方に引き下がった。ロシア軍は新型の光ファイバードローンを装備し、空軍による援護もあり、ウクライナ軍を追って数キロほどスジャに迫ったが、そもそもドローンは攻勢作戦には向いていない。光ファイバーのような有線誘導ならなお向いていない。

 陣地で態勢を立て直したウクライナ軍はジャミングと兵力を増強して反撃し、猪突したロシア部隊は戦車18台、装甲車40台を含む大損害を受けた。ドローンに弱いとかいろいろ言われているが、塹壕を含む要塞化された陣地を突破するにはこの兵器しかないのである。

 

 この戦いでは例によって滑空爆弾が用いられ、マリャ・ロクニャ、ニコルスキ、レベデフカなどの諸村が爆撃で完全破壊されて消滅するに至った。こういう光景はウクライナでは珍しいものではないが、ロシア空軍が破壊したのは自国民のいる自国領の村落である。

 総じて見ると、計画それ自体は事前に用意されていたが、DPRK部隊の過早の移動はウクライナ軍に配置転換の余裕を与えたが、陽動が望外の成功を収めたことで、クレムリンは途中から兵力の出し惜しみをしたようだ。810旅団はすり潰すことにし、これとDPRK1万人程度の犠牲でウクライナ軍を追い払えるなら、後の部隊は投入の必要はないと考えたのだろう。これらまでやられてしまうと、ロシアには後詰めの部隊はもうないことがある。より効果的であるポフロフスクからの増援は、ロシアではクレムリンも躊躇する政治イシューである。

 ウクライナ軍のクルスク派遣軍も当初よりかなり減耗(3万→1万)している。損失もあるが、ロシア領占領がある程度固定化したことによる配置転換もあるだろう。同時期、ポフロフスクやトレツクではウクライナ軍が勝利を収めている。

 ロシアの予定表では、会談の12日にはスジャは陥落しており、ウクライナは唯一の交渉カードを失って窮地に陥り、情報遮断が敗因になることは、代理戦争(支援なくして勝利なし)というロシア・トランプ側の言い分を正当化するもので、これらはウクライナに譲歩(領土割譲、ロシア属国化)を強い、交渉をロシアに有利に傾けるものであり、政権に鼓舞されたアメリカメディアの報道もその文脈に沿ったものになっていた。

 

 結果はそのようにはならず、むしろスターリンクなしでもウクライナ軍が高い戦闘能力を示したことで、この戦争はトランプが匙を投げたくらいでは終わらないことが再度強調され、スジャは陥落せず、ゼレンスキーらも言い分を変えていないことから、サウジで交渉を担当する国務長官ルビオの失敗はもはや約束されたようなものである。



 今朝のNYタイムズのルビオに関する論説はキューバ移民の子で、副大統領バンスと同じく、恵まれない境遇から苦労して国務長官まで登り詰めた長官の弔辞のようだった。彼は無能でも知性に欠ける人間でもなかったが、節を曲げてトランプに魂を売り、人格破綻者のイーロン・マスクに嫌われたことが凋落の原因になった。

 会談はまだ始まっていないが、トランプ政権ではすでに後任の国務長官の人選が始まっているだろう。こういうことは恣意的なトランプの宮廷ではもちろんのこと、彼が範とするナチス・ドイツの党内政治でも良くあったことである。

 

 実のところ、この政権のこれまでの行状は、トランプを政権の座に押し上げた不平家であるアメリカ白人の集まりというよりは、ナチスの方により良く似ている。1933年のドイツのムードは、たぶんこんな感じだったのだろう。

 トランプ政権については、私は一ヶ月目は混乱、三ヶ月目は造反、半年後に瓦解と書いたが、今まで見る様子だと順調にコースを辿っているように見える。

 どんなものでもそうなのだが、奇手とか奇策とかは最初は驚くがそのうち慣れるものである。25%の関税を提示して、翌日には撤回して、翌々日には木材に250%の関税を掛ける。言われた方は大変だが、そうやって譲歩を引き出すのが彼の手なら、鈍感を装えば良いことがある。

 25%の関税? 結構じゃないですか、報復としてこちらも25%掛けますよ。翌日になって「はいやめた」、じゃあこちらも「やめます」ではなく。

 対抗して25%の関税をセッティングしたら、そのまま続ければ良いのである。もちろん時限立法で、半年とか一年とか期限を切った方が良いと思うが。トランプがやめようが撤回しようが関係ない、「原因はあんたでしょ」、後にも先にもトランプの放言以外、必要性も理由もないことは明らかなのだから、これは彼がどんなに言を左右にしようと、全て彼の責任にできるのである。

 もちろん国民を説得する必要がある。補償もたぶん要るだろう。こういったものが食卓に影響を及ぼすには概ね3ヶ月から半年の時間差がある。アメリカ国民にデメリットを実体験してもらい、それで誰が悪いのか良く理解してもらえば良いのである。それで潰れるような産業なら、そもそも最初からその国には要らないものだったのである。ロシアを見ろ。

 もう一つ、彼の言辞の特徴として「約束を守らない」がある。ウクライナに対する彼の言い分はひどいものであった。前任者のバイデン政権もEUもロシアに侵略されたウクライナに借金してまで戦争させていたわけではなかったし、ウクライナにもその意識はなかった。それを一方的に借財としているのはトランプである。たぶんこの人物には「契約」という概念自体がないのだろう。

 そういうことで借財を背負わせることができるのなら、日本にしろドイツにしろ駐留米軍にはいろいろな経費を支出し、法制上の利便も図っている。日本の場合は毎年二千億円ほどだ。サンフランシスコ平和条約からは今年で満65年になる。トランプ式だと9千億ドルほどで、それを請求すれば良いのである

 新しく作ることもできる。EUはこれから国防費を増額しなくてはいけないので、観光にやってくる呑気なアメリカ人たちに対しては300%ほどの「ヨーロッパ防衛税」を課すこともできる。関博のラーメンなら一杯八千円だ。奇手奇策は見飽きたので、これからはイニシアティブを取り、状況を支配しなければならない。彼にできることは我々にもできる。ノーベル平和賞は被審査権剥奪、マスクは国際犯罪者で指名手配だ。政治はやろうと思えば何でもできる。

 彼の言い分だと「孤立主義で生きていく」なので、それなら別に構わないが、それならウクライナやロシアの資源を渡してやる義理もない。しまいには核兵器を振り回す以外、どうしようもなくなるのではないか。

 三ヶ月目は「造反」なので、アメリカはルビオ国務長官がリヤドを訪問するそうである。聞けばルビオは両親がキューバ移民なので、トランプらから両親の市民権剥奪の脅しを受けていると聞く、トランプは交渉失敗の責任は彼にあることを明言しているので、造反第一号はどうもこの人物になりそうである。

 リヤドでの交渉の事情を見ると、トランプは鉱産取引のほかゼレンスキーの辞任や領土割譲も要求しており、鉱産取引のみでは防衛支援の再開はしないと発言している。ルビオにとっては極めて困難な交渉であり、おそらくトランプの憎悪の視線は現在はゼレンスキーよりオーバルオフィスで一騒動起こした国務長官に向けられているようである。マスクはスターリンク切断を示唆したが、契約しているポーランドの外相は「別のプロバイダを探す」であり、これはすでに探しているものと思われる。すでに交渉というより機嫌を損ねた国務長官の処刑ショーになりかかっている。

 なお、交渉の場がサウジである理由は、ウクライナでは国防大臣のウメロフにコネがあるからだが、より大きなコネはトランプが持っており、そちらの方が理由であると言われている。サウジの皇太子ムハンマドは不興を買った記者カショギを殺害し、遺体を解体してビデオ撮影した残忍な人物である。というわけでウクライナ交渉団も身の安全は保証されないものになっている。

 一ヶ月でももううんざりだが、アメリカでは口を閉ざしている元大統領たちに不満の声が向けられている。ロシアの爆撃が続いていることに対するトランプの言葉は格別に冷酷なものであった。元大統領たちが口をつぐんでいることについては、民主党内からも不満の声がある。

“If I were them, I would get behind someone right now and say this is the guy or girl that I believe in. Stop playing the: ‘I don’t want to step on anyone’s toes or prematurely step out of line.’ We don’t have time for that crap. Get in the game or don’t ever talk again. If you don’t have anything to say now, while this is going before our very eyes, I don’t want to hear from you ever again.”
( Kurt Bardella, Democratic strategist )

「もし私が彼らだったら、今すぐに誰かを応援して、この人こそ私が信頼していると言うだろう。『誰かの足を引っ張ったり、早まって規則を破ったりしたくない』などと言うのはやめよう。そんなくだらないことをしている暇はない。ゲームに参加するか、二度と話さないかだ。今、これが私たちの目の前で起こっているのに何も言うことがないのなら、二度とあなたの話を聞きたくない。」
(カート・バーデラ、民主党戦略家)
 

 

【キーウ共同】英紙デーリー・テレグラフは7日、ウクライナ軍兵士約1万人が越境攻撃するロシア西部クルスク州でロシア軍による包囲の危機にあると報じた。トランプ米政権がウクライナへの機密情報の提供を一時停止して以降、同州でロシア軍が攻勢を強めており、ウクライナ軍は窮地に立たされいる。

 時系列が近接しているから無理ないと思うが、上の記事は外野の我々が犯しやすい間違いの典型であるように思う。

 まず、この攻撃と情報提供禁止はおそらく全く関係がない。プレホボ村を占拠している北朝鮮軍とロシア海兵部隊がウクライナ軍司令部のあるスジャ南部を脅かしていることは本当だが、ウクライナのクルスク侵攻作戦はアメリカの承認のない作戦で、情報提供は元々制限されており、さらにロシア領ではスターリンクは使えない。

