Joon's blog

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支離滅裂

『私の中のあなた』を観ました。

 

サラとブライアンの子としてフィッツジェラルド家に生まれた長女ケイト、長男ジェシー、そして次女アナ。

ある日、弁護士キャンベルは、なけなしの金を持ってやってきたアナの依頼内容を聞いて驚愕する。

白血病を患ったケイトに適合する血液や臓器を分け与えるため、遺伝子操作によって生まれたアナは大好きなケイトを救うため、産まれてから11歳の今日まで幾多の苦痛に耐えてきた。

そんなアナが自分の体を守るため、これ以上の臓器提供を拒否しようと両親を訴えたいというのだ。

これを機にフィッツジェラルド家に生じた軋轢、特にケイトを救うため全力を注いできたサラにとっては寝耳に水で、休職していた弁護士に復帰してまでキャンベルやアナと戦おうとする。

自分が臓器の提供を拒めばケイトの死が近付く事を知りつつも、アナが下した決断とは……といったお話。

要約すると、姉のドナーとして生きる事を拒否した妹が両親を訴える話です。

 

…といった粗筋を一読しただけで胸クソ悪くなる人も少なくないんじゃないかな?

産まれた子が大病を患ったとして、血液型やら何やらで適合するドナーがなかなかいない、だったら遺伝子操作であろうが新たに子供を作って、その子をドナーにすればいいじゃん?といった考えなんですから…。

アナも自虐していましたが、つまりは人体のスペアパーツになるために創られた命なんですよ。

医者が可能性としての提言をしたとしても、それを鵜呑みにして新たな命を創るには、よっぽど人間としてのモラルをかなぐり捨てなきゃできません。

本作の発端はケイトに訪れた不幸だけではなく、モラルハザード気味の夫婦の鬼畜気味な発想にあるのです。

あまり話題に上がらない作品ですが、ヤフコメ民あたりには食い付きが良さそうなお話です(笑)。

 

ケイトを救いたい気持ちはブライアンよりサラの方が圧倒的に強く、そのためなら結果としてアナを犠牲とする事も厭わない(だからってアナに対し憎悪の感はない)。

子供が二人以上いたとして、それらを平等に愛しているとか言ってしまうのは平凡なファミリードラマですが、それはおそらく綺麗事です。

親が子供を愛するのは当たり前とは言え、複数いる子供らを平等に愛するのってスゲー難しいんじゃないでしょうか? しないように心掛けても、贔屓はどうしても生じるんじゃないかなと思うんですよ。

一見すればサラこそが諸悪の根源に見えがちですが、二人以上の子供を抱える親の立場で見れば、現実で口に出しちゃいけない本音を体現しているとして共感を得られる……かな?

 

独善的な人間ばかりが登場する愛憎劇にも思えるストーリーに思えますが、実際に登場するキャラはみんな優しい人ばかりで、悲しすぎる話に温かみを与えてくれます。

得てして法定絡みの作品にはギラギラしたキャラが多いものですが、アナの弁護を引き受けるキャンベルや、半年前に娘を亡くした判事のデ・サルヴォらに打算はなく、あくまで人間の情に基づいた仕事ぶりを見せてくれるのが良いんです。そこまでのキーパーソンではないけど、この2人は人間味があって好きです。

 

主には若い人に向けているんでしょうかね、随所にある抒情的なシーンに流行り歌を流しちゃうのが軽っりぃな~と感じます。時系列をゴチャつかせる小細工もチト無粋。

重いテーマを扱っているんだから、もっと直球勝負で万人が楽しめる見せ方にした方が良かったのにな。

女子供に媚びてお洒落ムービーを気取らなくてもいいんですよ。

 

サラを演じるのはキャメロン・ディアスさん。

かつてはメグ・ライアンさんに次ぐロマコメ女王のポジションにあったキャメロンさんですが、歳を取りながら出演作も増え続け、演技派にシフトしてきた頃の作品です(ちなみに2009年の作品)。

懐かしさすら感じるジェイソン・パトリックさんや、貫禄が付いたアレック・ボールドウィンさん、個人的に巧いと感じたジョーン・キューザックさんといったベテラン勢が脇を固めているので、若くない人にも見どころがあると思います。

 

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Blu-ray版の映像特典はメイキングや未公開シーンを収録。

未公開シーンの中にある、ブライアンに抱っこされるくらいに幼いアナが手術を嫌がるシーンは心苦しすぎる…!

「フラットベースって使いどころも分かんないし、要らなくない?」といった旨の記事を綴りましたが、ここに来て出番が必要な場面に遭遇しました。

 

現在『EG νガンダム』を塗っていまして、V字アンテナ=ブレードを塗っていたら、どんだけ吹いてもエッジ部にサッパリ色が乗らない。

正確には、塗料がエッジ部を逃げて平面にばかり溜まってしまう(=表面張力?)という、先の記事で例えた状況そのまんまです。エア圧やら希釈率やら、何かしらの問題があったんでしょうが、このまま続ければ気泡ができたりタレたりするのは目に見えているので、一時中断してシンキングタイム。

その時の写真を撮らんかい!とツッコまれそうですが、テンパってる時にゃそんな発想なんか思いも付かぬものさね。

 

