1月20日の就任以来、毎日世間を賑わせているトランプ政権だが、筆者の予言によると一ヶ月目は混乱、三ヶ月目は造反、半年で瓦解であるから、これは前回の様子を踏まえたものだけれども、概ね予定通りに推移しているんじゃないかと思う。

 で、件の「解放記念日」、トランプによる世界各国への報復関税だけども、私の見方では、これは良い面もあれば悪い面もあるように思う。

 ただ、トランプ政権は、これまで見た通りの行状であるので、仮に良い面があったとしても、愚かな上長により台無しにされること請け合いであるから、全部悪いと言っても語弊はないのだが。

 公表にされた関税について見ると、算出法は意外と明確である。これは以下の式によるものと思われる。

 関税率(%)={(その国に対する)貿易赤字-貿易黒字)÷貿易赤字}÷2

 この式によると、カナダは8%(N/A)、EUは18%(20%)、イギリスは10%(10%)、日本は24%(24%)で中国は33%(34%)になる。最低税率は10%であるので、例えばイギリスは輸入超過で8%のマイナスになるが、10%に再調律されることになる。カッコ内は公表された税率、概ね近い線を行っているように思う。

 貿易赤字から貿易黒字を引いた値は彼によると非関税障壁など不公正な貿易慣行を含むものということであるが、その額を正確に定めることは困難なので二分の一としたものらしい。

 先に「良い面」としたが、算法は明確であり、これは課税要件の明確性という税の要件を満たす。多くの国は、まずは報復関税で対抗するものと思われるが、算出の根拠がこのようなものならば、むしろ税率を下げるよう貿易収支を均衡させる方が利口なやり方だろう。先に私は同率の報復関税を提案したが撤回することとしたい。

 「悪い面」というのは、これを行うトランプ政権に信頼性がないことである。例えば中国はすでに20%の関税を掛けられているが、新税はそれに上乗せするものであり、総税率は54%にもなる。それに対しロシアはリストから除外されており(0%)、ウクライナは対米貿易は赤字だが10%を課されている。この課税対象が恣意的で不透明であることが問題であり、これまでのところ、トランプ政権は説明責任という点では不十分な実績しか残していない。

 関税については課税標準の決定から税率、徴収方法まで政令に委任されることが多く、このことも前トランプ政権が関税を圧力手段として多用した理由の一つである。消費者の不利益は反射的なもので、実質的な納税義務者が輸入業者であることも、通常の租税に比べ財政民主主義の要請が希薄で濫用を許すものになっている。後に抑制する仕組みが必要なものだろう。

※ 財政民主主義の柱である課税要件法定主義からは納税義務者、課税物件、課税標準、税率など課税要件と租税徴収の方法については法律で定めることを要するが、多くの場合、細目については命令への個別具体的な委任が認められている。これは日本もアメリカも大きな違いはないと思われる。それに恣意的といっても共和党支配の議会では提出された法案はたいてい通ることがある。

※ それでも強引であるが、説明によると大統領に与えられた国際緊急経済権限法(the International Emergency Economic Powers Act of 1977)に基づくものということである。他の国ではおそらく立法と議会の承認が必要な内容で、詳しくは検討しないが、これも政権が多用する対敵通商法(the Trading with the Enemy Act of 1917)と並び米国憲法でも違憲の疑いが強い。そもそも貿易赤字は正常な経済活動で国家安全保障上の脅威でも緊急事態でもない。

 

※ 日本アニメはどうなのかといえば、前トランプ政権でのIEEPAの適用で修正1条に抵触し違憲差し止めの事例があり、これについては大丈夫なように思う。修正1条は日本では憲法21条である。

 国内外の反発も強く、順調に崩壊コースを辿っているように見えるトランプ政権だが、良い面もあるように思う。これまで民主国の民衆は、特に日本で顕著だが、権力者が権力を用いることに鈍感でありすぎた。放埒とはいえ実際に権力を行使しているトランプの行状は、彼の行いは邪悪だが、別の人間がより好ましい方法で用いる余地があり、そのことを全ての人間が目の当たりにした点、この政権も悪いところばかりではない。

特別軍事作戦募集ポスター

 ちなみに、特別軍事作戦を行っているロシアでは応募すると年俸は700万で住居費諸経費支給、1,500万円までの借金は棒引きで、家族には医療援助や大学の無償入学などの特典がある。たいていは1ヶ月くらいで死んでしまうのだが、報酬は300万を限度に一括払いもできる。

※ なお、生命保険はどこの国でも軍人は100%掛けられる。これは生命保険の歴史を見ると分かる。元々生命保険は退役軍人の互助会がルーツである。ジャーナリストなどは引き受けないケースも多い。

 志願兵はロシアばかりでなく、ウクライナも好条件を提示しているし、戦況を見て再軍備を進めているチェコなどでも行っている。が、戦争というのは税金に火を付けて燃やすようなもので、それ自体何の経済価値もない。

ウクライナ軍の募集要項(機械翻訳)

 そんなものに年俸の何十倍もの金額を提示して兵隊を求めるなら、その金をもっと有益なことに使えば良いものを。道路を良くしたり、下水道を整備したり、できることは山ほどあるだろう。それで困る者は誰もいないはずだ。むしろ、こういう時のために所得をわざと低く抑えていたのかと勘ぐりたくなる。

特別兵の借金棒引きを命ずるロシア大統領令

 政策一つで金持ちを作ることも貧乏人を増やすこともできる。これが政治の効用である。冷戦が終わり、様々な特典があり、良いところばかりではない資本主義社会で再配分の役目を果たしていたNATO軍や米軍が軍縮を始めて30年になる。無償で行けた大学は高額な学費を伴うものになり、除隊後のそこそこの仕事の斡旋はマクドナルドなどの低賃金労働に置き換えられた。軍に代わる仕組みがなかったため、格差は先進国でもどんどん開いていった。特に自由主義を標榜するアメリカでそれは顕著であった。

※ 日本は9条で自衛隊の規模は小さく抑えられていたため、冷戦後の変化は比較的小さかったが、日本の場合は会社が国の強い統制を受け、同様の機能を担っていた。受験戦争や新卒一括採用、官尊民卑の風潮など、経済原理に背理する不自然な軍隊的慣行は大規模な軍隊や徴兵制の代替物であり、冷戦後に有用性が喪われ、パイが小さくなっていったことも同じである。

※ こういったことを放置したある世代、私より10~20年年長の近視眼と怠慢、左右問わない惰性の正当化は、現代では非難されるべきものと思う。

 寡占はあらゆる経済の教科書において悪であるが、なぜかアメリカでは放置され、MAGAのような巨大資本を生み出すこととなった。強力なロビー活動もあるが、その弊につき民衆が無知無関心で鈍感だったことは否めない。

 そんなものを挙手傍観して放置していたのだから、それはぶっ壊されて当然である。もちろんトランプ達の行状は金持ちに偏ったもので、結果も良くないが、だからといって壊れていた社会の仕組みをそのまま放置して良かったとも思えない。民主党は沈黙しているが、彼らがトランプを非難しないのは保身もあるが、彼ら自身冷戦後の変化に気づいていなかったので、何をどうしたら良いか分からないのだろう。

 

 誰かが新しい仕組みを作る必要はある。ここで権力の使い方の悪い見本を見せているのなら、彼らは間違っているが、トランプもMAGAも悪いことばかりではない。
 



 これは今日の報告だが、「シャヘド無人機が169機来襲して、ウクライナ空軍が89機を撃墜し、51機はレーダーから消えた」の「レーダーから消えた(go off rader)」というのはウクライナの婉曲表現で、電子妨害が成功したことを指す。方向を見失ったドローンは墜落するか、そのまま進むか、元来たコースを引き返すかだが、今日の報告だと29機が着弾したようだ。

 普通はこれで終わりだが、先日小耳に挟んだ小咄にこんな話がある。

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 ザルジニー将軍が司令官だった頃、ルーマニア当局から司令官事務所に電話があった。ドローンがルーマニア領に墜落して、住人に被害が出ていることは外には言わないでくれという話だ。戦争しているのはウクライナとロシアであって、巻き込まれたくないということらしい。

 少し後、またルーマニアから事務所に電話があった。

「どうして電子妨害装置をオンにしたんだ! ドローンがこちらに飛んでくるじゃないか!」

 ザルジニーは怒って言い返した。

「撃ち落とせばいいだろう! そちらにはF-16が40機もあるじゃないか!」

 NATO第5条、司令官は知らないことになっている。

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 これは退役したザルジニー自身が講演会で披露した小咄で、将軍は昨年2月まで司令官だったことから、その間の話ということらしい。NATO第5条は加盟国が攻撃された場合の集団的自衛権を定めた規定で、NATO加盟国のルーマニアも攻撃されたなら加盟国と共同して反撃しなければならないが、他の同盟国の手前、被害を隠蔽しようということだったらしい。同様のことはポーランドにも言える。シャヘドにS300ミサイルと、ウクライナ戦争の流れ弾は周辺国にもいろいろ飛んでいた。ウクライナ自身のミサイルもある。

