反転攻勢がさしたる領土の奪還もなく終了したことで西側メディアには恨み節のような記事が溢れているが、ワシントン・ポスト紙は反転攻勢の内幕ということで計画を立案したアメリカと実施したウクライナの齟齬を伝えている。ワシントンの戦略家が立てた計画では、ウクライナ軍は南部に戦力を集中し、60~90日でクリミアを奪還するはずだった。

 が、ドネツクなど東部がガラ空きになることにゼレンスキーやウクライナの参謀本部が難色を示し、ザルジニーは精鋭部隊を東部に集中させ、南部を攻撃した部隊は経験不足で練度も低かったとされる。西側から供給された地雷除去車を用いなかったことについては、国防相のレズニコフ(当時)が試みたが砲撃とヘリに全て撃破されたと説明している。計画は開始後数日で瓦解し、ザルジニーは南部に投入した機甲部隊を東部に転戦させ、以降は10人単位の小兵団による戦術に切り替えたとされる。

※ 当初の計画を水で薄めたような人手頼みの攻撃でも第二防衛線まで到達したことがある。計画通りに攻撃していればトクマクやメリトポリは失陥した可能性が高かっただろう。が、ウクライナ軍も大破したはずで、それで2014年以降の被占領地、ドネツクやルハンシクを奪回する余力は残らなかったはずである。

 南部への攻撃を声高に叫んでいたのは昨年から西側メディアとISWで、反転攻勢が開始されてからも私などは白々と見ていたが、これはアメリカに非があるように思える。ウクライナ軍を南部に振り向けたければ、少なくともトルコについては外交上の手筈を取るべきであり、ポルポラス海峡を支援艦隊が通過することを確約すべきであった。その保証なしに南部に出ることにどれほどのメリットがあるのか、ゼレンスキーでなくても首を傾げるだろう。

※ 首を傾げないのは外交や政治、海上輸送についてはどこまでも都合良く解釈するか専門外とできる軍事ヲタクくらいである。

 ロシアの弱みは国民への説得が「特別軍事作戦」であることで、モスクワからキエフへのハリコフの北を通る最短ルートを使えないことである。プーチンはソ連邦復活の前祝であるこの戦において、ロシア国民(モスクワを中心とした白ロシア人を指す、少数民族は含まない)をできるだけ巻き込まないよう配慮した。そのため拠点はモスクワから200キロ以上南のロストフ・ナ・ドヌーになり、現在でもここは全ロシア軍の策源地である。

 ロストフからの距離を見ると激戦地であるバフムトは200キロ、ザポリージャは300キロ(直線距離)で、これはロシア軍にとってはバフムトの方がザポリージャより扱いやすいことを意味する。キエフからの距離は570キロと450キロで、バフムトはウクライナが進出したロシア占領地の最遠点だが、ウクライナ軍はドニプロを拠点としており、そこからの距離だと200キロと130キロで、ザポリージャの方が攻めやすいが、バフムトでは条件はほぼ均等となる。

 こういう状況で南部への兵力を割くにはバフムトで兵力の均衡を保つ必要があり、保てない場合はパブログラード、ドニプロと簡単に攻め入られてしまう。そうすればドニプロとザポリージャは分断され、反攻部隊は背後を突かれて全滅してしまうことがある。南部での反攻を成功させるには、均衡を維持できなければ前線を西に移動させ、第二戦線を構築する必要がある。ドニプロからの距離100キロ未満なら南部に大部隊を割いても少ない兵力で都市を防衛できるだろう。

※ 当然のことながら、一時的でも占領されたウクライナの各村落ではブチャに酷似したロシア兵による住民虐待の阿鼻叫喚の光景が繰り広げられることになる。


 そこまでして成功させるべき作戦か?という疑問は、計画を説明されたウクライナ首脳部には当然あったはずである。ここに来て私は「軍事ヲタクの限界」というものを垣間見るのである。ウクライナに領土の一時的な占領も含む計画を行わせたければ、それに値する報奨を示すべきであった。クリミアを占領した軍団はセバストポリに接岸した欧米輸送艦にすぐに分乗し、マリウポリに上陸してドネツクを襲うか、あるいは策源地であるロストフを攻める計画であるべきだった。ロストフを失えばこの戦争は終わったはずである。

※ ロストフを弾道ミサイルで集中攻撃することを主張する軍事ブロガーはいない。が、政治的には当然取りうる選択肢である。この都市はこの戦争ではモスクワの代替物で軍事や物資の集積地だが、雷撃して核戦争に発展するほどの場所ではない。

 ありていに言うならば、ワシントンの軍事ヲタクが立てた作戦は軍事と外交の連携が取れていなかった。ウクライナの作戦開始に合わせて長すぎるエルドアン政権が選挙で敗北し、欧米艦隊はポルポラス海峡を通過して、空ではちゃんと飛ぶ中古F-16戦闘機に搭乗したウクライナ人パイロットが大挙来援して初めて成り立つ作戦だった。この作戦は欠陥品で、責を負うべきはもちろん実際に血を流したウクライナの民衆や兵士たちではない。机上の空論で兵を弄んだワシントンの戦略家たちである。

 軍事ヲタクたちはおそらく、外科医がメスで切り取るように、ロシアに占領された2022年以降の占領地を奪還できれば十分と考えたかもしれない。事実、ドンバスとクリミアは2014年以降はロシアの支配地であり、占領行政が確立され、再占領は別の問題を伴う。が、占領された部分だけを綺麗に切り取ることはヲタクの妄想と言うべきであり、今も昔も最短交通線こそが最善の攻撃距離であり、攻撃すべきはウクライナの場合はバフムトまで進出し、ドネツクとルハンシクを指呼の間に捉えたこの場所なのである。

※ こういう戦争を自分の都合の良い方法で終わらせるという考えは歴史でも度々試みられるが、たいていうまく行かず、コントロールどころか全てを失う結果になることが多い。私が訳知り顔の軍事ヲタクを特に忌み嫌う理由もそれである。

 ロシアがウクライナとの戦いを「戦争」と再定義した場合、モスクワからハリコフを飛び越えてキエフを直撃する最短ルートを採る可能性がある。が、ウクライナごときに大苦戦したプーチンをロシア国民が許すとは思えないし、その段階で彼の権力が盤石だとはとても思えないことがある。

 戦争はロストフで終わりにすべきであるし、おそらくそれで終わりだろう。アメリカJSFのような軍事ヲタクの妄言を鵜呑みにして盛大にコケたバイデン政権としては、せめてロストフと第二の都市であるボロネジをウクライナ軍が弾道ミサイルで攻撃しても核戦争にならないよう、外交努力を払うべきだろう。

 

 

(補記)

 

 

「もちろんウクライナの勝利もコストを伴う。支援を拡大しテコ入れを続ける西側の経済的な負担は膨大なものとなる。中東でも戦闘が起きている今はなおさらだ。それでもウクライナの敗北がもたらす実存的危機に比べれば、負担は安いものではないか。」

 

 このメディアの論説には首肯できないものが多いが、コストについては、先にオースティンと会談したザルジニーが参謀本部の試算として示した数字があり、全領土奪還には戦費が3,500~4,000億ドル、砲弾1,700万発が必要というものがある。が、これだけの金額を投ずるなら、先ずトルコ政府を買収し、ダブついた北朝鮮製砲弾については買い取っておけばハマスに横流しされずにすみ、トータルの戦費はより安いもので済んだという見方もある。

 

 ジ・エコノミストの記事以来、ウクライナではゼレンスキーと総司令官ザルジニーの不和が伝えられているが、こういった政権内部の内紛は国民の士気を大いに下げるものである。が、私はザルジニーが下野して大統領選挙に出馬した所で、ゼレンスキーを破ることはないと考える。それにザルジニーはそれほど馬鹿ではない。視野が広く、歴史に造詣の深いこの将軍が好んでマクレランの愚を犯すことはないだろう。

 それに誰が担ぐかといったこともある。今のところザルジニーは一介の軍人で、彼一人で選挙戦を戦うことはできず、支持者が必要である。それはおそらくゼレンスキーと正反対の政治傾向の持ち主だろうし、戦争終結とロシアとの和平交渉を求める人々だろう。いちばんありそうなのが、昨年は武器調達の都合上、ゼレンスキーのお目溢しで生き長らえたオリガルヒである。

 主として欧米の求めにより、ウクライナでは汚職の摘発が進んでいる。多くはオリガルヒに絡むものであり、ゼレンスキーに協力して北朝鮮から砲弾を買い付けた彼らは今や摘発を受ける身である。貢献の見返りとして、子息を兵役免除したり口利きしたりといった役得も期限切れである。これはウクライナがEUの一員になるために不可欠なプロセスであるが、滅ぼされる側の言い分としては、このまま黙って滅ぼされるつもりはないということになる。

※ 「敵の敵は味方」という諺もあるので、ロジスティクスの円滑化で不要になった北朝鮮製の砲弾やロケット砲はハマスに横流しされたものと思われる。窮境に陥った彼らにプーチンが手を差し伸べただろうことは今さら書くまでもない。


