冒頭に誰かが置いた瓶詰めのメッセージ。それが特捜部Qに届くところから始まり、どうもさらわれた子どものSOSだったのだろうと。カールは心身の不調に悩まされ出社拒否のようなことに。前回の事件が尾を引いているということですかね。でもなんとなく捜査には加わると。
一方、とある田舎の村では、エホバの証人の熱心な信者のところに若い宣教師が。なにやら子ども二人がいる家庭に取り入っているぞ、と思ったらいきなり二人さらっちゃいましたね。
ピンのメッセージの方は、たどっていくうちに熱心な信者の家庭の兄弟がさらわれたが、そのうちの一人は殺されていたと判明。犯人像や場所を特定するために、生き残った弟の記憶が頼り、ということで周辺で鳴っていた音がなんなのか、探ることに。
さらわれた子どもたち。父親イーリアスは聞き込みにも答えようとしないけど奥さんに諭されて事情を話す。どうも若い宣教師がさらったようだと。しかも身代金を渡さないと子どもを殺すとわかりやすい恐喝。電車に乗って金を渡せと。なんとか説得して警察が列車も駅も沿線も張り込むけれど、犯人からの指示は途中で金を外に落とせと。裏をかかれた形の警察、イーリアスも一緒に飛び下りたところを刺されて重症。カールは銃撃して犯人に傷を負わせたけど逃がしてしまい、奥さんになじられる。
しかし犯人もカールに対して執着を。病院で医者に化けてイーリアスを殺し、カールも気絶させてさらってしまう。森で取り逃がし辺りから、あまりの捜査の体制や連絡の甘さに頭がくらくらします。なんでこんなに簡単に出し抜かれるのか、ちゃんと電話をして非常線を張らないのか。
で、最後はローセが刑事みんなに檄を飛ばして、鍵となる音を聞かせて、どうやらそれは風力発電の風車の音だと辺りをつける。そして海に近いということで小屋を特定する。
一方、小屋にカールも連れ込んだ犯人ヨハネスは、幼いころのトラウマから自分は悪魔だと宣言、お前に信仰を捨てさせてやる、とカールに。カールは自分は神を信じていない、と告白するが信じてもらえず、弟セーミエルを水没させられてしまう。その後、姉のマグダレーナも殺すのかな、と思ったら、そこへヘリの音。ヨハネスが出て行ったところで、カールは自由の身に、水の中のセーミエルを救出し蘇生に成功。よかったね。
一方救出にきたアサドはヨハネスに不意をつかれ格闘になるけど、なんとか相手を水の中に沈めて勝利。
そして、生き残った人々は犠牲者を悼み、賛美歌を歌う中、カールに信じる心が芽生えて終わり。
元々カールの無心論的な部分が、イスラム教徒であるアサドをどこかバカにしているところがあり、途中では変な議論になるところがあったのですが、そのカールの頑なさが次第にほぐされていく、というのがシリーズとしてはカギなんでしょうね。だからといって、メインのミステリーのまずさは言い訳できませんが。
ヨハネスの動機といい、ずっと彼を信じて暮らしてきた姉といい、救いがない、狂信と貧困が根底にはずっと流れているんですけどね。
デンマークでヒットしているシリーズ「特捜部Q」の映像化第二弾。キジは出てこなかったんですが。基本は前作の二人組に新しく秘書役のロゼが加わって、でも相変わらずカールの暴走にはついていけなくて、途中で辞めたいと口走ったり。
特捜部Qも社会的には認知されてきて、本部長も表彰されてまんざらでもないけど、現場の刑事たちからは揶揄される存在。帰宅途中のカールに、事件を調べてくれ、と直接懇願してきた人がいて、それをスルーした直後に自殺。20年前の双子レイプ殺人事件。
それを調べていくと、どうも寄宿制の高校が舞台で起きたある事件がきっかけになっているらしい。当時の容疑者はわずか3年で出所。なにかがある。
そのあとは、20年前の高校の風景のフラッシュバックで、殺人を通報したキルステン(キミー)の恋と麻薬と暴力の日々と現在のホームレスとして町をさまよう姿。学校の同級生には後に経済界の大物となるいいところの御曹司ディトリウとウルレク、彼らが弁護士の力で事件をもみ消していたのだった。