 「レーダーから消えた」表現は、ザルジニー時代の末期にはすでにあったと思うが、「消えた」ドローンがどこへ行ったかは関知しないというのが、現在もウクライナ軍の基本スタンスである。このドローンの航続距離は長く、ロストフから撃ってもルーマニアのほか、ポーランド、チェコ、ハンガリーにバルト三国には十分届き、ベラルーシに向かうものもあったが、ベラルーシ空軍がミグ29をいちいち出撃させ、ニュースになったことは何度かある。

 が、領土面積を考えるに、ポーランドとルーマニアも相応の被害を受けていたはずで、報道されないのは両国がNATO加盟国でブリュッセルから口止めされていたためと思われる。迎撃行動も抑制していたらしいことが小咄からも窺える。

※ ルーマニアはそれまで用いていたミグ21の後継機として近代化改修したF-16を40機程度運用しており、エンジンや電子装備がアップデートされ、性能もウクライナ空軍のミグ29より優れていた。

 シャヘドドローンの性能(航続距離1,500キロ)から、届くのは東欧諸国に限られ、NATOの中心国であるドイツやフランス、そしてオーストリアなど先進国の手前では燃料切れで落ちるので実感しにくいこともある。NATO加盟国に対するロシアの攻撃は侵攻初年から行われていた。第5条発動の状況はあったのである。

 発動しなかったのは、東欧諸国に散在する納屋や民家、牛小屋の炎上はイギリスのジョンソンやフランスのマクロンにはボヤにしか見えなかったし、又聞きしたアメリカ大統領のバイデンにはもっと無視して良い事柄だったことがある。シャヘドドローンは1機あたり30キロの爆薬を積んでおり、これはバンカーを吹き飛ばすには威力不足だが、木造家屋やアパートを倒壊させ、山火事を起こすくらいの威力は十分ある。加盟国同士が密かに融通し合い、補償はたぶん手厚くしたに違いない。

 ザルジニーの肉声は最近初めて聞いたが、ゼレンスキー同様低いバリトン声で、どうもウクライナではこういうタイプに人気があるらしい。日本ではどちらもドスが利きすぎると感じるが、東欧人の好みは日本とはだいぶ異なる。内容はやはり機密に抵触すると考えられるが、当人やゼレンスキーの主張を考えるに、元将軍がこれで処罰される可能性はほとんどないだろう。

 例の和平交渉については、トランプ政権はトランプ本人も含め、モスクワに送った特使が一人残らず全員ロシアに洗脳されて帰って来るという問題があり、先週のウィルコフの放言はウクライナ国民の憤激を買った。二日前はやはり特使のグレネルが「ウクライナの核はロシア製」と言い出すに及んで、トランプが任命した特使たちの放言はウクライナ国民やEUを呆れさせている。ゼレンスキーはウィルコフの一連の発言を有害としつつも、特使を「別の惑星から来た人」と評している。

 ウクライナはロシア、ベラルーシと並ぶソ連邦構成国の一国で、かつ、その中でもロシアに次いで有力な連邦創設国である。件の核はソビエト連邦製で、国際連合の創設時には三国で議席を一つづつという提案もあったくらいだ。ソ連の継承国であるウクライナが核を持っていたのは当たり前で(核だけでなくミサイル戦艦も空母も持っていた)、ロシアに譲ってやったことはあっても、ロシアの核を預かって保管していたことはない。

 とはいうものの、大した問題ではないかもしれない。恐喝的なトランプ政権はシグナル疑惑で自壊状態であり、彼らがウクライナに何を求めようと約束しようと、それが履行される見込みは、今後はほとんどないからだ。

 

"Look at what we've been hearing about lately: minerals, territorial concessions, and even suits – but no one’s been talking about people."
(Oleksandra Matviichuk, activist, the Nobel Peace Prize in 2022)

「最近私たちが耳にしていることを考えてみてください。鉱物、領土譲渡、さらには訴訟などですが、人については誰も話していません。」
(オレクサンドラ・マトヴィイチュク、活動家、2022年ノーベル平和賞受賞者)
 

 トランプのウクライナ和平提案は例によって言った言わないの水掛け論になっているが、自由や民主主義、人権といった高次の法に属する争いに経済的論議などを持ち込むところが場違いであり、最初は驚かされたが、今ではどこの国も米国大統領の言い分は話半分に聞くスタイルが定着したようだ。そもそもアメリカ人の大半がMAGAみたいな考えを支持してない。

※ モア・イン・コモン(ヨーロッパを中心に活動する非営利団体)の調査による。調査は政権中枢部とアメリカ一般国民の意識の乖離を説明している。

 その間にもロシアとウクライナの争いは苛烈を極め、情け容赦のないものになっているが、当初には見られたロシア人にも良い人間はいる、ロシア兵も同じ人間といったヒューマニズムは今では誰も言わないものになっている。

 


 上の動画、「勝利者の精神」はウクライナ軍広報機関の制作だが、降伏と抵抗という二つの選択肢を提示し、後者こそが生きる道と唆している。字幕は付かないが内容は映像を見れば分かるもので、Zマークのトラックが走り去ったり、クルスク戦線を模したストーリーはかなりベタだが、これまでのロシア軍の行いを見ると全くのプロパガンダとは言い難いものがある。

「勝利者の精神(ウクライナ軍国境防衛隊通信局制作)」ストーリー
 

 ロシア軍に追い詰められた前線兵士3名の物語である。

 

(選択その一)ロシア軍に降伏する

 その場で銃殺され、後に襲われた兵士の家で妻は殺され、娘はZマークの自動車に連れ去られる。

 

(選択その二)あくまで抵抗する

 兵士の一人が手榴弾を投げ、自動小銃で果敢に抵抗する。それを見た二人も銃を取り、味方のドローンに助けられつつ、ロシア兵を殲滅して帰還する。

 


 ロシアでも評判になっており、ロシア軍のツィートでは「強制動員されたマリファナ中毒者(ウクライナ兵を指す)向けの陳腐な似非プロパガンダ」と批判されているが、カツァップ(ヤギを指す)は東欧諸国におけるロシア人の蔑称で、ツィプコシュカ(メス豚)は主としてロシア兵の間で通用しているウクライナ人の蔑称である。論考ではロシア兵の嗜虐性と残虐性は国内における権威主義文化と男性優位文化の裏返しと説くものがあったが、蔑称一つ取っても垣間見えるものである。大東亜戦争時代の日本兵もその点は似たり寄ったりであった。

 

カツァップ(モスクワっ子)のイメージ、ロシアでは髭はステータスである。


ウクライナ参謀本部による3月21日の戦況、突出部に要塞があることが分かる

 クルスクの戦いは陣形や守備位置などは前回と変わらないので、やはり要塞が準備されており、計画的退却だったという説が説得力を持ち始めている。スジャへの回廊というと真っ先にR200号線が思い浮かぶが、ロシア軍の管制下に置かれたというこの道も、そういうことならなぜ急速に進軍しないのかという疑問があり、ここ数日は猛攻にも耐えていることから、このあたりの造作は報道よりたぶん複雑である。HIMARSも到着し、後方のコクサン自走砲(北朝鮮製)に砲撃も加えている。ロシア軍のクルスク解放作戦は挫折に直面しつつある。

 先にウクライナ軍は旅団優位の傾向が強く、一部の部隊には独断専行のきらいがあるという指摘をしたが、戦いが始まって以降は行方不明の戦車部隊、エイブラムズ戦車やブラッドレーを含む、は30キロ南のデミドフカ(ベルゴロド州)に出現し、ようやく参謀本部も追認したが、周辺自治体を攪乱して一部はロシア領にあるようである。こんな所で油を売ってないでクルスクの援護をしろと言いたくなるが、これはたぶんクルスク作戦の原型となったザルジニー案(ベルゴルド侵攻)が一部の部隊長の間では生きていて、スジャ陥落を好機に実践したものという見方もできる。侵攻中のスジャの司令部にはかなり深刻な意見対立があったようだ。


北朝鮮軍コクサン自走砲、正式名を「주체포(チェジェポー)」と言い(読めるのが怖い)、射程も一般ロシア砲より長く、威力も3倍あるDPRKの決戦兵器。


 最近の論調ではウクライナ憲法の規定からゼレンスキーを「降ろせない」ことにトランプがようやく気づいたというものがあるが、彼の特使のウィルコフはそうではなく、停戦して選挙を行い、人気者のウクライナ大統領を引きずり下ろすことを再び画策しているという。なんと愚かな人たちだろう。

 

 無内容な90分間だったが、武装解除とか割譲とか変な口約束をさせられないだけマシだったか。会談の一時間後にはドローンが飛来し、ウクライナもクラスノダールの石油関連施設を攻撃したことから、一連の攻撃で双方とも被害を受け、18日の停戦約束はすでに反故にされている。