 こんな様子では、この選挙は茶番に近いものになるだろう。やや独善的とはいえ、ウクライナを着実に新しい方向に向かわせようとしている大統領と、古い勢力の残党に担がれた将軍とでは勝負は見えている。だいたい戦争中の国で政権交代が実現した例はほとんどない。大統領を蹴落とすなら終わった後にすべきだろう。

 ゼレンスキーについては、キエフ市長クリチコから独裁的だとか側近との不和が伝えられているが、その言動についてはますます冴え、透徹としたものさえ感じさせる。ザルジニーやクリチコにそこまでの視座を望めるかといえば望めないだろう。

 

 それは心配なこともある。ウクライナも含むソ連式大統領制の権力はあまりにも強大だ。裁判官すら鶴首することができ、反権力の闘士だった彼が変節しないとは誰にも言えない。

 が、現下の事情においては、ロシアの国防予算はウクライナの3倍で、総兵力は1.5倍、予備兵力も多くGDPは10倍である。アメリカで何かと危なっかしいバイデン政権が倒れれば、ウクライナ大統領の地位は絞首台への道であり、そうなる確率は実を言うと、今でもそんなに低くはない。

 

 そして今のところ、ウクライナで絞首台から逃げないことが実証されている指導者はゼレンスキーただ一人である。逃げようと思えば彼は侵攻後3日で逃げることもできた。しかし、逃げなかったのだから、我々は彼を助けるしかないのである。
 

※ 先日キエフで行われた前線指揮官らに対する国際人道法の講習会ではレズニコフがしれっと顔を出していた。元国防相で戦争にオリガルヒを呼び込んだ張本人であるが、交渉では手腕を発揮し、退任後は英国大使も噂されていた。大使にはならなかったが、影響力がないとは言えない場所で顔を売っている所を見ると、オリガルヒの手札も一枚ではないようである。

 

 当面は戦況に変化が望めないことから、ウクライナ戦争の覚え書きは適時更新としたが、二三気づいたことを書き留めておきたい。

1.ウクライナ参謀本部公表のロシア兵の死傷者数

 現時点で33万人が死傷したとされるが、この解釈については実際の戦死者数を表したものという見方と負傷者を含むという見方がある。死者数とすると負傷者は通例その倍であることから、ロシアは戦死者33万人に加え、66万人が負傷していることになり、100万人が一連の戦闘で身体に何らかの傷害を負ったことになる。

 負傷者を含むとする見方は英国国防省や米国防総省が採っている見方で、当方も同じ見解を採るが、いずれにせよ戦列離脱を余儀なくされたことは間違いなく、ロシアでは昨年2月の侵攻当初の20万人の兵力はすでに失われていると考える。


1-1.撃破されているロシア戦車の種類

 

 ウクライナ参謀本部もロシアも車両の撃破については場所や機種を特定していないが、最近とみに撃破数の多いロシア戦車については侵攻開始時より古く弱い戦車の可能性が高い。ロシア最強の戦車はウクライナではT-90だが、撃破されているのは専ら旧式のT-72や保管庫からレストアしたさらに古いT-62戦車と思われる。増加装甲や暗視装置の設置など改修もされていないので、これら旧式戦車はウクライナ軍相手に不利な戦闘を強いられている。一部の車両にはGPSさえなく、これがかなりの数の戦車が移動中に道をはみ出したり地雷原に迷い込んだりしている原因の一つと思われる。全般的にロシア戦車は軽く、防御力はあまり高くない。



2.最近とみに多いウクライナ政府の内紛と汚職の報道

 これについてはウクライナがEU加盟を受け、汚職対策部門を強化した影響が大きい。隠蔽されていた徴兵忌避や政府汚職の実態が捜査を受けて明らかになったことがあり、報道が多いのは対策が奏功し事態が改善している証拠である。以前はあったことすら明らかにされなかった。


3.ウクライナが勝ってもらうのは困るというアメリカ陰謀説

 反転攻勢の結果が想定を下回るものであったので、広く流布されている見方であるが、これについては多分に妄想の域を出ないものと考える。第一の理由はアメリカも含むNATO加盟国のどの国もウクライナに派兵していないことで、陰謀的に動くにせよ、ウクライナ軍に加減したりロシアを利するような軍団も司令官も同地にいないことがある。


4.今だ多いウクライナの国内・国外避難民

 難民というのは通常は国内避難民の方が国外よりはるかに多いものであるが、ウクライナの場合ドンバス紛争の影響で侵攻開始時にすでに85万人の国内避難民があった。現在では約800万人に増えており、国外に逃れた難民も500万人以上いる。ウクライナの人口が4千万人であることを考えると、すでに国民の半数近くが避難生活を強いられていることがあり、この難民への対処は政府の課題となっている。


5.ロシアを異質視することの違和感

 プーチンとその取り巻きの生活態度を見ると、彼らは国家主義者というよりは現在も我々の廻りにいる寡占資本家により近いものがある。制度が違うというだけで、彼らの実態はITや政府関係の仕事で財を成した企業家やセレブにより近いものがあり、思考様式も似ているように思われることがある。

 この戦争の理由はプーチンによるとNATOの東方拡大と西側諸国によるウクライナの「ナチス化」政策とされるが、信じがたいものである。そもそもNATOは一時期ロシア自身の加入も検討していた。ソ連崩壊以降の30年間、有利な立場を利用してロシアに不当な扱いをしていなかったか、資本主義的な強欲の持ち主に対して、ソ連復活を正当化するような理由を与えていなかったか、気になるところである。
 

 

6.ロシアの戦略が反転攻勢を頓挫させたことは評価すべき

 

 アウディウカやマリンカといった都市に戦略的価値はなかっただろう。が、10月までの情勢ではウクライナの反転攻勢は成功しかけており、ザポリージャでは第二防衛線に手を掛けて突破寸前だった。しかし、独ソ戦では主戦場はもっと北のハリコフあたりで戦われていたのである。

 

 ロシアとウクライナ、東と西との戦いにおいては、交通線の短さは80年前も現在も重要なファクターである。アウディウカへの攻撃はそのことを再確認させるもので、都市自体に価値はなかったが、ここを喪った場合のドニプロ、キエフへの距離の近さがはるか南で戦うウクライナ軍への圧力となり、作戦を中断させたのである。いずれにしろ、情勢を逆手に取って戦勢を逆転させたゲラシモフの手腕は、それが良く練られたものであったかどうかは別として、成功したことは評価されて良い。

 

※ ウクライナ侵攻軍総司令官に任命されたゲラシモフが布陣したのはヴフレダルだったが、ここで彼はキエフ以降では最大の戦車戦の大敗北を喫した。彼がこの場所に布陣したのは知名度を上げつつあったプリゴジンとワグナー軍団が北のバフムトにいたためで、これと十分な距離を取り、かつロシア本軍にふさわしい規模の軍団をということで選ばれた場所と思われる。ドネツクは使えない都市で、アウディウカとマリンカの両ウクライナ拠点から間断なく砲弾が降り注ぎ、要人が死亡するなどリスクが高いことがあったが、本来ならば対キエフ作戦の中心地となるべき都市である。

 

 今やプリゴジンはなく、ワグナーは解体され、ロシア全軍を掌握した彼にとってはこの「ドネツクの魚の骨」は取り除くべきもので、大軍団を編成して攻略に当たったことは、彼自身は独ソ戦の故事に倣った対ウクライナ作戦の主要経路がオデッサなどではなくより北に、東から西にあることを意識しており、キエフ強襲やオデッサ攻略などの奇道ではなく、より正統的な戦略を考えていたことが伺える。が、その損害は異常に大きく、仮に彼が正統なウクライナ侵攻作戦を考えていたとしても、それを実現できる兵力は今のロシア軍には残っていないことがある。

 

 ゲラシモフについては、ハイブリッド戦術の提唱者で元ウクライナ国防次官のハンナ・マリャルの師だが、実戦における戦術家としては無能と噂されていた。バフムトで負傷したこともあり、一時は重体説も囁かれたが、10月以降の様子を見ると能力が高いとは思えないが、平均程度の戦術能力、戦略センスの持ち合わせはあることは伺える。が、戦略家としての能力はザルジニーの方が才能に恵まれ上だろう。

 

 異常気象で夏季が長引いたことにより、11月になっても戦闘が続いていたウクライナ戦争だが、月末の冬の嵐が両軍の戦闘意思を挫いたようである。27日頃から吹き荒れた暴風は戦場を凍りつかせ、黒海の波浪が沿岸の砲台を押し流し、出港したロシアの巡洋艦は荒天で港に引き返した。ロシア側の主張ではマカロフ号はそれでも巡航ミサイルをキエフに向けて放ったとされるが、着弾した様子はなく、ウクライナ側の被害も確認されていない。

 11月末のロシアの攻撃は天候が悪かったこともあるが、散発的でまとまりの悪いものであった。作戦目標であったドネツク市に刺さった魚の骨、アウディウカとマリンカに対する攻撃で、ロシア軍は用意した武器をほとんど使い果たし、直近の攻撃は一般自動車に分乗した旅団が降車して突撃するようなジリ貧のものであった。報告を見ても増えているのは人員の損害ばかりで、車両がなくなったのか戦車や装甲車の類は激減している。専門家によるとロシアが失った地上戦力を回復するには3年から5年の期間が必要という。

