【キーウ共同】英紙デーリー・テレグラフは7日、ウクライナ軍兵士約1万人が越境攻撃するロシア西部クルスク州でロシア軍による包囲の危機にあると報じた。トランプ米政権がウクライナへの機密情報の提供を一時停止して以降、同州でロシア軍が攻勢を強めており、ウクライナ軍は窮地に立たされいる。
時系列が近接しているから無理ないと思うが、上の記事は外野の我々が犯しやすい間違いの典型であるように思う。
まず、この攻撃と情報提供禁止はおそらく全く関係がない。プレホボ村を占拠している北朝鮮軍とロシア海兵部隊がウクライナ軍司令部のあるスジャ南部を脅かしていることは本当だが、ウクライナのクルスク侵攻作戦はアメリカの承認のない作戦で、情報提供は元々制限されており、さらにロシア領ではスターリンクは使えない。
※ 大手メディアのほとんどが取材はキーウ止まりで前線に特派員を送っていないこともある。
ウクライナの越境作戦はアメリカでは核報復の危険からあまり賛成できないものと受け取られており、バイデン政権も攻撃が始まって以降はあの手この手で情報を出し渋り、ウクライナに石油プラントなどの情報を与えないようにしていた。これはウクライナ側も承知しており、クルスク派遣部隊と遠隔地でカザンなどロシア石油コンビナートを攻撃している国防情報部のドローン軍はおそらく最もアメリカへの依存度の低い部隊である。マクスター衛星が使用不能になったくらいで作戦行動に影響が出るとは考えにくい。
※ あまり知られていないが、ウクライナには偵察衛星がある。また、スパイなどの人的アセットは予算削減でその種エージェントが大幅に減らされたアメリカ軍のそれを遙かに凌いでいると考えられる。
報道から6日から8日までのスジャ周辺の状況を作図してみると以下のような感じになる。
①まず、3月5日にウクライナ空軍がDPRKに随行している第177海兵連隊の司令部を爆撃し、おそらく連隊の指揮が崩壊した。この連隊はカスピ海艦隊の所属だが、より大規模なDPRK部隊の「お目付役」で、後方からドローンなどで朝鮮軍の突撃を支援している。
②後方司令部が被爆したことを見たDPRK部隊は西進を開始したが、これが作戦計画の一部だったのか、被爆を見て森林地帯に退避するためだったのかは定かではない。6日にDPRKはウクライナ軍の防衛線を突破して森林に押し入ったが、すぐに177連隊の残兵と応援に来たボリショエ・ソルダツコエの810旅団が後を追い、この旅団の一部はパイプラインを使いスジャ中心部を襲撃した。
ディープステートの地図、色分け地図は私は信用してない
スジャの北方ニコルスキでは先月末に突出した北朝鮮の大隊が村落に封じ込められており、ロシア軍と共同で救援作戦が行われていたが、マラヤ・ロクニャに布陣したウクライナ軍が巧妙な火線網を構築し、二次被害が続出して部隊の救出は難航していた。3月以降の情報はないが、おそらく戦闘が続いていたと思われる。
③6日、ニコルスキ救援軍は、南部のDPRKに対応するためにウクライナ守備隊が引き抜かれ、手薄になったところで攻撃を掛け、おそらく救援に成功したが、同時に川沿いの二村落も確保した。これらは川を挟んでマラヤ・ロクニャのウクライナ軍と対峙している。
スジャ方面の最前線であるコレネヴォ回廊の戦闘はゼレニ・シュラフを基点に続いている。これとは別にノベンスケ、ジュラフカでは小規模なロシア軍部隊がウクライナ領に侵入しているが大勢に影響は小さい。
④8日、ウクライナ軍はスームィから増援を送り、予備隊を投入してDPRK軍を国境に押しとどめ、スジャ南部の掃討作戦を開始した。
概観するとこんな感じだが、見た様子ではDPRK主導の作戦にも見える。南部で西進した部隊は1月にマクホブカで大破した部隊だが、ニコルスキでの同胞軍の苦戦を見て、陽動として動いたのではないかとも見える。この部隊がウクライナ軍を引きつけている間に別働隊がニコルスキを救援するという作戦で、おそらく177連隊司令部は反対で、救援を巡り一週間ほど問答が続いていたのではないか。
全般的に最近のロシア軍は自動兵器頼みで息切れ傾向である。士気は低下しており、ロシアは8日派遣兵の出身の多くであるダゲスタン共和国とチェチェン共和国のテレグラムアプリをブロックした。厭戦情報が国内に広まらないためである。
被爆した177連隊を救援した810旅団は旅団と銘打ってはいるが、実の所はこれまでの戦いで散々壊滅した部隊の寄せ集めで、177連隊とはクリンキの戦いで共同して作戦した間柄でもあり、チェチェン兵と共同した南下しての救援はロシア軍としては極めて迅速に行われている。同時に810旅団の特殊部隊はパイプラインを介したスジャ中心部への襲撃を行い、これは壊滅したが、目的はウクライナ軍の足止めと思われる。
クルスクのウクライナ占領地はアメリカ大統領トランプが明瞭にロシア寄りで仲介者の用をなさないことから、領土交換や捕虜交換といった戦略的価値は失われており、ここでウクライナ軍が増援を送るかどうかがキーウの深層を測る尺度だと思っていた。やはり送られたことから、ウクライナは当面クルスクを放棄する考えはないようである。
