TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -28ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

2007年の秋か冬か。。。

 

そのくらいには、私はまた、

仕事を始めていた。

 

 

お金のことは、その頃はもうだいぶ

落ち着いてきていたけど。

 

もう、年金暮らしの親と一緒に

ずっと家にいるのは、、、

 

なんだか息が詰まり。。。

 

これだったら、外で働いているほうが、

気が楽だ。。。と。

 

そう思っていた。。。

 

 

私は本当は、家にこもって、

ひとりで自由に、黙々と家事をしていることが

好きなのに。。。

 

最初は、夫の両親と同居で、自由にならず。

 

親と同居していない時は、小さな子供たちの世話で、

ゆっくり楽しみながら家事なんてする暇もなく。

 

やっと子供たちが落ち着いてきたと思ったら、

今度は、自分の親と同居でまた自由にならず。

 

だからずっと。

 

「好きにひとりで家事をしたい!!!!」

 

・・・っていうのが、実は夢だったかもしれないな(笑)

 

 

でも。。。

 

もし、その夢が早々に叶っていたとしたら、、、

私はきっと、家に引きこもっていただろうから。

 

いろんな人との出会いもなかっただろうし。

人だけではなく、カバラとかOSHOとかチベットとか。

 

そういう出会いもまた、

なかっただろうと思うと。

 

 

なんだか人生。

いろいろと、完璧に出来ているなと。

 

そんな風に思う。。。

 

 

*******

 

 

また働き始めた場所というのが、

以前働いていたコーヒーショップと同じお店で。

 

同じ。。。と言っても、それはチェーン店だったので、

お店の場所は以前とは違うところだったけど、

仕事内容は、まったく同じだった。

 

 

とにかくお金を。。。

 

・・・で選んだテレフォン・アポインターの仕事は、

神経がすり減ったので、そういう仕事はもう、

やりたくなかった。

 

 

とにかくその頃は、、、

働きに行く理由は、「お金」ではなくなっていた。

 

 

両親と一緒だと息が詰まる云々は、

ただの「キッカケ」に過ぎず。。。

 

そこには本当は、もっと違う理由があった。。。

 

 

*******

 

 

テレフォン・アポインターの仕事を

やっていた頃はもうすでに、、、

 

スピリチュアルなことに、いろいろと興味を

持っていたりしたけど。。。

 

あの当時ですら、自分の中では、

「分裂」が起こっていて。。。

 

世界がふたつに分かれていた。。。

 

 

「聖なる世界」と「俗なる世界」

 

・・・とでも言えばいいのか。

 

 

自分が今、働いている場所が、まるで、

「異界」のように感じてしまうほどで。。。

 

私が本当の私でいられるのは、、、

「聖なる世界」。。。

 

つまり、スピ的な場のほうだ。と。

 

そんな風に思うようになってしまっていた。

 

 

そういう気持ちは、スピリチュアルなことを

知れば知るほど、強くなってもいき。。。

 

なんというか、それまではずっと

普通に関わってきていたはずの現実世界が、、、

妙に、汚れているように見えるように

なっていった。。。

 

 

これも。

 

今にして思えば、ひとつの「落とし穴」

だったのだけど。

 

あの頃はそんなこと。

気づきもしなかった。

 

 

*******

 

 

以前、暦の彼が開いた瞑想会で出会った

ヒーラーの人達に。

 

「あなたは、ヒーラーになったほうがいい。

ヒーラーに向いている」

 

・・・と言われたことがきっと。

心のどこかに、ひっかかっていたのだと思う。。。

 

 

また、マントラ子守唄の会で歌った時、、、

チェロを弾いてくれた女性がいたのだけど。

 

音楽の彼が、その彼女のことを

私に紹介する際に。。。

 

「彼女は、ヒーラーです。

だから、Lyricaさんと気が合うと思いますよ」

 

・・・と言って。

 

 

その言葉が、私には意外で。。。

でも、意外だったから逆に、印象に残った。。。

 

 

私自身は、自分はヒーラーからは

程遠い人だと思っていたけど。

 

でも、周りの人からは、、、

そういう風に見えるのか。。。

 

 

・・・と、だんだんと気にするようになり。。。

 

 

それ以外にも、意図せず、リリー夫妻から

いろいろなヒーリング・メソッドを学ぶことにも

なったりしたことで。

 

私の中で少しずつ、、、

「ヒーラー」というものに、光が当たり始めていった。

 

 

*******

 

 

けれども、私は当時から、、、

そして多分、今も。。。

 

ヒーリングに限らず、何かスピリチュアル的なことを

「仕事」にして、お金をもらう。。。

 

・・・ということに対しては、ものすごく

拒絶反応を起こすほうだったし。。。

 

「私、ヒーラーやってます」

 

・・・なんて、軽く名乗ってしまうことに対しても、

ものすごい嫌悪感を持っていた。

 

 

私にはそういうことが全部。。。

「エゴイズム」に見えたから。。。

 

 

すごく、傲慢なことに見えたから。。。

 

 

私のこういう思いはおそらく、、、

ミッション・スクール時代の経験に根付いてる。。。

 

 

あの頃、周りの大人たちはみんな、、、

 

「奉仕、奉仕」「他者のため、神のため」

 

・・・とよく言っていたけど。。。

 

子供の私には、そういうのが全部、

「偽善」に見えていた。。。

 

 

奉仕。。。とか言いながら、結局は自分の

ために何かをやっているように見える大人たちの、

そういう在り方を眺めながら。。。

 

 

私達「人間」は、、、

 

本当に心の底から、他人や神のために

自分を犠牲にする。。。

 

なんてことは、出来ないに決まってる。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

そして、出来ないことが悪いことではないし、

だからこそ、人間なのに。。。

 

どうして大人たちは、自分に嘘をつくのだろう。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

私自身は、そんな自分に嘘をついてまで、

無理をしてまで、「美しいこと」はしたくない。。。と。

 

ずっと、そう思ってきていた。

 

 

でも。

 

自分が子供を生み、母になった時、、、

「そういう気持ち」が、まったく無理することなく、

自分の中から自然と湧いてくることを経験し。。。

 

感動した。。。

 

 

「人間でも出来るんだ」

 

・・・と、そこに、「可能性」を感じたの。。。

 

 

そして、こういう「愛」を。。。

自分の子供達だけでなく、この世にいる

すべての人に対しても感じることができたら。。。

 

それは、なんて幸せなことなんだろう。。。と。

 

そう思うようになった。。。

 

 

でもそれは、、、

とんでもなく、難しいことでもあった。。。

 

 

それは。。。

 

「すべてである私」の視点からは、

ものすごく簡単なこと。

 

 

でも。

 

「自我」にとっては、、、

ものすごく難しいこと。。。

 

 

 

以前、お話会で会ったリンポチェは、、、

 

「初めは演技でもいい」

 

・・・と、そう言っていたけど。。。

 

 

自分の子供に対して感じる、、、

「本物の愛」の感覚を実感しているがゆえに。。。

 

「演技」では、自分が満足できなかった。。。

 

 

でも、そうなれたらいい。。。と。

 

いつも、願うようにはなっていた。。。

 

 

もし、私のそういう「願い」が。。。

 

私のどこかから滲みだしていて、それが

周りの人に、「ヒーラー」を感じさせていたのであれば。。。

 

ヒーラーというものは、私にとって、、、

ひとつの「可能性」だ。。。と。

 

 

そんな風に思うようになっていった。。。

 

 

*******

 

 

でも。。。

 

そういう「愛」を、自分が。。。

 

つまり、私の「自我」が、本当に

体現できていないうちから。

 

自分はヒーラーですと名乗るなんて。

 

なんて、おこがましいことなんだ!!

 

・・・って。

 

そう思った。。。

 

 

 

だから私は、、、

 

「俗世」という名の「修行場」で。

ヒーラー修行をしようと、あの時思ったの。。。

 

 

スピ的な場ではなく。。。

 

弟のように、「スピリチュアル?何それ?」

・・・みたいな人達がたくさんいる場で。

 

愛だの、魂だの、エネルギーだの。

そういう言葉なんか一切使わず。

 

ましてや、ヒーリング・テクニックなども

まったく使わずに。

 

ただ、普通に世間話をしているだけで、、、

ただ、私が私でいるだけで。

 

周りにいる人が自然と癒されて、

元気になる。。。みたいな。

 

そういう人になりたい。。。と。。。

 

 

そういう人になるために、、、

「こっそりヒーラー」の修行をする。。。

 

 

そういう目的を持って。

 

私はその、コーヒーショップで

働くことにしたのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

記憶の整理を進める前に。。。

 

ちょっとだけ、「言葉の定義」を。

 

 

私の中では。。。

 

自我=今の自分

 

真我=魂としての自分

 

・・・で書いていた。

 

 

でも、仏教とかインド哲学みたいな、

東洋系の教えでは、「真我」ってどうやら、

「すべてである私」を定義する言葉として

使っているみたいなことを。

 

今更、思い出した。

 

 

カバラで生命の木を勉強した時は、、、

 

「ティフェレット」は、魂であり、真我であり、

ハイアーセルフであり。

 

みたいに習ったので、私もずっと、

真我は魂と同意語として見てきたけど。

 

