はじめに

 

 先にノーバヤ・ガゼータ紙のトランスクリプトを紹介したが、同様のものはNHKにもあり、どちらを参照しても大筋は同じだが、省かれていたり(バイデンの悪口など)、表現が手直し(重複表現、丁寧表現)されている部分がどちらにもある。忖度なしはガゼータ版(自動翻訳)なのでそちらを優先するが、ガゼータ版が元にした「ニューヨーロッパ」の英文原稿は見当たらなかった。

 イギリスではスターマー、マクロン、ゼレンスキーの三者がトランプへの謝罪と停戦案を検討しているが、謝罪すべきは実はトランプで、問題も彼にあることは今や世界の知る所である。しかし、この戦争につき、彼はいったいどんな像をウクライナに見ているのか、それが分からなければいかなる譲歩も効果ないことがあり、原稿を参考に順序は前後するが、そのあたりを探究してみることにしたい。なお、今回はトランプ氏の内面を探るのが目的なので、マスコミ等で取り上げられそうな扇情的な表現は避けるのが当方の流儀である。


Ⅰ.トランプらの発言で当方が気になったコメント

1.「ロシア人とウクライナ人と(トランプ)」
 

 会見中ずっとトランプはロシアを先にウクライナを後に発言している。ウクライナ大統領の目の前である。彼の優先順位がロシアにあることはこのことでも分かる。つまり、ウクライナは国として認識されていない。

2.「毎週二千人、三千人の兵士を失っている(トランプ)」
 

 実際は毎週ではなく毎日である。このことで彼がウクライナ参謀本部発表の定時報告を読んでいないことが分かる。戦争を通し、より正確な情報を発信し、頻度も高かったのはウクライナで、ロシアの公式報告は数字が粗大で、それだけ取り上げればウクライナ軍は30回くらい全滅している計算になるので、トランプといえどもそれは信頼できないだろう。より堅実な数字としては英国国防省の数字があるが、それすらトランプが口にした数字より遙かに大きい。つまり、大統領はスタッフから戦況報告を受けていない。

3.「援助額3,500億ドル、無担保『融資』(トランプ)」


 ヨーロッパはそんなことはしないと彼は言っているが、実の所はヨーロッパもウクライナへの支援は大部分が援助(贈与)である。これはフランス大統領マクロンが会談でトランプに直接言及した。国務省のスタッフに問い合わせればすぐに分かる話のはずだが、彼の主張は選挙当時のままである。

4.「彼らは我々の土地にやってきた(ゼレンスキー)」


 それで戦争になっているのだが、トランプ氏は否定も肯定もしていない。ロシアを「侵略者」と断ずることを避けたことについては、交渉上のテクニックと後に弁明している。しかし誰が見てもロシア軍は主権国家ウクライナの国際的に認められた境界線以内で戦闘を行っている。

5.「バイデン政権下で彼らはとんでもなく裕福になった(トランプ)」


 ウクライナへの安全保障の提供は会談の前からトランプが言を左右にしているところだが、記者の質問の直後に彼はハマスの襲撃とガザ戦争を引き合いに出した。「(ハマスに)アメリカが資金(3,000億ドル)を提供し、テロ攻撃が起こった」という言い分とウクライナに共通する所があるとすれば、ウクライナ政府はハマスと同じ武装集団で、主権国家ではないという認識になる。3千億ドルという金額も彼が主張するウクライナへの支援額3千5百億ドルに近接しており、大統領の認識ではこの程度が世界的テロ団に米国が融通するのに適当な金額である。

 この話題の直後、彼はゼレンスキーの服装を褒め称えている。Tシャツ姿の彼の服装が反国家集団の首領にピッタリだと感じたからだろう。ある意味、今会見でのトランプのスタンスを最もよく示した場面である。この時はまだ罵り合いにはなっていなかった。

6.「他の人の悪口を言うのはいいことかもしれませんが(トランプ)」


 ゼレンスキーがロシアの協定違反やミサイル攻撃の例を挙げ、安全保障には実兵力が必要であること、戦争の淵源はプーチンのウクライナに対する強い憎悪にあること、侵略したのはロシアで、(凍結資産など通じ)その代償を支払う必要があることを述べた後の応答だが、トランプは言葉を濁し、平凡な一般論に話をすり替えた後、ポーランドはNATOを頼りにできるが、ウクライナやバルト三国はそうではないと示唆している。また、「彼らは互いを好きではない」とし、国家間の問題を指導者二人の個人の争いに矮小化している。これはプーチンの構想と合致する上に、一方が侵略国で他方が被侵略国という前提が共有されていない。

7.「オデッサについては話したくない(トランプ)」


 記者の質問に対し、ウクライナの都市は全て破壊されているとしたが、ガザ地区と同じ論法で、破壊された都市の中にはオデッサも含まれることから、この都市はウクライナから取り上げようという算段が見え隠れする場面である。実際は主要都市は一つも破壊されておらず、完全に廃墟になった都市はマリウポリくらいである。すぐにゼレンスキーが訂正した。

8.「彼はロシアの誤報を生き抜かなければならなかった(トランプ)」


 彼とはプーチンで、誤報とはフェイクニュースのことであるが、実際にドイツに60以上の拠点を持ち、何年もフェイクニュースをばら撒いてきたのはロシアである。報道機関の信憑性もロシアはウクライナ、西側諸国のそれに比べずっと低い。

 発言の直後に彼はイギリスにおけるフェイクの摘発を非難しているが(検閲と呼ぶ)、トランプ氏を当選させた2016年の大統領選挙にロシアの介入があったことは後の故プリゴジンの証言や上院公聴会で明らかになっている。プーチンの工作の実態が明らかになれば、自身も危うくなることがある。彼の言う言論の自由とは政敵を罵倒したり、事実無根のスキャンダルで追い詰める自由である。伝統的な憲法解釈論では、これらは言論の自由の保障対象に入っていなかった。

10.「しかし、それは本当に必要ではありません(トランプ)」


 フェイクニュースや安全保障の問題と比べると、契約の要である鉱物資源については至って淡泊である。ゼレンスキーとの合意が彼にとって重要なものではないことが伺え、また、鉱山を誰が守るのかという問いには、再侵略などありえないとして一蹴している。

11.「私は誰の意見にも同意しません(トランプ)」


 プーチン寄りすぎるのではないかという質問に対する返答。ゼレンスキーのプーチンに対する憎悪を引き合いに出し、ウクライナ大統領の態度が交渉の障害であることを示唆している。侵略者プーチンの性行や憎悪については何も触れていない。バンスが大統領に同調し、ここで交渉の破局と「ゼレンスキー=悪者」が確定した。が、これは苦しいレトリックの成り行き上のものである。彼はゼレンスキーに(彼とプーチンが合作した)あらゆる提案を無条件で受け容れることを望んだが、実直なウクライナ大統領はその機微が理解できなかったし、理解できても内容の凶悪さから受け容れる義理はなかった。ゼレンスキーは彼から給料をもらっているトランプ社の従業員ではなく、対外的に独立した主権国家の元首であることもある。

12.「カードをしに来たんじゃない(ゼレンスキー)」


 以降はテレビでも何度も流されたバンスとゼレンスキーの口論、交渉はここで決裂し、残りの10分間はトランプとバンスによるゼレンスキーへの罵倒とオバマ、ヒラリー、バイデンなど歴代民主党指導者への誹謗に終始し、何も言えなくなったウクライナの指導者はすごすごとオフィスから退出する。正直読むに堪えないが、もう少し触れておく。

13.「もし今すぐ停戦が成立するなら、同意しなければならない(トランプ)」


 トランプにそれを行う権限はなく、ゼレンスキーも侵略を受ける側で無条件降伏以外に選択肢がないことから、それを行えるのは侵略者であるプーチンである。が、トランプとの合意がどうしてプーチンとの停戦になるのか、停戦を担保するだけの実力がアメリカ軍にあるのか、派兵の準備はできているのかにつき説明されたことは一度もなく、あるのは不明瞭なトランプ氏とプーチン氏との「友情」だけで、これではゼレンスキーでなくても同意はできないだろう。

14.「あなたはまったく感謝の意を示しません(トランプ)」


 悪徳弁護士ロイ・コーン直伝、「相手が全て悪い」である。映画にまでなっているので、もはや説明不要だろう。そもそもトランプは戦争中にウクライナ援助を邪魔するなど、援助らしいことは何もしていない。日本でのコーンの隔世遺伝的な弟子は元維新の会の橋下徹がいる。


Ⅱ.トランプ失敗の原因

 交渉に失敗したのはゼレンスキーとされているが、失敗したのはトランプである。また、キーウに赴き、ウクライナ国民に謝罪すべきなのもトランプである。

1.当選一ヶ月、勝利の浮かれ騒ぎ

 大統領選挙の集計が終わったのは去年の11月だが、確定したのは1月で、同月20日に就任したトランプとその陣営はいわば勝利の浮かれ騒ぎの中にあった。勝利の高揚感が細部への考慮を怠らせ、配慮不足の傾向があったことは否定できないだろう。つまり、困難な交渉を行うのに適当な時期ではなかった。にもかかわらず100以上の大統領命令を発布し、そのほぼ全てで問題を起こしている。

2.マスク団による官僚制度の攪乱

 時期に問題がある上にさらに悪かったのは、トランプと一緒にホワイトハウス入りしたマスク社のイーロン・マスクがドッジ団を率い、既存の官僚制に対しゲシュタポ活動を始めたことである。

 トランスクリプトを読んで首を傾げたのは、アメリカ大統領ほどの地位の者なら当然知っているべき情報、理解がトランプの場合はあるように見えないということであり、これは本来レクチャーすべき国務省や国防省、中央情報局の諸官僚がドッジ団の凶刃に斃れ、機構が機能しなかった様子が窺える。というより、トランプの持つ情報は選挙当時のFOXニュースやニューヨークポストのヨタ記事のままで、大統領として迫力に欠けること甚だしい。

 ウクライナという国を理解するには、この国が併合や分割、国境線の変更を頻繁に繰り返してきたために、現在の状況を説明するアイデンティティの把握が不可欠である。ある年代以上(私も含まれる)では、この国はソ連邦の一部であり、キエフは小モスクワでロシア人が牛耳る国という印象があるが、これは2014年にクリミアが併合されても世界の大多数が無痛覚だった理由の一つである。クリミアと聞いて多くの者が思い浮かべるのはセヴァストポリの軍港とクリミア戦争での軽騎兵団の突撃である。主役はロシア人で、コサックやクリミア・タタール人などはいない。

 が、実際は強固なアイデンティティを持つモスクワとは別の民族であることは、文化や歴史、言語や通貨などの違いも相まって把握されなければならないことである。それが理解できなければ、ウクライナ戦争が血みどろの戦いになっている理由が理解できないことがある。

 会談でトランプはこの戦争をゼレンスキーとプーチンの個人的な確執に矮小化したが、これは彼が上述の事情からオフィスで良質なレクチャーを受けられなかったことに起因する。受けても出来の良い生徒であるとは限らないが、ドッジ団の横行がホワイトハウスに政治外交分野の空白地帯を生み出したことがある。

 トランプ自身は巷で言われているほど横暴でもAHOな人物でもないことはいくつか傍証があり、またそれだけの人物が合衆国大統領に上り詰めることもありえないが、マスクによる自縄自縛で彼の知的渇望を満足させる人物は彼の周りにはいなかった。それを良く見ている人物がおり、その人物は別の所からやってきた。

3.師はウラジミール・プーチン

 ウクライナ戦争の真の原因、ウクライナ人のアイデンティティについて明確な説明ができる人物は彼の身内ではなく、ロシアからやってきた。その名はウラジミール・プーチン、トランプ当選が近いことを見た彼は選りすぐりの講師団をニューヨークに送り、未来の大統領候補にウクライナ情勢についてレクチャーした。時には彼自身が電話台に立ち、大統領候補者の疑問に答えることもあった。

 それが彼の知的好奇心を十分満足させたことは、ほとんど洗脳されたようにしか見えないアメリカ大統領のカルト的言動で理解できる。以前のように「ゴールデンシャワー」で脅し上げるだけではこの人物は動かないことを、このロシアの独裁者は良く知っていた。彼は凶悪な指導者ではあるが、知的能力はトランプを遙かに上回っており、その弱点も熟知していた。プーチンは手強い人物で、互角に張り合えた西側の指導者はオバマと、やはり物理学博士のアンゲラ・メルケルだけである。