そこで塗料にフラットベースを混ぜてみたところ、

どうにか満遍なく塗れました、ホッ。

こういう形状にツヤ有り塗料はNGですね。

この後はスミ入れですが、念のためにクリヤーを吹く手間が増えちゃったのは仕方ないとしよう…。

 

…と、事なきを得て、フラットベースの有難味を知っただけでなく、使えないからって安直にポイッとしなくて良かったなという話です。

とは言え……その他での使いどころは、やっぱり見い出せないなぁ(笑)。

 

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しかしホント、どんだけ回数を重ねても新しいトラブルやアクシデントに遭遇するんだから、本当にエアブラシは難しい。

未だ初心者と中級者の境を行ったり来たりしているようで、我ながら進歩しないなとプチ自己嫌悪です。

…だからって、まだまだ止めねーけどな!

『ブラック・ジャック KARTE6 雪の夜ばなし、恋姫』を観ました。

 

ブラック・ジャック=BJの元に、2年前に発送された郵送物が届く。そこには妻の治療を依頼するための大金と、差出人である種田三郎が住む村への地図が入っていた。

ピノコと共に現地に向かったBJの車は吹雪に遭遇。周囲を雪に覆われ立ち往生してしまったついでに、仮眠を取るBJ…。

近くの寺に住む尼僧の薫にピノコを預け、BJは村に向かう。そこに現れた武者姿の男、種田三郎左衛門に連れられたBJは発作に苦しむ女と出会う。女は池端家の唯一の生き残りでもある姫だった。

姫を側室として強引に迎え入れようとする六条寺家は小国にすぎない池端家を追い込む。

先の寺にいた薫は六条寺の正室であり、六条寺への当て付けに、姫を亡きものにしようと企んでいた。

姫の治療に専念するBJは、否応なしに両家の争いに巻き込まれ……といったお話。

要約すると、BJが戦国時代にタイムスリップしてしまう話です。

 

シリーズ第6作にして、まさかBJが戦国時代にタイムスリップしてしまうとは。

どうやらアニメオリジナルのストーリーなようで、すなわち出崎統さんのイズム全開の変化球気味なストーリー。

…が、変化球ではあっても暴投はしないのが出崎さん。今作も見応えのある作品になっているのは間違いありません。

 

主たるストーリーは池端家と六条寺家との争いで、池端家の姫が六条寺の側室になる事を拒んだのが騒動の発端。

無理にでも姫を側室入りさせるため、池端家を壊滅に追いやろうとする六条寺。

それに対抗し、姫を守ろうとする家臣の三郎左衛門。

正室である事を無視され、密かに六条寺への謀反を企む薫と、従順な側近のあぶ丸。

…と、割と多めのキャラが相関する愛憎劇で、今作ではBJの影がやや薄く、狂言回しのようなポジションに回っています。

 

その中でも、一番の見どころは姫と三郎左衛門の関係。

姫に想いを寄せられ、それを受け入れていれば六条寺とのイザコザも起こらなかったであろうけど、自分の気持ちを抑えて身を引く三郎左衛門の健気さがいじらしくてね。

家臣としての役目を果たすため、かつ身分の差を負い目に感じてしまう実直な男なのです。見た目としては姫と1.5~2倍は違うであろう歳の差も気にしてたのかもしんないけど(笑)。

そして、しがらみを捨てた三郎左衛門の、心を決めた男のカッコ良さに熱くなります。ちょっとウルッと来ちゃったよ。

そんな二人が迎える結末はいかにも出崎節って感じで辛くなりますが、その後日談(?)まで観ればキチンと救いがある事に胸を撫で下ろします。

 

何でBJがそんな状況にあるの?という答えは、まぁ……反則呼ばわりされるアレですよ(笑)。

特に語られる事はありませんが、あの御神木の仕業なんでしょうね。

もともと『ブラック・ジャック』はリアル(もしくはメッセージの強さ)とファンタジーが混在する世界でもあるから、今作では後者の要素が色濃いだけなんですよ。

 

ストーリーだけでなく、作画や芝居のレベルの高さは相変わらず。

ベテラン声優も遠慮なく起用し(従来のアニメ作品からかけ離れた芝居に聞こえる)、かなり贅沢なシリーズでもあるんですよ。

作画に関して、レベルは高いけど杉野昭夫さんの絵には僅かに似てないかな?

 

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Blu-ray版は日本語字幕が収録されているのが地味に嬉しいポイント。

今作のような時代劇特有の、現代ではあまり使われない言葉を字幕で知れるのは勉強になりますね。

 

 

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観た、『ブラック・ジャック #1 流氷、キマイラの男』

観た、『ブラック・ジャック #2 葬列遊戯』

観た、『ブラック・ジャック #3 マリア達の勲章』

観た、『ブラック・ジャック #4 拒食、ふたりの黒い医者』

観た、『ブラック・ジャック #5 サンメリーダの鴞』

観た、『ブラック・ジャック #6 雪の夜ばなし、恋姫』

『ロケッティア』を観ました。

 