 

これはきっと。

 

西洋の伝統の中に、東洋の伝統を

ミックスさせようとした時に起こった、

勘違いなのかもね。

 

 

だって、西洋ではずっと、そこに。

 

「神」

 

・・・を頂いたうえで、物を考えてきたから。

 

 

だから、生命の木でも、

一番上の「ケテル」には、

「神」が当てはめられているけれども。

 

 

東洋的な物の見方をしたら、

その「神」が、「真我」になるわけで。

 

 

 

私はどちらかと言うと。。。

西洋のものに触れることが多かったので。

 

真我=魂

 

・・・という「言葉の定義」に、

自然と流されていったみたい。

 

 

でも本当は。。。

 

こんなことは、言葉だけ理解したところで、

あんまり意味はないのだけどね。

 

 

でも、それでも。。。

 

ああいう言葉を使ってしまった以上は、

いちお、用語解説をしておかないと、

混乱のもとになってしまうだろうな。。。と。

 

 

あぁ。。。

本当に、めんどくさいよね。。。(苦笑)

 

言葉って。。。

2007年と言えば。。。

夏ごろに、私にとってはけっこう

大きな出来事があった。。。

 

 

それは。

当時のブログ仲間の人が教えてくれた

番組を、何気なく観ていた時のこと。。。

 

 

********

 

 

ブッダという人

 

 

 先日、サラぴょんに教えていただいたNHKの番組    

 

「五木寛之 仏教の旅」  

 

初日のインドの旅を観ていたら、今まであった私の中の

ブッダのイメージがだいぶ変わりました。。。  

 

 

今まで、ブッダという人は哲学者。。。

そして、厳しい人。。。

 

というイメージがあったのだけれど。。。  

 

大バリニッバーナ経に出てくる仏陀のお話を聞いていたら。。。  

 

やっぱり、愛の人だったんだなぁ。。。と。。。  

 

 

「この世は苦しみで満ちている」  

 

 

ブッダはそういう風に言っていたけれど、

本当に悟った人がなぜそんな風にいうのかなぁ。。。って、

思っていたところがありました。。。  

 

 

でも、死を目前にしたある日。。。

彼はこう言ったと。。。   

 

 

アーナンダよ   

 

王舎城は楽しい   

鷲の峰という山は楽しい   

マンゴー樹園は楽しい   

 

アーナンダよ   

 

樹々は美しい   

この世は美しい   

人の命は甘美である  

 

 

もう。。。涙が止まらなくなりました。。。  

 

 

弟子達は、彼のこの言葉を聞いて

びっくりしたそうですが。。。  

 

でも。。。 

 

「この世は苦しみで満ちている」と、

あえて言い続けたブッダの心を思うと。。。  

 

 

*******

 

 

私はこの番組を観て、、、

すぐにこの本を買って読んだ。。。

 

 

 

 

 

 

この本の内容は。。。

今は、ほとんど忘れてしまっているのだけど(苦笑)

 

ブッダが死の直前に突然旅をはじめ。。。

 

その旅の中で、弟子たちに語ったあれこれについての

お経だったのだと思う。。。

 

 

 

あのブッダが、死の直前。。。

 

「この世は美しい」

 

・・・と言っていたと聞いた時、私は。。。

 

 

「あぁ、ブッダもやっぱり。。。

本当に観た人だったのだなぁ」

 

 

・・・と、そう思って、感動して泣いた。。。

 

 

自分の中のブッダのイメージが、

ガラッと変わった。。。

 

 

それまでは、ブッダのことは。

実は、いろいろひっかかるところがあり。

 

 

「インドのワガママで気難しい王子様」

 

 

そうやって。

なんだかんだ言って、エゴだらけに

見えていた人の説いた話って。。。

 

どうなんだろう?

 

・・・なんて思ったりもしていたのだけどね(苦笑)

 

 

ブッダのこの言葉を聞いた時、、、

そういう気持ちは、一気に消し飛んだ。。。

 

 

ただ。。。

あとから、この言葉をブッダは本当に

言ったのかどうかは怪しい。。。

 

・・・みたいに言っている人もいることを知り。

ちょっと、興ざめしたりもして(苦笑)

 

 

結局、、、

今となっては、本当のところなんかは、

絶対に解らないわけなのだけど。。。

 

 

でも、もし本当に。。。

ブッダが死の間際にそういうことを弟子に

言ったのだとしたら。。。

 

「やっと本音が言えてよかったね。。。」

 

・・・と。

 

 

ブッダの肩の荷が下りたのを感じたような。。。

 

そんな、嬉しい気持ちになった。。。

 

 

*******

 

 

その年は、クリスマスの頃に、、、

あのホピの彼女と会っている。

 

 

久しぶりに会った彼女は、たしかあの時、、、

これからタロットを学び始める。。。みたいな。

 

そんな話をしていたのだったような気がする。。。

 

 

当時のスピ界では「2012年」のことが

あっちでもこっちでも話題にあがり。

 

だからみんな、イヤでもその年のことを

意識してしまうような流れの中。。。

 

 

「2012年は、一緒にいられたらいいね」

 

 

・・・と、私たちはよく、、、

そんな風に言っていたのを覚えている。

 

 

 

今まで、いろんな人と出会ってきて。。。

 

どんな人とでもきっと、、、

何かしらの「縁」があるからこそ、

出会ったのだろうけれども。。。

 

そんな中、なぜだか解らないけれども、

そこに何か、強烈な縁を感じさせられた人もいて。

 

そしてそういう人は、、、

そこまでたくさんいたわけではない。。。

 

 

目に見えない磁力。。。

 

 

ホピの彼女からも、なぜか。

そういうのを感じたような気がしてね。。。

 

 

そういう「縁」を感じる人とは、、、

 

いつもいつも密着していたり。

長い間、ずっとそばにいたわけでもなく。

 

ほとんど疎遠に近いような関係に

なったとしても。。。

 

 

でも。

なぜかずっと、どこかで繋がりを

感じているような。。。

 

そんな、不思議な感覚にさせられる。。。

 

 

 

ホピの彼女とは、あのクリスマスの頃に。。。

 

「また、会おうね」

 

・・・とハグして別れたっきり。。。

 

 

完全に、別々の道を歩き始めた。

 

 

2012年に、再び会う日まで。

 

 

*******

 

 

思えば。。。

 

あの日、ホピの彼女と会ったのを境に、、、

私の周りも、いろいろと変わっていったような

気がしないでもない。。。

 

 

ただ。

「変化」というのは、ある日突然変わるものではなく、

「モーフィング」のように、少しずつ、少しずつ

変わっていくものだと思っているので。。。

 

 

だから、それ以前にももう。

波は起こっていたのだろうけれども。。。

 

 

今の私には、あの頃の流れは、、、

 

「男性性から女性性への変化」

 

・・・のように見えていて。。。

 

 

カバラと出会うことによって、

自分の魂の目的がハッキリ見えた。。。

 

・・・というところまでは、どちらかというと、

自分の中の、「男性性」を活性化させられるような

流れが続いてきていたような感じで。

 

 

でも、「目的」にフォーカスしてからは、、、

今度は、「女性性」を活性化させられるような、

そんな流れが起こっていったような気がする。。。

 

 

そして。

その流れが本格化してきたのは、、、

2008年に入ってからだと思う。。。

 

 

*******

 

 

つづく

チベットには、「ゾクチェン」と呼ばれる教えがあって、

それはもともとは、チベットに古くからあった宗教、

「ボン教」によって伝えられてきた教えなのだそうだ。。。

 

 

チベットではその、土着の「ゾクチェン」を、

当時の外来の新興宗教であった仏教に

取り入れて継承してきたようで。。。

 

だからだと思うけど、チベット仏教には、

一種独特な匂いがあるように感じる。。。

 

 

これと似たようなのが、アイルランドの

キリスト教で。。。

 

アイルランドにカトリックのキリスト教を広めた

宣教師である聖パトリックは。。。

 

かつて、少年時代に奴隷としてアイルランドで

何年も過ごしたことがあり。

 

そこで、その地に根付く土着の信仰だったドルイド教や、

それを、心の支えにしていた奴隷仲間の人達の思いに

直に触れるような経験をしたことから、、、

 

パトリックは、その土着の信仰を完全に

消し去ってしまうことが出来ず。。。

 

ドルイド教とカトリックの教えをうまく融合させて、

伝えていったのだそうだ。。。

 

そのせいか、アイルランドのキリスト教もまた、

一種独特な匂いを纏うことになった。。。

 

 

ケルトが大好きで、聖書にも何かと

縁のあった私としては。。。

 

あの美しい『ケルズの書』は、、、

眺めるだけで、倒れそうになる(笑)

 

 

そこにもともとあった古いものを壊したり奪ったりして、

新しく自分たちの形でそこを覆いつくそうとした

「ローマ型」のキリスト教の布教の在り方としては、

アイルランドのこのケースは、とてもレアな

形だったなぁ。。。と。。。

 

 

そこに、、、

「貴重さ」を感じたりしたものだ。。。

 

 

 

仏教もまた、、、

いろんな地で、静かに根を下ろしていったけど。。。

 

ローマ型キリスト教ほど、

「我」が強くなかったせいか。

 