 兵役を忌避し、学業を中途で放棄したトランプには根深い学歴コンプレックスがあり、自分より知的能力の高い人物(オバマ、メルケル)の前では非常に礼儀正しく紳士的なことが知られている。現にトランプはバイデンについては糞味噌に言うが、ハーバード大学の憲法学教授であるオバマの悪口はあまり言わない(皮肉や陰口は叩く)し、言ってもバイデンらと十把一絡げである。

 このようにプーチンへの傾倒が私淑の域にまでなっている場合は、罪深いのはあの電気ロケット野郎だが、ゼレンスキーがそれを覆すことはほぼ不可能と言うことができる。彼にとってバイデン、ゼレンスキーは自分と同じ俗物だが、オバマ、メルケル、プーチンは雲の上の人物である。

 従って、周囲に有能で信頼できるブレーンのないトランプ氏の場合は、ウクライナ情勢の理解は当然プーチンのそれをなぞるものになる。ウクライナはノヴォロシアであり、現在のウクライナ政府はマイダン革命の際にクーデターで政権を乗っ取った反乱分子の末裔であり、ゼレンスキーはその首魁で、ウクライナ文化などはまがい物で、本流ロシア文化はキエフ・ルーシ国を継承したロシアにこそあるのだというものである。実を言うとプーチン自身、自身の歴史観への自信から、侵攻は住民の歓迎で迎えられると思っていた。

 トランプがゼレンスキーの服装(軍用シャツ)を皮肉ったのは、この服装が主権国家の元首というよりは、辺境ゲリラ団の首領にこそふさわしいと得心したことによる。ゼレンスキー痛恨のミスだが、彼も相手がまさかウクライナを主権国家とみなしていないとは思っていなかっただろう。Tシャツは彼のアイデンティティだが、この場合は別の服装の方がはるかに良かったのである。タリバンですらスーツを着ればまともに見えることがある。

4.会社経営=政治ではない

 トランプ氏は父親の代から社長だが、大会社の社長というのは、ことアメリカでは楽な稼業である。近年流行のリストラクチャリングとアウトソーシングの世界では不都合な真実は全て社外に放逐してしまえば良く、バランス・シートが黒字であれば、失業者は国の失業給付に押しつけて恥じず、産業廃棄物を地球の裏側の楽園に捨てても見て見ぬふりで、国によっては缶コーヒー1缶くらいの低賃金で労働者を奴隷労働させてもお構いなしである。不法移民も利用できるだけ利用して、不要になったら国外追放すればいい。

 こんな人間が年収何億円もの報酬に値するかどうかは別の問題だが、日本にも「くず」が山ほどいるが、トランプのように世襲で会社経営に慣れた人間の場合は別の問題がある。それは自分の能力の欠けている部分は誰かが勝手にやってくれるということである。

 ゼレンスキーとの会談は首脳同士の話し合いというよりは、トランプ社の重役会議のようであり、一人の相手に対して複数の閣僚が列席する光景は経営会議そのものであった。社長は好き勝手なことを喋り、具体的なことはあまり言わず、側近がフォローする光景もあまり能力のない社長の率いる会社では日常的に見られるものだ。意向は重役を通して伝えられ、社長は手を汚さずに生殺与奪を思うがままにできる。会談ではJDバンスが「かませ犬」であった。

 こういう会談は通常の国家間協議ではあまりない。トップは一対一で話し、テレビではあまり出ない激しい応酬もこの時交わされる。合意がまとまれば記者会見し、にこやかな笑顔で互いを称え合う。プーチンですらこのプロトコルを守っている。ルーズベルトの執務椅子には「ここから後はない」と書かれ、彼が最終的な責任を取る旨を明言していたが、忖度の横行する社長スタイルでは、国家間で拘束力を持つような責任ある合意はできないのである。

 ウクライナの法では、ゼレンスキーが調印した協定はラーダに掛けられ、その承認を得なければならない。社長同士の合意で営業譲渡が決まる会社とは異なるのであり、当事者を考慮しない社長スタイルは国際政治では機能不全を起こすのである。アフガニスタンでも、彼は現地政府の頭越しにタリバンと交渉したが、それが後の政権崩壊に繋がったことは指摘のある話で、今回の協定でも類似性を指摘する意見がある。国家は失業者、障害者も含む全てに責任を持つ必要があり、社長スタイルでは運営できないのである。

 実際の会談においては、舌鋒鋭いゼレンスキーにトランプは何度も追い詰められ、バンスやルビオが助太刀に駆けつけたが、ひきょうであると同時に、追い詰められて安易な記憶(なので当方は彼を理解しやすい)にしがみつく「社長」の醜態は彼自身バツが悪く、この上ない非礼と感じたものに違いない。トランプ社の重役会議では絶対に起きないことだからだ。

 会談で大統領がウクライナ指導者に個人的怨恨を持つに至ったことを見て取ったグラハム上院議員はゼレンスキーに辞任を示唆したが、間の抜けた話である。ウクライナ大統領の後任を選ぶにはミサイル飛び交う投票所にウクライナ国民が辿り着いて投票しなければならないのであり、開票作業をどう行うかとか、当然選挙管理事務所や投票箱はミサイルの標的になるので、親ウクライナ派の上院議員は期せずして大量殺人の教唆をしたことになる。ゼレンスキーを辞めさせることはできない。

 このことも、会談の前に検討しておくべき事柄であった。ウクライナの事情は「ユー・アー・ファイアー」で片付く話ではなく、頭の足りない社長が部下に助けてもらってまとめられる話でもなく、そもそもスタイルが全面的に間違っているのである。辞められないことが分かっていれば、トランプのウクライナ大統領への接し方はもっと慎重な、違ったものになっていたはずである。

5.追従者たち

 上記と関連するが、これがいちばん罪深い。彼らはトランプから給料をもらっている者もいるが、もらっていない者もあり、何らかの利得のある者もいるが、電気マスクのように個人的動機で行動する者もいる。その行動はあらゆる場面におけるドナルド・トランプという人物の弁護と擁護であり、手段に独創性がある場合もあることから、ある意味ドッジ団以上に大統領の目を曇らせ、誤った判断に導く者どもである。

 かつてのアメリカは清教徒の国だったが、倫理を軽視する傾向が専横に拍車を掛けていることは否めない。しかし、倫理を最も声高く主張するのもこの連中であり、我が国では自民党シンパとネットウヨクである。その倫理は歪んでおり、もはやかつての寛容さや優雅さをとどめてはいない。これについては以前も取り上げたソルジェニーツィンの言葉をもって当方の見解としたい。

"Let lies cover everything, let lies rule everything, but let us insist on the smallest thing: let them rule not through me!"
(Aleksandr Isayevich Solzhenitsyn, Novelist, essayist, historian)

(訳)「嘘がすべてを覆い、嘘がすべてを支配しても構わない。しかし、最も小さなことにこだわろう。嘘が私を支配しないように!」
(アレクサンドル・イサエヴィチ・ソルジェニーツィン、小説家、随筆家、歴史家)


 私は伝聞情報は信じないということにこだわるし(なので私の前で噂話は無駄であるし、私もそれは釘を刺す)、こだわるものは他にもあるだろう。トランプの追従者たちについては、こういう人間にはならないということも、こだわって良いことかもしれない。


6.まとめ

 ここまであらゆる所が間違っている事例は探す方が難しい。先にも書いた通り、会談自体については、これが通常の政治家なら、その日のうち、あるいは滞在中に修繕できる程度の事故であった。これが普通の政治家なら、この戦争で今まで見てきたような人物たちなら、これはすぐに修復されただろう。

 しかし、正しい理解もない上に、旧師ロイ・コーンの影響で過ちを絶対に認めず、謝罪もしない人物相手にいったいどのような方法があるというのか、しかも、その人物が世界最大の国と軍隊の長である。トランプの興隆には、停戦を求める彼の志向とは裏腹に、地球規模での流血と破壊の臭いしかしない。

 ウクライナはもうしばらくの間、戦う必要があるだろう。それは第三次世界大戦の始まりになるかもしれないが、私としては、あからさまに愚かな人間も少なくないが、人類全体としては、もう少し利口になっていることを信じるようにしたい。
 

Слава Україні!

 

 前回の補足である。

 

 

 

 トランプ・ゼレンスキー会談についてはすでにいくつもの会見録が公表されているが、ほとんどが全体の5分の1、つまり言い争いとなった最後の10分間のみのトランスクリプトで、記者が質問する前に両者がどんな会話を交わしていたか分かるものはほとんどなかった。

 

 ノーバヤ・ガゼータ紙のトランスクリプトは「サマヤ・ポリナヤ(最も完全な)」会見録と銘打つだけあってしっかりした内容で、ロシア語で書かれているのが難点だが、今はブラウザの翻訳機能があるので、これは一度英語に訳して翻訳するものだが、読むのに問題はないと思う。

 

 同様のものはNHKでも公表しているが、故意に読みにくくレイアウトされており、どうして両者が衝突に至ったのかを読み取ることは大型ディスプレイがあっても非常に煩瑣である。内容はほぼ同じなので、日本語にこだわる方はそちらを読むと良いと思う。

 

 読んでみると会見の冒頭は比較的まとも、戦争捕虜の話題やエネルギーターミナルの話など政治家らしい論点が語られているが、比較的穏やかな冒頭でもトランプが前任者のバイデンを誹謗するなどし、どうも「(バイデンの)中途半端な援助に苦しめられていたお前らを助けてやったんだ」という筋書きをゼレンスキーに認めさせようと躍起になっている様子が窺える。ただ、ゼレンスキーはバイデンに恩義を感じているため、これらは軽く受け流されているが、苛立ちのボルテージが上がっていることは理解できる。

 

 残り三分の二は明らかに苛立ったものになっており、トランプの見苦しい自己顕示が目立つものになっている。問題になった服装に対する質問は比較的早い時期のものだが、少なくとも半ばまではトランプがそれで気分を害している様子は見られない。会談が壊滅的なものになるのは副大統領のバンスが介入し、口論になった後のことであるが、現在戦争中の指導者を捕まえて「プーチンと友だちになれ」は、ゼレンスキーにはとうてい呑めるものではなかっただろう。

 

 全般的な印象は先に書いた通りである。トランプはウクライナの安全保障を軽視しており、間違った前提に立って議論しており、彼が自分の考えと思っているものは彼自身の言う、「数日前に話をした」ロシアの指導者、ウラジミール・プーチンに吹き込まれたものである。別に全文を読まなくてもそうとしか思えないものであった。

 

 ゼレンスキーはまだ穏やかな会見で、弾道ミサイルを使うプーチンの意思が平和にはないことを例証したが、トランプはそれをプーチンに対する敵意と誤解し、バンスが兵力不足などウクライナ指導者の足下を見る発言をして会見を打ち切ろうとした様子がある。ゼレンスキーの言葉は実際に戦争していることもあり具体性に富んでいたが、大統領と副大統領の言葉は空疎であった。

 

 全体的に見て、トランプらは破談を策略したというよりも、準備不足、説得力不足が悲惨な結果を招いたように見える。普通の政治家なら反省し、再度の会見を申し込むだろう。普通の政治家なら、修復不能と言えるほどの事故とはいえない。だが、前回の経験から、この人物が学ばず反省しないことについては定評がある。服装などは些細なことだったが、後に破談の原因であるかのように言い訳されている。

 

 ゼレンスキーが今まで相手をしてきたのは標準的なスペックを持つ政治家だったので、ホワイトハウスを離れた後、意を決して大統領に再度の会見を申し込んだ。前任者ならば(バイデンはこんなミスをしないが)渋い顔をしながらも、再会見は受け容れられただろう。ジョンソンでも同じだったはずである。だが、現在のホワイトハウスの主は違っていた。

 

 同時通訳を付けなかったのは失敗だったが、帰路のゼレンスキーはイギリスに立ち寄り、ロシアの凍結資産を担保にした30億ドルの借款に署名し、広島でもそうだったように外遊中も時間をムダにしない姿勢を示した。見かねたチャールズ国王が宮殿に招待したが、これはスターマーによる慰労と思われる。

