“No, in fact, to be frank, we paid,”
(Emmanuel Macron, President of France)
「いや、実のところ、率直に言って、我々は支払った」
(エマニュエル・マクロン、フランス大統領)
先にトランプとウクライナの交渉については、まだ本案にすら入っていないと述べたが、ゼレンスキー氏の参加を認めないことは既定として、どうも協議の方は、いつものトランプ式ビジネスと同じ結末になりそうである。
トランプという人物は着眼点はいつも斬新だが、物事を進めていく過程に問題があり、マネジメント能力が乏しいために、おいしい所をどこか他の企業家に持って行かれるという結末を人生で繰り返してきた。ウクライナに鉱業取引を持ち掛けたことは、この戦いを正義と悪の戦いとして捉えてきたバイデン政権やEUにはない斬新な提案ではあっただろう。が、褒められるのはそこまでで、彼がグズグズしている間にウクライナでは兵士や民間人が一日二千人死んでいることがある。そのことに対する切迫感や誠意は彼の交渉態度からは感じられない。
この1ヶ月間では、ことウクライナ問題について、合衆国大統領とその閣僚が意味のあることをしたのは35日中3日くらいである。残り32日は五分の四が政治外交上の技能不足、単なる稚拙さで浪費され、残り五分の一は誰にとっても益のないウクライナとゼレンスキーに対する脅迫に終始した。
“If they don’t care about values, that means they could abandon Taiwan, a consistent supporter of democracy.”
(Huang Yu-hsiang, technician)
「もし彼らが価値観を気にしないのなら、それは彼らが一貫して民主主義を支持してきた台湾を見捨てることができるということだ。」
(黄玉祥、技術者(台湾))
彼の番組である「ア・プレンティス」ならば、このような悲惨なパフォーマンスの持ち主は「ユー・アー・ファイアー」でクビにする所だ。
が、完全にムダとも思われない。24日にキーウに到着したEUのフォン・デア・ライエン女史はウクライナにアメリカのものよりフェアな鉱物資源協定を提案した。ルビオがしどろもどろで話したトランプ語のパートナーシップと内容は類似点が多いと思うが、極右にリベラルが脅かされていることはEUも同じである。
※ 続報では完全に新規というものではなく、以前からあった協定のアップデートのようである。米国の提案に対抗するものであることについてはEU委員会は否定している。三年間の戦争におけるウクライナの金融財政及び調達事情は旧オリガルヒとの関係もあり、それなりに複雑である。
ここは民主主義の出番である。民主主義とは多数決の意味で捉えられることが多いが、単に単純多数で何でも決められるなら、それは数の暴力で、科学的知見など、そういう選択になじまないものもある。人権や民族自決なども、あるいはそうかもしれない。
民主主義が最大の効力を発揮するのは、微妙な相違点のある複数の提案があり、内容も違うところはなく、どれを選択しても結果に大きな相違がない場合である。トランプ案とEU案は鉱産取引という点では一致している。争点となった防衛についても、EUは言うまでもないが、ルビオの言葉では間接的に提供されるともしている(トランプは頑なに拒んでいる)。それに米国はウクライナ最大の支援国だ。国民投票は難しいが、ラーダがある。民主的に決めてもらおうじゃないか。
このようにして、トランプ氏はいつもトンビに油揚げをさらわれていくのである。コモドアホテルもタージマハルもそうだった。彼の切り拓いた道をベンツで通るのはたいてい他人である。
“Ukrainians want peace more than anyone else, but our struggle and the resistance of the Ukrainian military is the only reason why we still exist as a nation, and as a subject of international relations. It was not Zelensky who decided what to want or not to want, but all Ukrainians who stood up to fight.”
(Pavlo Velychko, lieutenant, Army of Ukraine)
「ウクライナ人は誰よりも平和を望んでいるが、我々の闘争とウクライナ軍の抵抗こそが、我々が国家として、そして国際関係の主体として今も存在している唯一の理由だ。何を望むか望まないかを決めたのはゼレンスキーではなく、戦うために立ち上がったすべてのウクライナ人だ」
(パブロ・ヴェリチコ、ウクライナ軍中尉)
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、私はこの新聞をあまり信用していないが、米国の支援がない場合、現在の状況でウクライナの継戦能力は夏までだそうである。弾薬などは補充が効くが、最先端の迎撃システムやミサイル、索敵装置などは米国の独擅場で、こういったものはEUでは提供できないからである。攻撃の精度や長距離攻撃能力が低下することが懸念されている。
ISW同様、「あまり信用してない」というのは、この新聞の見出しはいつも扇情的で、たいてい他の要素を無視しているからである。その一つは、夏までというが、トランプ政権がそれまで持つかということである。いや、政権として存在はしているだろうが、事実上のレームダック状態で、政府が通常業務に戻ることが考えられる。この場合、支援は再開されることになる。
もう一つはマスクがクビにしたNASAやスペースXの技術者が復職せずにダッソー社やBAEシステムズ、ラインメタルに再就職することである。宇宙技術やステルス技術などはヨーロッパに移転し、不足している装備品の製造が可能になることがある。これはマッカーシー時代に実際に起きたことである。
そして第三の理由は三年間の戦闘でロシア軍がかつてないほど弱体化していることがある。独ソ戦でのしぶとさはモスクワの戦い後、スターリンがアメリカやイギリスの援助を受けられたことにあった。プーチンの場合はトランプ以外に援軍はなく、作る以上のペースで兵器も人員も消耗していることがある。軍民両需の充足を狙った経済計画は完全に破綻し、今やロシアは経済の危機である。
ゼレンスキーを当事者から排除した米露交渉は残念なことであった。トランプの稚拙とも言える一連の態度がウクライナ国民の態度を硬化させ、交渉のハードルをさらに上げたことは否定できないだろう。トランプの提案は、良い所はEUがたぶん全部持って行く、誰も欲しがらないようなもの、「鉱山を採掘できます」という紙切れはアメリカの手に残る。これはそれだけの話である。
とはいうものの、ゼレンスキーも盤石ではない。ウクライナ最高議会(ラーダ)は現大統領の合憲性と戦闘終結までの選挙の不実施を提案した決議を僅差で否決した。ゼレンスキーの党「国民の僕」はラーダで過半数以上を占める政権与党だが、そこでも動揺が拡がっていることがある。
(補記1)この決議(13041)は翌日再提出され、結局可決された。
"the Verkhovna Rada of Ukraine and President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy were elected in free, transparent, democratic elections with the invitation of international observers, which were recognised by the entire international community."
