"If you can't describe what you are doing as a process, you don't know what you're doing."
(W. Edwards Deming, economist)

「自分がやっていることをプロセスとして説明できないなら、自分が何をやっているか分かっていないのだ。」
(W・エドワーズ・デミング博士、統計学者)

 28日にトランプとゼレンスキーの会談が予定され、鉱物資源協定の調印が行われるという話であるが、安全保障については協定の文言はあいまいで、続くトランプの言葉からもお題目以上の意味はなさそうな感じである。

 会見についても、私は先に放言を連発するトランプの心理状態について考察したが、ここで大学生の息子(ゼレンスキー)が帰郷しても、先に述べた観察では、言葉で父親(トランプ)を翻意させることはできないはずである。大事なのは、この会談に費やした時間と労力が、現在の何に役に立つかだ。

 ただ、毎日毎日猫の目のように変わる大統領の言葉にいちいち付き合わされるのも疲れる。識者の分析も一日経てば古新聞で、「戦略が見えた!」という見出しのものもあるが、書き上げた頃には前提が変わっている。そこでトランプ氏から少し離れ、混迷している現在の状況を前提に、提起された論点について考察してみたい。参考として、論点ごとにウクライナ、ロシアのどちらに分があるかも示しておく。

※ 「混迷している」状況が前提なので、状況が変われば違う結論もあり得る。



1.ウクライナのNATO加盟・・・ウクライナが有利

 まず、ある安全保障機構に加入するかしないかという問題は、最高高権の主権国家が自らの意思で決められるものである。ウクライナには一院制のヴェルクホフナ・ラーダ(最高議会)があり、元首である大統領がおり、条約を批准して承認する機構は揃っている。外国の介入があったとしても、行政府が批准した条約が議会で承認されれば、その効力を否定すべき理由は何もない。

 ロシアがこれを妨げる方法にはこれといったものがなく、ゼレンスキーの与党「国民の僕」党はラーダの過半数を占める政権与党であり、大統領の任期についても議会で延長が承認されたこと、また、開戦以降ロシアはゼレンスキーの暗殺を度々試みているが全て失敗していることがある。

 唯一可能な手段は軍事力による征服だが、三年間続いた戦争で壊滅したのはロシア軍の方である。軍備縮小のほか、核の放棄など思い切った提案をしなければ、ウクライナが翻意することはまずないだろう。


2.領土交換・・・どちらともいえない

 2022年の侵攻でロシアはウクライナ領の20%を支配下に収めたが、24年にウクライナもクルスクに逆侵攻し、現在はロシアの支配地域が約10万平方キロ、ウクライナが六百平方キロと相互に領土を持ち合っている状態である。ゼレンスキー政府は停戦と領土の交換を申し出ている。

 

※ 2022年のラインへの撤退を求めている。マリウポリ割譲あたりが妥当な線だろう。

 元々侵略で得た国土というものが不法なものなので、交換は妥当であるが、ロシアはこの種の問題を複数の国家に抱えている。返還された例はなく、また奪還を企図した場合は主力方面が手薄になり、さらに広範囲の占領地を奪い返されることが考えられる。戦闘状況によってどう転ぶか分からず、現時点では判断できない。


3.鉱物資源交渉・・・ロシアが有利

 ゼレンスキーが秘策として持ち出したウクライナの地下資源だが、老獪なプーチンに逆手に取られてしまったように見える。天然資源の埋蔵量は国土が広大なロシアが有利で、取引を持ち出したトランプもプーチンが囁いたロシア資源に目が眩み、ウクライナは上の空の様子である。ウクライナの資源はアメリカを繋ぎ止める楔の役割は果たせず、また開発に長年月を要すること、天然資源は政治的に増やしようがないことから、これでロシアと競っても、ウクライナに勝ち目は全くないだろう。

 

※ すでにプーチンがクラスノダール州で工場誘致のPRを始めている。この州はボーキサイトの産地だが、シベリアの奥地で環境汚染のやり放題だったことから、住民はガスマスクを付けて生活している。SVOにも多数参加している。


4.ビジネス・・・ウクライナが有利

 ウクライナの資源は期待ほどの注目を集めなかったが、採掘した資源を流通させて換価することは埋蔵量とは別の問題である。この点、プーチン政権は取り分の50%を要求するなど悪評が高い。ウクライナは戦いを続けつつ、以前からの懸案であった行政改革を着々と進めてきた。

※ 侵略で地球の6分の1を手に入れながら、途中船が沈められたことで石油もボーキサイトも手に入らず、原爆まで落とされて世界史上稀に見る悲惨な敗戦を経験した日本人にはつくづく良く分かる話である。