 会談決裂の直後、ウクライナ軍総司令官はツイッターで大統領に対する忠誠を表明し、トランプ陣営が溢れされていた「ゼレンスキー不人気、選挙で負ける論」にクギを刺した。これは議会に続くものであるが、前大統領のポロシェンコも現政権の支持と団結を表明し、共和党議員のグラハムが示唆したゼレンスキー辞任は当面起きそうにない。グラハムは親ウクライナ派で、会見の前には挑発に乗らないようゼレンスキーにアドバイスした人物だが、戦争は皮相的な同情と真の友情の違いを暴露する。ポロシェンコに至っては現在もゼレンスキーが目の敵にし、在職中の汚職で訴追しようかという人物である。

 下記はシルスキーのツィートだが、トランプにこういう人物はいない。彼はブラウン将軍やフランケッティ提督など忠良な軍人をみんな追ってしまったからである。

Armed Forces -
with Ukraine, with the people,
with the Supreme Commander-in-Chief.
Our strength is in unity.
We continue to destroy the occupier, bringing Victory closer.
Glory to Ukraine!
(General Oleksandr Syrskyi, Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine)


軍隊は-
ウクライナと共に、国民と共に、
最高司令官(大統領を指す)と共に。
我々の強さは団結にあります。
我々は占領者を破壊し続け、勝利を近づけています。
ウクライナに栄光あれ!
(ウクライナ軍総司令官、オレクサンドル・シルスキー上級大将

3月1日午前6時1分のツィート)

 


 ウクライナの方はこんな感じだが、トランプとバンスはといえば、大統領はその日のうちにマー・ア・ラゴでゴルフに、副大統領はスキーに出かけた。バンスはバーモント州のスキー場では手痛い歓迎を受けたようである。


「裏切り者」「ナチス」などと書かれたプラカードを手にする抗議者

 マジメさが違いすぎる。これではどんな提案を持って行っても、話がまとまることは決してないだろう。2日のCNNの調査では決裂の原因が誰にあるかということで、トランプ50%、バンス42%、ゼレンスキー4%とのことである。

 なお、ウクライナに対する米国の援助は当事者も言う通り重要なものであったが、不可欠とまでいえるものではなかった。2022年からの戦争関連費の内訳はEU36%、ウクライナ31%、米国33%といったものであり、兵器関連に絞るとEU21%、ウクライナ50%、米国29%で実はウクライナ自身でかなり負担していることがある。加えて米国から提供された兵器が概して中古品で市場価値の低いものだったことを勘案すれば米国の負担は10%が良い所で、残り6割はウクライナ、3割がEUで負担していたのである。なのでゼレンスキーも米国の援助については半ば諦めていた様子だったが、パトリオットなど米国製兵器を購入できることについてはトランプと交渉する気でいた。

※ 援助援助と言う割には、米国製兵器はパトリオットとジャベリンミサイル、M2ブラッドレー装甲車くらいしか目立たなかった理由である。M1戦車も旧式で、これはロシアミサイルの直撃を受けてたちどころに炎上した。ドローンに至っては使い物にならず、早々にウクライナ製にバトンタッチしている。

 いずれにしろ、言えることはトランプらの言うように2022年にジャベリンミサイルを提供したから3年も戦えたというものでは事実は全然なかったということである。むしろトランプの退任を見計らって一年後にプーチンはウクライナに侵攻した。トランプは会見でゼレンスキーがカマラ・ハリスの地盤のある砲弾工場を視察したことを利敵行為として非難したが、砲弾をアメリカの金で買っていたのでなければ言われる筋合いもない話である。バイデン前政権はウクライナ政府の自由になる金はほとんど与えなかった。旧オリガルヒらを呼び戻した最初の一年間の砲弾取引などは語り草である。このことにつき、トランプは何の関与もしていなかった(知っていたかどうかも疑わしい)。ウクライナがロシアの侵略を予期し、優れた計画を用意していたからこそ、今日まで戦い続けられたことがある。

※ そもそもジャベリンミサイルの提供をトランプに強請したのはメルケルである。

 

※ 調達経路は多岐に渡り、旧オリガルヒを介したことで着服や徴兵逃れとのバーター取引が横行し、価格も高かったが、生産工場などが立ち上がったことで昨年に整理され、不正を働いた業者は訴追されている。一時は闇市場に出回る北朝鮮製の砲弾を両軍で取り合う事態さえ生じていた。

 トランプの杜撰な頭脳は、プーチンが占領地の鉱山開発を提案した時、にべもなく撥ね付けなかったことでも分かる。思うにロシアの他の資源地帯と区別していなかったようであり、ウクライナ国民を虐殺した跡地に建てた鉱山の共同運営というものがいかに醜悪なものか、この大統領にはついぞ分からなかったようなのである。

※ 通常、英語が母国語でない場合は、流暢に話せる場合でも外交交渉では同時通訳を付けるのが慣例である(例・マクロン)。

※ 他の国相手でも、トランプとゼレンスキーのようなやり取りは密室では珍しいことではないが、公開の場で行われたことは異例である。交渉に習熟していないか、トランプによるショーというのが妥当な見方だろう。

※ ドイツには「シュトライトカルテゥア(喧嘩の文化)」という慣習があり、健全な議論での喧嘩はむしろ歓迎されるが、その場合でも結論は一つにまとまり、恨みを残すことはないとされる。相手に一方的な服従を強いるトランプのケンカ殺法がそれとは異質なことはいうまでもない。

 

※ シルスキーの階級はウクライナ戦争前は上級大将(Colonel General)だったが、この階級が2020年になくなったため、ウクライナ戦時には方面軍司令官として中将(相当の指揮官)、あるいは(無印)大将と表記も混乱していた。24年に総司令官となり、最初は大将だったが、半年ほど前からは(ウクライナ軍に今はない)上級大将としれっと自称している。この階級を授与された最後の現役将官で、今でも名乗っているのは前司令官のザルジニー大将のように退役せず、授与時から現役だからということらしい。NATO軍では大将相当。戦争を終えたウクライナが司令官の私称を改めるか否かは定かではない。

 

※ ウクライナの場合、解任されたり降格されたりした人物がほとぼりが冷めた頃にしれっと復活していることは珍しくない。情報局長のブダノフなどは何回か解任されているが今も局長としてインタビューに応じているし、大統領補佐官のイェルマークも一時は追われたはずが、今もゼレンスキーの側近として近辺にいる。

 

※ 元国防大臣のレズニコフは弁護士の生業があり、外務大臣のクレバはハーバード大学に再就職して今はアメリカにいるが、これらは復活組には入っていない。が、汚職(濡れ衣とされる)で追われたレズニコフが政府関係者向けのセミナー講師やキーウの救難訓練などに出ている映像は時折出回ることがある。

 

※ 元大統領のポロシェンコはゼレンスキーに追われる身だが、南部で軍事集団を組織してほとんど軍閥化している。ロシアのドンバス侵攻(2014年)から、ウクライナには政府所管外の軍事集団が複数存在するようになり、現在はほとんどがウクライナ軍に編入されているが、プーチンがナチスと呼ぶ極右民族系のアゾフ大隊などはその例である。

 

※ アゾフ大隊は長らく「大隊(員数300人程度の軍事単位)」とマスコミやロシアから呼ばれ続けてきたが、実際は旅団(2~3千人)規模で、リーダー(プロペレンコ)の抗議(大隊じゃない)により、最近では旅団と呼ばれるようになっている。英語のホームページや好待遇、充実した訓練など外向けPRも行っている。

 

NYタイムズ電子版から

 

 また日が変わり、トランプ・ゼレンスキー会談は会談と呼べる内容のないまま決裂したが、ここまで派手になったかはともかく、うまく行かないことは予想できる話であった。先に私はこの話を仕送りを受けている大学生の息子と田舎の親に喩えたが、案外当たっていたようだ。

 ゼレンスキーに服装について質問した人物は「アプレンティス」の元スタッフで、キエフ・インディペンデント紙によると「英語話者でない大統領を相手にするのに二人以上(大統領と副大統領)を必要とする」と揶揄されていたが、実は国務長官ルビオを始めとして閣僚勢揃いで、こういった人物まで入室を許可されていたことで、トランプ氏は最初から破談させるつもりだったという論調もある。ゼレンスキーには通訳さえ付かない冷遇ぶりだったが、ウクライナの鉱物がチャームポイントにならない可能性については前述した。

 ゼレンスキーの側にも油断がなかったとは言えない。資源協定の細目が詰まっていない状況では交渉は事務レベルで行うべきで、首脳会談は最後まで取っておくべきであった。彼一流のトップ会談でまとめようと勇み足になったことが原因と言えなくもない。直前に会談したマクロンやスターマーがまるで腫れ物に触るように接していたこともある。

 トランプ氏とバンス氏については、ウクライナ憲法のごく基本的な事項も理解していないことが明らかになった。ゼレンスキー氏を辞任させることは難しくないが、ロシアの攻撃が続く限り、現在の憲法では、彼はウクライナ大統領なのである。辞めさせることは不可能で、この点、判例まで調べ上げてウクライナ大統領の正当性を誹謗し、交渉相手に最高議会議長を指名したロシアとは緻密さのレベルが異なる。

 援助額についても同じで、すでにアメリカのウクライナ援助は千億ドル少々であること、うち借款は40億ドルにすぎないことが明らかになっているが、トランプ氏によればいまだに3,500億ドルであり、根拠も示していないことから、どうも事実関係についても検討した様子がないことが窺える。

 一方で、議題ではなかったが、前任者のバイデン政権の問題も明らかになった。アフガニスタンにしろ、このウクライナにしろ、タリバンやロシアと合意を結び、文書化したのはトランプ政権であった。タリバンのカブール制圧とアメリカ軍撤退は極めて無残な結果に終わったが、これはトランプが結んだ合意の条項が軍の派遣などバイデン政権の選択を縛っていたという話である。
 

 トランプの作った条項はあいまいで、ロシアの信義、タリバンの仁義といったあいまいなものに頼り過ぎ、事情を知る彼がいなければ機能しないようなものだった。なので破局はいつも退任後に訪れ、彼はしたり顔で「自分がいれば起こらなかった」と前政権を非難することができたのである。が、外交関係が一個人の存否で左右されるような粗雑な条約を作った本人に、実は最大の責任がある。

 ここでゼレンスキーが大統領を怒らせた理由もおぼろげながら明らかになる。ウクライナのアメリカ資産の防衛は規定がなくてもトランプ氏には「言わずもがな」のことであった。それを条項化することを求めたことで、ウクライナの当然の言い分は彼には自分に対する不信、侮辱に見えたのである。が、彼の結んだ諸々の協定とその顛末を見れば、非はやはりトランプ氏の国際政治家としてのナイーブさにある。

 ジョー・バイデンという人は外交委員会の委員を30年務めた外交の専門家で、本人もそう自負していたが、アメリカ合衆国の締結した無数の条約の中に良く練られていないものがあることには想像が及ばず、派兵条項のような当事国に負担を強いる内容については、通常は最大限の熟慮と慎重さであらゆる場合を想定し、専門家により決して言い逃れできない所まで詰めて締結されるはずと思い込んでいた誤りがある。なまじ外交の専門家であったばかりに、彼は条約は守る人間であったが、大統領としての決断力は欠いていたことがある。トランプが締結した協定はそれほど緻密なものではなかった。それを通常の条約と同じように扱った誤りがある。

 ウクライナの鉱物取引を巡る協定案は結局調印されることはなかったが、安全保障については欠陥が指摘されていた。今は誰もがそれを知っているが、締結から数年経ち、再びロシアが侵攻することがあれば、次の大統領はウクライナの失陥は承知しつつも、派兵を強制する条項がないからという理由で防衛を放棄することになるのである。顛末はあのカブール空港の飛行機にしがみつく民衆の群れのようなものになるに違いない。バイデンは行政官、外交官としては適切な人物ではあったが、大統領には向いていなかった。



 ウクライナの防衛を拒否し、細目を詰めることさえ拒否するトランプ政権がロシアの味方であることはもはや明らかである。国交を再開した同国の物資は不足しているロシアの民需品、奢侈品を潤すことになるだろう。貧困地域で志願兵を買い叩く資金もより潤沢になるに違いない。トランプのやったことは青息吐息のボクサーにタオルを投げてやり、レフェリーが一方の相手に殴りかかるのと同じである。

 しかし、トランプ=アメリカではないし、ネタニヤフ=イスラエルではない。アメリカの歴史は絶えざる暴力と無法の歴史である。アメリカの三丁目の夕日、日本では安倍晋三が郷愁を持って語った50年代は特にひどかった。トランプの行状は彼の行いを恥知らずと思っているアメリカ人の多くに、「この男さえいなければ」と諸悪の根源をあからさまに特定することになったのも、また否定できない事実だろう。