※ 戦車や装甲車の損害は減っているが、兵員の損失だけはコンスタントに一定ペースを維持しており、反転攻勢の当初と比べると損害の平均も5割増しほどになっている。装甲車を失ったロシアが人海戦術に切り替えたことは間違いないようである。

※ アウディウカの戦いはお手軽な動機で、比較的攻撃しやすい目標を狙ったロシアの攻撃作戦と当方は見ていたが、最近のロシア側の言い分では積極的な防衛作戦とされており、そのことにより指導部は想定外の損害を受けても目標未達成の誹りは免れるものになっている。その点、バフムトとは勝利条件が異なっている。

※ マリンカについてはロシア軍は制圧したとしたが、直後にウクライナ参謀本部が公開したマリンカ市の空撮写真は同市が(かなり前から)すでに廃墟になっており、戦略的価値のないことを示している。


 冬の嵐はウクライナ軍の反転攻勢も終了させた。結局、6月からの攻勢は各戦線を僅かに押し戻しただけに終わり、支援国には失望感が広がっているが、こと10月以降の戦いでウクライナ軍は過去にないほどの大戦果を挙げている。おかげでロシア軍は半身不随になり、ドローンとミサイルに頼るしかないほどに弱体化した。航空戦力と海上戦力を欠く軍隊としてはITやドローンを活用した戦いぶりも含め、世界戦史に残る健闘ぶりである。

 もしもウクライナ軍にF-16やラファール戦闘機が提供されていたなら、広大な地雷原はこれらの航空機が後方の砲台や戦車部隊を爆撃し、その間に地雷処理車が地雷を除去して進軍できただろう。海上戦力があったなら、広大な要塞を一つ一つ攻略しなくても艦砲射撃で補給線を寸断し、地上部隊は任意の場所からクリミアに上陸できただろう。黒海沿岸に細長く伸びたロシア占領地は各所で寸断され、孤立したロシア軍は降伏を余儀なくされただろう。

※ 当初からこういう戦闘機が用いられていれば、現在のウクライナ軍相手には滅法強い「空飛ぶがらくた」ロシアのSu-25(フロッグフット)や二重反転ローターくらいしか芸のない戦闘ヘリKa-52などの出番はなかっただろう。

 ロシアの計略に乗り、戦力を移動させて反転攻勢を事実上中断したウクライナについては、やはり兵力不足が問題となっている。現在までのところ、同国が動員した兵力は80万とされるが、大半が戦闘経験のない元市民の一般兵で、戦場の広大さに比べ実際に使える兵力が不足気味ということがある。寡兵でドンバスを攻撃されればザポリージャは放棄せざるを得なかったのである。

 戦いはザルジニーの予言通り陣地戦に移行したが、ロシアについては直近の攻撃の様子を見ると戦意はかなり低下しているようである。アウディウカの戦いはこの戦争でも特に死傷者の多いものであった。後に行くほどロシア軍の攻撃は散漫なものになったが、彼らが往く平原には先に討たれた味方兵の死骸がそれこそあちこちに散らばっていることがある。これを見て戦意を失った者が多いことは想像に難くなく、それでいて戦果もなかったのだから絶望感もひとしおである。

※ 保管場からレストアして、止めど付きせぬ様子で投入されていたロシア戦車もついに在庫がなくなったようで、最近のロシア軍の様子は現代的な兵器が本当に尽きたようである。

 ザルジニーは第一次世界大戦を例に挙げたが、このような消耗戦は双方の体制に大きな負担を掛ける。総司令官は民主国家であるウクライナの方が全体主義ロシアよりこの種の戦いでは脆いと指摘したが、硬直した戦術で死地に送り出されるロシア兵にも第二、第三のワグネルを期待する向きがあろう。どちらの体制がより脆弱かは現時点では判断できないものになっている。

※ アウディウカへの攻撃計画を立案したゲラシモフにしても、この小都市はプーチン再選への景気づけの手土産の一つくらいに考えていたと思われるし、昨年に20倍の兵力で攻撃して負けたカディロフ軍団という不吉な先例はあったにしても、ロシアの正規軍がこれほど苦戦するとは思っていなかっただろう。が、結果はいまだ辛うじて残っていたロシア軍の屋台骨を砕くものになった。

 私個人の感想を言えば、ウクライナの反転攻勢は当初から希望的観測と戦略的誤謬を含むものであったと考えている。そしておそらくは同軍の将星にも計画の危うさに気づいた者がいたはずである。彼らはウクライナ軍の損害を抑えるよう尽力したはずだが、その結果が吉と出るか凶と出るかは後の話である。

 なお、両軍が必死になって争奪しているドネツクという街を見ると、確かにこれは旧ソ連でもウクライナでも有力な工業都市だが、発展したのは案外遅く19世紀になってからである。街を作ったのはアレクサンドル2世の時代にロシアに植民したイギリス人である。元はユーゾフカ(ロシア読みで「ヒューズの街」)という。ヒューズとは街を作ったウェールズ人ジョン・ヒューズの名前である。

 

※ この時代はモータリゼーションが普及していなかったため、工場の建設とは街作りと同義である。ヒューズ以前のこの場所は未開拓の平野が広がる一寒村にすぎなかった。

 

 同時にドネツ炭田やクリボイログの鉱山も拓かれ、戦後は重工業地帯となったが、施政していたのはロシアではなくウクライナ社会主義共和国である。これは旧ソ連邦を構成した3つの社会主義国の一つで、モスクワの中央委員会にもある程度の発言力があった。ロシア語人口は多いが5割を超えたことはなく、十月革命では反体制派(ウクライナ独立派)の最大の拠点であった。歴史的に見ても、この街はウクライナなのである。

 

 6月以降10日ごとのフォローということでウクライナ戦争の話題を提供してきたが、戦闘が一段落したことで、当面は大きな動きはないと思われ、フォローはここで終了とし、以降は情勢を観察し、適当な時にレポートしたいと思う。

 

 ハマスの事件もあり、ウクライナへの関心低下が叫ばれている昨今であるが、多くはロシアのプロパガンダと思われる。しかし、目を背けた所でロシア軍がいなくなるわけではないし、問題が解決するわけでもない。

 ウクライナ情勢については、このところは10日ごとの観察で情勢を検討していたが、どうもロシア軍も同じようで、ここ半月ほどはなにか書こうとすると状況が変化することが多い。前回はロシア軍の攻撃は3波まで行われたと書いた。ロシア軍は第2波で装甲兵器を使い果たし、3波目は人海戦術だったが、20日頃になって攻撃が止んだことがある。損害の大きさを見れば作戦中止、退却命令を出しても良い頃だ。そこで3日ほど様子を見ることにした。なお、攻撃は再開されている。

 両軍とも南部戦線から部隊を抜き出しているので、南部のザポリージャ戦線は今や閑古鳥である。衝突はアウディウカとマリンカを中心に行われており、ほか、中央管区軍が担当するクビャンスク戦線がある。ヘルソンについてはロシアがクリミアの第22軍をザポリージャに派遣したので手薄になっており、渡河したウクライナの空挺部隊がドニエプル河畔に橋頭堡を築いている。

 ウクライナが鳴り物入りで開始されたザポリージャ線での反転攻勢をアッサリ放棄したことについては、そもそもこれが主戦軸であることすら、当方は慎重に判断していたが、欧米が提示したこの作戦案についてはウクライナ軍参謀本部は当初から不同意、あるいは支援をチラつかされて渋々応じたというのが真相かもしれない。

 当初の情報を見ても、ロシア軍の守備が最も厚いこの要塞線に対する攻撃が適切だとは思えなかったことがある。軍の支持があったのはやはりドネツクとルハンシク、あるいはヘルソンの線だったように思われる。だからカフホカダムの破壊というハプニングはあったものの、参謀本部は戦況に応じて対応しうる戦略変更の余地を残していたのではないか。

※ 心当たりはいくつかある。まずザポリージャ線に投入されたのは欧米兵器だったがウクライナ軍でも練度の低い部隊だった。ウクライナ最良の将軍はシルスキーだがこれはバフムトに掛かりきりでザポリージャには見向きもしなかった。要塞への攻撃はウクライナ軍の全兵力からすると少なきにすぎ、中途半端なものであった。要塞に加えよりドネツクに近いヴァリカ・ノボロシカに部隊を割いたことなどなど。

 兵員も装甲兵器も枯渇したロシアはロケット砲とドローン、航空機による攻撃に切り替えているが、ドローンはともかく航空機の方はあまりうまく行っているように見えない。比較的簡単な構造の航空機、亜音速機のSu-25などは滑空ロケット弾くらいしか装備がないので以前も今もそれなりに飛んでいるが、より高性能な航空機、イスカンデルミサイルを積んだミグ31やバックファイア爆撃機(Tu-22)などは稼働率に問題を抱えているように見える。

 バックファイアより高性能の爆撃機、Tu-160ブラックジャックに至っては、これ自体80年代の航空機だが、数回飛行して巡航ミサイルを発射しただけで、ロシア空軍は今なおウクライナ空軍を圧倒しているが、戦力に見合う戦果を挙げていない。これには欧米のハイテク禁輸、経済制裁の効果が少なからずあるだろう。内陸のロシア基地に駐機し、段ボールドローンの襲撃を恐れるこれら航空機は昔のドイツ高海艦隊(der Hochseeflotte)みたいである。