1938年のアメリカ。

レースパイロットのクリフは飛行中に銃撃戦に巻き込まれ被弾、何とか不時着するも飛行機はオシャカになってしまう。

その上、恋人のジェニーとも些細な口論からケンカに発展してしまうという災難続き。

明くる日、クリフはボロボロになった飛行機の操縦席から小型のロケットを発見する。それが背中に背負うロケットパックだと気付き、メカマンのピーヴィーにより改良を加え、自在に空を飛ぶヒーロー、ロケッティアが誕生する。

しかし、そのロケットパックを巡り、FBIや映画スターのネヴィルらIから追われるクリフ。そしてジェニーにも奴らの魔手が迫り……といったお話。

 

仮面ヒーローって事で、ロケッティアになって百万馬力!と思い込みがちですが、単にロケットパックの恩恵によって空を飛べるようになっただけというシンプルさが良いんですよ。

クリフの基礎体力(&腕力)が強いだけで、それ以外に超人的な能力が身に付く事はないのがいいんですよ。悪人をバッタバッタと薙ぎ倒すようなシーンを期待していると肩透かしを食います。

本作がヒットしていなかったとすれば、その辺の痛快感がなかったのが要因だったのかな?

単純明快な冒険活劇として楽しめる、けっこう好きな作品です。

 

ネヴィルが何のためにロケットパックを盗もうとするのか、セリフとして語らないのがスマートですね。

とりあえず映像を流すから、それを見て想像してねという感じですが、一目瞭然の分かりやすい映像です。

時代背景としては、まだ第2次世界大戦が始まる前だったんだよね。

 

久々に観て思ったのは、CGがない(もしくは少ない)点が意外でした。なるほど91年の作品であれば、そんなものかな?

ちょっとぎこちなさが見え隠れするシーンもありますが、そのほとんどが本物。ロケッティア初出陣(?)の、自分の代わりに飛行機に乗ったマルカムを救出する際のダイビングとか、サラッとしか見せていない割に、ずいぶん体を張ったスタントをしているなーと驚かせてくれます。

飛行アクションを多めに、ビジュアル面をもっとド派手にすればリメイクもしやすい作品だとも思うんだけどね。

 

本作の見どころの一つと言えば、ジェニーを演じるジェニファー・コネリーさん。

当時は現役バリバリのアニメバカで、アニメ以外に関しては視野狭窄気味だった俺ッチですら、出たての頃のジェニファーさんが日本でも話題になっていたのは覚えています。

そんなジェニファーさんが、すっかりオトナになって、綺麗になった姿を拝めるだけでも本作の存在は実に意義がありますよね!

どうオトナになってるかは……劇中でジェニーに向ける(敵側の)男たちの言動を見れば分かるかな? まぁ、我々のような男性諸氏が一目瞭然ながら、ひっそり感じている事を代弁してくれます(笑)。

 

主役のクリフを演じるビル・キャンベルさんもカッコ良いんだよねぇ。純朴そうな、田舎のトッポい(←死語)アンちゃんみたいな感じが良いんですよ。

ヒコーキ野郎ではあるけど、何事に際してもジェニーを第一に考え、後先も考えずに突っ走る単純さも好き(笑)。

余談ながら、『ハムナプトラ』の頃のブレンダン・フレーザーさんのルックスを見るたび、どことなく、この人を連想していたものです。

そんなキャンベルさん、本作以降はほとんど知名度が上がるような作品には出演していないようで、ちょっと残念…。

とは言え、確かジェニファーさんとお付き合いしてた時期があったから、少なからずのラッキーはあったんでしょうけど。

あの頃の、フィービー・ケイツさんやソフィー・マルソーさんに憧れていた昭和のマセガキからすれば、「ジェニファー・コネリーが公私ともに彼女とか羨ましすぎる!」とか思っただろうね。

 

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映像特典は一切なし、せいぜい吹き替え音声がある程度のド最低限仕様です。

『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-』が始まりましたね。

 

核の炎に包まれ、荒廃した世界。死滅を免れた人類は生き延びる事に貪欲になり、暴力と略奪が力なき者を支配していた。

水を求めて小さな村に流れ着いたケン。村の長老はケンの胸にある七つの傷を見て不吉を覚える。

そんな折、水や食料を奪おうとするジードの一味が村を襲う。少女リンが殺されそうになった時、ケンの怒りが爆発。北斗神拳という暗殺拳の使い手だったケンはジードたちを一網打尽にし、村は救われた。

村を後にし、旅を続けるケン。その先にはケンを待ち受ける男が……といったお話。

 

今や国民レベルで周知された作品の、ちゃんと数えれば何回目だよと言いたくなるくらいの(笑)再びのアニメ化です。

何しろ原作がああまで線が多くて緻密な画風ですからね、それを動かさなきゃならないんだから、アニメ屋さんはやりたがらないんじゃないかな?