 ノーベル財団はトランプ氏を平和賞の候補から外すべきだろう。
 

 混迷した大統領の発言にいちいち付き合っていてはこちらの身が持たないことはあるが、今日のトランプ氏は一転してゼレンスキー賞賛、ロシアdisモードのようである。翌日に会談を控え、ご祝儀かとも思うが、プーチンの非妥協的な態度がガザ・キングのご機嫌を損ねたのだろうという見方もできる。

 外務大臣ラブロフは現在の占領地のほか、ドネツク州の全州とザポリージャ、ヘルソン、ムィコラーイウ、オデッサの割譲を要求しているとされる。ムィコラーイウはキエフ級やクズネツォフ級空母を建造した旧ソ連の造船都市である。ヘルソン以外は戦場になったことはなく、発言したラブロフも無理は分かっていると思うが、戦場でも決して有利とは言えない状況で、なぜこの発言をしたのかということはある。が、これは要求というよりはロシア内部の事情を反映した発言ではないかと考える。



 上図はウクライナ参謀本部が毎日発表している戦果報告だが、英国国防省の評価でもだいたい正確という話である。16日の報告だが、集計に平均して1~2日ほどかかるので、米露会談の最中の15日のデータだと思われる。装甲車の損失が突出して多いことが指摘できる。この車両は最近の攻撃ではあまり使われていなかった。

 この日に猛攻を掛けた理由は誰でも理解できる。重要な会談を控え、来訪したアメリカ交渉団に揺さぶりを掛けることが目的で、あわよくば戦果も挙げ、交渉を有利に運ぼうと目論んだことがある。この日は兵員の損失も1,730人に及んだが、戦果の方はうーむという感じであった。翌日も攻撃を行い、さらに50台の装甲車を失っている。しかし、ロシア軍の活発化は交渉団、なかんずく背後にいるトランプに強い印象を与えたようだ。「ロシアはウクライナなんぞ簡単に征服できる」と、彼の発言がエスカレートするのはこれ以降である。

 その後、大統領の言動はウクライナ指導者ゼレンスキーへのいわれなき中傷にシフトしていったが、アンコールを求められたプーチン大統領としては、期待に応えるべく同規模の攻撃を再び行いたい所である。が、会談から2週間が経っても、そんなものはないようだ。



 上図は私が作図した米露会談前後のロシア軍の装甲車(AMV)、戦術用ドローン(UAV)の喪失数だが、見ると会談の前後で違いがあることが見て取れる。戦車は数が少なすぎ、兵員の損失は恒常的なので傾向を見て取ることは難しいが、これを見ると会談の後はロシア軍は装甲車や兵員による攻撃は低調で、自動兵器に依存する傾向が見て取れるのである。


 さらに上図は中央日報によるクルスク地方ニコルスキ村に孤立した北朝鮮部隊で、おなじみコレネヴォ街道の近くだが、後詰めのロシア部隊との連携が悪く、寸断されて包囲されてしまったものらしい。北朝鮮軍は「弾除け」と当初からいわれていたが、言語や指揮の問題から実際はまとまって行動しており、風評通りの用兵(弾除け)でこの方面に出現したのは初めてである。これまではスジャの東側にいた。

※ 北朝鮮軍が戦意が高く侮れない相手であることはウクライナ軍でも認識されている。時代遅れだが良く訓練されており、クルスク方面ではロシア兵に代わって交戦の機会も多くなっている。

 ほか、会談後はウクライナ軍が長距離ドローン攻撃でロシア軍の重要拠点や司令部を攻撃したことが伝えられ、ポフロフスクやヘルソンでも逆襲した例がある。トランプ新政権の態度はいちいち胸くそ悪いものが多いが、前線にはあまり影響しておらず、ウクライナ軍の戦意も思うほどには下がっていないようである。戦意が大幅に下がったように見えるのは、むしろロシア軍の前線将兵である。誇り高い大ロシア軍が小兵の北朝鮮兵の後におずおずと付いて行き、おっとり刀で突撃するなど考えられるだろうか。

 考えれば分かる話なのだが、トランプの出現でどんな形にしろ停戦することは両軍とも分かっているはずである。これまでのロシア軍の戦法は肉挽き機と呼ばれる粗放な人海戦術で、一回の突撃で数百名の死者を出すようなものであった。多くはシベリアなど辺境民で、戦死すれば家が建つほどの恩給が遺族に給付されるが、あと一週間、あるいは数日で戦闘が止まるという状況にあっては、そういった兵士は上官の命令に従って突撃する気になるだろうか。いわゆるトランプ効果である。


ガザ2025(realdonardtrumpより)

 ラブロフの発言の背後にはおそらくこういった事情がある。すでに秘密裏に前線からは不穏な動きが多く報告されており、ザポリージャなど法外な要求と見られるものの名宛人は、トランプもあるが、むしろ味方の前線将兵である。また、同期の多くが戦死したにも関わらず、主要都市一つ奪取できない戦争の顛末には中級指揮官にも不満を貯める者は多くいるに違いない。

 15日の攻撃は不景気なロシア軍にしては大盤振る舞いだったが、戦果は絶無に近いものであった。トランプのせいで前線の戦意はガタ落ちで、プーチンがもう一度玉砕攻撃をやれと命じても兵士が従わないことが考えられる。自動兵器頼みになっているのはそれが理由だ。

 ウクライナ軍としては、曲がりなりにも停戦する日まではあらゆる手段を使い、この機に乗じてロシア軍施設、装備、製造工場を徹底的に叩いておくべきだろう。ここでロシアの一個軍団でも降伏してくれれば、歴史の流れは一挙に加速するのだが。
 

"If you can't describe what you are doing as a process, you don't know what you're doing."
(W. Edwards Deming, economist)

「自分がやっていることをプロセスとして説明できないなら、自分が何をやっているか分かっていないのだ。」
(W・エドワーズ・デミング博士、統計学者)

 28日にトランプとゼレンスキーの会談が予定され、鉱物資源協定の調印が行われるという話であるが、安全保障については協定の文言はあいまいで、続くトランプの言葉からもお題目以上の意味はなさそうな感じである。

 会見についても、私は先に放言を連発するトランプの心理状態について考察したが、ここで大学生の息子(ゼレンスキー)が帰郷しても、先に述べた観察では、言葉で父親(トランプ)を翻意させることはできないはずである。大事なのは、この会談に費やした時間と労力が、現在の何に役に立つかだ。

 ただ、毎日毎日猫の目のように変わる大統領の言葉にいちいち付き合わされるのも疲れる。識者の分析も一日経てば古新聞で、「戦略が見えた!」という見出しのものもあるが、書き上げた頃には前提が変わっている。そこでトランプ氏から少し離れ、混迷している現在の状況を前提に、提起された論点について考察してみたい。参考として、論点ごとにウクライナ、ロシアのどちらに分があるかも示しておく。

※ 「混迷している」状況が前提なので、状況が変われば違う結論もあり得る。



1.ウクライナのNATO加盟・・・ウクライナが有利

 まず、ある安全保障機構に加入するかしないかという問題は、最高高権の主権国家が自らの意思で決められるものである。ウクライナには一院制のヴェルクホフナ・ラーダ(最高議会)があり、元首である大統領がおり、条約を批准して承認する機構は揃っている。外国の介入があったとしても、行政府が批准した条約が議会で承認されれば、その効力を否定すべき理由は何もない。

 ロシアがこれを妨げる方法にはこれといったものがなく、ゼレンスキーの与党「国民の僕」党はラーダの過半数を占める政権与党であり、大統領の任期についても議会で延長が承認されたこと、また、開戦以降ロシアはゼレンスキーの暗殺を度々試みているが全て失敗していることがある。

 唯一可能な手段は軍事力による征服だが、三年間続いた戦争で壊滅したのはロシア軍の方である。軍備縮小のほか、核の放棄など思い切った提案をしなければ、ウクライナが翻意することはまずないだろう。


2.領土交換・・・どちらともいえない

 2022年の侵攻でロシアはウクライナ領の20%を支配下に収めたが、24年にウクライナもクルスクに逆侵攻し、現在はロシアの支配地域が約10万平方キロ、ウクライナが六百平方キロと相互に領土を持ち合っている状態である。ゼレンスキー政府は停戦と領土の交換を申し出ている。

 

※ 2022年のラインへの撤退を求めている。マリウポリ割譲あたりが妥当な線だろう。

 元々侵略で得た国土というものが不法なものなので、交換は妥当であるが、ロシアはこの種の問題を複数の国家に抱えている。返還された例はなく、また奪還を企図した場合は主力方面が手薄になり、さらに広範囲の占領地を奪い返されることが考えられる。戦闘状況によってどう転ぶか分からず、現時点では判断できない。


3.鉱物資源交渉・・・ロシアが有利

 ゼレンスキーが秘策として持ち出したウクライナの地下資源だが、老獪なプーチンに逆手に取られてしまったように見える。天然資源の埋蔵量は国土が広大なロシアが有利で、取引を持ち出したトランプもプーチンが囁いたロシア資源に目が眩み、ウクライナは上の空の様子である。ウクライナの資源はアメリカを繋ぎ止める楔の役割は果たせず、また開発に長年月を要すること、天然資源は政治的に増やしようがないことから、これでロシアと競っても、ウクライナに勝ち目は全くないだろう。

 

※ すでにプーチンがクラスノダール州で工場誘致のPRを始めている。この州はボーキサイトの産地だが、シベリアの奥地で環境汚染のやり放題だったことから、住民はガスマスクを付けて生活している。SVOにも多数参加している。


4.ビジネス・・・ウクライナが有利

 ウクライナの資源は期待ほどの注目を集めなかったが、採掘した資源を流通させて換価することは埋蔵量とは別の問題である。この点、プーチン政権は取り分の50%を要求するなど悪評が高い。ウクライナは戦いを続けつつ、以前からの懸案であった行政改革を着々と進めてきた。

※ 侵略で地球の6分の1を手に入れながら、途中船が沈められたことで石油もボーキサイトも手に入らず、原爆まで落とされて世界史上稀に見る悲惨な敗戦を経験した日本人にはつくづく良く分かる話である。



※ プーチンのやり方はどこかで見たことがあると思ったが、江戸幕府中期の田沼意次の政治が良く似たものとしてある。田沼もまたビジネスには素人で、株仲間を作っては上前を跳ねていた。どちらも官僚で、思考方法に似たものがあるかもしれない。賄賂が横行していることも田沼との類似性を感じさせる。

 焦点になるのはロシアのウクライナ占領地だが、政府によるとおよそ3,500億ドル相当の天然資源が眠っているとされる。これがロシア式ビジネスだと利益になるのは1,750億ドル程度だが、現在のウクライナはEU基準に準拠しており、汚職の淵源で、障害となったオリガルヒも逮捕されるか訴追されるかで同国にはもういない。つまり金銭的にクリーンで透明性の高い政府の下、100%近い現金化が可能なわけで、加えて関連産業に投資することで、さらに高い収益が期待できる。

(ウクライナ)
 3,500億ドル×100%=3,500億ドル(鉱山そのものの価値)
 3,500×4×100%=14,000億ドル(周辺産業の付加価値)
 ※4は乗数効果
 (合計)3,500億ドル+14,000億ドル=17,500億ドル
     17,500億ドル×30%=5,250億ドル(最終的な収益)
     ※30%は利益率

(ロシア式)
 3,500億ドル×50%=1,750億ドル(上納分を引いた価額)
 1,750億ドル×3×50%=2,625億ドル(周辺産業・上に同じ)
 ※3は乗数効果
 (合計)1,750億ドル+2,625億ドル=4,375億ドル
     4,375億ドル×20%=875億ドル(最終的な収益)
     ※20%は利益率、なお、オリガルヒの利益は4,375億ドル

 体制による効率性の違いを勘案して多少手加減したが、比較すると同じ場所をウクライナに開発させた場合とロシアを関与させた場合では、5,250億ドル対875億ドルと六倍の差になることがある。数字や係数などは適当だが、当たらずといえども遠からずだろう。ロシアの場合は収益の多くがプーチンやオリガルヒのポケットに落ちることになる。

 トランプもこのことには薄々感づいているように見える。ロシアの資源は魅力的だが、この国のビジネスには不透明さがつきまとう。プーチンはウクライナ占領地の資源もアメリカとのジョイント・ベンチャーで開発したい意向を示しているが、同じ場所を開発するならロシアよりEUとウクライナにやらせた方が利益が出るということは、この大統領にはプーチンとの友誼もあり、頭の痛いことである。