 どちらのドローンもそうだが、ドローンのスピードは巡航ミサイルよりだいぶ遅く、時速150kmくらいである。以前のイランによるイスラエルへの攻撃もドローン自体はだいぶ前に発射されており、10時間くらい掛かってイスラエルに到達している。

 ロシアとウクライナの場合は400~500kmくらいの距離で撃ち合うことが多いので、昨日被爆したクラスノダールはそのくらいで、会談直後といっても3時間前に発射したことになる。ロシアは1時間後で、これも会談より前に撃っている。これが停戦協議であることは明らかだったので、重なり合う時間帯に攻撃を手控えなかった両国はトランプを全く信用していなかったことが分かる。

 それでもロシアは7機は自国で撃ち落としたとしており、残りは手遅れだったが攻撃を中止する努力はしたとしている。ウクライナの方はすでにロシア領内に入っていたため、そういうことはできなかった。いずれにしても160機中7機では結果発生の防止に真摯に努力したとは言い難い。それに弾道ミサイルは明らかに合意後だ。

 で、会談でもしつこく議題に上がっていたというクルスク戦線だが、今日もウクライナ軍はしぶとく、ロシアの愚連キメラ部隊ではなかなか勝てないようである。

19日の様子、谷底に沿って進み、右翼を切り離そうとしている。DPRKはかなりの損害が出ているはず。

 プーチンはトランプをそそのかしてこの部隊を降伏させ、ロシア領内からウクライナ軍を追い払いたいとしているが、2日ほど見た様子ではやはり先立って陣地を構築しており、増援が到着してからは後方からの砲撃もあり、簡単にはやっつけられないようである。ウクライナ軍は概ね3個旅団、フル装備ではないが、が、展開しており、ユナキフカ付近にハルキウから駆けつけた砲兵1個旅団がいる。スジャの軍司令官事務所にいたモスカレフ少将がどうなったかは定かではない。

 一連の戦闘の様子も徐々に明らかになり、まず先鋒のマリャ・ロクニャ付近の部隊をドローン部隊が退路を寸断して孤立させ、自動車を破壊して退却困難に陥らせた。一方で前日から北朝鮮軍がスジャ南部で活動開始しており、補給路を断たれた先鋒部隊は北朝鮮軍やワグネルに追われて命からがら逃げ帰り、同時に東から810旅団本隊も攻撃を掛けた。ウクライナ軍は応戦したものの、ロクニャと同じ方法で幹線道路のR200号線を寸断され、スジャの本隊も撤退を余儀なくされたようである。

 

※ 文字通り「自動車」を指す。一般乗用車のような低強度の目標にドローンを使用しても良いほど潤沢に持っていたということである。あと、道路に着底し地雷代わりに使う用法も行われたようだ。

18日の様子、かなりの攻撃だが、砲撃があり、ロシア軍は一定の場所で押し止められている。

 様子を見るとウクライナ軍は3隊ほどが各々別の傾向で動いており、マリャ・ロクニャの部隊や軍司令官事務所周辺の部隊は退路の寸断でかなり混乱し、一部の部隊は包囲されて降伏したが、DPRKや810旅団を迎え撃った部隊は秩序を保っており、補給路の切断を見て計画通り国境要塞に退いたようである。潰乱した部隊と異なり、これらはそれなりに応戦したので攻撃側もかなりの被害を受けている。

 要塞戦が計画通りというのは、どうもスジャ市街戦を避けたように見えることがある。この街は小さく徹底抗戦には適当な場所でない上に、ロシア軍が滑空爆弾で片端から破壊したことがあり、補給路もないことから、ここで抗戦しても全滅以外の選択肢はなかったことがある。12日は司令部との通信も途絶したが、これは陣地転換がかなり急速に行われたことを示している。

2日間の様子を対照、どうも要塞線があるらしいことが分かる。

 ウクライナは旧ソ連から分離した軍隊のため、上級将官はあまりおらず、実質的な最高官は大佐ないし准将で、編成は旅団が基本単位である。司令部も元はモスクワだったため、参謀本部が総司令部を兼務しており、ある時期までは軍司令官は参謀総長だった。なので、混乱した状況で各旅団が独自の判断で戦闘し行動したことは驚くにあたらない。が、最近は大兵力のロシア軍に対するため、軍団制への移行が建議されている。

※ そもそも2022年までこんな大戦争はどこの国も経験していないのだから、軍制改革についてウクライナ軍がルーズなのも無理もない話である。

※ 実は募集も旅団ごとであり、人気旅団にはトランプを見限った元アメリカ兵が殺到しているらしい。

 そういう理由から軍司令官事務所といっても実権はなかったように見える。ウクライナのクルスク派遣軍は各旅団から選抜された寄せ集めで、この様子だと司令部内部の様子もかなり複雑である。権威のある司令官がいないことと、まとまりの悪さから、スジャを拠点としての抵抗はハナから諦めていた節がある。形勢不利を見た各旅団は司令官を放り出してさっさと陣地変更を完了している。

敗走から再編までの動き、グエボ村と南部のウクライナ軍はほとんど動いておらず、北部部隊と司令部は崩壊し、東部で戦闘していた部隊は陣地に後退して再編した。マリャ・ロクニャやスジャで崩壊した部隊はほとんど徒歩での国境脱出を強いられたが、それが全てではない。

 ロシア側も各戦線から集められた重装重装甲の部隊ではどうもなかったようである。むしろ軽量部隊で、ドローンの集中使用など目新しい点があるが、戦力の中心は北朝鮮兵と元ワグネルである。そのため、装甲戦力は11日までにほぼ使い果たしたようだ。これまでの例を見ても、司令部に忌避されていたこの部隊が充実した装備を持っていたという報道には疑問があった。チェチェン兵など先立って増援はされていたが、十分なものではない。

 これとは別にスームィ国境で別働隊が編制されているという情報もあるが、ゲラシモフはおそらく気が変わり(あるいはやる気なく)、より手薄そうに見えるザポリージャ方面で攻撃を始めたようである。戦線は長く、あちこち攻撃していると北に廻す兵力が足りなくなる。ポフロフスクやトレツクではすでに負けつつあることもある。

 クルスクについては、なに、プーチンは良い話しか聞かされていないのだから、ロシア軍勝利で別に問題ない(忘れるまで待とう)。ハイブリッド元祖の思考法を考えると、どうもそういう感じに見える。それに5万といってもウクライナ軍が1万5千で迎撃したら戦線は膠着し、こちらも進軍ができなくなることがある。ウクライナも兵力不足だが、そのくらいは何とかなりそうなこともある。

 なお、このブログは戦争実況中継ブログではないため、作図しての説明は今日までとしたい。クルスクの戦闘はまだ続きそうである。

 

(補記)

アゾフ旅団の入隊勧誘ビデオ

 

 6日からの戦いの様子を見ると、ウクライナ軍旅団の独立性の高さと、対照的な大部隊における指揮統制の弱さが指摘できる。全体としてみるとロシア軍は中央統制が強く、ウクライナ軍は末端の権限が強い軍隊である。

 

※ 負けたからとは言えるが、司令部の様子を見ると、ロシアの北部方面軍は何度も負けた敗残ロシア兵に解体したワグネル、言葉の通じない北朝鮮軍に出稼ぎ労働者中心のチェチェン兵と始めから梁山泊だが、互いに傷を舐め合うもの同士、まとまり自体は良く、協調性もあったように見える。それに対しウクライナのクルスク方面軍は装備も兵も優れていたものの、司令部の統制力が弱く、司令官同士が対立して互いに派閥を作るなどし、協調性に欠け、まとまりはあまり良くなかったように見える。

 

 ここから戦いの様子を観察すると、ロシア軍の行動は計画的で、810旅団以下の戦力はウクライナ軍を駆逐し、スジャを陥落させ、国境付近で作戦完了するようにデザインされていた。そのために兵力が調整され、ドローンなど新兵器が与えられた。これまでの傾向を見ても、それ以上の任務(ウクライナ領侵攻など)が与えられていたようには見えないことがある。それは別の作戦という考え方だろう。

 

※ 北部方面軍自体がゲラシモフの司令部に忌避されており、南部の戦果がパッとしない事情で大兵力を割り当てるとは思いにくい。航空援護は十分にしたが、スームィ占領までの恩典をこの司令部が方面軍に与えるとは思いにくい。プーチンには戦勝報告しかしていないと思われる。

 

 ウクライナ軍の行動は個々の旅団は優れた判断をしているが、中央統制は最後まで確立されておらず、先鋒部隊に引き続いて潰乱したのが司令部直属部隊というのが、この部隊が最も守られていなければいけない部隊であることを考えると、軍における司令部の存在の軽さ、実用的な能力のなさが指摘できる。しかし、旅団レベルで士気の高いことは粘り強い抵抗を生み、良い場合も悪い場合もあるが、同軍の特徴といえるものになっている。これは他の戦いでも散見されるものである。

 

※ スジャの戦いで気になるのは配備されていたはずの装甲部隊の姿が見えないことである。一部は放棄されて残骸がロシア軍に押収されているが、もっといたはずで、これらは攻撃の前に先立って移動していたものと思われる。