それが伝わっていった場所によって、、、

育ち方にも多少違いが生まれて。

 

だから、その「匂い」も微妙に、、、

違うものになっていったような感じがして。

 

 

私は、日本の仏教にはあまり心惹かれる

ことはなかったのだけど。。。

 

チベットの仏教にはなぜか。。。

ものすごく惹かれたものだった。。。

 

 

********

 

 

話がだいぶ逸れてしまったけど、、、

 

 

そんなゾクチェンの教えによると、

その修行を完成させた人は、死んだあと、

肉体が、虹の光となって消えていくのだそうで。

 

それが、「虹の身体」と呼ばれているもので、

修行の完成の証にもなるようなのだけど。。。

 

 

それが出来るようになったとしても、、、

それでも、「輪廻の輪」から外れることが

出来ないというのであるのならば。。。

 

 

本当に大事なことは。。。

やっぱり、そこではないのだな。。。と。

 

 

私はあの時、、、

確信した。。。

 

 

パーティーの時の、、、

チベット僧の言葉と、あの表情から。。。

 

 

********

 

 

2006年から2007年にかけてあたりは、、、

そうやって、様々な出会いやイベントが

たくさん続いた。。。

 

 

暦の会は、結局、3回くらい行っただけで、

その後はもう、行かなくなってしまったけど。

 

あの場に参加したことで、私が本当に得たものは、

松本ひろみ先生との出会い。。。

 

つまりは、シモン・ハレヴィさんの伝える

 

「ユダヤの伝統の中で培われてきたカバラ」

 

・・・との出会いだった。。。と。

 

 

あとになって思った。。。

 

 

そうして出会ったカバラによって、

私はそこから、自分の「自我」について、

真面目に考えるようになっていったのだから。。。

 

 

あの頃に私は、やっと。。。

 

「美を出現させる」

 

・・・という、自分の中にあった魂の目的を、

意識的に自覚するようになったのだと思う。。。

 

 

当時もすでに、なんとなく解っていたことは。

 

今までずっと放置してきた自分の自我のことを、

まず、ちゃんと理解したら。。。

 

その次にやることはきっと。。。

その「自我としての意識」を、「魂の意識」にまで

昇華させることだ。。。

 

・・・ということで。

 

 

それが完成した時。。。

 

私の中に、「美」が。。。

 

魂の美しさが出現するのだろうと。。。

 

そんな風に思った。

 

 

 

もちろん、「生命の木」は、「個人」のことから、

「全体」のことに至るまでの。。。

 

顕現した世界のすべてのことに

当てはまるシステムだから。

 

「美を出現させること」の意味が、それひとつ

ではないことも解っていたけど。。。

 

 

マザー・テレサが。。。

 

「ひとりひとりが、自分の玄関の前を

掃除するだけで、全世界が綺麗になるでしょう」

 

・・・と言っていたように。

 

 

まずは、自分が「美」を体現できるように

ならなければ。

 

何も始まらない。。。と。

 

 

そんな風に思った。。。

 

 

********

 

 

そこらへんが、自分の中でだんだんと

クリアになってきたとき。。。

 

ハッ!!!と、気づいたことがあった。。。

 

 

レイオルトが、最後に残していった言葉。。。

 

 

「必要なことは統合」

 

 

・・・というあの言葉の意味が、、、

はっきりと見えたような気がした。。。

 

 

 

「あなたは誰?」と、何度訊ねても。

 

レイオルトは昔から。。。

 

「私はあなたです」

 

・・・としか、答えてくれなかった。

 

 

でももし、レイオルトが私の魂。。。

私のハイアーセルフなのであれば、

それも、納得できた。。。

 

 

レイオルトが言っていた「統合」って。。。

 

自我としての私(Lyrica)と。

真我としての私(レイオルト)の統合

 

・・・って意味だったのではないのだろうか?

 

 

そしてそれこそが、、、

 

「美を出現させる」

 

・・・ということに、なるのでは?

 

・・・と。

 

 

自分の中で、何かがカチッと、

ハマったような感覚になった。。。

 

 

 

そうして、思った。。。

 

 

今後私は。。。

 

「レイオルトから聞いた」とか。

「レイオルトがこう言っていた」とか。

 

そうやって、レイオルトを頼ることからは、

卒業しなければいけないな。。。と。

 

 

Lyricaが、Lyrica自身として。

 

あのレイオルトを体現できるように

ならなければいけない。。。と。

 

 

そう思ったから私は。。。

 

レイオルトに何かを問いかける。。。

ということを、一切やめたのだった。。。

 

 

********

 

 

解ったのは。。。

 

「私はLyricaです」と思っている、

今回の人生での自我が。。。

 

何世紀にも渡り、何度も何度もここに

生まれてきては、それぞれの時代の「自我」の

旅を見守り続けてきていた、

「レイオルト」という真我を。

 

その真我そのものを、体現できるように

なることが、私の今生の目的だったのだな。。。

 

・・・ということだった。

 

 

例えば、魂の色が無色透明だったとしたら。。。

その魂は、「自我」という「色」を身に纏ってる。。。

 

 

その「色」を「個性」というのなら。。。

 

その「個性」を創り上げたのはきっと。

 

今回の人生だけではなく、「過去生」もまた、

関わっているのだろうと。

 

 

そんなことも、なんとなく解ってきていた。。。

 

 

********

 

 

自我も真我も。。。

結局は、幻想。。。

 

 

そう思っている私ですら、それは。。。

 

あの、19歳の時に一瞬垣間見た、

 

「すべてである私」

 

・・・の意識を記憶している、

自我の一部でしかない。。。

 

 

ただ、それだけのことでしかない。。。

 

 

でもそれだけでは。

 

自分の中に、「美」は出現しない。

 

 

 

そうやって。

いろんなことが解っていくにつれ、、、

感動もまた、大きくなっていった。。。

 

 

 

この幻想の世界の中で繰り広げられる

ゲームというものは。。。

 

なんて手が込んでいて。。。

なんて奥深いものなのだろう。。。

 

 

本当に。。。

なんて、面白いんだろう。。。と。

 

 

 

でも。。。

 

そうやって感動している自分も。

 

やっぱり、「自我」なのだ。。。

 

 

********

 

 

つづく

その出版記念パーティーには、

ある女性と一緒に出掛けた。

 

 

彼女とは、あるセミナーで出会い、

その後、親しくなった。

 

 

アメリカに長いこと住んでいた彼女は、

英語はペラペラで。

 

そして、あちらで今どきの

ニューエイジ思想の洗礼をたっぷりと

受けてきていた人でもあり。

 

 

こちらに帰ってきても、そういうスピな場に

あちこちと顔を出しては、情報を仕入れている。

 

・・・みたいな人だった。

 

 

とにかく、いろんなことを知りたい。。。

みたいな感じの人だったから、パーティーのような、

人がたくさん集まる場所は好きだろうな。。。と。

 

そう思って誘ってみたら、

やっぱり、二つ返事でOKだった(笑)

 

 

********

 

 

彼女と出会ったのは、

「グリーンマン・エッセンス」という、

フラワーエッセンスのセミナーで。。。

 

 

当時の私は、体調があまり良くなかった上に、

皮膚のアレルギー症状が、少し

ひどくなってきていたので。

 

それをどうにかしたいという気持ちから、

植物療法に関心を持つようになっていた。

 

 

アロマテラピーやハーブ療法、

ホメオパシーにチベット医学などなど。。。

 

体調を改善したい一心から、

そういったものを、学ぶようになっていた。

 

 

フラワーエッセンスもその一環で。

 

数あるフラワーエッセンスの中でも、

私の目を引いたのがこの、

グリーンマンエッセンスだった。。。

 

そこからはなんとなく。。。

私の大好きな、ケルトの匂いを感じてね。。。

 

 

 

このエッセンスの開発者は、イギリス人の

サイモン・リリーさんと、スー・リリーさん。

 

 

このリリーご夫妻の雰囲気が、それこそ、

『ロード・オブ・ザ・リング』に登場してくる

妖精みたいで。

 

存在がファンタジーな感じというか。

 

 

だから私は、彼らのそういう雰囲気に惹かれて、

つい、フラフラとついていってしまったけど(笑)

 

サイモンさんも、スーさんも、

ご夫妻揃ってヒーラーで。

 

 

私は、「ヒーリング」を職業にすることなど、

あの頃はまったく考えていなかったし。

 

むしろ、そういうことには、批判的な考えを

持っていたにもかかわらず。

 

 

サイモンさん達と、もっと一緒に過ごしたい。。。

・・・という、そんな気持ちから。。。

 

気づけば彼らから、様々な「ヒーリング・メソッド」や、

ヒーラーとしての在り方。。。みたいなことを、

教えてもらっていた。。。

 

 

グリーンマンエッセンスをはじめとして、

クリスタルやカラーヒーリング、そして、

北欧のルーン文字を使ったヒーリングとか。

 

 

そういう面白いことを、、、

彼らからは、たくさん教えてもらった。。。

 

 

********

 

 

アメリカ帰りの彼女と一緒に、、、

梅野さんに誘われたパーティーへと向かうと、

会場にはたくさんの人達が集っていて。。。

 