 結局今年中には投入できなかったウクライナのF-16部隊は訓練を続けており、当初の仕様にはなかったドローン撃墜のソフトウェアアップデートを行っている。それでなくても最近はロートルのSu-25やMi-8ヘリコプターに混じってミグ29戦闘機も出撃するようになっている。欧米から供与された高性能ミサイルでロシアの防空ミサイルシステムが破損し、息を潜めていたこれらジェット戦闘機にも出番が廻ってきたようである。

 G20会議ではオンライン出席したプーチンが和平交渉について言及したが、どこまで本気か判断できないものである。これまで彼の交渉術を観察してきた様子からすると、自ら妥協を申し出ることは考えられない。交渉は突然妥結することがあり、現在ウクライナが提示している条件、ロシア軍の2014年の国境線までの後退が受容可能な政治状況になることが必要である。

※ いわゆる西側流の交渉、譲歩だとかウィンウィンだとかはひとまず忘れた方が良いと思う。相手を追い詰め、他に選択肢がないように仕向けることが必要である。正面切っての謝罪は期待しない方が良い。

※ 賠償については、それはロシアは当然すべきだが、過去を見ても履行された例がなく、また、ウクライナが十分な国際的支援を受けていることを見れば戦争が終われば自力での再建は可能で、最重要の項目というわけではない。押収されたオリガルヒの在外資産がある上、ロシアは現在の制裁が続けば賠償以上の代価を支払うことが確実なこともある。


 この件については、スロビャンスク・クビャンスク戦線には興味深い状況があり、ロシア軍は攻撃を続行しつつも国境線沿いに広範な地雷原を敷設している。それも一朝一夕の動きではなく、6月以降ずっとである。前回は旧式兵器を投入してリマン付近でサーモパリック爆弾など使っていた。担当しているのはハリコフの戦い以降から中央管区軍で、侵攻当初はロシア四管区軍の中で最も弱体で、司令官も主流派から外れた閑職のような部隊だったが、なぜかウクライナでは巧妙な用兵を見せており、前司令官のジドコ、ラピン両将軍の采配には優れたものがあった。

※ 国境線とはハリコフとベルゴルドの間にある、2014年以前の本来のロシアの国境のことである。

 中央管区軍は他のロシア軍と違い思慮を感じる用兵が特徴で、極端な攻撃もしないが、極端に負けたこともないという部隊である。そして、彼らのクビャンスク線は突破されたらモスクワには最も近い。ベルゴルドに布陣していた西部管区軍は今はなく、攻撃しつつ防備も固めているということは、最悪負けたとしてもロシア国境線以降には侵出させない。ロシア本土に踏み込ませないことがあり、広範な地雷原は38度線同様、将来の国境として考慮しているはずである。軍の一部ではウクライナでの戦いに見切りを付ける動きがあり、プーチンもそれを黙認していることがある。

※ あと、巡航ミサイルを出し惜しみしたり、高性能の戦車(アルマータ、T-90)を前線から下げたりといった動きも見られる。これらは失うと現代軍隊としてのロシア軍の存立に関わることがある。

 戦争の最初の頃、ゼレンスキーがロシア軍の撤退とロシア内陸100キロ程度の領域に非武装地帯を設ける提案をしたが、当時は問題外として一蹴されたものの、現在の事情では、それがロシアにも呑める条件に変化していることが考えられる。ロシアの広大な国土を考えれば、それで悪影響があるとは考えにくい。

 

 長期に渡る戦闘に倦んでいるのは世界もあるが、ウクライナもロシアも同じである。つい先日ウクライナはロシアに先んじて当初徴兵した兵士の動員解除を決定した。1年以上の戦闘で両軍とも兵士の士気が大幅に下がっており、作戦遂行への悪影響が出始めたことによる。ロシアにも同様の動きがあるが、ウクライナより余裕のあるはずの同国ではその種の動きはまだ見られない。

 

※ 2014年以降のロシアのドンバス、クリミアでの施政が同国の国際的孤立と制裁に見合うものであったかどうかも再度検討する必要がある。クリミア大橋の建設など、私は多くが持ち出し、赤字であったと考えているが、投資効果や両軍の支払った犠牲、再建に要するコストなど具体的な数字を基礎に、ロシアに侵略が割に合わないものであることを納得させることが必要である。

 

英国国防省のX(旧ツイッター)から

 

 先月10日前後から始まったドネツク近郊のアウディウカ・マリンカの戦いではロシア軍がおよそ3波の波状攻撃を行ったが、第一波は砲兵隊と歩兵隊を中心とした攻撃、第二波は戦車や装甲車を投入した本格的な攻撃で、第三波は第一波と同じ人海戦術となった。反転攻勢以降のロシア軍の損失は歩兵10万人、戦車を含む装甲車両4千両、野戦砲4千門で、一連の戦いで30~40個旅団相当の兵力が失われたことがある。これはロシアのウクライナ戦役全体の損失の三分の一に及ぶ。

 

 が、戦いはなおも続いている。まるで財政破綻が確実なのに大阪万博の開催を強行する日本政府や民間人虐殺の汚名が明らかなのにできもしないハマス掃討を指令するイスラエル政治指導部みたいである。今のロシア軍には、キエフやハリコフのように退却命令を出せるだけの権威のある指揮官ももはやいないのかもしれない。

※ 情勢を観察するに、作戦中止と退却命令はまだ出されていない。昨年以来名だたる上級指揮官が軒並み鶴首されたので、居残ったレンタル指揮官やパートタイム指揮官たちは命令の出し方も忘れてしまったのかも知れない。

※ レンタル指揮官とはこの戦争では頻出しているロシア独特の制度で、元は他部隊の指揮官だが力量を買われて上級司令部の指揮を一時的に取っている指揮官を指す。パートタイムは掛け持ち指揮官である。ロシア各管区軍の指揮官は上級大将だが、今や上級大将や大将はいないので、2ランク下の中将クラスが全軍の指揮を採っており、その中将の元いた部隊は参謀長の少将や大佐が仕切り、その大佐のいた部隊は少佐や大尉が指揮してウクライナ軍と戦っている。

※ ロシア兵は戦死すると遺族にラーダ車が贈られるが、車を生産しているアフトバスの工場(プーチンがカルロス・ゴーンを追い払って分捕った元ルノー工場)は大忙しのはずで、今のロシアで好況なのはこの会社と軍需産業くらいである。

 これまでの戦いに比べると兵員数に比べ装甲車両の損害が多いことが特徴で、報告はロシア軍の攻撃がワグネルのように辺境で徴募した未訓練の新兵を弾除け代わりに突撃させたものではないことを示しており、この攻撃が周到に計画され、正規軍を投入して確実に攻略することを目的としたものであることを示している。

 一説によれば、アウディウカ攻略作戦は軍によるプーチン再選へのアピール、選挙支援という見方もあるが、結果は見ての通り「一将功成らずして万骨は枯る」というものになった。過去の戦いで幹部将校の不足が言われているロシア軍にとっては、多くの指揮官を失ったこの戦いは傷口をさらに拡げるだけのものになっただろう。映像を見てもロシア装甲部隊の戦闘には稚拙さが目立った。熟練した指揮官の不足が原因と思われる。

※ ゲラシモフとショイグがこのようなエンタメを企画しなければならなかった理由は侵略が思う通りに進まず、ロシア軍の負けが込んでいるためである。

※ 隊伍を組んで戦場を進み、砲撃戦の最中に隊列を維持できるのは指揮官の資質によるものではない。それはその国の士官教育の賜物で、良く教育され、訓練された士官のいない軍隊は武器を手にしただけのただの烏合の衆である。

 南部戦線においては活発な動きはなく、ロシア軍の攻撃が数日なくなった時もあった。ここで攻勢を掛ければアウディウカのウクライナ軍を背後から突くこともできたが、今のロシア軍にそんな余裕はなさそうである。また、ごく小規模ながらヘルソン近郊でウクライナ軍が渡河し、洪水で流されたロシア陣地の一つクリンキに橋頭堡を築いている。が、戦線全体に影響を与えるにはまだ時間が必要だろう。

 ウクライナ軍の損失は、報道やこれまでのアウディウカ・マリンカ攻囲戦の状況を考慮するに従来よりは少ないと思われる。おそらく戦車の損失が50両程度、装甲車が100台未満で、兵員の損失は3~4千名と思われる。欧米から供与された装甲車両は生残性に優れており、従来ならば爆死したはずの被弾で乗員が脱出して難を逃れたこともある。ウクライナ軍は損失を公表していないので詳しくは分からないが、多くても上記の二倍程度と思われる。

※ これまでのロシア軍とウクライナ軍の損失比は7対1だったが、ウクライナ軍が戦闘を続けているところを見ると損害率ははるかに少ないと思われる。

 このように、ウクライナ軍は支援国の期待に応えた優れた戦果を挙げているが、現在の同国を巡る国際評価はそのようなものではない。先のザルジニー将軍の論考もあり、ウクライナを巡る戦況は「膠着」し、持久戦に陥っており、イスラエルの戦争で国際的な関心も失われ、ロシアは兵器を増産して最終的にはキエフを占領して戦争に勝利するというのが流布されている見方である。「すでに負けている」といった悲観的な見方もエマニュエル・トッドなど一部の評論家から出されており、日本でも鳩山由紀夫など左派の論客は似た見方を取っている。唯物史観の見方からはロシア勝利以外のシナリオは考えられないようである。