そのうちにキミーを付け狙う、ディトリウに雇われた殺し屋が現れ、それがディトリウの浮気相手も脅したりしたところから少しずつ尻尾が見え隠れ。
キミーも身を隠していたつもりが親友を殺され、反撃のために殺し屋のところに押しかけ、高層マンションから突き落とすことに。そしてディトリウを殺しに向かうけれども引き金を引けずに警察に拘留される。
カールとアサドはキミーの情報を元にウルレクの持っている物証を探して家に侵入。それを知ったウルレクは二人を拘束。事故死に見せかける工作をディトリウと企む。一方キミーはカールの計画が失敗したらしいことを知り、独力で刑務所を脱走、二人を救出し、ディトリウを追い詰める…。
基本は前作と同じで、人間の業の深さを思い知らされるというか、主にキミーの救われない人生、というところに焦点を当てていました。継母との生活は我慢できずに家を飛び出し、ディトリウに出会う。放縦な恋とともに暴力で発散する日々、でもいいことは続かず、散々な目にあわされて、子どもも流産させられ、殺されかけても、結局ディトリウへの愛は消えなかった。自分だけ生き残って仕方がない、自分は一方的な被害者でもない、罪も引き受けなければ、という諦念がしみじみ伝わってきました。ラストで檻の中の動物たちはどうなったのか、気になってしかたがないです。
若き日のキミーがウィノナ・ライダーそっくりなんですけど。ちょっと育ちの悪さとかはあって、衝動的な面とかもうまく出していたかなと思います。ホームレスで不摂生していたのに、後半のアクションとか、急に変装したりして、活躍が現実離れしている感じは少しありました。事件の構図は、いろんなものを見た立場からだと筋が早めに割れてしまって、どうやってオトシマエをつけるか、ぐらいしか興味が引っ張れなかったかな。キミーの心理描写に力が入ったおかげで、当初の双子の殺人事件がどうでもいい話のように思えてきたのは惜しかったような。
前作に比べるとアサドの暗さが気になるんですが。カールが相変わらずなんで、少しバランスをとるためにはフォローがほしいような気がしてきました。寝たきりになった元相棒、登場しませんでした。残念。
「ドラゴン・タトゥーの女」シリーズを作ったスタッフの次の北欧ベストセラーシリーズ、というのが触れ込みです。北欧はこういう猟奇的ミステリーが好きな国民性なんでしょうか。
有能だけど頑固で強引で友達の少ない殺人課の刑事カール。ある日応援を待たずに現場に踏み込んで、同僚の一人を失い、一人は寝たきりに。殺人課には置けないと、過去20年の未解決事件を整理しろ、と実質窓際族を言い渡されます。
そこで出会ったのが、別な事務職から流れてきたアサド。移民系でしょうか。淹れるコーヒーはやたら濃くてカールの口にはあわない。いつもしかめっ面のカールに対して、アサドは楽観的。
そんな二人が見つけた事件は、5年前に失踪して調書の上では「自殺」とされた女性議員ミレーデの失踪事件。担当した刑事は無能とわかっていて、現場の聞き込みに。知れば知るほど裏がありそう。船の上の自殺現場にいたとされる議員の弟は障害を抱え、コミュニケーションが難しい。だが現場には弟と一緒にもう一人男がいたらしい。
ミレーデと付き合っていた男の線を洗ううちに、あるパーティーで知り合った謎の男がいたらしい。写真はないものか、とパーティーの写真を施設の男に見せたところ、ビンゴ!その男は誰?探るとすでに故人だと。だがその写真は全くちがう顔だった…。
ミレーデの家庭の事情とか、彼女の運命がどうなったか、刑事たちが知るよりも前に映像で描かれる、というのがこの作品の珍しさ。ある密閉された潜水艦のようなタンクの中に囚われて、気圧を1年に1気圧ずつ上げた環境の中で食事だけ与えられてかろうじて正気を保ちながら生存していたのでした。視聴者の方が先に真相の一部を知っているわけですね。なぜこんなことをするのかな、と思ったら、それは動機の部分を際立たせるためでした。
