トランプ政権の発足の前後で、私は前回の経緯から政権は1月目は混乱、3月目は造反、半年後に瓦解と書いたけれども(現在進んでいるトランプらの発言にいちいち目くじら立てないのはこのことによる)、造反については、私は裏切り者は政権内部の閣僚(ルビオやヘグゼス)か、元々プロの軍人で上院議員になったような人物(現ウクライナ特使のケロッグ)あたりか、あるいはマスク社の副社長か誰かだろうと思ったが、まだ1月しか経っていないが、まさかゼレンスキーが第一号になるとは思わなかった。

※ ケロッグは今回のサウジ和平案の素案を提出した当の張本人である。これが特使ということで相性の悪さは当初から明らかだった。

 私が見た様子では、すでに愛想を尽かしているように見える。もちろん口では対米同盟が要と言ってはいるが、実の所は当てにならないどころか、ロシアと組んでウクライナ消滅も画策しかねないと見ているようであり、トランプ政権の最重要人物で、実の所はアメリカ国家元帥長官総統のイーロン・マスクの座右の銘など見ると本当にそう思っているかもしれない。

“Move fast and break things: if something doesn't work, don't slow down, take it apart to the ground and start again.”
(Eron Mask, businessman)

「速く動いて物事を壊せ。何かがうまくいかない場合は、スピードを落とさず、徹底的に分解して最初からやり直せ。」
(イーロン・マスク、事業家)

 他にもまだある。

“If your democracy can be destroyed with a few hundred thousand dollars of digital advertising from a foreign country, then it wasn’t very strong to begin with.”
(J. D. Vance, vice president of U.S.)

「外国からの数十万ドルのデジタル広告で民主主義が破壊されるのであれば、その民主主義はそもそもそれほど強固ではなかったということになる」
(J.D.バンス、合衆国副大統領)

 ご丁寧なことに手段まで開陳してくれている。まあ、彼らに言わせればウクライナの敗戦は自業自得なのだろうし、その結果、黒海沿岸のある国やバルト三国がもう80年間別の国になったとしても、「大した国ではなかった」のだから、それは不可抗力というものなのだろう。特にバンスの西欧文明に対する敵視は異常なほどだ。

※ 鉱産資源の提供における交渉で副大統領のバンスは五千億ドルという法外な対価を要求した上(現在までのウクライナ支援の総額は三年間で約千億ドル)、「7時間以内にサインしろ、しなければウクライナ支援はなしだ」とゼレンスキーらを脅迫したとされている。この態度にウクライナはおろか、欧州中の政治家が呆れ、溜息をついたことは言うまでもない。

 イーロン・マスクという人は一日の大半をツィッターで過ごしており、会社も保有していることから、この世界では彼は全能で、何でも知っており、いわばX社自体が彼自身であり、彼の目と耳、身体そのもののということである。現在でも何億人もの人々がスマホで間接的にイーロンとのチャットを楽しんでいる。いわば電子人間であり、彼の子ども時代にはみんなの憧れだったサイボーグ、アベンジャーズの一員でネットワークの神(紙ではない)である。たぶん本人もそう思っているだろう。世界一の金持ちで、すでに十分持っているので、金は動機ではない。とにかく、彼がツイッター漬けなことは尋常でない量のツィートを見れば一目瞭然だ。

 正直、私はトランプらの行状は、ことアメリカ国内で収まってくれれば、選んだのは国民なのだし、効率化省の蠢動で公務員が100万人切られようが大したことではないと思っていた。アメリカの政治はダイナミズムに富んでおり、我が国では野党のくせに与党のような思考方法をする国民民主党や立憲民主党の政治家とは違う。

※ イーロン・マスクがなぜ現在のような思想の持ち主になったのか、少なくともウクライナ戦争が始まった当時では彼の偏向を問題にする者はいなかった。私は理由があるように見え、それを解説した記事は皆無だが、ここに至るまで、彼には彼の鬱憤があっただろうことは想像に難くない。


 それにアメリカは世界で最も劃然とした三権分立を制度として持つ国である。イーロンのAIが国務省のサーバーを書き換えるなら、裁判官の人間AIがそれより速く差し止めすれば良いだけである。最初は驚くが、手口はいずれ見抜かれる。なので、報道についてはやや大げさと思ってはいた。現在の制度では、イーロンやトランプがアメリカを瓦解させることはたぶんないと思うし、その才覚もないと思う。

※ 私の友人のカオルさんはマスクをトランプの「側用人」、マスクチルドレンは「お庭番」と評したが、実を言うとアメリカの制度は独善がそのまま通るほどヤワなものではなく、今くらいの話なら、小泉内閣における竹中平蔵の方がより大きな権力を振るっていたように思う。

※ マスクとマスクドッジズの差し止めを求めた14州司法長官の提訴をチュトカン判事(ワシントン連邦地裁)は却下したが、傍論で「緊急かつ回復不能の損害の蓋然性を証明した場合」と請求を容れる余地を残していた。仮処分(Eilmaßnahmen)は迅速性が要諦で、証明は疎明で足りる。

 ただ、国際関係は彼らの国とは違ったルールで動いている。クルスク州一つ取っても、和平交渉でウクライナを当事国とすることは議論の余地のない問題で、それに米露で返還が決まったとして、誰がクルスクからウクライナ軍を撤兵させるのか。ロシア軍が半年掛けても追い出すことができず、損害ばかりが増えているような場所だ。交渉で何を決めた所で、ウクライナ抜きの合意には意味がない。それに今もロシア軍は攻撃を続けている。そして多くのウクライナ兵はイーロンのツィートを毎回チェックしているほどヒマ人ではない。

 和平交渉の条件を見ると、ロシア・ウクライナ双方の主張は双方言いっ放しで、バランスが取れていないことに気づく。例えばロシアがウクライナのNATO加盟を望まないなら、ロシアはいかなる対価を支払うのか。ウクライナはクルスクの占領地とロシアが22年以降に占領した領土の交換を申し出ているが、明らかに面積が違い、85万人を戦死させたロシアに呑めるものなのか。

 

※ ウクライナの国境線は20世紀に入って以来何度も変遷しており、言語や宗教、民族分布も多様なことから、国境線の劃定それ自体は呑める話である。例えばドンバス紛争はマイダン革命でロシアに使嗾されたウクライナのロシア系住民によって起こされた。

 

 鉱物資源の提供にしても、事業化までは長い時間と多額の資金が必要で、ウクライナのそれはほぼ手つかずであることなどなど。それにドンバス、人民軍の編成表を見ると主要な将官は軒並み戦死しており、老いも若きもドンバス紛争の当時から最前線に駆り出されていたことから、ロシアのものとなったとしても、労働力人口はほとんどいないのではないか。いくら資源があっても人がいないのでは荒廃した都市の復興には、さらなる資金が必要なのでは?

※ 鉱物資源は元々ゼレンスキーの「勝利計画」に含まれていた内容で、トランプはそれを拝借しただけである。

 欧州はウクライナを支援するより途なく、もし失敗した場合はロシア軍に加え、世界最強のドローン軍を持つ国を敵に廻すことになる。ちょうどチェコスロバキアの工業力がナチスの欧州制覇を決定的にしたように。国ごとに言葉まで違うことからまとまりは悪いが、利害は一致している。それに今のところは経済力も人口もロシアに遙かに勝っている。

 とりあえず、1月目は混乱、これは説明不要だが、3月目もその後も新政権は順調に軌道を辿っているように見える。ペースはやや早く、これは見ようによってはモスクワ郊外に墜落したプリゴジンの飛行機のようにも見えなくもない。