「下山」のその先としての祝祭共働(5)
よく考えてみれば、「下山」が問題になるのは頂上を極めた者、すなわち競争に勝った者でしかない。そして、競争を問題にする者は競争に勝てそうな者、すなわち自分の能力に或る程度の自信がある者に限られる。例えば、過熱する受験競争からの「下山」を問題にすべきなのは、その頂点である東大を目指すに値する学力の持ち主だろう。三流大学にしか合格できない者に受験戦争からの「下山」を問題にする資格はない。実際、三流大学生が「東大を目指すのは馬鹿馬鹿しいからやめよう!」と主張しても誰も耳を傾けないと思われる。東大生が「東大を目指すことの無意味」を主張するからこそ意味がある。しかし、これは畢竟「下戸にはアル中の愚を糾弾する資格はない」という論理と同じではないか。下戸はアル中の本当の苦しみを知らない。アル中の愚を悟るべきはアル中本人なのだ。そして、アル中本人がその愚を悟らなければ、この世からアル中がなくなることはない。 受験競争も然り。アルコールの快楽を知らない者がアル中を問題にできないように、競争の快楽を知らない者は「下山」に究極的関心を抱くことはない。確かに、かつての禁酒法のようにアルコール摂取を全面的に禁止すれば、アル中は論理的には根絶されるに違いない。しかし、それが「アル中問題」の現実的かつ根源的解決だと言えるだろうか。少なくとも私は、競争の根絶が直ちに共生の実現に繋がるとは到底考えられない。
間奏曲:親の願いと「究極的関心」
私の故郷である岐阜県の多治見は新盆(7月盆)で、一昨日坊さんが棚経に来てくれた。ずっとコロナ禍で中止を余儀なくされていたが、三年振りの再開であった。それが機縁となったかどうかは定かでないが、一昨年の秋に九十六歳で他界した母の日記数冊と遺言状が出てきた。全く不思議なことがあるものだ。別に探したわけではない。ただ何となく、戸棚を開けたらそこにあった。母が話をしに来てくれたような気がした。
日記は平成八年と平成十五年のものだった。どうしてこの二冊だけなのか、他にもあるのか、全く見当もつかない。日記と言っても、その日にしたこと、あった出来事を三行ほどにメモしただけのものだ。ただ、平成八年は父が健在だったので、それなりに活気のあるメモが続いているのに対し、平成十五年は父の他界(平成十年)に加えて私が新しき村で生活していた頃なので、その日記のメモもどことなく独居生活の寂しい感じが漂っていた。そして、遺言状。きっちりと糊付された封筒の表にはボールペンで「遺言状」と記されていた。こんなものを母が書いていたなんて、全くの驚きだ。しかし、やや緊張して開封してみると、新聞の折込チラシの裏に私への感謝の思いが短く綴られた文書があったにすぎない。日付は平成十七年四月十日。ちなみに四月十日は私の誕生日だ。どうしてこの時、母は遺言状を書く気になったのか。平成十七年と言えば、母は八十代に入ったばかりで、すこぶる元気だった筈だ。母は九十近くになっても自転車を乗り回していたし、性格も社交的で友人も多かった。だからこそ私は母を独居老人にしても大丈夫だと思ったのだ。しかし、それはどうも私の勝手な思い込み、希望的推測にすぎなかったようだ。と言うのも、母の遺言状の最後には次のような一文があったからだ。「母は淋しく悲しい人生でした」
母は平成の終わる頃から認知症が目立つようになり、独居生活はもう無理だということで晩年は施設で暮らすことになった。それは実に苦しい決断だったが、私一人ではどうすることもできなかった。幸い、社交的な母はすぐに施設生活にも馴染み、楽しそうにしているように見えた。私も、コロナ禍になるまでは、できるだけ面会に行き、外で母と食事をしたり、一緒にドライブに行ったりした。そのたびに母は喜んでくれ、私も親孝行をしているという実感があった。しかし、違った。母はやはり淋しく悲しかったのだろう。もとより平成十七年に遺言状を書いたことなど母はすっかり忘れていただろうが、「淋しく悲しい人生でした」という思いは胸の奥底に残っていたに違いない。私は自分の親不孝を恥じる。