 

 作戦が計画通りに行かなかった場合の判断は、ロシア軍は退却、ウクライナ軍は各個の判断というものだろう。辛うじて攻勢を押し止めたクルスク戦線ではウクライナ軍に逆転のチャンスがあるが、クルスク地域自体の価値が政治的事情により二転三転していることから、(補給がある限り)現在の戦闘は有利に進めるだろうが、ウクライナ軍が退却するかどうか、またきちんと退却できるかどうかはまだ分からない。

 

ウクライナ軍参謀本部の入隊勧誘ツィート

 

 明日トランプとプーチンの電話会談が行われるが、ロクなものにならないことは明らかで、両者の合意が「全てゼレンスキーが悪い」で落ち着くだろうことも予想できる話である。



 今日のクルスクの戦況だが、メディアでは戦場から逃げ帰ったウクライナ兵らによる敗走の現実が赤裸々に語られているので、朝鮮軍と新型ドローンに追い回され、ウクライナ軍は総崩れ大惨敗という印象だが、多少割り引く必要はある。

 ウクライナ軍はクリオバからは後退し、右翼のグエボ村も朝鮮人民軍の圧力に晒されているが、実は意外なほど持ち堪えている。ロシアとDPRKは部隊を交替させながら攻撃を続行しているが、これが国境までウクライナ軍を追い出すことを命ぜられた部隊であることを見ると、大丈夫かいなという感じである。ウクライナ軍は二個空挺旅団が再編に成功している。そのまま抗戦しつつウクライナ領に後退するか、あるいは増援を待って反撃に転ずるかはまだ分からない。



 この戦区とは別に、ロシア軍が別働隊を組織しているという情報があるが、昨日はスジャから直線距離で60キロ離れたテトキノあたりとしたが、いろいろ総合するとどうもさらに北、90キロ離れたシドルキのようである。周辺の村落がさかんに爆撃されており、斥候隊の姿も見られる。

 規模はクルスク軍と同規模の5万といったところだが、クルスク軍は度重なる戦いで消耗しており、増援を受けていてもスジャにあるのは実勢2~3万と思われる。これだけ離れていると共同作戦ということはありそうになく、やはり司令部を別に設け、総司令官の直接指揮でスームィ攻略を狙っていると思うが、今のところ国境付近に相当規模の軍団の集結はないようである。

 敗走したウクライナ兵のコメントによると、諜報作戦は前線から50キロ以内は95%以上がウクライナ軍自身の諜報、150キロまでが米軍で、それ以上は闇の中という話である。米軍は衛星偵察に頼りすぎており、現地のアセットが貧弱で、戦場情報でウクライナ軍がカバーしている部分は実は意外なほど大きい。

 

 入ってくる情報は悲惨だが、注意した方が良いのは、これらの報道は大手メディア自身が特派員を派遣して実地に取材したわけではないことがある。多くはSMSで、特派員を派遣している現地メディアはそれほど悲惨な報道はしていない。スームィ州は報道管制が敷かれていて、取材が制限されていることもある。

 結論を出すのはまだ早いが、ロシア軍のスジャ攻略作戦は必要最小限の兵力で実行された不完全なものであったように見える。半年以上の滞留でウクライナ軍の司令部に油断が生じていたこと、他の戦線の要請で部隊が相当数引き抜かれていたことがあり、ロシア側は豊富なDPRKの兵力を活用できたこと、ワグネルなど戦闘経験豊富な兵員を多数揃えていたことなどが勝因だが、もしもう2個旅団、3個旅団の増援があったなら、ウクライナ軍を叩き出すことは完全に可能であった。

※ 実を言うとロシア軍が殲滅戦を展開したマリャ・ロクニャ付近は参戦したワグネルチャンネルなどあり情報豊富だが、スジャに近づくにつれて少なくなり、戦場が郊外に移転したここ二日ほどの様子はてんで分からないというものである。テレビにスジャ市として映っていたのは隣町の映像である。

※ スジャ市の映像は昨日入るようになり、市役所含む中心街はやっぱり爆破されていたが、ワグネル説だとこれもウクライナ軍による砲撃と爆破活動によるものとされている。あと、ブリヤート人を名乗るロシア語のうまい朝鮮兵が住民の救助活動などを行っている。


※ クルスクのウクライナ軍の弱体化はキーウの最高議会を中心に攪乱したロシアの政治プロパガンダの成果と思われる。ウクライナ軍は個々の戦闘では比較的堅調に勝利を収めていたが、それもあって駐屯していた部隊は徐々に減らされ、領域もそれに従って縮小され、兵力も3月の時点では1万を切っていた。これは侵攻時の半分以下であり、ロシア軍はDPRKも含む兵力比が3対1になったところを見計らって教科書通りに攻撃を仕掛けたのである。

 現在の事情では、ロシア軍は再反撃を受けてスジャ以東に後退することもありえないものではなくなっている。ウクライナ軍も増援が必要で、これは戦略レベルの判断だが、ウクライナのクルスク・カードはまだ失われていないように見える。

※ 第40、80空挺旅団は疲弊しているので、増援は派遣したように見える。ロシアを含む戦力状況は後の報道だと概ね当方の見立て通りである。ロシア軍は大規模な増強はしていない。攻撃の主力は810旅団である。兵力はDPRKが最も多い(12,000~17,000)。

 クルスク作戦については、実施しても陽動とすぐ見抜かれ、ロシア軍も失っても痛くないような適当な部隊しか応接しなかったため、作戦の有用性については早くから疑問が呈されていた。政府内でも割れていたようであり、有力な勢力を割いたためドネツクほかでロシア軍の浸透を許したという批判的意見はずいぶん前からあった。いざ攻撃の際に、補給路に対する手当をしておらず、兵力が半減して防備が弱体化していたことは、政府において作戦に定見がなかったことを示している。

 おそらく最近は、この土地はロシアが停戦提案を呑んだ場合の交換地として考えられていたと思うが、トランプ政権の裏切りにより、その企図を看取したロシアは一か八かの強攻策に出て占領地を奪取した。さらにスームィ攻略を企図して大兵力を集めていることから、クルスク作戦は末期になって有用性が生き始めたのは意外なことであった。

 

 

(補記)

 

 

 この話し合いでロシアはウクライナ軍の武装解除とウクライナのNATO加盟禁止、ゼレンスキー政権の解体とヘルソンとザポリージャを含む4州の割譲を要求しているが、でたらめな条件設定の中でただ一つ、ザポリージャ原子力発電所だけはウクライナに返したいとのことである。これはおそらく戦闘と管理不十分で壊れかけており、修繕費をウクライナに押しつけ、停戦後のウクライナの財政窮乏化を図っているものと思われる。

 

 

 なお、プーチンの言う「ノヴォロシア」とは上図の赤い部分を指し、ヘルソンはおろかオデーサやハルキウを含む広大な地域である。

 

 

 

 クルスクの敗戦における情報提供停止が過大に評価されていることはすでに指摘があるが、これもトランプとロシアが作った事実歪曲のナラティブの一つである。原子力発電所の話などは、本来はトランプが真っ先に責任追及と安全確保の提案をしてしかるべき話であった。

 

 

 

 アメリカ人の言説にしては珍しく明快でまとも、私も同意見だが、強いて付け加えるなら、これにボーイングE-7にAMRAAMミサイルも加えたい。

 

 トランプがイエメンのフーシ派にミサイル攻撃を命じたという報を聞いて、口先だけで収まっておれば良いものを、ついに殺人にまで手を染めたかと溜息をつく。いきさつはあるものの、例によって衝動的な決定で(なので英国軍は参加しなかった)、そんなことで殺されるフーシ派住民が不憫でならない。



 上図は公表された情報に基づく16日の両軍配置図で、とにかく塗りつぶしづくしのロシア国境地図でウクライナ軍がどういう戦闘態勢を取っているのか疑問だったが、参謀本部公表の地図と照合すると、どうも稜線を利用した野戦築城をしているようである。どのくらいの準備をしていたかは定かでないが、現在までの所は防禦陣地でロシア軍を防ぎ切っているようだ。



 稜線はこんな感じだが、我が国のそれと比較にならないほど緩い勾配(1~2%)である。ただ、高度差のある場所でのドローン作戦はあまり聞いたことがない。ドローンの攻撃距離を平均2キロとすると高低差は20~30mある。

 運動エネルギーも翼のないドローンは20m余分に上昇しなければ届かない。これは相応のエネルギーを喰う。有効距離も高台にいる方が長い。アウディウカにしてもウフレダルにしても高低差のほとんどない場所での戦いだった。一つ例を挙げるとすればリプシの戦いがあるが、ここは周囲を高台に囲繞されていた。ロシア軍の侵入は止まり、オートバイで逃げ帰るより他になかった。あまり成功していないノベンケからのロシア軍の侵入もバシフカは両脇を高台に挟まれている。



