同時通訳を付けなかったのは失敗だったが、帰路のゼレンスキーはイギリスに立ち寄り、ロシアの凍結資産を担保にした30億ドルの借款に署名し、広島でもそうだったように外遊中も時間をムダにしない姿勢を示した。見かねたチャールズ国王が宮殿に招待したが、これはスターマーによる慰労と思われる。

 会談決裂の直後、ウクライナ軍総司令官はツイッターで大統領に対する忠誠を表明し、トランプ陣営が溢れされていた「ゼレンスキー不人気、選挙で負ける論」にクギを刺した。これは議会に続くものであるが、前大統領のポロシェンコも現政権の支持と団結を表明し、共和党議員のグラハムが示唆したゼレンスキー辞任は当面起きそうにない。グラハムは親ウクライナ派で、会見の前には挑発に乗らないようゼレンスキーにアドバイスした人物だが、戦争は皮相的な同情と真の友情の違いを暴露する。ポロシェンコに至っては現在もゼレンスキーが目の敵にし、在職中の汚職で訴追しようかという人物である。

 下記はシルスキーのツィートだが、トランプにこういう人物はいない。彼はブラウン将軍やフランケッティ提督など忠良な軍人をみんな追ってしまったからである。

Armed Forces -
with Ukraine, with the people,
with the Supreme Commander-in-Chief.
Our strength is in unity.
We continue to destroy the occupier, bringing Victory closer.
Glory to Ukraine!
(General Oleksandr Syrskyi, Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine)


軍隊は-
ウクライナと共に、国民と共に、
最高司令官(大統領を指す)と共に。
我々の強さは団結にあります。
我々は占領者を破壊し続け、勝利を近づけています。
ウクライナに栄光あれ!
(ウクライナ軍総司令官、オレクサンドル・シルスキー上級大将

3月1日午前6時1分のツィート)

 


 ウクライナの方はこんな感じだが、トランプとバンスはといえば、大統領はその日のうちにマー・ア・ラゴでゴルフに、副大統領はスキーに出かけた。バンスはバーモント州のスキー場では手痛い歓迎を受けたようである。


「裏切り者」「ナチス」などと書かれたプラカードを手にする抗議者

 マジメさが違いすぎる。これではどんな提案を持って行っても、話がまとまることは決してないだろう。2日のCNNの調査では決裂の原因が誰にあるかということで、トランプ50%、バンス42%、ゼレンスキー4%とのことである。

 なお、ウクライナに対する米国の援助は当事者も言う通り重要なものであったが、不可欠とまでいえるものではなかった。2022年からの戦争関連費の内訳はEU36%、ウクライナ31%、米国33%といったものであり、兵器関連に絞るとEU21%、ウクライナ50%、米国29%で実はウクライナ自身でかなり負担していることがある。加えて米国から提供された兵器が概して中古品で市場価値の低いものだったことを勘案すれば米国の負担は10%が良い所で、残り6割はウクライナ、3割がEUで負担していたのである。なのでゼレンスキーも米国の援助については半ば諦めていた様子だったが、パトリオットなど米国製兵器を購入できることについてはトランプと交渉する気でいた。

※ 援助援助と言う割には、米国製兵器はパトリオットとジャベリンミサイル、M2ブラッドレー装甲車くらいしか目立たなかった理由である。M1戦車も旧式で、これはロシアミサイルの直撃を受けてたちどころに炎上した。ドローンに至っては使い物にならず、早々にウクライナ製にバトンタッチしている。

 いずれにしろ、言えることはトランプらの言うように2022年にジャベリンミサイルを提供したから3年も戦えたというものでは事実は全然なかったということである。むしろトランプの退任を見計らって一年後にプーチンはウクライナに侵攻した。トランプは会見でゼレンスキーがカマラ・ハリスの地盤のある砲弾工場を視察したことを利敵行為として非難したが、砲弾をアメリカの金で買っていたのでなければ言われる筋合いもない話である。バイデン前政権はウクライナ政府の自由になる金はほとんど与えなかった。旧オリガルヒらを呼び戻した最初の一年間の砲弾取引などは語り草である。このことにつき、トランプは何の関与もしていなかった(知っていたかどうかも疑わしい)。ウクライナがロシアの侵略を予期し、優れた計画を用意していたからこそ、今日まで戦い続けられたことがある。

※ そもそもジャベリンミサイルの提供をトランプに強請したのはメルケルである。

 

※ 調達経路は多岐に渡り、旧オリガルヒを介したことで着服や徴兵逃れとのバーター取引が横行し、価格も高かったが、生産工場などが立ち上がったことで昨年に整理され、不正を働いた業者は訴追されている。一時は闇市場に出回る北朝鮮製の砲弾を両軍で取り合う事態さえ生じていた。

 トランプの杜撰な頭脳は、プーチンが占領地の鉱山開発を提案した時、にべもなく撥ね付けなかったことでも分かる。思うにロシアの他の資源地帯と区別していなかったようであり、ウクライナ国民を虐殺した跡地に建てた鉱山の共同運営というものがいかに醜悪なものか、この大統領にはついぞ分からなかったようなのである。

※ 通常、英語が母国語でない場合は、流暢に話せる場合でも外交交渉では同時通訳を付けるのが慣例である(例・マクロン)。

※ 他の国相手でも、トランプとゼレンスキーのようなやり取りは密室では珍しいことではないが、公開の場で行われたことは異例である。交渉に習熟していないか、トランプによるショーというのが妥当な見方だろう。

※ ドイツには「シュトライトカルテゥア(喧嘩の文化)」という慣習があり、健全な議論での喧嘩はむしろ歓迎されるが、その場合でも結論は一つにまとまり、恨みを残すことはないとされる。相手に一方的な服従を強いるトランプのケンカ殺法がそれとは異質なことはいうまでもない。

 

※ シルスキーの階級はウクライナ戦争前は上級大将(Colonel General)だったが、この階級が2020年になくなったため、ウクライナ戦時には方面軍司令官として中将(相当の指揮官)、あるいは(無印)大将と表記も混乱していた。24年に総司令官となり、最初は大将だったが、半年ほど前からは(ウクライナ軍に今はない)上級大将としれっと自称している。この階級を授与された最後の現役将官で、今でも名乗っているのは前司令官のザルジニー大将のように退役せず、授与時から現役だからということらしい。NATO軍では大将相当。戦争を終えたウクライナが司令官の私称を改めるか否かは定かではない。

 

※ ウクライナの場合、解任されたり降格されたりした人物がほとぼりが冷めた頃にしれっと復活していることは珍しくない。情報局長のブダノフなどは何回か解任されているが今も局長としてインタビューに応じているし、大統領補佐官のイェルマークも一時は追われたはずが、今もゼレンスキーの側近として近辺にいる。

 

※ 元国防大臣のレズニコフは弁護士の生業があり、外務大臣のクレバはハーバード大学に再就職して今はアメリカにいるが、これらは復活組には入っていない。が、汚職(濡れ衣とされる)で追われたレズニコフが政府関係者向けのセミナー講師やキーウの救難訓練などに出ている映像は時折出回ることがある。

 

※ 元大統領のポロシェンコはゼレンスキーに追われる身だが、南部で軍事集団を組織してほとんど軍閥化している。ロシアのドンバス侵攻(2014年)から、ウクライナには政府所管外の軍事集団が複数存在するようになり、現在はほとんどがウクライナ軍に編入されているが、プーチンがナチスと呼ぶ極右民族系のアゾフ大隊などはその例である。

 

※ アゾフ大隊は長らく「大隊(員数300人程度の軍事単位)」とマスコミやロシアから呼ばれ続けてきたが、実際は旅団(2~3千人)規模で、リーダー(プロペレンコ)の抗議(大隊じゃない)により、最近では旅団と呼ばれるようになっている。英語のホームページや好待遇、充実した訓練など外向けPRも行っている。

 

NYタイムズ電子版から

 

 また日が変わり、トランプ・ゼレンスキー会談は会談と呼べる内容のないまま決裂したが、ここまで派手になったかはともかく、うまく行かないことは予想できる話であった。先に私はこの話を仕送りを受けている大学生の息子と田舎の親に喩えたが、案外当たっていたようだ。

 ゼレンスキーに服装について質問した人物は「アプレンティス」の元スタッフで、キエフ・インディペンデント紙によると「英語話者でない大統領を相手にするのに二人以上(大統領と副大統領)を必要とする」と揶揄されていたが、実は国務長官ルビオを始めとして閣僚勢揃いで、こういった人物まで入室を許可されていたことで、トランプ氏は最初から破談させるつもりだったという論調もある。ゼレンスキーには通訳さえ付かない冷遇ぶりだったが、ウクライナの鉱物がチャームポイントにならない可能性については前述した。

 ゼレンスキーの側にも油断がなかったとは言えない。資源協定の細目が詰まっていない状況では交渉は事務レベルで行うべきで、首脳会談は最後まで取っておくべきであった。彼一流のトップ会談でまとめようと勇み足になったことが原因と言えなくもない。直前に会談したマクロンやスターマーがまるで腫れ物に触るように接していたこともある。

 トランプ氏とバンス氏については、ウクライナ憲法のごく基本的な事項も理解していないことが明らかになった。ゼレンスキー氏を辞任させることは難しくないが、ロシアの攻撃が続く限り、現在の憲法では、彼はウクライナ大統領なのである。辞めさせることは不可能で、この点、判例まで調べ上げてウクライナ大統領の正当性を誹謗し、交渉相手に最高議会議長を指名したロシアとは緻密さのレベルが異なる。

 援助額についても同じで、すでにアメリカのウクライナ援助は千億ドル少々であること、うち借款は40億ドルにすぎないことが明らかになっているが、トランプ氏によればいまだに3,500億ドルであり、根拠も示していないことから、どうも事実関係についても検討した様子がないことが窺える。

 一方で、議題ではなかったが、前任者のバイデン政権の問題も明らかになった。アフガニスタンにしろ、このウクライナにしろ、タリバンやロシアと合意を結び、文書化したのはトランプ政権であった。タリバンのカブール制圧とアメリカ軍撤退は極めて無残な結果に終わったが、これはトランプが結んだ合意の条項が軍の派遣などバイデン政権の選択を縛っていたという話である。
 

 トランプの作った条項はあいまいで、ロシアの信義、タリバンの仁義といったあいまいなものに頼り過ぎ、事情を知る彼がいなければ機能しないようなものだった。なので破局はいつも退任後に訪れ、彼はしたり顔で「自分がいれば起こらなかった」と前政権を非難することができたのである。が、外交関係が一個人の存否で左右されるような粗雑な条約を作った本人に、実は最大の責任がある。

 ここでゼレンスキーが大統領を怒らせた理由もおぼろげながら明らかになる。ウクライナのアメリカ資産の防衛は規定がなくてもトランプ氏には「言わずもがな」のことであった。それを条項化することを求めたことで、ウクライナの当然の言い分は彼には自分に対する不信、侮辱に見えたのである。が、彼の結んだ諸々の協定とその顛末を見れば、非はやはりトランプ氏の国際政治家としてのナイーブさにある。