※ プーチンのやり方はどこかで見たことがあると思ったが、江戸幕府中期の田沼意次の政治が良く似たものとしてある。田沼もまたビジネスには素人で、株仲間を作っては上前を跳ねていた。どちらも官僚で、思考方法に似たものがあるかもしれない。賄賂が横行していることも田沼との類似性を感じさせる。

 焦点になるのはロシアのウクライナ占領地だが、政府によるとおよそ3,500億ドル相当の天然資源が眠っているとされる。これがロシア式ビジネスだと利益になるのは1,750億ドル程度だが、現在のウクライナはEU基準に準拠しており、汚職の淵源で、障害となったオリガルヒも逮捕されるか訴追されるかで同国にはもういない。つまり金銭的にクリーンで透明性の高い政府の下、100%近い現金化が可能なわけで、加えて関連産業に投資することで、さらに高い収益が期待できる。

(ウクライナ)
 3,500億ドル×100%=3,500億ドル(鉱山そのものの価値)
 3,500×4×100%=14,000億ドル(周辺産業の付加価値)
 ※4は乗数効果
 (合計)3,500億ドル+14,000億ドル=17,500億ドル
     17,500億ドル×30%=5,250億ドル(最終的な収益)
     ※30%は利益率

(ロシア式)
 3,500億ドル×50%=1,750億ドル(上納分を引いた価額)
 1,750億ドル×3×50%=2,625億ドル(周辺産業・上に同じ)
 ※3は乗数効果
 (合計)1,750億ドル+2,625億ドル=4,375億ドル
     4,375億ドル×20%=875億ドル(最終的な収益)
     ※20%は利益率、なお、オリガルヒの利益は4,375億ドル

 体制による効率性の違いを勘案して多少手加減したが、比較すると同じ場所をウクライナに開発させた場合とロシアを関与させた場合では、5,250億ドル対875億ドルと六倍の差になることがある。数字や係数などは適当だが、当たらずといえども遠からずだろう。ロシアの場合は収益の多くがプーチンやオリガルヒのポケットに落ちることになる。

 トランプもこのことには薄々感づいているように見える。ロシアの資源は魅力的だが、この国のビジネスには不透明さがつきまとう。プーチンはウクライナ占領地の資源もアメリカとのジョイント・ベンチャーで開発したい意向を示しているが、同じ場所を開発するならロシアよりEUとウクライナにやらせた方が利益が出るということは、この大統領にはプーチンとの友誼もあり、頭の痛いことである。

※ 彼はプーチンは好きだが、プーチンが取り分の50%を持って行くことには不快感を感じている。

 このような比較ができるのは、ウクライナでは軍では10年以上前、戦争が始まってからは急速に、行政の透明化やデジタル政府化を進めてきたためである。ロシアにはそのようなものはなく、ビジネスは放漫で、プーチンとオリガルヒの承諾なしに利益を上げることはおぼつかず、経営者も変死したり失脚したりすることは良く知られていることである。

※ 我が国ではカルロス・ゴーン氏がやはり手痛い目に遭っている。

 戦前のロシアの輸出額は年間40兆円であったが、輸入は半分の20兆円である。それでもルーブルが地を這うような低迷を続けたのは、プーチンとオリガルヒが上前を跳ね続け、国外に不動産を買い、奢侈品を買い漁るなどして搾取を制度化していたためである。プーチンの総資産は約20兆円といわれるが、これは上記の輸出入の差額とほぼ同額である。

※ イタリアで差し押さえられたプーチンの豪華ヨット「シェヘラザード」は全長140mと海軍のクリヴァク級駆逐艦より大きく、重さも三倍あり、ロシアのエネルギー会社ロスネフチCEOの名義となっていた。実態はプーチンの専用船で運用もFSBによって行われ、ロシアの場合、所有権の概念はかなり不明瞭である。上記の要目から駆逐艦より高価な船であることは間違いない。


5.政権交代(ウクライナ)

"I know some Russian oligarchs that are very nice people,"
(Donard Trump, President of the United States)

「私はロシアの新興財閥の中にとても良い人たちがいることを私は知っている」
(ドナルド・トランプ、合衆国大統領)

 プーチン氏はもちろんのこと、トランプ氏も現ウクライナ大統領のヴォロディミル・ゼレンスキー氏を忌み嫌っており、何とかして政権の座から引きずり下ろしたいと思っているが、トランプ氏も「ビジネス」を首尾よく進めたいなら、そのやり方には注意しなくてはならない。

 現在のゼレンスキー氏の支持率は53%で、かつての90%より大きく低下しているが、それでも三年掛かったのであり、トランプ氏が50%を割り込むのは1ヶ月と掛からなかった。政府の様々な施策に加え、EUから求められた汚職の一掃、支援国との外交関係の構築に戦況の監督、軍の近代化などどれ一つを取っても重要な課題が山積した上でのこの支持率であり、これまでのところ、公務員いじめ以外政治らしいことを何もやっていないトランプ氏とは国民の信頼感が違う。

