ジ・エコノミストの記事以来、ウクライナではゼレンスキーと総司令官ザルジニーの不和が伝えられているが、こういった政権内部の内紛は国民の士気を大いに下げるものである。が、私はザルジニーが下野して大統領選挙に出馬した所で、ゼレンスキーを破ることはないと考える。それにザルジニーはそれほど馬鹿ではない。視野が広く、歴史に造詣の深いこの将軍が好んでマクレランの愚を犯すことはないだろう。
それに誰が担ぐかといったこともある。今のところザルジニーは一介の軍人で、彼一人で選挙戦を戦うことはできず、支持者が必要である。それはおそらくゼレンスキーと正反対の政治傾向の持ち主だろうし、戦争終結とロシアとの和平交渉を求める人々だろう。いちばんありそうなのが、昨年は武器調達の都合上、ゼレンスキーのお目溢しで生き長らえたオリガルヒである。
主として欧米の求めにより、ウクライナでは汚職の摘発が進んでいる。多くはオリガルヒに絡むものであり、ゼレンスキーに協力して北朝鮮から砲弾を買い付けた彼らは今や摘発を受ける身である。貢献の見返りとして、子息を兵役免除したり口利きしたりといった役得も期限切れである。これはウクライナがEUの一員になるために不可欠なプロセスであるが、滅ぼされる側の言い分としては、このまま黙って滅ぼされるつもりはないということになる。
※ 「敵の敵は味方」という諺もあるので、ロジスティクスの円滑化で不要になった北朝鮮製の砲弾やロケット砲はハマスに横流しされたものと思われる。窮境に陥った彼らにプーチンが手を差し伸べただろうことは今さら書くまでもない。
こんな様子では、この選挙は茶番に近いものになるだろう。やや独善的とはいえ、ウクライナを着実に新しい方向に向かわせようとしている大統領と、古い勢力の残党に担がれた将軍とでは勝負は見えている。だいたい戦争中の国で政権交代が実現した例はほとんどない。大統領を蹴落とすなら終わった後にすべきだろう。
ゼレンスキーについては、キエフ市長クリチコから独裁的だとか側近との不和が伝えられているが、その言動についてはますます冴え、透徹としたものさえ感じさせる。ザルジニーやクリチコにそこまでの視座を望めるかといえば望めないだろう。
それは心配なこともある。ウクライナも含むソ連式大統領制の権力はあまりにも強大だ。裁判官すら鶴首することができ、反権力の闘士だった彼が変節しないとは誰にも言えない。
が、現下の事情においては、ロシアの国防予算はウクライナの3倍で、総兵力は1.5倍、予備兵力も多くGDPは10倍である。アメリカで何かと危なっかしいバイデン政権が倒れれば、ウクライナ大統領の地位は絞首台への道であり、そうなる確率は実を言うと、今でもそんなに低くはない。
そして今のところ、ウクライナで絞首台から逃げないことが実証されている指導者はゼレンスキーただ一人である。逃げようと思えば彼は侵攻後3日で逃げることもできた。しかし、逃げなかったのだから、我々は彼を助けるしかないのである。
※ 先日キエフで行われた前線指揮官らに対する国際人道法の講習会ではレズニコフがしれっと顔を出していた。元国防相で戦争にオリガルヒを呼び込んだ張本人であるが、交渉では手腕を発揮し、退任後は英国大使も噂されていた。大使にはならなかったが、影響力がないとは言えない場所で顔を売っている所を見ると、オリガルヒの手札も一枚ではないようである。