 ジョー・バイデンという人は外交委員会の委員を30年務めた外交の専門家で、本人もそう自負していたが、アメリカ合衆国の締結した無数の条約の中に良く練られていないものがあることには想像が及ばず、派兵条項のような当事国に負担を強いる内容については、通常は最大限の熟慮と慎重さであらゆる場合を想定し、専門家により決して言い逃れできない所まで詰めて締結されるはずと思い込んでいた誤りがある。なまじ外交の専門家であったばかりに、彼は条約は守る人間であったが、大統領としての決断力は欠いていたことがある。トランプが締結した協定はそれほど緻密なものではなかった。それを通常の条約と同じように扱った誤りがある。

 ウクライナの鉱物取引を巡る協定案は結局調印されることはなかったが、安全保障については欠陥が指摘されていた。今は誰もがそれを知っているが、締結から数年経ち、再びロシアが侵攻することがあれば、次の大統領はウクライナの失陥は承知しつつも、派兵を強制する条項がないからという理由で防衛を放棄することになるのである。顛末はあのカブール空港の飛行機にしがみつく民衆の群れのようなものになるに違いない。バイデンは行政官、外交官としては適切な人物ではあったが、大統領には向いていなかった。



 ウクライナの防衛を拒否し、細目を詰めることさえ拒否するトランプ政権がロシアの味方であることはもはや明らかである。国交を再開した同国の物資は不足しているロシアの民需品、奢侈品を潤すことになるだろう。貧困地域で志願兵を買い叩く資金もより潤沢になるに違いない。トランプのやったことは青息吐息のボクサーにタオルを投げてやり、レフェリーが一方の相手に殴りかかるのと同じである。

 しかし、トランプ=アメリカではないし、ネタニヤフ=イスラエルではない。アメリカの歴史は絶えざる暴力と無法の歴史である。アメリカの三丁目の夕日、日本では安倍晋三が郷愁を持って語った50年代は特にひどかった。トランプの行状は彼の行いを恥知らずと思っているアメリカ人の多くに、「この男さえいなければ」と諸悪の根源をあからさまに特定することになったのも、また否定できない事実だろう。

 ノーベル財団はトランプ氏を平和賞の候補から外すべきだろう。
 

 混迷した大統領の発言にいちいち付き合っていてはこちらの身が持たないことはあるが、今日のトランプ氏は一転してゼレンスキー賞賛、ロシアdisモードのようである。翌日に会談を控え、ご祝儀かとも思うが、プーチンの非妥協的な態度がガザ・キングのご機嫌を損ねたのだろうという見方もできる。

 外務大臣ラブロフは現在の占領地のほか、ドネツク州の全州とザポリージャ、ヘルソン、ムィコラーイウ、オデッサの割譲を要求しているとされる。ムィコラーイウはキエフ級やクズネツォフ級空母を建造した旧ソ連の造船都市である。ヘルソン以外は戦場になったことはなく、発言したラブロフも無理は分かっていると思うが、戦場でも決して有利とは言えない状況で、なぜこの発言をしたのかということはある。が、これは要求というよりはロシア内部の事情を反映した発言ではないかと考える。



 上図はウクライナ参謀本部が毎日発表している戦果報告だが、英国国防省の評価でもだいたい正確という話である。16日の報告だが、集計に平均して1~2日ほどかかるので、米露会談の最中の15日のデータだと思われる。装甲車の損失が突出して多いことが指摘できる。この車両は最近の攻撃ではあまり使われていなかった。

 この日に猛攻を掛けた理由は誰でも理解できる。重要な会談を控え、来訪したアメリカ交渉団に揺さぶりを掛けることが目的で、あわよくば戦果も挙げ、交渉を有利に運ぼうと目論んだことがある。この日は兵員の損失も1,730人に及んだが、戦果の方はうーむという感じであった。翌日も攻撃を行い、さらに50台の装甲車を失っている。しかし、ロシア軍の活発化は交渉団、なかんずく背後にいるトランプに強い印象を与えたようだ。「ロシアはウクライナなんぞ簡単に征服できる」と、彼の発言がエスカレートするのはこれ以降である。

 その後、大統領の言動はウクライナ指導者ゼレンスキーへのいわれなき中傷にシフトしていったが、アンコールを求められたプーチン大統領としては、期待に応えるべく同規模の攻撃を再び行いたい所である。が、会談から2週間が経っても、そんなものはないようだ。



 上図は私が作図した米露会談前後のロシア軍の装甲車(AMV)、戦術用ドローン(UAV)の喪失数だが、見ると会談の前後で違いがあることが見て取れる。戦車は数が少なすぎ、兵員の損失は恒常的なので傾向を見て取ることは難しいが、これを見ると会談の後はロシア軍は装甲車や兵員による攻撃は低調で、自動兵器に依存する傾向が見て取れるのである。


 さらに上図は中央日報によるクルスク地方ニコルスキ村に孤立した北朝鮮部隊で、おなじみコレネヴォ街道の近くだが、後詰めのロシア部隊との連携が悪く、寸断されて包囲されてしまったものらしい。北朝鮮軍は「弾除け」と当初からいわれていたが、言語や指揮の問題から実際はまとまって行動しており、風評通りの用兵(弾除け)でこの方面に出現したのは初めてである。これまではスジャの東側にいた。

※ 北朝鮮軍が戦意が高く侮れない相手であることはウクライナ軍でも認識されている。時代遅れだが良く訓練されており、クルスク方面ではロシア兵に代わって交戦の機会も多くなっている。

 ほか、会談後はウクライナ軍が長距離ドローン攻撃でロシア軍の重要拠点や司令部を攻撃したことが伝えられ、ポフロフスクやヘルソンでも逆襲した例がある。トランプ新政権の態度はいちいち胸くそ悪いものが多いが、前線にはあまり影響しておらず、ウクライナ軍の戦意も思うほどには下がっていないようである。戦意が大幅に下がったように見えるのは、むしろロシア軍の前線将兵である。誇り高い大ロシア軍が小兵の北朝鮮兵の後におずおずと付いて行き、おっとり刀で突撃するなど考えられるだろうか。

 考えれば分かる話なのだが、トランプの出現でどんな形にしろ停戦することは両軍とも分かっているはずである。これまでのロシア軍の戦法は肉挽き機と呼ばれる粗放な人海戦術で、一回の突撃で数百名の死者を出すようなものであった。多くはシベリアなど辺境民で、戦死すれば家が建つほどの恩給が遺族に給付されるが、あと一週間、あるいは数日で戦闘が止まるという状況にあっては、そういった兵士は上官の命令に従って突撃する気になるだろうか。いわゆるトランプ効果である。


ガザ2025(realdonardtrumpより)

 ラブロフの発言の背後にはおそらくこういった事情がある。すでに秘密裏に前線からは不穏な動きが多く報告されており、ザポリージャなど法外な要求と見られるものの名宛人は、トランプもあるが、むしろ味方の前線将兵である。また、同期の多くが戦死したにも関わらず、主要都市一つ奪取できない戦争の顛末には中級指揮官にも不満を貯める者は多くいるに違いない。

 15日の攻撃は不景気なロシア軍にしては大盤振る舞いだったが、戦果は絶無に近いものであった。トランプのせいで前線の戦意はガタ落ちで、プーチンがもう一度玉砕攻撃をやれと命じても兵士が従わないことが考えられる。自動兵器頼みになっているのはそれが理由だ。

 ウクライナ軍としては、曲がりなりにも停戦する日まではあらゆる手段を使い、この機に乗じてロシア軍施設、装備、製造工場を徹底的に叩いておくべきだろう。ここでロシアの一個軍団でも降伏してくれれば、歴史の流れは一挙に加速するのだが。
 

"If you can't describe what you are doing as a process, you don't know what you're doing."
(W. Edwards Deming, economist)

「自分がやっていることをプロセスとして説明できないなら、自分が何をやっているか分かっていないのだ。」
(W・エドワーズ・デミング博士、統計学者)

 28日にトランプとゼレンスキーの会談が予定され、鉱物資源協定の調印が行われるという話であるが、安全保障については協定の文言はあいまいで、続くトランプの言葉からもお題目以上の意味はなさそうな感じである。

 会見についても、私は先に放言を連発するトランプの心理状態について考察したが、ここで大学生の息子(ゼレンスキー)が帰郷しても、先に述べた観察では、言葉で父親(トランプ)を翻意させることはできないはずである。大事なのは、この会談に費やした時間と労力が、現在の何に役に立つかだ。

 ただ、毎日毎日猫の目のように変わる大統領の言葉にいちいち付き合わされるのも疲れる。識者の分析も一日経てば古新聞で、「戦略が見えた!」という見出しのものもあるが、書き上げた頃には前提が変わっている。そこでトランプ氏から少し離れ、混迷している現在の状況を前提に、提起された論点について考察してみたい。参考として、論点ごとにウクライナ、ロシアのどちらに分があるかも示しておく。

※ 「混迷している」状況が前提なので、状況が変われば違う結論もあり得る。



1.ウクライナのNATO加盟・・・ウクライナが有利

 まず、ある安全保障機構に加入するかしないかという問題は、最高高権の主権国家が自らの意思で決められるものである。ウクライナには一院制のヴェルクホフナ・ラーダ(最高議会)があり、元首である大統領がおり、条約を批准して承認する機構は揃っている。外国の介入があったとしても、行政府が批准した条約が議会で承認されれば、その効力を否定すべき理由は何もない。

 ロシアがこれを妨げる方法にはこれといったものがなく、ゼレンスキーの与党「国民の僕」党はラーダの過半数を占める政権与党であり、大統領の任期についても議会で延長が承認されたこと、また、開戦以降ロシアはゼレンスキーの暗殺を度々試みているが全て失敗していることがある。

 唯一可能な手段は軍事力による征服だが、三年間続いた戦争で壊滅したのはロシア軍の方である。軍備縮小のほか、核の放棄など思い切った提案をしなければ、ウクライナが翻意することはまずないだろう。


2.領土交換・・・どちらともいえない

 2022年の侵攻でロシアはウクライナ領の20%を支配下に収めたが、24年にウクライナもクルスクに逆侵攻し、現在はロシアの支配地域が約10万平方キロ、ウクライナが六百平方キロと相互に領土を持ち合っている状態である。ゼレンスキー政府は停戦と領土の交換を申し出ている。

 

※ 2022年のラインへの撤退を求めている。マリウポリ割譲あたりが妥当な線だろう。

 元々侵略で得た国土というものが不法なものなので、交換は妥当であるが、ロシアはこの種の問題を複数の国家に抱えている。返還された例はなく、また奪還を企図した場合は主力方面が手薄になり、さらに広範囲の占領地を奪い返されることが考えられる。戦闘状況によってどう転ぶか分からず、現時点では判断できない。