 もっとも映像ではドローンはもっと高い高度を悠々と飛行しているので、数十mくらいの高度差はあまり問題にならないかもしれない。ドローンの弱点は携行エネルギーの少なさで、特に成形炸薬弾を積んだタイプの飛距離は短いと考えられる。操縦者としては高低差がない方がやりやすいだろう。この陣形では高台にあるウクライナ軍のドローンの方が同じ性能ならより遠くから攻撃でき、リーチが長いということを指摘するにとどめる。本当かどうかは経過を見れば分かるだろう。

 

 オフの時間に書いているので、長いのとか複数回とかは睡眠時間を削るしかないのだけど、一週間続いてもう限界だとなる。が、5日から始まったクルスク決戦、いよいよヤマ場のようである。

 12日にスジャを占領したロシア軍とDPRK連合軍だが、ウクライナ軍の反撃で戦車など重甲装備をほぼ失い、本隊はスジャの東方ミハイロフカに退いたため、12~14日は小康状態で、その間に両軍は兵力の再編成を進めていた。ウクライナ軍はスジャを離れ、より国境寄りの陣地に退いたが、詳しい場所は不明である。

 12日の視察ではプーチンは参謀総長ゲラシモフを同伴させており、テレビカメラの前でウクライナ軍を殲滅し、スームィまでの攻略を下命している。これは前日に行われた米ウ和平会議を横目で見てのものだが、控えめに言って、昨年以降のクルスクにおけるロシア軍の対応は南のポフロフスク攻略を優先させた二次的なものであった。ゲラシモフは現在のロシア軍の総責任者である。その後、プーチンは婉曲な表現でアメリカから提示された和平案を拒否している。

※ クルスク戦がウクライナ戦争全体を左右する決戦に格上げされた瞬間である。

 戦いぶりを見るに、810旅団などスジャ攻略に当たった戦力は増強されていたが内実は必要十分というもので、ウクライナ軍を領外まで撃退するには力不足に見えた。やはりスジャの半ばで力尽きたが、それまでの反目もあり、ゲラシモフがどういう措置を取るかには注目していた。最高司令官(プーチン)の命令である以上従わなければならないが、実はそのありようはおおよそ予測のつくものであった。

 予測できる対応は二つあり、①一つは消耗した810旅団に相応の兵力を送り、810旅団を増強、あるいは交替してDPRKなどと共に正面からウクライナ軍を攻撃してこれを打ち破るというものである。

 ②もう一つの対応はワグネルやDPRKに対する忌避感から、スジャとは全く別の場所に司令部を置き、スジャ部隊には適当な増援をしておき、別ルートからウクライナ領に侵攻するというものである。

 15日に戦闘が再開されたが、どうも見るところ別ルート案②のようである。ウクライナ軍の左翼、北朝鮮部隊がバイクで侵入を繰り返しているネベンケに大部隊集結の情報があり(ゼレンスキー)、ゲラシモフはクルスク方面軍は無視してスームィ陥落を狙うようである。同様のパターンは一昨年にワグネルを嫌って布陣したヴフレダルで見られたものである。部隊の指揮を総司令官自らが執るかは定かではない。

 現在の様子を図に描くとこんな様子になる。

3/15の両軍配置図

 ウクライナ軍はスジャを完全に放棄したが、規定の作戦であると思われる。ロシア軍は増援を受けたと思われるが、戦略が上の通りとすると必要十分程度で戦車などは少ないと思われる。想定される増援についてはまだ投入されていないが、進路を矢印で図示している。

※ 戦車は数が貴重なのでワグネル軍や朝鮮人には送りたくないと考える。古いロケット砲や旧式の装甲車あたりではないか。

 ロシア増援部隊は図示したネベンケのほか、ジュラフカ、ボロドミハイリフカ、テトキノなどからの同時侵入も考えられる。現在の北部方面軍の戦力で迎撃は至難だが、ロシア領ではなく自国領である。事前に構築した要塞や、クルスクから後退した主力部隊と併せ、ある程度は持ちこたえると思うが、これはロシア軍の戦力がどの程度かによる。ウクライナ軍が成功する可能性はあまり高くないだろう。スームィも失陥するかもしれない。



※ ゲラシモフの性格からすると、ネベンケよりももっと遠方、スジャのロシア軍と連絡のない60キロ遠方のテトキノあたりに布陣しそうである。そこからスームィに向かい、追走するスジャ部隊とスームィに退いたウクライナ軍を包囲する作戦かもしれない。

 ただ、これが昨年にクルスクに侵攻したウクライナ軍のそもそもの狙いだったのである。それなりの戦力をこの方面に割いた場合、現在の最激戦地ポフロフスク周辺は間違いなく手薄になる。トレツクやリマンといった他の戦場も同じで、ロシア軍は分散し、戦線あたりの密度は低下する。攻勢作戦に必要な3対1の戦力比は維持できなくなり、個々の戦場では勝利のチャンスも生まれる。

ポフロフスク周辺

 現にポフロフスク戦線ではそれがなくても戦意が低下し、装備も多く失ってロシア軍は補給都市の包囲を完遂できないでいる。半年掛かって3分の1包囲が半包囲に変わった程度で、チャシフ・ヤールなど個々の戦区では敗北も多く喫している。戦力比の低下はロシアのウクライナ征服作戦全体に大きな影響を及ぼす。クルスクでは勝っても、戦争全体では勝てなくなる。

 ゲラシモフとプーチンの関係は、開戦当初のインナーサークルの一員、ショイグとパトルシェフが失脚しても生き延びているあたり、見た目よりも複雑なのではないかと思われるが、そもそもこの侵略戦争はこのゲラシモフと彼のフルンゼ陸軍大学(ロシアの東大に比肩する軍のエリート学校)時代の後輩ドヴォルニコフによって立案され、ドヴォルニコフの南部管区軍が実際の中心であった。

※ そういう理由から南部管区軍の指揮官の死亡率は異様に高く、大佐以上の指揮官のおよそ半数が戦死または負傷により更迭されている。

 

※ ドヴォルニコフはウクライナ方面軍司令官に昇格した後、セベロドネツク攻略の不手際でスロビキンと交替で更迭されているが、彼の南部閥は各管区軍の司令官に抜擢され、本人はともかく派閥自体の影響力はまだあると考えられる。ワグネルの乱で失脚したスロビキン同様、現在の消息は不明である。

 戦争ではロシア軍内部の派閥抗争といった部分が垣間見え、その点、名声のある戦略家で初代の西部管区軍司令官であり、以降の幹部人事をさんざんに引っ掻き回して再起不能にした(ロシア軍にプーチンに刃向かう勢力がない理由である。上級将官はフルンゼ陸軍大卒はゲラシモフとドヴォルニコフの二人しかいない)ゲラシモフはまだまだ利用価値のある人材なのかもしれない。エリートではあるが、プーチン政権自体は民衆のエリートに対する反感を支持の源としている。

 ショイグはロシアの僻隅トヴァ共和国の酋長の家の出身だが、頼りにしていた傭兵部隊や辺境出身のロシア兵が枯渇したことで影響力を失った。戦争により、極東シベリアのこれら自治共和国の若年者の死亡率は異常なほどに高く、若者がいないため出生率も極低で、放っておいても滅びそうな勢いだ。一説では出征者の80%が死ぬか回復不能の重傷を負ったとされる。パトルシェフはプーチンのドイツ時代の同僚という以外これといった取り柄のない人物である。ワグネルの乱で失脚し、最近は老化症状による衰えが著しい。

 そういったものだとすると、ゲラシモフのいじけた計略はプーチンには想定の範囲内というものかもしれない。ゲラシモフが南部での勝利を見送ってネベンケ郊外に大部隊を集結させれば、クルスクからのウクライナ軍撃退はほぼ確実なものになるが、この軍隊を動かすかどうかはまた別の問題である。それに動かしても必ず勝てるとは限らない。

※ 停戦を勧告されながら大軍で侵攻したことでロシアの侵略傾向が全世界に明らかになり、トランプとの関係が修復不能になるリスクもある。すでに支持低下しているトランプとしては(いかに彼がプーチンびいきでも)ロシアのこの行為は見逃せないものになる。また、派兵できる兵力には限度があることから、動かした途端に大損害を受けることもあり得る。

※ これはプーチンにおけるアメリカ大統領の有用性、ロシア軍の現状、悪化している国内の経済状況など、ロシアの限界を測る試金石になる。彼が戦闘せずに停戦に応じるなら、ロシア国内の状況は見た目よりも厳しいということである。

 そろそろ外交の出番であるように見える。近代になってからの戦争で、戦場で決着が着く例はごく少ない。

 

 


 と、プーチンさんは言っているが、二大国の指導者がどちらも都合の良い情報しか聞かされていないというのはまれな現象だろう。トランプはドッジ団のせいでCIA職員を全員解雇してしまったのが災いしている。


ウクライナ軍参謀本部公表の図(3/14)