※ 大手メディアのほとんどが取材はキーウ止まりで前線に特派員を送っていないこともある。

 ウクライナの越境作戦はアメリカでは核報復の危険からあまり賛成できないものと受け取られており、バイデン政権も攻撃が始まって以降はあの手この手で情報を出し渋り、ウクライナに石油プラントなどの情報を与えないようにしていた。これはウクライナ側も承知しており、クルスク派遣部隊と遠隔地でカザンなどロシア石油コンビナートを攻撃している国防情報部のドローン軍はおそらく最もアメリカへの依存度の低い部隊である。マクスター衛星が使用不能になったくらいで作戦行動に影響が出るとは考えにくい。

※ あまり知られていないが、ウクライナには偵察衛星がある。また、スパイなどの人的アセットは予算削減でその種エージェントが大幅に減らされたアメリカ軍のそれを遙かに凌いでいると考えられる。

 報道から6日から8日までのスジャ周辺の状況を作図してみると以下のような感じになる。



①まず、3月5日にウクライナ空軍がDPRKに随行している第177海兵連隊の司令部を爆撃し、おそらく連隊の指揮が崩壊した。この連隊はカスピ海艦隊の所属だが、より大規模なDPRK部隊の「お目付役」で、後方からドローンなどで朝鮮軍の突撃を支援している。

②後方司令部が被爆したことを見たDPRK部隊は西進を開始したが、これが作戦計画の一部だったのか、被爆を見て森林地帯に退避するためだったのかは定かではない。6日にDPRKはウクライナ軍の防衛線を突破して森林に押し入ったが、すぐに177連隊の残兵と応援に来たボリショエ・ソルダツコエの810旅団が後を追い、この旅団の一部はパイプラインを使いスジャ中心部を襲撃した。

 

ディープステートの地図、色分け地図は私は信用してない

 スジャの北方ニコルスキでは先月末に突出した北朝鮮の大隊が村落に封じ込められており、ロシア軍と共同で救援作戦が行われていたが、マラヤ・ロクニャに布陣したウクライナ軍が巧妙な火線網を構築し、二次被害が続出して部隊の救出は難航していた。3月以降の情報はないが、おそらく戦闘が続いていたと思われる。

③6日、ニコルスキ救援軍は、南部のDPRKに対応するためにウクライナ守備隊が引き抜かれ、手薄になったところで攻撃を掛け、おそらく救援に成功したが、同時に川沿いの二村落も確保した。これらは川を挟んでマラヤ・ロクニャのウクライナ軍と対峙している。

 スジャ方面の最前線であるコレネヴォ回廊の戦闘はゼレニ・シュラフを基点に続いている。これとは別にノベンスケ、ジュラフカでは小規模なロシア軍部隊がウクライナ領に侵入しているが大勢に影響は小さい。

④8日、ウクライナ軍はスームィから増援を送り、予備隊を投入してDPRK軍を国境に押しとどめ、スジャ南部の掃討作戦を開始した。

 概観するとこんな感じだが、見た様子ではDPRK主導の作戦にも見える。南部で西進した部隊は1月にマクホブカで大破した部隊だが、ニコルスキでの同胞軍の苦戦を見て、陽動として動いたのではないかとも見える。この部隊がウクライナ軍を引きつけている間に別働隊がニコルスキを救援するという作戦で、おそらく177連隊司令部は反対で、救援を巡り一週間ほど問答が続いていたのではないか。


全般的に最近のロシア軍は自動兵器頼みで息切れ傾向である。士気は低下しており、ロシアは8日派遣兵の出身の多くであるダゲスタン共和国とチェチェン共和国のテレグラムアプリをブロックした。厭戦情報が国内に広まらないためである。

 被爆した177連隊を救援した810旅団は旅団と銘打ってはいるが、実の所はこれまでの戦いで散々壊滅した部隊の寄せ集めで、177連隊とはクリンキの戦いで共同して作戦した間柄でもあり、チェチェン兵と共同した南下しての救援はロシア軍としては極めて迅速に行われている。同時に810旅団の特殊部隊はパイプラインを介したスジャ中心部への襲撃を行い、これは壊滅したが、目的はウクライナ軍の足止めと思われる。

 クルスクのウクライナ占領地はアメリカ大統領トランプが明瞭にロシア寄りで仲介者の用をなさないことから、領土交換や捕虜交換といった戦略的価値は失われており、ここでウクライナ軍が増援を送るかどうかがキーウの深層を測る尺度だと思っていた。やはり送られたことから、ウクライナは当面クルスクを放棄する考えはないようである。

⑤陽動に成功したDPRK部隊はウクライナ軍の迎撃を見て、プレホボ村に後退するものと思われる。当初言われていたような補給線を画する動きではなく、作戦を主導したのは177連隊の被弾と同胞の救援というDPRK内部の事情である。

 一連の動きからはいろいろなことが分かるが、1月に大破したDPRK部隊は増援はなされたものの、その数と装備は不十分なようである。スジャを攻撃するなら前回のように北進するのが常套的で、森林地帯で道路もない方向への西進は元々不自然であった。

 同時にDPRKはかなりの規模と自由裁量を持つものの、編成上はロシア軍の隷下にあることも明らかになった。連隊指揮官は大佐だが、派遣された北朝鮮の将官が指図を受けて作戦行動を決定するという様式が垣間見られる。クルスクに北朝鮮は将官3名と将校500名を派遣しているといわれている。スジャ南部のDPRKは旅団規模の部隊で、これは将官が指揮するが、戦域指揮官はロシア軍の大佐である。

※ ここが混乱するところで、クルスクに到着した北朝鮮部隊の用兵については様々な説が開陳されていた。多数は部隊を分散させて弾除けに使い、それを盾にロシア軍が攻撃するといったものだが、言語や指揮統制上の問題から現実的ではないとも言われており、私は最初から独立行動説だったが、両説で説明しがたい事象の数々は、今回の戦いで指揮系統の問題としてある程度説明できるように思う。

 連携の様子からDPRKはロシア軍とは別の通信チャネルも持っているものと思われる。マクホブカの戦い以降、1万人以上いるという朝鮮部隊は増援を受け、プレホボの主隊のほか、規模はまちまちでロシア軍に分散配備されている。810旅団にはかなりいたのではないか。


<今回の謝罪ビデオ>

 

 


 どうも謝罪ブームは空軍が中心のようで、ホークミサイルやパトリオットはウクライナ空軍の所管である。アメリカの援助が非常に影響するのがこの防空ミサイルの分野で、振り付けは大統領府が行っていると思うが、それ以外の部隊はトランプの傲岸さに怒り心頭なこともあり、謝罪どころではないのだろう。

 現在のウクライナ政府が何を考えているのかについては、おそらく米ウ交渉はほとんど進展しておらず、問題なのはいつ国交回復するかではなく、いつアメリカを見限るかになっていると思うが、ついにEUとの合同演習まで拒絶し、ラムシュタイン基地をハンガリーに移転するなどと言い出しては、これがアメリカの国益のみならず世界秩序を紊乱すること甚だしい。

 大統領としても権限濫用であり、このどうしようもない男については、それなりの地位にある誰かが、しかるべき時に、しかるべき場所で「おまえは世界の敵」と言ってやる必要があり、今のところゼレンスキーとEU首脳らは誰がその役を担うかでババ引きの最中であるように思われる。

 なお、先のチャタムハウスでの外交官集会で「(トランプは)世界の敵」発言を世界で最初にしたウクライナの元司令官ザルジニー氏については、この司令官ではこの台詞はまだ役者不足だが、ニュージーランドの外交官のようにそれでも処分されないあたり、ウクライナ政府=ゼレンスキーの深慮が伺える。トランプもザルジニーのような小物は名前も知らないことから、AIマスクXでも見つけられなかったこのマイクロ反乱は見過ごされているが、ウクライナが和解を標榜しつつも、その実はトランプに見切りを付けており、「その後」を検討していることの傍証として、気に留めておく価値はあるものである。
 

チャタムハウスでのザルジニー講演全文

 

 格差国家が(この場合はロシア)がどうして同じ自国民を平気で捨て駒にできるのかはこの戦争を見ていていちばん疑問に感じるところであるが、以前聞いた話として、どうして日本の軍歌は「死んでこい」とか「水漬く屍」とかで、ジョニーが意気揚々と帰還する歌詞がないのかということもある。ウクライナですらこれはないものである。

 これも以前読んだ話として、応報感情というものは人に対してはしぶとく持ち続けられるが、モノに対しては続かないというものがある。息子を凶漢に殺されたなら、これは今でもテレビで頻出しているが、凶漢でなくても家族は復讐を叫び、裁判で厳重な処罰を求める。当局もこれには同情的で、審理に被害者を参加させる制度さえある。

 が、殺したのが折れた木の枝や暴れた牛さん馬さんだった場合には、昔はこれを八つ裂きにしてというのはあったが、裁判になる頃には応報感情はとっくに醒め、「あの木をバラバラにしてやりたい」とか、「あのガードレールが」という話は聞かないことがある。牛さん馬さんは道理を解する知能のない動物であることから、殺処分にすることが多いらしいが、動物愛護団体の抗議があるのが普通である。

 対象が人か人外かによる、この問題はだいぶ以前から指摘されており、つい300年ほど前までは殺害した物体(木の枝など、後の時代では凶器)は審判する頃には原被告共にただのモノなので、当局(昔は王様や教会)が没収して教会で供養してもらう(デオダント)という始末の方法があった。弁護人が精密な議論を展開するにしても、裁定した頃には誰も関心を払わないでは裁判にならなかったことがある。船のように無理矢理擬人化して審判することもあり、これは海事裁判の原型となった。

 この違いは人間の本能的感情に根ざしたもので、要は人間は対象がモノに近くなればなるほど、その処分には無関心、感情を動かされないものになるのである。

 人口の多い中国で数万人の被災がさほどのことでないように扱われたり、ロシアで極貧国民が消耗品のように扱われて殺されるのも、また日中戦争の時代に日本の東北地方で娘が身売りに出されたのも、共感が感じられないほど大きな格差の産物である。その格差は人間が作る。