3.鉱物資源交渉・・・ロシアが有利

 ゼレンスキーが秘策として持ち出したウクライナの地下資源だが、老獪なプーチンに逆手に取られてしまったように見える。天然資源の埋蔵量は国土が広大なロシアが有利で、取引を持ち出したトランプもプーチンが囁いたロシア資源に目が眩み、ウクライナは上の空の様子である。ウクライナの資源はアメリカを繋ぎ止める楔の役割は果たせず、また開発に長年月を要すること、天然資源は政治的に増やしようがないことから、これでロシアと競っても、ウクライナに勝ち目は全くないだろう。

 

※ すでにプーチンがクラスノダール州で工場誘致のPRを始めている。この州はボーキサイトの産地だが、シベリアの奥地で環境汚染のやり放題だったことから、住民はガスマスクを付けて生活している。SVOにも多数参加している。


4.ビジネス・・・ウクライナが有利

 ウクライナの資源は期待ほどの注目を集めなかったが、採掘した資源を流通させて換価することは埋蔵量とは別の問題である。この点、プーチン政権は取り分の50%を要求するなど悪評が高い。ウクライナは戦いを続けつつ、以前からの懸案であった行政改革を着々と進めてきた。

※ 侵略で地球の6分の1を手に入れながら、途中船が沈められたことで石油もボーキサイトも手に入らず、原爆まで落とされて世界史上稀に見る悲惨な敗戦を経験した日本人にはつくづく良く分かる話である。



※ プーチンのやり方はどこかで見たことがあると思ったが、江戸幕府中期の田沼意次の政治が良く似たものとしてある。田沼もまたビジネスには素人で、株仲間を作っては上前を跳ねていた。どちらも官僚で、思考方法に似たものがあるかもしれない。賄賂が横行していることも田沼との類似性を感じさせる。

 焦点になるのはロシアのウクライナ占領地だが、政府によるとおよそ3,500億ドル相当の天然資源が眠っているとされる。これがロシア式ビジネスだと利益になるのは1,750億ドル程度だが、現在のウクライナはEU基準に準拠しており、汚職の淵源で、障害となったオリガルヒも逮捕されるか訴追されるかで同国にはもういない。つまり金銭的にクリーンで透明性の高い政府の下、100%近い現金化が可能なわけで、加えて関連産業に投資することで、さらに高い収益が期待できる。

(ウクライナ)
 3,500億ドル×100%=3,500億ドル(鉱山そのものの価値)
 3,500×4×100%=14,000億ドル(周辺産業の付加価値)
 ※4は乗数効果
 (合計)3,500億ドル+14,000億ドル=17,500億ドル
     17,500億ドル×30%=5,250億ドル(最終的な収益)
     ※30%は利益率

(ロシア式)
 3,500億ドル×50%=1,750億ドル(上納分を引いた価額)
 1,750億ドル×3×50%=2,625億ドル(周辺産業・上に同じ)
 ※3は乗数効果
 (合計)1,750億ドル+2,625億ドル=4,375億ドル
     4,375億ドル×20%=875億ドル(最終的な収益)
     ※20%は利益率、なお、オリガルヒの利益は4,375億ドル

 体制による効率性の違いを勘案して多少手加減したが、比較すると同じ場所をウクライナに開発させた場合とロシアを関与させた場合では、5,250億ドル対875億ドルと六倍の差になることがある。数字や係数などは適当だが、当たらずといえども遠からずだろう。ロシアの場合は収益の多くがプーチンやオリガルヒのポケットに落ちることになる。

 トランプもこのことには薄々感づいているように見える。ロシアの資源は魅力的だが、この国のビジネスには不透明さがつきまとう。プーチンはウクライナ占領地の資源もアメリカとのジョイント・ベンチャーで開発したい意向を示しているが、同じ場所を開発するならロシアよりEUとウクライナにやらせた方が利益が出るということは、この大統領にはプーチンとの友誼もあり、頭の痛いことである。

※ 彼はプーチンは好きだが、プーチンが取り分の50%を持って行くことには不快感を感じている。

 このような比較ができるのは、ウクライナでは軍では10年以上前、戦争が始まってからは急速に、行政の透明化やデジタル政府化を進めてきたためである。ロシアにはそのようなものはなく、ビジネスは放漫で、プーチンとオリガルヒの承諾なしに利益を上げることはおぼつかず、経営者も変死したり失脚したりすることは良く知られていることである。

※ 我が国ではカルロス・ゴーン氏がやはり手痛い目に遭っている。

 戦前のロシアの輸出額は年間40兆円であったが、輸入は半分の20兆円である。それでもルーブルが地を這うような低迷を続けたのは、プーチンとオリガルヒが上前を跳ね続け、国外に不動産を買い、奢侈品を買い漁るなどして搾取を制度化していたためである。プーチンの総資産は約20兆円といわれるが、これは上記の輸出入の差額とほぼ同額である。

※ イタリアで差し押さえられたプーチンの豪華ヨット「シェヘラザード」は全長140mと海軍のクリヴァク級駆逐艦より大きく、重さも三倍あり、ロシアのエネルギー会社ロスネフチCEOの名義となっていた。実態はプーチンの専用船で運用もFSBによって行われ、ロシアの場合、所有権の概念はかなり不明瞭である。上記の要目から駆逐艦より高価な船であることは間違いない。


5.政権交代(ウクライナ)

"I know some Russian oligarchs that are very nice people,"
(Donard Trump, President of the United States)

「私はロシアの新興財閥の中にとても良い人たちがいることを私は知っている」
(ドナルド・トランプ、合衆国大統領)

 プーチン氏はもちろんのこと、トランプ氏も現ウクライナ大統領のヴォロディミル・ゼレンスキー氏を忌み嫌っており、何とかして政権の座から引きずり下ろしたいと思っているが、トランプ氏も「ビジネス」を首尾よく進めたいなら、そのやり方には注意しなくてはならない。

 現在のゼレンスキー氏の支持率は53%で、かつての90%より大きく低下しているが、それでも三年掛かったのであり、トランプ氏が50%を割り込むのは1ヶ月と掛からなかった。政府の様々な施策に加え、EUから求められた汚職の一掃、支援国との外交関係の構築に戦況の監督、軍の近代化などどれ一つを取っても重要な課題が山積した上でのこの支持率であり、これまでのところ、公務員いじめ以外政治らしいことを何もやっていないトランプ氏とは国民の信頼感が違う。

 閣議にしても、就任一ヶ月にしてようやく開いたトランプ氏と異なり、ウクライナ大統領は空襲サイレンの鳴り響く中、侵攻翌日には国民の前に姿を現し、その後も間近に迫ったロシア大戦車軍団と1ヶ月以上対峙し続けた。テレビ塔が破壊され、東部管区軍のロシア戦車は大統領官邸に数キロまで近づいていたのである。ドニエプル河の対岸にはラピン将軍の中央管区軍の部隊があり、脱出は完全に不可能であった。もしここでウクライナが敗れたら、彼は間違いなく、他の政権幹部や軍幹部と一緒に銃殺刑にされていただろう。

 彼が進めていた改革がビジネスにおいても適合的なものであったことは上述した。で、あるからして、このリーダーを追うには合法的な方法でなければならない。戦争があと10年続き、その間も大統領に居座り続けたならクーデターを使嗾しても良いと思うが、現在の彼は任期の延長につき議会の信任を得たばかりである。もし超法規的、非合法な手段を通してこの政権を倒したら、EU加盟を目指してゼレンスキーらが連綿と努力してきた改革は水泡に帰し、ウクライナは元の汚職国家に逆戻りして、ビジネスで儲けたくてもその術もないようなものになりかねない。いかに忌まわしくても、ウクライナ政治改革の中心人物がゼレンスキーであることは否定しようがないのである。

 現在の彼はロシアが戦争を止めない限り辞任も不可能な状況であり、弾劾に値するような不祥事もないことから、こと合法的な方法でこの大統領を追う手段はない。トランプに脅迫されて辞任したとしても、選挙を行えるような状況でないことは明白なので、これは表見大統領として地位に留まり続けることになる。トランプやプーチンにこの大統領を引きずり下ろす手段はなく、トランプについては上に述べたような事情から、追放はデメリットしかないものになることがある。どんなに嫌っていても、現時点では、彼はゼレンスキー氏と共存するより他にないのである。


6.一覧しての当方の見立て

 トランプ氏の言動は日ごと、時間ごとに変化するため、彼がいったい何を目指しているのか、ビジョンも何もない男ではないかという見方はすでに人口に膾炙しつつあるが、それもややつまらない見方である。



 一つ言えることは、彼はさながら時代劇の悪人のように小判が大好きであり、黄金色に光り輝く富に執着を示すということである。ただ、生まれついての金持ちであることから、彼が富を求めるのは貪欲だからではなく、富こそが彼の価値基準であるからである。この切り口で見るならば、一貫性のないように見える彼の行動もいくらか秩序を考えることはできるかもしれない。ここからまず考える。

 まず、ウクライナは占領された地域の返還は諦めた方が良い。クルスクは潔く返し、見返りを求めずに国境線の守備を固めるべきである。鉱物資源取引についても駆け引きはしない方が良い。粛々とビジネスに位置を占め、妥当な収益を上げるべきである。資源ではなく、寡兵で三年間も戦い続けた政府の効率性、国民の律儀さが武器である。政府の管轄下で存続してきたアゾフ大隊など軍事集団も解散すべきだ。

※ アゾフ大隊はアゾフ「旅団」と改名して現在はウクライナ軍に編入されており、ウクライナに私設軍隊はいないことになっている。が、2014年以降22年までは確かにいた。

 すでにロシアが占領した地域については、奪還ではなく、彼の地でのビジネスを志向し、利益を還元することで拝金主義者の信用を勝ち取るべきである。このようなものならウクライナはドンバスでもアメリカ大統領の後押しを得ることができるだろう。ビジネスと金儲けについては妥協の必要はない。

※ 上述の検討から考えると、領土はロシアに、ビジネスはウクライナ式にがトランプの理想である。ロシアは軍事的に占領できなかったムィコーライウやザポリーシャも要求しているが、そこまで聞いてやる必要はない。

 2014年に占領されたドンバスと現在の占領地域は以前のように人民共和国を作るなどし、緩衝地帯として設定する。ビジネス権と旧住民の往来権は保障し、それをNATOとアメリカ合衆国が担保するというものになる。債権の保全であって、領土の保全ではない。なので駐留部隊もウクライナ軍がよほど弱体化しているならともかく、原則としては必要ない。ウクライナ本国は残る国土で国家の再建を続け、近代化もより進める。NATOやEUの加盟は機が熟したらということで良いが、加入の意思は示しておく。

※ 行政と防衛はロシア提供で良いのではないか。領土を放棄する分、復興費用も放棄することができ、それはロシア負担分でウクライナの負担は減る。国民感情はあるが、相殺して賠償は放棄すべきだろう。

