中田英寿がとうとうイングランドに行くらしい。ボルトン・ワンダラーズという、古豪ではあるが最近ぱっとしないチームである。二部リーグとプレミアとを行ったり来りしている、それこそ微妙なチームだという印象だが、さて活躍できるだろうか。

イタリア時代を総括するならば、ペルージャ時代ほどの成果をビッグクラブでは上げられなかった苦闘の時期ではなかろうか。本人の意向はペルージャ残留だったのに、広告料目当てに売買されたのは本人にとっても不幸だったと思うが、その後のチームでの不振は多少本人の頑固さと、周囲の理解のなさ両方に原因があったように思う。本人の希望のポジションでなくとも、そこで結果が出ればいくら監督でも認めざるを得まい。チームメイトからの信頼が厚ければ、多少の戦術論の違いがあっても理解につながる。本人の思うところが実際の試合において十分に表現されたとはいえない時期がちょっと長すぎたように思う。サッカー選手の寿命はそう長くはない。移籍金が跳ね上がったおかげでチームを出るのが遅くなったことが、今後の活躍にどう影響するか、若干心配している。

救いはボルトンがB級のチームであることである。若手とのコミュニケーションをキチンととれば、彼の王国が築けるかも知れない。
仕事がら、子供の書き込む掲示板を編集している。

目的がハッキリある掲示板で、意見や感想を書き込んでほしいと注意書きがしてあるのだが、どうしても「友だち募集」の書き込みが増えてしまい、掲載を控えるケースもある。こういう時の線引きというのは難しいものだ。子供というのはどうしても自分の書き込みが広く大勢の人に見られる、という感覚がないらしく、特定の人に対して語りかけて、それに対して返事がこないとつむじを曲げるものらしい。

よく考えると、自分がメールを打った時に返事が来ないとちょっと物足りないのに近い感覚かもしれない。だが、ことは掲示板である。その書き込みをする中で、特定の相手だけを「友だち」と認定して、他の人を除外したい、というのは掲示板の意味そのものの否定につながるのだが、そういう感覚はどうも子供の中にはごく自然に発生するものらしいのだ。その現れが学校のクラスなどでの「仲良しグループ」なのだろう。

ひところ、これを放置して「友だち募集」何でもありで運営した時期もあるのだが、これはこれで問題になった。レスや返事をつけてもらえない子供がむくれて逆ギレするのである。レスがつかないのは無視された、と受け取るらしい。掲示板なんてしょせん匿名の書き流しだ、というのはまだまだ大人の世界の割り切りなのだな。

イメージ 1

仕事で渋谷に出たついでに一部でマイナーな話題になっていた「チームアメリカ・ワールドポリス」を見た。

実は先に行った数名の知人からは「びみょー」と「面白かったですよ」が入り交じっていたので、それなりの覚悟は出来ていた。その上での感想と思っていただきたい。

まず内容以前に文句が言いたいのは、予告編の数が半端じゃなく多いこと。あんなに流さないといけないんだろうか。開演が19時とあったが、本編が始まったのはおそらく30分も過ぎたころだった。

いきなりパリのマスターショットからはじまり、ここは映像としてなかなか見せる。長回しのカットの中で、人形遣いやら、パントマイムの大道芸人やらが入り乱れる。全員が動いていること自体が信じられないようなカットだ。他にもニューヨークのタクシーがあふれ返るシーンとか、細かい人(人形)の動きを見ているとちょっと人形劇には見えないカットが続出する。一部は実写と合成して、ある程度縮尺はいい加減に済ませているところもあるのだが、そんなことに文句を付ける気にならない力の入れようである。

人形の表情の精巧さは、かつてのサンダーバードが世界を驚かせたレベルをまた上回る精巧さである。基本はオマージュなのだろうが、ほとんどの主役クラスの顔の造形はサンダーバードを思わせる。わずかな動きで表情を想像させるところ、本当にどうやっているのだろう、と思ってしまった。音楽との相乗効果で動いていない表情が動いているように見えるのだろうか。だとすると人形浄瑠璃とか能・文楽とかの表現方法にも近いのかも知れない。

あと、エンドクレジットを見て驚いたのが、ほとんどの声優と挿入歌の作曲・歌を監督の他わずかなメンバーでやっていることである。冒頭の度肝を抜くエイズの歌の他、モンタージュの歌、パールハーバーは糞だ、の歌、金正日は孤独だの歌など、ミュージカル映画としては秀逸な使い方をされている。

これだけの好材料がそろっているのに、残念ながらお勧めできないのだ。この映画。あまりにも下品・悪趣味すぎる。トータルのストーリーでやろうとしていることは混乱の極みである。アレック・ボールドウィン率いる俳優組合(FAGと略してオカマの意味のFaggotも連想させている)の描き方も、根拠のない悪意に満ちているし、チーム・アメリカの乱暴な解決法に対する批判勢力が北朝鮮に利用されて、逆に世界を滅亡させる、という筋書き、それを阻止するチーム・アメリカの正当性そのものを含めて、説得力は全くない。わずかに主人公の演技力が武器となる、というギミックの描き方に好感が持てる程度で、トータルでのメッセージ性がない、というのが悪とは思わないが、作り手としての趣味の悪さの方が先に立ってしまう。