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さて、こんな私事を長々と書き綴ってきたのは、自分の「究極的関心」に少し揺らぎが生じているからだ。ティリッヒから「究極的関心」について学んで以来、私はずっと自分にとっての「究極的関心」について思耕してきた。それは今や「祝祭共働態の実現」というライフワークに結晶しつつあるが、そのこと自体に疑念はない。しかし、それを「究極的関心」とすることには揺らぎがある。自分の母に「淋しく悲しい人生でした」と思わせているのに、何が「究極的関心」だ!――そんな揺らぎだ。親の願い、子の願い、そして「究極的関心」の垂直性。これからは、この揺らぎと共に更に思耕を続けていくしかない。
「下山」のその先としての祝祭共働(4)
アーレントは「カント政治哲学講義」の第四講末尾で次のように述べている。
「Human species=Mankind=自然の一部=「歴史」への服従、つまり自然の計略への服従=「目的」の理念の下で、目的論的判断力の下で考察される。――『判断力批判』第二部。
Man=合理的存在者、人間が自分自身に与える実践理性の諸法則への服従、自律的。霊の国・英知的存在者の国へ属するところの目的自体――『実践理性批判』及び『純粋理性批判』。
Men=地上の被造物として、諸々の共同体の中に生き、常識・共通感覚・共同体感覚を賦与されている。すなわち自律的ではなく、思考のためにさえ相互の仲間を必要とする。――『判断力批判』第一部、美学的判断力。」
僭越ながら、私の「ヒト・人・人間」の区別はアーレントの「Mankind・Man・Men」の区別に準じている。ヒトは他のイキモノと同様に生存競争に駆り立てられる。しかし、人には単なる生存競争以上の生の次元が開かれる。例えば、被災地では生存するために一個のおにぎりを奪い合うのが自然(当然)な限界状況でも、人は一個のおにぎりを他者と分け合うことができる。ただし、そこに生存競争の自然とは異なる相互扶助の自然を見出すとしても、残念ながらそれは持続しない。何故か。人は生存競争とは質的に異なる競争に駆り立てられているからだ。それが「親の願い」から始まる承認欲求に基づく競争だと私は考えている。神話的に言えば、人の競争への意志はバベルの塔の建設に辿り着く。周知のように、古代の塔は神によって打ち壊されたが、バベルの塔はその後もずっと再建が試み続けられ、今や人新世の頂上を極めようとしているのではないか。この現代の塔は再び神によって打ち壊されるべきか。たといそうだとしても、我々には未だ「人間の次元」を切り拓くという仕事が残されている。
「下山」のその先としての祝祭共働(3)
「親の願い」に忠実であることへの反抗について。余談ながら、最愛の我が子トビオを交通事故で喪った天馬博士は、トビオの似姿のアトムをつくった。天馬博士とアトムに親子関係を認めるならば、天馬博士の「親の願い」は「トビオの再生」であった。しかし、アトムはトビオの似姿であってもトビオそのものではない。当然、そこにはズレが生じてきて、そのズレに絶望した天馬博士はアトムを棄てる。周知のように、捨て子となったアトムはその後、お茶の水博士を新たな父として「人間のために生きるヒーロー」となる。そこにはロボット法が大きく影響しているが、ロボットであるアトムが「人間の願い」に忠実であることは言うまでもない。ただし、問題は人間の中には悪人もいるという現実だ。アトムは「悪人の願い」にも忠実であるべきか。そこにアトムの苦悩があり、鉄人28号との決定的な差異がある。その差異において、アトムは限りなく人間に近い存在だと言えるが、もし人間の親子関係が単なる創造主と被造物の関係を超えるものであるならば、アトムの苦悩は全ての子 の苦悩でもあるだろう。たとい悪人でも、「親の願い」に忠実に生きることは子を幸福にするか。そんなことに悩んでいるうちに子もやがて親になり、「親の願い」を抱くようになる。茶番だ。そもそも「親の願い」とは何か。
「下山」のその先としての祝祭共働(2)