そこには、以前の「お話会」の時にお会いした

リンポチェの姿も見えた。。。

 

 

いろんな国の人がいて。。。

 

アメリカ帰りの彼女は、早速、西洋系の人を

つかまえて、おしゃべりに花を咲かせていた(笑)

 

 

あの時、どういう経緯でそこに座ったのかは

忘れてしまったのだけど。

 

私がついたテーブルには、他に女性が何人かいて、

あとは、一人の男性と、小さな男の子がいた。

 

 

女性同士はすぐに和気あいあいとおしゃべりが始まり、

でもその男の人は、始終笑顔ではいたのだけど、

とてもシャイな感じで無口で。

 

その男の子は、彼の息子さんだと

いうことだけ、教えてくれた。

 

 

しばらくすると、梅野さんが私たちのテーブルに

挨拶にやってきて、そして、こう言った。

 

 

「まぁ。。。ここのテーブルの人達はラッキーよ。

この方は、チベットのお坊さんで、今は日本の大学で

仏教を教えていらっしゃる先生なのだから」

 

・・・と。

 

 

「このチャンスに、色々教えてもらうといいわよ~」

 

・・・と言うと、梅野さんは他のテーブルへと

向かっていった。。。

 

 

梅野さんが行ってしまうや否や。。。

 

同じテーブルにいたその男性は、

女性達からの質問攻めにあっていた(笑)

 

 

私も質問したかったのだけど。。。

周りの迫力に圧倒されてしまって、

なかなか質問できず。

 

そのうち、なんだかめんどくさくなってきて、

「もう、いいや」と、諦めた私は、

しばらくの間、黙って様子を眺めることにした。。。

 

 

それにしても。

 

チベットの人というのは本当に。。。

見た目が日本人と、ほとんど。。。というか、

まったく変わらないなぁ。。。とか。

 

大学の先生なのに、すごく腰が低くて

謙虚な方だなぁ。。。とか。

 

 

そんなことを、あれこれ考えたりしていた。。。

 

 

 

ふと気づくと、周りもだいぶ落ち着いてきていたので、

私もひとつだけ、質問してみた。。。

 

 

「あの。。。『虹の身体』を獲得したら、、、

もう、生まれ変わって来ることはないのですか?」

 

・・・と。

 

 

チベットのお坊さんは、一瞬。。。

 

「え?」みたいな驚いた顔をしたあと、

少しの間、黙って考えていたのだけど。。。

 

ちょっと、苦笑いしたような表情で、、、

 

「いいえ」

 

・・・と、答えた。。。

 

 

彼は、「いいえ」の一言だけで、、、

それ以外の余計な説明などは、まったくしなかった。

 

 

でも、、、彼のその表情だけで、、、

なんだか、いろいろ伝わってくるものはあり。。。

 

 

 

「そうですか。。。それでもまた、

生まれ変わってしまうんですね。。。」

 

 

「ええ、そうなんです」

 

 

・・・と、私たちはお互い苦笑いして。

 

交わした言葉は、それだけだった。。。

 

 

その様子を、ものすごく不思議そうな目をして

眺めていた、あの小さな男の子に。

 

私は、自分のお皿にあったチョコレートを

渡してあげた。。。

 

 

「あ、すみません」

 

・・・と、そのお坊さんは言って、私は。。。

 

 

なんだか本当に、、、

日本人みたいだなぁ。。。

 

 

・・・なんて思っていた。

 

 

********

 

 

つづく

自分が男性だった過去生らしきもので、

もうひとつ、印象に残っている物語がある。。。

 

 

それもまた、ヨーロッパだった。

 

一番最初、山の紅葉の景色が出てきた。。。

 

その紅葉は、山の高いところの道の、

木々が途切れたところから、遠くの山々を

眺めている感じで見えたのだけど。。。

 

あまり晴れていないのに、遠くの山々は

日に照らされていて、すごく綺麗な景色だった。

 

 

私は、たくさんの人と一緒に、その山道を

歩いていたのだけど、実はそれは私の、、、

「花婿行列」だった。。。

 

 

どうやら私は、裕福な家の女の人のところに

婿入りすることになっていたようで。

 

それは、家のためにと親が決めた縁談だった。

 

私はそのことで、自分の親を恨んでいた。

 

 

その後、結婚したその女性との間には、

二人の娘が生まれたのだけれども。

 

私は最後の最後まで、頑として、

その妻に対して心を開かなかったし、

娘たちとも、仲は良くなかった。。。

 

 

私は死ぬまで、その結婚のことを呪っていた。。。

 

親のことも、ずっと恨んでいたし、、、

家族とは、絶対に心を通わせようとしなかったし。。。

 

「なぜ、自分はこんな目に?」

 

・・・と思いながら、一生を過ごした。。。

 

 

ものすごく裕福で、広いその屋敷の中には、

大きな図書館があって。。。

 

私は、日々のほとんどの時間を、

その図書館の中にある、大きな机で、

本を読んで過ごしていた。

 

死ぬときも、その大きな机の上にうつぶせて、

たったひとりで、寂しく死んでいった。

 

 

死んだあと、私は、上のほうから

自分のことを見下ろしていて。。。

 

机にうつ伏せている自分の姿を見ながら、

泣いていた。

 

 

泣きながら、、、

 

「よく、頑張ったな」

 

・・・と、自分に話しかけていた。

 

 

そして、しみじみと実感していた。。。

 

 

「物質的に満たされても、、、

何の意味もない。。。」

 

・・・と。

 

 

********

 

 

これもまた、、、

本当に自分の前世なのかは解らないけど。

 

でも、私の深いところに眠るこういう思いが、

今の私の人生に、、、今の私の在り方に。

 

ものすごく影響しているなぁ。。。ということだけは、

すごく、よく解った。。。

 

 

今の私が、「現世的な成功」に、

ほとんど興味がないことや。

 

「家族」というものに、とても執着していることや。

 

 

もし、これが本当に前世なのだとしたら、

今の私の、そういうものはきっと、

この前世の影響なのだろうと、そう思ったし。

 

たくさんあるであろう、自分の過去生のうち、

こうして思い出すものというのはきっと。

 

今回の人生に、大きな影響を及ぼしている

ものだったりするのではないか。。。と。

 

 

そんな風に思ったりもした。

 

 

********

 

 

長い間ずっと、、、

「前世はない」と思っていたけれど。。。

 

 

OSHOの彼や、占い師の彼と出会った頃くらいから、

「もしかして、前世ってある?」と思い始め。。。

 

カバラを深めたり、歌の会などを経験していた頃には、

「前世はおそらく、あるのかもしれない」という風に、

気持ちは少しずつ、変わっていった。。。

 

 

それでも、、、

19歳の時の、あの強烈な体験後に自身で感じた、

 

「あぁ、、、人は死んだら、一瞬であれに戻るんだ」

 

・・・という思いが、やっぱり、

完全には払拭できず。。。

 

 

まだまだ自分の中で。。。

 

「過去生の存在」というものに対して、

ハッキリとした確信を持てずにいた。。。

 

 

 

そんな頃だった。。。

 

あの、梅野泉さんが翻訳をした

『チベッタン・ヒーリング』という本が出版され、

彼女から、その出版記念のパーティーの

お誘いがきて。。。

 

私は、そのパーティーに出席させて

いただくことになった。。。

 

 

********

 

 

つづく

音楽の彼は、「音の響き」を大事にする人で。。。

 

例えば、ホールでクラシックの演奏会があった場合。。。

 

演奏が終わると、だいたいその直後に、

会場からは歓声や拍手が起こったりするけれども。

 

それだと、せっかくの「音の響き」が、

拍手の音でかき消されてしまう。。。

 

もっと、「音の余韻」を感じて、それが完全に

消えた後に、拍手をするほうがいい。。。と。

 

そんな風に言っていた。。。

 

 

だから、私が歌った演奏会の時も、、、

彼は事前に、お客さんたちにそういう説明をして、

演奏後の、「音の響きの余韻」を

楽しんでもらっていた。。。

 

 

 

あの日に歌った、

「母音の響き」を意識したその歌は。。。

 

歌っていると、眠くなってきて。。。

 

日頃、練習をそばで聴いていた

家族もみんな、

 

「聴いていると、眠くなる」

 

・・・と言っていた。

 

 

音合わせで歌った時も、周りの人はみんな

眠くなってしまうと言っていて。

 

だから、音楽の彼がいつしかその歌を。

 

「マントラ子守唄」

 

・・・なんて呼ぶようになっていた。

 

 

私の声の響きで、会場が一気に

「女性性」のエネルギーに満たされる。。。と。

 

そう感じた音楽の彼は。

 

演奏会では、私の歌の次の演目に、

弦楽器の四重奏(だったかな?)を持ってきて、

その、同じ「マントラ子守唄」を演奏させたのだけど。。。

 

演奏者の人達に、「激しく強く弾いてください」

・・・と、指示した。。。と言っていた。

 

そうやって、ホワ~~ッとなるような

癒し的なエネルギーとは逆の、

激しくて鋭いエネルギーを持ってくることで、

ある一定の方向に傾いた会場の雰囲気を。

 

会場のエネルギーのバランスを

取ろうとしたのだそうだ。

 

 

 