「仕事、持ってきたよ!」

「良かった~、どんな作品?」

「『北斗の拳』!」

「ええ…」

という現場の空気を想像してしまいます(笑)。

 

CGに頼らざるを得ないのは先刻承知ながら、CGと手描きを併用した上で見分けが付きにくいのは良かったです。

…と言ってる時点で手描き部分もあるんだろうと思い込んでいますが(あるよね?)。

ただね~、手描きだからこそキャラの表情に変化を付けて欲しいんですよ。

まだ1話なのでキャラが固まってないのもあるけど(笑)、初めの頃はケンも柔らかい笑顔を見せていたんですよね(後にも薄いながら笑顔がない事はない)。

この逆として、

こういう烈しい表情もあり、相当に怒っているのは一目瞭然。

が、本作ではこれらが表現できていません。

漫画においてデカいコマを使っている画ほど、インパクトを与えた上で読者の感情を震わすシーンでもあるんだから、特に注力せにゃならない部分だと思うんです。

そういう所を手描きでやって見せて欲しいんですよ。

CG(モデル)はデッサンが正確なまま滑らかに動かせられるけど、顔の表情の変化はまるでダメ。感情の機微というか“情”の表現は未来永劫にできないんじゃないかと感じるようになりました。

総じて人形劇、もしくはゲームみたいなビジュアルなんですよ。

 

エンディングに『愛をとりもどせ!』を使う嫌らしさは想定内で、あとはどんな人が歌うかですが、Toshiさんが担当しているんですね。

昨今はどんな人がアニメ作品に携わっても偏見が生じない時代になったとは言え、これはなかなかの人選。

…とは言え、アレンジやボーカルの軽っり~感じが今風で失笑したけど、それは前半に限っての話。後半のド高音、特に♪お前は旅立ち~♪とか♪見たくはないさ~♪のあたりはToshiさんの真骨頂!

そして、クリスタルキングによるオリジナル版は低音と高音のバランスで成り立っていたんだなと、つくづく実感。

 

1話を観ていて、そういや原作でも似たような台詞があったなと思う事が多かったので、実際に原作を片手に見直してみたところ、9割が一語一句も変えない原作そのまんまのものでした。

こんなのを見知りすると、わざわざ脚本家なんか雇わなくていいじゃんとすら思えます。

声優が持つスマホに原作の電子書籍をダウンロードさせて、それを台本代わりにでもすれば、わざわざ台本を製本するためのコストが浮くじゃん?なんて皮肉が通じちゃいそうなほど(笑)。

かつ、カット画も漫画のそれとほぼほぼ同じで、絵コンテとしても流用できそうなほど。

もちろん実際は映像作品として定尺通りに収めるため、複雑で緻密な計算がなされた上で作られているのは想像できるとは言え、ただ見るだけの享受する側からすれば、特に漫画を原作としたアニメ作りってずいぶんチョロい仕事だなとすら感じてしまいます。

 

それ故、原作を読んでいてセリフの情感や動きを自分なりに想像できる人にとっては何も面白くない作品です。出演者もそこかしこで名前を見る人ばかりだし、脳内再生も容易いでしょ。

これは常々思っている事で、特に漫画に関して、映像作品になる事が究極的な目的と思われている風潮がありますが、わざわざ形態(=メディア)を変えて進化させる必要はないんだよね。

個人的には漫画の実写化より、本作のような、ただ音と動きを付けただけにしか見えないアニメ化の方がよっぽどつまらなく感じます。

原作改変を悪と見なす連中に媚びながら作っているようにしか見えないんですよ。

 

――という事で、途中で脱落しそうな予感しかありません(タイミング的にはユリアが出てきた頃かな)。

あんな調子で原作と同じ事しかやらないんだったら、原作を引っ張り出して読み込みます

まぁ、漫画版を読む機会がない人は本作を見ておけばいいと思います。

そういえば、毎週2話づつ放送するのは地味にありがたいですね。

 

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観るけど…『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-』

『ブラック・ジャック KARTE5 サンメリーダの鴞[フクロウ]』を観ました。

 

ヨーロッパ旅行を満喫中のブラック・ジャック=BJとピノコは、寝台列車内で知り合ったレスリーが大量の出血をしている場面に遭遇する。BJが応急手当てをしようとしたところ、レスリーの発作が収まると同時に出血も止まってしまう。

レスリーの出血は古い銃創から吹き出し、繰り返し見る戦争の幻覚である事から両者に接点があると推測するBJ。そして幻覚の中に出てくる女の歌を手掛かりに、BJたちはエルガニア共和国にあるサンメリーダに向かう……といったお話。

要約すると、戦争の幻覚を見て発作を起こす青年の病の根源を追う話です。

 

今作は全編を通してピノコのモノローグで進みます。

冒頭、

「年に一度あるかないかだけど、先生は私にプレゼントをくれる」

というピノコの最初の台詞を聞いてハッとなる人も少なくないと思います。

だって、そこは「年に一度あゆかないかやけろ、ちぇんちぇいは私にプエゼントをくれゆ」じゃないですか?