子は親に褒められたくて頑張る。「よく頑張ったな。偉いぞ」という親の一言のために子は競争に励む。親に対する子の承認欲求が競争の原動力だ。勿論、子はいつまでも「親の願い」に支配されているわけではない。親に褒められたいという幼児期の思いは生涯潜在するにせよ、承認欲求は親から学校の先生、友人知人、先輩、会社の上司、世間一般へと広がっていく。しかし、親が立派な存在とは限らないし、「親の願い」が理不尽な場合もある。それに、親が立派な存在であればあるほど、その願いに適う存在になれなかった子の絶望は深い。例えば、「自分のような名医になって欲しい」という「親の願い」に対して、医学部にさえ入れぬ子はどう生きるか。絶望して自棄になって、あらゆる競争からドロップアウトして、裏社会に転落するか。しかし、 裏社会にも表社会とは異なる競争があるに違いない。人生は競争、競争、競争!そこで競争から逃れられない人生を見限るのも一つの選択だが、果たして「競争からの逃走」は不可能なのか。おそらく、身心共に健康な人ならば、「親の期待する医者にはなれなかったが、自分の能力に相応しい者になろう」と思い直して人生の方向転換を試みるだろう。そこには未だ医者とは別の競争への可能性が残されているものの、一応「競争から共生への転換」と見做すこともできる。実際、競争に明け暮れる人生に疲れ果てた人は共生に生きる最後の希望を見出す。しかし、そのように求められた共生は競争から本当に逃げ切れるのか。
「下山」のその先としての祝祭共働
「下山」とは要するに競争の放棄だ。人は幼い頃から競争を強いられている。しかし、誰が競争を強いるのか。親の存在は無視できないが、教育バカな親でない限り、お稽古事やお受験で我が子に苛烈な競争を強いることはないだろう。少なくとも私の親はそれほど教育熱心ではなかったが、私は自然に「親に褒められるような子」になりたいと思っていた。ここで問題にな るのは「親はどんな子を褒めるのか」ということだ。それは「親の願い」と言ってもいい。星一徹は我が子・飛雄馬に「巨人の星」になることを願ったが、飛雄馬は基本的にその願いに忠実でありながら常に反撥もしてきた。そのディレンマが顕著になるのはオズマに「お前は野球ロボットだ」と指摘された時だ。それ以後、飛雄馬の闘いは「親の願い」を満たすための競争から「親の存在」を乗り越えるための一徹との競争へと転換した。尤も、こうした一徹と飛雄馬の親子関係は特異なものかもしれないが、子は常に「親の願い」を意識して競争に駆り立てられるのではないか。競争はあらゆるイキモノの本能とも言えるが、人には単なる生存競争以上の何かがあるような気がしてならない。深く考えれば、エディプスコンプレックスだのエレクトラコンプレックスだのという複雑な様相を呈するが、取り敢えず「親からの承認」(親に認められたい!)を求める競争は不可避だと思われる。「親の願い」に忠実であるにせよ、反撥するにせよ、ドラマはそこから始まる。
補足:祝祭共働と下山思想(4)
さて、私は「近代の超克」と「ゾーエーとビオス」という二つの問題点から鈴木氏の「下山思想」について思耕してきたが、これは決して批判ではない。近代的世界観としてのパラダイスが破滅的な限界に達しているのは明らかであり、そこからの「下山」が悪い道理がない。むしろ、僭越ながら私も鈴木氏の遺志を継いで「下山」運動に取り組みたいと思っている。しかし、それは人間の究極的理想を実現する運動の往相にとどまる。尤も、パラダイスにおける経済的幸福の頂上を極めるのが往相で、そこからアルカディアへの「下山」が還相だと考えることもできる。すなわち、アルカディアとパラダイスの往還で世界観の円環は閉じる、ということだ。これは「人間第一!」ではなく「地球第一!」を標榜するディープ・エコロジーの世界観でもあるが、私はこれを以て人間の世界観の円環が閉じるとは思えない。いや、円環はひとたび閉じるとしても、それは更に垂直的次元へと展開していく。そこに人間の「新しきドラマ」が螺旋的に織り出される。それこそが「下山」の後に要請される「祝祭共働のドラマ」であるが、このような抽象的な言葉では全く理解されないに違いない。