残念でしたという感じだろうか。12日の米ウ外相会談に備え、ロシアが大規模攻撃を掛けることは前回の経緯から予測できる話であった。

 しかし、ロシア軍は打ち続く戦いによる士気低下と戦いごとの過剰な消耗があり、前回はポフロフスクほかトレツク、チャシフ・ヤールなど全戦線での攻撃であったが、今回はクルスク一択に絞り、精鋭ドローン部隊を集め、会談中に一挙に制圧しようと目論んだようだ。

 別に私は参謀本部の人間でも防衛省防衛研究所の人間でもないし、ミリヲタは大嫌いなので、あくまでも公表された情報に基づく外野からの観測に限られるが、そう悪くない線を行っていたんじゃないかと思う。

 作戦計画自体は一週間ほど前に立てられたようだ。810旅団のスジャ特殊部隊はDPRKが動き出す前にパイプラインに潜入しており、パイプ内を潜行して作戦開始を待っていたが、これは計画がずさんで、隊員たちは食糧の不足とガス中毒に苦しめられた。地上に出た時には疲労困憊でこれは容易く殲滅された。ガス管の中を15キロも歩くなんてどうかしている。アウディウカでもそんな距離は歩いていなかった。

 DPRKの包囲網突破も早すぎた。この軍団は軽歩兵中心の重火器もドローンも持たない歩兵部隊だが、薄いところでは歩兵数人と塹壕のウクライナ軍陣地を抜くことはそう難しくはなかった。が、向かった場所が問題である。彼らが向かったのはスジャの南、スームィとの間にある森林地帯で、この部隊は林野戦を得意とするが、道路も村落もない場所に進軍していったいどうするつもりなのかということはあった。

 大兵力であることは、この場合は仇となる。彼らは10キロほど西進したが、すぐにウクライナ陣地や予備隊の側背攻撃を受け、携行していた弾薬を使い尽くしてあっという間に消耗した。ドローンは持っておらず、仮にR200号線に這い出ても、スームィから駆けつけた総司令官直卒のウクライナ増援部隊の前にはなす術がなかっただろう。おそらく最大の損害(1個大隊以上)を出し、現在はプレホボに後退していると思われる。

 DPRKの翌日、スジャの北では先月からニコルスキで孤立していた北朝鮮部隊を救援に別働隊が動いたが、さらに翌日には810旅団本隊を含む総攻撃が開始され、ウクライナ軍はマラヤ・ロクニャを放棄して後方に引き下がった。ロシア軍は新型の光ファイバードローンを装備し、空軍による援護もあり、ウクライナ軍を追って数キロほどスジャに迫ったが、そもそもドローンは攻勢作戦には向いていない。光ファイバーのような有線誘導ならなお向いていない。

 陣地で態勢を立て直したウクライナ軍はジャミングと兵力を増強して反撃し、猪突したロシア部隊は戦車18台、装甲車40台を含む大損害を受けた。ドローンに弱いとかいろいろ言われているが、塹壕を含む要塞化された陣地を突破するにはこの兵器しかないのである。

 

 この戦いでは例によって滑空爆弾が用いられ、マリャ・ロクニャ、ニコルスキ、レベデフカなどの諸村が爆撃で完全破壊されて消滅するに至った。こういう光景はウクライナでは珍しいものではないが、ロシア空軍が破壊したのは自国民のいる自国領の村落である。

 総じて見ると、計画それ自体は事前に用意されていたが、DPRK部隊の過早の移動はウクライナ軍に配置転換の余裕を与えたが、陽動が望外の成功を収めたことで、クレムリンは途中から兵力の出し惜しみをしたようだ。810旅団はすり潰すことにし、これとDPRK1万人程度の犠牲でウクライナ軍を追い払えるなら、後の部隊は投入の必要はないと考えたのだろう。これらまでやられてしまうと、ロシアには後詰めの部隊はもうないことがある。より効果的であるポフロフスクからの増援は、ロシアではクレムリンも躊躇する政治イシューである。

 ウクライナ軍のクルスク派遣軍も当初よりかなり減耗(3万→1万)している。損失もあるが、ロシア領占領がある程度固定化したことによる配置転換もあるだろう。同時期、ポフロフスクやトレツクではウクライナ軍が勝利を収めている。

 ロシアの予定表では、会談の12日にはスジャは陥落しており、ウクライナは唯一の交渉カードを失って窮地に陥り、情報遮断が敗因になることは、代理戦争(支援なくして勝利なし)というロシア・トランプ側の言い分を正当化するもので、これらはウクライナに譲歩(領土割譲、ロシア属国化)を強い、交渉をロシアに有利に傾けるものであり、政権に鼓舞されたアメリカメディアの報道もその文脈に沿ったものになっていた。

 

 結果はそのようにはならず、むしろスターリンクなしでもウクライナ軍が高い戦闘能力を示したことで、この戦争はトランプが匙を投げたくらいでは終わらないことが再度強調され、スジャは陥落せず、ゼレンスキーらも言い分を変えていないことから、サウジで交渉を担当する国務長官ルビオの失敗はもはや約束されたようなものである。



 今朝のNYタイムズのルビオに関する論説はキューバ移民の子で、副大統領バンスと同じく、恵まれない境遇から苦労して国務長官まで登り詰めた長官の弔辞のようだった。彼は無能でも知性に欠ける人間でもなかったが、節を曲げてトランプに魂を売り、人格破綻者のイーロン・マスクに嫌われたことが凋落の原因になった。

 会談はまだ始まっていないが、トランプ政権ではすでに後任の国務長官の人選が始まっているだろう。こういうことは恣意的なトランプの宮廷ではもちろんのこと、彼が範とするナチス・ドイツの党内政治でも良くあったことである。

 

 実のところ、この政権のこれまでの行状は、トランプを政権の座に押し上げた不平家であるアメリカ白人の集まりというよりは、ナチスの方により良く似ている。1933年のドイツのムードは、たぶんこんな感じだったのだろう。