犯人「ラース」は実は孤児院の出身。彼がそもそも施設に入れられたのは少年期の交通事故のせいで、その原因を作ったのが、少女時代のミレーデだったと。
最後はラースの家までたどり着いたものの、ミレーデのタンクは急激な減圧をされ、今にも死にそうに。ラースを連行するのか、家に戻るのか、みたいなサスペンス、珍しいですね。
最終的には結果オーライでカールのピンチにアサドが来てくれて絶体絶命のピンチを切り抜け、ミレーデも衰弱しているけれども一命をとりとめ、弟とも再会。警察では殺人課への復帰を断って、「特捜部Q」での自由な捜査活動継続を決意したところで終わり。人が取り上げたがらない事件のストックに取り込む偏屈、という意味では、迷宮入り事件を扱う「Xファイル」と呼んでもいいんじゃないかと思います。トリックの質さえ確保できれば、いいシリーズになりそうです。
はぐれもの同士でも、陰気な先輩と陽気な移民の後輩、というコントラストが面白いのと、寝たきりになった元相棒も、カールを恨んでもおかしくないような悲惨な状況にありながら、逆境のカールをはげましたり、胸熱な展開もあったりしました。彼が今後も活躍するといいなと思います。
完結編としては、もうこれしかない、という終わり方だったんじゃないでしょうか。4作通じて、原作はきっともっと長くていろいろ細かい展開があるのを、映画では端折ってるんだろうな、と思える描写は随所にありましたが、エッセンスはよく伝えていたんじゃないかと思います。
前作のラストで洗脳されて戻ってきたピータ。今回は首都最終決戦を控えて、スノー大統領への復讐心に燃えるカットニスと、ピータとの絆がどうなるのか、を中心に、必ずしもハッピーエンドではないけれど、心の平穏を迎えるまで、の話です。
もう第13地区への攻撃はなく、首都をどう落とすか、というところに話は進みます。まず一番強硬な抵抗をしている第2地区をせめて親政府派を投降させます。その過程でカットニスも銃弾を受けたり。次は首都だと。でもいろいろと罠をしかけてありそうだと。コイン首相はカットニスを手元に置いておきたいけれど、スノーを倒すことにしか関心がない彼女は輸送機に紛れ込んで戦地へ。
そこで隊の仲間と協力しながら大統領を目指しますが、途中で地雷やら罠やらがわんさか。地下道を見つけて潜入しますがそこもかぎつけられ、ミュートと呼ばれる半魚人の襲撃を。あーこわ。そこでフィニックまでも失ってしまう痛手。
そこへ、大統領の住民への告知。みんな官邸までおいでと。反乱軍から匿ってあげるよと。カットニスとゲイルは住民に紛れて潜入する作戦をとるけれど、検問をどうしようかと迷っているとそこに爆撃が。反乱軍の攻撃らしい。そして政府の飛行機から物資が落ちてきたと思ったら、それは爆弾だった!避難民も救護班も大量に死亡。妹プリムも。
カットニスが目覚めたときにはすでに内戦は終わり。囚われのスノーは、最後の爆撃はコイン首相によるものと。そして戦後体制を確立しようとする首相は、選挙もせず暫定大統領の座につこうと。そして、旧政府の者たちを処刑するのではなく、ハンガー・ゲームを催そうと言い出す始末。
スノーを自らの手で処刑できるならと賛成したカットニス、構えた矢の向かった先はスノーではなく、新たな独裁者コインだった。
ヘイミッチに助けられ、故郷へ向かうカットニス。家は荒れ果て、妹の猫だけが待っていた。庭で土をいじる姿が。ピータ。庭に花を植えていた。プリムローズ。
そして数年が過ぎ、二人の子どもを育てるカットニスとピータ。今でも見る悪夢を自らの責任と引き受けつつ、それを善きものに変える知恵を子どもたちに受け継ごうと。
