これは今日の報告だが、「シャヘド無人機が169機来襲して、ウクライナ空軍が89機を撃墜し、51機はレーダーから消えた」の「レーダーから消えた(go off rader)」というのはウクライナの婉曲表現で、電子妨害が成功したことを指す。方向を見失ったドローンは墜落するか、そのまま進むか、元来たコースを引き返すかだが、今日の報告だと29機が着弾したようだ。
普通はこれで終わりだが、先日小耳に挟んだ小咄にこんな話がある。
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ザルジニー将軍が司令官だった頃、ルーマニア当局から司令官事務所に電話があった。ドローンがルーマニア領に墜落して、住人に被害が出ていることは外には言わないでくれという話だ。戦争しているのはウクライナとロシアであって、巻き込まれたくないということらしい。
少し後、またルーマニアから事務所に電話があった。
「どうして電子妨害装置をオンにしたんだ! ドローンがこちらに飛んでくるじゃないか!」
ザルジニーは怒って言い返した。
「撃ち落とせばいいだろう! そちらにはF-16が40機もあるじゃないか!」
NATO第5条、司令官は知らないことになっている。
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これは退役したザルジニー自身が講演会で披露した小咄で、将軍は昨年2月まで司令官だったことから、その間の話ということらしい。NATO第5条は加盟国が攻撃された場合の集団的自衛権を定めた規定で、NATO加盟国のルーマニアも攻撃されたなら加盟国と共同して反撃しなければならないが、他の同盟国の手前、被害を隠蔽しようということだったらしい。同様のことはポーランドにも言える。シャヘドにS300ミサイルと、ウクライナ戦争の流れ弾は周辺国にもいろいろ飛んでいた。ウクライナ自身のミサイルもある。
「レーダーから消えた」表現は、ザルジニー時代の末期にはすでにあったと思うが、「消えた」ドローンがどこへ行ったかは関知しないというのが、現在もウクライナ軍の基本スタンスである。このドローンの航続距離は長く、ロストフから撃ってもルーマニアのほか、ポーランド、チェコ、ハンガリーにバルト三国には十分届き、ベラルーシに向かうものもあったが、ベラルーシ空軍がミグ29をいちいち出撃させ、ニュースになったことは何度かある。
が、領土面積を考えるに、ポーランドとルーマニアも相応の被害を受けていたはずで、報道されないのは両国がNATO加盟国でブリュッセルから口止めされていたためと思われる。迎撃行動も抑制していたらしいことが小咄からも窺える。
※ ルーマニアはそれまで用いていたミグ21の後継機として近代化改修したF-16を40機程度運用しており、エンジンや電子装備がアップデートされ、性能もウクライナ空軍のミグ29より優れていた。
シャヘドドローンの性能(航続距離1,500キロ)から、届くのは東欧諸国に限られ、NATOの中心国であるドイツやフランス、そしてオーストリアなど先進国の手前では燃料切れで落ちるので実感しにくいこともある。NATO加盟国に対するロシアの攻撃は侵攻初年から行われていた。第5条発動の状況はあったのである。
発動しなかったのは、東欧諸国に散在する納屋や民家、牛小屋の炎上はイギリスのジョンソンやフランスのマクロンにはボヤにしか見えなかったし、又聞きしたアメリカ大統領のバイデンにはもっと無視して良い事柄だったことがある。シャヘドドローンは1機あたり30キロの爆薬を積んでおり、これはバンカーを吹き飛ばすには威力不足だが、木造家屋やアパートを倒壊させ、山火事を起こすくらいの威力は十分ある。加盟国同士が密かに融通し合い、補償はたぶん手厚くしたに違いない。
ザルジニーの肉声は最近初めて聞いたが、ゼレンスキー同様低いバリトン声で、どうもウクライナではこういうタイプに人気があるらしい。日本ではどちらもドスが利きすぎると感じるが、東欧人の好みは日本とはだいぶ異なる。内容はやはり機密に抵触すると考えられるが、当人やゼレンスキーの主張を考えるに、元将軍がこれで処罰される可能性はほとんどないだろう。
例の和平交渉については、トランプ政権はトランプ本人も含め、モスクワに送った特使が一人残らず全員ロシアに洗脳されて帰って来るという問題があり、先週のウィルコフの放言はウクライナ国民の憤激を買った。二日前はやはり特使のグレネルが「ウクライナの核はロシア製」と言い出すに及んで、トランプが任命した特使たちの放言はウクライナ国民やEUを呆れさせている。ゼレンスキーはウィルコフの一連の発言を有害としつつも、特使を「別の惑星から来た人」と評している。
ウクライナはロシア、ベラルーシと並ぶソ連邦構成国の一国で、かつ、その中でもロシアに次いで有力な連邦創設国である。件の核はソビエト連邦製で、国際連合の創設時には三国で議席を一つづつという提案もあったくらいだ。ソ連の継承国であるウクライナが核を持っていたのは当たり前で(核だけでなくミサイル戦艦も空母も持っていた)、ロシアに譲ってやったことはあっても、ロシアの核を預かって保管していたことはない。
とはいうものの、大した問題ではないかもしれない。恐喝的なトランプ政権はシグナル疑惑で自壊状態であり、彼らがウクライナに何を求めようと約束しようと、それが履行される見込みは、今後はほとんどないからだ。