※ 彼はプーチンは好きだが、プーチンが取り分の50%を持って行くことには不快感を感じている。

 このような比較ができるのは、ウクライナでは軍では10年以上前、戦争が始まってからは急速に、行政の透明化やデジタル政府化を進めてきたためである。ロシアにはそのようなものはなく、ビジネスは放漫で、プーチンとオリガルヒの承諾なしに利益を上げることはおぼつかず、経営者も変死したり失脚したりすることは良く知られていることである。

※ 我が国ではカルロス・ゴーン氏がやはり手痛い目に遭っている。

 戦前のロシアの輸出額は年間40兆円であったが、輸入は半分の20兆円である。それでもルーブルが地を這うような低迷を続けたのは、プーチンとオリガルヒが上前を跳ね続け、国外に不動産を買い、奢侈品を買い漁るなどして搾取を制度化していたためである。プーチンの総資産は約20兆円といわれるが、これは上記の輸出入の差額とほぼ同額である。

※ イタリアで差し押さえられたプーチンの豪華ヨット「シェヘラザード」は全長140mと海軍のクリヴァク級駆逐艦より大きく、重さも三倍あり、ロシアのエネルギー会社ロスネフチCEOの名義となっていた。実態はプーチンの専用船で運用もFSBによって行われ、ロシアの場合、所有権の概念はかなり不明瞭である。上記の要目から駆逐艦より高価な船であることは間違いない。


5.政権交代(ウクライナ)

"I know some Russian oligarchs that are very nice people,"
(Donard Trump, President of the United States)

「私はロシアの新興財閥の中にとても良い人たちがいることを私は知っている」
(ドナルド・トランプ、合衆国大統領)

 プーチン氏はもちろんのこと、トランプ氏も現ウクライナ大統領のヴォロディミル・ゼレンスキー氏を忌み嫌っており、何とかして政権の座から引きずり下ろしたいと思っているが、トランプ氏も「ビジネス」を首尾よく進めたいなら、そのやり方には注意しなくてはならない。

 現在のゼレンスキー氏の支持率は53%で、かつての90%より大きく低下しているが、それでも三年掛かったのであり、トランプ氏が50%を割り込むのは1ヶ月と掛からなかった。政府の様々な施策に加え、EUから求められた汚職の一掃、支援国との外交関係の構築に戦況の監督、軍の近代化などどれ一つを取っても重要な課題が山積した上でのこの支持率であり、これまでのところ、公務員いじめ以外政治らしいことを何もやっていないトランプ氏とは国民の信頼感が違う。

 閣議にしても、就任一ヶ月にしてようやく開いたトランプ氏と異なり、ウクライナ大統領は空襲サイレンの鳴り響く中、侵攻翌日には国民の前に姿を現し、その後も間近に迫ったロシア大戦車軍団と1ヶ月以上対峙し続けた。テレビ塔が破壊され、東部管区軍のロシア戦車は大統領官邸に数キロまで近づいていたのである。ドニエプル河の対岸にはラピン将軍の中央管区軍の部隊があり、脱出は完全に不可能であった。もしここでウクライナが敗れたら、彼は間違いなく、他の政権幹部や軍幹部と一緒に銃殺刑にされていただろう。

 彼が進めていた改革がビジネスにおいても適合的なものであったことは上述した。で、あるからして、このリーダーを追うには合法的な方法でなければならない。戦争があと10年続き、その間も大統領に居座り続けたならクーデターを使嗾しても良いと思うが、現在の彼は任期の延長につき議会の信任を得たばかりである。もし超法規的、非合法な手段を通してこの政権を倒したら、EU加盟を目指してゼレンスキーらが連綿と努力してきた改革は水泡に帰し、ウクライナは元の汚職国家に逆戻りして、ビジネスで儲けたくてもその術もないようなものになりかねない。いかに忌まわしくても、ウクライナ政治改革の中心人物がゼレンスキーであることは否定しようがないのである。

 現在の彼はロシアが戦争を止めない限り辞任も不可能な状況であり、弾劾に値するような不祥事もないことから、こと合法的な方法でこの大統領を追う手段はない。トランプに脅迫されて辞任したとしても、選挙を行えるような状況でないことは明白なので、これは表見大統領として地位に留まり続けることになる。トランプやプーチンにこの大統領を引きずり下ろす手段はなく、トランプについては上に述べたような事情から、追放はデメリットしかないものになることがある。どんなに嫌っていても、現時点では、彼はゼレンスキー氏と共存するより他にないのである。


6.一覧しての当方の見立て

 トランプ氏の言動は日ごと、時間ごとに変化するため、彼がいったい何を目指しているのか、ビジョンも何もない男ではないかという見方はすでに人口に膾炙しつつあるが、それもややつまらない見方である。



 一つ言えることは、彼はさながら時代劇の悪人のように小判が大好きであり、黄金色に光り輝く富に執着を示すということである。ただ、生まれついての金持ちであることから、彼が富を求めるのは貪欲だからではなく、富こそが彼の価値基準であるからである。この切り口で見るならば、一貫性のないように見える彼の行動もいくらか秩序を考えることはできるかもしれない。ここからまず考える。

 まず、ウクライナは占領された地域の返還は諦めた方が良い。クルスクは潔く返し、見返りを求めずに国境線の守備を固めるべきである。鉱物資源取引についても駆け引きはしない方が良い。粛々とビジネスに位置を占め、妥当な収益を上げるべきである。資源ではなく、寡兵で三年間も戦い続けた政府の効率性、国民の律儀さが武器である。政府の管轄下で存続してきたアゾフ大隊など軍事集団も解散すべきだ。

※ アゾフ大隊はアゾフ「旅団」と改名して現在はウクライナ軍に編入されており、ウクライナに私設軍隊はいないことになっている。が、2014年以降22年までは確かにいた。

 すでにロシアが占領した地域については、奪還ではなく、彼の地でのビジネスを志向し、利益を還元することで拝金主義者の信用を勝ち取るべきである。このようなものならウクライナはドンバスでもアメリカ大統領の後押しを得ることができるだろう。ビジネスと金儲けについては妥協の必要はない。

※ 上述の検討から考えると、領土はロシアに、ビジネスはウクライナ式にがトランプの理想である。ロシアは軍事的に占領できなかったムィコーライウやザポリーシャも要求しているが、そこまで聞いてやる必要はない。

 2014年に占領されたドンバスと現在の占領地域は以前のように人民共和国を作るなどし、緩衝地帯として設定する。ビジネス権と旧住民の往来権は保障し、それをNATOとアメリカ合衆国が担保するというものになる。債権の保全であって、領土の保全ではない。なので駐留部隊もウクライナ軍がよほど弱体化しているならともかく、原則としては必要ない。ウクライナ本国は残る国土で国家の再建を続け、近代化もより進める。NATOやEUの加盟は機が熟したらということで良いが、加入の意思は示しておく。

※ 行政と防衛はロシア提供で良いのではないか。領土を放棄する分、復興費用も放棄することができ、それはロシア負担分でウクライナの負担は減る。国民感情はあるが、相殺して賠償は放棄すべきだろう。

※ 独裁国相手のビジネスは北朝鮮の開城工業地帯の例があるが、少なくとも金政権の代替わりまでは堅調な操業を続けていた。プーチンには後継者がなく、同様の傾向が世襲されることも考えにくいため、朝鮮よりリスクは小さいといえる。ロシアでもカルロス・ゴーン氏のアフトバス掌握失敗の例などが参考になる。

 

※ 緩衝地帯のデザインは中国のように統治と民間を格別し、統治機構はロシア式、民事及び商事はEU式と折衷することも考えられる。中国の場合、統治に影響しない限り、民間経済には非干渉であり、これはうまく行っている。

 

※ ビジネスを担保したいなら、NATOはともかくウクライナのEU加盟は有力な担保となる。トランプ氏の傾向なら、むしろアメリカが後押しすべきだろう。

※ 協定案第六条2項は「基金契約の草案作成にあたり、参加者は、ウクライナの欧州連合加盟に基づく義務、または国際金融機関およびその他の公的債権者との取り決めに基づく義務との衝突を回避するよう努めます。」とし、ウクライナのEU加盟を当然の前提としている。ビジネス利益を確保する方策についてはトランプ氏に妥協は見られない。

※ 現在ある占領地のウクライナ国民には割譲に際し、国籍選択の自由を与えるべきだろう。ウクライナはほとんどが平地で、占領地から帰還した住民(約300万人)に割り当てる土地は現在でも十分あることがある。そもそも国土の割に人口が少なく、これもロシアの侵略を許した理由の一つである。

 発展の方向としては、アメリカやEUはもちろんあるが、アフリカやインド、東南アジアにも目を向けるべきである。ウクライナには世界有数の商船学校があり、世界の海員の10%がウクライナ人である。戦争でも大きく損なわれなかった自給率を武器に、これらの国々に発展の方向を定めるべきである。特に人口2億7千万人のインドネシアは東南アジアの中心となり得る国で、日本、中国とも外交関係を築くべきである。そしてこれらの国々とウクライナは海を通じて繋がっている。人口が三千万人を切ったことを見れば、移民も奨励すべきだろう。

 ロシアについては、この枠組みから多少の利益を得ても良いが、それは新共和国(緩衝国)との関係次第である。介入はしないが、ピンハネなどビジネス権を侵すようなものは許さない(そこだけはこだわる)。ロシア再侵略の懸念については、ウクライナで大破したことから、少なくとも5年は問題ないと思われる。また、緩衝地帯はロシアに委ねられることから、そこでの行政は(建前は独立国とはいえ)ロシアの責任である。北朝鮮人を移民させるなど何でもして、好きにやらせればいい。

 

※ ロシアの脅威が喧伝されているが、現在のロシア軍は旧ソ連軍に比べ規律・訓練・装備共に劣っている。軍としての能力は同兵力でもソ連時代の方がむしろ高かった。兵器の更新も緩慢で、全体としてプーチン政権は軍国化にあまり関心があるように見えない。少なくともオリガルヒの利権を犠牲にするほどではない。

※ 記事によると五カ年計画で軍備を再編して再侵攻という説もあるが、この戦争のダメージはチェチェンなどとは比べものにならないほど大きく、またウクライナも防備を強化することから、5年で再侵攻は難しいと思う。10年もすればプーチンもいなくなる。

 何十年も続けていれば、差は自ずから開いてくる。不公正な慣行を温存したモノカルチャー経済の旧式な国と近代化を進めた国とでは産業の裾野もGDPも輸出入総額もだいぶ違ってくる。ブラジルなどが良い例であるが、そうやって実力を蓄えていけば、失われた国土を取り返せる日も思っているほど遠くではないと考えるし、ロシア自体が変わることも考えられる。

※ ゼレンスキー自身も「国民の僕」でこのシナリオを描いている。つまり、彼にとって想定外のものではない。

 とりあえず、これは現在の状況からの見立てなので、トランプ氏が急逝するとか、アメリカ人が突然リベラリズムに目覚めるとかすれば、また違った見方ができることは言うまでもない。

※ 国力を上げても返してもらえない北方領土や樺太については、そもそもこれらは明治まで日本領ではなかったことがある。北方四島については発見はロシアの方が早く、現在では居住期間も上回っている。ドンバスとはまるで異なる事情があり、もちろん旧島民は返還を求めているが、全国的運動にならないし、根室でも目の前でロシア警備船が航行しても知らんぷりというのは、歴史を通じてこれらの島々の存在感が日本人にとっては郷愁や愛着を感じるほど大きなものではなかったことがある。これがドネツクのようなものならば、日本はウクライナ戦争が始まった途端に臨戦態勢で自衛艦を派遣して占領していただろう。
 

 トランプ氏とウクライナについて書きたいことはあらかた書いたと思うので、その後何を言われても、当面の間はブログは休みとしたい。ただ、やや混乱した記述なので(覚え書きのため)、もう少し整理して後でまた書くかもしれない。

 

“No, in fact, to be frank, we paid,” 
(Emmanuel Macron, President of France)

「いや、実のところ、率直に言って、我々は支払った」
(エマニュエル・マクロン、フランス大統領)

 

 先にトランプとウクライナの交渉については、まだ本案にすら入っていないと述べたが、ゼレンスキー氏の参加を認めないことは既定として、どうも協議の方は、いつものトランプ式ビジネスと同じ結末になりそうである。