フィリップ・シーモア・ホフマンはラスト2作分の素材をほぼ撮り終えてから亡くなったようで、ラストの方に彼がいてもおかしくないな、と思うシーンにいないのですが、手紙とかでうまく乗り切ったようです。
本当なら、スノー大統領が策を練っているようで大して本気でカットニスたちをやっつけようとしてない、とか、作戦が雑すぎてなんでうまくいったのかわからない、とかいろいろあるんですが、それでもコイン首相の裏切りに対するみんなの態度とか、まさかのハンガー・ゲーム復活とか、いざというときのゲイルの心の弱さとか、いくつかぐっとくるひねりがあったので、ジュブナイルとしてはよく頑張ってゴールにこぎ着けた、という気持ちです。プリムの亡くなり方はあんまりでしたが。
前作のエンディングを引き継いで、レジスタンスの運動に身を投じていくカットニスの姿を追い続ける3作目。次で終わるので、そこに向けてのお膳立て、という位置づけ。少し地味なのは仕方ないですかね。
レジスタンスの首相コイン(ジュリアン・ムーア)に期待をかけられたもののピータを見捨てたレジスタンスに不満なカットニスは当初その象徴としての役割を引き受けるのにためらいが。でも故郷が荒らされた様子を見て考えを改め、結局承諾します。
そのあとはメディア戦の様相を呈してくるというか、各地区に流すプロモビデオを制作するためにあちこちに行ったり、その途中で襲撃されて反撃したり、ぐらいが派手なアクションで、政府の執拗な爆撃を食らう辺りが閉所恐怖症の人にはこたえるだろうな、という感じの描写。戦時中の空襲の恐怖もかくや、と思わせる綿密な描き方で、戦争って、普通の人にとってはこういうことなんですよ、とさりげなく伝えているように思います。
大統領が、捕虜奪還作戦を知りながらなぜそのまま見逃したのか、謎ですが、ピーターの洗脳でカットニスを殺せる、と踏んでいたのならちょっと甘すぎ。もっと深い策略が次回明かされるのかどうか。
自分の方を哀れに見せて相手を非道に描く、というメディア戦略でシンパシーを得るのはどちらか、という近代的な政治のあり方をだいぶ皮肉っている感じがして、ある意味シリーズでここまでで一番現代的なメッセージを感じました。
レジスタンスも、コイン首相の演説に簡単に熱狂してしまう大衆の怖さ、ジュリアン・ムーアの陶酔演技も見事で、レジスタンスだからといってファシズムと無縁でもないのかも、と思わせる部分がありました。次回でどういう落とし方をするのかわかりませんが、ただレジスタンスの勝利で万歳、ではない、そこからこぼれ落ちる人の心をどうするのか、が大きなテーマなのだろうと思います。
捕虜を奪還して盛り上がる大統領演説の裏で、ピーターが身体拘束を受けて、苦しんでいるというコントラストのつけ方も、巧妙です。
途中でカットニスがアカペラで歌って、レジスタンスのダム破壊の時にも盛り上げたTHE HANGING TREEは、いかにも実在しそうな民謡風ですが、作詩は原作者ですね。
エンドクレジットではフィリップ・シーモア・ホフマンへの弔辞も入っていました。最終回分の素材は撮れていたのかどうか、不明ですが、いい俳優さんだったな、と改めてその存在感を惜しみました。
第2作として与えられる役割を果たして、後半戦に興味をつなぐ、というだけでなく心情も丁寧に描いた一本になったと思います。
前作で見事優勝して二人で生還を果たしたカットニスとピータ。だが彼らの存在は政府への反抗心、自由意志への希望の象徴となり、大統領にはそれが目の上のたんこぶに。というところから始まり。
妹のプリムローズがずいぶん大きくなってます。カットニスとピータは前作から仲が全く進展せずフリーズ状態。でもテレビの取材の前には熱々カップルを演じなければならない。前回のゲームの凱旋ツアーと称して、各地区を回る興行の日々。台本を無視してゲームの犠牲者を追悼したのがきっかけで暴動が起きかける第11地区。そんな様子を見かねて、二人は婚約(偽装)をツアー中に発表。
