ウクライナ戦争は反転攻撃の中止後もアウディウカ・マリンカを中心にロシア軍による継続的な攻撃が続いているけれども、ザポリージャへの経路であるヘルソンの失陥はロシア軍が所期の作戦目的の一つを達成したことを示している。
ヘルソン付近では動きがあり、少数の部隊が確保したクリンキ周辺の戦闘は意外な展開を見せている。月末にロシアの戦闘爆撃機5機が立て続けに撃墜され、これまで航空戦では守勢一方だったウクライナの防空に変化が見られる。S300ミサイルやパトリオットなど様々な武器の名前が挙がっているが、F-16戦闘機がすでに実戦配備されているとする説もある。
先月から行われているクリンキの戦闘は実のところ不可解な点が多く、作戦は12月のゼレンスキー訪米に合わせて行われたという説もあり、援助が先細りになっているウクライナの政治アドバルーンという見方も根強かったが、歩兵中心の割には迎撃したロシア空挺部隊の戦車、装甲車が多数撃破されており、より後方の司令部施設や輜重部隊の損害も多く、当初はヘルソン河畔に並べた長距離砲で対岸から砲撃支援を受けているものと思われた。カフホカダムの決壊があったとはいえ、ドニエプル川は幅1キロの大河で、しかもヘルソン周辺は湿地帯で重量のある装甲車両は走行できず、河川や水路を渡って東岸に重装備は搬入できないことがある。
※ 付近を走行していると思しき装甲車両の映像はある。
長距離砲で支援といっても、遠方の目標を砲撃するには弾着観測が必要になる。旅団配備の榴弾砲の射程は概ね30キロ、MLASなどロケット砲は70キロの射程を持つが、地球は丸いので砲手がその距離を見通すことはできず、航空機やドローン、あるいは観測タワーなどで目標を捕捉する必要がある。観測タワーは論外として、ドローンのみで誘導できるものかどうか甚だ疑問に思っていた。
Su-35の撃破に至っては戦線から40キロ後方で、これは強力なレーダーを持つ早期警戒管制機の存在を示唆していたが、同様の攻撃が可能なら以前にも行われていたはずが、反転攻勢の間中、ウクライナ軍はロシア軍機をほとんど撃墜していないことがあり、ロシア機を最も多く撃墜したのはワグネル軍団だったということがある。ウクライナ軍の装備に何らかの変化があったことはありそうなことである。
※ クリンキ周辺ではロシア軍のドローンが無力化されているという報告もあり、最近開発された対ドローン用ティーザー銃など新兵器が投入され、それが小規模で装備も貧寒な部隊の想定外の抗戦に繋がっていると思われる。ウクライナ軍はクリンキではアウディウカ・マリンカとは異なる戦術を採用しているようだ。
クリミア半島の北、ウクライナのオレスキー演習場を中心とする地域はロストフからの距離も適度にあり、ウクライナ軍がロシア航空機の逓減作戦を行うには適切な場所と以前書いた覚えがあるが、この空域ならウクライナ空軍はAWACSの空中管制を受けることができ、長射程の誘導ミサイルをロシア軍機の視程外から投射できる。対抗できるのはミグ31戦闘機しかなく、この戦闘機の撃墜が報告されればウクライナ軍が冬季の航空作戦を志向したことが確認できるだろう。
※ ウメロフらのEU諸国に対する働きかけを見ると、クリンキは新兵器・戦術の実験場という位置づけかも知れない。第35海兵旅団が参加しているという報告があるが、新設旅団もあるようで、参謀報告もやや不明瞭なため、大統領直轄の戦区になっている可能性がある。
ロシア軍はマリンカを制圧したが、この街はすでに廃墟で、ウクライナ軍は郊外に撤退し、戦力の温存を図っている。一連の戦いの犠牲は8万人で、例によってロシア軍には珍しくもない、人命を浪費する戦いの一つである。
ウクライナではゼレンスキーと総司令官ザルジニーの不和が伝えられているが、これはレズニコフの後任の国防大臣ウメロフに問題があるように見える。ザルジニー本人が指摘したように、軍司令官に帷幄上奏権はなく、徴兵の要求も法案として提出するのは国防省の仕事で、法制化は司令官の仕事ではないことがある。なお、ウクライナの国防大臣は文民で、旧日本軍みたいな軍人の指定席ではない。
軍司令官が大統領に直談判して兵や装備を要求することはウクライナの制度ではありそうにない。記事が対決しているように見え、また将軍が大統領の座を伺っているようにも見えるのは、ロシアの陰謀か、ISWの軍事ヲタクの見識がその程度だからという見方もできる。
(補記)
「質の高い兵は指揮官の無能を補うことはできるが、最終的な勝敗は指揮官の優劣で決まる」という格言があるが、ウクライナ軍の戦いぶりを見ていると非常に整然とした戦闘を行っている部隊もある反面、思い付きのような作戦で不必要な犠牲を出している例も数多く見られる。
※ こういうのは野球チームなどでもありそうな気がする。
ドローンやIT技術の活用など、ウクライナ戦争には従来の戦争に見られない新兵器、新機軸が投入されているが、技術的な優位に目が眩み、効果的な活用やその本質の見極めができないまま戦闘に投入され、なまじ戦果を挙げてしまったことが、ここに来て戦略的な齟齬を来しているように見える。
そのしわ寄せを受けているのが現在クリンキに投入されている兵士たちで、貧弱なゴムボートに乗せられ、砲弾が飛び交う中、対岸に上陸して戦闘を続けているが、良く言って対ロシアの疑似餌であり、上陸したという事実だけが重要で、対抗する武器も与えられないまま砲弾やロケット弾、滑空爆弾の犠牲になっているのを見ると、もっと良い戦い方はあるように見えるし、支援目当てのワシントンへの政治アピールという目的が犠牲を正当化する理由として適切なものかという疑問も感じる。
だが、彼らが東岸にいるせいでロシア軍はムキになって大部隊を投入し、主として長距離砲とドローン(あるいはF-16)の攻撃で多大な損失を強いられていることがある。ここで軽兵部隊の果たしうる役割はほとんどない。こういう戦闘に従事させれた彼らの自信や士気の喪失には無視できないものがある。
しかし、このような戦い方では最終的に勝利するのはロシア軍であろう。ドローンや電子戦術に対抗策が施された場合、軽武装で背後は河川という死地にあるウクライナ部隊には全滅以外の途はなく、今のところ、装甲車以上の戦力を送る装備も方法もないことから、作戦は失敗が運命づけられている。戦闘の帰趨を決するのは今の昔も良く訓練された部隊と、思慮深く戦術に熟達した指揮官である。
ウクライナのヘルソン部隊については、実質的な指揮官のプロファイリングをする必要を感じる。私は軍事専門家ではないので、ウクライナ軍指揮官の資料は手元にはないが、このような作戦を立案する人物については、性格傾向を分析しておく必要がある。着想に比べ実践が粗雑な点、おそらく軍事が専門の人物ではないように思う。