 トランプという人物は着眼点はいつも斬新だが、物事を進めていく過程に問題があり、マネジメント能力が乏しいために、おいしい所をどこか他の企業家に持って行かれるという結末を人生で繰り返してきた。ウクライナに鉱業取引を持ち掛けたことは、この戦いを正義と悪の戦いとして捉えてきたバイデン政権やEUにはない斬新な提案ではあっただろう。が、褒められるのはそこまでで、彼がグズグズしている間にウクライナでは兵士や民間人が一日二千人死んでいることがある。そのことに対する切迫感や誠意は彼の交渉態度からは感じられない。

 この1ヶ月間では、ことウクライナ問題について、合衆国大統領とその閣僚が意味のあることをしたのは35日中3日くらいである。残り32日は五分の四が政治外交上の技能不足、単なる稚拙さで浪費され、残り五分の一は誰にとっても益のないウクライナとゼレンスキーに対する脅迫に終始した。

“If they don’t care about values, that means they could abandon Taiwan, a consistent supporter of democracy.”
(Huang Yu-hsiang, technician)

「もし彼らが価値観を気にしないのなら、それは彼らが一貫して民主主義を支持してきた台湾を見捨てることができるということだ。」
(黄玉祥、技術者(台湾))

 彼の番組である「ア・プレンティス」ならば、このような悲惨なパフォーマンスの持ち主は「ユー・アー・ファイアー」でクビにする所だ。

 が、完全にムダとも思われない。24日にキーウに到着したEUのフォン・デア・ライエン女史はウクライナにアメリカのものよりフェアな鉱物資源協定を提案した。ルビオがしどろもどろで話したトランプ語のパートナーシップと内容は類似点が多いと思うが、極右にリベラルが脅かされていることはEUも同じである。

※ 続報では完全に新規というものではなく、以前からあった協定のアップデートのようである。米国の提案に対抗するものであることについてはEU委員会は否定している。三年間の戦争におけるウクライナの金融財政及び調達事情は旧オリガルヒとの関係もあり、それなりに複雑である。

 ここは民主主義の出番である。民主主義とは多数決の意味で捉えられることが多いが、単に単純多数で何でも決められるなら、それは数の暴力で、科学的知見など、そういう選択になじまないものもある。人権や民族自決なども、あるいはそうかもしれない。

 民主主義が最大の効力を発揮するのは、微妙な相違点のある複数の提案があり、内容も違うところはなく、どれを選択しても結果に大きな相違がない場合である。トランプ案とEU案は鉱産取引という点では一致している。争点となった防衛についても、EUは言うまでもないが、ルビオの言葉では間接的に提供されるともしている(トランプは頑なに拒んでいる)。それに米国はウクライナ最大の支援国だ。国民投票は難しいが、ラーダがある。民主的に決めてもらおうじゃないか。

 このようにして、トランプ氏はいつもトンビに油揚げをさらわれていくのである。コモドアホテルもタージマハルもそうだった。彼の切り拓いた道をベンツで通るのはたいてい他人である。

“Ukrainians want peace more than anyone else, but our struggle and the resistance of the Ukrainian military is the only reason why we still exist as a nation, and as a subject of international relations. It was not Zelensky who decided what to want or not to want, but all Ukrainians who stood up to fight.”
(Pavlo Velychko, lieutenant, Army of Ukraine)

「ウクライナ人は誰よりも平和を望んでいるが、我々の闘争とウクライナ軍の抵抗こそが、我々が国家として、そして国際関係の主体として今も存在している唯一の理由だ。何を望むか望まないかを決めたのはゼレンスキーではなく、戦うために立ち上がったすべてのウクライナ人だ」
(パブロ・ヴェリチコ、ウクライナ軍中尉)


 ウォール・ストリート・ジャーナルによると、私はこの新聞をあまり信用していないが、米国の支援がない場合、現在の状況でウクライナの継戦能力は夏までだそうである。弾薬などは補充が効くが、最先端の迎撃システムやミサイル、索敵装置などは米国の独擅場で、こういったものはEUでは提供できないからである。攻撃の精度や長距離攻撃能力が低下することが懸念されている。

 ISW同様、「あまり信用してない」というのは、この新聞の見出しはいつも扇情的で、たいてい他の要素を無視しているからである。その一つは、夏までというが、トランプ政権がそれまで持つかということである。いや、政権として存在はしているだろうが、事実上のレームダック状態で、政府が通常業務に戻ることが考えられる。この場合、支援は再開されることになる。

 もう一つはマスクがクビにしたNASAやスペースXの技術者が復職せずにダッソー社やBAEシステムズ、ラインメタルに再就職することである。宇宙技術やステルス技術などはヨーロッパに移転し、不足している装備品の製造が可能になることがある。これはマッカーシー時代に実際に起きたことである。

 そして第三の理由は三年間の戦闘でロシア軍がかつてないほど弱体化していることがある。独ソ戦でのしぶとさはモスクワの戦い後、スターリンがアメリカやイギリスの援助を受けられたことにあった。プーチンの場合はトランプ以外に援軍はなく、作る以上のペースで兵器も人員も消耗していることがある。軍民両需の充足を狙った経済計画は完全に破綻し、今やロシアは経済の危機である。

 ゼレンスキーを当事者から排除した米露交渉は残念なことであった。トランプの稚拙とも言える一連の態度がウクライナ国民の態度を硬化させ、交渉のハードルをさらに上げたことは否定できないだろう。トランプの提案は、良い所はEUがたぶん全部持って行く、誰も欲しがらないようなもの、「鉱山を採掘できます」という紙切れはアメリカの手に残る。これはそれだけの話である。

 とはいうものの、ゼレンスキーも盤石ではない。ウクライナ最高議会(ラーダ)は現大統領の合憲性と戦闘終結までの選挙の不実施を提案した決議を僅差で否決した。ゼレンスキーの党「国民の僕」はラーダで過半数以上を占める政権与党だが、そこでも動揺が拡がっていることがある。

 

(補記1)この決議(13041)は翌日再提出され、結局可決された。

 

"the Verkhovna Rada of Ukraine and President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy were elected in free, transparent, democratic elections with the invitation of international observers, which were recognised by the entire international community."

 

「ウクライナ最高会議とウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、国際社会全体が認めた国際監視団の招待による自由で透明性のある民主的な選挙で選出された」

 

"The Verkhovna Rada of Ukraine states that the martial law imposed in Ukraine by the Russian full-scale invasion does not allow for holding elections in accordance with the Constitution of Ukraine. At the same time, the Ukrainian people are united in the belief that such elections should be held after the end of the war."

 

「ウクライナ最高会議は、ロシアの全面侵攻によりウクライナに敷かれた戒厳令は、ウクライナ憲法に則った選挙の実施を認めていないと述べている。同時に、ウクライナ国民は、戦争終結後に選挙を実施すべきだという信念で一致している。」

 

 "President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy must fulfil his powers until he takes office as the newly elected President of Ukraine following Article 108.1 of the Constitution of Ukraine."

(Resolution 13041, the Verkhovna Rada (Ukrainian parliament))

 

「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ憲法第108条第1項に従い、新たに選出されたウクライナ大統領として就任するまで、その権限を遂行しなければならない。」

(ウクライナ最高会議、決議13041号)

 

 ざまを見ろ、ドナルド・トランプ。

 

“Dictators and despots, they use law enforcement to try and compel loyalty...They threaten you with arrest if you’re not loyal; they will let you get away with crimes if you are loyal. That’s what’s happening in America today.
(Chris Murphy, Senator of Connecticut)

「独裁者や暴君は、法執行機関を使って忠誠心を強要しようとする、、彼らは、忠誠心がなければ逮捕すると脅し、忠誠心があれば罪を免れる。それが今のアメリカで起きていることだ」
(クリス・マーフィー、コネチカット州上院議員)

 

 

(補記2)

 同日の記事でウクライナの経済専門家の分析として、米国のウクライナに対する援助は公式報告を大幅に下回ることが指摘されている。国務省の公式報告では援助の総額は1,830億ドルで、うち軍事援助は659億ドルだが、研究者は供給された兵器の実際の価値は125億ドルであり、三年間の援助の総額は509億ドルとしている。うち326億ドルは給与や年金その他経費の予算支援に用いられ、差額の55億ドルは新たに発注した兵器121億ドルの既納品分とされる。

 ほか、一部の援助は融資や保証の形で行われており、凍結されたロシア資産を担保とした融資は250億ドルで、モルドバとセットで行われ、これは機関車の購入などに充てられた。

 これらの報告の基礎資料についてはEUの指導による行政の透明化と電子政府システムがあり、公務員の給与から事務用紙の購入まで使われたフリヴニャ(ウクライナ通貨)の全てが追跡できるとされる。国際援助の使用に関しては不正や異常は発見されなかった。

 

※ 昨年にどこかで話題にしようと思い、記事を取っておいたが、EUの要求による地方政治の透明化にまで及ぶウクライナの行政改革案はその内容の厳しさにおいて、我が国の国家公務員、地方自治体のそれを遙かに凌ぐものである。

 

 トランプ氏はアメリカの対ウクライナ援助の総額は五千億ドルとし、その金額を前提とした鉱産開発のための基金を提案していたが、公式報告だけでも大きな食い違いがあり、さらに上記の調査で援助の実態がトランプ氏の主張する金額の10分の1しかないことが明らかになった。前提となる数字にこれだけの違いがある以上、現在の計画は合意不可能というべきであり、トランプ氏のウクライナ和平提案はここに完全に水泡に帰したというべきである。

 

※ 結局合意するようだが、ウクライナに有利な状況ではある。合意は内容よりもトランプ政権を支援の枠組みから離脱させない目的の方が大きいようだ。すでに五千億ドルや「倍返し」条項は撤回されている。

 

 ウクライナが数字の食い違いを鋭く指摘し、データを持って反証できたことは同国が戦争の間中、「汚職国家」のレッテルを払拭するため、EUの指導の下、大統領府を中心に進めてきた行政改革の成果である。ウクライナのシステムは国力に数倍するロシアと比較しても数段優れており、トランプの提案はウクライナの今日までの努力を故意に無視し、悪貨が良貨を駆逐する類いのものであるが、そのようなものが現代の国際社会で許されるものでないことは、今さら書くまでもない。

 

 、、まず頭を使おう、、

 前から不思議に思っていたが、トランプや維新、立花孝志を支持する人たちはいったい何が理由で支持しているのだろう。デマゴーグに簡単に惑わされる人たちを見て、「彼らは頭が悪いのだ」と結論づけたくなることはあるが、そういった「維新トランプ=頭悪い」論なら、山口二郎を始めとしたその筋の識者がうんざりするほど書いているので、そういった切り口は「もう飽きた」ともいえる。

 良くないと思うのは、ごく合理的に判断して妥当と思える論調が、いざ選挙となると簡単にひっくり返されてしまうことで、例えばトランプとカマラ・ハリスを比べたら(ヒラリーでも良い)、誰が見てもハリス女史の方が有能で大統領職にふさわしかった。先の兵庫の知事選にしても、再選された斉藤は自身の身の潔白を証明するようなことは何一つしなかった。むしろ叩けばホコリがバンバン(machuなど)出てくるような様子で、「2馬力」の立花孝史はいかにもいかがわしく、周囲のサクラはくだらなく騒々しいだけだった。

 ごく常識的な感覚の持ち主なら、彼らがおかしいことは分かりそうなものである。分からないのだから「頭が悪い」と言いたくもなり、それは説明にはなっているが、状況を十分説明できない恨みがある。

 そこで意識的に視点を変えることとしたいが、私は共産じゃないし、社会民主主義の信奉者でもない。どんな団体でも10年、20年と続ければあからさまな判断の間違い、明らかな失策はあるものだが、それでも同じ人間が責任も取らずに居座り続ける共産党とか北朝鮮、あるいはフジテレビの体制がまともだとは常識的に考えても思わない。私は学生時代から自分自身をリベラルを持って任じている。社民党に濁色された左派リベラルではない。本来である「中道」という意味である

 私は「○○先生が言ったから」でそれを鵜呑みにするようなナイーブな人間ではない。というより、「○○先生」のように畏敬の念を感じるような存在は私の人生にはいなかったし、状況がそういうものの存在を許さなかった。

 むしろ「○○先生」も人間である。人間であるがゆえに間違いを犯し、その間違いは論理的に説明できるものであるという方にシンパシーがある。事故は避けられないが、事故の対応には巧拙がある。だから「論理的」と書くのである。で、論理的に見て間違いがなく(あるいはごく少なく)、それでいて結果がまるで異なるものになる場合は、アプローチが間違っているのである。