幼女のナリをしていますが、本来ピノコは18歳。身体的なハンデのせいで口に出す言葉は舌っ足らずですが、心の中で呟く言葉=モノローグであれば何の制限もなくキチンとした言葉で喋れるはず。

こういう着眼点を持っているのが出崎統さんの恐るべき才能なんですよ。

出崎さんは原作改変上等な作風で知られていますが、原作を読み込んでいるからこそ、そんな発想に至るんですよね。出崎作品の面白さはこういう所にあるんですよ。

いつもよりグッと年齢を上げた、落ち着きのある(笑)少女感を以て演じる水谷優子さんの芝居もイイ感じです。

 

声優の芝居と言えば、ゲスト主人公のレスリーを演じる古谷徹さんにも拍手。

古谷さんと言えば有名すぎるキャラを数多く演じていますが、本作のレスリーはそれらのどれに近い事もなく、ありそうでなかった芝居で新境地を聞かせてくれます。

レスリー自体もイケメンだしね、ピノコがBJをさしおいて(?)ちょっとした恋心を抱くのも頷けます。

 

そんなレスリーの病状は、戦争体験の生々しい記憶のような幻覚(or夢)にうなされると、銃創が開き大量に出血し、幻覚から覚めて我に帰れば血も止まるという、心と体がリンクした奇病。

レスリー自身には戦争体験もまだなく、幻覚の中に出てくる子供を連れた女による歌をヒントにサンメリーダ村へ行く。

そこで明らかになる真実は、ハッキリ言ってしまうと科学的根拠は明らかにないんでしょうが、『ブラック・ジャック』という作品は現代医学とファンタジーの狭間にある世界を描いています。

育ての母とは死別したけど、もう一人の母は常に自分と一緒にいる……そんな温かみや情を感じさせるのが好きです。

 

名医でありながら医者にあらずなエルネストもいいですね。

あれだけBJを心酔させられる、『ブラック・ジャック』史上においてもレアなキャラですよ(笑)。

サブタイトルにもなっている”サンメリーダの鴞”こそエルネストでもあるんですが、その名は25年が経っても忘れられる事はなく、それ故に起きる悲劇もまた虚しい。

『~KARTE3 マリア達の勲章』を想起しますが、軍人という時点で少なからずも罪があるクルーズ将軍に対し、こっちのエルネストには何の罪もないながらも、やっぱり人間はいつかは死ぬというドライさが出崎作品のイズムでもあるのです。

 

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↑のBlu-ray BOXの映像続店にある大塚明夫さん&水谷優子さんのインタビューにおいても、今作は思い入れのある作品として語られています(録った直後だったのかもしれないけど)。

個人的にも、出崎版『ブラック・ジャック』の中でも上位の出来にも思えるので(どれもが僅差ですが)、一見の価値は確実にあると思います。

 

 

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観た、『ブラック・ジャック #1 流氷、キマイラの男』

観た、『ブラック・ジャック #2 葬列遊戯』

観た、『ブラック・ジャック #3 マリア達の勲章』

観た、『ブラック・ジャック #4 拒食、ふたりの黒い医者』

観た、『ブラック・ジャック #5 サンメリーダの鴞』

観た、『ブラック・ジャック #6 雪の夜ばなし、恋姫』

 

『ショーシャンクの空に』を観ました。

 

妻殺しとして終身刑となったアンディーは、恐怖により受刑者を支配するショーシャンク刑務所に収監される。

囚人としての生活に馴染めなかったアンディーだったが、調達屋のレッドの信用を得ながら、他の受刑者たちとも徐々に親しくなる。

ある日、ハドレー刑務主任の相続税に関する助言をした事から、アンディーはノートン所長に経理としての腕を買われるようになる。やがてノートンの裏金の洗濯係を任されるようになったアンディーは、その立場を利用し受刑者たちの待遇改善に勤しむ。

数年後、ショーシャンク刑務所に収監されたトミーは、アンディーの妻と間男を殺した男を知っているという。アンディーは自分の無実をノートンに証明しようとするが……といったお話。

 

今や言わずと知れた感動作として挙げられる機会が多い本作。

感動系だからって、ここぞと言わんばかりの泣き所はなく、ジンワリと心が温まる程度に収まっているのが良いんですよ。

尺はおおよそ2時間半ながら、刺激的な画やら目まぐるしい展開といったインパクトばかりを狙ってもなければ、眠気を誘うような冗長なシーンもない。

“良い映画”とはこういう作品なんだろうなと個人的に感じています。

ながら見なんて以ての外、ただ“見る”のではなく、キチンと画面に向き合って“観る”つもりで臨むほど沁みる作品です。

 

刑務所モノに脱獄は定番ネタ。

得てして映画の中の脱獄とは、生き延びて自由を得る事に貪欲なキャラが挑むものです。

が、本作に登場する受刑者は脱獄なんて夢にも見ない、出所できる望みなんかとうに失った、限りなく小さな自由に甘んじながら生きている。

そんな連中と親しくはあっても、アンディーは心底まで朱に交わる事はありませんでした。

終身刑という絶望の極みにあっても、アンディーが求めるものは自由であり、そんな希望を捨てないままお話は終わります。

そして希望とはタナボタ的に降ってくるものではなく、愚直なまでに地道に自らが掴みに行くものであり、そのための努力を惜しむ人ほど希望なんて抱くだけ無駄だと感じちゃうんでしょうね、希望を危険視するレッドのように。

ただ、本作を観終えると、希望ってやつを信じて手を動かすのも悪くなさそうだな、くらいの気持ちは湧き起こります。

悪い事ばかりに思える人生も、手間を掛ければ少しは良い方向に変わるかもねと、小さくも背中を押してくれる作品です。

もっと昔に本作を観た上でこれに気付いていれば、俺ッチもとうに転職していただろうに…。

 