それでも成果があがらないのに業を煮やした大統領は第75回のハンガーゲームを過去のチャンピオンの決勝大会位置づけ、カットニスとピータは再び戦場に。だんだん彼らの周りをもり立てるスタッフ全員が味方に付いていく様子が丁寧に描かれ、スタイリストのシナはゲーム開始間際に検挙されるほどに。
ゲームが開始する前から誰の組と同盟を組むか、みたいな話。まあただの殺し合いだった前回の陰惨さよりは描き方としてもメッセージとしても洗練されていますね。そして参加者の間でもこのゲームのやり方に対する不満が高まっていることが描かれています。
途中で毒の霧に襲われたり、ヒヒの群れに襲撃されたり。で浜辺にたどり着いてから、雷を利用することを思いついたチームは作戦開始、しかし途中で襲撃され作戦変更。雷が近づいたことを知ったカットニスは機転を利かせて矢にワイヤーをつないで天井のパネルと木の落雷を接続、世界全体がショートして、虚構のゲーム世界が崩れ去ります。
エアクラフトでカットニスは救出されたところで驚きの真相。じつはヘイミッチや参加者の半分は最初からカットニスを救うことを最優先していたレジスタンス勢力。ゲイルも参加して、第12地区は政府に殲滅されたが、妹と母は無事だと聞かされます。ピータは首都に囚われの身と。さてここからどう反撃するのか、というところで終わり。
前半は陰謀の仕掛けでずっと進むのでやや抑え目、後半はゲームの進行が加速して、急展開。今は亡きフィリップ・シーモア・ホフマンが、新しいゲーム・デザイナーとして参加し、レジスタンスの重要人物を演じています。
前作のゲームっぽさを追求した殺伐とした映像に比べると、登場人物の心情によりそった演出が増えたかな、と思い、次回への期待は高まったかな、と思います。
若者を殺し合わせて楽しむ、という映画はやはりゲームとはいえ気分がわるいですね。「バトル・ロワイヤル」とも共通する世界のような気がします。
政府に対する抵抗が徹底的に抑圧されたミライの世界。12の地区から毎年若者が選ばれて殺し合いをさせられる。最後に一人だけ生き残った人が最高の栄誉を与えられる、というルール。
炭鉱町の第12地区からは、くじで選ばれた妹の代わりに志願したカットニスと、ぜんぜんパッとしないパン屋のピータ。途中でトレーナー役がいたり衣装を考えてくれる人がいたり、ショーとして盛り上げようとトーク番組があったり、そういう世界観を支えるディテールや殺人に熱狂する貴族社会の虚しさなど、なかなか皮肉に描いていると思います。
ゲームが始まると、血気にはやる今どき風の乱暴な若者は次々に自滅、途中でカットニスも徒党を組んだ他の若者たちに追い詰められますが、黒人の少女ルーのアドバイスを受けスズメバチの巣で撃退、とか盛り上げたい主催者の意向で同じ地区だったら二人生き残っても優勝にするというルール変更でピータと再会するとか、そこそこのひねりはあります。
最後に二人が残ったところで再度ルール変更のアナウンスがあり、二人同時優勝はなし、となったところでの二人の決断。主催者の思い通りにはさせてやらないぞ、という意地が最後に勝利をもたらします。
まあ、あらゆる隠れ場所までカメラが追っかけてきてテレビ中継をしている、という悪趣味ぶりには引きますね。
カットニスの子は誰なんだろう、ちょっとイモっぽくて角度によっては太めに見えるけれど見ているうちにかわいくなるな、「プリズン・ブレイク」のサラにも似てるな、と思ったら、この人がジェニファー・ローレンスだったのですね。ピータ役のジョッシュ・ハッチャーソンは見覚えのある顔だなと思ったら、つい先日「センター・オブ・ジ・アース」シリーズ2作で見たばかりで、他には「テラビシアにかける橋」でも見てました。子役時代から活躍してきた子なんでしょうね。メイクアップアーティスト役がレニー・クラヴィッツだったとは!