「Lyricaさんが歌うと、女性性が広がりますね」

 

・・・と、音楽の彼は言っていた。

 

そして、その時一緒にいた人達もみんな、

彼の言葉に同意していたのだけど。。。

 

私自身はその言葉に、、、

あまり、ピンと来ていなかった。

 

 

なぜなら、私の素を知っている夫からは、

 

「ママは、男っぽいほうだ」

 

・・・とか、よく言われていたし。

 

同じく子供達からも。。。

 

「ママって、男らしいよね」

 

・・・とか言われていたから(笑)

 

 

自分自身でも、自分は男性性が

強いような気がしていたし。。。

 

友達と話すときも。

相手が男性の時のほうが、なんだか、

素の自分を出しやすいような。

 

そんな感じもしていたので。。。

 

 

音楽の彼や、周りの人たちが言っていたことは、

自分にとっては、だいぶ意外なことだった。

 

 

でも今思うと、、、

 

あのあたりから、「女性性」というものを

意識するという流れが

起こり始めていたのかもしれないな。。。

 

・・・なんて気がしないでもない。。。

 

 

********

 

 

自分が男性であった過去生。。。

 

・・・というヴィジョンも、実はこれまでに、

いくつか見たことがあった。

 

 

例によって、「妄想かもしれない」と、

あまり真剣に捉えたことはなかったけど。

 

でもどれもこれも。。。

今の人生を生きる私に、なんらかの

影響を及ぼしているのはすごく解るので。

 

それが、過去生にせよ、他の何かでせよ、

自分の中になにかがあるから、

こういうものを見るのだろうな。

 

・・・とは、思ったりしていた。

 

 

その、男性であった物語に、、、

こんなものがあった。。。

 

 

 

そこはおそらく、ヨーロッパのどこか。。。

 

私は、まだ小さな少年で。

なぜか、森の中で母親と二人で住んでいた。

 

ある日、恐そうなおじさんがそこにやってくるのだけど、

その人が実は、自分の父親であることを、

私は解っていて。

 

私はその父親に連れられて、

森を出ていくことになる。。。

 

母と離れ離れになるのがイヤだったのだけど、

母も、父には何も抵抗できず。。。

 

私も抵抗できず。

 

そのまま、どこかにある男子校の寮に

入れられた。

 

 

そこは、ものすごく規則が厳しい学校で、

そして、「キリスト教の学校」で。

 

私はそこで、どんよりとした灰色の

学園生活を送った。。。

 

 

・・・みたいなものを、昔、見たことがあった。

 

 

でもこの話には続きがあって。。。

 

今から数年前。。。

何年前だったかは忘れてしまったけど。

 

ある日、なんとなくテレビを観ていたら、

『ウィーン少年合唱団』の特集をやっていて。

 

そこで、この合唱団の設立当初の制服が

映し出されたのだけど。。。

 

その制服が。。。

私があのヴィジョンの中で着ていた制服と

まるっきりで同じで。。。

 

ゾッ。。。となった。

 

 

でも、私はあのヴィジョンの中で、自分が

歌っていたシーンなどはまったく見ていなくて。

 

ただ単に、「キリスト教の厳しい男子校」という

イメージしかなかったのだけど。。。

 

 

あとで、よくよく調べてみると、、、

 

ウィーン少年合唱団は、もともとは、

宮廷礼拝堂の少年聖歌隊として

設立されたことを知り。

 

ちょっと、、、考えてしまった。。。

 

 

実は私は、昔から。。。

 

ボーイ・ソプラノの男の子を見ると、、、

「声が綺麗」みたいなことよりも、、、

 

「なんだか、可哀想」

 

・・・という思いが、なぜか真っ先に浮かんできて。

 

ああいう子達を見てはいつも、

痛々しく思ったりしていたのだけど。

 

 

もしや、そういう思いも、、、

自分の過去生と、何か関係があったのかしら?

 

。。。と。

 

なんだか、複雑な気持ちになったりもした。

 

 

けれども、これだけではやっぱり、

何も断定できないな。。。と思っていた。

 

 

・・・のに。。。

 

私がそうやって、ウィーン少年合唱団に

ついて調べていたその日に。。。

 

会社から帰った夫がこう言った。。。

 

 

「今日、歯医者に行ったらさ。

そこにあった週刊誌に、ウィーン少年合唱団の

事が載ってて、思わず読んじゃったよ」

 

 

・・・と。

 

 

滅多に歯医者など行かない夫が。。。

なんで、今日に限って?

 

・・・と思った。

 

 

すると、またすぐに友達からメールが来て。

 

「今日たまたま読んだ漫画?に、、、

ウィーン少年なんとか。。。っていうのが

出てきていたんですけど」

 

・・・なんて言ってきて、さすがにびっくりした。。。

 

 

そして不思議なことに。。。

 

もしや、過去生でウィーン少年合唱団に

いたりしたの?

 

・・・と、自分の中でそれを意識するようになったら。

 

それ以降はもう、ボーイ・ソプラノの子を見ても、

心がざわつかなくなった。。。

 

 

********

 

 

音楽の彼のあの歌を歌ったあと。。。

 

彼のマイミクの女性がその歌に興味を持ち、

自分でも歌ってみたいと思ったようで。

 

 

彼が。。。

 

「歌わせても、いいですか?」

 

・・・と、私に気を遣ってくれたのは、

正直、嬉しいと思ったけど。。。

 

 

ここで。

 

「ダメです。これは私しか歌っては

いけないのですから」

 

・・・みたいに言える人でないと、

ビジネスでは成功しないだろうな。。。

 

・・・なんてことを、私は考えていた(笑)

 

 

実際は。。。

 

「もちろん、全然、大丈夫ですよ」

 

・・・って、答えたのだけどね。

 

 

********

 

 

その彼女が歌う演奏会が、、、

しばらくあとに開かれて。

 

私は今度は、お客として観に行ったのだけど。

 

実際は、その彼女は歌わなかった。。。

 

なんでも、当日に風邪(だったかな?)で、

声が出なくなってしまったそうで。

 

歌う代わりに、チェロの音に合わせて、

「あ~~」みたいに、声を出すだけで

留めていた。。。

 

 

でも。。。

私がその日、その場に足を運んだ本当の理由は。

実は、歌を聴きたかったからなのではなく。。。

 

他にあった。。。

 

 

音楽の彼のマイミクだったその女性は、、、

日本人だったけど、普段はイギリスに

住んでいる人で。。。

 

私も、その人のことは、、、

ずっと以前から知っていた。。。

 

一方的に。。。だけど。

 

 

彼女は。

もう、だいぶ前に、教えてもらったあの

コミュニティ。。。

 

あのアトランティスのコミュニティの

管理人をやっていた、あの彼女だったから。。。

 

 

その彼女が、音楽の彼と繋がりがあったことにも

正直驚いたけど。。。

 

でも私はこういう流れの中、、、

その彼女を実際にひとめ、見てみたいな。。。と。

 

そんな風に思っていたの。。。

 

 

 

演奏会が終わった後、、、

音楽の彼は、アトランティスの彼女に

私のことを紹介してくれた。

 

「この人が、前回歌ってくれた人です」

 

・・・と。。。

 

 

彼女は、「そうだったんですね~」と言って、

私達は、握手をした。。。

 

 

以前、アトランティスのコミュニティに

一度だけ書き込みをした時に、

少しだけお話したことがあったこと。。。

 

その話が、喉元まで出かかったけど。。。

 

私はそれを、飲み込んだ。。。

 

結局彼女には、何も言わなかった。。。

 

 

彼女だけでなく、音楽の彼にも誰にも。

その話はしなかった。

 

 

なんだか、「場違い」な感じがしたから。。。

 

 

 

でも、巡り巡って。。。

 

こんなに時間が経ってから、こういう形で

会うことになるなんて。

 

やっぱりそこには。。。

 

アトランティスに関わる、何かしらの

縁があったりするのだろうか?

 

・・・と。

 

 

心の中でひとり。。。

考えていた。。。

 

 

********

 

 

つづく

そうやって、カバラを深めていた頃。

 

同時に起こっていた流れがあって、

それは、「歌」に関わることだった。。。

 

 

********

 

 

私は、物心ついた頃から、自然と歌っていて。

気づけば、歌うことが大好きな自分がそこにいた。

 

学生時代にはバンドで歌っていたけれども、

それ以降は、人前で歌うことはほとんどなく。

 

せいぜい、友達とカラオケに行く程度。。。

 

 

結婚後も、最初はそんな感じで、定期的に

声を出していたけど。。。

 

子供が生まれてからは、

下の子が、ある程度落ち着くくらいまで。。。

 

完全に子育てに集中していたので、

歌うことをすっかり忘れていた。。。

 

 

そうやって、何年もブランクがあって、

久しぶりに歌ってみた時。。。

 

あまりのショックに固まった。

 

以前のように声が出なくなって

しまっていたの。

 

 

それまでは、、、

歌うことで、苦労したことはなかった。

 

発声練習をする意味が解らなかった。

 

 

でもその時初めて、、、

 

「歌いづらい」

 

・・・という感覚を体験して、私はすごく焦って。。。

 

それからは、頻繁に声を出したり、

カラオケに行ったりして、なんとか戻したけど。

 

でも結局、完全には戻らなかった。

昔のようには。。。

 

 

若いうちは、ただそれだけで声が出るけど。。。

年を重ねると、そうもいかないんだな。。。と。

 

あの時たしか、まだ、20代の終わりくらい

だったと思うのだけど。

 

そんな風に思ったのを覚えている。。。

 

 

20代の終わり。。。って。

 

今の私からしてみたら、十分若いでしょ!