※ ザルジニーの論考についてはすでにロシア軍のドローン兵器の充実が報告されており、プーチンが新型兵器を検分するなど彼が指摘する第二侵略軍の存在はほぼ確実と思われる。が、これについてはメディアは(戦争に倦んだこともあり)ほとんど無視している。

※ いつも思うことだが、戦争で大事なのは色分け地図の陣取りゲームではなく、敵の主力部隊を捕捉し、戦場で破壊することである。ザルジニーは陣地戦への移行により機動力を生かした戦闘ができなくなることを危惧していたが、メディアでは膠着状態を認めたものと取られている。

 EUのフォン・デア・ライエン女史の訪問はそういった悲観主義者の見方に風穴を開けるものである。欧州委員会委員長はウクライナの加盟交渉の開始を勧告し、ゼレンスキー政権が戦時下であるにも関わらず改革を行っていることを高く評価した。司法制度の改革や腐敗の撲滅、オリガルヒやマネーロンダリング対策など広範な分野で成果が見られたとしたが、これはEUの審査が申請からの期間の長さではなく、申請国のEU基準への適合性に基づいて判断されるという原則に基づくことを改めて確認したものである。戦争が考量要素でないことはトルコの加盟が人権など問題を抱え、申請から40年近く経っても実現しないこともあってハッキリしており、ライエン女史の勧告はウクライナの社会が確実に「浄化」していることを示したものである。

※ ウクライナがEUに加盟することは単に市場の拡大ばかりではない。その国民に多文化の経験を与え、視野を広げ、社会をより活力あるものにする。そのため、EUは経済ばかりではなく「共通の価値観」を持つことを加盟の条件にしているのである。その点、対ソビエトの武力集団だったNATOとは質的に異なる。ウクライナでの戦争は欧州委員会にとって事情の一つではあっても、加盟の要件ではない。

※ トルコはEUの前身のEEC、ECにも加盟申請しているが、EECから数えると70年近くも袖にされており、EU加盟については同国でも諦めのムードが漂っている。2005年から加盟交渉を開始したが、欧州委員会による翌年の報告書の内容は厳しいものであった。

 翻ってロシアの社会を見ると、先に中央銀行が金利を15%に引き上げたことが報道されたが、資金需要は主に軍需産業に充てられており、社会はますます窮乏化している。すでに公共セクターの未払い債務が1兆ルーブル近くに達しており、物価高と賃金が低く抑えられていることで国民は生活必需品を支払うことができず、輸入品が途絶した上に、戦争や軍需産業に人手を取られたことによる労働力不足もあり、その経済は麻痺しつつある。原油などの輸出では利益を上げているが、通常の意味での経済の発展は望めない状況になっており、従来からあったモスクワとその他地方都市との格差もあり、旧ソ連末期を彷彿とさせる状況が生じている。

 イスラエルについては、戦争はガザ地区ばかりでなく同国を包囲するアラブ勢力との地域大戦に発展する気配がある。すでにイランがハマスやヒズボラの背後にあることが分かってきており、その背後には中国とロシアがある。ガザ北部を包囲したイスラエル軍の戦略は国際的非難を受けた戦闘の早期終結を図ったものである。ハマスの掃討はできず、対立の火種は残り続けることから、パレスチナ自治勢力を交渉主体と認めず、闇雲に紛争を拡大したここ20年のネタニヤフの政治的空想はおそらく彼の失脚を含む、高い代価を払うことになりそうである。

※ ポピュリズムと右派への迎合を基軸にしたポピュリスト政治は2010年代あたりから各国で目に付くようになったが、政治においては合理性の欠如、軍事においては戦略の破綻という形で各々の国に被害を与えるものになっている。ポピュリスト将軍にはまともな戦争はできず、また彼が読んでいる景気の良い右翼プロパガンダも実戦ではまるで役に立たないものである。戦争をしていない国においてはもう少し実際的な経済の話になるが、そこでも国にぶら下がる以外に能があるのかと言わんばかりの搾取の正当化が彼らの特徴であり、ここ10年目立ってきたものである。

 

 

 つい先日仕事のお礼にとクッキーをもらったが、これも相続の話で、請求した金額が高すぎやしないかと内心ビクビクしていただけに、喜んでもらえたことは率直に嬉しい。ちょうど茶菓子類が切れていたので実にありがたかった。品物は良く吟味されたブランド品で、買えばかなり高価なものである。

 で、先に終わりにしたつもりだったが、親父の葬式話は結構読む人が多いようで、おそらく私の複雑な生い立ちだとか、繊細な内面だとかにはたぶん興味を示してもらえず、専ら関心を惹いたのは口座凍結がどうやって行われるのかとか、火葬の様子はどうだとか葬儀代がいくらとか、そういったことのように思われる。

 私は自分の仕事で葬式価格など設定していないが(当たり前だ)、四十九日も近づき、実家からお裾分けにもらった折詰とか引き出物を消費していくとちょっと気になることがあった。

 葬式に備えている家は普通はなく、特に私の家のように話自体が禁忌だった家は何の準備も行っておらず、ぶっつけ本番で悲しみがまだ癒えぬうちに(つまり錯乱した状態で、特に配偶者)葬儀に臨むことになる。そこで必要なのが弔問客への饗応や引き出物である。

 饗応については一人1万円でそれなりにしたが(前述)、引き出物の方は次回(たぶん母親)は考えようと、もらった味の薄いのり茶漬を啜りながら思った。葬儀当日は仕方がない。臨終から間もないし、部屋には遺体が置いてあるしで複雑な用意はできず、葬祭センターの言うなりでカタログから選ぶしかしようがなく、これは会葬者の数だけ用意すれば良い。

 姉が選んだのは大森屋ののり茶漬けと佃煮セットで、スーパーで見繕えばもっと良いものを千円足らず(私なら永谷園にする)で揃えられるが、お値段は4千円、家族葬でも十数人はいるので、あっという間に4万5万になるが仕方がない。品物もそれっぽい葬式らしい陰気な色の包装紙などそうそう用意できる物ではない。

 しかし、その後一月ほど続く弔問者に配るお礼品の方は、用意する時間も十分あるし、故人や家の嗜好を示す良い手段でもあることから、工夫の余地があったように思われる。姉が選んだのはコーヒーセット(2,200円)だったが、これは葬祭センターで50個ほどが用意され、使った分だけ払い戻す式で、先週訪問したらほとんど無くなっていた。

 内訳はモンカフェ式のコーヒーが3つと紅茶が6袋、それとほとんど空洞の箱に10円玉ほどのクッキーが2種類各6個だったが、こんなほとんどがらんどうの品物をもらって嬉しいとか故人を偲ぶとかいった気分になるものだろうか。これについては自分で用意した方が良いと思われる。

※ モンカフェといっても本家は特許のカタマリなので、葬祭用のバッタモンの場合は湯を注いでも溢れとかなり出来が悪かった。なのでバラしてコーヒーメーカーに入れて飲んでいた。

 たまりかねた母親が河野に頼んで石けんセット(1,840円)を10個頼んだが、彼女は「もくせい舎」というハンドメイドソープの販売を行っている。もちろん葬式価格ではない。元々葬祭用のものではないので内容は2個でも6個でも自由自在だ。中身的にはこれと同等の品がAmingで1個千円以上で売られているのだから、2個でも良いくらいだが6個セットでもコーヒーより安かった。ただ、どの品も手作りなので量産が効かない。

※ 薬機法の規制外の雑貨石けんだが、私の母親と姉が前者は洗濯用、後者は浴用に愛用していたこともある。もちろん私も使っている。製造数が極めて少ないので、私も分かる人にしか勧めない。オリーブ油の石けんやカスティール、シャンプー用やブラウン・ウィンザーなどの商品がある。

 これはやや特殊な品だが、梱包さえ工夫すれば今はインクジェットで美麗な印刷物も作れるし、品物も吟味すれば、この引き出物は自分で用意した方が良いように思われる。一人1万円も出すならともかく、数千円の予算では葬祭センター任せでもブランド物はまず出ない。

※ こういうことを書くと「食品衛生法が」などというおバカな人がいるけれども、食衛法が問題になるのは袋詰めお菓子を開封して分包するような場合で、個々に包装されている品を分ける分には(お茶漬け海苔など)何の問題もない。

 こういったことは、残された我々が決めるのも良いが、当日はいろいろと忙しい。遺言のうち、登記など法律行為に関わるものは「遺言」、その他のものは「遺書」という。遺言は厳格な要式行為で、開披にも裁判所の検認が必要だが、遺書の方は法律にも規定がなく、自由に書いて遺せることから、「引き出物はブラックサンダー」くらいの内容は生前の本人が書くのがいちばん良いように思われる。

※ 仮にトンデモな内容が書かれていたとしても、債務や権利変動が伴わないので埒外とされているようである。例えば葬儀時にブラックサンダーが製造中止になっていたとしても、ビッグサンダーに差し替えれば良いだけのことである。