 閣議にしても、就任一ヶ月にしてようやく開いたトランプ氏と異なり、ウクライナ大統領は空襲サイレンの鳴り響く中、侵攻翌日には国民の前に姿を現し、その後も間近に迫ったロシア大戦車軍団と1ヶ月以上対峙し続けた。テレビ塔が破壊され、東部管区軍のロシア戦車は大統領官邸に数キロまで近づいていたのである。ドニエプル河の対岸にはラピン将軍の中央管区軍の部隊があり、脱出は完全に不可能であった。もしここでウクライナが敗れたら、彼は間違いなく、他の政権幹部や軍幹部と一緒に銃殺刑にされていただろう。

 彼が進めていた改革がビジネスにおいても適合的なものであったことは上述した。で、あるからして、このリーダーを追うには合法的な方法でなければならない。戦争があと10年続き、その間も大統領に居座り続けたならクーデターを使嗾しても良いと思うが、現在の彼は任期の延長につき議会の信任を得たばかりである。もし超法規的、非合法な手段を通してこの政権を倒したら、EU加盟を目指してゼレンスキーらが連綿と努力してきた改革は水泡に帰し、ウクライナは元の汚職国家に逆戻りして、ビジネスで儲けたくてもその術もないようなものになりかねない。いかに忌まわしくても、ウクライナ政治改革の中心人物がゼレンスキーであることは否定しようがないのである。

 現在の彼はロシアが戦争を止めない限り辞任も不可能な状況であり、弾劾に値するような不祥事もないことから、こと合法的な方法でこの大統領を追う手段はない。トランプに脅迫されて辞任したとしても、選挙を行えるような状況でないことは明白なので、これは表見大統領として地位に留まり続けることになる。トランプやプーチンにこの大統領を引きずり下ろす手段はなく、トランプについては上に述べたような事情から、追放はデメリットしかないものになることがある。どんなに嫌っていても、現時点では、彼はゼレンスキー氏と共存するより他にないのである。


6.一覧しての当方の見立て

 トランプ氏の言動は日ごと、時間ごとに変化するため、彼がいったい何を目指しているのか、ビジョンも何もない男ではないかという見方はすでに人口に膾炙しつつあるが、それもややつまらない見方である。



 一つ言えることは、彼はさながら時代劇の悪人のように小判が大好きであり、黄金色に光り輝く富に執着を示すということである。ただ、生まれついての金持ちであることから、彼が富を求めるのは貪欲だからではなく、富こそが彼の価値基準であるからである。この切り口で見るならば、一貫性のないように見える彼の行動もいくらか秩序を考えることはできるかもしれない。ここからまず考える。

 まず、ウクライナは占領された地域の返還は諦めた方が良い。クルスクは潔く返し、見返りを求めずに国境線の守備を固めるべきである。鉱物資源取引についても駆け引きはしない方が良い。粛々とビジネスに位置を占め、妥当な収益を上げるべきである。資源ではなく、寡兵で三年間も戦い続けた政府の効率性、国民の律儀さが武器である。政府の管轄下で存続してきたアゾフ大隊など軍事集団も解散すべきだ。

※ アゾフ大隊はアゾフ「旅団」と改名して現在はウクライナ軍に編入されており、ウクライナに私設軍隊はいないことになっている。が、2014年以降22年までは確かにいた。

 すでにロシアが占領した地域については、奪還ではなく、彼の地でのビジネスを志向し、利益を還元することで拝金主義者の信用を勝ち取るべきである。このようなものならウクライナはドンバスでもアメリカ大統領の後押しを得ることができるだろう。ビジネスと金儲けについては妥協の必要はない。

※ 上述の検討から考えると、領土はロシアに、ビジネスはウクライナ式にがトランプの理想である。ロシアは軍事的に占領できなかったムィコーライウやザポリーシャも要求しているが、そこまで聞いてやる必要はない。

 2014年に占領されたドンバスと現在の占領地域は以前のように人民共和国を作るなどし、緩衝地帯として設定する。ビジネス権と旧住民の往来権は保障し、それをNATOとアメリカ合衆国が担保するというものになる。債権の保全であって、領土の保全ではない。なので駐留部隊もウクライナ軍がよほど弱体化しているならともかく、原則としては必要ない。ウクライナ本国は残る国土で国家の再建を続け、近代化もより進める。NATOやEUの加盟は機が熟したらということで良いが、加入の意思は示しておく。

※ 行政と防衛はロシア提供で良いのではないか。領土を放棄する分、復興費用も放棄することができ、それはロシア負担分でウクライナの負担は減る。国民感情はあるが、相殺して賠償は放棄すべきだろう。

