TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -21ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

自分の中の「男性性」が、

活発だったな。と。

 

そう感じていた時期には。

 

 

私はどちらかというと。

 

「すべてである私」の視点から、

物を語ることが多かった。。。

 

 

すべてのもののもとはひとつ。。。

 

そして、その「もと」以外は。

すべてが幻想である。。。

 

 

「これ」を知れば。

こんなにラクに生きていけるんだよ。

 

何があっても。

こんなにホッとしながら、

生きていくことができるんだよ。。。

 

 

・・・ということを、周囲の人にも

解ってもらいたくて。

 

 

だから。

それを伝えたくて。

 

伝えるために。

 

つまり、「言葉」にするために。

 

「知識」を必要としていたのだと思う。

 

無意識に。

 

 

「それ」は。

本当は、言葉になんて出来ないのだけど(苦笑)

 

 

だからあの頃思った。。。

 

自分が知ったことを、誰かに伝えたくなるのは、

人のサガなのだろうな。。。と。

 

 

 

でも。

「女性性」が活発になってくると。

 

それまではあまり、重要視していなかった。

 

「人間としての自分」

 

・・・を、意識していくようになった。

 

 

それまでは、どこかで。

「夢の中の登場人物」にしか過ぎない。

 

・・・としか思っていなかった、

「人間Lyrica」に。

 

焦点があたるようになってきた。

 

 

この夢の中で。。。

 

どうせ、ひとつの役を演じるのならば。

 

より、美しい役を演じたい。と(笑)

 

 

それが。

 

自分の中に「美」を出現させる。

 

・・・という、目的に繋がっていった。

 

 

自我を、魂の意識へと

近づけていくこと。。。

 

 

「すべてである私」の視点から見たら。

 

魂すら、幻想なのだけど。

 

 

でも、幻想であると同時にそれは。

「現実」でもあると。。。

 

 

そんな風に思うようになっていった。

 

 

私の中に、そういう思いをかきたてる

キッカケとなったものは。

 

「カバラ」だったのだけど。

 

 

そのためには、どうしたらいいのか。

 

その具体的な方法を教えてくれたのが、

私にとっては、ダライ・ラマであり、

ダスカロスだったのだと思う。。。

 

 

*******

 

 

ダライ・ラマとダスカロス。。。

 

チベットやイエスからの

風が吹いてきていた頃に。

 

 

同時に吹いてきていた風は、

あとふたつ。

 

 

ベリーダンスの風と。

 

そして、家のご先祖からの風。。。

 

 

*******

 

 

つづく

昔から、家には聖書があって。

 

ひとつは、私が高校に入学した時、

讃美歌とセットで購入させられたもの。

 

教科書と同じように。

 

 

もうひとつは、母が持っていたもの。

 

母が持っていた聖書は、

「新約聖書」のみだったけど。

 

きっと、母も色々探していた頃に。

それを手にしてみたのだろう。。。

 

 

でも、私がもう、大人になったある日。

母はこう言っていた。

 

 

「聖書を読んでみようと思ったことも

あったのだけどね。

 

でも、仏教を学んでみたら、

お母さんは、そっちのほうがいいなと

思ってね」

 

 

・・・と。

 

 

私はその時は。

 

「そうなんだぁ。。。」

 

・・・と。

 

母のその言葉を、

そのまんま、受け取っていた。

 

 

聖書でも、仏教でも。

その他のなんでも。

 

自分が好きだと思うものを

学ぶのが一番。

 

・・・と思っていたから。

 

 

 

私は。。。

19歳であの体験をした時に。。。

 

どんな道を辿ろうとも。

 

近道をしようと。

遠回りをしようと。

 

最終的に、すべての人が辿り着く

答えは、同じだ。。。

 

・・・ということを、確信していたから。

 

 

「すべてのもののもとはひとつ」

 

これが私の信じる、

唯一の真実だったから。

 

 

 

でも、それからもっともっとあとになり。

母と、些細なことで揉めた時。

 

感情的になった母の口から、

とんでもなく衝撃的な言葉を聞かされて。

 

すごくショックを受けた。

 

 

母はあの時。

こう言ったのだった。。。

 

 

「あんたが高校の時、お母さんに

反抗していたのは。

 

あんたがキリスト教の学校に行っているのに、

お母さんが仏教をやっていたからでしょ!」

 

・・・と。

 

 

あの時は本当に。

 

眩暈がした(苦笑)

 

 

心の中では。

 

「そんなわけ、ないだろう~~!!!!」

 

・・・と叫んでいたけど(苦笑)

 

 

実際は、唖然となってしまって、

言葉も出ない状態だった。。。

 

 

まぁ。。。

この時の話も。

 

のちのち、出てくると思う。。。

 

 

*******

 

 

