Ukraine wants a JUST PEACE.
Russia wants a PIECE of Ukraine. 
That's a difference!
(Defence of Ukraine, 3/4/2025)

ウクライナは公正な平和(PEACE)を望んでいる。
ロシアはウクライナの一部(PIECE)を望んでいる。
それは違う!
(ウクライナ国防省、3月4日のツィート)

 

 トランプがウクライナへの支援全面停止を決めたが、彼の思惑通り、これでゼレンスキーが失脚してウクライナ降伏という事態にはなりそうにない。そもそもトランプもその閣僚も基本的な理解力に相当の問題がある。別にウクライナは米国の資金に依存して、人命以外に何も支払わなかったわけではない。

※ ゼレンスキーについては、ラーダがトランプ宛に関係の修復と鉱産取引の支持を表明したので、ゼレンスキーが辞任して最高会議議長が折衝に当たるという筋書きもないではない。

 連中はプロファイリングはまずやらないと思うし、できる人間もマスクのドッジ団が抹殺してしまったことから、こういう考慮をすることはないと思うが、実はゼレンスキーという人物はアメリカに相当気を遣っていたことがある。これは彼の生い立ちに関係がある。

 ゼレンスキーは大学教授の父と教師の母の間に生まれたが、アメリカへの憧れが強く、中学生の時代にイスラエル政府の英語検定試験を受けてアメリカ留学を試みたことがある。俳優に転じた後も、ニューヨークを舞台にした作品(撮影はキーウ)で主演を務めたことがあり、「国民の僕」でも、守旧的な人々に対し、欧米的な価値観を持つ改革者(ゴロボロジコ)を演じている。

 そういうわけで、戦いの間も、アメリカから供与された兵器については彼はかなり気を遣っていた。将軍のシルスキーは実用主義の戦争職人で、M1でもレオパルドでも戦機を見て投入してはすぐに撃破されたが(見た様子ではこの将軍には特定の兵器に対する執着は小気味良いほどにまるで見られない)、ゼレンスキーの場合はアメリカ製兵器は撃破されるたびにすぐに戦場から遠ざけるよう命じ、パトリオットもレーダー車が被爆したことがあったが、この場合も後方に送り、提供してくれたアメリカ政府にすまなそうにしていたのだった。誰が感謝が足りないというのだろう?

 外野から観ていた私としては、このゼレンスキーの執着は戦争遂行ではやや障害となり、戦術判断を狂わせていたと思う。シルスキーの方が正しいのであり、彼は将軍たちの専門的・技術的判断に口を差し挟むべきではなかった。このアメリカへの過剰な遠慮は間違いなく本戦争でのゼレンスキーの特徴の一つである。

 F-16の投入が少なすぎ遅すぎたのも、ジェイク・サリバンの勧めでパイロットに英語教室からやらせていたせいもあるが--彼らは選りすぐりのミグ機のパイロットである、この大統領のアメリカ崇拝が行きすぎた例である。見かねたマクロンが後に提供した核兵器搭載可能なミラージュ2000戦闘機の訓練はもっと短時間で済んだ。グリペン戦闘機ならもっと短いだろう。

 ドナルド・トランプとの対決は、彼のアメリカ幻想に決定的な一撃になったように見える。私が見るに、彼がアメリカの指導者に見ていた像は映画に出てくるような、質朴で利他的な理想化されたアメリカ人であった。白髪のジョー・バイデンら民主党の指導者の風貌と立ち居振る舞いが、かなりの部分で彼の欲求を満たしていたこともある。が、トランプの面前で外国人としては十分流暢だが、彼の英語をバカにされ、アメリカ人の中でも最低最悪の最も下卑た人間に接したことで、彼はおそらく変わらざるを得なかったのではないか。彼の中で何かが壊れたことは、その後のイギリスでは会見もインタビューも同時通訳で通したことでも分かる。

 ホワイトハウスを辞去する時の彼の態度はスーツは着ていなくとも、どのアメリカ人よりもアメリカ人らしい、古き良き時代のアメリカを体現したものであった。2025年という時代においては、本当のアメリカ人はトランプではなく、トランプやバンスに侮辱されたヴォロディミル・ゼレンスキーだったのである。


 会見から3日後、ハーバード大学とパリ政治学院から教授職のオファーを受けていたウクライナの元外相ドミトロ・クレバはニューヨークタイムズに投稿し、そこには以下の一節がある。

"In 1918, Bolshevik Russia entered into a treaty with Germany, undertaking to recognize Ukraine’s independence, withdraw its forces and cease propaganda on Ukrainian territory. At the same time, Kyiv signed an agreement with Germany to exchange vast natural resources — primarily grain and meat — in return for German boots on the ground to protect its independence. Within a year the deal collapsed. Germany moved out, Russia’s Red Army moved in and the state of Ukraine ceased to exist. It took 104 years between then and the Russian invasion in 2022 for Europe to finally recognize that Ukraine belongs to it by putting it on the track of the E.U. accession process."
(Dmytro Kuleba, former Foreign Minister of Ukraine)