何だかんだ言うても、所詮は映画というフィクション。

アンディーが迎えるエンディングは幸運、もしくはご都合的の積み重ねとも言えますが、シャバでの地位や趣味を巧みに転用した結果でもあります。

レッドや他の囚人たちも知恵を振り絞って計算すれば、あるいは刑務所を後にする事ができたかもしれないんですよ。

自分の人生を嘆く人とは、自分に備わっているものの使いどころに気付けないまま一生を終えるんでしょうね、俺ッチも含めて…。

 

10年20年では利かないほどに刑務所で暮らしていれば、シャバはもはや別世界も同然。

出所して、求めていたはずの自由を与えられても、その意味や行使の仕方も分からず、シャバに馴染めないブルックスのエピソードは胸が苦しくなりますね。

ちょっとベトナム後遺症を連想したり。

 

ところで、刑務所モノには調達屋と呼ばれるキャラがよく登場しますが、どうして刑務所内にシャバの物を持ち込めるんだろう?と常々思うんですよ。

本作で言えば、囚人の独房には写真や小物があり、看守による独房の点検をされてもお咎めはない。アンディーの独房にもお手製のチェスの駒が並んでいるけど、これはどうやって彫ったのかと突き詰められてもおかしくないじゃないですか?

まぁ、それはさておき、レッドの調達屋としての仕事っぷりは目を見張るものがありますね(たまに怒られた事もあるようですが)。

何しろ、ラクエル・ウェルチさんのポスターを折り目なしで届けてくれるんだもんね、優秀すぎるでしょ。俺ッチも欲しい!

逆に、これを破るノートン所長よ、お前は死んで当然だ!

 

刑務所モノと言えば、まるで通過儀式のごとく、いわゆる“カマ掘り”行為が出てくるのがスッゲー嫌いです。実際にもそんな男色家が多いんかね?

 

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Blu-ray版の映像特典はメイキングやインタビュー集。

刑務所を会社に置き換えたパロディ短編も収録されていますが、まぁ1度見れば十分なものです(笑)。


そういえば、なぜか原作も持っていたので(たぶん『ゴールデンボーイ』目当てで買ったんだろう)、こちらも紹介しておきます。

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『刑務所のリタ・ヘイワース』という短編(170ページくらい)として収録されています。

レッドの一人称方式で書かれていて読みやすいし、久々に読み返すつもりです。

『HG 1/144 GQuuuuuuX』を組んでいます。

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このジークアクスことガンダム・クアックス君、そんなに流通してるのか、割引率が上がっているのでありがたいですね。

安いは正義、そして割引は親身!

 

初めてデザイン画を見た時は奇形系、かつ、過剰に緻密だなと思ったものです。マニアックに走りすぎというか。

面構成は複雑だし色もガチャガチャしているしで、プラモを出すなら1/100スケール(≒180mm)以上でもなきゃで再現できないんじゃない?と思ったものですが、設定の忠実度をに下げれば1/144スケール(≒13omm)くらいでもできない事はないよね。

それをどの程度まで落とし込んでいるのかも気になったので買ってみた次第です。

 

ご開帳~!してみて、まずランナーの過密っぷりにたじろぎ、あのデザインじゃこのくらいのパーツ数になるよなと思いながら組み始めてみましたが……ちょっとゲンナリしてます。

何しろパーツが細かい、多い!

HGブランドを謳ってはいるものの、実態としては限りなくRGに近いんですよね。

それでも推奨年齢は8歳以上ってんだからテキトーだよな。

 

それはそれで“模型”としてのこだわりは感じるものの、

どうしてこうバンダイのプラモ=バンプラはゲートが多いんだと常々感じていたけど、よくもまぁこんな小っせぇパーツに、とうとう4ヶ所も付けるようになったかと、ただただウンザリ。

切り跡が目立ちにくいクサビ型ゲートは強度が低いから軽いショックで千切れやすい、ならゲートの数を増やせばいいという安直な発想が見え隠れします……が、右の〇形状のパーツに4ヶ所は謎すぎるだろ、クサビ型ゲートでもねーのによ。

個人的にクサビ型ゲートは苦手で、1度切り目の時点でゲートが折れる(orもげる)事がままあるじゃないですか。

そこでパーツ側に抉れができた時には瞬着等でこれを埋めなきゃならないという意味において、クサビ型ゲートはタッチゲートと紙一重と捉えています。

 

パッとランナーチェックをしてみたところ、4ヶ所もゲートがあるのはこれくらいですが、他は基本的に3ヶ所(2ヶ所で済ませるパーツがあったのは意外)。

そんなパーツが大量にあり、総じてメンド臭いキットだなという印象です。

そんなもんだから、頭を作って以降、手が進まない…。

 

って事で、後で半ベソをかかないよう、このキットを作る際のマイルールを考えてみました。

 ・ニッパーはフラット刃を使う

まぁ、これは暗黙の常識ですね。

左のはゲートカット用に使うフラット刃。

右のはランナーの切断を始め、力任せに使えるラウンド刃。これは100均で買った物なのでエッジがデカすぎますが(笑)。

ゲートを少し残して、あとはナイフで切ったりヤスリで均せばいいと思いがちですが、特にクサビ型ゲートは残したゲートが高すぎると処理する際に倒れて(抉れて)しまうため、2度切りどころか、ニッパーでチマチマ切って寸止めした後にペーパー掛けするようにしています。

フラット刃を使うのは必然的なクサビ型ゲート対策でもあるんです。

 

 ・ゲートカットの順番を考える

細いゲートを最後に残せば折れやすくもなるので、太くて安定したゲートを最後にカットするのも半常識レベルかな?