 例えば当時、勅任官と呼ばれた日本軍の高級将官の年俸は現在貨幣換算で2億円ほどであった。赤紙で徴兵される最底辺の二等兵の年俸は150万円ほどで、これで共感を感じろといっても無理な話だろう。実際彼らはモノのように扱われ、無謀な戦いで多くは遺体さえ残らない無残な死を遂げ、今でも多くが発見すらされていない。

 現代の派遣労働も多くの会社では経費は「資材費」から捻出され、これは人のモノ化の一例である。イーロン・マスクの年俸は8兆ドルであるが、その彼が年俸は彼の二万分の一の連邦政府職員をどう扱っているかを見れば、格差が人間性を腐食させるものであり、社会の害悪であり、窮極的に国家を破滅や戦争に導くものであることは容易に理解できるだろう。格差はあること自体がすでに害悪なのである。

 生まれは選べないことから、そういったものを呑み込むのも処世術ではある。たいていの人間はそうであるが、あの副大統領みたいにそれが脳髄を冒してしまった場合は自他共に害悪となる。そして、彼と彼の仲間の乗る列車が谷底に向かって走っていくことも、ブレーキはたぶんあると思うが、誰もそれに触れないだけだが、外野から見れば紛れもない真実である。

 もし我々に五次元の知性があり、物事を超次元的に捉える感覚があったなら、たとえ一億倍の格差があっても、不公平というものは生まれないだろう。広大な宇宙にはそういう宇宙人もいるかもしれない。格差=悪では必ずしもない。イーロン・マスクも、巨大な富は政府より自分が使う方が文明を進歩させると思っているから富にこだわるのだろう。

 しかし、我々は猿から進化した、生体機構的には他の動植物とあまり違いのない生物であり、その中でも数万年の歴史を経て、ゆっくりと知性を発達させてきた生物である。ウクライナではロシア兵がドローンを撃ち落とせずに躍起になっているが、それは彼らが三次元の動態把握に馴染みがないからである。飛行するドローンの速度や方位、高さを瞬時に見分けることは訓練があっても難しい。鳥類は容易にそれを行うが、哺乳類であれば数十世代の世代交代を必要とする。

 しょせん我々は地球人なのである。格差が人間性を麻痺させることは、それが人類である限り免れがたいものである。一万倍といわず、数倍の差でも普通の人間は劣位の人間を認めることは少ない。それは思考の罠であるが、ドローンの前には無力な北朝鮮兵と同様、我々の生物学的頭脳では、無知と誤解は免れがたいのである。

 で、あるからして、我々は多くの事例から経験則を導き出すしかない。文明についてのマスクの主張は認めるにしても(彼が五次元人ならそれは可能だろう)、人類の一種であるマスクにはその理想は実践不可能であり、むしろ害の方が多い。そういう結論に至ることは先にも挙げたように人間の本質を考慮したなら当然のことである。

 

 壊してから学ぶのではない。時間が掛かりすぎる。それが数百年、数千年実践されてきたものなら、我々がこの星でもう少し長く生き延びたいなら、格差の是正は単なる所得の再配分に限らないものであり、人間性の回復がそこに含まれるはずであり、それは破滅を未然に防ぎ、人類の生存に不可欠な、人間であれば必ず辿り着く、ごく当たり前の帰結なのである。

 

 ゼレンスキーらが提案した「航空停戦」は、ロシアは案の定拒絶、アメリカも無視を決め込んでいるが、これらは想定の範囲内にあるように思う。ただロシアは意味深なことも言っており、7日の自動兵器による攻撃はこの提案とは関係ないとベスコフ報道官がわざわざ指摘している。

 スジャでは北朝鮮軍が南部の突破に成功し、戦線に大きな穴を開けたが、これについては良く分からない。この日は同じ戦区にあるロシア第177海兵連隊の指揮所が爆破されたばかりであり、DPRK部隊は前回手ひどい敗戦をしたマホノブカの南を抜け、ウクライナ国境に近づいているように見える。おそらく海兵師団の被爆が同部隊をして独自行動を取らせたものと思われる。



 ただ、北朝鮮軍については編成装備などがロシア軍とは異なることが指摘され、先の戦いの教訓からまとまって行動しているとは考えにくい。数人単位の小集団で分散して行動していると思われ、スジャの南は不安定な状況にある。

 先に挙げた「航空停戦」、続く平和維持軍については、「平和維持(Peace keeping)」という言い方は語弊を招き、実質的には「保証軍(Guarantee)」が構想されているようだ。

<第一段階・英仏空軍の展開>

 見たところ計画は段階的に分かれており、まず、英仏の航空部隊と防空ミサイル部隊を中心とした「制空保証軍」、おそらく半年~1年程度駐留し、ロシアの滑空爆弾、巡航ミサイル、そして弾道ミサイルの防御に当たる。滑空爆弾はほとんどがロシア領空から打ち出されるため、必要に応じてAMRAAMミサイルで発射母機を撃墜することもある。ウクライナ領空における偵察用ドローンの排除も行う。戦闘に参加するわけではないので、ロシア地上軍への攻撃は行わない。

 駐留中はウクライナ軍にも制約があり、「保証空軍」の駐留中はロシア領内への航空攻撃、ドローン攻撃は全面的に禁止される。クルスクはその過程でおそらく放棄することになるが、アメリカ大統領がロシア寄りであることが明らかになった以上、この地域の戦略的価値はすでに失われている。

※ 休戦というが、ロシアが不同意であることは明らかのため、これはウクライナの正義を示すため、一方的に宣言し、一方的に履行するものになるはずである。クルスク放棄はその点でも理に叶っている。

 ロシアは三年間の戦争で早期警戒管制機メインステイを3機失っており、こと航空管制ではNATO標準の英仏軍が有利である。ただ、NATO軍のAEWは米軍を中心に運用されており、機材も米国製である。妨害を受けることが考えられ、その場合は英仏その他の機体を代わる代わる用いることになり、運用は制約を受けることになる。

※ すでにマクスター社がウクライナへの衛星画像の提供を拒否している。スターリンクもいつ切られるか分からず、政権への忖度による恣意的な契約不履行により、アメリカ資本のインフラの信頼性は地に堕ちている。国防においてこの国を信頼するのは、もはやどの国においても危険でリスクの高いものになっている。

※ 政権を通じロシアに渡る可能性が非常に大きいため、欧州も諜報機関の対米向け情報提供はすでに停止されていると思われる。

 が、それでも機材の質や訓練はロシアに立ち勝り、ウクライナ軍の防空支援も受けられることから、成功率は比較的高い計画である。休戦期間の終了後はウクライナ軍を中心とする「欧州軍」にバトンタッチする。

<第二段階・欧州軍の創設>

 「欧州軍」はウクライナ軍が大部分を占める軍隊だが、自国防衛に加え、EU諸国から欧州全体の防衛を付託された軍隊である。ウクライナ軍を中心とした「前線防衛軍」と有志国による「後方支援軍」に大別され、前線軍は率先して戦闘し、領土から侵略者を排除するが、後方軍は専ら家屋や橋梁、インフラの再建を行う。戦闘行動は行わないため、ベルギー、オランダなど軍事小国のほか、日本、中国など参加国を広く募ることができる。

 実際の問題として、ロシアのような異常な格差社会は欧州にはないため、60万の大軍を展開するロシアのような軍隊はどこも派遣できないことがある。唯一対抗できるのがウクライナ軍で、これは予備含め80~100万人だが、装備や制空権で遅れを取っている。現実的にも新たに欧州軍を編成するよりはウクライナ軍を強化した方が早道で、欧州には他に選択肢がないことがある。いわゆるライエン女史の「鋼鉄のヤマアラシ」である。

 フランスの核兵器は一連の行動において、ロシア軍を牽制するために用いられる。すでにミラージュ2000戦闘機がウクライナに供与され、実際に防空戦闘を行っていることから、この装備は迅速にでき、また海上ではイギリスの弾道ミサイル潜水艦がモスクワに狙いを定めることがある。欧州軍のウクライナへの展開は10~20年程度が想定されている。これまでのPKOの実績から見ても、20~30年というのは短い期間ではない。

 だいたいこういった内容が散見されるが、問題点を指摘できるのは、これでロシア軍を抑えることはできるはずだが(アメリカが闇討ちしない限り)、紛争を抑えるということと終結させるということは別だということが、ユーゴスラビアなどこれまでの平和維持活動の実績から分かっていることがある。また、長期に渡る滞陣はウクライナはもちろんのこと、支援する欧州諸国も疲弊させる。

<第三段階・ウクライナの復興・強化>

 共倒れを防ぐには、まずウクライナを復興させ、かつて以上の強国に育てる必要がある。戦争以前から、戦争が始まって以降は急速に、同国はEU加盟のプロセスを進めつつあるが、単なるEUの一国ではなく、同国を植民地と考えるロシアに侵略を諦めさせる程度に成長してもらう必要がある。人口三千万人はいかにも少なすぎる。

 一つのヒントは黒海からインド洋を経て、東シナ海に至る海上にある。インドネシアはウクライナと同じ多民族国家で、より複雑な人為的ナショナリズム国家である。これは赤道直下にあり、ウクライナでは豊富に採れる小麦はほとんど採れない。人口は二億七千万人であり、隣国のベトナム(1億人)と並ぶ東南アジアの地域大国であるが、多くの点でウクライナと補完性がある。

 この国とウクライナはたぶん相性が良いと思われる。中国人がいるが、これは仲良くするしかないだろう。「欧州軍」の最終目標はウクライナを復興させ、海路で欧州と東南アジアを繋ぐことである。中国も台湾占領などという愚行をしないことを祈るのみである。