(訳)「1918年、ボルシェビキのロシアはドイツと条約を結び、ウクライナの独立を承認し、軍隊を撤退させ、ウクライナ領土での宣伝活動を停止することを約束した。同時に、キエフはドイツと協定を結び、独立を守るためにドイツ軍を地上に派遣する代わりに、膨大な天然資源(主に穀物と肉)を交換することにした。1年も経たないうちに、この協定は崩壊した。ドイツは撤退し、ロシアの赤軍が進攻し、ウクライナ国家は消滅した。それから2022年、ロシアの侵攻でヨーロッパがウクライナの主権を認め、ウクライナがEUの加盟プロセスに参加するまで、104年がかかったのである。」
(ドミトロ・クレバ、外交官、ウクライナ前外務大臣)

 クレバは最も困難な時期にウクライナ外交を主導した外交官で、投稿にはトランプ・ゼレンスキー会談後のウクライナ外交の指針が記されている。1918年のブレスト=リトフスク条約でドイツ帝国と結んだ協定はトランプの提案の同工異曲だったが1年足らずで反故にされ、国家は崩壊した。国家を防衛するには国家間の安全保障のメカニズムに加え、外敵から防衛しうる強大な自国兵力を併せ持つ必要がある。これはウクライナが譲れない一線である。

 トランプのプーチンへの私淑と個人的怨恨が、ついに援助凍結に至ったことには呆れるしかないが、「裏切り者(トレイター)」という言葉を浴びせたくなるのは私だけではないと思うが、ガーディアン紙が整理したアメリカによるこれまでの援助の内訳を読むと、彼の国はそれほど熱心にウクライナを助けていたわけではないことが分かる。

※ トランプとロシアの関係はプーチンよりも以前、80年代に遡るという論説もある。各地に建てられたトランプ・インターナショナル(コンドミニアム)の資金もロシアのトンネル会社を介したもので、彼とロシアの関わりは想像するよりもずっと深いという指摘もある。

 リストによると、アメリカが提供した兵器の多くは代替可能で、そうでない兵器はパトリオットミサイルくらいで、トランプが思った以上にバイデンはウクライナに「勝たせない」ことにこだわっていたことが分かる。

※ 1991年の湾岸戦争と2002年のイラク戦争の双方に外交委員会で関与したバイデンは戦闘をクウェート国境で止めたブッシュ・シニアの見事な采配ぶりと、バクダットを占領したジュニアによるイラク戦争の泥沼化の双方を見ていた。おそらく前者の経験から、ウクライナ戦争では周辺から過剰と見られるほどに抑制的だったことがある。ロシアを崩壊させた場合はイラク以上の惨状になり、アメリカにも災いをもたらすものであることをこの人物は知っていた。

 ヘリコプターなどは国軍にも州軍にも汎用性のあるUH-60(我が国でも使っている)が余っていたにも関わらず、それは一機も送らず、古い旧ソ連製のMi-2ヘリコプターをレストアして送る芸の細かさで、戦車は100台ほど送っているが、M1戦車は湾岸戦争時代の古い車両が30台、ほか70両はこれもどこから集めたのか分からない冷戦時代の旧ソ連製T-72戦車をやはりレストアして送っていた。対空ミサイルも今やどこも使わないホークミサイル(レーダーに真空管が使われている70年代のミサイル)をセットで送ったり、ウクライナの会計専門家によると、659億ドルの武器援助の実際の価値は185億ドルで、それは実戦でのこれらの兵器の存在感のなさ、パッとしない活躍ぶりでも頷けるものである。これがトランプの言う、途絶えればウクライナが3日で崩壊する援助の内訳である。

 決裂を見て、EUのフォン・デア・ライエン女史が提案した援助の総額は8千億ユーロで、これはこの三年間に掛かったウクライナと同盟国の戦費の二倍強である。ロシア成敗には十分な金額だが、ヨーロッパ諸国が派兵を渋るのはプーチンの国みたいに極貧地方があり、そこから兵隊を無尽蔵に供給できるわけではないことがある。これらの国は豊かで、自由を謳歌しており、格差もロシアに比べればずっと小さい。

 しかし問題はそれだけであり、ウクライナには戦う意思があり、欧州にはそれを支える経済力がある。それに相手は昔のワルシャワ条約機構ではない。ロシア一国であり、実はアメリカの援助など要らないのだが、適当におだて、あえて交渉の余地を残しているのはトランプという人物を推し量り、ロシアの策略に影響を及ぼそうというものだろう。トランプがロシアの手先なら、それはそれでどうにかなるものである。

 ロストフ・ダ・ドヌーにはロシアのウクライナ方面軍の拠点があり、一度プリゴジンに占拠されたが、ゲラシモフの司令部が置かれている。ウクライナは一度この都市の攻撃を試みたが、アメリカに諫止されて思いとどまった経緯がある。トランプが裏切り者ということが明らかになれば忖度は無用で、早々にタウラスミサイルを落とすべきはまずこの司令部だろう。

 

 あと、前司令官で次の選挙ではゼレンスキーの有力な対抗馬とみなされているヴァレリー・ザルジニー大使がロンドンに本部を持つ国際海事機関の常駐代表に任命された。見るからに閑職という感じもするが、トランプとの会見で目が覚めたゼレンスキーがウクライナにおける海の重要性に気づいて任命したなら、ザルジニーが適任かどうかはともかく、それはそれで良いことである。

 

 もしウクライナが穀物を武器にアフリカ、環太平洋地帯に活路を見出すなら、インドと中国は避けて通るわけにはいかない。敵か味方かではなく、世界の人口のうち五人に一人は中国人かインド人という現実を見据えての話である。