 贈る人が生きている場合は、お歳暮でも贈り物でもそれなりに吟味し、思っているより時間を掛けて選ぶのが普通である。ただのハムや石けんでも、そこには贈り主の誠意やセンスが光るものであり、おざなりなものではない。葬式だけが例外と考えるのは、少しおかしい。
 

 前回のザルジニー将軍のジ・エコノミスト誌の寄稿にはインタビューもあり、より率直なコメントが述べられているが、ドローンや電子兵器についてはすでに報じられているので、前回を補足する部分だけメモしておきたい。

1.不足しているのは前線兵力ではなく戦略予備

 ウクライナの場合、訓練場がロシアミサイルの射程内にあることから大規模な訓練施設を国内に建設することはできない。そのため、志願兵は国外で訓練されており、数も不十分なので十分な予備を揃えることはできない。

2.ロシアは第二侵攻軍を編成しつつある

 現在までにロシアはウクライナに40~50万の軍勢を投入し、30万を喪っているが、ロシアにとって人命ほど安い資源はない。将軍は第二次世界大戦の独ソ戦と同じく、ロシアが広大な後方に新編成の軍団を構築しつつあることを信じており、総攻撃は2月ないし3月に行われると考えている。戦略予備はそれを迎え撃つのに必要な戦力である。現在の前線兵力は足りており、何十万もの軍隊は必要ない。

 

※ もちろん新軍団が編成されればゲラシモフはクビだろう。

3.新軍団はドローンや電子戦兵器を中心に低練度の徴募兵を大量に持つ部隊

 ドローンとIT技術の優位性はこれまでの戦闘でも示されている。ロシアの電子戦装備は更新が進んでいる。兵員についてはロシア独特の事情から個々の訓練と装備は高くないはずで、犠牲も大きいものになるが、ロシアは120~150万の予備兵力を擁している。ドローンと新兵器については間違いなく準備が行われており、目標がキーウであることも疑いない。

4.ロシアの最初の侵略は失敗

 おそらく3~5年ほどの年月を掛け、ロシアはウクライナ侵略の武器を備蓄してきたが、現在ではほぼ使い果たされている。ドンバス防衛が手一杯で、戦況も不利であることからキーウ占領を目的とした最初の計画は完全に破綻している。

5.クリミアは4ヶ月で制圧できるはずだった

 反攻作戦は計画通りに進まず、指揮官を替えるなどしてみたが前進速度は目論見の0.3%しか達成できていない。地雷原やドローン、電子戦装備がウクライナ軍の進軍を阻んでいるが、意外なことに航空機は両軍とも大きな効果を発揮していない。が、メリトポリまで進出すればクリミア全域をミサイルの射程に収めることができ、反転攻勢の目的はほぼ達することができる。

6.行き着く先は陣地戦

 両軍とも戦況を打開しうる攻撃力を保持していないため、第一次大戦形式の塹壕戦に陥るリスクがある。長期に渡る戦闘と甚大な資源の浪費は両国の政治体制に地殻変動を生じさせる可能性がある。第一次大戦で塹壕線は突破されなかったが反体制運動で4つの帝国(ドイツ、ロシア、オーストリア、オスマン)が瓦解した。

7.情報を細大漏らさず掴む必要

 ロシア軍の動きについては現代の情報設備を使って細大漏らさず把握し、その企図を逐一分析する必要がある。その点、NATOのスタッフは良い仕事をしているが、より深化が必要である。また、戦場における情報技術の活用も重視すべきである。

(コメント)
 アウディウカではロシア軍が第二次世界大戦のような戦闘を繰り広げており、大量の戦車が友軍の撃破を乗り越えて進軍するさまはまるでボロディノの戦いのようでもある。しかし兵器はスターリン時代より命中率も破壊力も格段に向上しており、このロシア軍の突撃は旧式戦車の在庫一掃セールの様相を呈している。が、将軍によれば、この種の犠牲はロシア最高司令部にとって「容認しうるもの」とのことである。ウラルの東かどこかの秘密基地にロシアは新しい侵略軍を編成しており、現状の線を維持しつつ、その迎撃に焦点を当てるべきだというのが将軍の見解である。

※ 最新型のアルマータ戦車は投入されておらず、短期間の前線配備の後、現在はロシア本土に引き揚げている。

 ロシア軍には実際にその歴史があり、モスクワの戦いでドイツ軍の進行を止め、クルスクの戦いで反攻して戦争の流れを変えた歴史がある。ウラルの西の秘密工場で生産された新型戦車T-34が大量投入され、以降ベルリン陥落までソ連軍は優勢に戦いを進めた。バルバロッサ作戦開始時のソ連軍とクルスク以降のソ連軍は人員も装備も別の軍隊である。その再来をザルジニーが警戒するのはもっともで、新軍団は新しい戦術思想や兵器を取り入れ、現在より格段に効果的なものと考えられているのだろう。F-16戦闘機もレオパルド戦車もこれに対するに十分でない。

 どのような軍団が押し寄せるにしろ、それが電子戦兵器や情報処理技術を基幹に据えた戦力であることは間違いなく、AIを用いた自動殺戮ロボットなど、その種兵器に対抗しうるのもまた電子兵器である。現状で迅速な勝利が見込めない以上、テクノロジーの優位を構築すべきだというのが将軍の考えである。

 ただ、そこには疑問もある。独ソ戦でソ連軍がドイツ軍に抗し得たのはモスクワの戦いの後、ソ連がアメリカから援助を受けたためである。ウクライナのコサック旅団もボロディノの戦いにはソ連軍を助けに戦線に現れた。確かにスターリンが疎開させたウラルの秘密工場は反攻のための兵器を生産したが、それだけがソ連軍の勝因ではない。

 今のロシアが戦っている相手は誰が見ても凶悪なナチスドイツではなく、彼らはナチスと言っているが民主的に選ばれたゼレンスキー政権である。国際的な支持はウクライナの方にこそ集まっており、ロシアを支持するのは中国や北朝鮮など独裁国家ばかりである。ロシアは世界的に孤立しており、一部のアフリカ諸国の支持はあるが先進国の支持は皆無で、中国は明らかに腰が引けている。つまり、1942年の再演は現在のロシアでは起こり得ない。

 ロシアが新軍団を編成していることは確かだろうが、経済上の理由から技術的選択はごく限られるだろうし、財政破綻のリスクはプーチン政権の崩壊にも繋がる。第二次大戦でのソ連軍はクルスク以降では負けなかったが、今回の軍団がウクライナ軍の防御網を打ち破れる可能性は大きくなく、負けたら今度こそ後のないものになる。これは前線に投入する前にワグネルの乱程度の政変が一つや二つは起きそうな感じである。もちろん、軍事専門家の立場としては僥倖に頼むのは怠慢だろう。提言は厳しいいものだが、軍人でない我々は別の視角から情勢を眺めることも必要である。
 

※ キーウ再侵攻の前に、現在の在庫一掃セールに付き合わされている将軍や戦車兵が反乱を起こすというのがいちばんありそうな話にも見える。

 

※ ロシアが在庫一掃セール以上の攻撃をしないということであれば、対抗する軍団の編成はこちらにもまだ時間があるということになる。

 

 ジ・エコノミスト誌にザルジニー大将(ウクライナ軍総司令官)が寄稿し、寄稿の内容が物議を醸しているが、地雷原と対航空機技術の進歩により両軍とも決定的な優位は得られないこと、戦闘が陣地間の砲撃戦、ドローン戦に移行し長期化しつつあること、訓練場の不足で戦略予備の兵力が不足し、弾薬も欠乏しているといった内容はかなり悲観的で、これを読んだ報道の一部には戦争の先行きを不安視する向きもある。

 さらに将軍はロシア地雷原が地震工学とロボット設置機を用いた縦深的なもので、一度除去してもすぐに恢復するため地雷除去作業は損失の大きいものであり、西側提供も含めた器材も不十分であること、情報戦や電子戦でロシア軍は強力なインフラを構築しており、そのためGPS誘導の精密砲弾が無効化されていること、高性能兵器が砲台など比較的単純な目標に浪費され、ロシア軍はウクライナ砲兵隊の射程外から長距離ロケットによるスタンドオフ攻撃やドローン攻撃を行い、特にZALA社製のランセットは侮りがたい兵器であることを述べている。

 同時期にキエフ政権の内幕を暴露したタイム誌の記事もあり、そこでは意固地なゼレンスキーと閣僚間の不和が伝えられ、先のザルジニーの論考とも相まって読者の不安をいやが上でも煽るものになっている。戦争が一年半続き、戦争とコロナ後遺症のインフレとも相まって「ウクライナ疲れ」が世界各地で見られるようになり、イタリアのマローニ首相がロシア漫才コンビの偽装電話で疲れをこぼしたことも厭戦気分に拍車を掛けている。さらにキエフの世論調査ではゼレンスキー政権への支持率が90%から70%に急落したことが伝えられている。

 

※ インフレについては、これは戦争もあるが、より大きい原因は昨年までに各国がバラ撒いたコロナ給付金があるように思う。見るとアメリカなど充実した給付を広範にバラ撒いた国のインフレ率は高く、日本など信用を制限して事実上事業主だけにし、給付をケチった国のインフレ率は相対的に低いので、確かにサプライチェーンの破綻と一部資源の供給難はあるが、こちらの影響の方が大きいように感じている。