あれだけ大量にあるパーツを切り出すのに、いちいちゲート形状の確認をして切る順番を考えるのも手間が掛かりますね。

 

 ・作業は箱の上で

これは紛失の防止です。

囲いの中で、作業高度を低めに作業すれば、異空間に飛んで行ってしまう確率はだいぶ下がるはずです。

ゲートカットで飛ばしちゃうのは初心者、ゲート処理を含んだ整形の最中に飛ばしちゃうのは中級者以上じゃないかな?

どんな上級者でも、ここまで小さいパーツを弄ってりゃ吹っ飛ばしちゃう事は無きにしも非ずだと思います。オジサンの指のホールド力はあまりにも非力ですしね。

小さいパーツが摘まめないならピンセットがあるじゃん?という発想もあるけど、むしろこっちの方が飛ばしやすいし、飛距離も出てしまう(ピンセットよりは毛抜きの方がホールド力があると思う)。

完全に依存はできないものの、クレオスから出ている『Mr.ピンセット パーツホールド』はサポートアイテムとしては優秀な方だと思います。

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もう販売終了なのかなぁ、これは地味に便利アイテムなのでもっと生産して下さいな…。

 

…って事で、ジークアクス君の進捗はおそろしく遅くなりそうな予感。

フル塗装なんて地獄にダイブするつもりもなくはないけど、相当の覚悟が必要だし…。

あ、塗装と言えば、

ここ、どうやって塗るの?

こういうのをガンダムデカールで補完する発想に至らないのが、やっぱりガンプラ屋なんだよねぇ。

『聖闘士星矢 The Beginning』を観ました。

 

粗筋は劇場に観に行った際のものがあるので、こちらでは割愛。

 

俺ッチは実写版肯定派ですから余裕で好意的ですが、日本は漫画&アニメ教徒が群がる国ゆえ、もちろんのごとく評判が芳しくなかったようです。

…が、個人的に思うのは、理解度はさておき、『聖闘士星矢』という作品をよく見ている人が作ってるというのは想像できます。

ところどころで原作のエッセンスを抽出しているんですよね。

アテナを守ったのがサジタリアスの聖闘士である事を始め(ちなみに相手はカプリコーンの聖闘士)、万物は原子でできているとか、アテナは武器を嫌うとか、原作を知っていれば常識レベルの知識をさりげなく出すのが上手い。マリンが壊した石柱を元通りにするシーンも、ムウのサイコキネシスを思い出すし(これはこじつけかな)。

ストーリーや作劇に関しては、国民性(やイデオロギー)の違いがあるから日本人と同じ感覚の面白さは引き出せないだろうけど、世界レベルの万人が楽しめるように作られています。アメリカ映画はこういう所が本当に上手い。

原作は原作で面白いけど、これを翻案とした2次創作と割り切れる人ほど受け入れやすいんじゃないかな?

 

原作の星矢は”アテナの聖闘士”を自覚した上で、アテナ=沙織を守るために戦います。

本作の星矢も行動理念は同じですが、アテナ=シエナとのドラマは原作よりも遥かに多く、友情以上の感情(愛とはチト違うかな?)を抱くに至る流れをキチンと描いているのが好印象です。

聖闘士の義務として動いてるだけではないんですよ。

シエナの身の上を知り、同情し、力になりたいと思う。相手が異性なら、いっそうその思いも強まるしね(笑)。

原作の星矢とアテナの関係よりも親しみが持てるというか、我々と同じ人間味を感じられるのは実写版としての強みだと思うんだよ。

『~星矢』という作品にバトル要素ばかりを求める人にとっては、こういう要素が邪魔なんだろうけどね。お姉さん捜しとかも含めて。

 

本作の、その後の話がないのは周知の通りですが、個人的にはスゲー残念でね~。このスケールでどこまで行けるのか楽しみにしてたんだよ。

本作は1話として作られたようなもので、色々な歯車が噛み合えばシリーズ化を念頭に置いていたと思います。でもなきゃ、あれだけ問題が未解決のまま終わらすなんてあり得ないっしょ(笑)?

3人の青銅聖闘士を仲間にし、グラードの協力を得ながら聖域に訪れた危機を救うために戦う……なんてのを3部作でできないものかな~という期待は妄想で終わってしまいました……合掌。

 

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Blu-ray版の映像特典はメインキャストのインタビューやちょっとしたメイキング、未公開シーン等を収録しています。

ちなみに未公開シーンを見る限り、少年時代の星矢は姉と共に、少々感じの悪いオジサンの家に引き取られているようですが、その家がヨットハーバーにあるのが芸コマですね。アニメ版『~星矢』を意識しているのかな?

