「あのおかしな二人」とは、CNNのニュースで耳にした言葉だが、「二人(トランプとマスク)」が誰を指すかは、もはや説明不要だろう。トランプ氏はクルスクでウクライナ軍数千人が「包囲されている」とロシアの見解をオウム返しに繰り返し、停戦提案を事実上拒否したプーチンと「生産的な」協議をしているとしている。ロシアの指導者がツッコミを入れた部分が、ルビオとウクライナの原案に大統領が「付け加えた」部分だったことが泣かせる。
※ 監視の困難さからウクライナ案では停戦は空中と海上で行われるものとしていた。それを「包括」とし、地上線を加えたのはトランプである。これで停戦案は実行不可能なものになってしまった。
相変わらずトランプとプーチンは謎の友情を育んでおり、「ロシアの信義」という大統領とマスク以外は誰も信じていないものを信じているあたり、ルビオ長官はそろそろ辞表の下書きをした方が良さそうである。いずれにしろ、ボールは返ってきた。
そのクルスクの戦線だが、実を言うと謎が多い。元々クルスク作戦はそのリスクの高さから参謀本部でも別枠で、報告書に記載されるようになったのは最近のことである。先の戦いで敗走したクルスク軍はスジャを放棄し、クルスク作戦は事実上終了したというのが大方の理解なのだが、どうもそう簡単でもないらしいというのは昨日図で書いた。
昨日の図、ウクライナ軍はスジャ中心街で抗戦している
ただ、この図には問題がないわけではなく、ロシア軍はスジャに記者を入れ、奪取した街の様子を撮影させたとしているが、こういうことは前線がすでに離れている場合に行われることで、様子だとロシアの公式発表通り、街はロシア軍の管制下にあるように見える。上図のような接触は少なくとも現時点の報告では見ることはできない。なので、ウクライナ軍中央の前線位置は不明である。
が、もう3日目なのである。ウクライナ軍やディープステートの報告ではスジャは西半分がまだウクライナ軍の管制下にあり、ロシアの進軍は12日から停止している。大きくもない街の半分を占拠しているのに、おかしなことだ。
ディープステートのスジャ市街図、マークは市庁舎
撮影された映像も教会はかなり北のチェルカソエ村、NHKや日テレで流された学校はスジャの隣ミルニ町のものであり、前線から1キロ以内に近づいたものはなく、どうも特徴的な市庁舎を含む町の中心部はロシアも見せたくないもののようである。中心街はシルスキーは「完全に破壊された」としているが、ほとんど抵抗なく建物は比較的無事というロシアブロガーの話もある。なお、奪還の過程で100人ほどの住人が救出されてロシア軍に保護されたとのことだが、スジャの住人は5千人である。
やはり市庁舎の西にあるオレシュニャ川の森林地帯を境に防衛線が敷かれており、スジャの中心街は砲撃と爆弾ですでに廃墟だが、ロシア軍は一昨日には北側、昨日には南側とウクライナ軍の左右両翼の間隙を縫った交通線の遮断を試みており、これは正面攻撃が難しい場合の判断である。スジャに到着したロシア軍の正面にかなり強固な防禦陣が敷かれていることは間違いないようだ。
ウクライナ参謀本部発表の図
攻略に当たった部隊の装備や構成についても様々な説がある。Forbes誌は各戦線から抜き出された「ルビコン」ドローン部隊が一挙にウクライナ軍車両数百両を破壊し、機動部隊を粉砕して市街地になだれ込んだとしているが、その数百台はウクライナ軍が得意なバルーンダミーかもしれない。遺棄された戦車、装甲車の写真もあったが、いつ破壊されたのか分かったものじゃない。数も少なすぎる。それにそんな急攻戦力なら市の半分などといわず、一日で市の全域を制圧できたはずだ。
※ それでも写真を見るとマリャ・ロクニャの周辺でウクライナ軍が潰乱状態に陥ったことはどうも確かのようである。が、他はそれほどでもなかったように見える。
もう一つの説は襲撃に際しては各戦線から予備隊が掻き集められ、それなりの戦力(一個軍団(三個旅団)以上)で攻撃したというものである。同時期にポフロフスク、トレツクでウクライナ軍が勝利したのはこれら予備隊がクルスクに移動していたためで、マクスターの提供停止は戦力集中の意図を隠すためのものである。ただ、クルスクでは侵攻の当初からロシアは三個旅団以上が迎撃に当たっていた。それにそれだけの戦力なら戦車30台くらいの被害で進軍を停止するのはおかしい。
※ この説だとテレビに映っていたゲラシモフは予備隊の提供で作戦に協力したことになる。今までの行状から見て考えにくい話で、風邪でも引いたか、毒でも盛られたか、何か悪いものでも食べたのかもしれない。