※ 独裁国相手のビジネスは北朝鮮の開城工業地帯の例があるが、少なくとも金政権の代替わりまでは堅調な操業を続けていた。プーチンには後継者がなく、同様の傾向が世襲されることも考えにくいため、朝鮮よりリスクは小さいといえる。ロシアでもカルロス・ゴーン氏のアフトバス掌握失敗の例などが参考になる。

 

※ 緩衝地帯のデザインは中国のように統治と民間を格別し、統治機構はロシア式、民事及び商事はEU式と折衷することも考えられる。中国の場合、統治に影響しない限り、民間経済には非干渉であり、これはうまく行っている。

 

※ ビジネスを担保したいなら、NATOはともかくウクライナのEU加盟は有力な担保となる。トランプ氏の傾向なら、むしろアメリカが後押しすべきだろう。

※ 協定案第六条2項は「基金契約の草案作成にあたり、参加者は、ウクライナの欧州連合加盟に基づく義務、または国際金融機関およびその他の公的債権者との取り決めに基づく義務との衝突を回避するよう努めます。」とし、ウクライナのEU加盟を当然の前提としている。ビジネス利益を確保する方策についてはトランプ氏に妥協は見られない。

※ 現在ある占領地のウクライナ国民には割譲に際し、国籍選択の自由を与えるべきだろう。ウクライナはほとんどが平地で、占領地から帰還した住民(約300万人)に割り当てる土地は現在でも十分あることがある。そもそも国土の割に人口が少なく、これもロシアの侵略を許した理由の一つである。

 発展の方向としては、アメリカやEUはもちろんあるが、アフリカやインド、東南アジアにも目を向けるべきである。ウクライナには世界有数の商船学校があり、世界の海員の10%がウクライナ人である。戦争でも大きく損なわれなかった自給率を武器に、これらの国々に発展の方向を定めるべきである。特に人口2億7千万人のインドネシアは東南アジアの中心となり得る国で、日本、中国とも外交関係を築くべきである。そしてこれらの国々とウクライナは海を通じて繋がっている。人口が三千万人を切ったことを見れば、移民も奨励すべきだろう。

 ロシアについては、この枠組みから多少の利益を得ても良いが、それは新共和国(緩衝国)との関係次第である。介入はしないが、ピンハネなどビジネス権を侵すようなものは許さない(そこだけはこだわる)。ロシア再侵略の懸念については、ウクライナで大破したことから、少なくとも5年は問題ないと思われる。また、緩衝地帯はロシアに委ねられることから、そこでの行政は(建前は独立国とはいえ)ロシアの責任である。北朝鮮人を移民させるなど何でもして、好きにやらせればいい。

 

※ ロシアの脅威が喧伝されているが、現在のロシア軍は旧ソ連軍に比べ規律・訓練・装備共に劣っている。軍としての能力は同兵力でもソ連時代の方がむしろ高かった。兵器の更新も緩慢で、全体としてプーチン政権は軍国化にあまり関心があるように見えない。少なくともオリガルヒの利権を犠牲にするほどではない。

※ 記事によると五カ年計画で軍備を再編して再侵攻という説もあるが、この戦争のダメージはチェチェンなどとは比べものにならないほど大きく、またウクライナも防備を強化することから、5年で再侵攻は難しいと思う。10年もすればプーチンもいなくなる。

 何十年も続けていれば、差は自ずから開いてくる。不公正な慣行を温存したモノカルチャー経済の旧式な国と近代化を進めた国とでは産業の裾野もGDPも輸出入総額もだいぶ違ってくる。ブラジルなどが良い例であるが、そうやって実力を蓄えていけば、失われた国土を取り返せる日も思っているほど遠くではないと考えるし、ロシア自体が変わることも考えられる。

※ ゼレンスキー自身も「国民の僕」でこのシナリオを描いている。つまり、彼にとって想定外のものではない。

 とりあえず、これは現在の状況からの見立てなので、トランプ氏が急逝するとか、アメリカ人が突然リベラリズムに目覚めるとかすれば、また違った見方ができることは言うまでもない。

※ 国力を上げても返してもらえない北方領土や樺太については、そもそもこれらは明治まで日本領ではなかったことがある。北方四島については発見はロシアの方が早く、現在では居住期間も上回っている。ドンバスとはまるで異なる事情があり、もちろん旧島民は返還を求めているが、全国的運動にならないし、根室でも目の前でロシア警備船が航行しても知らんぷりというのは、歴史を通じてこれらの島々の存在感が日本人にとっては郷愁や愛着を感じるほど大きなものではなかったことがある。これがドネツクのようなものならば、日本はウクライナ戦争が始まった途端に臨戦態勢で自衛艦を派遣して占領していただろう。
 

 トランプ氏とウクライナについて書きたいことはあらかた書いたと思うので、その後何を言われても、当面の間はブログは休みとしたい。ただ、やや混乱した記述なので(覚え書きのため)、もう少し整理して後でまた書くかもしれない。

 

“No, in fact, to be frank, we paid,” 
(Emmanuel Macron, President of France)

「いや、実のところ、率直に言って、我々は支払った」
(エマニュエル・マクロン、フランス大統領)

 

 先にトランプとウクライナの交渉については、まだ本案にすら入っていないと述べたが、ゼレンスキー氏の参加を認めないことは既定として、どうも協議の方は、いつものトランプ式ビジネスと同じ結末になりそうである。

 トランプという人物は着眼点はいつも斬新だが、物事を進めていく過程に問題があり、マネジメント能力が乏しいために、おいしい所をどこか他の企業家に持って行かれるという結末を人生で繰り返してきた。ウクライナに鉱業取引を持ち掛けたことは、この戦いを正義と悪の戦いとして捉えてきたバイデン政権やEUにはない斬新な提案ではあっただろう。が、褒められるのはそこまでで、彼がグズグズしている間にウクライナでは兵士や民間人が一日二千人死んでいることがある。そのことに対する切迫感や誠意は彼の交渉態度からは感じられない。

 この1ヶ月間では、ことウクライナ問題について、合衆国大統領とその閣僚が意味のあることをしたのは35日中3日くらいである。残り32日は五分の四が政治外交上の技能不足、単なる稚拙さで浪費され、残り五分の一は誰にとっても益のないウクライナとゼレンスキーに対する脅迫に終始した。

“If they don’t care about values, that means they could abandon Taiwan, a consistent supporter of democracy.”
(Huang Yu-hsiang, technician)

「もし彼らが価値観を気にしないのなら、それは彼らが一貫して民主主義を支持してきた台湾を見捨てることができるということだ。」
(黄玉祥、技術者(台湾))

 彼の番組である「ア・プレンティス」ならば、このような悲惨なパフォーマンスの持ち主は「ユー・アー・ファイアー」でクビにする所だ。

 が、完全にムダとも思われない。24日にキーウに到着したEUのフォン・デア・ライエン女史はウクライナにアメリカのものよりフェアな鉱物資源協定を提案した。ルビオがしどろもどろで話したトランプ語のパートナーシップと内容は類似点が多いと思うが、極右にリベラルが脅かされていることはEUも同じである。

※ 続報では完全に新規というものではなく、以前からあった協定のアップデートのようである。米国の提案に対抗するものであることについてはEU委員会は否定している。三年間の戦争におけるウクライナの金融財政及び調達事情は旧オリガルヒとの関係もあり、それなりに複雑である。

 ここは民主主義の出番である。民主主義とは多数決の意味で捉えられることが多いが、単に単純多数で何でも決められるなら、それは数の暴力で、科学的知見など、そういう選択になじまないものもある。人権や民族自決なども、あるいはそうかもしれない。

 民主主義が最大の効力を発揮するのは、微妙な相違点のある複数の提案があり、内容も違うところはなく、どれを選択しても結果に大きな相違がない場合である。トランプ案とEU案は鉱産取引という点では一致している。争点となった防衛についても、EUは言うまでもないが、ルビオの言葉では間接的に提供されるともしている(トランプは頑なに拒んでいる)。それに米国はウクライナ最大の支援国だ。国民投票は難しいが、ラーダがある。民主的に決めてもらおうじゃないか。

 このようにして、トランプ氏はいつもトンビに油揚げをさらわれていくのである。コモドアホテルもタージマハルもそうだった。彼の切り拓いた道をベンツで通るのはたいてい他人である。

“Ukrainians want peace more than anyone else, but our struggle and the resistance of the Ukrainian military is the only reason why we still exist as a nation, and as a subject of international relations. It was not Zelensky who decided what to want or not to want, but all Ukrainians who stood up to fight.”
(Pavlo Velychko, lieutenant, Army of Ukraine)

「ウクライナ人は誰よりも平和を望んでいるが、我々の闘争とウクライナ軍の抵抗こそが、我々が国家として、そして国際関係の主体として今も存在している唯一の理由だ。何を望むか望まないかを決めたのはゼレンスキーではなく、戦うために立ち上がったすべてのウクライナ人だ」
(パブロ・ヴェリチコ、ウクライナ軍中尉)


 ウォール・ストリート・ジャーナルによると、私はこの新聞をあまり信用していないが、米国の支援がない場合、現在の状況でウクライナの継戦能力は夏までだそうである。弾薬などは補充が効くが、最先端の迎撃システムやミサイル、索敵装置などは米国の独擅場で、こういったものはEUでは提供できないからである。攻撃の精度や長距離攻撃能力が低下することが懸念されている。

 ISW同様、「あまり信用してない」というのは、この新聞の見出しはいつも扇情的で、たいてい他の要素を無視しているからである。その一つは、夏までというが、トランプ政権がそれまで持つかということである。いや、政権として存在はしているだろうが、事実上のレームダック状態で、政府が通常業務に戻ることが考えられる。この場合、支援は再開されることになる。

 もう一つはマスクがクビにしたNASAやスペースXの技術者が復職せずにダッソー社やBAEシステムズ、ラインメタルに再就職することである。宇宙技術やステルス技術などはヨーロッパに移転し、不足している装備品の製造が可能になることがある。これはマッカーシー時代に実際に起きたことである。

 そして第三の理由は三年間の戦闘でロシア軍がかつてないほど弱体化していることがある。独ソ戦でのしぶとさはモスクワの戦い後、スターリンがアメリカやイギリスの援助を受けられたことにあった。プーチンの場合はトランプ以外に援軍はなく、作る以上のペースで兵器も人員も消耗していることがある。軍民両需の充足を狙った経済計画は完全に破綻し、今やロシアは経済の危機である。

 ゼレンスキーを当事者から排除した米露交渉は残念なことであった。トランプの稚拙とも言える一連の態度がウクライナ国民の態度を硬化させ、交渉のハードルをさらに上げたことは否定できないだろう。トランプの提案は、良い所はEUがたぶん全部持って行く、誰も欲しがらないようなもの、「鉱山を採掘できます」という紙切れはアメリカの手に残る。これはそれだけの話である。

 とはいうものの、ゼレンスキーも盤石ではない。ウクライナ最高議会(ラーダ)は現大統領の合憲性と戦闘終結までの選挙の不実施を提案した決議を僅差で否決した。ゼレンスキーの党「国民の僕」はラーダで過半数以上を占める政権与党だが、そこでも動揺が拡がっていることがある。

 

(補記1)この決議(13041)は翌日再提出され、結局可決された。

 

"the Verkhovna Rada of Ukraine and President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy were elected in free, transparent, democratic elections with the invitation of international observers, which were recognised by the entire international community."

