前回のザルジニー将軍のジ・エコノミスト誌の寄稿にはインタビューもあり、より率直なコメントが述べられているが、ドローンや電子兵器についてはすでに報じられているので、前回を補足する部分だけメモしておきたい。
1.不足しているのは前線兵力ではなく戦略予備
ウクライナの場合、訓練場がロシアミサイルの射程内にあることから大規模な訓練施設を国内に建設することはできない。そのため、志願兵は国外で訓練されており、数も不十分なので十分な予備を揃えることはできない。
2.ロシアは第二侵攻軍を編成しつつある
現在までにロシアはウクライナに40~50万の軍勢を投入し、30万を喪っているが、ロシアにとって人命ほど安い資源はない。将軍は第二次世界大戦の独ソ戦と同じく、ロシアが広大な後方に新編成の軍団を構築しつつあることを信じており、総攻撃は2月ないし3月に行われると考えている。戦略予備はそれを迎え撃つのに必要な戦力である。現在の前線兵力は足りており、何十万もの軍隊は必要ない。
※ もちろん新軍団が編成されればゲラシモフはクビだろう。
3.新軍団はドローンや電子戦兵器を中心に低練度の徴募兵を大量に持つ部隊
ドローンとIT技術の優位性はこれまでの戦闘でも示されている。ロシアの電子戦装備は更新が進んでいる。兵員についてはロシア独特の事情から個々の訓練と装備は高くないはずで、犠牲も大きいものになるが、ロシアは120~150万の予備兵力を擁している。ドローンと新兵器については間違いなく準備が行われており、目標がキーウであることも疑いない。
4.ロシアの最初の侵略は失敗
おそらく3~5年ほどの年月を掛け、ロシアはウクライナ侵略の武器を備蓄してきたが、現在ではほぼ使い果たされている。ドンバス防衛が手一杯で、戦況も不利であることからキーウ占領を目的とした最初の計画は完全に破綻している。
5.クリミアは4ヶ月で制圧できるはずだった
反攻作戦は計画通りに進まず、指揮官を替えるなどしてみたが前進速度は目論見の0.3%しか達成できていない。地雷原やドローン、電子戦装備がウクライナ軍の進軍を阻んでいるが、意外なことに航空機は両軍とも大きな効果を発揮していない。が、メリトポリまで進出すればクリミア全域をミサイルの射程に収めることができ、反転攻勢の目的はほぼ達することができる。
6.行き着く先は陣地戦
両軍とも戦況を打開しうる攻撃力を保持していないため、第一次大戦形式の塹壕戦に陥るリスクがある。長期に渡る戦闘と甚大な資源の浪費は両国の政治体制に地殻変動を生じさせる可能性がある。第一次大戦で塹壕線は突破されなかったが反体制運動で4つの帝国(ドイツ、ロシア、オーストリア、オスマン)が瓦解した。
7.情報を細大漏らさず掴む必要
ロシア軍の動きについては現代の情報設備を使って細大漏らさず把握し、その企図を逐一分析する必要がある。その点、NATOのスタッフは良い仕事をしているが、より深化が必要である。また、戦場における情報技術の活用も重視すべきである。
(コメント)
アウディウカではロシア軍が第二次世界大戦のような戦闘を繰り広げており、大量の戦車が友軍の撃破を乗り越えて進軍するさまはまるでボロディノの戦いのようでもある。しかし兵器はスターリン時代より命中率も破壊力も格段に向上しており、このロシア軍の突撃は旧式戦車の在庫一掃セールの様相を呈している。が、将軍によれば、この種の犠牲はロシア最高司令部にとって「容認しうるもの」とのことである。ウラルの東かどこかの秘密基地にロシアは新しい侵略軍を編成しており、現状の線を維持しつつ、その迎撃に焦点を当てるべきだというのが将軍の見解である。
※ 最新型のアルマータ戦車は投入されておらず、短期間の前線配備の後、現在はロシア本土に引き揚げている。
ロシア軍には実際にその歴史があり、モスクワの戦いでドイツ軍の進行を止め、クルスクの戦いで反攻して戦争の流れを変えた歴史がある。ウラルの西の秘密工場で生産された新型戦車T-34が大量投入され、以降ベルリン陥落までソ連軍は優勢に戦いを進めた。バルバロッサ作戦開始時のソ連軍とクルスク以降のソ連軍は人員も装備も別の軍隊である。その再来をザルジニーが警戒するのはもっともで、新軍団は新しい戦術思想や兵器を取り入れ、現在より格段に効果的なものと考えられているのだろう。F-16戦闘機もレオパルド戦車もこれに対するに十分でない。
どのような軍団が押し寄せるにしろ、それが電子戦兵器や情報処理技術を基幹に据えた戦力であることは間違いなく、AIを用いた自動殺戮ロボットなど、その種兵器に対抗しうるのもまた電子兵器である。現状で迅速な勝利が見込めない以上、テクノロジーの優位を構築すべきだというのが将軍の考えである。
ただ、そこには疑問もある。独ソ戦でソ連軍がドイツ軍に抗し得たのはモスクワの戦いの後、ソ連がアメリカから援助を受けたためである。ウクライナのコサック旅団もボロディノの戦いにはソ連軍を助けに戦線に現れた。確かにスターリンが疎開させたウラルの秘密工場は反攻のための兵器を生産したが、それだけがソ連軍の勝因ではない。
今のロシアが戦っている相手は誰が見ても凶悪なナチスドイツではなく、彼らはナチスと言っているが民主的に選ばれたゼレンスキー政権である。国際的な支持はウクライナの方にこそ集まっており、ロシアを支持するのは中国や北朝鮮など独裁国家ばかりである。ロシアは世界的に孤立しており、一部のアフリカ諸国の支持はあるが先進国の支持は皆無で、中国は明らかに腰が引けている。つまり、1942年の再演は現在のロシアでは起こり得ない。
ロシアが新軍団を編成していることは確かだろうが、経済上の理由から技術的選択はごく限られるだろうし、財政破綻のリスクはプーチン政権の崩壊にも繋がる。第二次大戦でのソ連軍はクルスク以降では負けなかったが、今回の軍団がウクライナ軍の防御網を打ち破れる可能性は大きくなく、負けたら今度こそ後のないものになる。これは前線に投入する前にワグネルの乱程度の政変が一つや二つは起きそうな感じである。もちろん、軍事専門家の立場としては僥倖に頼むのは怠慢だろう。提言は厳しいいものだが、軍人でない我々は別の視角から情勢を眺めることも必要である。
※ キーウ再侵攻の前に、現在の在庫一掃セールに付き合わされている将軍や戦車兵が反乱を起こすというのがいちばんありそうな話にも見える。
※ ロシアが在庫一掃セール以上の攻撃をしないということであれば、対抗する軍団の編成はこちらにもまだ時間があるということになる。