おそらく、「下山」後のドラマなど所詮「人間第一主義」の復活にすぎないと思われるだろう。それは全くの誤解だが、今それについて弁明する余裕はない。ただ、「下山」が破滅に直面する現代社会に生きる我々の喫緊の課題であるとしても、我々の運動は「その先」を見据えなければならない――そう思うだけだ。「その先」に何があるか。アルカディアとパラダイスの相克、それが「近代の超克」の根源的問題であるならば、「その先」にはユートピアの次元がある。この「ある」にはハイデガー流に×印をつけたいところだが、その「どこにもない場」に「下山」後の祝祭共働のドラマが展開する。それは一体、如何なるドラマか。
補足:祝祭共働と下山思想(3)
一、ゾーエーとビオス
鈴木氏は、「ビオスとは一回きりの個体の命。ゾーエーとは親から子へとずっと受け継がれていく命」という生物学者・本川達雄氏の区別に基づいて、「ゾーエーという概念は、自分がその一員である生物種のいわば命のリレー的連続性を指すことばであり、ビオスとは長い命の鎖の一つの環に過ぎない」と述べている。要するに、ビオスが自我中心の個的生命であるのに対し、ゾーエーはそうした個的生命の根源であるイキモノ全体の生命ということだ。こうした区別に即して、ビオス中心の近代的世界観からゾーエー中心の世界観への「下山」が主張されるわけだが、私には違和感がある。と言うのも、松本氏も追記で言及されているが、私はゾーエーとビオスの区別をアーレントやアガンベンから学んだからだ。アガンベンによれば、ゾーエーが生物・動物として生きている剥き出しの生であるのに対し、ビオスは社会的政治的生を意味し、ポリス(公的領域)を担う市民の活動が重視される。従って、この区別に基づけば、近代的世界はゾーエーの充足のみにうつつを抜かし、ビオスの領域を忘れ去った大衆社会ということになる。もとより古典ギリシア語に通じていない私にゾーエーとビオスの区別について論じる能力はないが、もしゾーエー優位の世界観に生きるならば、例えばウクライナの人たちは「正義の戦争」よりもロシアへの降伏による「不正義の平和」を選んだのではないか。ビオスとはウクライナの正義、ウクライナ人であることの誇りが問題にされる領域であり、それは「生命尊重以上の価値」が生まれる場でもある。勿論、徒にイノチ(ゾーエー)を粗末にするべきではないが、キルケゴールの言葉を借りれば、人には「そのために生きかつ死ぬことができるような主体的真理」が必要不可欠だと思われる。そして、その実存的必要がアルカディアを失楽園と化し、同時にパラダイスへの移行を促すことになる。「殺されても死なないもの」とは実篤の言葉だが、たといイノチ(ゾーエー)が危機に瀕することになっても、人には「イノチを賭けてなさねばならぬこと」がある。それがビオスだ。正に今、ウクライナの人たちはイノチ(ゾーエー)を賭けてウクライナの正義という理想(ビオス)を貫こうとしている。鈴木氏のように、「個的生命としてのビオスが滅んでも、根源的(普遍的)イノチとしてのゾーエーは永久に続く」と考えることもできるが、私はあくまでもビオスにおける理想実現を目指したい。ゾーエー優位のアルカディアか、ビオス優位のパラダイスか――この相克はアルカディアへの「下山」だけでは終わらない。
補足:祝祭共働と下山思想(2)
一、近代の超克と「下山」
近代的世界観が行き詰っていることは誰の目にも明らかだ。それ故、すでに戦中から「近代の超克」として問題にされてきた。鄙見によれば、それは敗戦と共に葬り去られるべきものではなく、未完のプロジェクトとして今も続いている問題だ。更に言えば、私にとって、それは「アルカディアとパラダイスの相克」に収斂する。ここで両者を簡単に整理すれば、次のようになる。
アルカディア 自然楽園。アニミズム的世界観。共生原理。自然に即した生活に幸福を見出す。
パラダイス 人工楽園。理性主義的世界観。競争原理。果てなき欲望の充足に幸福を見出す。
