混迷した大統領の発言にいちいち付き合っていてはこちらの身が持たないことはあるが、今日のトランプ氏は一転してゼレンスキー賞賛、ロシアdisモードのようである。翌日に会談を控え、ご祝儀かとも思うが、プーチンの非妥協的な態度がガザ・キングのご機嫌を損ねたのだろうという見方もできる。

 外務大臣ラブロフは現在の占領地のほか、ドネツク州の全州とザポリージャ、ヘルソン、ムィコラーイウ、オデッサの割譲を要求しているとされる。ムィコラーイウはキエフ級やクズネツォフ級空母を建造した旧ソ連の造船都市である。ヘルソン以外は戦場になったことはなく、発言したラブロフも無理は分かっていると思うが、戦場でも決して有利とは言えない状況で、なぜこの発言をしたのかということはある。が、これは要求というよりはロシア内部の事情を反映した発言ではないかと考える。



 上図はウクライナ参謀本部が毎日発表している戦果報告だが、英国国防省の評価でもだいたい正確という話である。16日の報告だが、集計に平均して1~2日ほどかかるので、米露会談の最中の15日のデータだと思われる。装甲車の損失が突出して多いことが指摘できる。この車両は最近の攻撃ではあまり使われていなかった。

 この日に猛攻を掛けた理由は誰でも理解できる。重要な会談を控え、来訪したアメリカ交渉団に揺さぶりを掛けることが目的で、あわよくば戦果も挙げ、交渉を有利に運ぼうと目論んだことがある。この日は兵員の損失も1,730人に及んだが、戦果の方はうーむという感じであった。翌日も攻撃を行い、さらに50台の装甲車を失っている。しかし、ロシア軍の活発化は交渉団、なかんずく背後にいるトランプに強い印象を与えたようだ。「ロシアはウクライナなんぞ簡単に征服できる」と、彼の発言がエスカレートするのはこれ以降である。

 その後、大統領の言動はウクライナ指導者ゼレンスキーへのいわれなき中傷にシフトしていったが、アンコールを求められたプーチン大統領としては、期待に応えるべく同規模の攻撃を再び行いたい所である。が、会談から2週間が経っても、そんなものはないようだ。



 上図は私が作図した米露会談前後のロシア軍の装甲車(AMV)、戦術用ドローン(UAV)の喪失数だが、見ると会談の前後で違いがあることが見て取れる。戦車は数が少なすぎ、兵員の損失は恒常的なので傾向を見て取ることは難しいが、これを見ると会談の後はロシア軍は装甲車や兵員による攻撃は低調で、自動兵器に依存する傾向が見て取れるのである。


 さらに上図は中央日報によるクルスク地方ニコルスキ村に孤立した北朝鮮部隊で、おなじみコレネヴォ街道の近くだが、後詰めのロシア部隊との連携が悪く、寸断されて包囲されてしまったものらしい。北朝鮮軍は「弾除け」と当初からいわれていたが、言語や指揮の問題から実際はまとまって行動しており、風評通りの用兵(弾除け)でこの方面に出現したのは初めてである。これまではスジャの東側にいた。

※ 北朝鮮軍が戦意が高く侮れない相手であることはウクライナ軍でも認識されている。時代遅れだが良く訓練されており、クルスク方面ではロシア兵に代わって交戦の機会も多くなっている。

 ほか、会談後はウクライナ軍が長距離ドローン攻撃でロシア軍の重要拠点や司令部を攻撃したことが伝えられ、ポフロフスクやヘルソンでも逆襲した例がある。トランプ新政権の態度はいちいち胸くそ悪いものが多いが、前線にはあまり影響しておらず、ウクライナ軍の戦意も思うほどには下がっていないようである。戦意が大幅に下がったように見えるのは、むしろロシア軍の前線将兵である。誇り高い大ロシア軍が小兵の北朝鮮兵の後におずおずと付いて行き、おっとり刀で突撃するなど考えられるだろうか。

 考えれば分かる話なのだが、トランプの出現でどんな形にしろ停戦することは両軍とも分かっているはずである。これまでのロシア軍の戦法は肉挽き機と呼ばれる粗放な人海戦術で、一回の突撃で数百名の死者を出すようなものであった。多くはシベリアなど辺境民で、戦死すれば家が建つほどの恩給が遺族に給付されるが、あと一週間、あるいは数日で戦闘が止まるという状況にあっては、そういった兵士は上官の命令に従って突撃する気になるだろうか。いわゆるトランプ効果である。


ガザ2025(realdonardtrumpより)

 ラブロフの発言の背後にはおそらくこういった事情がある。すでに秘密裏に前線からは不穏な動きが多く報告されており、ザポリージャなど法外な要求と見られるものの名宛人は、トランプもあるが、むしろ味方の前線将兵である。また、同期の多くが戦死したにも関わらず、主要都市一つ奪取できない戦争の顛末には中級指揮官にも不満を貯める者は多くいるに違いない。

 15日の攻撃は不景気なロシア軍にしては大盤振る舞いだったが、戦果は絶無に近いものであった。トランプのせいで前線の戦意はガタ落ちで、プーチンがもう一度玉砕攻撃をやれと命じても兵士が従わないことが考えられる。自動兵器頼みになっているのはそれが理由だ。

 ウクライナ軍としては、曲がりなりにも停戦する日まではあらゆる手段を使い、この機に乗じてロシア軍施設、装備、製造工場を徹底的に叩いておくべきだろう。ここでロシアの一個軍団でも降伏してくれれば、歴史の流れは一挙に加速するのだが。