 

「ウクライナ最高会議とウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、国際社会全体が認めた国際監視団の招待による自由で透明性のある民主的な選挙で選出された」

 

"The Verkhovna Rada of Ukraine states that the martial law imposed in Ukraine by the Russian full-scale invasion does not allow for holding elections in accordance with the Constitution of Ukraine. At the same time, the Ukrainian people are united in the belief that such elections should be held after the end of the war."

 

「ウクライナ最高会議は、ロシアの全面侵攻によりウクライナに敷かれた戒厳令は、ウクライナ憲法に則った選挙の実施を認めていないと述べている。同時に、ウクライナ国民は、戦争終結後に選挙を実施すべきだという信念で一致している。」

 

 "President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy must fulfil his powers until he takes office as the newly elected President of Ukraine following Article 108.1 of the Constitution of Ukraine."

(Resolution 13041, the Verkhovna Rada (Ukrainian parliament))

 

「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ憲法第108条第1項に従い、新たに選出されたウクライナ大統領として就任するまで、その権限を遂行しなければならない。」

(ウクライナ最高会議、決議13041号)

 

 ざまを見ろ、ドナルド・トランプ。

 

“Dictators and despots, they use law enforcement to try and compel loyalty...They threaten you with arrest if you’re not loyal; they will let you get away with crimes if you are loyal. That’s what’s happening in America today.
(Chris Murphy, Senator of Connecticut)

「独裁者や暴君は、法執行機関を使って忠誠心を強要しようとする、、彼らは、忠誠心がなければ逮捕すると脅し、忠誠心があれば罪を免れる。それが今のアメリカで起きていることだ」
(クリス・マーフィー、コネチカット州上院議員)

 

 

(補記2)

 同日の記事でウクライナの経済専門家の分析として、米国のウクライナに対する援助は公式報告を大幅に下回ることが指摘されている。国務省の公式報告では援助の総額は1,830億ドルで、うち軍事援助は659億ドルだが、研究者は供給された兵器の実際の価値は125億ドルであり、三年間の援助の総額は509億ドルとしている。うち326億ドルは給与や年金その他経費の予算支援に用いられ、差額の55億ドルは新たに発注した兵器121億ドルの既納品分とされる。

 ほか、一部の援助は融資や保証の形で行われており、凍結されたロシア資産を担保とした融資は250億ドルで、モルドバとセットで行われ、これは機関車の購入などに充てられた。

 これらの報告の基礎資料についてはEUの指導による行政の透明化と電子政府システムがあり、公務員の給与から事務用紙の購入まで使われたフリヴニャ(ウクライナ通貨)の全てが追跡できるとされる。国際援助の使用に関しては不正や異常は発見されなかった。

 

※ 昨年にどこかで話題にしようと思い、記事を取っておいたが、EUの要求による地方政治の透明化にまで及ぶウクライナの行政改革案はその内容の厳しさにおいて、我が国の国家公務員、地方自治体のそれを遙かに凌ぐものである。

 

 トランプ氏はアメリカの対ウクライナ援助の総額は五千億ドルとし、その金額を前提とした鉱産開発のための基金を提案していたが、公式報告だけでも大きな食い違いがあり、さらに上記の調査で援助の実態がトランプ氏の主張する金額の10分の1しかないことが明らかになった。前提となる数字にこれだけの違いがある以上、現在の計画は合意不可能というべきであり、トランプ氏のウクライナ和平提案はここに完全に水泡に帰したというべきである。

 

※ 結局合意するようだが、ウクライナに有利な状況ではある。合意は内容よりもトランプ政権を支援の枠組みから離脱させない目的の方が大きいようだ。すでに五千億ドルや「倍返し」条項は撤回されている。

 

 ウクライナが数字の食い違いを鋭く指摘し、データを持って反証できたことは同国が戦争の間中、「汚職国家」のレッテルを払拭するため、EUの指導の下、大統領府を中心に進めてきた行政改革の成果である。ウクライナのシステムは国力に数倍するロシアと比較しても数段優れており、トランプの提案はウクライナの今日までの努力を故意に無視し、悪貨が良貨を駆逐する類いのものであるが、そのようなものが現代の国際社会で許されるものでないことは、今さら書くまでもない。

 

 、、まず頭を使おう、、

 前から不思議に思っていたが、トランプや維新、立花孝志を支持する人たちはいったい何が理由で支持しているのだろう。デマゴーグに簡単に惑わされる人たちを見て、「彼らは頭が悪いのだ」と結論づけたくなることはあるが、そういった「維新トランプ=頭悪い」論なら、山口二郎を始めとしたその筋の識者がうんざりするほど書いているので、そういった切り口は「もう飽きた」ともいえる。

 良くないと思うのは、ごく合理的に判断して妥当と思える論調が、いざ選挙となると簡単にひっくり返されてしまうことで、例えばトランプとカマラ・ハリスを比べたら(ヒラリーでも良い)、誰が見てもハリス女史の方が有能で大統領職にふさわしかった。先の兵庫の知事選にしても、再選された斉藤は自身の身の潔白を証明するようなことは何一つしなかった。むしろ叩けばホコリがバンバン(machuなど)出てくるような様子で、「2馬力」の立花孝史はいかにもいかがわしく、周囲のサクラはくだらなく騒々しいだけだった。

 ごく常識的な感覚の持ち主なら、彼らがおかしいことは分かりそうなものである。分からないのだから「頭が悪い」と言いたくもなり、それは説明にはなっているが、状況を十分説明できない恨みがある。

 そこで意識的に視点を変えることとしたいが、私は共産じゃないし、社会民主主義の信奉者でもない。どんな団体でも10年、20年と続ければあからさまな判断の間違い、明らかな失策はあるものだが、それでも同じ人間が責任も取らずに居座り続ける共産党とか北朝鮮、あるいはフジテレビの体制がまともだとは常識的に考えても思わない。私は学生時代から自分自身をリベラルを持って任じている。社民党に濁色された左派リベラルではない。本来である「中道」という意味である

 私は「○○先生が言ったから」でそれを鵜呑みにするようなナイーブな人間ではない。というより、「○○先生」のように畏敬の念を感じるような存在は私の人生にはいなかったし、状況がそういうものの存在を許さなかった。

 むしろ「○○先生」も人間である。人間であるがゆえに間違いを犯し、その間違いは論理的に説明できるものであるという方にシンパシーがある。事故は避けられないが、事故の対応には巧拙がある。だから「論理的」と書くのである。で、論理的に見て間違いがなく(あるいはごく少なく)、それでいて結果がまるで異なるものになる場合は、アプローチが間違っているのである。

 これは左派、あるいはリベラルの論客がおしなべて陥っている間違いではないだろうか。弓矢は鉄砲の代わりにならないし、クルマは船には換えられない。そう見ると、私はその論説をみなまで読まずに切ってしまうのである。

 いつものごとく前置きが長いが(これは覚え書きのはずなのだが)、トランプの件で見ていて思ったのはアメリカにおける「FEDERAL」という言葉の意味の遠さである。これは多くのアメリカ人にとっては地平線の向こうにある世界であり、自分とは関係ない世界であり、向こうから干渉してこない限り、こちらも関心を払わない。そういったニュアンスがあったように思う。

 なので良くある成功物語のように、ごく片田舎の善良な青年が何かのきっかけで連邦政府に関わるようになり、軍隊だとか宇宙飛行士だとか、宇宙艦隊の一員になるということは、そこでは素晴らしい体験があり、地球の裏側のアメリカ軍基地に赴任したり、ジェミニ8号の搭乗員に選ばれたり、エンタープライズ号に乗り組んだりすることはアイダホの田舎の感覚では完全な別世界で、「FEDERAL」とはそれを可能にする装置、善意の象徴であり、人を超えた力で才能や野心のある青年の背中を押すもの、そういったものとして理解されているように見える。

 これは我々日本人には少々理解しにくい。日本の場合はあまり人好きのしない感じの悪い政府が生活の隅々まで入り込みすぎている。鳥取の片田舎でも「政府ガー」といえば霞ヶ関のことであり、バルタン星のそれではない。アメリカ人のこの感覚は日本人には理解できないだろう。現に私も日本政府は狡猾で油断のならない相手と猜疑の目で見ているし、生活に密着した現実感も「FEDERAL」の比ではない。ケネディみたいに「政府を助けろ」と言われても、日本政府は嫌いなことから、「とっとと死ね」と返すのが関の山だろう。

 アメリカの世界では「FEDERAL」は悪をなしえない。どんなに政治家を嫌う人間でも、神のごとき連邦に「死ね」などとは死んでも言えない。

 これはトランプ支持者も同じである、と、仮定したい。

 思うに都会の大学生に仕送りしている田舎の親というのが、これなら我々にも理解できる、いちばん適当な比喩ではないだろうか。その大学生がある時チンピラに絡まれている女の子を見てポカッとやってしまったとする。チンピラは警察に駆け込んで、自分の行状は棚に上げて大学生を訴えたとしたらどうだろうか。

 私も似たような状況に巻き込まれたことはあるが、ここは大学生の方に分があったとする。正当防衛は他者防衛の場合も成り立つ。チンピラはカッターナイフでグヒヒと女学生を脅しており、侵害の急迫性もある。たぶん大学生はそういったことを警察でこもごもと言い、半年ほど後におとがめなし(不起訴処分)になる公算が大きいと思うが、息子から話を聞いた両親の見方はおそらくそうではない。

 「また面倒なことを起こして」がおそらく言い分であり、息子がかよわき女性の貞操を守ろうとしたことも、動機の善良さもお構いなしに非難を浴びせ、場合によってはチンピラ野郎に示談金まで払って和解して、とにかく面倒を起こした息子は「間違っていた」で終わらせようとするだろうことがある。息子のメンツは丸つぶれだが、この場合、両親は息子を踏み台にしてパターナリズムと自尊心を満足させたのである。あとは田舎に戻るだけだ。

 トランプ支持者にこれを当てはめると、遠く連邦政府に勤務している息子がやれウクライナ問題だ、USAIDだ、国際貢献だWTOだとやっているのは、それが「新たなる生命と文明を求めて、、前人未踏の宇宙へ」みたいに誇れる内容なら良いが、アフガン撤退みたいなバツの悪すぎる話は「余計なこと」であり、本来の仕事ではなく、それに専心する息子は「間違っている」という結論に安易に飛びつくのではないだろうか。ラストベルトの田舎から間違いを正す唯一の方法は、道を誤った息子に間違いを止めさせることである。つまり、トランプに投票することだ。

 この視点はあって良いと思う。ついでに書くならば、トランプ自身もまたそうなのではないかと思える節がないこともない。彼が住んでいるのはマンハッタンで田舎ではないが、こと連邦政府に対しては彼もアリゾナの砂漠民みたいなものだ。