※ 中国、インドには欧州、日本と同じ経済圏の後見的役割が期待できる。経済圏は人口比例という無理ない原則を統治の基本に置くため、欧州が主導して地域を搾取する「共貧圏」とは一線を画す。国家を含む共同体を存立させるのは、経済含む民主主義とそれと相対する規範であるが、経済については自律的発展に任せ、規範の部分をこれらの国が担う。現にウクライナではEUが成功しつつあり、アメリカは武器のみ与えたが、EUはウクライナという国そのものを浄化しつつある。

 そうなればイギリスからエジプト、スリランカ、東シナ海を結ぶ広域経済圏が生まれ、人口は中国と拮抗し、できれば日本も加わってもらいたいが、これはロシアの脅威など意に介することなく、グローバル資本主義の野蛮さも捨象して、はるかに文明的なポスト・アメリカの新秩序を作ることができるだろう。連合の中心はジャカルタが位置的には適切である。

 中国との抗争は、私の見るところあまり意に介する必要はないと思われる。計画は別に南の海のジンギスカン帝国ではないので、商売をしたければ、彼らも友だちの輪に加えて商売すれば良いだけである。BYDのクルマがEUでは輸入禁止の粗悪品という話は聞いたことがない。支配欲に固執するロシアが異常な国であるだけである。

 こういう絵を見ているのは別に私ばかりではない。すでにオーストラリアがウクライナの平和維持活動に興味を示しており、軍を派遣する動きを見せている。同国はアメリカとの間に潜水艦受注を巡るスキャンダルを抱えており、またトランプ政権の動向は国防をアメリカに依存する同国には不穏なものに映っていることがある。

<第四段階・新世界秩序>

 新しい物差しとしては、これは復興ウクライナにもあてはまるが、現在のウクライナがEUの指導の下で進めている公平で透明性の高い政治に加え、格差の是正は要件として必要だろう。だいたい今まで見るところ、悪質な侵略国はおしなべて強度の格差社会である。

 

 アメリカも格差社会であるが、これは軍人制度が再配分のガス抜きになっている。ロシアがいつまでも戦争を続けられるのも、極貧地方から生活と引き換えに徴兵できるからで、こういった国は簡単に見分けられるし、アメリカでも大学教育に容喙するトランプやマスクなど見ると、こういう国は文明レベルも一部の特権階級以外は低いままに留め置かれると考えられる。

※ アメリカの退役軍人制度は国家予算でも大きな部分を占める同国の特徴だが、その役割についてはあまりクローズアップしたものがなかった。マスクの活躍で制度の大枠が提示され、この制度が自由資本主義社会アメリカの再配分機能を担う、アメリカン・ドリームの原動力であることが明らかになった。実際、そういうものがなければアメリカは中米や南米ブラジルなどと同じ、大土地所有制を残置した活力の乏しい社会にとっくになっていただろう。

 こういうものは仲間にしない。高格差国=独裁傾向のある凶暴な侵略性国というのは見て分かりやすく、間違いのないところだ(その点ハンガリーのEU加盟は疑問)。また公平という点から考えると、マスクみたいな極端な金持ちはやはり強度の課税で狙い撃って撲滅を図るべきだろう。ヒマを持て余したこういう連中が政治に走って民主主義が歪むのも、すでに何度も見た光景である。

 

 ムキになってウクライナつぶしに血道を上げている所を見ると、やはり前回の首脳会談は「(いろいろな意味で)負けた」という意識が強いのだろう。ついに在米ウクライナ人24万人の滞在許可の取消にまで走ったトランプ氏だが、この様子を見るとゼレンスキーとの和解はとうてい無理と思われる。が、それはゼレンスキーも分かっているだろう。何といっても彼は役者である。トランプに頭を下げるくらいのことは何でもない。問題はそれが何の役に立つかといういうことである。売国的な鉱産取引ではおそらくないだろう。

※ 24万人はロイターの報道だが、ホワイトハウスは「フェイクニュース」と否定している。どうもトランプ政権の旗色は本土アメリカでもかなり悪いようである。

 

※ そもそも自国の大統領なのに彼を擁護する人間が共和党議員しかいないという所で終わっている。



 上図は2025年2月7日から3月6日までのウクライナ参謀本部発表によるロシア兵器の損害数だが、ウクライナを蚊帳の外に置いた2月16日の米露和平協議においては、ロシアと交渉するのは数年ぶりだったこともあり、いい所を見せようとロシア軍は総攻撃を掛けたが(結果はイマイチであった)、会談後は力尽きロボット兵器に頼る様子が窺える。今月になるとドローンさえ減り、攻勢は全般的に低落し、この一週間で油井施設や司令部など重要拠点の被爆を許している。

 ウクライナ軍の記録なので、物資欠乏により撃破率が下がっているのだという見方もできるが、重要拠点や陣地が占拠されたという情報もないので、これはやはりロシアの攻勢が減退しているというのが正しい見方だろう。

 両軍の兵士にとってはこれは一種のストレス・テストで、兵士でもない外野でもストレスを感じるほどの混迷ぶりなのだから、実際に銃を取って戦う彼らではなおのことである。ウクライナ兵のインタビューを読むと、会談が決裂するや否や、彼らはアメリカ大統領を見限ったようだ。戦場では素早い判断が要求され、彼ら自身生死を賭けているのだから当然のことだ。これは武器さえあれば戦闘力は維持できる。



※ ゼレンスキーに求められた「謝罪」はどうもウクライナでは悪ノリの様相を呈しており、昨日はF-16パイロット(棒読み)とパトリオット(嫌そう)だったが、今日はあまり役に立っているように見えないホークミサイルの操作員が定番となったプラカードを持って感謝の言葉を述べている。表情も笑みを浮かべるなど前二者に比べ表現もこなれており、この様子だとウクライナでは「謝罪」がブームになりそうである。

 


 ロシア側では近々戦闘が終結することは兵士の間ではある程度期待感を持って見られていたようだ。彼らの戦術は絶望的なもので、出陣すると戦死は免れがたいことから、彼らが終戦を願うのは当然である。ゼレンスキーの卑屈さは(彼は俳優である)、彼らロシア兵には一種の清涼剤になっているかもしれない。トランプが条件を嵩上げしたことで交渉が長引いているが、長引けば長引くほどストレスが溜まり、戦意はだだ下がりに下がっていく。将官や大隊長クラスならともかく、中級指揮官以下も士気低下の影響を受けているだろう。兵の質が低いことから、よほどのことがない限り、一度低下した士気を回復させることは簡単ではないだろう。

 ドッジ団を始めとして、就任一ヶ月のトランプ氏の行状はあちこちで不協和音が聞こえ、定例の議会演説も自慢話タラタラの中身の乏しいものだったが、独善に過ぎるため、説明不足の声はあちこちで聞かれる。というより、関税にしろドッジ団にしろ、彼はまともな説明を一度もしたことがない。言うこともコロコロ変わるので、これは戦場にいなくてもストレスの溜まるものである。

 ゼレンスキーについては、トランプ社で社長の不興を買った重役が二度と彼の前に姿を見せないよう、戦時下のこのウクライナ大統領を失脚させるべく、手下どもがあれこれ工作しているようである。議会演説でもウクライナに触れた箇所は僅かで、それも知識のアップデートもしていないようなもので、トランプがゼレンスキーのラブ・レター(Xツィート)を逐一暴露して悦に入っているようなものだった。恋愛でラブレターを見せびらかすような彼氏ないし彼女がいたら、それは脈はないと思って間違いないだろう。このくらいで説明できるような行動パターンである。

 さらに欲深いことに、ゼレンスキー(いずれにしても死刑だ)の譲歩だけでは飽き足らず、前回の鉱物取引もより搾取的なものにバージョンアップしたいらしい。前回は5千億ドルだったが、今度は1兆ドルで、ロシアに使嗾されていることもあり、ウクライナにさらに譲歩を求めているようだ。それはそれでご苦労なことである。

※ 最新の報告ではアメリカのウクライナ援助の実額は980億ドルほどで、千億ドルを切っている。

 ゼレンスキーについては、戦時下のウクライナで選挙などできるわけがないことがなぜ分からないのかと思うが、トランプの側近がゼレンスキーの政敵ユリア・ティモシェンコとポロシェンコ(元大統領)に接触したことが報道されている。彼らより人気のあるヴァレリー・ザルジニー元将軍にも声を掛けたはずである。なお、この三人はゼレンスキーとは決して仲は良くない。特にポロシェンコは犬猿の仲である。

※ 以前の報道では前大統領のポロシェンコの方が融和的で、大統領に就任したゼレンスキーに和解を持ち掛けている。が、ゼレンスキーが彼を嫌っており、汚職による告発や逮捕などさまざまな手段で彼をいじめ抜いた。ウクライナ戦争では共闘し、軍隊の組織や武器の調達など元オリガルヒとして戦争遂行に貢献しているが、大統領職に未練があることは何回かのインタビューで当人の言葉として説明されている。元大統領の苦境を見て、プーチンはロシアへの亡命を勧めたが断ったという逸話もある。

 トランプ世界ではゼレンスキーは強権でウクライナを支配する、支持率4%で汚職まみれの独裁大統領なので、そういう相手ならなおのこと接触には注意を払うべきだが、接触した全員に断られ、ゼレンスキーより大人のポロシェンコは接触の内容を洗いざらい暴露して議会演説の意趣返しをしている。なお、英国調査機関サーベーションの最新の調査では、会談後の支持率はゼレンスキー44%、ザルジニー20%、ポロシェンコ10%、ティモシェンコ5.7%であった。

 会談の前はゼレンスキーより人気のあったザルジニー元将軍は「世界秩序を破壊しようとしているのは米国」と言い、発言を報道したタイムズ紙を見て、報道を訂正して「より正確な報道を」として提供したのは以下の一文である。

Quote from Zaluzhnyi: "It is obvious that Washington's failure to recognise Russia’s aggression is a new challenge not only for Ukraine but for Europe as well. Therefore, this is enough to understand that it is no longer just Russia and the axis of evil trying to destroy the world order, but the United States are effectively finalising its destruction."