もちろん、子供っぽい笑いは随所にあるし、そういうことをやりたかった、メッセージ性なんて糞食らえ、というのが製作者の言い分かも知れない。だとすれば、こんなストーリーである必要すらなかった、というのが見る方の気分だ。もしもメッセージがあるとしても、それ以前の描き方の問題でそれを正しく捉えてもらえない、というのが正確なところだろうか。

出来れば監督は演出に専念して、いい脚本家をつければ良かったのに、と思った。才能の無駄遣いである。
昨日から短い夏休みに入ったので、しばらくたまっていた個人的な趣味の世界に没頭している。といっても、DVテープに録ったクラシックの演奏会のテープをちょっと編集して、ハードディスクやらDVDやらに焼くだけの作業なのだが、これがなかなかうまくいかない。

再生はDV。いわゆるデジカムである。これをFirewireのケーブルからPowerbookG4にFinal Cut Proで取り込む。現在Pro3(OSXと9の両Ver.) とPro HDの3つの選択肢がある。最終的に編集が終わったら、これをPioneerのDVDレコーダーにコピーするのである。そこからDVDに焼くというのもある。

基本的にはDVの画質のまんまで劣化はなしに作業が出来るのでは、と思っていた。ところがなかなかそうは行かないのである。まず時々プチプチと音声ノイズが入る。これがDVの再生によるものなのか、取り込み時の問題なのかを洗い出すのに時間がかかる。ある時はDVDレコーダーへの取り込み時だけに発生した映像ノイズまであった。

そこで、またまた素材から取り込み直すことにした。以前はOSXの動作スピードに疑問があったので頑なにOS9で取り込んでいたのだが、Firewire800のスピードを生かすため、Final Cut Pro HDで外付けハードディスクに取り込む。編集もすべてPro HD上で行った。初めての作業なのでちょっと心配だったが操作性はほとんど一緒である。あらためてDVDレコーダーに落とし直しているが、いまのところノイズ無しで落とせている。

本当に、再現性のないノイズには泣かされっぱなしだ。細かいソフトウェア上の使いこなしでこれが根絶できるのだろうか…。
なにはともあれ、無事着陸できてよかった、よかった。

なにげに記事を読んでいて、宇宙に15日間滞在していた、とあったのは「ああ、そんなものか」と思ったのだが、その後に「219回、地球を周回した」と書いてあるのをみて、ちょっとびっくり。ホントだろうか。一日10回以上のペースで地球の上を回ってたのだろうか…。ジャンボが地球を一周するのにはほぼ丸一日かかるから、それよりも遥か上の軌道を飛べば距離もそれだけ伸びるし、単純計算でジャンボジェットの15倍程度のスピードで飛んでたことになりはしないか?いやそのぐらい速いのか?そんなスピードで飛びながら、野口さん船外作業をしてたのか?

すげー、スペースシャトルってすげー。
今日もネットのニュースで小泉首相の支持率が61パーセントだという記事を載せていた。

どうもメインの郵政民営化問題に対してはあまり反応がはっきりしないようだが、それでも他の部分での支持がある、という趣旨の記事だった。何気に読み流すと、これは世の中が圧倒的に小泉を支持しているように見えるデータである。

だが、ここでこれを鵜呑みにしてしまうと、いろんな意味でだまされる。ラジオが行ったアンケートは、道を行く大勢の人に無作為で聞いた結果ではないのだ。これはラジオの番組に向けて、FAXなり、メールなりで回答を寄せた人の集計なのだという。そうなると、この結果もだいぶバイアスがかかったもののように思える。

大体、世の中の大多数の人は、テレビ番組を見ていて「お電話ください」などと言われても実際にはかけたりしない。テレゴングも同様で、数がものすごく伸びるのは、何回もかける人がいるからだ。そういうなかで、あえてFAXを送ったり、メールを送ったりして自分の意見を言いたい、という人は少数派なのだ。そういう民度の高い人々の中では、小泉の支持率が高いのかも知れない。あるいはそのアンケートの内容自体が、もともと小泉支持の方が答えたいようなモノだったかも知れないのだ。

実際の選挙はそれだけでは決まらない。ふだん選挙に行かないような人が投票しようと思うような条件が整うか、によっても相当左右される。小泉本人の言う通り、選挙はやってみなければ分からないのだ。
広島の高校が8月6日の高校野球の開会式に黙とうを提案したいといったのを高野連が蹴った、という記事が載った時、「原爆は広島だけのことだ」と誰かが言ったとかいう記事があって、ずいぶん乱暴なことをいうなぁ、と思ったら、その記事自体がねつ造だったのだそうだ。