※ 独裁国相手のビジネスは北朝鮮の開城工業地帯の例があるが、少なくとも金政権の代替わりまでは堅調な操業を続けていた。プーチンには後継者がなく、同様の傾向が世襲されることも考えにくいため、朝鮮よりリスクは小さいといえる。ロシアでもカルロス・ゴーン氏のアフトバス掌握失敗の例などが参考になる。

 

※ 緩衝地帯のデザインは中国のように統治と民間を格別し、統治機構はロシア式、民事及び商事はEU式と折衷することも考えられる。中国の場合、統治に影響しない限り、民間経済には非干渉であり、これはうまく行っている。

 

※ ビジネスを担保したいなら、NATOはともかくウクライナのEU加盟は有力な担保となる。トランプ氏の傾向なら、むしろアメリカが後押しすべきだろう。

※ 協定案第六条2項は「基金契約の草案作成にあたり、参加者は、ウクライナの欧州連合加盟に基づく義務、または国際金融機関およびその他の公的債権者との取り決めに基づく義務との衝突を回避するよう努めます。」とし、ウクライナのEU加盟を当然の前提としている。ビジネス利益を確保する方策についてはトランプ氏に妥協は見られない。

※ 現在ある占領地のウクライナ国民には割譲に際し、国籍選択の自由を与えるべきだろう。ウクライナはほとんどが平地で、占領地から帰還した住民(約300万人)に割り当てる土地は現在でも十分あることがある。そもそも国土の割に人口が少なく、これもロシアの侵略を許した理由の一つである。

 発展の方向としては、アメリカやEUはもちろんあるが、アフリカやインド、東南アジアにも目を向けるべきである。ウクライナには世界有数の商船学校があり、世界の海員の10%がウクライナ人である。戦争でも大きく損なわれなかった自給率を武器に、これらの国々に発展の方向を定めるべきである。特に人口2億7千万人のインドネシアは東南アジアの中心となり得る国で、日本、中国とも外交関係を築くべきである。そしてこれらの国々とウクライナは海を通じて繋がっている。人口が三千万人を切ったことを見れば、移民も奨励すべきだろう。

 ロシアについては、この枠組みから多少の利益を得ても良いが、それは新共和国(緩衝国)との関係次第である。介入はしないが、ピンハネなどビジネス権を侵すようなものは許さない(そこだけはこだわる)。ロシア再侵略の懸念については、ウクライナで大破したことから、少なくとも5年は問題ないと思われる。また、緩衝地帯はロシアに委ねられることから、そこでの行政は(建前は独立国とはいえ)ロシアの責任である。北朝鮮人を移民させるなど何でもして、好きにやらせればいい。

 

※ ロシアの脅威が喧伝されているが、現在のロシア軍は旧ソ連軍に比べ規律・訓練・装備共に劣っている。軍としての能力は同兵力でもソ連時代の方がむしろ高かった。兵器の更新も緩慢で、全体としてプーチン政権は軍国化にあまり関心があるように見えない。少なくともオリガルヒの利権を犠牲にするほどではない。

※ 記事によると五カ年計画で軍備を再編して再侵攻という説もあるが、この戦争のダメージはチェチェンなどとは比べものにならないほど大きく、またウクライナも防備を強化することから、5年で再侵攻は難しいと思う。10年もすればプーチンもいなくなる。

 何十年も続けていれば、差は自ずから開いてくる。不公正な慣行を温存したモノカルチャー経済の旧式な国と近代化を進めた国とでは産業の裾野もGDPも輸出入総額もだいぶ違ってくる。ブラジルなどが良い例であるが、そうやって実力を蓄えていけば、失われた国土を取り返せる日も思っているほど遠くではないと考えるし、ロシア自体が変わることも考えられる。

※ ゼレンスキー自身も「国民の僕」でこのシナリオを描いている。つまり、彼にとって想定外のものではない。

 とりあえず、これは現在の状況からの見立てなので、トランプ氏が急逝するとか、アメリカ人が突然リベラリズムに目覚めるとかすれば、また違った見方ができることは言うまでもない。

※ 国力を上げても返してもらえない北方領土や樺太については、そもそもこれらは明治まで日本領ではなかったことがある。北方四島については発見はロシアの方が早く、現在では居住期間も上回っている。ドンバスとはまるで異なる事情があり、もちろん旧島民は返還を求めているが、全国的運動にならないし、根室でも目の前でロシア警備船が航行しても知らんぷりというのは、歴史を通じてこれらの島々の存在感が日本人にとっては郷愁や愛着を感じるほど大きなものではなかったことがある。これがドネツクのようなものならば、日本はウクライナ戦争が始まった途端に臨戦態勢で自衛艦を派遣して占領していただろう。
 

 トランプ氏とウクライナについて書きたいことはあらかた書いたと思うので、その後何を言われても、当面の間はブログは休みとしたい。ただ、やや混乱した記述なので(覚え書きのため)、もう少し整理して後でまた書くかもしれない。