 プーチンとの交渉では、どうも見るとトランプは旧ソ連の侵略主義者プーチンの言い分をほぼそのまま丸呑みしているようであり、これは事件の知らせを聞いたオクラホマの両親に通じるものがある。78歳と知的な分析力を披露するには歳を取り過ぎていることもある。そこでプーチンが要求する内容を吟味もせずにウクライナに突き付けるのは示談金を払ってさっさと終わらせようという上京した父親そのものである。事件の詳細自体についてはおそらく関心がない。そう考えると腑に落ちることがいろいろあるのである。

※ 形だけでも終わらせて2025年のノーベル平和賞を受賞しようという個人的動機もあると聞いている。アメリカ軍を進駐させて平和賞も何もないだろう。これも交渉で解決することにこだわる(そしてプーチンにつけ込まれる)説明になる。

 先のチンピラ暴行事件については、上京した父親に会った息子はいろいろと説明はするだろう。親だから一分の理ありと聞いてくれることは間違いない。が、父親自身は「手を出したおまえが悪い」で一貫していることがあり、それがカッターナイフでなくサバイバルナイフで、かよわき女性の衣類がはだけていて乳房が露出していたとしても、この信念は毫も揺らがないのではないか。トランプ(父親)とゼレンスキー(息子)が会談したとしても、この構図が変化することはないだろう。

 これはトランプがウクライナに同情がないとか、被爆した被災者に寄り添う心がないことを意味しない。ゼレンスキーの言い分を聞かないわけでもない。また人間として不善ということもない。ただ事情を知っても見方を変えず、行動に反映させないだけである。そして78歳は説得して見方を変えさせるには歳を取り過ぎている。ここでロシアとウクライナを巡る一連の行動は、彼にしてみれば善行を施しているつもりなのである。

 

 この親子関係の構図では、ウクライナがより大きな犠牲と屈辱を甘受させられることは、ウクライナがアメリカにとって身内と思われているなら当然である(ロシアは他人)。どう見ても経済植民化にしか見えない、ゼレンスキーに持ち掛けたビジネス(ルビオの言葉)はたぶん彼の本心で、傷ついた息子にパターナリスティックな恩恵を施したつもりであり、おそらく良心の呵責すら感じてはいまい。ついでに書くと、トランプ親父は一連の言動行動がいちいちアメリカ的価値観から逸脱している(多くはそう考えている)とも考えてはいないだろう。

 

 "We had a conversation with President Zelenskyy... And we discussed this issue about the mineral rights, and we explained to them, look, we want to be in a joint venture with you – not because we’re trying to steal from your country, but because we think that’s actually a security guarantee."

(Marco Rubio, US Secretary of State)

 

「我々はゼレンスキー大統領と会談した、、、そして鉱物権の問題について議論し、彼らに説明した。我々はあなた方と合弁事業をしたいのだ。それは、我々があなた方の国から盗もうとしているからではなく、それが実は安全保障の保証になると考えているからだ。」

(マルコ・ルビオ、米国務長官)


 長々長と書いた。ここまで読む者は私以外ほとんどいないだろうが、こういう例を見た私としては思う所はある。それはこういうことにならないよう、我々は何歳(いくつ)になっても、もっと頭を使うことを心がけようということである。


 イーロン・マスクやプーチンがこの現象をどう理解しているかについては、機会があれば後のこととしたい。イーロンはトランプより柔軟なはずだが、今のところ、彼はトランプの掌の上で踊らされているペヤング顔のクラウンにすぎない。

 

それにしてもよく似ている

 

 黒人の統合参謀本部議長を「黒いから」と言ってクビにしたり、他にもあるが、いろいろとでたらめのやり放題の新政権については、ことウクライナ戦争についてはこれが対ロシア戦争を有利に進めるのに何の役に立つかという視点で見るようにしている。

 支持率91%の大統領を交渉から排除したことは、要するに大統領が敵国とつるんだ場合は安保条約や同盟関係など関係なく、当事国の頭越しに和平条件を決められるということであり、理屈なんぞは後からひねり出せば良いことから、ウクライナを巡る一連の流れに、台湾やラトビア、エストニア、リトアニアなどバルト三国やフィンランドの首脳などは怖気を振るっているに違いない。ウクライナの次は中国やロシアと国境を接するこれらの国であることは明らかだからだ。

※ ゼレンスキーの支持率は53%だが、戦争中の選挙に反対する国民は68%、トランプの進めるウクライナ抜きの和平案については不賛成が90%を超える。

 我が国にしても、例えばロシアが北海道を占領して、それをトランプが追認したらそれでおしまいであり、何のための日米安保条約かとなる。北海道はともかく、東シナ海の小島などは今でも十分起こりうるだろう。お先真っ暗とはまさにこのことである。

 ウクライナについて言えば、鉱産資源と引き換えにアメリカ軍の駐留や兵器の引渡しを明記しなかったことは、この地域の資源開発はロシアとのジョイント・ベンチャーでやるということであり、同時期にプーチンは凍結されている3千億ドルの在外資産をトランプに差し出すことを示唆している。これが原資で、要するにトランプ氏の頭の中ではウクライナはすでにロシア連邦の一部なのである。お人好しの国務長官ルビオがどう弁明しようが、よこしまな意図は隠しようがない。

 しかし、そうは問屋が卸すだろうか、ゼレンスキー氏はあれでいてかなりしたたかな人物である。プーチンとの軋轢もここ数年のことではなく、トランプのウクライナ疑惑よりももっと前、駆け出し芸人時代だった90年代にまで遡る。さらに極めて研ぎ澄まされた頭脳の持ち主であることから、先のブログで私が一言とした内容、「78歳の大統領の利用法」については気づいたように見える。

※ ゼレンスキーは17歳でCIS芸人コンテストで優勝してスター芸人への道を歩み始めたが、10年も経たないうちにプーチンの台頭で芸風に対する規制が強まり、モスクワからウクライナに逃れた履歴を持つ。芸能活動を通じ、彼がエリツィンの後釜に座った新大統領を良く観察していたことは「国民の僕」を見ると良く分かる。つまりトランプなんかよりよほど対決歴が長いのである。

 資源取引の交渉などは、どちらの側から見ても難航することが予測できる。ウクライナは防衛条項を契約に挿入することにこだわるだろうし、アメリカは本心では派兵は避けたいことから、条項を美辞麗句で骨抜きにすることを考えるに違いない。妥結はするだろうが、その瞬間から双方に履行義務が生じる。もちろん不履行で恥を掻くのはアメリカである。

 レアメタルは実は我が国を含むどこの国にもあるものだが、存在が「レア」であるために、これは大規模開発や環境問題などで地元住民との軋轢を避けて通ることはできず、何万ヘクタールも地面を掘り崩して採算ラインに乗せるには安定した経営基盤と汚職の少ない政府、そして住民の理解と合意が不可欠なものだ。なのでカザフスタンのような国土が核実験場の荒地か中国ウイグル自治区のようなだだっ広い野原でしか実用できるものがないわけだ。これはトランプやルビオが国民に言わなかったか、あるいは全く知らなかったことである。

 ウクライナにこういう条件が揃っていないことは、傍目から見ても明らかである。だからこの国ではこの資源はなかったのであり、以前も検討されていたが国内に有望な投資家がなく、国外も嫌気したために開発はされなかったのである。それに利益を生むといっても、おそらくは10年以上先の話だ。ロシアがやろうとアメリカ企業がやろうと、これは変わらない。それまで防衛義務があるのはアメリカで、実はとてつもなく不利なのだが、気にしているように見えないのは、先にも述べた通り、トランプ氏の頭ではウクライナはすでにロシア領であるからである。つまり、ウクライナとの合意自体に意味はない。

 ウクライナにとって意味があるのはやはり時間稼ぎ、粗雑な思考で誇大妄想家の老大統領による後先考えない放言と恣意的な権力の行使であろう。つい先日も「ウクライナなんぞはロシアが一瞬で占領できる」などと言い、周囲を困惑させたが、いちばん困惑したのは一見彼の友人、誠実で信頼できるロシア大統領のウラジミール・プーチン氏だっただろう。これで彼は大戦車軍団をウクライナ地雷原に突撃させなければならなくなった。

 ロシア軍は開戦当初は兵力80万人、戦車3千台、装甲車両1万台が公表されている戦力だったが、三年間の戦闘でほぼ全部が失われていることが報告されている。兵員の死傷は86万人を数え、戦車の喪失は1万両、装甲車も2万両が失われている。ロシア軍は退役した旧ソ連時代の車両を停車場に保管していたが、衛星写真ではそれらもほぼ払底していることが確認されている。新造はされているが、経済制裁による資材入手の困難などあり、消耗のペースは補充のペースを上回り、すっからかんな様相が窺える。これで突撃しろとはえらい迷惑だ。

 当事国の元首に侮辱を加えることはウクライナ国民の対米感情を悪化させ、現にウクライナ参謀本部のツイッターではここ数週間、米国製兵器や戦車の姿は出てこない。撮影されているのはミグ戦闘機やドイツ製の戦車、フランスのトラックや自走砲などで、まだ自制心のあるゼレンスキーは苦虫を噛み潰して交渉に当たっているが、現場レベルでは怒り心頭というのが本当のところではないだろうか。

 鉱産資源の開発にしても、ここまで感情を悪化させては不成功は約束されたようなものである。ついにスターリンクを切るとまで言い出したが、ずいぶん前からロシアはスターリンク妨害衛星をウクライナ上空に飛ばしており、このシステムの有用性は開戦当初より大幅に下がっている。イーロン・マスクの人となりが信頼できないことを見ても、それは2年前に分かっていたのだから、何も対策をしていないのは阿呆のすることである。

※ スターリンクについてはウクライナで運用されている5万基のうち2万基はスペースXと契約しているのはポーランドで、ポーランド副首相は米国が自国の同意なしにサービスを切断することに否定的である。なお、マスク本人は報道はフェイクニュースと否定している。ほか、電力網の切断などあるが、これにも同様の問題があると思われる。

 ウクライナに対し、いちばん親身にアドバイスしていたのはアメリカではなく実はEUと英国で、特にEUはフォン・デア・ライエン女史を中心に汚職の絶えないウクライナ政府の改革を積極的に後押ししていた。提言には厳しいものが相当あったが、その試みはかなり実を結んでおり、鉱産資源開発に必須である「クリーンな国家」は実は目と鼻の先に来ていたのである。トランプがブチ壊しにする前までは。

 それにあの阿呆どもが分かっていないことはまだある。ゼレンスキーも含むウクライナの政治家がいちばん恐れるものは何か。それは「マイダン」という言葉であり、もし大統領がトランプの恫喝に屈し、不法な取引を承認したならば、屈従した大統領を国民が許さないことは明らかで、その時はウクライナの国民はマイダン広場に集い、国民を裏切った政府を放逐すると同時に、今あるウクライナ国家を解体してしまうだろうことがある。トランプはウクライナ戦争はゼレンスキーの責任で、「起こさせてはいけなかった」とのたまうが、自身の不注意でウクライナ国家を空中分解させてしまったら、その時は何と言うのであろうな。ウクライナは20の民族と12の言語を擁する多民族国家である。