ザルジニー発言の引用「ワシントンがロシアの侵略を認めなかったことは、ウクライナだけでなくヨーロッパにとっても新たな課題であることは明らかだ。したがって、世界秩序を破壊しようとしているのはもはやロシアと悪の枢軸だけではなく、米国が事実上その破壊を決定づけていることを理解するのに十分だ。」

 訂正前はこちら。

Quote cited by The Times: "It is not just the axis of evil trying to revise the world order … The US is destroying the world order. It is obvious the White House has questioned the unity of the whole western world. And now Washington is trying to delegate the security issues to Europe without the participation of the US."

タイムズ紙が引用した引用:「世界秩序を改変しようとしているのは悪の枢軸だけではない…米国は世界秩序を破壊している。ホワイトハウスが西側世界全体の統一性に疑問を抱いていることは明らかだ。そして今、ワシントンは米国の参加なしに安全保障問題をヨーロッパに委ねようとしている。」

 見比べるとあまり変わらないようにも見えるが、こういう人物がトランプの手先になるはずがなく、ゼレンスキーとの関係でも、彼には「マクレラン二世」の誘惑が常にあるが、私の見てきた所、歴史に造詣の深いこの人物はこの故事は知っているようだ。

※ 「あまり変わらない」と書きはしたが、私の知る限り、「米国=トランプ」を世界秩序の破壊者(の幇助者)、いわゆる「世界の敵」と明確に名指ししたのは、EU・ウクライナの関係者ではザルジニーが最初である。司令官を拝命した3年前は、まさか当人もこういう役回りを演ずるとは思っていなかっただろう。なお、より穏健な発言でトランプ批判をしたニュージーランドの高等弁務官は解任されている。

※ 私の見方では「世界の敵」はアメリカではなく、ドナルド・トランプとその一味である。これは名指しした上で、主権者であるアメリカ国民にトランプ一党の処分を求めることが正しいように思う。問題は誰がそれを言うかである。

 それにトランプの陰謀が功を奏せば、後にロシアに占領されることから、ウクライナ大統領の地位は死刑台まっしぐらの道で、誰がそんなものになりたがるかということはある。トランプという人物はそういう点、どこか間が抜けている。

 フランス大統領マクロンは同国の「核の傘」を拡張する発言をしたが、これは鉱物取引の再交渉に紛れてあまり注目されていないウクライナの「航空停戦」に関するものと思われる。ゼレンスキーはトランプへの「遺憾(事実上の謝罪)」の直前にロシアに航空攻撃の停止を求める「航空停戦」を持ち掛けたが、これはフランスの案である。ウクライナの前線は長大で、監視部隊の展開は困難だが、領空であれば監視は地上より容易で、具体的には英仏の航空部隊をウクライナの飛行場に展開する案である。フランスの一部の戦闘機・攻撃機は核兵器の搭載が可能で、核搭載機を展開することで停戦監視の実質を確保しようという考えに見える。

 英首相スターマーを介してトランプを招待した英国王チャールズ3世は5日、同国の航空母艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を視察し、王室外交の一端としてイギリス軍が戦闘地域に展開することを示唆した。国王はウクライナ戦争に早くから関心があり。ウクライナ兵の訓練を視察したり、傷病者を病院に見舞っていることは知られていることである。大型空母を黒海に派遣するにはモントルー条約の制限があるが、バルト海、ムルマンスクのロシア北方艦隊を牽制することも考えられる。バルト海上空ではNATO軍航空機とロシア空軍機の接触が度々起きている。

 

※ 一応ビデオでは同艦は日本に向けて出航することがコメントされている。が、一度出航した戦闘艦の行き先は日本でも詳細は公表しないものである。フォークランド紛争では売却されてインドに向かっていた空母ハーミーズが呼び戻され、そのまま戦闘に参加した事例がある。

 


 「航空停戦」についてはロシアは無視を決め込んでおり、弾頭ミサイルによる攻撃は現在も行われている。が、英仏もそこまでは計算済みと見え、ゼレンスキーのトランプに対する発言も会談後は公表前にフランス当局者によるチェックが入っているという話も聞く。マクロンとスターマーは「媚態外交」でトランプの心証を良くすることに成功したが、成果もなかったことがあり、現在のところ、EUとウクライナの外交は本格的な衝突の前の時間稼ぎ、トランプなどには誰も期待しておらず、情報攪乱の要素が大きいように思われる。

 

Ukraine wants a JUST PEACE.
Russia wants a PIECE of Ukraine. 
That's a difference!
(Defence of Ukraine, 3/4/2025)

ウクライナは公正な平和(PEACE)を望んでいる。
ロシアはウクライナの一部(PIECE)を望んでいる。
それは違う!
(ウクライナ国防省、3月4日のツィート)

 

 トランプがウクライナへの支援全面停止を決めたが、彼の思惑通り、これでゼレンスキーが失脚してウクライナ降伏という事態にはなりそうにない。そもそもトランプもその閣僚も基本的な理解力に相当の問題がある。別にウクライナは米国の資金に依存して、人命以外に何も支払わなかったわけではない。

※ ゼレンスキーについては、ラーダがトランプ宛に関係の修復と鉱産取引の支持を表明したので、ゼレンスキーが辞任して最高会議議長が折衝に当たるという筋書きもないではない。

 連中はプロファイリングはまずやらないと思うし、できる人間もマスクのドッジ団が抹殺してしまったことから、こういう考慮をすることはないと思うが、実はゼレンスキーという人物はアメリカに相当気を遣っていたことがある。これは彼の生い立ちに関係がある。

 ゼレンスキーは大学教授の父と教師の母の間に生まれたが、アメリカへの憧れが強く、中学生の時代にイスラエル政府の英語検定試験を受けてアメリカ留学を試みたことがある。俳優に転じた後も、ニューヨークを舞台にした作品(撮影はキーウ)で主演を務めたことがあり、「国民の僕」でも、守旧的な人々に対し、欧米的な価値観を持つ改革者(ゴロボロジコ)を演じている。

 そういうわけで、戦いの間も、アメリカから供与された兵器については彼はかなり気を遣っていた。将軍のシルスキーは実用主義の戦争職人で、M1でもレオパルドでも戦機を見て投入してはすぐに撃破されたが(見た様子ではこの将軍には特定の兵器に対する執着は小気味良いほどにまるで見られない)、ゼレンスキーの場合はアメリカ製兵器は撃破されるたびにすぐに戦場から遠ざけるよう命じ、パトリオットもレーダー車が被爆したことがあったが、この場合も後方に送り、提供してくれたアメリカ政府にすまなそうにしていたのだった。誰が感謝が足りないというのだろう?

 外野から観ていた私としては、このゼレンスキーの執着は戦争遂行ではやや障害となり、戦術判断を狂わせていたと思う。シルスキーの方が正しいのであり、彼は将軍たちの専門的・技術的判断に口を差し挟むべきではなかった。このアメリカへの過剰な遠慮は間違いなく本戦争でのゼレンスキーの特徴の一つである。

 F-16の投入が少なすぎ遅すぎたのも、ジェイク・サリバンの勧めでパイロットに英語教室からやらせていたせいもあるが--彼らは選りすぐりのミグ機のパイロットである、この大統領のアメリカ崇拝が行きすぎた例である。見かねたマクロンが後に提供した核兵器搭載可能なミラージュ2000戦闘機の訓練はもっと短時間で済んだ。グリペン戦闘機ならもっと短いだろう。

 ドナルド・トランプとの対決は、彼のアメリカ幻想に決定的な一撃になったように見える。私が見るに、彼がアメリカの指導者に見ていた像は映画に出てくるような、質朴で利他的な理想化されたアメリカ人であった。白髪のジョー・バイデンら民主党の指導者の風貌と立ち居振る舞いが、かなりの部分で彼の欲求を満たしていたこともある。が、トランプの面前で外国人としては十分流暢だが、彼の英語をバカにされ、アメリカ人の中でも最低最悪の最も下卑た人間に接したことで、彼はおそらく変わらざるを得なかったのではないか。彼の中で何かが壊れたことは、その後のイギリスでは会見もインタビューも同時通訳で通したことでも分かる。

 ホワイトハウスを辞去する時の彼の態度はスーツは着ていなくとも、どのアメリカ人よりもアメリカ人らしい、古き良き時代のアメリカを体現したものであった。2025年という時代においては、本当のアメリカ人はトランプではなく、トランプやバンスに侮辱されたヴォロディミル・ゼレンスキーだったのである。


 会見から3日後、ハーバード大学とパリ政治学院から教授職のオファーを受けていたウクライナの元外相ドミトロ・クレバはニューヨークタイムズに投稿し、そこには以下の一節がある。

"In 1918, Bolshevik Russia entered into a treaty with Germany, undertaking to recognize Ukraine’s independence, withdraw its forces and cease propaganda on Ukrainian territory. At the same time, Kyiv signed an agreement with Germany to exchange vast natural resources — primarily grain and meat — in return for German boots on the ground to protect its independence. Within a year the deal collapsed. Germany moved out, Russia’s Red Army moved in and the state of Ukraine ceased to exist. It took 104 years between then and the Russian invasion in 2022 for Europe to finally recognize that Ukraine belongs to it by putting it on the track of the E.U. accession process."
(Dmytro Kuleba, former Foreign Minister of Ukraine)

