ハマスの事件もあり、ウクライナへの関心低下が叫ばれている昨今であるが、多くはロシアのプロパガンダと思われる。しかし、目を背けた所でロシア軍がいなくなるわけではないし、問題が解決するわけでもない。

 ウクライナ情勢については、このところは10日ごとの観察で情勢を検討していたが、どうもロシア軍も同じようで、ここ半月ほどはなにか書こうとすると状況が変化することが多い。前回はロシア軍の攻撃は3波まで行われたと書いた。ロシア軍は第2波で装甲兵器を使い果たし、3波目は人海戦術だったが、20日頃になって攻撃が止んだことがある。損害の大きさを見れば作戦中止、退却命令を出しても良い頃だ。そこで3日ほど様子を見ることにした。なお、攻撃は再開されている。

 両軍とも南部戦線から部隊を抜き出しているので、南部のザポリージャ戦線は今や閑古鳥である。衝突はアウディウカとマリンカを中心に行われており、ほか、中央管区軍が担当するクビャンスク戦線がある。ヘルソンについてはロシアがクリミアの第22軍をザポリージャに派遣したので手薄になっており、渡河したウクライナの空挺部隊がドニエプル河畔に橋頭堡を築いている。

 ウクライナが鳴り物入りで開始されたザポリージャ線での反転攻勢をアッサリ放棄したことについては、そもそもこれが主戦軸であることすら、当方は慎重に判断していたが、欧米が提示したこの作戦案についてはウクライナ軍参謀本部は当初から不同意、あるいは支援をチラつかされて渋々応じたというのが真相かもしれない。

 当初の情報を見ても、ロシア軍の守備が最も厚いこの要塞線に対する攻撃が適切だとは思えなかったことがある。軍の支持があったのはやはりドネツクとルハンシク、あるいはヘルソンの線だったように思われる。だからカフホカダムの破壊というハプニングはあったものの、参謀本部は戦況に応じて対応しうる戦略変更の余地を残していたのではないか。

※ 心当たりはいくつかある。まずザポリージャ線に投入されたのは欧米兵器だったがウクライナ軍でも練度の低い部隊だった。ウクライナ最良の将軍はシルスキーだがこれはバフムトに掛かりきりでザポリージャには見向きもしなかった。要塞への攻撃はウクライナ軍の全兵力からすると少なきにすぎ、中途半端なものであった。要塞に加えよりドネツクに近いヴァリカ・ノボロシカに部隊を割いたことなどなど。

 兵員も装甲兵器も枯渇したロシアはロケット砲とドローン、航空機による攻撃に切り替えているが、ドローンはともかく航空機の方はあまりうまく行っているように見えない。比較的簡単な構造の航空機、亜音速機のSu-25などは滑空ロケット弾くらいしか装備がないので以前も今もそれなりに飛んでいるが、より高性能な航空機、イスカンデルミサイルを積んだミグ31やバックファイア爆撃機(Tu-22)などは稼働率に問題を抱えているように見える。

 バックファイアより高性能の爆撃機、Tu-160ブラックジャックに至っては、これ自体80年代の航空機だが、数回飛行して巡航ミサイルを発射しただけで、ロシア空軍は今なおウクライナ空軍を圧倒しているが、戦力に見合う戦果を挙げていない。これには欧米のハイテク禁輸、経済制裁の効果が少なからずあるだろう。内陸のロシア基地に駐機し、段ボールドローンの襲撃を恐れるこれら航空機は昔のドイツ高海艦隊(der Hochseeflotte)みたいである。



 結局今年中には投入できなかったウクライナのF-16部隊は訓練を続けており、当初の仕様にはなかったドローン撃墜のソフトウェアアップデートを行っている。それでなくても最近はロートルのSu-25やMi-8ヘリコプターに混じってミグ29戦闘機も出撃するようになっている。欧米から供与された高性能ミサイルでロシアの防空ミサイルシステムが破損し、息を潜めていたこれらジェット戦闘機にも出番が廻ってきたようである。