 クルスクのウクライナ軍については、ウクライナ参謀本部が「包囲の事実はない」としており、国境からスジャ西半分までを管制下に置いているとしているが、交戦国の情報なので鵜呑みにするわけも行かず、あまり信用していないが、マクスターは遮断されていないISWが追加の報告を出したことで、「クルスク包囲説」はどうもトランプの捏造で、眉唾らしいことが分かる。


ISW公表の図(3/15)

 で、これらやその他の情報を元に当方が作図したものが以下だが、本当のことを言うと「良く分からない」というのが本当である。前線についてはISWは参謀本部の報告より国境よりに後退しているとしているが、いつものように当てずっぽうと思われる。



 「当てずっぽう」と言いうるのは、下は先の図に航空写真を重ねた図だが、見ても分からないかもしれないが、スジャからウクライナ国境に掛けて粘土のような平たい地形が広範に拡がっていることが分かることがある。



 実は粘土ではなく、これは塗りつぶした跡なのである。拡大するとこうだ。



 畑のように見えなくもないが、周囲の地形とのマッチングが不自然で、明らかに偽装である。衛星会社も商売なので、ウクライナやロシア政府の要望で要塞のある地形は隠すことがある。政府機関が金を払えば解除してもらえるかというと、たぶんしないんじゃないかと思われる。偽装をオプションにする意味がないからだ。

 ここから塗りつぶされた場所は要塞化されていることが強く推認でき、クルスクの戦いではコレネヴォ回廊で戦闘になることが多かったので、主戦場のゼレニ・シュラフのあたりなどは特に念入りに塗りつぶされていた。

 で、スジャから逃げ去ったウクライナ軍が逃れた場所はというと、これがほとんど塗りつぶされている。赤い領域は3月5日以降にDPRKが入り込んだ場所だが、この時にはたぶん、塹壕に兵は配されていなかった。彼らは一度引き返し、再編してマクノブカやクリロブカを攻撃したが、遠足の際に見つけたウクライナ軍の塹壕にはほとんど手を付けなかったと思われる。占拠したところで何もないからだ。



 考えてみれば掘る時間は山ほどあった。そもそもの作戦目的が誘引してロシア軍の圧力を軽減なので、自軍に数倍する大兵力の来襲は予期していたはずだし、後退しつつの戦闘も考慮していただろう。またウクライナ軍は国際的評判を気にしながら戦っている軍隊なので、市民を巻き込んでの市街戦は避ける方針だったように思われる。それにスジャの街はそんなに大きくない。

 こういった計画は、別に3月にロシア軍が来襲しなくても立てられたと思われる。ロシア軍としては、昔のアメリカ軍みたいに「これだけ落とせば人類はいなくなるだろう」的に絨毯爆撃するとか考えられるが、そういう爆撃機はロシアにもないし、いちいち滑空爆弾を落としていたら何発必要か知れない。

 マスクがCIA職員をドッジ団で抹殺していなければ、アナリストがすぐ報告を提出して、トランプはプーチンの虚言を否定してクルスク・カードを使い交渉を強いることができただろう。マリンカやアウディウカなんてもんじゃないウクライナの縦深要塞である。大きさも旅順要塞なんかの十倍も大きい。入り込んだ朝鮮人民軍はたぶん、要塞の全容を掴んではいない。

 これはたぶん、ウクライナの他の戦線にも影響を及ぼすものになると思われる。トランプは再度ゼレンスキーを脅しに行くと思うが、あちらも考えたもので、すでに欧州で(ウクライナに有利な)停戦前提の話し合いを進めている。鉱産取引もあるが、ヘボビジネスマンの五千億ドル借財とか、みかじめ料50%基金といった提案は悪い冗談として、立場が弱いはずのウクライナは完全に反故にするつもりのようだ。クルスクの戦闘は今後もまだまだ注視する必要のあるものになりそうだ。


(今回の謝罪ビデオ)

 


 一昨年に訓練中に事故死したウクライナ空軍のパイロット「ジュース」こと、ビリシュチコフ大尉(死後少佐)の母親によるビデオ、少佐はウクライナでもトップクラスのパイロットでF-16転換訓練候補パイロットの一人だったが、渡米前に事故死した。ビデオではラムシュタイン基地で訓練を受ける様子や、到着したF-16に母親が搭乗する場面などがある。

 


 ついにウクライナ陸軍登場、ハリコフの第40砲兵旅団だが、冒頭はアメリカ製マックスプロ装甲自動車に乗り込む中年兵士から始まり、これまでの謝罪ビデオより凝った作りになっている、砲兵部隊の様々なアメリカ製兵器が映され、兵士たちが英語で感謝を表明している。

 

 「あのおかしな二人」とは、CNNのニュースで耳にした言葉だが、「二人(トランプとマスク)」が誰を指すかは、もはや説明不要だろう。トランプ氏はクルスクでウクライナ軍数千人が「包囲されている」とロシアの見解をオウム返しに繰り返し、停戦提案を事実上拒否したプーチンと「生産的な」協議をしているとしている。ロシアの指導者がツッコミを入れた部分が、ルビオとウクライナの原案に大統領が「付け加えた」部分だったことが泣かせる。

 

※ 監視の困難さからウクライナ案では停戦は空中と海上で行われるものとしていた。それを「包括」とし、地上線を加えたのはトランプである。これで停戦案は実行不可能なものになってしまった。

 

 相変わらずトランプとプーチンは謎の友情を育んでおり、「ロシアの信義」という大統領とマスク以外は誰も信じていないものを信じているあたり、ルビオ長官はそろそろ辞表の下書きをした方が良さそうである。いずれにしろ、ボールは返ってきた。

 そのクルスクの戦線だが、実を言うと謎が多い。元々クルスク作戦はそのリスクの高さから参謀本部でも別枠で、報告書に記載されるようになったのは最近のことである。先の戦いで敗走したクルスク軍はスジャを放棄し、クルスク作戦は事実上終了したというのが大方の理解なのだが、どうもそう簡単でもないらしいというのは昨日図で書いた。

昨日の図、ウクライナ軍はスジャ中心街で抗戦している

 ただ、この図には問題がないわけではなく、ロシア軍はスジャに記者を入れ、奪取した街の様子を撮影させたとしているが、こういうことは前線がすでに離れている場合に行われることで、様子だとロシアの公式発表通り、街はロシア軍の管制下にあるように見える。上図のような接触は少なくとも現時点の報告では見ることはできない。なので、ウクライナ軍中央の前線位置は不明である。

 が、もう3日目なのである。ウクライナ軍やディープステートの報告ではスジャは西半分がまだウクライナ軍の管制下にあり、ロシアの進軍は12日から停止している。大きくもない街の半分を占拠しているのに、おかしなことだ。

ディープステートのスジャ市街図、マークは市庁舎

 撮影された映像も教会はかなり北のチェルカソエ村、NHKや日テレで流された学校はスジャの隣ミルニ町のものであり、前線から1キロ以内に近づいたものはなく、どうも特徴的な市庁舎を含む町の中心部はロシアも見せたくないもののようである。中心街はシルスキーは「完全に破壊された」としているが、ほとんど抵抗なく建物は比較的無事というロシアブロガーの話もある。なお、奪還の過程で100人ほどの住人が救出されてロシア軍に保護されたとのことだが、スジャの住人は5千人である。

 やはり市庁舎の西にあるオレシュニャ川の森林地帯を境に防衛線が敷かれており、スジャの中心街は砲撃と爆弾ですでに廃墟だが、ロシア軍は一昨日には北側、昨日には南側とウクライナ軍の左右両翼の間隙を縫った交通線の遮断を試みており、これは正面攻撃が難しい場合の判断である。スジャに到着したロシア軍の正面にかなり強固な防禦陣が敷かれていることは間違いないようだ。

ウクライナ参謀本部発表の図

 攻略に当たった部隊の装備や構成についても様々な説がある。Forbes誌は各戦線から抜き出された「ルビコン」ドローン部隊が一挙にウクライナ軍車両数百両を破壊し、機動部隊を粉砕して市街地になだれ込んだとしているが、その数百台はウクライナ軍が得意なバルーンダミーかもしれない。遺棄された戦車、装甲車の写真もあったが、いつ破壊されたのか分かったものじゃない。数も少なすぎる。それにそんな急攻戦力なら市の半分などといわず、一日で市の全域を制圧できたはずだ。

※ それでも写真を見るとマリャ・ロクニャの周辺でウクライナ軍が潰乱状態に陥ったことはどうも確かのようである。が、他はそれほどでもなかったように見える。

 もう一つの説は襲撃に際しては各戦線から予備隊が掻き集められ、それなりの戦力(一個軍団(三個旅団)以上)で攻撃したというものである。同時期にポフロフスク、トレツクでウクライナ軍が勝利したのはこれら予備隊がクルスクに移動していたためで、マクスターの提供停止は戦力集中の意図を隠すためのものである。ただ、クルスクでは侵攻の当初からロシアは三個旅団以上が迎撃に当たっていた。それにそれだけの戦力なら戦車30台くらいの被害で進軍を停止するのはおかしい。

 