(訳)「1918年、ボルシェビキのロシアはドイツと条約を結び、ウクライナの独立を承認し、軍隊を撤退させ、ウクライナ領土での宣伝活動を停止することを約束した。同時に、キエフはドイツと協定を結び、独立を守るためにドイツ軍を地上に派遣する代わりに、膨大な天然資源(主に穀物と肉)を交換することにした。1年も経たないうちに、この協定は崩壊した。ドイツは撤退し、ロシアの赤軍が進攻し、ウクライナ国家は消滅した。それから2022年、ロシアの侵攻でヨーロッパがウクライナの主権を認め、ウクライナがEUの加盟プロセスに参加するまで、104年がかかったのである。」
(ドミトロ・クレバ、外交官、ウクライナ前外務大臣)

 クレバは最も困難な時期にウクライナ外交を主導した外交官で、投稿にはトランプ・ゼレンスキー会談後のウクライナ外交の指針が記されている。1918年のブレスト=リトフスク条約でドイツ帝国と結んだ協定はトランプの提案の同工異曲だったが1年足らずで反故にされ、国家は崩壊した。国家を防衛するには国家間の安全保障のメカニズムに加え、外敵から防衛しうる強大な自国兵力を併せ持つ必要がある。これはウクライナが譲れない一線である。

 トランプのプーチンへの私淑と個人的怨恨が、ついに援助凍結に至ったことには呆れるしかないが、「裏切り者(トレイター)」という言葉を浴びせたくなるのは私だけではないと思うが、ガーディアン紙が整理したアメリカによるこれまでの援助の内訳を読むと、彼の国はそれほど熱心にウクライナを助けていたわけではないことが分かる。

※ トランプとロシアの関係はプーチンよりも以前、80年代に遡るという論説もある。各地に建てられたトランプ・インターナショナル(コンドミニアム)の資金もロシアのトンネル会社を介したもので、彼とロシアの関わりは想像するよりもずっと深いという指摘もある。

 リストによると、アメリカが提供した兵器の多くは代替可能で、そうでない兵器はパトリオットミサイルくらいで、トランプが思った以上にバイデンはウクライナに「勝たせない」ことにこだわっていたことが分かる。

※ 1991年の湾岸戦争と2002年のイラク戦争の双方に外交委員会で関与したバイデンは戦闘をクウェート国境で止めたブッシュ・シニアの見事な采配ぶりと、バクダットを占領したジュニアによるイラク戦争の泥沼化の双方を見ていた。おそらく前者の経験から、ウクライナ戦争では周辺から過剰と見られるほどに抑制的だったことがある。ロシアを崩壊させた場合はイラク以上の惨状になり、アメリカにも災いをもたらすものであることをこの人物は知っていた。

 ヘリコプターなどは国軍にも州軍にも汎用性のあるUH-60(我が国でも使っている)が余っていたにも関わらず、それは一機も送らず、古い旧ソ連製のMi-2ヘリコプターをレストアして送る芸の細かさで、戦車は100台ほど送っているが、M1戦車は湾岸戦争時代の古い車両が30台、ほか70両はこれもどこから集めたのか分からない冷戦時代の旧ソ連製T-72戦車をやはりレストアして送っていた。対空ミサイルも今やどこも使わないホークミサイル(レーダーに真空管が使われている70年代のミサイル)をセットで送ったり、ウクライナの会計専門家によると、659億ドルの武器援助の実際の価値は185億ドルで、それは実戦でのこれらの兵器の存在感のなさ、パッとしない活躍ぶりでも頷けるものである。これがトランプの言う、途絶えればウクライナが3日で崩壊する援助の内訳である。

 決裂を見て、EUのフォン・デア・ライエン女史が提案した援助の総額は8千億ユーロで、これはこの三年間に掛かったウクライナと同盟国の戦費の二倍強である。ロシア成敗には十分な金額だが、ヨーロッパ諸国が派兵を渋るのはプーチンの国みたいに極貧地方があり、そこから兵隊を無尽蔵に供給できるわけではないことがある。これらの国は豊かで、自由を謳歌しており、格差もロシアに比べればずっと小さい。

 しかし問題はそれだけであり、ウクライナには戦う意思があり、欧州にはそれを支える経済力がある。それに相手は昔のワルシャワ条約機構ではない。ロシア一国であり、実はアメリカの援助など要らないのだが、適当におだて、あえて交渉の余地を残しているのはトランプという人物を推し量り、ロシアの策略に影響を及ぼそうというものだろう。トランプがロシアの手先なら、それはそれでどうにかなるものである。

 ロストフ・ダ・ドヌーにはロシアのウクライナ方面軍の拠点があり、一度プリゴジンに占拠されたが、ゲラシモフの司令部が置かれている。ウクライナは一度この都市の攻撃を試みたが、アメリカに諫止されて思いとどまった経緯がある。トランプが裏切り者ということが明らかになれば忖度は無用で、早々にタウラスミサイルを落とすべきはまずこの司令部だろう。

 

 あと、前司令官で次の選挙ではゼレンスキーの有力な対抗馬とみなされているヴァレリー・ザルジニー大使がロンドンに本部を持つ国際海事機関の常駐代表に任命された。見るからに閑職という感じもするが、トランプとの会見で目が覚めたゼレンスキーがウクライナにおける海の重要性に気づいて任命したなら、ザルジニーが適任かどうかはともかく、それはそれで良いことである。

 

 もしウクライナが穀物を武器にアフリカ、環太平洋地帯に活路を見出すなら、インドと中国は避けて通るわけにはいかない。敵か味方かではなく、世界の人口のうち五人に一人は中国人かインド人という現実を見据えての話である。

 

はじめに

 

 先にノーバヤ・ガゼータ紙のトランスクリプトを紹介したが、同様のものはNHKにもあり、どちらを参照しても大筋は同じだが、省かれていたり(バイデンの悪口など)、表現が手直し(重複表現、丁寧表現)されている部分がどちらにもある。忖度なしはガゼータ版(自動翻訳)なのでそちらを優先するが、ガゼータ版が元にした「ニューヨーロッパ」の英文原稿は見当たらなかった。

 イギリスではスターマー、マクロン、ゼレンスキーの三者がトランプへの謝罪と停戦案を検討しているが、謝罪すべきは実はトランプで、問題も彼にあることは今や世界の知る所である。しかし、この戦争につき、彼はいったいどんな像をウクライナに見ているのか、それが分からなければいかなる譲歩も効果ないことがあり、原稿を参考に順序は前後するが、そのあたりを探究してみることにしたい。なお、今回はトランプ氏の内面を探るのが目的なので、マスコミ等で取り上げられそうな扇情的な表現は避けるのが当方の流儀である。


Ⅰ.トランプらの発言で当方が気になったコメント

1.「ロシア人とウクライナ人と(トランプ)」
 

 会見中ずっとトランプはロシアを先にウクライナを後に発言している。ウクライナ大統領の目の前である。彼の優先順位がロシアにあることはこのことでも分かる。つまり、ウクライナは国として認識されていない。

2.「毎週二千人、三千人の兵士を失っている(トランプ)」
 

 実際は毎週ではなく毎日である。このことで彼がウクライナ参謀本部発表の定時報告を読んでいないことが分かる。戦争を通し、より正確な情報を発信し、頻度も高かったのはウクライナで、ロシアの公式報告は数字が粗大で、それだけ取り上げればウクライナ軍は30回くらい全滅している計算になるので、トランプといえどもそれは信頼できないだろう。より堅実な数字としては英国国防省の数字があるが、それすらトランプが口にした数字より遙かに大きい。つまり、大統領はスタッフから戦況報告を受けていない。

3.「援助額3,500億ドル、無担保『融資』(トランプ)」


 ヨーロッパはそんなことはしないと彼は言っているが、実の所はヨーロッパもウクライナへの支援は大部分が援助(贈与)である。これはフランス大統領マクロンが会談でトランプに直接言及した。国務省のスタッフに問い合わせればすぐに分かる話のはずだが、彼の主張は選挙当時のままである。

4.「彼らは我々の土地にやってきた(ゼレンスキー)」


 それで戦争になっているのだが、トランプ氏は否定も肯定もしていない。ロシアを「侵略者」と断ずることを避けたことについては、交渉上のテクニックと後に弁明している。しかし誰が見てもロシア軍は主権国家ウクライナの国際的に認められた境界線以内で戦闘を行っている。

5.「バイデン政権下で彼らはとんでもなく裕福になった(トランプ)」


 ウクライナへの安全保障の提供は会談の前からトランプが言を左右にしているところだが、記者の質問の直後に彼はハマスの襲撃とガザ戦争を引き合いに出した。「(ハマスに)アメリカが資金(3,000億ドル)を提供し、テロ攻撃が起こった」という言い分とウクライナに共通する所があるとすれば、ウクライナ政府はハマスと同じ武装集団で、主権国家ではないという認識になる。3千億ドルという金額も彼が主張するウクライナへの支援額3千5百億ドルに近接しており、大統領の認識ではこの程度が世界的テロ団に米国が融通するのに適当な金額である。

 この話題の直後、彼はゼレンスキーの服装を褒め称えている。Tシャツ姿の彼の服装が反国家集団の首領にピッタリだと感じたからだろう。ある意味、今会見でのトランプのスタンスを最もよく示した場面である。この時はまだ罵り合いにはなっていなかった。

6.「他の人の悪口を言うのはいいことかもしれませんが(トランプ)」


 ゼレンスキーがロシアの協定違反やミサイル攻撃の例を挙げ、安全保障には実兵力が必要であること、戦争の淵源はプーチンのウクライナに対する強い憎悪にあること、侵略したのはロシアで、(凍結資産など通じ)その代償を支払う必要があることを述べた後の応答だが、トランプは言葉を濁し、平凡な一般論に話をすり替えた後、ポーランドはNATOを頼りにできるが、ウクライナやバルト三国はそうではないと示唆している。また、「彼らは互いを好きではない」とし、国家間の問題を指導者二人の個人の争いに矮小化している。これはプーチンの構想と合致する上に、一方が侵略国で他方が被侵略国という前提が共有されていない。