・・・って感じなのだけどね(苦笑)

 

 

バレエの時もそうだったけど。。。

 

一度落ちたものを、元に戻すのは大変で。。。

 

でも、時は待ったなしに過ぎていき。。。

声帯も含めて、身体は自然と老いていき。。。

 

何もしなければ、そのまんま落ちていくだけ。。。

 

・・・みたいなことを一度実感してしまった時。。。

 

まだ、若かった私はなんだか焦って。。。

 

 

「昔のように歌えるように、踊れるようになりたい。

昔に戻りたい。。。」

 

・・・と。

 

 

そう、強く願っていた。。。

 

願っていたし、頑張れば戻れるはず。。。と。

 

そう信じていた。

 

 

だから、毎日歌ったりとか、

筋トレやらストレッチやら。。。

 

すごい、頑張っていた時期もあった。。。

 

 

「元に戻る」という気持ちはいつしか、

「現状維持」に変わっていったりもしたけど。。。

 

 

そうやって頑張っていたのは本当に、、、

つい、最近まで続いていたような気がする。。。

 

 

********

 

 

歌うことや踊ることに。。。

 

・・・というか、今にして思えば、

私にとっては「過去の栄光」だったように

思える歌や踊りに。。。

 

まだまだ、しがみついていた頃だった。。。

 

 

 

梅野さんに誘われた『月の庭』のイベントで、

レムリアのマントラなるものを聴いた時。

 

「本当は倍音だったんだ」

 

・・・と、なぜかそう思ったことは、以前も書いたけど。

 

 

あれ以来私はずっと。。。

 

「倍音」というキーワードが気になっていた。

 

音の響き。。。とかね。。。

 

 

 

ミクシィで知り合ったある人に、、、

(多分)音楽関係の人がいた。

 

たしかその人とも、「倍音」をキッカケにして、

マイミクになったのだったと思う。。。

 

 

その人が、ある日、日記で。。。

 

今、少し不思議な歌を創っている。。。

 

・・・みたいなことを言っていたの。。。

 

 

私はいつものように、軽い気持ち。。。というか、

社交辞令みたいな気持ちで。。。

 

「わぁ。。。いいですね~

歌ってみたいな~」

 

・・・とコメントしたら、その人が、、、

 

「歌ってみますか?」

 

・・・と、返してきて。

 

え?え?。。。となりながら、、、

本当に、歌うことになってしまった。。。

 

 

そこまで親しいわけでもなかったし。

他にも、いろんな人がコメントしていたのに、

なんで、私???

 

・・・と、すごく戸惑ったけど。。。

 

引き返すに引き返せなくなった(苦笑)

 

 

 

その彼もまた、面白い人だった。。。

 

「音」のことで知り合ったはずだったのに、、、

 

ある時彼が、「身内にイタコがいる」と。

 

そういう話を日記で書いているのを見て。。。

少し、びっくりした。。。

 

・・・と同時に、どこかでは納得していた。。。

 

「あぁ、、、やっぱり、そういう人だったのか」

 

・・・と。

 

 

あの、占い師の彼もお母さんがイタコだったので。。。

 

「最近、イタコ絡みの人と縁があるな。。。」

 

・・・と、そんな風に思ったのを覚えてる。。。

 

 

 

イタコもまた、不思議な世界で。。。

いろんなことが、口伝で伝えられているようで。。。

 

そのせいか、その音楽の彼も、、、

普通の人はあまり知らないような、

いろんなことを知っていて。

 

彼のミクシィの日記には。

 

本当に、興味深いお話が、毎日のように

綴られていた。。。

 

 

 

その音楽の彼にも、マイミクがたくさんいて。。。

 

彼の書く日記には、本当にたくさんの人達が

コメントを入れていたりしたけど。

 

そこは、地に足がついている。。。というか、

大人な感じがして。

 

私は、好きだった。。。

 

 

でも、こういう人の創る歌を。

なんで自分が歌うことになったのか。。。

 

その流れが、、、

不思議で仕方なくて。。。

 

 

のちに、音合わせで彼と会った時、、、

実際に本人に訊いてみたのだけどね。。。

 

彼は。

 

「直感です」

 

・・・と、答えていた。

 

 

その後、彼が場を設け。。。

私はそこで、その歌を歌った。

 

 

「たくさんの人の前で歌う」

 

・・・という経験は、何度もしたけれども。。。

 

 

あの時のあの会で歌ったことは。。。

 

バンド時代のライヴとも違う。。。

のちに経験した、声楽やヴォイトレの

舞台とも違う。。。

 

 

一種独特の。

貴重で、面白い経験だったと思う。。。

 

 

その時の様子もまた、、、

以前の日記に書いてあったので転載。。。

 

 

********

 

 

マントラ子守唄の会

 

 

 

ミクシィで知り合った事務局長さんの主催で  

昨日、埼玉県の与野健康プラザというところで、  

演奏会が開かれました。。。  

 

そこで。。。  

なぜか私は歌を歌っていました。。。  

 

本当に、私はなんでここで歌っているのだろう?と  

自分でも解らないくらいで。。。  

 

なんだか流れに乗って、昨日は、事務局長さんの作曲された  

「光の中へ」という曲を歌わせていただきました。。。  

 

 

思っていたよりもたくさんの方々がいらっしゃって下さり、  

広間で事務局長さんが演奏会の流れのご説明を  

されていた時は、ドキドキでしたが。。。  

 

不思議とあの空間に入ると、

気持ちがスッと落ち着くようでした。。。  

 

さすが。。。母の胎内。。。  

自然の。。。地球の温かさを実感。。。  

 

 

「光の中へ」。。。という曲の歌詞は、

まるでマントラのようです。。。  

 

(だからマントラ子守唄なのだけど。。。^^;)  

 

 

事務局長さんが天から降ろした音に、

1番あう響きを持つ言葉をひとつひとつ

当てはめていかれたそうです。。。    

 

 

「闇を駆け抜けて光の中に入っていく感じで。。。」  

 

 

彼がおっしゃっていたのはそれだけでした。。。  

 

あれこれと注文は一切出されず、

全ては歌う側の感性に任せてくださいました。。。  

 

なので、いろいろな制限に捉われず、

歌いながら自然に湧き出てくるものを

そのまま表現して歌わせていただくことが出来たので、

 

この歌は本当に。。。歌っている人が実は

1番深く入ってしまいそうな。。。  

 

そんな感じの歌です。。。  

 

 

この不思議感はきっと。。。  

歌ってみると感じられると思います。。。  

 

 

以前、チャクラ発声というものを習いましたが、  

特定の母音の周波数が、特定のチャクラに

影響を与えるそうなので、そういった点でも、

実際に自分の声を使って自分の身体に響かせるのが

一番効果があるのかもしれません。。。  

 

 

富士山の洞窟の部屋で歌っている時。。。  

タイムスリップしたような気分になってしまいました。。。  

 

 

古代の人々が洞窟で(感覚的には多分海のそばの。。。)  

マントラを唱えながら集団瞑想を行っていたという。。。  

その気持ちがよく解ったような。。。  

 

 

でも。。。私もだいぶ入り込んで歌っていたし、

瞑想状態になられていた方も多かったようで。。。  

 

場もだいぶ一体化していた感じだったので。。。  

もしかしたら同じヴィジョンを観ていた方もいたかなぁ?  

なんて思ったりもしました。。。  

 

 

中央に大きな水晶があるストーンサークルの

ある部屋で歌ったときは、声に変化が

出ているのが自分でも解るくらいでした。。。  

 

あの部屋では、声を少し抑えようとしても

広がっていってしまうような。。。

 

そんな感じでした。。。  

 

 

歌が終わった後、同じ曲をヴァイオリンとチェロで

演奏されていました。。。  

 

それを聴きながら。。。  

 

「ヴァイオリンという楽器」と「人間の声」という違いは  

あったにせよ、音楽というものは、演奏する人によって  

こうも変わるのかぁ。。。と感じていました。。。  

 

もちろん、プロと素人という違いがあるのですが。。。^^;  

 

 

「チェロ」も同じ楽器でありながら、お二人は

全然違う音を奏でていらっしゃいました。。。  

 

同じ曲を渡されても、

そこから受け取るイメージは人それぞれ。。。  

 

それは、その人が今まで経験してきたことや

そしてその人の内側にあるもの。。。  

 

そういったものを全部混ぜ合わせて浮かんできたイメージを  

その人がどう受けとめてどう表現するか。。。  

 

それは、聴く側も同じですね。。。  

 

 

そう思うと。。。  

私達は、神様の思考。。。同じもとからの思考を

受け取っていながら人それぞれ表現の仕方が違う。。。  

 

それと同じだなぁ。。。なんて思ったりもしました。。。  

 

本当に。。。  

素敵な。。。素晴らしい体験でした。。。  

 