 また、トランプはこの鉱産取引により、これまでアメリカがウクライナに援助してきた三千~五千億ドルを米国民の手に取り返すと言っているが、アメリカによるウクライナ援助は「援助(贈与)」である。売買や消費貸借ではないし、未履行の部分はともかく、既履行の部分については財産権を主張する理由も道理もないものである。

 それに現在までのアメリカによる援助は千億ドルと少々で、届かない砲弾、動かない戦車など不完全履行も少なからずあり、昨年はそれにトランプの使嗾による援助凍結が加わり、アウディウカの失陥を許したものである。ことアメリカの差し出口で要らざる損害を受け続けたウクライナ軍や国民の損失を割り引けば、千億ドルすら主張するのもおごかましい。

※ そもそも数字それ自体もおかしく、22日VOAによる国防総省の発表ではウクライナに対する援助として計上された金額は1,830億ドルで、うち659億ドルが軍事援助、39億ドルが未執行で、580億ドルは米国の軍事産業に直接投資されている。これだと合計は1,278億ドルとなり、上の総額と計算が合わないが、別の報告では援助総額は1,280億ドルというものがあり、概ね1,300億ドルが実際の援助額のようである。

 

※ 一方で同じく22日のキエフ・インディペンデントによるEU国防委員に対するインタビューでは同期間のEUのウクライナ援助の総額は1,340億ユーロ(1,400億ドル)で、武器援助の総額も480億ユーロ(500億ドル)となっており、援助対象の定義に相違はあるものの、概ね米国と同額か、最大で三割程度上回る者になっている。なお、ゼレンスキー政府によると、同時期のウクライナの納税者からの支出額は1,200億ドルで、これまでの所、ウクライナ支援は米国・EU・ウクライナの「三方よし」で支出されているようである。一定の基準があるかもしれない。なお、援助の基準は集計する機関ごとに異なるようである。

※ 要するに、トランプの主張する援助額3,500~5,000億ドルには数字上の根拠がなく、ゼレンスキーも「真剣な議論ではない」と一蹴している。

 トランプとその仲間については、平和な社会でも、こんな人間とのビジネスは願い下げである。約束を守らず、契約は都合の良い部分しか読まず、相手方の事情を斟酌せず、履行における信義もない。トランプより頭の良い人間はそういうものがあっても要領よく隠すが、米大統領の場合はあからさまである。これで国益を損ねないことがあろうか。いや、今まで見る所、やることなすことがあの国の国益に反している。

 うまく行くとはとても思えない。ロシアが勝つこともないと思うが、まだ一ヶ月である。ウクライナについては、ここまではトランプが何を言ってもやっても目を瞑るつもりではあったが、停戦はまだ実現していない。

 できるはずはない、が、バカとハサミは使いようである。それに三ヶ月経てば、状況は今より良くなっているとも考えられる。その間にトランプのロシアの友人による、ええカッコしいの犠牲になるロシア兵は六桁は軽く超えるだろう。

 

 トランプ新大統領の行状については、ハッキリ言って、ツイッターの「いいね」ベスト100をそのままエグゼクティブ・オーダーにしたようなものはマジメに取り合う必要はないのではないだろうか。今のところ、実際に履行(実害)されたものはごく少なく、これは差し止めの対象になるか、裁判で係争するか、あるいは全く手つかずで放置されるかで、職員の解雇にしろ、1ヶ月で復帰できるならそれは害ともいえない。グアンタナモ刑務所へ移送されるはずだったベネズエラ不法移民は結局ベネズエラが引き取った。

 腹心のマスクも自身の信憑性を貶めるような発言をしており、マスクキッズ(DOGE)が社会保障局のデータから300歳の受給者を「発見」したとツィートしているが、これは技術的誤解、あるいは捏造と思われ、政府効率化局(SSA)の評判を大いに下げている。

 WIRED誌の記事によると、社会保障局のワークステーションの言語はCOBOLであり、現在では使われていない言語のため、ティーンのマスクキッズはCOBOL言語を理解していなかったことが誤解の原因とされる。このプログラミング言語には日付型がなく、数百万件の死亡者情報がデータに残存する可能性については以前から指摘されていた。しかし、イーロンの主張には受給者の最高齢が369歳など、誤解だけでは説明できない内容もある。故意に近いデータの誤読、あるいは捏造というのがいちばん合理的な説明だろう。

 トランプについては、ゼレンスキーの支持率4%と誰が見ても虚偽の発言で失笑を買っており、「新大統領はロシアの手先」というのは外交界ではもはや公然の秘密である。石破氏も悪い時期に首相になったものだ。

 ちなみ定期的に世論調査のデータを公表しているキーウ国際社会学研究所の発表ではゼレンスキーの支持率は57%でトランプよりも高く、また、戦争中の選挙に反対する国民は68%に達している。次期大統領に対する期待ではゼレンスキー(22%)は駐英大使のヴァレリー・ザルジニー退役大将(32%)に大きく譲るが、現状では国民の7割が現政権支持である。4%という数字は彼(トランプ)がどういう人間かをより良く示すものであり、今後も頻繁に引用されるものであり、長期的にはゼレンスキーより、むしろ大統領を傷つけるものになるだろう。

 選挙の時から下半身疑惑でお騒がせだった元海兵隊員のバンスは国務長官でイラクでは彼の上官だったヘクゼスと同じく、砂漠の嵐作戦のような本当の戦争は経験しておらず、イラクでひどい統治を行って失敗して方々の体で逃げ帰った、士気の弛緩した、だらけたアメリカ軍の片割れである。イラクで彼が学んだことは恫喝で、あとは戦車戦を経験した湾岸時代の先達の教えを曲解した過剰な臆病だけである。こんなのは箸にも棒にもかからない。戦士ではなく、イラクではタダの経理係だ。この時代の彼については、日本では国公立大学の職員(教員ではない)の勤務態度がごく近い(見れば分かる)。

 当然のことながら、ウクライナも他の国も、ガラの悪い連中のアラはないかといろいろ探しているだろう。が、過去の独裁者の失脚事例を見ると、こういった弱点より、むしろ天災事故の方が致命傷になる例が少なくない。プーチンの場合はクルスク潜水艦事故、安倍晋三とトランプの場合はコロナがそれに該り、プーチンは次期をメドベージェフに譲らざるを得なかったし、安倍は遁走し、トランプの場合は文字通り選挙で負けた。

 

 そしてこういったものは、長い任期の間には必ず起こるものである。ソチで美女と戯れていたプーチンは潜水艦事故を予期していなかったし、トランプもコロナを予期していなかった。クルスク潜水艦事件はプーチン最大の政治的危機である。

 トランプの言動に指導者たちが困惑していることには変わりないが、リヤドでの会談を見たフランスのマクロン大統領は新大統領の有益な利用法を「発見」したように見える。それは時間稼ぎというもので、トランプとプーチンが互いに影響を及ぼし合っていることを見て、停戦とその後の欧州軍のウクライナ駐留を見据え、もう少しトランプにプーチンを攪乱してもらおうと考えたようだ。

 この会談にあっても、ウクライナでの戦闘は終息の気配を見せなかったが、15日には赤旗を掲げたロシア装甲車部隊(戦車はもうないので)がクルスクに突撃し、80台が撃破されるという惨状を呈している。明らかに自殺的な攻撃で、その日は戦死者も1,800人に達したが、これはリヤドでのラブロフとルビオの会談がなければ試みられなかった攻撃である。トランプに花を持たせよう、あるいは操ろうというロシア独裁者の思惑は戦場では死体の山を築く。戦略的焦点がボヤけるのであり、それは外野からでも観察できるものだし、もちろんマクロンも良く見ている。

 国務長官のルビオという人はキューバ移民の家の出で貧しい中、奨学金でマイアミ大学を卒業して政界入りした人物だが、副大統領を始め毒気の強い政権にあっては人畜無害の「いい人」という印象であり、リヤドでの会談でもプーチンの伝書係でしかなく、これが何かの役に立つとは考えにくい。八方美人の「ルーム長」は戦争では使いものにならない。日本では維新の政治家がごく近い。

 現在のところ、ウクライナに派遣できる欧州軍は英仏各々3万人程度で、準備にはおそらく時間が掛かる。核保有国の軍隊への挑戦は同じく核の応報になることはプーチンも痴愚でもない限り理解できることだ。その頃にはロシア軍は散漫な戦闘で消耗しきっており、アメリカの大統領は世界の総スカンでレームダック状態になっているかもしれない。ヨーロッパが主導権を握ることができ、今のところ、かつてメルケルが喝破したように、マクロンはそれに最も近い指導者である。

 私としては、平和維持軍の派遣は既定の方針だと思うから、これを機に国際秩序の再構築、ヨーロッパから東南アジア・オーストラリア、そして日本に至る自由民主的経済圏(スーパーEU)の構築と、南北格差の是正、人口比例に基づく、健康で文化的な多文化共存圏の理想も提示してもらいたいものだと思っている。

 ポスト冷戦の時代は終わり、野卑なグローバル資本主義はトランプ政権で醜悪さの頂点に達した。もはや終わりにすべきであり、声なき人々、虐げられた人々の声を代弁できる、持続可能な新しい地球政府の時代を築くべきである。

 

 とりあえず今のところは、精神衛生に良くないから、トランプ氏関連のニュースはしばらくシャット・アウトしても良いのではないだろうか。

 

 トランプ政権の発足の前後で、私は前回の経緯から政権は1月目は混乱、3月目は造反、半年後に瓦解と書いたけれども(現在進んでいるトランプらの発言にいちいち目くじら立てないのはこのことによる)、造反については、私は裏切り者は政権内部の閣僚(ルビオやヘグゼス)か、元々プロの軍人で上院議員になったような人物(現ウクライナ特使のケロッグ)あたりか、あるいはマスク社の副社長か誰かだろうと思ったが、まだ1月しか経っていないが、まさかゼレンスキーが第一号になるとは思わなかった。

※ ケロッグは今回のサウジ和平案の素案を提出した当の張本人である。これが特使ということで相性の悪さは当初から明らかだった。

 私が見た様子では、すでに愛想を尽かしているように見える。もちろん口では対米同盟が要と言ってはいるが、実の所は当てにならないどころか、ロシアと組んでウクライナ消滅も画策しかねないと見ているようであり、トランプ政権の最重要人物で、実の所はアメリカ国家元帥長官総統のイーロン・マスクの座右の銘など見ると本当にそう思っているかもしれない。

“Move fast and break things: if something doesn't work, don't slow down, take it apart to the ground and start again.”
(Eron Mask, businessman)

「速く動いて物事を壊せ。何かがうまくいかない場合は、スピードを落とさず、徹底的に分解して最初からやり直せ。」
(イーロン・マスク、事業家)

 他にもまだある。

“If your democracy can be destroyed with a few hundred thousand dollars of digital advertising from a foreign country, then it wasn’t very strong to begin with.”
(J. D. Vance, vice president of U.S.)