※ この説だとテレビに映っていたゲラシモフは予備隊の提供で作戦に協力したことになる。今までの行状から見て考えにくい話で、風邪でも引いたか、毒でも盛られたか、何か悪いものでも食べたのかもしれない。

※ ゲラシモフと北部方面軍の反目については先に書いたが、今回の場合もあまり積極的に助けたとは思えないことがある。ワグネル・北朝鮮とロシア本軍との共同作戦という技術上の問題もある。

 ロシア軍はスジャに入城した当初から南北から部隊を侵入させ、左右両翼の遮断を試みていることは明らかなので、戦力に余裕のない場合、ロシア軍はやはり迂回して中央のウクライナ軍を包囲に掛かると思われる。ただ、ウクライナ側もこれは考慮しているはずで、スジャからR200号線に沿った村落は要塞化され、DPRKと810旅団程度の戦力では包囲は完遂できないと考えられる。ロシア軍が今後もかなりの数の部隊をクルスクに貼り付けておく必要性はまだある。

※ 予備隊やルビコン軍団まで投入してようやく倒したというのであれば、それまでクルスク戦線はロシア番外地であったことから、戦力の誘引というウクライナ軍の当初の構想がようやく生き始めたことがある。

 左翼のノベンケでは12日以降も交戦区域が拡がっているが、これはロシア・DPRKが新たに投入した4輪バギーの効果による。これは歩兵よりも速く、2人ないし4人が乗車して走行する中国製の4輪オートバイだが、当然のごとくドローンや砲撃には無力で、ホンダ車をコピーした中国製オートバイも相変わらず用いられているが、ここでの領域の拡大はさほど憂慮する必要はないものに見える。

 とりあえず、ウクライナのクルスク軍集団が包囲されているというトランプの発言は例によって間違いのようである。ロシアは作戦に先立ち膨大な量の戦争情報を発信しているが、実のところは、彼らが言うほどウクライナ軍は負けてはいないし、戦力を失ってもいない。

 

 

ウクライナ軍参謀本部の抗議文


 このクルスク作戦の原型は一昨年に提出されたザルジニー将軍のベルゴルド攻略作戦だったとされる。ベルゴルドはハルキウの北60キロ、国境から30キロにある人口33万の大都市で、人口十万以上の都市としてはウクライナに最も近い位置にある。西部管区軍の司令部が置かれていたが、この軍隊はハルキウの戦いで潰走し、二年前のウクライナ軍なら進出して占領できる可能性は十分あった。現在は中央管区軍の司令部が置かれ、ハルキウ、ボルチャンスクへのロシア作戦の策源地となっている。



 が、想像の通りアメリカの反対があり、ザルジニー自身も同年の反転攻勢の失敗で解任されたことから、作戦案は日の目を見ずに終わった。それを手直しし、水で薄めたような作戦がウクライナのクルスク作戦である。バイデン政権が反対した理由は語るまでもない、ロシアの核反撃を恐れたのである。

 一年後に行われた、水で薄めたような作戦でもウクライナ軍はクルスクに迫り、一時期は原子力発電所も危うかったのだから、よりロシア軍の戦力が整わない時期に行う予定だったベルゴルド作戦の成功率はかなり高かったと見ることはできる。

 しかし、事実上終了、あるいは後処理段階に移行したクルスク作戦を見ると、投入された戦力に比べ、政治的効果はやはりザルジニー案の方が格段に優れていたと見ることもできる。守勢に廻った場合の防御力も遙かに優れており、クルスク作戦のように広範囲に展開しなくても周辺市町村を押さえられるメリットもある。この都市ならば、ロシア軍も南部の戦力をかなり割かなければいけなかっただろう。ガス計測所しかないスジャとは都市の価値が違っていた。

 ザルジニーは文人将軍で、戦争が始まって以降はこのウクライナ軍の総司令官についてはいくらか調べた。将軍としてはおそらくシルスキーの方が優れているが、国民の人気ははるかにあり、言動など見てもウクライナ軍という器に収まらないものを感じさせた。ベルゴルド作戦については、ロシア軍の戦力のほか、歴史や政治的効果など十分検討して提出したに違いなく、成功していれば現在の状況にも相当の変化があり、プーチン政権は存続しなかったかもしれない。

 アメリカではあまり考えている人はいないと思うが、ウクライナはアフガニスタンや南ベトナムなどと違い、それなりの人口を持ち、文明文化もしっかりした国である。トランプなどはアメリカの覇権をまだ信じている様子があるが、すでにウクライナでは過去のアメリカ外交が分析され、この国がどこまで信用できるかについては、ある程度の結論を出しているように思う。いずれにしろ、クルスク・カードはまだ生きている。

 トランプのエージェントはザルジニーにも接触し、ゼレンスキー失脚後の傀儡に仕立てることを目論んだが、同時に接触したポロシェンコ、ティモシェンコよりもすげない態度でアッサリ断られたとされる。トランプの仲間でいるには彼は知性がありすぎた。大統領になったとしても、ゼレンスキー以上の理論家で、厄介な相手になることを接触する前に見抜けなかったあたり、プーチンの電話をそのまま鵜呑みにする大統領と三流の政権の底が窺える。

 

 12日のロシア軍のスジャ入城を見て、はるばるモスクワからプーチン氏とゲラシモフ参謀長がクルスクに来訪し、ウクライナ軍を領内まで追撃してさらにやっつけるよう下命したが、このことでもあるようにウクライナのクルスク作戦はスジャの陥落で終わったというのが大方の見方だし、昨日は私もそう思ったものである。


※ このプーチンの指示から、どうもロシアはルビオらの停戦案には応じそうにないことが分かる。


ディープステートの地図

 ところが、勇士はほんとには死ななかったようなのである。参謀本部やディープステートの最新の地図では、確かに市役所含む市の中心部はロシア軍との戦闘地域・占領地域になっているが、西半分はまだウクライナ軍の管制下にあり、これはTASSの報道にあるように、ウクライナ軍がマリャ・ロクニャから敗走を続け、司令部も引き払って市街地から逃走したわけではどうもなかったみたいなのである。


スジャ中心部の航空写真

 そこで航空写真を見ると市役所の西にはいかにもな森林と、これもウクライナ軍の好きそうな大規模な穀物サイロがある。おそらく司令部はここに移動して戦っているのだろう。10日~12日の後退の早さから潰乱かと思ったが、マリャ・ロクニャの守備隊は本当にそうだった可能性があるが、どうもスジャの本隊は秩序だった戦闘を今も行っているようなのである。

 それでもここまで追い詰めたのだし、あんな倉庫は滑空爆弾で司令部ごと木っ端微塵にすればと思うが、現に30発ほど落としたが、最近の滑空爆弾は当たらない。ウクライナはここ二年でジャミング技術を飛躍的に進化させており、以前は1発落とせば爆破できた目標に4~5発が必要になっており、簡単ではないみたいである。



 保有していた戦車・装甲車もスジャ市街に突入するまでに使い果たした。現在までにクルスクのロシア軍は戦車44台、装甲車120台を失っており、これはほぼ1個旅団の装備に相当する(実際のところは編成の違いなどあり良く分からない、戦車は3個大隊戦術群相当)、12日以降は撃破数も激減しており、他の戦区もあるが、810旅団は装甲車両をほとんど失ったようだ。DPRKが1個大隊を失ったという情報もある。

 こうなってくると「終わった」報道とは違い、スジャの完全制圧は困難で、補給線を断って撤退に追い込むことがあるが、これはどのくらいの物資を搬入していたかによる。また、アメリカの援助停止が解除されたことがあり、スームィなど後方からHIMARSで攻撃される可能性もある。以下は情報を元に当方が作図したもの。



 ウクライナ軍左翼はジュラフカからノベンケに至る長い戦線で国境警備隊を中心に防備を固めている。ロシア軍はノベンケを中心に小集団で補給線であるR200号線、中間基地のユナフカの攪乱を試みているが、ウクライナ軍に阻止されている。右翼はDPRKの抑えとして配されていたグエボ村の部隊で、これはDPRK①と交戦している。

 クルスク作戦軍の本隊はマリャ・ロクニャやマフホブカの敗兵を収容し、スジャ西部でなお交戦中である。ロシア軍はマトロノフカ村に進出した810旅団本隊のほか、マリャ・ロクニャでウクライナ軍を敗走させたDPRK③、DPRK①と共に6日から行動し、予備隊と交戦して一度退いたが再編して再度マクノフカに侵攻したDPRK②部隊がある。総兵力は推定2万。

 見ての通りウクライナ軍は左右両翼がやや離れているので、隙間から攻撃すれば補給線を分断して中央軍は撤退に追い込めるが、現在までのところ、ロシア軍にそれだけの集団は構成されていない。また、ウクライナ軍もジッダ会談後は撤収を予定していたらしく、戦車や自走砲、MLRSなど重装備は後方に退げられている。スジャに残存する兵力は不明だが、数千程度と思われる。

