同時通訳を付けなかったのは失敗だったが、帰路のゼレンスキーはイギリスに立ち寄り、ロシアの凍結資産を担保にした30億ドルの借款に署名し、広島でもそうだったように外遊中も時間をムダにしない姿勢を示した。見かねたチャールズ国王が宮殿に招待したが、これはスターマーによる慰労と思われる。
会談決裂の直後、ウクライナ軍総司令官はツイッターで大統領に対する忠誠を表明し、トランプ陣営が溢れされていた「ゼレンスキー不人気、選挙で負ける論」にクギを刺した。これは議会に続くものであるが、前大統領のポロシェンコも現政権の支持と団結を表明し、共和党議員のグラハムが示唆したゼレンスキー辞任は当面起きそうにない。グラハムは親ウクライナ派で、会見の前には挑発に乗らないようゼレンスキーにアドバイスした人物だが、戦争は皮相的な同情と真の友情の違いを暴露する。ポロシェンコに至っては現在もゼレンスキーが目の敵にし、在職中の汚職で訴追しようかという人物である。
下記はシルスキーのツィートだが、トランプにこういう人物はいない。彼はブラウン将軍やフランケッティ提督など忠良な軍人をみんな追ってしまったからである。
Armed Forces -
with Ukraine, with the people,
with the Supreme Commander-in-Chief.
Our strength is in unity.
We continue to destroy the occupier, bringing Victory closer.
Glory to Ukraine!
(General Oleksandr Syrskyi, Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine)
軍隊は-
ウクライナと共に、国民と共に、
最高司令官(大統領を指す)と共に。
我々の強さは団結にあります。
我々は占領者を破壊し続け、勝利を近づけています。
ウクライナに栄光あれ!
(ウクライナ軍総司令官、オレクサンドル・シルスキー上級大将
3月1日午前6時1分のツィート)
— Commander-in-Chief of the Armed Forces of Ukraine (@CinC_AFU) March 1, 2025
ウクライナの方はこんな感じだが、トランプとバンスはといえば、大統領はその日のうちにマー・ア・ラゴでゴルフに、副大統領はスキーに出かけた。バンスはバーモント州のスキー場では手痛い歓迎を受けたようである。
「裏切り者」「ナチス」などと書かれたプラカードを手にする抗議者
マジメさが違いすぎる。これではどんな提案を持って行っても、話がまとまることは決してないだろう。2日のCNNの調査では決裂の原因が誰にあるかということで、トランプ50%、バンス42%、ゼレンスキー4%とのことである。
なお、ウクライナに対する米国の援助は当事者も言う通り重要なものであったが、不可欠とまでいえるものではなかった。2022年からの戦争関連費の内訳はEU36%、ウクライナ31%、米国33%といったものであり、兵器関連に絞るとEU21%、ウクライナ50%、米国29%で実はウクライナ自身でかなり負担していることがある。加えて米国から提供された兵器が概して中古品で市場価値の低いものだったことを勘案すれば米国の負担は10%が良い所で、残り6割はウクライナ、3割がEUで負担していたのである。なのでゼレンスキーも米国の援助については半ば諦めていた様子だったが、パトリオットなど米国製兵器を購入できることについてはトランプと交渉する気でいた。
※ 援助援助と言う割には、米国製兵器はパトリオットとジャベリンミサイル、M2ブラッドレー装甲車くらいしか目立たなかった理由である。M1戦車も旧式で、これはロシアミサイルの直撃を受けてたちどころに炎上した。ドローンに至っては使い物にならず、早々にウクライナ製にバトンタッチしている。