7.「オデッサについては話したくない(トランプ)」


 記者の質問に対し、ウクライナの都市は全て破壊されているとしたが、ガザ地区と同じ論法で、破壊された都市の中にはオデッサも含まれることから、この都市はウクライナから取り上げようという算段が見え隠れする場面である。実際は主要都市は一つも破壊されておらず、完全に廃墟になった都市はマリウポリくらいである。すぐにゼレンスキーが訂正した。

8.「彼はロシアの誤報を生き抜かなければならなかった(トランプ)」


 彼とはプーチンで、誤報とはフェイクニュースのことであるが、実際にドイツに60以上の拠点を持ち、何年もフェイクニュースをばら撒いてきたのはロシアである。報道機関の信憑性もロシアはウクライナ、西側諸国のそれに比べずっと低い。

 発言の直後に彼はイギリスにおけるフェイクの摘発を非難しているが(検閲と呼ぶ)、トランプ氏を当選させた2016年の大統領選挙にロシアの介入があったことは後の故プリゴジンの証言や上院公聴会で明らかになっている。プーチンの工作の実態が明らかになれば、自身も危うくなることがある。彼の言う言論の自由とは政敵を罵倒したり、事実無根のスキャンダルで追い詰める自由である。伝統的な憲法解釈論では、これらは言論の自由の保障対象に入っていなかった。

10.「しかし、それは本当に必要ではありません(トランプ)」


 フェイクニュースや安全保障の問題と比べると、契約の要である鉱物資源については至って淡泊である。ゼレンスキーとの合意が彼にとって重要なものではないことが伺え、また、鉱山を誰が守るのかという問いには、再侵略などありえないとして一蹴している。

11.「私は誰の意見にも同意しません(トランプ)」


 プーチン寄りすぎるのではないかという質問に対する返答。ゼレンスキーのプーチンに対する憎悪を引き合いに出し、ウクライナ大統領の態度が交渉の障害であることを示唆している。侵略者プーチンの性行や憎悪については何も触れていない。バンスが大統領に同調し、ここで交渉の破局と「ゼレンスキー=悪者」が確定した。が、これは苦しいレトリックの成り行き上のものである。彼はゼレンスキーに(彼とプーチンが合作した)あらゆる提案を無条件で受け容れることを望んだが、実直なウクライナ大統領はその機微が理解できなかったし、理解できても内容の凶悪さから受け容れる義理はなかった。ゼレンスキーは彼から給料をもらっているトランプ社の従業員ではなく、対外的に独立した主権国家の元首であることもある。

12.「カードをしに来たんじゃない(ゼレンスキー)」


 以降はテレビでも何度も流されたバンスとゼレンスキーの口論、交渉はここで決裂し、残りの10分間はトランプとバンスによるゼレンスキーへの罵倒とオバマ、ヒラリー、バイデンなど歴代民主党指導者への誹謗に終始し、何も言えなくなったウクライナの指導者はすごすごとオフィスから退出する。正直読むに堪えないが、もう少し触れておく。

13.「もし今すぐ停戦が成立するなら、同意しなければならない(トランプ)」


 トランプにそれを行う権限はなく、ゼレンスキーも侵略を受ける側で無条件降伏以外に選択肢がないことから、それを行えるのは侵略者であるプーチンである。が、トランプとの合意がどうしてプーチンとの停戦になるのか、停戦を担保するだけの実力がアメリカ軍にあるのか、派兵の準備はできているのかにつき説明されたことは一度もなく、あるのは不明瞭なトランプ氏とプーチン氏との「友情」だけで、これではゼレンスキーでなくても同意はできないだろう。

14.「あなたはまったく感謝の意を示しません(トランプ)」


 悪徳弁護士ロイ・コーン直伝、「相手が全て悪い」である。映画にまでなっているので、もはや説明不要だろう。そもそもトランプは戦争中にウクライナ援助を邪魔するなど、援助らしいことは何もしていない。日本でのコーンの隔世遺伝的な弟子は元維新の会の橋下徹がいる。


Ⅱ.トランプ失敗の原因

 交渉に失敗したのはゼレンスキーとされているが、失敗したのはトランプである。また、キーウに赴き、ウクライナ国民に謝罪すべきなのもトランプである。

1.当選一ヶ月、勝利の浮かれ騒ぎ

 大統領選挙の集計が終わったのは去年の11月だが、確定したのは1月で、同月20日に就任したトランプとその陣営はいわば勝利の浮かれ騒ぎの中にあった。勝利の高揚感が細部への考慮を怠らせ、配慮不足の傾向があったことは否定できないだろう。つまり、困難な交渉を行うのに適当な時期ではなかった。にもかかわらず100以上の大統領命令を発布し、そのほぼ全てで問題を起こしている。

2.マスク団による官僚制度の攪乱

 時期に問題がある上にさらに悪かったのは、トランプと一緒にホワイトハウス入りしたマスク社のイーロン・マスクがドッジ団を率い、既存の官僚制に対しゲシュタポ活動を始めたことである。

 トランスクリプトを読んで首を傾げたのは、アメリカ大統領ほどの地位の者なら当然知っているべき情報、理解がトランプの場合はあるように見えないということであり、これは本来レクチャーすべき国務省や国防省、中央情報局の諸官僚がドッジ団の凶刃に斃れ、機構が機能しなかった様子が窺える。というより、トランプの持つ情報は選挙当時のFOXニュースやニューヨークポストのヨタ記事のままで、大統領として迫力に欠けること甚だしい。

 ウクライナという国を理解するには、この国が併合や分割、国境線の変更を頻繁に繰り返してきたために、現在の状況を説明するアイデンティティの把握が不可欠である。ある年代以上(私も含まれる)では、この国はソ連邦の一部であり、キエフは小モスクワでロシア人が牛耳る国という印象があるが、これは2014年にクリミアが併合されても世界の大多数が無痛覚だった理由の一つである。クリミアと聞いて多くの者が思い浮かべるのはセヴァストポリの軍港とクリミア戦争での軽騎兵団の突撃である。主役はロシア人で、コサックやクリミア・タタール人などはいない。

 が、実際は強固なアイデンティティを持つモスクワとは別の民族であることは、文化や歴史、言語や通貨などの違いも相まって把握されなければならないことである。それが理解できなければ、ウクライナ戦争が血みどろの戦いになっている理由が理解できないことがある。

 会談でトランプはこの戦争をゼレンスキーとプーチンの個人的な確執に矮小化したが、これは彼が上述の事情からオフィスで良質なレクチャーを受けられなかったことに起因する。受けても出来の良い生徒であるとは限らないが、ドッジ団の横行がホワイトハウスに政治外交分野の空白地帯を生み出したことがある。

 トランプ自身は巷で言われているほど横暴でもAHOな人物でもないことはいくつか傍証があり、またそれだけの人物が合衆国大統領に上り詰めることもありえないが、マスクによる自縄自縛で彼の知的渇望を満足させる人物は彼の周りにはいなかった。それを良く見ている人物がおり、その人物は別の所からやってきた。

3.師はウラジミール・プーチン

 ウクライナ戦争の真の原因、ウクライナ人のアイデンティティについて明確な説明ができる人物は彼の身内ではなく、ロシアからやってきた。その名はウラジミール・プーチン、トランプ当選が近いことを見た彼は選りすぐりの講師団をニューヨークに送り、未来の大統領候補にウクライナ情勢についてレクチャーした。時には彼自身が電話台に立ち、大統領候補者の疑問に答えることもあった。

 それが彼の知的好奇心を十分満足させたことは、ほとんど洗脳されたようにしか見えないアメリカ大統領のカルト的言動で理解できる。以前のように「ゴールデンシャワー」で脅し上げるだけではこの人物は動かないことを、このロシアの独裁者は良く知っていた。彼は凶悪な指導者ではあるが、知的能力はトランプを遙かに上回っており、その弱点も熟知していた。プーチンは手強い人物で、互角に張り合えた西側の指導者はオバマと、やはり物理学博士のアンゲラ・メルケルだけである。

 兵役を忌避し、学業を中途で放棄したトランプには根深い学歴コンプレックスがあり、自分より知的能力の高い人物(オバマ、メルケル)の前では非常に礼儀正しく紳士的なことが知られている。現にトランプはバイデンについては糞味噌に言うが、ハーバード大学の憲法学教授であるオバマの悪口はあまり言わない(皮肉や陰口は叩く)し、言ってもバイデンらと十把一絡げである。

 このようにプーチンへの傾倒が私淑の域にまでなっている場合は、罪深いのはあの電気ロケット野郎だが、ゼレンスキーがそれを覆すことはほぼ不可能と言うことができる。彼にとってバイデン、ゼレンスキーは自分と同じ俗物だが、オバマ、メルケル、プーチンは雲の上の人物である。

 従って、周囲に有能で信頼できるブレーンのないトランプ氏の場合は、ウクライナ情勢の理解は当然プーチンのそれをなぞるものになる。ウクライナはノヴォロシアであり、現在のウクライナ政府はマイダン革命の際にクーデターで政権を乗っ取った反乱分子の末裔であり、ゼレンスキーはその首魁で、ウクライナ文化などはまがい物で、本流ロシア文化はキエフ・ルーシ国を継承したロシアにこそあるのだというものである。実を言うとプーチン自身、自身の歴史観への自信から、侵攻は住民の歓迎で迎えられると思っていた。

 トランプがゼレンスキーの服装(軍用シャツ)を皮肉ったのは、この服装が主権国家の元首というよりは、辺境ゲリラ団の首領にこそふさわしいと得心したことによる。ゼレンスキー痛恨のミスだが、彼も相手がまさかウクライナを主権国家とみなしていないとは思っていなかっただろう。Tシャツは彼のアイデンティティだが、この場合は別の服装の方がはるかに良かったのである。タリバンですらスーツを着ればまともに見えることがある。