⑤陽動に成功したDPRK部隊はウクライナ軍の迎撃を見て、プレホボ村に後退するものと思われる。当初言われていたような補給線を画する動きではなく、作戦を主導したのは177連隊の被弾と同胞の救援というDPRK内部の事情である。
一連の動きからはいろいろなことが分かるが、1月に大破したDPRK部隊は増援はなされたものの、その数と装備は不十分なようである。スジャを攻撃するなら前回のように北進するのが常套的で、森林地帯で道路もない方向への西進は元々不自然であった。
同時にDPRKはかなりの規模と自由裁量を持つものの、編成上はロシア軍の隷下にあることも明らかになった。連隊指揮官は大佐だが、派遣された北朝鮮の将官が指図を受けて作戦行動を決定するという様式が垣間見られる。クルスクに北朝鮮は将官3名と将校500名を派遣しているといわれている。スジャ南部のDPRKは旅団規模の部隊で、これは将官が指揮するが、戦域指揮官はロシア軍の大佐である。
※ ここが混乱するところで、クルスクに到着した北朝鮮部隊の用兵については様々な説が開陳されていた。多数は部隊を分散させて弾除けに使い、それを盾にロシア軍が攻撃するといったものだが、言語や指揮統制上の問題から現実的ではないとも言われており、私は最初から独立行動説だったが、両説で説明しがたい事象の数々は、今回の戦いで指揮系統の問題としてある程度説明できるように思う。
連携の様子からDPRKはロシア軍とは別の通信チャネルも持っているものと思われる。マクホブカの戦い以降、1万人以上いるという朝鮮部隊は増援を受け、プレホボの主隊のほか、規模はまちまちでロシア軍に分散配備されている。810旅団にはかなりいたのではないか。
<今回の謝罪ビデオ>
🇺🇸🤝🇺🇦 The operator of the Hawk anti-aircraft missile system «Hawk» joined the flash mob of servicemen of the Armed Forces of Ukraine with a words of gratitude and call to support the defenders of Ukraine and not to stop providing of weapons to protect the country. pic.twitter.com/W1DOly5TFj
— Генеральний штаб ЗСУ (@GeneralStaffUA) March 8, 2025
Every time an air raid alarm sounds, I take my working position on anti-aircraft missile system and successfully intercept enemy russian ballistic missiles to prevent casualties among Ukrainians. pic.twitter.com/k0gnvqugP2
— Генеральний штаб ЗСУ (@GeneralStaffUA) March 7, 2025
どうも謝罪ブームは空軍が中心のようで、ホークミサイルやパトリオットはウクライナ空軍の所管である。アメリカの援助が非常に影響するのがこの防空ミサイルの分野で、振り付けは大統領府が行っていると思うが、それ以外の部隊はトランプの傲岸さに怒り心頭なこともあり、謝罪どころではないのだろう。
現在のウクライナ政府が何を考えているのかについては、おそらく米ウ交渉はほとんど進展しておらず、問題なのはいつ国交回復するかではなく、いつアメリカを見限るかになっていると思うが、ついにEUとの合同演習まで拒絶し、ラムシュタイン基地をハンガリーに移転するなどと言い出しては、これがアメリカの国益のみならず世界秩序を紊乱すること甚だしい。
大統領としても権限濫用であり、このどうしようもない男については、それなりの地位にある誰かが、しかるべき時に、しかるべき場所で「おまえは世界の敵」と言ってやる必要があり、今のところゼレンスキーとEU首脳らは誰がその役を担うかでババ引きの最中であるように思われる。
なお、先のチャタムハウスでの外交官集会で「(トランプは)世界の敵」発言を世界で最初にしたウクライナの元司令官ザルジニー氏については、この司令官ではこの台詞はまだ役者不足だが、ニュージーランドの外交官のようにそれでも処分されないあたり、ウクライナ政府=ゼレンスキーの深慮が伺える。トランプもザルジニーのような小物は名前も知らないことから、AIマスクXでも見つけられなかったこのマイクロ反乱は見過ごされているが、ウクライナが和解を標榜しつつも、その実はトランプに見切りを付けており、「その後」を検討していることの傍証として、気に留めておく価値はあるものである。
チャタムハウスでのザルジニー講演全文