途中で幼い女の子が死ぬシーンがいくつもあるのはちょっと悲しいなぁと思いました。まあ、これがあと3作もあるのか、と思うと全部見るのは正直金太郎飴だな、と思うのですが、地元の彼氏ゲイルとピータとの三角関係とかを発展させていくんですかね。原作読んでませんけど。「バイオハザード」シリーズだって全部見たんだから、やはり見ますかね。
「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」のハルストレム監督だからといって、ハートウォーミングとは限らないわけですが、サイコ・キラーを扱っていても、最終的には家族の心のつながりを細やかに描く辺りは、やはりこだわりなんだろうな、と思った一本です。
まず冒頭に陰惨な犯罪が。学校の体育館で男性教師が惨殺され、その家族も重症のただ一人を残して、皆殺しに。しかも犯人の痕跡は一切残らない。一体だれがこんなことを?というわけで国家警察の捜査官が地元警察に遠慮しながら捜査する。その過程で唯一の目撃者である、生き残りのヨセフに催眠療法を施して手がかりを得ようとします。催眠療法の研究家のエリックは過去にそれで失敗して権威が失墜した経緯があり、不眠症にも悩まされ、2年前の浮気が原因で妻とも不仲、という悩み多き中年医師。
しかしそこから妨害が。エリックの息子が攫われ「催眠を使うな」という脅迫が。二つの事件はつながっているようにも思われるけれど、解決の近道である催眠術を使わずにどうやって解決できるというのか…。というジレンマ。
まあ、捜査の手順とかはちょっと生ぬるかったり、もっと明らかな手がかりがあるのに、なんでもたもたしてるんだろう、なんて思ったりしますが。それからエリックの奥さんシモーヌのヒステリックぶりがちょっと過剰に思えて前半ちょっと引いちゃった部分もあります。
後半の夫妻の和解が描かれることで前半のフラストレーションは解消されて、案外いい話だったかも、と思いはするのですが、犯人のプロファイル含めてそれでいいのか、警察ちょっと油断しすぎじゃねぇの、と思ったりする部分はあります。
タイトルの「チャンス!」は全然中身を反映していない、ひどいネーミングですが、中身はまあまあです。
子どもを抱えながらカジノで借金をこしらえて悩むジムに悪友が朝の魚市を襲えば簡単に金が手に入る、とそそのかし、それがきっかけでカジノのボスのカバンをひょんなことから入手。逃げる途中で立てこもったのがアメリカから逃げてきて身を潜めているジョーの働く骨董屋。
警察にも取り囲まれるなか、立てこもったジムとジョーに意外なつながりが見つかり、そして予想外のお荷物がたくさん加わり…。といったちょっとしたドタバタの中で、最終的にお互いを思いやり町のギャングを一掃し、平和に事件を解決しようとする人々(店の中も、外も)をコミカルに描いています。
警察とSASの関係、宗教でも分断された家庭の姿、いまも家に 残るIRA紛争時代の傷跡、移民受け入れを巡る分断など、今日的な問題を扱いつつ、貧しさを抜け出せずにもがき、ともすれば犯罪に身を落としがちな若者の姿をジムを通じて描いているように思えます。
ちょっと、ジムの若さ故の振る舞いの愚かさや犯罪に手を染めるまでの安直さ、ジョーの事件に対する態度や、いったん事情が展開してからの反応の鈍さなどにイライラする部分がなくもないのですが、最終的にはめでたしめでたしで終わってよかったですね、みたいな感想です。最後骨董屋は完全に破壊されてしまったので、従兄弟の店主は補償してもらえたのかな、と心配ですが。