※ ゲラシモフと北部方面軍の反目については先に書いたが、今回の場合もあまり積極的に助けたとは思えないことがある。ワグネル・北朝鮮とロシア本軍との共同作戦という技術上の問題もある。
ロシア軍はスジャに入城した当初から南北から部隊を侵入させ、左右両翼の遮断を試みていることは明らかなので、戦力に余裕のない場合、ロシア軍はやはり迂回して中央のウクライナ軍を包囲に掛かると思われる。ただ、ウクライナ側もこれは考慮しているはずで、スジャからR200号線に沿った村落は要塞化され、DPRKと810旅団程度の戦力では包囲は完遂できないと考えられる。ロシア軍が今後もかなりの数の部隊をクルスクに貼り付けておく必要性はまだある。
※ 予備隊やルビコン軍団まで投入してようやく倒したというのであれば、それまでクルスク戦線はロシア番外地であったことから、戦力の誘引というウクライナ軍の当初の構想がようやく生き始めたことがある。
左翼のノベンケでは12日以降も交戦区域が拡がっているが、これはロシア・DPRKが新たに投入した4輪バギーの効果による。これは歩兵よりも速く、2人ないし4人が乗車して走行する中国製の4輪オートバイだが、当然のごとくドローンや砲撃には無力で、ホンダ車をコピーした中国製オートバイも相変わらず用いられているが、ここでの領域の拡大はさほど憂慮する必要はないものに見える。
とりあえず、ウクライナのクルスク軍集団が包囲されているというトランプの発言は例によって間違いのようである。ロシアは作戦に先立ち膨大な量の戦争情報を発信しているが、実のところは、彼らが言うほどウクライナ軍は負けてはいないし、戦力を失ってもいない。
ウクライナ軍参謀本部の抗議文
このクルスク作戦の原型は一昨年に提出されたザルジニー将軍のベルゴルド攻略作戦だったとされる。ベルゴルドはハルキウの北60キロ、国境から30キロにある人口33万の大都市で、人口十万以上の都市としてはウクライナに最も近い位置にある。西部管区軍の司令部が置かれていたが、この軍隊はハルキウの戦いで潰走し、二年前のウクライナ軍なら進出して占領できる可能性は十分あった。現在は中央管区軍の司令部が置かれ、ハルキウ、ボルチャンスクへのロシア作戦の策源地となっている。
が、想像の通りアメリカの反対があり、ザルジニー自身も同年の反転攻勢の失敗で解任されたことから、作戦案は日の目を見ずに終わった。それを手直しし、水で薄めたような作戦がウクライナのクルスク作戦である。バイデン政権が反対した理由は語るまでもない、ロシアの核反撃を恐れたのである。
一年後に行われた、水で薄めたような作戦でもウクライナ軍はクルスクに迫り、一時期は原子力発電所も危うかったのだから、よりロシア軍の戦力が整わない時期に行う予定だったベルゴルド作戦の成功率はかなり高かったと見ることはできる。
しかし、事実上終了、あるいは後処理段階に移行したクルスク作戦を見ると、投入された戦力に比べ、政治的効果はやはりザルジニー案の方が格段に優れていたと見ることもできる。守勢に廻った場合の防御力も遙かに優れており、クルスク作戦のように広範囲に展開しなくても周辺市町村を押さえられるメリットもある。この都市ならば、ロシア軍も南部の戦力をかなり割かなければいけなかっただろう。ガス計測所しかないスジャとは都市の価値が違っていた。
ザルジニーは文人将軍で、戦争が始まって以降はこのウクライナ軍の総司令官についてはいくらか調べた。将軍としてはおそらくシルスキーの方が優れているが、国民の人気ははるかにあり、言動など見てもウクライナ軍という器に収まらないものを感じさせた。ベルゴルド作戦については、ロシア軍の戦力のほか、歴史や政治的効果など十分検討して提出したに違いなく、成功していれば現在の状況にも相当の変化があり、プーチン政権は存続しなかったかもしれない。
アメリカではあまり考えている人はいないと思うが、ウクライナはアフガニスタンや南ベトナムなどと違い、それなりの人口を持ち、文明文化もしっかりした国である。トランプなどはアメリカの覇権をまだ信じている様子があるが、すでにウクライナでは過去のアメリカ外交が分析され、この国がどこまで信用できるかについては、ある程度の結論を出しているように思う。いずれにしろ、クルスク・カードはまだ生きている。
トランプのエージェントはザルジニーにも接触し、ゼレンスキー失脚後の傀儡に仕立てることを目論んだが、同時に接触したポロシェンコ、ティモシェンコよりもすげない態度でアッサリ断られたとされる。トランプの仲間でいるには彼は知性がありすぎた。大統領になったとしても、ゼレンスキー以上の理論家で、厄介な相手になることを接触する前に見抜けなかったあたり、プーチンの電話をそのまま鵜呑みにする大統領と三流の政権の底が窺える。