1月20日の就任以来、毎日世間を賑わせているトランプ政権だが、筆者の予言によると一ヶ月目は混乱、三ヶ月目は造反、半年で瓦解であるから、これは前回の様子を踏まえたものだけれども、概ね予定通りに推移しているんじゃないかと思う。
で、件の「解放記念日」、トランプによる世界各国への報復関税だけども、私の見方では、これは良い面もあれば悪い面もあるように思う。
ただ、トランプ政権は、これまで見た通りの行状であるので、仮に良い面があったとしても、愚かな上長により台無しにされること請け合いであるから、全部悪いと言っても語弊はないのだが。
公表にされた関税について見ると、算出法は意外と明確である。これは以下の式によるものと思われる。
関税率(%)={(その国に対する)貿易赤字-貿易黒字)÷貿易赤字}÷2
この式によると、カナダは8%(N/A)、EUは18%(20%)、イギリスは10%(10%)、日本は24%(24%)で中国は33%(34%)になる。最低税率は10%であるので、例えばイギリスは輸入超過で8%のマイナスになるが、10%に再調律されることになる。カッコ内は公表された税率、概ね近い線を行っているように思う。
貿易赤字から貿易黒字を引いた値は彼によると非関税障壁など不公正な貿易慣行を含むものということであるが、その額を正確に定めることは困難なので二分の一としたものらしい。
先に「良い面」としたが、算法は明確であり、これは課税要件の明確性という税の要件を満たす。多くの国は、まずは報復関税で対抗するものと思われるが、算出の根拠がこのようなものならば、むしろ税率を下げるよう貿易収支を均衡させる方が利口なやり方だろう。先に私は同率の報復関税を提案したが撤回することとしたい。
「悪い面」というのは、これを行うトランプ政権に信頼性がないことである。例えば中国はすでに20%の関税を掛けられているが、新税はそれに上乗せするものであり、総税率は54%にもなる。それに対しロシアはリストから除外されており(0%)、ウクライナは対米貿易は赤字だが10%を課されている。この課税対象が恣意的で不透明であることが問題であり、これまでのところ、トランプ政権は説明責任という点では不十分な実績しか残していない。
関税については課税標準の決定から税率、徴収方法まで政令に委任されることが多く、このことも前トランプ政権が関税を圧力手段として多用した理由の一つである。消費者の不利益は反射的なもので、実質的な納税義務者が輸入業者であることも、通常の租税に比べ財政民主主義の要請が希薄で濫用を許すものになっている。後に抑制する仕組みが必要なものだろう。
※ 財政民主主義の柱である課税要件法定主義からは納税義務者、課税物件、課税標準、税率など課税要件と租税徴収の方法については法律で定めることを要するが、多くの場合、細目については命令への個別具体的な委任が認められている。これは日本もアメリカも大きな違いはないと思われる。それに恣意的といっても共和党支配の議会では提出された法案はたいてい通ることがある。
※ それでも強引であるが、説明によると大統領に与えられた国際緊急経済権限法(the International Emergency Economic Powers Act of 1977)に基づくものということである。他の国ではおそらく立法と議会の承認が必要な内容で、詳しくは検討しないが、これも政権が多用する対敵通商法(the Trading with the Enemy Act of 1917)と並び米国憲法でも違憲の疑いが強い。そもそも貿易赤字は正常な経済活動で国家安全保障上の脅威でも緊急事態でもない。
※ 日本アニメはどうなのかといえば、前トランプ政権でのIEEPAの適用で修正1条に抵触し違憲差し止めの事例があり、これについては大丈夫なように思う。修正1条は日本では憲法21条である。
国内外の反発も強く、順調に崩壊コースを辿っているように見えるトランプ政権だが、良い面もあるように思う。これまで民主国の民衆は、特に日本で顕著だが、権力者が権力を用いることに鈍感でありすぎた。放埒とはいえ実際に権力を行使しているトランプの行状は、彼の行いは邪悪だが、別の人間がより好ましい方法で用いる余地があり、そのことを全ての人間が目の当たりにした点、この政権も悪いところばかりではない。
特別軍事作戦募集ポスター
ちなみに、特別軍事作戦を行っているロシアでは応募すると年俸は700万で住居費諸経費支給、1,500万円までの借金は棒引きで、家族には医療援助や大学の無償入学などの特典がある。たいていは1ヶ月くらいで死んでしまうのだが、報酬は300万を限度に一括払いもできる。
※ なお、生命保険はどこの国でも軍人は100%掛けられる。これは生命保険の歴史を見ると分かる。元々生命保険は退役軍人の互助会がルーツである。ジャーナリストなどは引き受けないケースも多い。
志願兵はロシアばかりでなく、ウクライナも好条件を提示しているし、戦況を見て再軍備を進めているチェコなどでも行っている。が、戦争というのは税金に火を付けて燃やすようなもので、それ自体何の経済価値もない。
ウクライナ軍の募集要項(機械翻訳)
そんなものに年俸の何十倍もの金額を提示して兵隊を求めるなら、その金をもっと有益なことに使えば良いものを。道路を良くしたり、下水道を整備したり、できることは山ほどあるだろう。それで困る者は誰もいないはずだ。むしろ、こういう時のために所得をわざと低く抑えていたのかと勘ぐりたくなる。
特別兵の借金棒引きを命ずるロシア大統領令
政策一つで金持ちを作ることも貧乏人を増やすこともできる。これが政治の効用である。冷戦が終わり、様々な特典があり、良いところばかりではない資本主義社会で再配分の役目を果たしていたNATO軍や米軍が軍縮を始めて30年になる。無償で行けた大学は高額な学費を伴うものになり、除隊後のそこそこの仕事の斡旋はマクドナルドなどの低賃金労働に置き換えられた。軍に代わる仕組みがなかったため、格差は先進国でもどんどん開いていった。特に自由主義を標榜するアメリカでそれは顕著であった。
※ 日本は9条で自衛隊の規模は小さく抑えられていたため、冷戦後の変化は比較的小さかったが、日本の場合は会社が国の強い統制を受け、同様の機能を担っていた。受験戦争や新卒一括採用、官尊民卑の風潮など、経済原理に背理する不自然な軍隊的慣行は大規模な軍隊や徴兵制の代替物であり、冷戦後に有用性が喪われ、パイが小さくなっていったことも同じである。
※ こういったことを放置したある世代、私より10~20年年長の近視眼と怠慢、左右問わない惰性の正当化は、現代では非難されるべきものと思う。
寡占はあらゆる経済の教科書において悪であるが、なぜかアメリカでは放置され、MAGAのような巨大資本を生み出すこととなった。強力なロビー活動もあるが、その弊につき民衆が無知無関心で鈍感だったことは否めない。
そんなものを挙手傍観して放置していたのだから、それはぶっ壊されて当然である。もちろんトランプ達の行状は金持ちに偏ったもので、結果も良くないが、だからといって壊れていた社会の仕組みをそのまま放置して良かったとも思えない。民主党は沈黙しているが、彼らがトランプを非難しないのは保身もあるが、彼ら自身冷戦後の変化に気づいていなかったので、何をどうしたら良いか分からないのだろう。
誰かが新しい仕組みを作る必要はある。ここで権力の使い方の悪い見本を見せているのなら、彼らは間違っているが、トランプもMAGAも悪いことばかりではない。