「外国からの数十万ドルのデジタル広告で民主主義が破壊されるのであれば、その民主主義はそもそもそれほど強固ではなかったということになる」
(J.D.バンス、合衆国副大統領)

 ご丁寧なことに手段まで開陳してくれている。まあ、彼らに言わせればウクライナの敗戦は自業自得なのだろうし、その結果、黒海沿岸のある国やバルト三国がもう80年間別の国になったとしても、「大した国ではなかった」のだから、それは不可抗力というものなのだろう。特にバンスの西欧文明に対する敵視は異常なほどだ。

※ 鉱産資源の提供における交渉で副大統領のバンスは五千億ドルという法外な対価を要求した上(現在までのウクライナ支援の総額は三年間で約千億ドル)、「7時間以内にサインしろ、しなければウクライナ支援はなしだ」とゼレンスキーらを脅迫したとされている。この態度にウクライナはおろか、欧州中の政治家が呆れ、溜息をついたことは言うまでもない。

 イーロン・マスクという人は一日の大半をツィッターで過ごしており、会社も保有していることから、この世界では彼は全能で、何でも知っており、いわばX社自体が彼自身であり、彼の目と耳、身体そのもののということである。現在でも何億人もの人々がスマホで間接的にイーロンとのチャットを楽しんでいる。いわば電子人間であり、彼の子ども時代にはみんなの憧れだったサイボーグ、アベンジャーズの一員でネットワークの神(紙ではない)である。たぶん本人もそう思っているだろう。世界一の金持ちで、すでに十分持っているので、金は動機ではない。とにかく、彼がツイッター漬けなことは尋常でない量のツィートを見れば一目瞭然だ。

 正直、私はトランプらの行状は、ことアメリカ国内で収まってくれれば、選んだのは国民なのだし、効率化省の蠢動で公務員が100万人切られようが大したことではないと思っていた。アメリカの政治はダイナミズムに富んでおり、我が国では野党のくせに与党のような思考方法をする国民民主党や立憲民主党の政治家とは違う。

※ イーロン・マスクがなぜ現在のような思想の持ち主になったのか、少なくともウクライナ戦争が始まった当時では彼の偏向を問題にする者はいなかった。私は理由があるように見え、それを解説した記事は皆無だが、ここに至るまで、彼には彼の鬱憤があっただろうことは想像に難くない。


 それにアメリカは世界で最も劃然とした三権分立を制度として持つ国である。イーロンのAIが国務省のサーバーを書き換えるなら、裁判官の人間AIがそれより速く差し止めすれば良いだけである。最初は驚くが、手口はいずれ見抜かれる。なので、報道についてはやや大げさと思ってはいた。現在の制度では、イーロンやトランプがアメリカを瓦解させることはたぶんないと思うし、その才覚もないと思う。

※ 私の友人のカオルさんはマスクをトランプの「側用人」、マスクチルドレンは「お庭番」と評したが、実を言うとアメリカの制度は独善がそのまま通るほどヤワなものではなく、今くらいの話なら、小泉内閣における竹中平蔵の方がより大きな権力を振るっていたように思う。

※ マスクとマスクドッジズの差し止めを求めた14州司法長官の提訴をチュトカン判事(ワシントン連邦地裁)は却下したが、傍論で「緊急かつ回復不能の損害の蓋然性を証明した場合」と請求を容れる余地を残していた。仮処分(Eilmaßnahmen)は迅速性が要諦で、証明は疎明で足りる。

 ただ、国際関係は彼らの国とは違ったルールで動いている。クルスク州一つ取っても、和平交渉でウクライナを当事国とすることは議論の余地のない問題で、それに米露で返還が決まったとして、誰がクルスクからウクライナ軍を撤兵させるのか。ロシア軍が半年掛けても追い出すことができず、損害ばかりが増えているような場所だ。交渉で何を決めた所で、ウクライナ抜きの合意には意味がない。それに今もロシア軍は攻撃を続けている。そして多くのウクライナ兵はイーロンのツィートを毎回チェックしているほどヒマ人ではない。

 和平交渉の条件を見ると、ロシア・ウクライナ双方の主張は双方言いっ放しで、バランスが取れていないことに気づく。例えばロシアがウクライナのNATO加盟を望まないなら、ロシアはいかなる対価を支払うのか。ウクライナはクルスクの占領地とロシアが22年以降に占領した領土の交換を申し出ているが、明らかに面積が違い、85万人を戦死させたロシアに呑めるものなのか。

 

※ ウクライナの国境線は20世紀に入って以来何度も変遷しており、言語や宗教、民族分布も多様なことから、国境線の劃定それ自体は呑める話である。例えばドンバス紛争はマイダン革命でロシアに使嗾されたウクライナのロシア系住民によって起こされた。

 

 鉱物資源の提供にしても、事業化までは長い時間と多額の資金が必要で、ウクライナのそれはほぼ手つかずであることなどなど。それにドンバス、人民軍の編成表を見ると主要な将官は軒並み戦死しており、老いも若きもドンバス紛争の当時から最前線に駆り出されていたことから、ロシアのものとなったとしても、労働力人口はほとんどいないのではないか。いくら資源があっても人がいないのでは荒廃した都市の復興には、さらなる資金が必要なのでは?

※ 鉱物資源は元々ゼレンスキーの「勝利計画」に含まれていた内容で、トランプはそれを拝借しただけである。

 欧州はウクライナを支援するより途なく、もし失敗した場合はロシア軍に加え、世界最強のドローン軍を持つ国を敵に廻すことになる。ちょうどチェコスロバキアの工業力がナチスの欧州制覇を決定的にしたように。国ごとに言葉まで違うことからまとまりは悪いが、利害は一致している。それに今のところは経済力も人口もロシアに遙かに勝っている。

 とりあえず、1月目は混乱、これは説明不要だが、3月目もその後も新政権は順調に軌道を辿っているように見える。ペースはやや早く、これは見ようによってはモスクワ郊外に墜落したプリゴジンの飛行機のようにも見えなくもない。
 

 以前に私はウクライナ戦争はトランプの大統領就任まで動かないと書いたが、政権発足後は一ヶ月目は混乱、三ヶ月目は造反、半年後は瓦解とも書いた。そろそろ一ヶ月が経つが、ガザのネタニヤフは早くも造反の動きがあり、予言が当たるのはとてもイヤなことだが、概ね予定通りのコースを辿っているようだ。

 ウクライナ戦争については、私はせめて戦闘だけでも停止してくれることを期待したが、ご祝儀で止めてくれたイスラエルはともかく、ウクライナではドンバスでもクルスクでも戦闘は止む気配はなく、戦死者は両軍合わせて一日二千人超えで、むしろ激しさを増している。トランプは両紛争に対してほぼ同じ時期、同じアプローチで交渉を持ちかけたはずだが、正反対の結果になっているのは、やはりこの政権の人材の不足、整理された頭脳の持ち主がいないことを指摘できることがある。

 「整理されていない」とあえて書くのは、ことトランプの交渉ぶりについては欧州もゼレンスキーも不満を漏らしているが、まだ本案の協議にすら入っていないことがある。イスラエルと異なる結果になっているのは、交渉に応じたプーチンがゼレンスキー政府の当事者適格、つまり和平交渉する資格に異議を唱えていることがあり、またトランプ政権がそれを真に受けて足を掬われていることがある。

 ロシアによると、2014年のマイダン革命は大統領逃亡の混乱に乗じた極右分子(ネオナチ)のクーデターで、以降のウクライナ政府は正式な政府ではなく、また、そのクーデター政府が復権させた2004年ウクライナ憲法でも、現在のゼレンスキー政権は任期切れで、2024年2月以降のウクライナには正式な国民代表はおらず、和平交渉したくても交渉する相手がいないということである。

 こういったものは法律の世界では訴訟要件という。被告(原告も同じ)になるならないの判断は職権調査事項で、国際関係では仲裁国がその判断をするものである。ロシア、ウクライナの思惑とは関わりなく、交渉途中でも審査でき、和平交渉の終了まで棚上げすることも可能である。これはトランプ政権が独自で判断できるはずのものであり、それでプーチンも文句のないもののはずである。

※ マイダン革命ではロシア以外の国は新政権を承認しており、それで10年以上外交や交易を続けてきたのだから、この判断は紋切り型で良かったはずのものである。ロシアが首服しなければ交渉の意思なしとして経済制裁すればそれで良かった。

※ 現在のロシアの経済は戦時ケインズ経済で、軍民両需が破綻したため、経済制裁の解除と大量の民需品は現在の同国には喉から手が出るほど欲しいものである。これは戦闘による死亡や兵器の喪失はあるが、それらと同等かそれ以上の切実さで、プーチンがトランプとの交渉に応じた理由の一つである。

※ その点、最初手の「原油封じ」で原油価格の下落を狙ったことでプーチンが血相を変え、これも交渉に応じる動機になったのだから、トランプ政権も悪手ばかりを打っていたわけではない。いつも着想は良いものの、その後のまずさで結果をフイにするのは、彼の場合は金正恩などあるが、ビジネスマン時代からそうである。

 仮に交渉の最中、ウクライナ憲法の規定と公定解釈に照らし、ゼレンスキー氏に当事者適格がないことが明らかになったとしても、交渉内容は新大統領に追認させることができるし、また瑕疵が甚だしければ時期を区切って補正させることも可能である。国際仲裁に当たるような熟練した外交官で整理された頭脳の持ち主なら、ここまでは容易に結論づけられるだろう。

 国務長官や副大統領バンスの言説がゼレンスキー氏を交渉対象に入れたり入れなかったりと猫の目のように変わっているのは、彼らが経験不足で、ロシアの言い分に惑わされて的確な判断ができなくなっていることを意味する。同じく交渉を持ちかけながら、結果がイスラエルと異なるものになっていることはロシアのせいではなく、トランプ政権の稚拙さのせいである。

 本案である和平交渉の内容、ドンバスの帰趨や戦時賠償をどうするかといった議論、あるいは経済制裁の解除については、トランプ政権は勢い込んで仲裁に乗り出したものの、まだ議論すら行われていないというのが本当のところである。

 

 トランプはディールを持ち出し、ゼレンスキーはそれに応じる姿勢を示したが、今のところプーチンを含む三者は各々の始発駅の切符売り場の自販機の前である。いや、プーチンとゼレンスキーは会場に着いているが、トランプ一人が財布を忘れてあたふたと家に舞い戻っている光景と言うべきか。

 長くなったので、本来協議すべき内容である本案については次回にしたい。事情がこういうものであるから、これまで見たような欧州やペスコフ、ゼレンスキーの発言は取るに足りない。まだその段階ではなく、今のそれは駅のキヨスクで天ぷらうどんを啜っている程度の話である。