先にも綴っているように、近頃はこんなのとかこんなのを弄っていましてね。

そんなタイミングで『ダンボール戦機』が配信されているのを知ったんですよ。

プラモの製作意欲を上げるためにも、これを機に履修してみようかなと思った次第。難所にブチ当たって頓挫するまでが1セットでしょうが…。

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1日1話づつ見ているんですが、俺ッチあるあるとして、どうせ最後まで観終える前に配信終了しちゃうんだろうな…。

…といった懸念を綴ったら本当に終わりました……元祖も『~W』も『~WARS』も、そりゃもう根こそぎゴッソリと。

やっぱり配信(と配信元である青バンダイ)は……敵!

 

ミソラ中学に通うバンはホビー用ロボット=LBXに夢中。友達のカズやアミと共にLBXバトルに明け暮れる毎日を過ごしている。

ある日、バンは見知らぬ女性から小さなケースを貰い受ける。その中にはAX-00という、見た事もないLBXが入っていた。

バンは最新LBXのアーマーフレームを入手し、AX-00はアキレスとして生まれ変わる。アキレスの性能の高さに加え、類まれなる操作技術により勝利を続けるバン。

アキレスに隠された数多の秘密や陰謀を知らぬまま、バンは次々に現れる強敵と戦い続ける……といったお話。

要約すると、ラジコンのようなロボットで戦う少年たちを描いた話です。

 

同名のゲームが原作のようですが、いかにも平成の『コロコロコミック』的な、流行りモノのオモチャをフィーチャーした作品です。カードだのビー玉だのベーゴマだのといったようなね。

原作はプラモクラフトRPGとジャンルされているそうですから、まぁオモチャのジャンルとしてはプラモです。

『ダンボール戦機』のプラモ=ダンプラは原作もロクに知らないまま、試しにプラモを買ってみたら想像以上に出来が良かったので、安いタイミングを見計らって(笑)ちょいちょい買ったものです。

放送当時、ガッツリ本作にハマッていたら、今以上に積みが増えていただろうな…(笑)。

 

って事で、今回はゲームでもプラモでもない、映像作品としての『ダンボール戦機』に関する雑記です。

 

『ダン戦』は第2シリーズ『ダンボール戦機W』しか見ていなかったんですが、こうして1話から観てみると、けっこうシリアスムードが色濃い事に気付きます。

まず、ほとんどの衝撃を吸収する強化ダンボールの普及が初めにありきという世界観は意外でした。LBXが先に普及し、その危険性を抑えるために後追いで強化ダンボールが開発されたのかと思っていたのでね。

まだ5話しか観ていないながらも、LBXメーカーの陰謀が蠢いているだけでなく、そこから国家レベルにまで話を広げようとしているという風呂敷のデカさに驚きです。

アニメor実写を問わず、総理大臣をレギュラーキャラにするドラマなんてなかなかありませんしね。国会答弁のシーンなんて、どこのガキがついて来れるんだよと(笑)。

オモチャをフィーチャーした作品ながら、いい歳こいた人に見応えを与えようとしているのか、かなりスケールのデカい話になりそうな予感がします。

 

『~W』を見てた時に思ってた、場当たり的にLBXのバトルを余儀なくされる=与えられたミッションをこなしてばかりで、キャラの間に情の要素というかドラマが希薄な点に関しては、5話までの時点ではまだ未知数。

友人関係も、とりあえずLBXを同じ趣味とするだけで、それ以外の結び付きが皆無に等しいんですよ(笑)。

劇中で起きる全ての問題はLBXバトルで解決するなんて、あまりにもゲーム的で原作に忠実です。

逆を言えば、LBXで解決できる問題しか浮上しないドラマとも言えるんですよ。

 

…と、まさか本作に劇を求める奴がいたのかと失笑されそうですが、そんな多数の意見を言う人が思っているであろう通り、本作の見どころはLBXのバトルです。

アニメ調のCG=トゥーンレンダリングで描かれるLBXは作画崩壊を招く事は決してなく、こちらはいい意味でゲームっぽいビジュアルです。

デッサンが正確なだけには留まらず、動きも滑らかで、それが生み出すアクションも見応えがあります。

カメラワークやカット割りも含めて様々なアイデアに満ちた殺陣が素晴らしく、アクション監督でも雇っているのか?と思わせるくらい。動きが早すぎて見えにくいカットも多々あるけど、実に芸が細かいんですよね。

 

個人的に、Little Blue boXによる楽曲が好きなんですよ。

アニメ版ダン戦シリーズは3シリーズ、総計140話くらいあるようで、となれば昨今のアニメ事情としてOP&EDの楽曲が無駄にコロコロ変わるのは避けられませんが、必ずLittle Blue boXが担当しているだけでも好印象です。その名の通り(笑)、作品としっかりタッグを組んだ欠かせない存在です。

楽曲の方も、しっかり“主題歌”と呼べるもので元気感があるのが好きです。小学生くらいに向けた健全な歌詞もオジサンから見た王道のアニソンに思えます。スカした英語を抑え気味にしているのもいい。まぁ、当の小学生にはどこまで刺さってたかどうかは知りませんが…。

逆に、EDの貯金がどうこうという歌の方は苦手。

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今になって思い返すのは、ダンプラがゴマンとあるだけでなく、叩き売りすらされていた時代の何と懐かしい事よ。俺ッチが買ったのも500円くらいのばっかだし(笑)。

嗚呼、プラモ界隈が健全だったあの頃に戻りたい…!