 

********

 

 

つづく

小学校の1年生の時。。。

 

理科のお勉強の一環だったのだけど、

クラスみんなが、朝顔の花の種を植えて、、、

それぞれで、自分の鉢の観察日記をつけていた。

 

 

毎朝、学校に行くとまず、水やりをして、

そして、朝顔の成長の様子を、

クレヨンで絵描いて、日記をつける。。。

 

 

私の朝顔も順調に芽を出して、双葉が出てきて。。。

 

・・・と、ここまでは普通だったのだけど、、、

そこからほとんど、成長してくれなくなった。

 

他の子の芽は、日に日にグングン伸びて、

本葉がたくさん出てきているのに、

私のだけはなぜか、双葉止まり。。。

 

子供心にちょっと、悲しかったのを覚えている。。。

 

 

それがある日、学校に行くと、、、

クラスのみんながそこにたくさん集まっていて、

朝顔の鉢を眺めていてね。。。

 

「?」と思いながら近づくと、なんと。

 

私の朝顔の、花が咲いていた。。。

 

 

双葉が出てからは、ほとんど

成長していなかったはずなのに。

 

そこには、赤紫の朝顔が一輪。。。

 

綺麗に咲いていたの。。。

 

 

私のその鉢には、先生のメモが立てられていて、

そこには、こう書かれていた。。。

 

 

「本葉も蔓も生えていないのに、いきなり

花が咲いた、めずらしい朝顔です」

 

 

・・・と。

 

 

 

今にして思うと、、、

 

あの時のあの朝顔は、、、

私のその後の人生を象徴していたようにも

思えてしまう。。。

 

 

本葉も蔓も出ていないうちから、

花だけ先に咲いた。。。

 

 

・・・なんて。

 

 

********

 

 

以前、絵描きの彼に、、、

教えてもらったことがあった。

 

 

それは。

 

「守・破・離」

 

・・・という言葉で。

 

 

元々は茶道や武道での、修行の過程を

表すのに使われるものみたいなのだけど。

 

 

例えば。。。

そこに師と弟子がいたとしたら、、、

 

「守」では、弟子はひたすら師の教えを守り。

 

「破」では、弟子は師の教えをただ守るだけでなく、

それを吟味し、時にはそれに背き。。。

 

「離」では、弟子は師のもとから離れ、

自分自身の新たな世界を築いていく。。。

 

 

・・・みたいな感じ。。。

 

 

カバラの生命の木について勉強していた時、、、

彼が以前話していた、このお話のことを、

なんとなく思い出したりしていた。。。

 

 

********

 

 

カバラや占星術などを深めていくことによって。

 

正直に言えば、、、

人生が複雑でめんどくさくなった(苦笑)

 

 

でもこういう経験をすることも。

 

今になってみれば、、、

すごく必要なことだったと思うし。

 

こういうめんどくさいところを通過した先に、、、

本当の、「あるがまま」があるのだろうな。。。

 

・・・とも思う。。。

 

 

19歳で、ある種、密教的な体験をして。。。

 

いろんな段階を抜かして、

一足飛びで見てしまった「すべてである私」

としての意識は。。。

 

それを思い出したことによって、本当に。。。

 

「何があっても、深いところでホッとしながら生きる」

 

・・・ということは出来るようになったけど。。。

 

 

この世は全てが幻想で。。。

この幻想はいつか消えて、最後の最後には

「本当の自分」に、必ず戻るのだから。。。

 

・・・と、それを心底確信してしまったばっかりに、

 

何というか。。。

 

人間としてもがく。。。とか。

人間として努力する。。。とか。

 

そういうことを、どこかで軽んじていた。

 

 

そういう、めんどくさいことは、

放棄しがちになっていた。。。

 

 

一人の人として、、、

自分の人生を、一生懸命生きる。。。

 

・・・ということを、、、

どこかで、他人事のように思っていた。。。

 

 

 

でも、この幻想の世界で、その世界の中の

法則にのっとって生きている「個」としての私は。

 

いくらそれを思い出していたとしても、、、

それでもやっぱり、「カルマ」は背負うもので。

 

それを持ったままでは、やっぱり。

何度生まれ変わったとしても、この、幻想の世界に、

未練が残ってしまうのだろうと。

 

そういうことが、だんだん解ってきた。。。

 

 

 

エゴの自分は、そうは思っていなくても。

 

「ラクなほうがいい」

 

・・・と思っていても。。。

 

 

魂としての自分が、このゲームを

しっかりクリアしないうちに、元に戻ることを

よしとしないのだろう。。。と。

 

 

そういうことに気づいてしまったらもう、、、

やるしかない。。。

 

もう、以前の気楽さに戻ることは出来ない。。。

 

 

あーあ。

カバラや占星術なんかに出会わなければ、

もっと、ユルユル楽に生きていたかもしれないなぁ。。。

 

・・・と、何度も思ったりしたけど。

 

 

けれども、こういう出会いもまた、運命。。。

 

私がやりたくてやっているのだろう。。。と。

 

 

最後は。。。

そういう思いに辿り着いていった。。。

 

 

エゴはそうやって。。。

サレンダーしたの。。。

 

 

********

 

 

親にはそのつもりがなくても。。。

無意識に生きていると、知らず知らずのうちに、

子供のことを支配していたりすることがあって。。。

 

子供のほうもやっぱり、、、

無意識で生きていれば、大人になってもずっと、

親から受けた影響下の中で生き続け。。。

 

本当の自分自身。。。というものを、

知らないままで一生終わったりするのだなぁ。。。と。

 

そんなことを、しみじみ思った。。。

 

 

自分はそうじゃない。。。

 

自分は自分を生きているし、親とは違う。

 

・・・と、たとえ思っていたとしても。。。

 

 

カバラや占星術を学んでいくうちに、、、

 

私自身もやっぱり、ちゃんと自分を

生きていなかったなぁ。。。と。

 

そういうことに気づくようになっていった。

 

 

 

そういう影響下で生きているうちはおそらく、

「植物意識」なのだろうし。

 

師弟関係だったら、「守」なのだろうし。。。

 

とにかく。。。

意識レベルとしては、一番幼い段階で。。。

 

 

「私」は、、、

「人間Lyrica」は。

 

反抗期を反抗期らしく過ごさなかったせいか、

大人になってもまだこの、「植物意識」から

完全に成長しきれずに。。。

 

「動物意識」に移行しようとすると、

「罪悪感」にさいなまれてしまっていた。。。

 

 

でも、その「罪悪感」を、ま、いっか。。。と、

お気楽に放置していたのはやっぱり。

 

「すべてが幻想」

 

・・・というのが、私の中の根底に

あったからなのだった。。。

 

 

それに、あまりゴチャゴチャ考えずに、

親や先生の言うことに逆らわず。

 

「ハイ、ハイ」と素直に言うことを聞いて、

言われたことだけやっていれば、

トラブルも起きないし、責任も持たないで

いいから、ラクだしね。。。

 

 

でも。。。

カバラのような世界と出会ったことで、

 

私は、もがき始めた。。。

 

 

まずは、「植物意識」から「動物意識」へと、

しっかり移行するために。。。

 

まずは、「自分を知ること」だと。

 

そんな風に思った。。。

 

 

その時の私にとっての「自分」というのは、、、

自分のエゴのことで。。。

 

「自我」。。。と呼ばれている部分。。。

 

 

それまでは、「夢の世界の登場人物としての自分」

・・・として、かなり、軽々しく扱ってきていたところ。。。

 

 

生命の木ではそれは、「イエソド」で。

惑星は「月」が当てはめられている。。。

 

 

自分のその部分のエネルギーが、

どういう形をしているのか。

 

そこをまずは、しっかり理解することだと。。。

 

そんな風に思っていた。。。

 

 

********

 

 

シモン・ハレヴィさんが言っていた、、、

 

「美を出現させる」

 

・・・というのは、その先にあることで。。。

 

 

そこには、「魂の意識」が関わってくるのだけど。。。

 

なんだか私にとっては、、、

自分の魂のことのほうが解りやすくて。

 

自分の自我のことのほうが、

よっぽど解らなかった。。。

 

 

だから。。。

まずは、動物意識をしっかり確立させることが、

当初の目標だった当時の私にとって。。。

 

「美を出現させること」

 

・・・というのは。。。

 

近くでもあり、遠くでもあることのように感じた。。。

 

 

シモンさんが言うこの「美」とは。。。

 

生命の木の「ティフェレット」であり、、、

 

それは、、、

 

ハートであり、太陽であり、

魂であり、真我であり、

ハイアーセルフであり。。。

 

 

松本先生は、こう言っていた。。。

 

人は、一生のうちに何度も、、、

イエソドとティフェレットの間を、

行ったり来たりする。。。

 

・・・と。。。

 

 

そういう話を聞いているうちに私は。。。

 

以前に、レイオルトが言っていたことは、、、

そういうことだったのか。。。と。

 

なんとなく解り始めてきたの。。。

 

 

「必要なことは、統合なんだよ」

 

 

・・・と言っていたあの言葉の意味が。。。

 

 

********

 

 

つづく

「グリニッジ標準時間2007年7月17日午前11時11分」

 