「ウクライナ最高会議とウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、国際社会全体が認めた国際監視団の招待による自由で透明性のある民主的な選挙で選出された」
"The Verkhovna Rada of Ukraine states that the martial law imposed in Ukraine by the Russian full-scale invasion does not allow for holding elections in accordance with the Constitution of Ukraine. At the same time, the Ukrainian people are united in the belief that such elections should be held after the end of the war."
「ウクライナ最高会議は、ロシアの全面侵攻によりウクライナに敷かれた戒厳令は、ウクライナ憲法に則った選挙の実施を認めていないと述べている。同時に、ウクライナ国民は、戦争終結後に選挙を実施すべきだという信念で一致している。」
"President of Ukraine Volodymyr Zelenskyy must fulfil his powers until he takes office as the newly elected President of Ukraine following Article 108.1 of the Constitution of Ukraine."
(Resolution 13041, the Verkhovna Rada (Ukrainian parliament))
「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ憲法第108条第1項に従い、新たに選出されたウクライナ大統領として就任するまで、その権限を遂行しなければならない。」
(ウクライナ最高会議、決議13041号)
ざまを見ろ、ドナルド・トランプ。
“Dictators and despots, they use law enforcement to try and compel loyalty...They threaten you with arrest if you’re not loyal; they will let you get away with crimes if you are loyal. That’s what’s happening in America today.
(Chris Murphy, Senator of Connecticut)
「独裁者や暴君は、法執行機関を使って忠誠心を強要しようとする、、彼らは、忠誠心がなければ逮捕すると脅し、忠誠心があれば罪を免れる。それが今のアメリカで起きていることだ」
(クリス・マーフィー、コネチカット州上院議員)
(補記2)
同日の記事でウクライナの経済専門家の分析として、米国のウクライナに対する援助は公式報告を大幅に下回ることが指摘されている。国務省の公式報告では援助の総額は1,830億ドルで、うち軍事援助は659億ドルだが、研究者は供給された兵器の実際の価値は125億ドルであり、三年間の援助の総額は509億ドルとしている。うち326億ドルは給与や年金その他経費の予算支援に用いられ、差額の55億ドルは新たに発注した兵器121億ドルの既納品分とされる。
ほか、一部の援助は融資や保証の形で行われており、凍結されたロシア資産を担保とした融資は250億ドルで、モルドバとセットで行われ、これは機関車の購入などに充てられた。
これらの報告の基礎資料についてはEUの指導による行政の透明化と電子政府システムがあり、公務員の給与から事務用紙の購入まで使われたフリヴニャ(ウクライナ通貨)の全てが追跡できるとされる。国際援助の使用に関しては不正や異常は発見されなかった。
※ 昨年にどこかで話題にしようと思い、記事を取っておいたが、EUの要求による地方政治の透明化にまで及ぶウクライナの行政改革案はその内容の厳しさにおいて、我が国の国家公務員、地方自治体のそれを遙かに凌ぐものである。
トランプ氏はアメリカの対ウクライナ援助の総額は五千億ドルとし、その金額を前提とした鉱産開発のための基金を提案していたが、公式報告だけでも大きな食い違いがあり、さらに上記の調査で援助の実態がトランプ氏の主張する金額の10分の1しかないことが明らかになった。前提となる数字にこれだけの違いがある以上、現在の計画は合意不可能というべきであり、トランプ氏のウクライナ和平提案はここに完全に水泡に帰したというべきである。
※ 結局合意するようだが、ウクライナに有利な状況ではある。合意は内容よりもトランプ政権を支援の枠組みから離脱させない目的の方が大きいようだ。すでに五千億ドルや「倍返し」条項は撤回されている。
ウクライナが数字の食い違いを鋭く指摘し、データを持って反証できたことは同国が戦争の間中、「汚職国家」のレッテルを払拭するため、EUの指導の下、大統領府を中心に進めてきた行政改革の成果である。ウクライナのシステムは国力に数倍するロシアと比較しても数段優れており、トランプの提案はウクライナの今日までの努力を故意に無視し、悪貨が良貨を駆逐する類いのものであるが、そのようなものが現代の国際社会で許されるものでないことは、今さら書くまでもない。