 810旅団も含むロシアの北部方面軍は全滅した海兵旅団や空挺部隊、元ワグネルにチェチェン軍など雑多な兵力の寄せ集めで、これまでの戦いで推計6万を失ったとされる。戦線の後方にも部隊はあるが、旅団でも実兵力は数百人しかないなど当てにできない部隊が多い。155旅団も先月壊滅し、その中では810旅団は比較的兵力に恵まれていた方だが、これも何度も壊滅しており、つい最近まで戦力ゼロ評価(ISW)だった部隊である。頼りになるのは装備はロートルだが員数だけは多い(1万4千人)朝鮮人民軍で、5日からの様子を見てもドローンや滑空爆弾などあるが、実兵力では主力であるDPRK主導色の強い戦いである。マラヤ・ロクニャでウクライナ軍が敗走したことは、ドローンと朝鮮兵の相性の悪さがあった。

 現状ではまだ先行きは不透明だが、この様子ではプーチンが指図したスジャ完全制圧やクルスク州の解放、ウクライナ領内の緩衝地帯の設置は難しいものに見える。ゼレンスキーのスジャ・カードはまだ失われておらず、ロシア軍が守備隊を駆逐してウクライナ領に達するには、まだまだ時間が掛かりそうである。



 たぶんプーチンという人はトランプに比べれば人の話は良く聞くし、専門家の意見も尊重するのではないだろうか。上記のような状況もレクチャーを受け、簡単でないことは理解していたはずである。そこでクルスク視察に参謀総長・ウクライナ派遣軍総司令官のゲラシモフを随行させた意味がある。この人物は現在はロストフにおり、クルスク作戦にはほとんど関与していなかったし、実は関心もなかった。

 ゲラシモフとワグネルの反目はおよそ侵攻当時からのもので、このロシアの正統派軍人はプリゴジンや国防相ショイグが仕切っていた私兵集団をあからさまに嫌っており、共同作戦さえ忌避する様子だった。プリゴジンとワグネル没後に私兵集団の行末が問題となったが、元私兵の正規軍への編入を拒否し、新編成の軍団として元ワグネルのほか、ストームZやブチャ虐殺でウクライナ軍に目を付けられ、さんざんに壊滅させられた部隊などを加え、ロシア軍の兵隊やくざ、本軍とは別の軍団として編成したはぐれ者の集団が北部方面軍である。

 なお、ロシアでは敗残部隊の将兵は帰還が許されないらしく、部隊も補充を与えられて戦場に留まることが多くあり、編成の不揃いや練度不足から再度壊滅する例が少なくない。また、捕虜交換などで帰還した帰還兵もそのまま実戦部隊に送り込まれ、再び出陣して死ぬまで戦わせるようである。ロシアの北部方面軍は生きて虜囚の辱めを受けることを拒む、元捕虜の誇り高い兵士のほか、最近ではチェチェン兵や北朝鮮兵が加わり、日本では大坂の陣の豊臣方みたいな内情になっている。

 そういうわけで、南部にいたゲラシモフは南のロストフで燦々と日光浴をしながら、北部方面軍の諸部隊がどんなに壊滅、全滅、大苦戦しても無視を決め込んでいたが、プーチンはテレビカメラの前で総司令官にスームィまでの制圧を命じ、いくら彼がサボタージュを決め込んでいてもやらないわけにはいかなくなった。本軍のある南も士気が沈滞し、戦況は決して良くない。

 今までも似た状況はあったが、プリゴジンを蛇蝎のごとく嫌い、ワグネルを憎むこの人物は言を左右にして決して助けなかったことがある(ワグネルの乱でさえ!)。今回もたぶんそうだと思うが、彼の立場では、とりあえず失った程度の戦車は増援に送る。あるいはポフロフスクほかで前線攻勢を強化するという選択がある。後者を採る可能性が高いが、それでも元祖ハイブリッド戦術、我が国の自衛隊にも招聘され、戦争が始まるまではロシアが誇る世界的な戦術の大家、ヴァレリー・ゲラシモフである。スジャ陥落の戦略的意義を理解していないとは思えず、ここは耐え難きを耐えて最新部隊を送るかもしれない。ウクライナ軍が撤収を判断するとすれば、たぶんその時点だろう。

※ ゲラシモフは戦争が始まってしまうと狷介な性格による人望のなさや、視察と称して前線に出たらロケット弾に被弾する運の悪さ、ベルゴルドで少将をしていた甥に電話したらウクライナ軍に逆探知されて甥が狙撃されて死亡したり、プリゴジンを嫌って布陣したヴフレダルでは戦車200台を失って敗戦するなど指揮能力にも疑問符が付いており、兵士に人気もないことから、最近では顔も見なくなり、粛清説も流れていたが、どうもロストフにいるらしい。

※ ワグネルの乱でも、プリゴジンとは同じ空気を吸うことさえ嫌っていたこの大将軍はモスクワに向かって進軍するワグネルの一団を見てもほとんど何もしなかった。その間にロシアでも貴重な空中指揮機は落ち、100万都市のヴォロネジは制圧され、ヘリコプターも撃墜されたが(同時期のウクライナ軍よりワグネルが撃墜した航空機やヘリコプターの方が多い)、それも我関せずで、当然プリゴジンとプーチンとの会見にも同席せず、そのため失脚説が流れたが、写真を見ると今も地位は安泰のようであり、ラピンやスロビキンのように階級章の星の数が減っていたということもなく、プリゴジンも後に墜死したことから、別にどうということはなかったらしい。

※ 今までがこうであったとすると、彼が援軍を送らないことは十分考えられる。



 それにしても、かなり奇妙な戦いであった。そもそもなぜこの時期に攻撃したのかについては、ロシア軍が攻撃をクルスク一択に絞ったところといい、戦いではウクライナ軍もDPRKもどちらもミスを犯したが、そういう戦術レベルではない、それ以上の要因があったように見える。

 ジッダでの交渉の様子を見るに、ゼレンスキーとルビオはロシアを停戦合意される見返りとしてスジャ・カードを用意していたように見える。提案がいつ頃出てきたかは定かではないが、たぶん、スジャへの補給線の攪乱が問題になり始めた頃だろう。概ね一月ほど前の話だが、私が思うに伏せていたこの提案が半月ほど前にロシアに漏れていたのである。それでロシアはクルスク放棄の意図を知り、機先を制して急いでクルスクを攻めたのである。

※ プーチン的には条件としてクルスク撤退を提示された場合、トランプへの配慮から、断ることは難しいと考えたかもしれない。そこで先に取り除くことを考えた。

 それでも通常の防禦態勢なら、スジャのウクライナ軍はDPRK込みでも810旅団程度の攻撃は防ぎ切っただろう。そうはならなかったのは重火器の移転など退却準備がロシアに知られており、さらに810旅団など攻略に当たった部隊がチェチェン軍などで増強されていたことが知られずに済んだことがある。そのためこれらの部隊に振り当てられたウクライナ軍の兵力も僅かで、それが防衛線の突破や一部の戦線崩壊に繋がったことがある。つまり、情報がホワイトハウスから漏れていた。戦術レベルで勝敗を決する前に、戦略レベルで著しく不利だったのである。

 ウクライナ軍の編成や装備、作戦計画などもっと重要な情報まで漏れていた可能性がある。ことスジャ攻略戦においては、アメリカとロシアは手を組んでいた。

※ 作戦の前後で大統領令によりマクスター社の衛星画像情報の提供が禁止されたが、この民間会社は高精度な撮像装置を持ち、ウクライナ軍も個別に契約して情報を入手していた。スジャ攻略にチェチェン軍など増援が送られたことは確かなので、提供の禁止はこれら増援部隊の集結をウクライナ軍に察知させない目的もあったと考えれば筋が通る。なお、提供は戦闘の帰趨が見えた後に再開されている。

 私がウクライナ軍の参謀ならまずこれを疑うし、これは戦いの経緯を観察していた欧州や諸外国の作戦参謀も同じだろう。アメリカに渡す情報は今後は慎重にならざるを得ないし、そういう措置はたぶん、トランプが大統領である限り、どこの国もたぶんすでに行っていると思う。

 昨日にも書いたが、クルスクでの敗戦について、司令官シルスキーは方面軍司令官を解任し、理由は説明されなかったが防衛体制の不備によるものと噂されている。が、解任されたクラシルニコフ少将の言によると、少将は2024年の1月には方面軍司令官の任を離れており、後任が任命されていたことから、解任はおかしいという話である。ウクライナの人事制度には不可解な所がたまにあり、戦闘に影響のない、無任所司令官の解任にはそれなりの政治的意味があったはずだが、現時点では良く分からないものになっている。

 

※ ウクライナでは解任された人物がほとぼりの冷めた頃にしれっと復活したり、何事もなかったかのように勤務を続ける例がままあり、クラシルニコフについても実情が分からないと何ともいえないものがある。当方の推測ではクルスク派遣軍はウクライナでも戦闘経験豊富な有能な指揮官が多いことから、彼らがゼレンスキーの逆鱗に触れて解任されないように、クラシルニコフはシルスキーがあらかじめ用意していた詰め腹将軍だったと考えている。