 G20会議ではオンライン出席したプーチンが和平交渉について言及したが、どこまで本気か判断できないものである。これまで彼の交渉術を観察してきた様子からすると、自ら妥協を申し出ることは考えられない。交渉は突然妥結することがあり、現在ウクライナが提示している条件、ロシア軍の2014年の国境線までの後退が受容可能な政治状況になることが必要である。

※ いわゆる西側流の交渉、譲歩だとかウィンウィンだとかはひとまず忘れた方が良いと思う。相手を追い詰め、他に選択肢がないように仕向けることが必要である。正面切っての謝罪は期待しない方が良い。

※ 賠償については、それはロシアは当然すべきだが、過去を見ても履行された例がなく、また、ウクライナが十分な国際的支援を受けていることを見れば戦争が終われば自力での再建は可能で、最重要の項目というわけではない。押収されたオリガルヒの在外資産がある上、ロシアは現在の制裁が続けば賠償以上の代価を支払うことが確実なこともある。


 この件については、スロビャンスク・クビャンスク戦線には興味深い状況があり、ロシア軍は攻撃を続行しつつも国境線沿いに広範な地雷原を敷設している。それも一朝一夕の動きではなく、6月以降ずっとである。前回は旧式兵器を投入してリマン付近でサーモパリック爆弾など使っていた。担当しているのはハリコフの戦い以降から中央管区軍で、侵攻当初はロシア四管区軍の中で最も弱体で、司令官も主流派から外れた閑職のような部隊だったが、なぜかウクライナでは巧妙な用兵を見せており、前司令官のジドコ、ラピン両将軍の采配には優れたものがあった。

※ 国境線とはハリコフとベルゴルドの間にある、2014年以前の本来のロシアの国境のことである。

 中央管区軍は他のロシア軍と違い思慮を感じる用兵が特徴で、極端な攻撃もしないが、極端に負けたこともないという部隊である。そして、彼らのクビャンスク線は突破されたらモスクワには最も近い。ベルゴルドに布陣していた西部管区軍は今はなく、攻撃しつつ防備も固めているということは、最悪負けたとしてもロシア国境線以降には侵出させない。ロシア本土に踏み込ませないことがあり、広範な地雷原は38度線同様、将来の国境として考慮しているはずである。軍の一部ではウクライナでの戦いに見切りを付ける動きがあり、プーチンもそれを黙認していることがある。

※ あと、巡航ミサイルを出し惜しみしたり、高性能の戦車(アルマータ、T-90)を前線から下げたりといった動きも見られる。これらは失うと現代軍隊としてのロシア軍の存立に関わることがある。

 戦争の最初の頃、ゼレンスキーがロシア軍の撤退とロシア内陸100キロ程度の領域に非武装地帯を設ける提案をしたが、当時は問題外として一蹴されたものの、現在の事情では、それがロシアにも呑める条件に変化していることが考えられる。ロシアの広大な国土を考えれば、それで悪影響があるとは考えにくい。

 

 長期に渡る戦闘に倦んでいるのは世界もあるが、ウクライナもロシアも同じである。つい先日ウクライナはロシアに先んじて当初徴兵した兵士の動員解除を決定した。1年以上の戦闘で両軍とも兵士の士気が大幅に下がっており、作戦遂行への悪影響が出始めたことによる。ロシアにも同様の動きがあるが、ウクライナより余裕のあるはずの同国ではその種の動きはまだ見られない。

 

※ 2014年以降のロシアのドンバス、クリミアでの施政が同国の国際的孤立と制裁に見合うものであったかどうかも再度検討する必要がある。クリミア大橋の建設など、私は多くが持ち出し、赤字であったと考えているが、投資効果や両軍の支払った犠牲、再建に要するコストなど具体的な数字を基礎に、ロシアに侵略が割に合わないものであることを納得させることが必要である。