※ そもそも「ウクライナ疲れ(Ukranian fatigue)」というが、疲れの原因はウクライナではなくプーチンのせいである。

※ キエフでは記事に怒ったゼレンスキーがザルジニーの副官を解任したと報じられているが、ウクライナの場合、解任されても翌月にはしれっと現れることがあり、政権と軍部との不和は慎重に扱う必要がある。

※ リヴィヴの司令官でゼレンスキーに抜擢されたザルジニーは以前からキエフ政権に批判的な言動が少なからずある。


 これらは全てロシアを利する内容であり、プーチンはホクホク顔でハマスはウクライナの陰謀で特別軍事作戦は健在だとのたまっているが、ロシア軍がたった20日間の戦闘で1万の将兵と700台の戦車を失ったのはつい先月のことである。南部戦線も止まったので、戦車戦では負けたが情報戦では大勝利と大統領はご満悦である。

 毎日何かの修行のように、600日も英国国防省とウクライナ国防省、参謀本部の定時報告を読み続けた身としては、こういう旨すぎる話は疑って掛かるのが常である。ウクライナは情報工作に長けており、これまでも度々情報操作で観察者を煙に巻いてきた。何か意図があるのが通常であり、報道をそのまま呑み込むのはナイーブといえる。

 ジ・エコノミストの記事については、おそらく本当のことを書いているだろう。これは180年の歴史を持つイギリスのクオリティ・ペーパーで記事の冷静さと分析の確かさには定評がある。あからさまな扇動記事を載せられる機関ではなく、ザルジニーの論考も妥当と審査を経た上で掲載されているはずである。読者も王族や政治家、経済人などで同国でもアッパーグロウの経済紙である。

※ イギリスの経済誌ということも重要なポイントであると思われる。

 欺罔工作に長けていることと相反するようだが、ウクライナ軍の戦果報告は正確さに定評がある。ロシアのそれは大本営発表だが、コサック騎兵団の伝統だろうか、ウクライナの報告は国外の中立的な機関の判定をも凌ぐもので、参謀報告は単調だが戦果報告は厳密である。一度報告した敵機撃墜を誤判として撤回したことさえある。

 ザルジニーの寄稿は欧米指導者層に戦争の現状を包み隠さず訴えたものであり、(観察していれば)内容に目新しいものはあまりないが、ヨーロッパ政財界にリーダーシップを期待したものである。ウクライナとロシアの国力差を彼は3倍としているが(おそらく人口比)、EUとアメリカはロシアの5倍であり、英連邦や日本を含めれば10倍近くにもなる。経済力ではもっと大きな開きがあり、ウクライナ支援国のGDPはロシアの20倍を軽く超える。

※ 諸国にコロナ給付金ほどの熱心さと真摯さがあればロシアなど簡単に倒せるということである。しかし、誰がそれを呼びかけるのだろうか。

 しかしながら、同盟国の足並みは不揃いで、ウクライナのEU加盟さえ実現しておらず、砲弾製造工場の立ち上がりも遅く、約束した戦闘機も搭乗員はアリゾナの砂漠でようやく訓練に入ったばかりである。送られてくるのは諸国で用済みとなった旧式兵器ばかりで、それも重整備なしでは戦線に投入できないような代物である。物流や兵器生産に創造性や革新性はまるで見られず、経済封鎖も適当でまだロシアに拠点を置く企業があり、強大な総合力をまるで活かせていない実情がある。ウクライナも最初の一年などは闇取引であった。これではロシアは広大な戦線に地雷原と要塞を構築してしまい、占領地を「ロシア化」して戦いはますます困難なものになる。

※ レーザーで照準したり焼き切ったりする兵器がドローン対策で注目されているが、それでなくてもドローンの被撃墜率は高い。戦力が枯渇したロシアは無人兵器にますます頼るようになっている。

 私も現在のヨーロッパ経済界の重鎮は名前も思い出せず、アメリカも似たようなもので、内閣はブリンケンとオースティンが旗振り役であるが、バイデンは戦争犯罪者のネタニヤフを支持している有様であり、戦時におけるリーダーシップの弱さは拭い難い。論考は支援国に目覚めを促すものと見ることもできる。

 もう一つはやはり欺罔工作だろうか、恐るべき損害を受けたにも関わらず、ロシア軍はアウディウカへの攻撃を続行しており、いくら備蓄があるとはいえ、損害は現代軍隊としてのロシア軍の存続に関わるレベルに達している。政権が楽観的ならば犠牲に関わりなく攻撃を続行するはずであり、その陥穽を利用して有利な要塞でロシア戦力を削ぐ狙いがあるのかもしれない。

※ ロシア軍の損害報告を読むたびに10年ほど前までは比較的良好な関係を保っていた西側とロシアの友好が欺瞞に満ちたもので、国連にも提出しているロシア軍の戦力や国防予算の報告がデタラメの嘘八百であったことを思い知らされる。いったい戦車やミサイル、禁止兵器の対人地雷をどれだけ備蓄していたのか。

 イスラエルの戦争は一見ウクライナとは関係ないように見えるが、2008年と2014年と過去のガザ侵攻はウクライナの政変や軍事侵攻と同じ年に行われており、場所も近いことから連動したものと考えるのが妥当である。大英帝国の凋落以降はアメリカが中東におけるイスラエルの唯一の支援国であり、このアキレス腱を突く策略はプーチンにしてみればお手の物だろう。

※ 新自由主義者のイスラエル首相のブザマな戦いぶりを見ると、何で西側がロシアごときの侵略にこうも後手に廻り続けるかの理由も分かるものになっている。人権を口にしながらそれを尊重せず、ダブルスタンダードで搾取を正当化するような指導者を頂く国に戦争などできるものではないのである。

※ プーチンの目的はもちろん、ウクライナ戦争から世界の目を逸らすことである。

 近代に入ってからのヨーロッパの歴史を見ると、ネーデルラントや地中海、イベリア半島、あるいは新大陸を巡って領土の侵略と交換や併合は日常的に行われており、その感覚で見ればプーチンの侵略も数ある領土紛争の一つで、ヨーロッパの一部でもあるウクライナが領土を半分くらい割譲して終戦したとしても歴史的には許されると考える向きはあるかもしれない。

 しかし、そういった戦争は100年前に終焉しているのであり、ヨーロッパの戦争は奴隷貿易も介したものであったが、これも現代では許されるものではなくなっている。それにその時代でも、大々的な侵略行為を行った国は破綻して没落したのであり、平和な時代に民間が活性化し経済も技術も大きく進んだことも本当である。そういった時代の流れを読み違えた為政者が侵略を行ったのである。二つの世界大戦以降の話は語るまでもないが、我々ももう少し平静に、あまり快適ではないが、この戦争の世界史的な意味と、世界と歴史の流れを見るべきである。
 

(補記)

 今は付き合いはないが、私とロシアとは若干の縁がある。留学時代に一緒のクラスだったのは南米や旧ソ連構成国の学生たちであり、あとは老年の中国人の先生や韓国人だった。女友達はロシア人であり、学者の娘で母親は女優だった。父親に紹介されたこともある。ウクライナ人は一人もいなかった。デートでは片言のロシア語で会話し、良い思い出だけども、モスクワに帰った後の彼女については手紙のやり取りを少ししただけで以降は分からなかった。おそらく結婚したのだろうと思ったが、数年前、戯れにフェイスブックを検索したら「彼女」がおり、かなり荒れた生活をしているようで、精神的にも少し病んでいるように見えショックを受けた。

 

 それから戦争が始まり、彼女の性格からしてゲオルギーリボンにZ旗を喜々として振っているのだろうなと思ったが、ロシアで女性兵士の徴募が始まったことを聞き、背筋が寒くなるのを覚えた。年齢もあるので、まさか行きはすまいと思うが、止められるような縁も権利もなく、もし万が一の事態になったら、親父の場合と違い、精神的にはとても耐えられそうにない。そういうものがあれば(徴兵官がハネなければ)行く人だと知っているからだ。

 

 一緒にいた頃のロシアはエリツィン政権の末期で社会的にも経済的にもドン底の状態だった。荒廃した国に心を痛めていたことは良く分かったし、誇りを欲していることも理解できた。プーチンはその期待に応えたと思うが、彼の導いた道は破滅への道だった。人間というものの本質は国ごとにそう異なるわけではない。その辺で見かける女の子のような人がたまたま国が違っただけで殺されたり苛酷な目に遭ったりする。そういうものを見掛けると、私は自分を責めたくなるのである。

 

 今となってはずいぶん昔のこと、といってもゴジラほど古くはないが、私も中学校でイジメを受けたことがあった。どういうことかというと、同じクラスにKという男子がおり、何か気に入らないことでもあったのだろう。Kはスポーツ万能のクラスの人気者で、成績は中の上程度、確か女の子にもモテていたように思う。

 KにはK2という別のクラスにいる双子の弟がおり、兄より一回りガタイが小さいが、クラスの問題児、乱暴者で通っており、私以外にも様々な暴力沙汰を起こしていた。全く接点はなかったのだが、これがなぜか私に絡んで昼休みに私を殴りに来るようになった。当時の私は無抵抗主義で、母親によるとこれも遠い昔、小学校あたりでなにか物騒なことをしたらしく(本人は覚えていない)、「お前が手を出すと相手が大怪我するから」と言われ、仕方なく渋々殴られることにした。