4.会社経営=政治ではない

 トランプ氏は父親の代から社長だが、大会社の社長というのは、ことアメリカでは楽な稼業である。近年流行のリストラクチャリングとアウトソーシングの世界では不都合な真実は全て社外に放逐してしまえば良く、バランス・シートが黒字であれば、失業者は国の失業給付に押しつけて恥じず、産業廃棄物を地球の裏側の楽園に捨てても見て見ぬふりで、国によっては缶コーヒー1缶くらいの低賃金で労働者を奴隷労働させてもお構いなしである。不法移民も利用できるだけ利用して、不要になったら国外追放すればいい。

 こんな人間が年収何億円もの報酬に値するかどうかは別の問題だが、日本にも「くず」が山ほどいるが、トランプのように世襲で会社経営に慣れた人間の場合は別の問題がある。それは自分の能力の欠けている部分は誰かが勝手にやってくれるということである。

 ゼレンスキーとの会談は首脳同士の話し合いというよりは、トランプ社の重役会議のようであり、一人の相手に対して複数の閣僚が列席する光景は経営会議そのものであった。社長は好き勝手なことを喋り、具体的なことはあまり言わず、側近がフォローする光景もあまり能力のない社長の率いる会社では日常的に見られるものだ。意向は重役を通して伝えられ、社長は手を汚さずに生殺与奪を思うがままにできる。会談ではJDバンスが「かませ犬」であった。

 こういう会談は通常の国家間協議ではあまりない。トップは一対一で話し、テレビではあまり出ない激しい応酬もこの時交わされる。合意がまとまれば記者会見し、にこやかな笑顔で互いを称え合う。プーチンですらこのプロトコルを守っている。ルーズベルトの執務椅子には「ここから後はない」と書かれ、彼が最終的な責任を取る旨を明言していたが、忖度の横行する社長スタイルでは、国家間で拘束力を持つような責任ある合意はできないのである。

 ウクライナの法では、ゼレンスキーが調印した協定はラーダに掛けられ、その承認を得なければならない。社長同士の合意で営業譲渡が決まる会社とは異なるのであり、当事者を考慮しない社長スタイルは国際政治では機能不全を起こすのである。アフガニスタンでも、彼は現地政府の頭越しにタリバンと交渉したが、それが後の政権崩壊に繋がったことは指摘のある話で、今回の協定でも類似性を指摘する意見がある。国家は失業者、障害者も含む全てに責任を持つ必要があり、社長スタイルでは運営できないのである。

 実際の会談においては、舌鋒鋭いゼレンスキーにトランプは何度も追い詰められ、バンスやルビオが助太刀に駆けつけたが、ひきょうであると同時に、追い詰められて安易な記憶(なので当方は彼を理解しやすい)にしがみつく「社長」の醜態は彼自身バツが悪く、この上ない非礼と感じたものに違いない。トランプ社の重役会議では絶対に起きないことだからだ。

 会談で大統領がウクライナ指導者に個人的怨恨を持つに至ったことを見て取ったグラハム上院議員はゼレンスキーに辞任を示唆したが、間の抜けた話である。ウクライナ大統領の後任を選ぶにはミサイル飛び交う投票所にウクライナ国民が辿り着いて投票しなければならないのであり、開票作業をどう行うかとか、当然選挙管理事務所や投票箱はミサイルの標的になるので、親ウクライナ派の上院議員は期せずして大量殺人の教唆をしたことになる。ゼレンスキーを辞めさせることはできない。

 このことも、会談の前に検討しておくべき事柄であった。ウクライナの事情は「ユー・アー・ファイアー」で片付く話ではなく、頭の足りない社長が部下に助けてもらってまとめられる話でもなく、そもそもスタイルが全面的に間違っているのである。辞められないことが分かっていれば、トランプのウクライナ大統領への接し方はもっと慎重な、違ったものになっていたはずである。

5.追従者たち

 上記と関連するが、これがいちばん罪深い。彼らはトランプから給料をもらっている者もいるが、もらっていない者もあり、何らかの利得のある者もいるが、電気マスクのように個人的動機で行動する者もいる。その行動はあらゆる場面におけるドナルド・トランプという人物の弁護と擁護であり、手段に独創性がある場合もあることから、ある意味ドッジ団以上に大統領の目を曇らせ、誤った判断に導く者どもである。

 かつてのアメリカは清教徒の国だったが、倫理を軽視する傾向が専横に拍車を掛けていることは否めない。しかし、倫理を最も声高く主張するのもこの連中であり、我が国では自民党シンパとネットウヨクである。その倫理は歪んでおり、もはやかつての寛容さや優雅さをとどめてはいない。これについては以前も取り上げたソルジェニーツィンの言葉をもって当方の見解としたい。

"Let lies cover everything, let lies rule everything, but let us insist on the smallest thing: let them rule not through me!"
(Aleksandr Isayevich Solzhenitsyn, Novelist, essayist, historian)

(訳)「嘘がすべてを覆い、嘘がすべてを支配しても構わない。しかし、最も小さなことにこだわろう。嘘が私を支配しないように!」
(アレクサンドル・イサエヴィチ・ソルジェニーツィン、小説家、随筆家、歴史家)


 私は伝聞情報は信じないということにこだわるし(なので私の前で噂話は無駄であるし、私もそれは釘を刺す)、こだわるものは他にもあるだろう。トランプの追従者たちについては、こういう人間にはならないということも、こだわって良いことかもしれない。


6.まとめ

 ここまであらゆる所が間違っている事例は探す方が難しい。先にも書いた通り、会談自体については、これが通常の政治家なら、その日のうち、あるいは滞在中に修繕できる程度の事故であった。これが普通の政治家なら、この戦争で今まで見てきたような人物たちなら、これはすぐに修復されただろう。

 しかし、正しい理解もない上に、旧師ロイ・コーンの影響で過ちを絶対に認めず、謝罪もしない人物相手にいったいどのような方法があるというのか、しかも、その人物が世界最大の国と軍隊の長である。トランプの興隆には、停戦を求める彼の志向とは裏腹に、地球規模での流血と破壊の臭いしかしない。

 ウクライナはもうしばらくの間、戦う必要があるだろう。それは第三次世界大戦の始まりになるかもしれないが、私としては、あからさまに愚かな人間も少なくないが、人類全体としては、もう少し利口になっていることを信じるようにしたい。
 

Слава Україні!

 

 前回の補足である。

 

 

 

 トランプ・ゼレンスキー会談についてはすでにいくつもの会見録が公表されているが、ほとんどが全体の5分の1、つまり言い争いとなった最後の10分間のみのトランスクリプトで、記者が質問する前に両者がどんな会話を交わしていたか分かるものはほとんどなかった。

 

 ノーバヤ・ガゼータ紙のトランスクリプトは「サマヤ・ポリナヤ(最も完全な)」会見録と銘打つだけあってしっかりした内容で、ロシア語で書かれているのが難点だが、今はブラウザの翻訳機能があるので、これは一度英語に訳して翻訳するものだが、読むのに問題はないと思う。

 

 同様のものはNHKでも公表しているが、故意に読みにくくレイアウトされており、どうして両者が衝突に至ったのかを読み取ることは大型ディスプレイがあっても非常に煩瑣である。内容はほぼ同じなので、日本語にこだわる方はそちらを読むと良いと思う。

 

 読んでみると会見の冒頭は比較的まとも、戦争捕虜の話題やエネルギーターミナルの話など政治家らしい論点が語られているが、比較的穏やかな冒頭でもトランプが前任者のバイデンを誹謗するなどし、どうも「(バイデンの)中途半端な援助に苦しめられていたお前らを助けてやったんだ」という筋書きをゼレンスキーに認めさせようと躍起になっている様子が窺える。ただ、ゼレンスキーはバイデンに恩義を感じているため、これらは軽く受け流されているが、苛立ちのボルテージが上がっていることは理解できる。

 

 残り三分の二は明らかに苛立ったものになっており、トランプの見苦しい自己顕示が目立つものになっている。問題になった服装に対する質問は比較的早い時期のものだが、少なくとも半ばまではトランプがそれで気分を害している様子は見られない。会談が壊滅的なものになるのは副大統領のバンスが介入し、口論になった後のことであるが、現在戦争中の指導者を捕まえて「プーチンと友だちになれ」は、ゼレンスキーにはとうてい呑めるものではなかっただろう。

 

 全般的な印象は先に書いた通りである。トランプはウクライナの安全保障を軽視しており、間違った前提に立って議論しており、彼が自分の考えと思っているものは彼自身の言う、「数日前に話をした」ロシアの指導者、ウラジミール・プーチンに吹き込まれたものである。別に全文を読まなくてもそうとしか思えないものであった。

 

 ゼレンスキーはまだ穏やかな会見で、弾道ミサイルを使うプーチンの意思が平和にはないことを例証したが、トランプはそれをプーチンに対する敵意と誤解し、バンスが兵力不足などウクライナ指導者の足下を見る発言をして会見を打ち切ろうとした様子がある。ゼレンスキーの言葉は実際に戦争していることもあり具体性に富んでいたが、大統領と副大統領の言葉は空疎であった。

 

 全体的に見て、トランプらは破談を策略したというよりも、準備不足、説得力不足が悲惨な結果を招いたように見える。普通の政治家なら反省し、再度の会見を申し込むだろう。普通の政治家なら、修復不能と言えるほどの事故とはいえない。だが、前回の経験から、この人物が学ばず反省しないことについては定評がある。服装などは些細なことだったが、後に破談の原因であるかのように言い訳されている。

 

 ゼレンスキーが今まで相手をしてきたのは標準的なスペックを持つ政治家だったので、ホワイトハウスを離れた後、意を決して大統領に再度の会見を申し込んだ。前任者ならば(バイデンはこんなミスをしないが)渋い顔をしながらも、再会見は受け容れられただろう。ジョンソンでも同じだったはずである。だが、現在のホワイトハウスの主は違っていた。