 これは左派、あるいはリベラルの論客がおしなべて陥っている間違いではないだろうか。弓矢は鉄砲の代わりにならないし、クルマは船には換えられない。そう見ると、私はその論説をみなまで読まずに切ってしまうのである。

 いつものごとく前置きが長いが(これは覚え書きのはずなのだが)、トランプの件で見ていて思ったのはアメリカにおける「FEDERAL」という言葉の意味の遠さである。これは多くのアメリカ人にとっては地平線の向こうにある世界であり、自分とは関係ない世界であり、向こうから干渉してこない限り、こちらも関心を払わない。そういったニュアンスがあったように思う。

 なので良くある成功物語のように、ごく片田舎の善良な青年が何かのきっかけで連邦政府に関わるようになり、軍隊だとか宇宙飛行士だとか、宇宙艦隊の一員になるということは、そこでは素晴らしい体験があり、地球の裏側のアメリカ軍基地に赴任したり、ジェミニ8号の搭乗員に選ばれたり、エンタープライズ号に乗り組んだりすることはアイダホの田舎の感覚では完全な別世界で、「FEDERAL」とはそれを可能にする装置、善意の象徴であり、人を超えた力で才能や野心のある青年の背中を押すもの、そういったものとして理解されているように見える。

 これは我々日本人には少々理解しにくい。日本の場合はあまり人好きのしない感じの悪い政府が生活の隅々まで入り込みすぎている。鳥取の片田舎でも「政府ガー」といえば霞ヶ関のことであり、バルタン星のそれではない。アメリカ人のこの感覚は日本人には理解できないだろう。現に私も日本政府は狡猾で油断のならない相手と猜疑の目で見ているし、生活に密着した現実感も「FEDERAL」の比ではない。ケネディみたいに「政府を助けろ」と言われても、日本政府は嫌いなことから、「とっとと死ね」と返すのが関の山だろう。

 アメリカの世界では「FEDERAL」は悪をなしえない。どんなに政治家を嫌う人間でも、神のごとき連邦に「死ね」などとは死んでも言えない。

 これはトランプ支持者も同じである、と、仮定したい。

 思うに都会の大学生に仕送りしている田舎の親というのが、これなら我々にも理解できる、いちばん適当な比喩ではないだろうか。その大学生がある時チンピラに絡まれている女の子を見てポカッとやってしまったとする。チンピラは警察に駆け込んで、自分の行状は棚に上げて大学生を訴えたとしたらどうだろうか。

 私も似たような状況に巻き込まれたことはあるが、ここは大学生の方に分があったとする。正当防衛は他者防衛の場合も成り立つ。チンピラはカッターナイフでグヒヒと女学生を脅しており、侵害の急迫性もある。たぶん大学生はそういったことを警察でこもごもと言い、半年ほど後におとがめなし(不起訴処分)になる公算が大きいと思うが、息子から話を聞いた両親の見方はおそらくそうではない。

 「また面倒なことを起こして」がおそらく言い分であり、息子がかよわき女性の貞操を守ろうとしたことも、動機の善良さもお構いなしに非難を浴びせ、場合によってはチンピラ野郎に示談金まで払って和解して、とにかく面倒を起こした息子は「間違っていた」で終わらせようとするだろうことがある。息子のメンツは丸つぶれだが、この場合、両親は息子を踏み台にしてパターナリズムと自尊心を満足させたのである。あとは田舎に戻るだけだ。

 トランプ支持者にこれを当てはめると、遠く連邦政府に勤務している息子がやれウクライナ問題だ、USAIDだ、国際貢献だWTOだとやっているのは、それが「新たなる生命と文明を求めて、、前人未踏の宇宙へ」みたいに誇れる内容なら良いが、アフガン撤退みたいなバツの悪すぎる話は「余計なこと」であり、本来の仕事ではなく、それに専心する息子は「間違っている」という結論に安易に飛びつくのではないだろうか。ラストベルトの田舎から間違いを正す唯一の方法は、道を誤った息子に間違いを止めさせることである。つまり、トランプに投票することだ。

 この視点はあって良いと思う。ついでに書くならば、トランプ自身もまたそうなのではないかと思える節がないこともない。彼が住んでいるのはマンハッタンで田舎ではないが、こと連邦政府に対しては彼もアリゾナの砂漠民みたいなものだ。

 プーチンとの交渉では、どうも見るとトランプは旧ソ連の侵略主義者プーチンの言い分をほぼそのまま丸呑みしているようであり、これは事件の知らせを聞いたオクラホマの両親に通じるものがある。78歳と知的な分析力を披露するには歳を取り過ぎていることもある。そこでプーチンが要求する内容を吟味もせずにウクライナに突き付けるのは示談金を払ってさっさと終わらせようという上京した父親そのものである。事件の詳細自体についてはおそらく関心がない。そう考えると腑に落ちることがいろいろあるのである。

※ 形だけでも終わらせて2025年のノーベル平和賞を受賞しようという個人的動機もあると聞いている。アメリカ軍を進駐させて平和賞も何もないだろう。これも交渉で解決することにこだわる(そしてプーチンにつけ込まれる)説明になる。

 先のチンピラ暴行事件については、上京した父親に会った息子はいろいろと説明はするだろう。親だから一分の理ありと聞いてくれることは間違いない。が、父親自身は「手を出したおまえが悪い」で一貫していることがあり、それがカッターナイフでなくサバイバルナイフで、かよわき女性の衣類がはだけていて乳房が露出していたとしても、この信念は毫も揺らがないのではないか。トランプ(父親)とゼレンスキー(息子)が会談したとしても、この構図が変化することはないだろう。

 これはトランプがウクライナに同情がないとか、被爆した被災者に寄り添う心がないことを意味しない。ゼレンスキーの言い分を聞かないわけでもない。また人間として不善ということもない。ただ事情を知っても見方を変えず、行動に反映させないだけである。そして78歳は説得して見方を変えさせるには歳を取り過ぎている。ここでロシアとウクライナを巡る一連の行動は、彼にしてみれば善行を施しているつもりなのである。

 

 この親子関係の構図では、ウクライナがより大きな犠牲と屈辱を甘受させられることは、ウクライナがアメリカにとって身内と思われているなら当然である(ロシアは他人)。どう見ても経済植民化にしか見えない、ゼレンスキーに持ち掛けたビジネス(ルビオの言葉)はたぶん彼の本心で、傷ついた息子にパターナリスティックな恩恵を施したつもりであり、おそらく良心の呵責すら感じてはいまい。ついでに書くと、トランプ親父は一連の言動行動がいちいちアメリカ的価値観から逸脱している(多くはそう考えている)とも考えてはいないだろう。

 

 "We had a conversation with President Zelenskyy... And we discussed this issue about the mineral rights, and we explained to them, look, we want to be in a joint venture with you – not because we’re trying to steal from your country, but because we think that’s actually a security guarantee."

(Marco Rubio, US Secretary of State)

 

「我々はゼレンスキー大統領と会談した、、、そして鉱物権の問題について議論し、彼らに説明した。我々はあなた方と合弁事業をしたいのだ。それは、我々があなた方の国から盗もうとしているからではなく、それが実は安全保障の保証になると考えているからだ。」

(マルコ・ルビオ、米国務長官)


 長々長と書いた。ここまで読む者は私以外ほとんどいないだろうが、こういう例を見た私としては思う所はある。それはこういうことにならないよう、我々は何歳(いくつ)になっても、もっと頭を使うことを心がけようということである。


 イーロン・マスクやプーチンがこの現象をどう理解しているかについては、機会があれば後のこととしたい。イーロンはトランプより柔軟なはずだが、今のところ、彼はトランプの掌の上で踊らされているペヤング顔のクラウンにすぎない。

 

それにしてもよく似ている

 

 黒人の統合参謀本部議長を「黒いから」と言ってクビにしたり、他にもあるが、いろいろとでたらめのやり放題の新政権については、ことウクライナ戦争についてはこれが対ロシア戦争を有利に進めるのに何の役に立つかという視点で見るようにしている。

 支持率91%の大統領を交渉から排除したことは、要するに大統領が敵国とつるんだ場合は安保条約や同盟関係など関係なく、当事国の頭越しに和平条件を決められるということであり、理屈なんぞは後からひねり出せば良いことから、ウクライナを巡る一連の流れに、台湾やラトビア、エストニア、リトアニアなどバルト三国やフィンランドの首脳などは怖気を振るっているに違いない。ウクライナの次は中国やロシアと国境を接するこれらの国であることは明らかだからだ。

※ ゼレンスキーの支持率は53%だが、戦争中の選挙に反対する国民は68%、トランプの進めるウクライナ抜きの和平案については不賛成が90%を超える。

 我が国にしても、例えばロシアが北海道を占領して、それをトランプが追認したらそれでおしまいであり、何のための日米安保条約かとなる。北海道はともかく、東シナ海の小島などは今でも十分起こりうるだろう。お先真っ暗とはまさにこのことである。

 ウクライナについて言えば、鉱産資源と引き換えにアメリカ軍の駐留や兵器の引渡しを明記しなかったことは、この地域の資源開発はロシアとのジョイント・ベンチャーでやるということであり、同時期にプーチンは凍結されている3千億ドルの在外資産をトランプに差し出すことを示唆している。これが原資で、要するにトランプ氏の頭の中ではウクライナはすでにロシア連邦の一部なのである。お人好しの国務長官ルビオがどう弁明しようが、よこしまな意図は隠しようがない。

 しかし、そうは問屋が卸すだろうか、ゼレンスキー氏はあれでいてかなりしたたかな人物である。プーチンとの軋轢もここ数年のことではなく、トランプのウクライナ疑惑よりももっと前、駆け出し芸人時代だった90年代にまで遡る。さらに極めて研ぎ澄まされた頭脳の持ち主であることから、先のブログで私が一言とした内容、「78歳の大統領の利用法」については気づいたように見える。

※ ゼレンスキーは17歳でCIS芸人コンテストで優勝してスター芸人への道を歩み始めたが、10年も経たないうちにプーチンの台頭で芸風に対する規制が強まり、モスクワからウクライナに逃れた履歴を持つ。芸能活動を通じ、彼がエリツィンの後釜に座った新大統領を良く観察していたことは「国民の僕」を見ると良く分かる。つまりトランプなんかよりよほど対決歴が長いのである。

 資源取引の交渉などは、どちらの側から見ても難航することが予測できる。ウクライナは防衛条項を契約に挿入することにこだわるだろうし、アメリカは本心では派兵は避けたいことから、条項を美辞麗句で骨抜きにすることを考えるに違いない。妥結はするだろうが、その瞬間から双方に履行義務が生じる。もちろん不履行で恥を掻くのはアメリカである。

 レアメタルは実は我が国を含むどこの国にもあるものだが、存在が「レア」であるために、これは大規模開発や環境問題などで地元住民との軋轢を避けて通ることはできず、何万ヘクタールも地面を掘り崩して採算ラインに乗せるには安定した経営基盤と汚職の少ない政府、そして住民の理解と合意が不可欠なものだ。なのでカザフスタンのような国土が核実験場の荒地か中国ウイグル自治区のようなだだっ広い野原でしか実用できるものがないわけだ。これはトランプやルビオが国民に言わなかったか、あるいは全く知らなかったことである。

 ウクライナにこういう条件が揃っていないことは、傍目から見ても明らかである。だからこの国ではこの資源はなかったのであり、以前も検討されていたが国内に有望な投資家がなく、国外も嫌気したために開発はされなかったのである。それに利益を生むといっても、おそらくは10年以上先の話だ。ロシアがやろうとアメリカ企業がやろうと、これは変わらない。それまで防衛義務があるのはアメリカで、実はとてつもなく不利なのだが、気にしているように見えないのは、先にも述べた通り、トランプ氏の頭ではウクライナはすでにロシア領であるからである。つまり、ウクライナとの合意自体に意味はない。

 ウクライナにとって意味があるのはやはり時間稼ぎ、粗雑な思考で誇大妄想家の老大統領による後先考えない放言と恣意的な権力の行使であろう。つい先日も「ウクライナなんぞはロシアが一瞬で占領できる」などと言い、周囲を困惑させたが、いちばん困惑したのは一見彼の友人、誠実で信頼できるロシア大統領のウラジミール・プーチン氏だっただろう。これで彼は大戦車軍団をウクライナ地雷原に突撃させなければならなくなった。