 午後の授業が始まり、K2が立ち去るとKが「悪かった」と詫びを入れに来るのだが、弟を止めている様子はなく、殴打はその後も続き、そのうち詫びも入れなくなった。一連の騒動がどうもKの策略らしいと気づいたのはだいぶ後のことである。

※ 教師をしている私の姉にこの話をすると、この種のイジメは良くあるということである。が、首謀者のKについては本人が隠しているつもりでも教壇からは良く見えるという話で、こういう手下を使ってイジメ行為をする生徒は当人自身の外面は良いが、そんなものは教師の目からはお見通しという話である。

 

※ イジメ事件で被害者など出ると学校は把握していなかったとコメントする例が多いが、それは外向けでたいてい把握されている。が、数も多く程度もさまざまで死者が出るまで重大視されないことも少なくない。


 十日ほど続いた私もたまりかね、学年主任を間に入れてK2を呼び出して乱暴を止めさせることでこの件は終わったが、「子供のケンカに先生を呼んだ」と、周りからはずいぶん悪く言われた記憶がある。そちらの方が実は堪えた。

 この一件はそれで終わりだったのだが、すぐ後にMという今度は同じクラスの男子が同じことをするようになったので、次は親に入ってもらい仲裁したが、これも「子供のケンカに親が出る」とM本人も含めて悪しざまに言われ、すっかりチクリ魔のイメージが定着してしまった。女の子にもたぶん、良い印象は与えなかっただろう。

 なんでこんな話をするかというと、ガザ地区に対するイスラエルの過剰な攻撃を見て思い出したからである。イジメとガザ侵攻、スケールも内容もだいぶ違うが、共通していることもある。それは「暴力では何も伝わらない」ということである。

※ 上のKについて見ると、意思を言語化する能力に劣っており、それで陰湿な手段に走ったという見方もできる。それが大人でも意思を明確な言葉で伝えられないのは単純に能力が低いからである。

 今見れば事件の首謀者は同級生のKで、人気者のイメージを崩したくなかったのでK2やMを使って目障りな私をイジメの対象にしたのだろうと分かるが、結局のところ、Kが私に何を伝えたかったのかは最後まで分からなかった。その後、私がKを意識したということもなかったし、K2は学年主任に睨まれて二度と手を出してこなかった。Mは結構しつこかったがこれは家庭環境が悪かった。

 私がKその他を意識しなかったことには理由がある。期末テストの成績は私が圧倒的に良く450点は普通に取っており、470点以上という時も少なからずあった。今の私はこういうものをバカらしいと思っているが、こと中学校の世界では成績は絶対の尺度である。

※ 私は天然型の秀才で、周りは全員塾に通っていたが、私の場合は黒板の板書が全てで、塾も復習も特にしなかったことが同級生のみならず、同級生の親にまで仇敵視された理由のようである。

 

※ 当時の塾は今のような学習室・エアコン完備の充実したものではなく、いわゆる寺子屋で時間もずっと短く、行っても行かなくてもあまり変わらなかったようなものであったこともある。今のだったら私も親にせがんで喜々として行くと思う。

 こういう点数をコンスタントに取っていた人なら分かると思うが、意識するのは学年でも数人で、400点あたりは「ああいたね」、それ以下だと(圏外)名前を覚えてやっているだけでもありがたいと思えといった感じである。当時のクラスでは1年生から3年生まで私がトップで、学年1位も何度も取っているが、KだのMだのは380~350点あたりをウロウロしていたような記憶がある。こんなもの、私に言わせればゴミである。

 イヤミな自慢話をさらに続けると、いつも私が1位なので、いつも2位のルーム長は3位の男子と熾烈な2位争いを繰り広げていたが、あるテストの翌日、彼が私の前で泣き出したことがあった。何でもまた負けたのが悔しかったらしい。

※ 彼の名誉のためにいうと、点数以外では彼は私よりずっと大人で人望もあり、思慮深く温和な性格のクラスのまとめ役と、私よりはるかにマシな人間であった。3番目も彼の方が常識的でマトモだろう。

 この感覚は、私には今でも分からない。私は例えば社会情勢など人でできているが人ではない、より大きなものについて推論を立て、それが外れれば悔しいし躍起になるが、テストでもその他でも特定の人間をライバル視したことはない。競争はしないわけではないが、ルールに則ったゲーム、トーナメントでしかない。

※ 当時の私の頭を悩ませていたのは、KだのT(2番目)だのといった同輩ではなく、新聞クラブで経過を観測していたイラン・イラク戦争が想定外に長引いていたことだった。実をいうとイスラム教については何も知らなかったし、中東の歴史にも疎かったのだから当たり前だが、戦車の数に劣るイランは自爆攻撃でイラク軍をパニックに陥れていたのだった。この種の話がクラスのアイドルのY(女子)も含め、同じ年頃の学生らの興味関心を惹かなかったことは書くまでもない。

 話を戻すと、たぶんKは私に何か言いたかったのであろう。だが、弟を使って殴りに行かせるだけでは何も伝わらないし、殴るだけではただの物理現象でそれ以上の意味もない。そもそも彼であることすら分からない。暴力を論ずるにあたってはこの無益性、破壊や戦争に意味を持たせることの無意味さをまず悟るべきである。

※ CNNを見るとワシントンの識者が「現代戦とは残酷なもの」とブロックバスター爆撃を正当化していたが、爆弾で殺された無辜の市民はたまったものではない。

 世界ではやれ「警告のための攻撃だ」だの「侵略に対する反撃」だのといった口実で暴力が正当化されているが、やられた側がそれで反省するとか、攻撃されたことに何か意味を見出すといったことはないように思える。ましてや、何もしていないのに巻き添えで攻撃されたらなおさらだ。テレビでは評論家があれこれ解説を加えるが、血だらけ傷だらけの当人としては痛みと共に屈辱感や復讐心が芽生えるだけだろう。

 イジメ事件の顛末をいうと、結局卒業までKと私は別の世界の住人だった。しかし、たまたま双子に生まれただけで、要領の良い兄に利用され、用心棒代わりに使われて不良化していったK2のことを考えると、実はこれがいちばんの被害者で、同情すべき犠牲者だったように思えるし、結局私のKやK2に対する態度も変わらなかったのだから、彼のやったことは全くの無意味だったということになる。

※ だいぶ後になって考えると、どうもKはクラスのボスを気取っていたらしい。そういえば取り巻きがいたし、女子を侍らせてもいた。取り巻きにも女子にも興味のない私には関係のないことだったが、それがいけなかったらしい。

 例えば北朝鮮が何らかの戦争の兆候を示し、我が国がトマホークミサイルで先制攻撃をしたとしても、壊れるのはミサイル発射台だけで、当の北朝鮮の戦意にも士気にも何の影響もないだろう。別のミサイルを買って(あるいは作って)復讐するかもしれず(たぶんそうなる)、またそれに対してミサイルをでは際限がない。国民の生命財産を守ることは国軍として当然であるが、そのミサイルの1発には、外交における1単語ほどの価値もないことは銘記すべきである。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した(日本国憲法前文第一文)。」

 悪名高い日本国憲法の前文であるが、最初にこれを読んだ頃は若かったので、何をバカな、そんなお花畑で国が守れるのかと普通に思ったが、私も年を取り、気が短く怒りっぽくなり、愚劣でタカの知れた話や言の葉は最後まで読まないし、聞かないようになった。不要な人間を切り捨てるのも平気だ。昔は幼年時代からの板書主義の影響から、どんなバカバカしい話でも(特に大学)最後まで聞いていたし、講師に共感し、理解するよう努めていたが、その根気はもうない。

 が、上記の憲法の意味が本当に分かったと思えるようになったのは最近の話である。「諸国民の公正と信義」や成り行きに身を任せることは一見無責任な態度に見える。が、この文言があの苛烈だった大戦を経たものであり、明治以降の侵略と戦禍の歴史の中で陶冶され、戦後日本の指針として書かれたものであることを見れば、戦いの無益さを踏まえ、これは十二分に実践的で効果的な国家の指針と見えるようになっている。

 報道の一つに、2014年のガザ侵攻に従事したイスラエル軍兵士が今回の紛争を見て、「あの時から何も学んでないのではないか」と述懐するものがあったが、これは現場を知る一兵士の見解として、スタジアムでのハマスの残虐行為を喜々として報じているポストセブンよりマシな見解だろう。「パレスチナ居留民に安息の地を与えない限り、ハマスに走る者が多くなり、争いはまだまだ続く」と元兵士は言っていたが、これは現在のネタニヤフ政権と真逆を行くものである。今のやり方がパレスチナ問題を最終的に解決するものでもなければ、紛争を終わらせるものでもないことは明らかである。

 イジメ話を思い出すのは誰にとっても苦々しい。私もそうだが、過去から学んだことがあるとすれば「暴力は何も伝えない」ということである。拳を繰り出す前にまず話し合いをすべきであり、反撃をする権利を否定するものではないが、どんな場合でも、相手の言い分を聞く耳はそばだてておくべきだということである。ミサイルや銃で和解に至ることは、それが暴力である限り、決してないのであるから。