超常現象を見抜くことが生きがいの女性作家が、学校の幽霊騒ぎをきっかけに体験する出来事。
フローレンスは警察と協力して降霊術のイカサマなどを摘発してそれを本にしてベストセラーになっている、ちょっと高慢で人と触れ合うのが苦手な女性。彼女のところにやって来たカンブリアの寄宿制の学校の先生ロバートが、生徒たちがおびえる幽霊騒ぎを解決してほしいと依頼。
行ってみると、1920年代なので体罰が横行し、子どもたちの間でもいじめが多発する陰湿な環境。フローレンスは科学的な装置を大がかりにしかけて幽霊が子どもたちのいたずらだということを証明しようとする。
結果的に、最近起きた子どもの死は先生の過酷なしごきが原因の病死と判明、一件落着かと思えたときに、それまで感じていた奇妙な雰囲気をフローレンスは察知。水の中に引き込まれたり、建物の中のミニチュアの模型に彼女の行動がすべて克明に再現されていたり。
休み期間とともに子どもたちは親元に帰り、一人だけ残ったトムと接近、ところがそれから、彼女の周りには異変だらけ、そこからなぜかロバートと恋仲になり、庭師のジャッドには襲われ、途中でトムという子どもはここにはいない、と明らかになり…。終盤の急展開。
結局、フローレンスの生い立ち自体が抑圧されていた記憶のそこからよみがえり、彼女はかつてこの家で暮らしていた家族の娘。トムは父親が浮気して作り、妻を射殺した際に誤って殺してしまった子どもだとわかる。寮母モードは、実はその死んだトムの母親だったと。
すべての謎が解けた後も、モードはトムがあの世でさびしがらないようにと自分とフローレンスに毒を盛り、ロバートと恋に落ちたフローレンスは生き残るために解毒剤を。
ラスト、フローレンスが生き延びたのかどうか、あえてハッキリ明かさないような描き方をしていたけど、ニュアンスからすると、生き延びた、とするのが正しい受け取り方のように思います。
序盤からは少し「薔薇の名前」的な、宗教と科学、死者と生者といった対比がまだ科学万能ではない時代の空気の中に描かれるのかな、と思っていたのですが、後半はがらりと「シャイニング」ばりのサイコホラーに変わっていきました。そして全体はイングランドの牧歌的田園風景とちょっと明かりの暗い雰囲気の中に描かれていく、というのが特徴。
キャラクターの描き方で言うと、フローレンスに対して、あんまり肩入れしやすくなかったのが、作品としては弱いですかね。元恋人を亡くしたという負い目と、霊魂を否定する研究をしているとか、科学を信奉している、といった信念の背景があんまりうまく結びついていなくて、科学的手法に対しても、彼女の手腕のほどがちょっと中途半端に見える部分があります。
途中からトムなんていなかった、という展開になるのも、モードがトムを完全に認めているから見る側は騙されるんですが、ちょっと共犯多すぎませんか、みたいな。冒頭でかつてこの屋敷で起きた一家惨殺事件、みたいなネタ振りあったのは知っていたのでオチはつながってはいるのですが、それにしても、みたいな。彼女一人の記憶を取り戻すためにモードが事件をしかけるとか、効率悪すぎませんか。
ロバートのたち位置もちょっとその意味では元軍人、ということ以外、ちょっと弱かったかな、と思いやや残念。
まあ、でも、ただ見せればいい、というホラーのこけおどし感よりは心理的な描写がよくできてたとは思います。