言うまでもなく、近代的世界観はパラダイスの頂上を極めようとする。しかし、パラダイスは競争原理に基づいているので、全ての人が頂上を極めることは原理的にあり得ない。経済格差は必至であり、頂上の幸福を享受できるのはほんの一握りの勝ち組でしかない。尤も、パラダイスの幸福は頂上だけにあるのではなく、中腹にも麓にもある。このように格差を甘受した上で、それぞれの身の丈に合ったパラダイスを享受することは可能だろう。正に現代社会はそのような「格差パラダイス」の様相を呈している。今後、その格差が更に絶望的に広がり、どん底の人々が「窮鼠猫を嚙む」状況に追い込まれない限り、パラダイスは曲りなりにもこのまま続くに違いない。ただし、パラダイスによる環境破壊の危機感が募れば、窮民革命のスピードは増すかもしれない。その意味において、鈴木氏他の「下山」のイメージはパラダイス批判には極めて有効だと思われる。少なくとも、「下山」が近代を超克する一つの可能性であることは間違いない。そして、それはアルカディアへと回帰する可能性でもある。
しかし、「下山」=アルカディアへの回帰で「近代の超克」は真に成就するだろうか。そもそも人類の歴史はアルカディアからパラダイスへと「発展」してきたのであり、その過程を全否定してアルカディアに回帰したところで、結局、同じ歴史を繰り返すことにならないか。鈴木氏は決して禁欲主義者ではないとのことだが、「下山」の思想は結果的に人をアルカディアに無理矢理縛り付けてしまう危険性を免れない。その点をゾーエーとビオスの対比に即して考えてみたい。
補足:祝祭共働と下山思想(1)
今後も、おそらく死を迎えるまで、私は祝祭共働の次元を切り拓く可能性を求め続ける。そのことに一片の迷いもない。しかし、その拠点を引き続き「新しき村」に見定めていくかどうかはわからない。それは偏に私が「新しき村」に込めている「人間の究極的理想」にどれだけの人が共鳴してくれるかに依るだろう。誰も共鳴してくれなければ、私は独りよがりの理想を求め続けた一人のバカとして朽ち果てていくだけのことだ。それでもいいと覚悟は決めているが、そう腹を括る前に、できるだけのことは全てしておきたいと思う。そこで取り敢えず、最近拝読した松本輝夫著『言語学者、鈴木孝夫が我らに遺せしこと』に即して、「新しき村」を拠点とする意味について数回に分けて思耕を試みる。それは祝祭共働と下山思想の差異についての思耕に他ならない。
祝祭共働と下山思想
人新世の破滅的現状において、心ある人は「このままでは駄目だ!」と叫んでいる。その偉大な先駆者が言語学者の鈴木孝夫氏であった。鈴木氏によれば、その元凶は西欧型・断絶型世界観であり、それはルネサンスや産業革命以来、人類社会全体を大きく発展させてきた近代的世界観でもある。確かに、この世界観は経済的に豊かな生活を人々にもたらした。しかし、その反面、人間中心の経済第一主義は深刻な環境破壊をもたらし、近代以降の繁栄も致命的ピークに達している。このまま従来通りの経済的発展を続ければ、間違いなく人類は破滅する。いや、人類だけではない。地球そのものが破滅してしまうだろう。このような地球規模の危機に直面して、鈴木氏は世界を人間の目だけで見るのをやめる「地救(球)原理」を提唱する。この原理に松本氏は「世界の映像を裏返さないかぎり永久に現実を裏返すことはできない。イメージから先に変れ!」という谷川雁の言葉を反響させているが、近代的世界をめぐるイメージのラディカルな変革こそが要請されている。それが「下山」のイメージだ。「人類が経済的繁栄という幸福の頂上を極める」というのが近代主義のイメージだとすれば、その頂上からの「下山」が破滅的現実を裏返すイメージということになる。こうした「下山」のイメージは五木寛之氏も共有しているとのことだが、問題は「下山」の後にあると私は考えている。松本氏によれば、五木氏には「下山」して出発点に戻った後に次の山頂を目指すという発想があるそうだが、鈴木氏にそのような発想はない。「次の山頂を目指す」などいう能天気な発想は論外としても、「下山」それ自体が現代に生きる我々の唯一の活路なのか。もしそうなら、私には少々異論がある。率直に言って、「下山」というイメージは中途半端だと思わざるを得ない。その点について、「近代の超克」との関連で私なりに考えてみたい。