これはニュースになる、と思うのは記者の判断である。記事の価値を上げるために話を作るのは多少なりとも必要なのだと思う。思うが、である。

「原爆は広島だけのことだ」というフレーズを作ったら、その言葉が独り歩きをする、ということが分からぬ記者は文章を読む力も書く力もないのだと言わざるを得ない。だれも気にしないとでも思ったのだろうか。また、言ったとされる本人がどう思うかを想像する力もないのだろうか。まるですぐばれる嘘をつく子供のようだ。「こどもらしさ」はもっと別の所で表現してもらいたい。

そういえばこんな恥をさらしても、記者の名前は公表されないのだな。どうせなら記事は記名式にしたらどうだろう。多少なりとも責任感が生まれるのではないか。
今日は一日衆議院の解散の話題で持ち切りだったようだ。もちろんメディアが。小泉の夜8時半~の会見も見てしまった。

いままでいろんな衆議院の解散はあったと思うが、これほど与党の内部が割れての解散は久しぶりと思う。だが、何よりも今回の解散が違うのは、純粋な政策論の是非を問うための解散として位置づけられていることである。小泉への評価は人さまざまだろうが、変人といわれようが、こういう解散の局面にあっても純粋に政策論を本位にして、派閥だとか、党だとかいう点に捕らわれない発想をしている、というのはかつてのどの首相よりも新しい。ある意味ドン・キホーテ的なのだが、民主主義という機構の最大の仕組みが選挙だとしたら、小泉はかつてのどの首相よりも、民主主義を信じ、機能させようとしているのである。決して自らが名を成すとか、力を集めるとか維持することが目的ではない。

小泉が解散をほのめかした時の反対派の慌てようは、単純に一度選ばれたらその席にしがみつきたい者の都合のいい泣き言である。選挙が行われることで、自らがより選挙民の声を代弁できるようになると、どうして考えないのか。政治家が己を捨てるなどというのは机上の空論であることがよくわかる。

そういう意味で問うた時に、いま小泉の代わりを出来る者がいるだろうか。彼が破れたら、またもとの派閥のつばぜり合いにもどるだろう。われわれはそれを望むのか?

ただ、疑問に思うのは、選挙の争点を何にするか、というのは解散する立場だけが決めることではない、ということである。選挙で代表を選ぶ時に、誰を選ぶかを決める基準はその人が何を言うかであって、小泉の問いに答えるかどうかではない。たとえば靖国の問題をこの期に及んで「一個人の問題」としても、8月15日はまもなくやって来る。アジア諸国の顔をつぶさずに自分の信念を貫けるか、そこがうまくいかねば、郵政を議論する以前につまずくだろう。

そういう意味では、小泉の言う争点と同じ土俵に他の党、自民の対立派がのるかどうか、というのも重要な分岐点なのである。
待望のエアコンの修理がやっと来た。クリーニングを頼むつもりだったのだが、到着して開口一番、「これはガス不足ですね」の一言。ちょっと待った、昨年の引っ越しの時から調子が悪いし、設置した業者はガスをちゃんと入れてったハズなんですが…。

で、改めてガスを入れてもらって「ほら、だいぶ冷えるようになったでしょう?」と言われる。いや、それほど違わないんですけど…。「でも、表のコンプレッサーの動作音はだいぶ小さくなったから、動いてますよ」

問題は、逆に室外機のガスの入れ口が甘くなってることの方らしい。溶接して作ってある部分なので、修理代がバカにならないとか。で、結局この手の修理の時には必ず出る常套句「買った方が早いですよ」。

…なんかむなしいっ

ハチも犬死にだし、いや、ハチ死にか。

確かに夜になって、前よりもエアコンが効いてるような気にはなってきたが。このままだましだまし使うか、大枚はたいて新品を買うのか。どっちにしてもある程度の出費は避けられないようだ。うーん。
エアコンの調子が悪いというのは前から書いていたが、今日(8日)のうちに業者がクリーニングに来ることになっている。あくまでもクリーニングなので、室内機の問題だけで済むとは思っているのだが、しばらくほったらかしっぱなしの室外機の状態を確認しようと狭いベランダに出た。すると…。

何かが目の前を横切る。

いや、ありえないし。ここ3階だし。ここにはオレしか住んでない、虫でもいるならまだしも…いやその虫だよ!しかも目の前をホバリングしてる…。

ハチじゃん、これ。

よく見ると、しばらくベランダの窓を開けなかったその隙に、ハチが巣を作っていた。
その瞬間パニックしなくて良かった。もしそこで暴れたり、巣をはたいたりしていたら、全身刺されてだるまのようにふくらんでいたことだろう。

ベランダから室内に戻ってちょっと考えた。これをほっておいても、エアコンの仕事は出来るだろうか?万が一、室外機のガスが足りないから入れないとダメだ、とかいわれた時、ベランダにハチがいる、と伝えたら業者は作業をやってくれるだろうか。たぶんだめだろう。するとこのエアコンをつけても室温30度を切らないこの部屋に、オレは住み続けるのか?

いや、それは断じてのめない。対決はこの瞬間に決まった。やるか、やられるかだ。地球環境も大切だが、オレの部屋の住環境も大事だ。そういうせめぎ合いなのだ、この世界は。