この時間に、「FIRE THE GRID」という祈りの

イベントがあった。。。

 

 

スピリチュアル業界?では昔からこうやって、

時々、祈りの集結イベントがあったりして。

 

そのだいたいが、アメリカ発祥なのだけど。

 

あの頃の私は、まだ今みたいにスレていなかったので、

素直に、ワクワクしながらその日を待っていた。

 

多分。

1年以上も前から。。。

 

 

こういうイベントの意図はなんであれ、、、

 

「祈り」の力というのは、

本当に強力なものであって。。。

 

人が真剣に「思い込む」と。。。

たしかに、奇跡は起こるものでもあり。。。

 

 

あの日のこの時間。。。

 

私は、オーラソーマのあるボトルを

身体に塗って。。。

 

そして、本当に真剣に祈っていたら、

トランス状態になり。

 

そして、出会ってしまったの。。。

 

 

レイオルトに。。。

 

 

レイオルトの姿を見たのは、、、

後にも先にも、その時の一度きり。。。

 

いや。。。

 

書いていて、急に思い出したのだけど、

もしかしたら、つい最近また見たのかも。。。

 

 

彼の姿は。。。

 

全身真っ白で、眩しいくらいに光っていて。

髪はとても長くて、地面につくくらい。。。

 

そして、男性なのか女性なのか

解らないような姿だった。

 

 

その時、レイオルトは何も語らなかったけど、

私はその姿を見ただけで、、、

ハートが一気に開いた感じがして。。。

 

あれはもう、感動なんてものではなく、、、

そういうものを超えて、、、

 

とても言葉には出来ない感覚に襲われ。。。

 

ただただ、涙が溢れてきた。

 

 

そのうち、レイオルトは消えていき。。。

そして、時間が経って冷静になってくると。。。

 

さっきまでの自分が、なんだか

馬鹿みたいにも思えて(苦笑)

 

「どうしちゃったんだ?私???」

 

・・・みたいに、エゴは、自分で自分のことを

恥ずかしく思ったりもしたのだけど。。。

 

 

でも本当は。。。

すごく、感動していた。。。

 

 

今、改めて思い返してみると、、、

ちょうど、あの頃でもあった。。。

 

レイオルトの声が聴こえなくなってきた頃は。。。

 

 

キャッチの仕方が変わったから。。。

 

・・・と言われてから、しばらくたった頃、、、

それが、いつだったのかは、ハッキリ覚えて

いなのだけれども。。。

 

やっとまた、聴こえた。。。と思ったら、、、

 

 

「必要なことは、統合なんだよ」

 

 

・・・とだけ言われ。。。

 

 

その言葉を最後にそれっきり。。。

今に至るまで。。。

 

レイオルトの声は聴いていない。。。

 

 

・・・というより、本当は。。。

 

カバラを通して、彼のその言葉の意味を

自分なりに納得した形で解釈して以来。。。

 

 

私は自分から。。。

レイオルトを頼ることをやめたのだけど。。。

 

 

********

 

 

松本先生がシモンさんに出会い、、、

カバラの世界に触れるようになった時。。。

 

驚いたことがいくつもあったのだそうで。。。

 

 

まずは、「生命の木」の、二つの柱のこと。

 

一つは、峻厳の柱で、一つは拡大の柱で。

 

 

先生は、、、

 

拡大の柱のことを、「イケイケ~の柱」

峻厳の柱のことを「ちょっと待て!の柱」

 

・・・なんて言ってたけど(笑)

 

 

その柱の上にあるセフィラのそれぞれが、

そういうエネルギーを下地に持っていて。

 

 

カバラではこの、なんでも受け入れて、

イケイケ~とどこまでも拡大していく

エネルギーが男性性で。

 

厳しく選別して振り落とし、

ちょっと待ちなさい!!と精査する

エネルギーが女性性だと。

 

そういう風に捉えられていることに、

先生は、驚いた。。。と、そう言っていた。。。

 

 

でも、私はこの話を聞いた時、、、

 

夫と私の関係性のことを思い出し、、、

妙に納得してしまったのを覚えている。。。

 

 

そして、次に先生が話していたことが、、、

その頃の私にとっては、一番衝撃的で。。。

 

・・・というか、ある意味、「救い」となったものだった。

 

 

先生も、「まさに、目から鱗だった」と

言っていたな。。。

 

 

カバラの生命の木は、、、

この世の「仕組み」をすべて表しているもので。。。

 

この、「幻想の世界」というのはすべて、

その仕組みの上で成り立っていて。。。

 

 

だから、「意識の成長の仕組み」をも、

生命の木を使えば、簡単に説明できてしまうのだけど。

 

 

私達がこの幻想の世界の中で、、、

「人間」として成長していくうえで。

 

一番低い位置にある意識状態。。。

 

つまり、一番幼い意識状態というのは、

「植物意識」と言われているもので。。。

 

その意識の一番の目的となっているものは、

「種の保存」。。。

 

生存していくこと。。。

生き残っていくこと。。。

 

 

だから、他にはあまり深いことを考えることもなく、

ただただ、先人たちが敷いたレールの上を、

そのまま同じように辿っていく。。。

 

生き残るために。。。

種を保存するために。。。

 

 

これが、一番幼い意識なのだと、

カバラは伝えているそうで。。。

 

 

そこから少し成長して、生命の木を更に

一段上に上ったところにあるのが、

今度は、「動物意識」。。。

 

これは、、、

 

「自我の確立」

 

「個」としての自分を意識すること。。。

 

 

「政治家たちの意識だと思ってみると、

解りやすいわよ」

 

・・・と、先生は言っていた。

 

 

エゴ(個)の確立。。。

 

「自分とはこうである」「自分はこう思う」

「自分が正しい、あなたは間違っている」

 

・・・みたいな。

 

 

「自分」というものを、ハッキリ意識するので、

先人たちの言うことなんて、素直に聞かないし(笑)

 

 

こういう、一見、「ワガママ」に見える動物意識が、

一見、「素直」に見える植物意識よりも、

レベルが高い。。。と、カバラでは言われていたことに。。。

 

松本先生は、最初、

ものすごくびっくりしたのだそうだ。。。

 

 

でもこの教えは。。。

 

長い間ずっと、、、

私にかかっていた呪いを解いてくれた。。。

 

 

母からの言葉。

 

「あんたは我が強い」

 

・・・という、呪いの言葉から、、、

私を、解放してくれたの。。。

 

 

本当にあれで、、、

今までずっと、自分の中にあったモヤモヤとした雲が、

一気に晴れ渡った気がした。。。

 

 

そのおかげで、、、

家の中での親との問題は、一見、

ひどくなっていったし。。。

 

私もやっぱり、時折迷いながら。

手探り状態で進むこともあったけど。。。

 

 

でもそれもまた。。。

必要なことだったんだ。。。と。

 

今は、、、解る。。。

 

 

 

そして。。。

シモン・ハレヴィさんは、言っていたそうだ。。。

 

「現在のこの世界は、ほとんどの人がこの、

動物意識で生きている」

 

・・・と。

 

私も、、、そう思った。。。

 

 

********

 

 

ただ、自分は。。。

 

なんだか、おかしな道を辿ってきたことに、

その時、気づき始めた。。。

 

 

私が、19歳の時に観たもの。

 

・・・というか、思い出したもの。

 

思い出した、「すべてである私」という自分。

 

 

その意識は、、、

カバラのこの、「生命の木」には、

表されていない。。。

 

それは、生命の木の後ろにある、、、

真っ黒な背景なのだ。。。

 

 

アインでも、アイン・ソフでも、

アイン・ソフ・オールでもなく。。。

 

 

「それ」は、何も現れていない、、、

「真っ黒な背景」。。。

 

 

私はその、「真っ黒な背景」のことだけは、

本当に知っていた。。。

 

19歳の時から。。。

 

 

でも、「生命の木」で表現することのできる

「顕現した世界」。。。

 

 

それは、私達人間から見たら「顕現した世界」であり、

「すべてである私」から見たら、「幻想の世界」なのだけど。

 

 

その、「顕現した世界」のことは、、、

自分は本当に、まるで解っていない。。。と。

 

あの時ハッキリと、自覚した。。。

 

 

 

しかも私は。。。

 

その「動物意識」を。。。

 

「個」を、しっかり確立する以前に、、、

あんな体験をしてしまったおかげで。

 

先に、最終ゴールを見てしまったせいで。

 

 

ここでは未だに、「個としての自分」というものを、

しっかり確立すら出来ていなかったんだ。。。と。

 

その時初めて、気づいた。。。

 

 

松本先生ではないけど、、、

 

それは私にとってはまさに、

「目から鱗」だった。。。

 

 

「自我」についても、しっかり理解しなくては、、、

結局、この顕現した世界の「法則」によって。

 

またここに生まれてきては、、、

同じことを繰り返すだろう。。。と。

 

その時。。。

そんな風に思った。。。

 

 

********

 

 

ハレヴィさんは。。。

こうも言っていたのだそうだ。。。

 

 

「私たちが人間としてここにいるのは、、、

『美』を出現させるためなのです」

 

・・・と。

 

 

それが、私たちがここにいる理由。。。

 

最初の目的なのだ。。。と。

 

 

********

 

 

つづく