いずれにしろ、言えることはトランプらの言うように2022年にジャベリンミサイルを提供したから3年も戦えたというものでは事実は全然なかったということである。むしろトランプの退任を見計らって一年後にプーチンはウクライナに侵攻した。トランプは会見でゼレンスキーがカマラ・ハリスの地盤のある砲弾工場を視察したことを利敵行為として非難したが、砲弾をアメリカの金で買っていたのでなければ言われる筋合いもない話である。バイデン前政権はウクライナ政府の自由になる金はほとんど与えなかった。旧オリガルヒらを呼び戻した最初の一年間の砲弾取引などは語り草である。このことにつき、トランプは何の関与もしていなかった(知っていたかどうかも疑わしい)。ウクライナがロシアの侵略を予期し、優れた計画を用意していたからこそ、今日まで戦い続けられたことがある。
※ そもそもジャベリンミサイルの提供をトランプに強請したのはメルケルである。
※ 調達経路は多岐に渡り、旧オリガルヒを介したことで着服や徴兵逃れとのバーター取引が横行し、価格も高かったが、生産工場などが立ち上がったことで昨年に整理され、不正を働いた業者は訴追されている。一時は闇市場に出回る北朝鮮製の砲弾を両軍で取り合う事態さえ生じていた。
トランプの杜撰な頭脳は、プーチンが占領地の鉱山開発を提案した時、にべもなく撥ね付けなかったことでも分かる。思うにロシアの他の資源地帯と区別していなかったようであり、ウクライナ国民を虐殺した跡地に建てた鉱山の共同運営というものがいかに醜悪なものか、この大統領にはついぞ分からなかったようなのである。
※ 通常、英語が母国語でない場合は、流暢に話せる場合でも外交交渉では同時通訳を付けるのが慣例である(例・マクロン)。
※ 他の国相手でも、トランプとゼレンスキーのようなやり取りは密室では珍しいことではないが、公開の場で行われたことは異例である。交渉に習熟していないか、トランプによるショーというのが妥当な見方だろう。
※ ドイツには「シュトライトカルテゥア(喧嘩の文化)」という慣習があり、健全な議論での喧嘩はむしろ歓迎されるが、その場合でも結論は一つにまとまり、恨みを残すことはないとされる。相手に一方的な服従を強いるトランプのケンカ殺法がそれとは異質なことはいうまでもない。
※ シルスキーの階級はウクライナ戦争前は上級大将(Colonel General)だったが、この階級が2020年になくなったため、ウクライナ戦時には方面軍司令官として中将(相当の指揮官)、あるいは(無印)大将と表記も混乱していた。24年に総司令官となり、最初は大将だったが、半年ほど前からは(ウクライナ軍に今はない)上級大将としれっと自称している。この階級を授与された最後の現役将官で、今でも名乗っているのは前司令官のザルジニー大将のように退役せず、授与時から現役だからということらしい。NATO軍では大将相当。戦争を終えたウクライナが司令官の私称を改めるか否かは定かではない。
※ ウクライナの場合、解任されたり降格されたりした人物がほとぼりが冷めた頃にしれっと復活していることは珍しくない。情報局長のブダノフなどは何回か解任されているが今も局長としてインタビューに応じているし、大統領補佐官のイェルマークも一時は追われたはずが、今もゼレンスキーの側近として近辺にいる。
※ 元国防大臣のレズニコフは弁護士の生業があり、外務大臣のクレバはハーバード大学に再就職して今はアメリカにいるが、これらは復活組には入っていない。が、汚職(濡れ衣とされる)で追われたレズニコフが政府関係者向けのセミナー講師やキーウの救難訓練などに出ている映像は時折出回ることがある。
※ 元大統領のポロシェンコはゼレンスキーに追われる身だが、南部で軍事集団を組織してほとんど軍閥化している。ロシアのドンバス侵攻(2014年)から、ウクライナには政府所管外の軍事集団が複数存在するようになり、現在はほとんどがウクライナ軍に編入されているが、プーチンがナチスと呼ぶ極右民族系のアゾフ大隊などはその例である。
※ アゾフ大隊は長らく「大隊(員数300人程度の軍事単位)」とマスコミやロシアから呼ばれ続けてきたが、実際は旅団(2~3千人)規模で、リーダー(プロペレンコ)の抗議(大隊じゃない)により、最近では旅団と呼ばれるようになっている。英語のホームページや好待遇、充実した訓練など外向けPRも行っている。