チベットには、「ゾクチェン」と呼ばれる教えがあって、
それはもともとは、チベットに古くからあった宗教、
「ボン教」によって伝えられてきた教えなのだそうだ。。。
チベットではその、土着の「ゾクチェン」を、
当時の外来の新興宗教であった仏教に
取り入れて継承してきたようで。。。
だからだと思うけど、チベット仏教には、
一種独特な匂いがあるように感じる。。。
これと似たようなのが、アイルランドの
キリスト教で。。。
アイルランドにカトリックのキリスト教を広めた
宣教師である聖パトリックは。。。
かつて、少年時代に奴隷としてアイルランドで
何年も過ごしたことがあり。
そこで、その地に根付く土着の信仰だったドルイド教や、
それを、心の支えにしていた奴隷仲間の人達の思いに
直に触れるような経験をしたことから、、、
パトリックは、その土着の信仰を完全に
消し去ってしまうことが出来ず。。。
ドルイド教とカトリックの教えをうまく融合させて、
伝えていったのだそうだ。。。
そのせいか、アイルランドのキリスト教もまた、
一種独特な匂いを纏うことになった。。。
ケルトが大好きで、聖書にも何かと
縁のあった私としては。。。
あの美しい『ケルズの書』は、、、
眺めるだけで、倒れそうになる(笑)
そこにもともとあった古いものを壊したり奪ったりして、
新しく自分たちの形でそこを覆いつくそうとした
「ローマ型」のキリスト教の布教の在り方としては、
アイルランドのこのケースは、とてもレアな
形だったなぁ。。。と。。。
そこに、、、
「貴重さ」を感じたりしたものだ。。。
仏教もまた、、、
いろんな地で、静かに根を下ろしていったけど。。。
ローマ型キリスト教ほど、
「我」が強くなかったせいか。
それが伝わっていった場所によって、、、
育ち方にも多少違いが生まれて。
だから、その「匂い」も微妙に、、、
違うものになっていったような感じがして。
私は、日本の仏教にはあまり心惹かれる
ことはなかったのだけど。。。
チベットの仏教にはなぜか。。。
ものすごく惹かれたものだった。。。
********
話がだいぶ逸れてしまったけど、、、
そんなゾクチェンの教えによると、
その修行を完成させた人は、死んだあと、
肉体が、虹の光となって消えていくのだそうで。
それが、「虹の身体」と呼ばれているもので、
修行の完成の証にもなるようなのだけど。。。
それが出来るようになったとしても、、、
それでも、「輪廻の輪」から外れることが
出来ないというのであるのならば。。。
本当に大事なことは。。。
やっぱり、そこではないのだな。。。と。
私はあの時、、、
確信した。。。
パーティーの時の、、、
チベット僧の言葉と、あの表情から。。。
********
2006年から2007年にかけてあたりは、、、
そうやって、様々な出会いやイベントが
たくさん続いた。。。
暦の会は、結局、3回くらい行っただけで、
その後はもう、行かなくなってしまったけど。
あの場に参加したことで、私が本当に得たものは、
松本ひろみ先生との出会い。。。
つまりは、シモン・ハレヴィさんの伝える
「ユダヤの伝統の中で培われてきたカバラ」
・・・との出会いだった。。。と。
あとになって思った。。。
そうして出会ったカバラによって、
私はそこから、自分の「自我」について、
真面目に考えるようになっていったのだから。。。
あの頃に私は、やっと。。。
「美を出現させる」
・・・という、自分の中にあった魂の目的を、
意識的に自覚するようになったのだと思う。。。
当時もすでに、なんとなく解っていたことは。
今までずっと放置してきた自分の自我のことを、
まず、ちゃんと理解したら。。。
その次にやることはきっと。。。
その「自我としての意識」を、「魂の意識」にまで
昇華させることだ。。。
・・・ということで。
それが完成した時。。。
私の中に、「美」が。。。
魂の美しさが出現するのだろうと。。。
そんな風に思った。
もちろん、「生命の木」は、「個人」のことから、
「全体」のことに至るまでの。。。
顕現した世界のすべてのことに
当てはまるシステムだから。
「美を出現させること」の意味が、それひとつ
ではないことも解っていたけど。。。
マザー・テレサが。。。
「ひとりひとりが、自分の玄関の前を
掃除するだけで、全世界が綺麗になるでしょう」
・・・と言っていたように。
まずは、自分が「美」を体現できるように
ならなければ。
何も始まらない。。。と。
そんな風に思った。。。
********
そこらへんが、自分の中でだんだんと
クリアになってきたとき。。。
ハッ!!!と、気づいたことがあった。。。
レイオルトが、最後に残していった言葉。。。
「必要なことは統合」
・・・というあの言葉の意味が、、、
はっきりと見えたような気がした。。。
「あなたは誰?」と、何度訊ねても。
レイオルトは昔から。。。
「私はあなたです」
・・・としか、答えてくれなかった。
でももし、レイオルトが私の魂。。。
私のハイアーセルフなのであれば、
それも、納得できた。。。
レイオルトが言っていた「統合」って。。。
自我としての私(Lyrica)と。
真我としての私(レイオルト)の統合
・・・って意味だったのではないのだろうか?
そしてそれこそが、、、
「美を出現させる」
・・・ということに、なるのでは?
・・・と。
自分の中で、何かがカチッと、
ハマったような感覚になった。。。
そうして、思った。。。
今後私は。。。
「レイオルトから聞いた」とか。
「レイオルトがこう言っていた」とか。
そうやって、レイオルトを頼ることからは、
卒業しなければいけないな。。。と。
Lyricaが、Lyrica自身として。
あのレイオルトを体現できるように
ならなければいけない。。。と。
そう思ったから私は。。。
レイオルトに何かを問いかける。。。
ということを、一切やめたのだった。。。
********
解ったのは。。。
「私はLyricaです」と思っている、
今回の人生での自我が。。。
何世紀にも渡り、何度も何度もここに
生まれてきては、それぞれの時代の「自我」の
旅を見守り続けてきていた、
「レイオルト」という真我を。
その真我そのものを、体現できるように
なることが、私の今生の目的だったのだな。。。
・・・ということだった。
例えば、魂の色が無色透明だったとしたら。。。
その魂は、「自我」という「色」を身に纏ってる。。。
その「色」を「個性」というのなら。。。
その「個性」を創り上げたのはきっと。
今回の人生だけではなく、「過去生」もまた、
関わっているのだろうと。
そんなことも、なんとなく解ってきていた。。。
********
自我も真我も。。。
結局は、幻想。。。
そう思っている私ですら、それは。。。
あの、19歳の時に一瞬垣間見た、
「すべてである私」
・・・の意識を記憶している、
自我の一部でしかない。。。
ただ、それだけのことでしかない。。。
でもそれだけでは。
自分の中に、「美」は出現しない。
そうやって。
いろんなことが解っていくにつれ、、、
感動もまた、大きくなっていった。。。
この幻想の世界の中で繰り広げられる
ゲームというものは。。。
なんて手が込んでいて。。。
なんて奥深いものなのだろう。。。
本当に。。。
なんて、面白いんだろう。。。と。
でも。。。
そうやって感動している自分も。
やっぱり、「自我」なのだ。。。
********
つづく