 ロシア軍は開戦当初は兵力80万人、戦車3千台、装甲車両1万台が公表されている戦力だったが、三年間の戦闘でほぼ全部が失われていることが報告されている。兵員の死傷は86万人を数え、戦車の喪失は1万両、装甲車も2万両が失われている。ロシア軍は退役した旧ソ連時代の車両を停車場に保管していたが、衛星写真ではそれらもほぼ払底していることが確認されている。新造はされているが、経済制裁による資材入手の困難などあり、消耗のペースは補充のペースを上回り、すっからかんな様相が窺える。これで突撃しろとはえらい迷惑だ。

 当事国の元首に侮辱を加えることはウクライナ国民の対米感情を悪化させ、現にウクライナ参謀本部のツイッターではここ数週間、米国製兵器や戦車の姿は出てこない。撮影されているのはミグ戦闘機やドイツ製の戦車、フランスのトラックや自走砲などで、まだ自制心のあるゼレンスキーは苦虫を噛み潰して交渉に当たっているが、現場レベルでは怒り心頭というのが本当のところではないだろうか。

 鉱産資源の開発にしても、ここまで感情を悪化させては不成功は約束されたようなものである。ついにスターリンクを切るとまで言い出したが、ずいぶん前からロシアはスターリンク妨害衛星をウクライナ上空に飛ばしており、このシステムの有用性は開戦当初より大幅に下がっている。イーロン・マスクの人となりが信頼できないことを見ても、それは2年前に分かっていたのだから、何も対策をしていないのは阿呆のすることである。

※ スターリンクについてはウクライナで運用されている5万基のうち2万基はスペースXと契約しているのはポーランドで、ポーランド副首相は米国が自国の同意なしにサービスを切断することに否定的である。なお、マスク本人は報道はフェイクニュースと否定している。ほか、電力網の切断などあるが、これにも同様の問題があると思われる。

 ウクライナに対し、いちばん親身にアドバイスしていたのはアメリカではなく実はEUと英国で、特にEUはフォン・デア・ライエン女史を中心に汚職の絶えないウクライナ政府の改革を積極的に後押ししていた。提言には厳しいものが相当あったが、その試みはかなり実を結んでおり、鉱産資源開発に必須である「クリーンな国家」は実は目と鼻の先に来ていたのである。トランプがブチ壊しにする前までは。

 それにあの阿呆どもが分かっていないことはまだある。ゼレンスキーも含むウクライナの政治家がいちばん恐れるものは何か。それは「マイダン」という言葉であり、もし大統領がトランプの恫喝に屈し、不法な取引を承認したならば、屈従した大統領を国民が許さないことは明らかで、その時はウクライナの国民はマイダン広場に集い、国民を裏切った政府を放逐すると同時に、今あるウクライナ国家を解体してしまうだろうことがある。トランプはウクライナ戦争はゼレンスキーの責任で、「起こさせてはいけなかった」とのたまうが、自身の不注意でウクライナ国家を空中分解させてしまったら、その時は何と言うのであろうな。ウクライナは20の民族と12の言語を擁する多民族国家である。

 また、トランプはこの鉱産取引により、これまでアメリカがウクライナに援助してきた三千~五千億ドルを米国民の手に取り返すと言っているが、アメリカによるウクライナ援助は「援助(贈与)」である。売買や消費貸借ではないし、未履行の部分はともかく、既履行の部分については財産権を主張する理由も道理もないものである。

 それに現在までのアメリカによる援助は千億ドルと少々で、届かない砲弾、動かない戦車など不完全履行も少なからずあり、昨年はそれにトランプの使嗾による援助凍結が加わり、アウディウカの失陥を許したものである。ことアメリカの差し出口で要らざる損害を受け続けたウクライナ軍や国民の損失を割り引けば、千億ドルすら主張するのもおごかましい。

※ そもそも数字それ自体もおかしく、22日VOAによる国防総省の発表ではウクライナに対する援助として計上された金額は1,830億ドルで、うち659億ドルが軍事援助、39億ドルが未執行で、580億ドルは米国の軍事産業に直接投資されている。これだと合計は1,278億ドルとなり、上の総額と計算が合わないが、別の報告では援助総額は1,280億ドルというものがあり、概ね1,300億ドルが実際の援助額のようである。

 

※ 一方で同じく22日のキエフ・インディペンデントによるEU国防委員に対するインタビューでは同期間のEUのウクライナ援助の総額は1,340億ユーロ(1,400億ドル)で、武器援助の総額も480億ユーロ(500億ドル)となっており、援助対象の定義に相違はあるものの、概ね米国と同額か、最大で三割程度上回る者になっている。なお、ゼレンスキー政府によると、同時期のウクライナの納税者からの支出額は1,200億ドルで、これまでの所、ウクライナ支援は米国・EU・ウクライナの「三方よし」で支出されているようである。一定の基準があるかもしれない。なお、援助の基準は集計する機関ごとに異なるようである。

※ 要するに、トランプの主張する援助額3,500~5,000億ドルには数字上の根拠がなく、ゼレンスキーも「真剣な議論ではない」と一蹴している。

 トランプとその仲間については、平和な社会でも、こんな人間とのビジネスは願い下げである。約束を守らず、契約は都合の良い部分しか読まず、相手方の事情を斟酌せず、履行における信義もない。トランプより頭の良い人間はそういうものがあっても要領よく隠すが、米大統領の場合はあからさまである。これで国益を損ねないことがあろうか。いや、今まで見る所、やることなすことがあの国の国益に反している。

 うまく行くとはとても思えない。ロシアが勝つこともないと思うが、まだ一ヶ月である。ウクライナについては、ここまではトランプが何を言ってもやっても目を瞑るつもりではあったが、停戦はまだ実現していない。

 できるはずはない、が、バカとハサミは使いようである。それに三ヶ月経てば、状況は今より良くなっているとも考えられる。その間にトランプのロシアの友人による、ええカッコしいの犠牲になるロシア兵は六桁は軽く超えるだろう。

 

 トランプ新大統領の行状については、ハッキリ言って、ツイッターの「いいね」ベスト100をそのままエグゼクティブ・オーダーにしたようなものはマジメに取り合う必要はないのではないだろうか。今のところ、実際に履行(実害)されたものはごく少なく、これは差し止めの対象になるか、裁判で係争するか、あるいは全く手つかずで放置されるかで、職員の解雇にしろ、1ヶ月で復帰できるならそれは害ともいえない。グアンタナモ刑務所へ移送されるはずだったベネズエラ不法移民は結局ベネズエラが引き取った。

 腹心のマスクも自身の信憑性を貶めるような発言をしており、マスクキッズ(DOGE)が社会保障局のデータから300歳の受給者を「発見」したとツィートしているが、これは技術的誤解、あるいは捏造と思われ、政府効率化局(SSA)の評判を大いに下げている。

 WIRED誌の記事によると、社会保障局のワークステーションの言語はCOBOLであり、現在では使われていない言語のため、ティーンのマスクキッズはCOBOL言語を理解していなかったことが誤解の原因とされる。このプログラミング言語には日付型がなく、数百万件の死亡者情報がデータに残存する可能性については以前から指摘されていた。しかし、イーロンの主張には受給者の最高齢が369歳など、誤解だけでは説明できない内容もある。故意に近いデータの誤読、あるいは捏造というのがいちばん合理的な説明だろう。

 トランプについては、ゼレンスキーの支持率4%と誰が見ても虚偽の発言で失笑を買っており、「新大統領はロシアの手先」というのは外交界ではもはや公然の秘密である。石破氏も悪い時期に首相になったものだ。

 ちなみ定期的に世論調査のデータを公表しているキーウ国際社会学研究所の発表ではゼレンスキーの支持率は57%でトランプよりも高く、また、戦争中の選挙に反対する国民は68%に達している。次期大統領に対する期待ではゼレンスキー(22%)は駐英大使のヴァレリー・ザルジニー退役大将(32%)に大きく譲るが、現状では国民の7割が現政権支持である。4%という数字は彼(トランプ)がどういう人間かをより良く示すものであり、今後も頻繁に引用されるものであり、長期的にはゼレンスキーより、むしろ大統領を傷つけるものになるだろう。

 選挙の時から下半身疑惑でお騒がせだった元海兵隊員のバンスは国務長官でイラクでは彼の上官だったヘクゼスと同じく、砂漠の嵐作戦のような本当の戦争は経験しておらず、イラクでひどい統治を行って失敗して方々の体で逃げ帰った、士気の弛緩した、だらけたアメリカ軍の片割れである。イラクで彼が学んだことは恫喝で、あとは戦車戦を経験した湾岸時代の先達の教えを曲解した過剰な臆病だけである。こんなのは箸にも棒にもかからない。戦士ではなく、イラクではタダの経理係だ。この時代の彼については、日本では国公立大学の職員(教員ではない)の勤務態度がごく近い(見れば分かる)。

 当然のことながら、ウクライナも他の国も、ガラの悪い連中のアラはないかといろいろ探しているだろう。が、過去の独裁者の失脚事例を見ると、こういった弱点より、むしろ天災事故の方が致命傷になる例が少なくない。プーチンの場合はクルスク潜水艦事故、安倍晋三とトランプの場合はコロナがそれに該り、プーチンは次期をメドベージェフに譲らざるを得なかったし、安倍は遁走し、トランプの場合は文字通り選挙で負けた。

 

 そしてこういったものは、長い任期の間には必ず起こるものである。ソチで美女と戯れていたプーチンは潜水艦事故を予期していなかったし、トランプもコロナを予期していなかった。クルスク潜水艦事件はプーチン最大の政治的危機である。

 トランプの言動に指導者たちが困惑していることには変わりないが、リヤドでの会談を見たフランスのマクロン大統領は新大統領の有益な利用法を「発見」したように見える。それは時間稼ぎというもので、トランプとプーチンが互いに影響を及ぼし合っていることを見て、停戦とその後の欧州軍のウクライナ駐留を見据え、もう少しトランプにプーチンを攪乱してもらおうと考えたようだ。

 この会談にあっても、ウクライナでの戦闘は終息の気配を見せなかったが、15日には赤旗を掲げたロシア装甲車部隊(戦車はもうないので)がクルスクに突撃し、80台が撃破されるという惨状を呈している。明らかに自殺的な攻撃で、その日は戦死者も1,800人に達したが、これはリヤドでのラブロフとルビオの会談がなければ試みられなかった攻撃である。トランプに花を持たせよう、あるいは操ろうというロシア独裁者の思惑は戦場では死体の山を築く。戦略的焦点がボヤけるのであり、それは外野からでも観察できるものだし、もちろんマクロンも良く見ている。

 国務長官のルビオという人はキューバ移民の家の出で貧しい中、奨学金でマイアミ大学を卒業して政界入りした人物だが、副大統領を始め毒気の強い政権にあっては人畜無害の「いい人」という印象であり、リヤドでの会談でもプーチンの伝書係でしかなく、これが何かの役に立つとは考えにくい。八方美人の「ルーム長」は戦争では使いものにならない。日本では維新の政治家がごく近い。

 現在のところ、ウクライナに派遣できる欧州軍は英仏各々3万人程度で、準備にはおそらく時間が掛かる。核保有国の軍隊への挑戦は同じく核の応報になることはプーチンも痴愚でもない限り理解できることだ。その頃にはロシア軍は散漫な戦闘で消耗しきっており、アメリカの大統領は世界の総スカンでレームダック状態になっているかもしれない。ヨーロッパが主導権を握ることができ、今のところ、かつてメルケルが喝破したように、マクロンはそれに最も近い指導者である。

 私としては、平和維持軍の派遣は既定の方針だと思うから、これを機に国際秩序の再構築、ヨーロッパから東南アジア・オーストラリア、そして日本に至る自由民主的経済圏(スーパーEU)の構築と、南北格差の是正、人口比例に基づく、健康で文化的な多文化共存圏の理想も提示してもらいたいものだと思っている。

 ポスト冷戦の時代は終わり、野卑なグローバル資本主義はトランプ政権で醜悪さの頂点に達した。もはや終わりにすべきであり、声なき人々、虐げられた人々の声を代弁できる、持続可能な新しい地球政府の時代を築くべきである。

 

 とりあえず今のところは、精神衛生に良くないから、トランプ氏関連のニュースはしばらくシャット・アウトしても良いのではないだろうか。