私は本当に。。。

 

「イエスという人」に縁は感じるけど。

 

彼のことを崇拝する。

 

・・・みたいな気持ちになったことは、

一度もない。。。

 

 

イエスばかりか。

いろんな宗教の中で、「神」と

定義されているものとか。

 

宇宙人だろうが。

 

ダスカロスやダライ・ラマのことも。

 

崇拝したことは、

一度もない。。。

 

 

だから。

もし誰かが、イエスを批判しても。

 

イエスが嫌いだったとしても。

私が好きだと思うものを、

嫌いだと言っても。

 

それはそれ。。。と。

 

そう思う。。。

 

 

その人は、他に好きなものがあって、

好きな生き方があって。

 

それでいいんじゃない?と。

 

そう思う。。。

 

 

だって。

 

ここに存在するすべてが、

本当は、自分自身であるのだから。

 

そこに自分と違うものがあればそれは。

 

自分とは違う体験をしてくれている

もうひとりの自分なのだ。。。と。

 

 

そう思うから。。。

 

 

*******

 

 

19歳で、悟り体験をして以来。

 

私は、「真理」を探そうと思ったことは、

一度もない。。。

 

 

「私たちは何処から来て、

何処へ行くのか」

 

「私たちは、何のために生きているのか」

 

・・・というような、根源的な問いの答えは。

 

あの時既に、解ってしまった。

 

 

 

だから。

 

「真理の探求」というのは、

したことがなかった。

 

それを、探したことはなかった。

 

 

でも、「探求」ではなくて。

「探究」には、興味があった。。。。

 

 

それは、「すべてである私」ではなく。

 

「夢の登場人物としての自分」を

知るための旅だった。。。

 

 

その「探究」をしたくて。

いろんな場に出かけていったけど。

 

 

でも。。。

私には、いつもどこかで、

真剣さがなくて(苦笑)

 

 

どこかで。

 

「これは、ゲームだ。。。」

 

・・・という。。。

 

ゲームを遊んでいる感覚があって。

 

 

だから、いつも。。。

 

どんなグループと接触している時でも。

 

私は周囲との「温度差」を。

感じてしまっていた。。。

 

 

 

ダスカロスのサークルの時も。

 

「ここに来る人たちは、昔、

エッセネ派にいた人達だった」

 

・・・という言葉を聞いただけで。

 

 

私はどこかで、

満足してしまったようで。

 

 

その後。

熱は、急速に冷めていった。。。

 

 

ダスカロスへの熱。ではなく。

サークルに所属していることへの熱。。。

 

 

自分がそこにいる必要性を、

もう、感じなくなっていた。。。

 

 

簡単に言えば。

 

飽きっぽい。。。

 

・・・とも言えるのかもしれないけど(苦笑)

 

 

そうやって私は。。。

 

ひとつのところにずっと、

留まっていることが出来ない人なんだ。と。

 

 

その頃から、薄々。

そんなことに、気づき始めたりもした。

 

 

*******

 

 

つづく

2020年3月26日。

 

今日は、息子のお誕生日。

 

 

もう、こんな歳になったのか。とか。

 

私がその歳の頃は、

もうすでに、結婚していたな。とか。

 

いろいろ思う、今日この頃なのだけど。

 

 

そんな息子のお誕生日の日に。

 

今、現在の世界のことを、

ちょこっとだけ、書いておきたくなった。

 

 

*******

 

 

今日は。。。

 

・・・というか、正式には昨日の夜中近くから。

 

スーパーマーケットや、ドラッグストアが、

人で溢れかえって、とんでもないことに

なっているのだそう。。。

 

食料品の買いだめをする人が、

突然、増えたらしい。

 

 

 

オリンピックの延期が決まってから。

日本も急に、ざわつき始めた。

 

 

でも。

 

実際の空気や景色は。。。

 

そんな情報が発信される前と後で、

ほとんど何も変わっていないのに。

 

 

情報一つで。

人の気持ちや行動は、こんなにも

変わってしまうものなんだな。と。。。

 

そんな風に思った。

 

 

*******

 

 

長い間ずっと。

「情報」をシャットアウトし続けてきた

私だったけど。

 

さすがに、今のこの状況でそれを

やるのは、頑固すぎるだろうと思い。

 

 

でも。

政府やマスコミの言うことは、

気持ちが落ち込むだけなので。

 

情報はもっぱら。

個人が配信する動画から、仕入れていた。

 

 

・・・とは言っても。

 

私が見ていたのはほとんど、

海外で生活をしている日本人の、

「普通の女性達」が発信している

現地情報だけで。

 

 

今、イタリアはこうですよ。

フランスはこうですよ。

スペインは、イギリスは、こんな感じです。

 

この国の政府は、

こんなことを発表しました。

 

みたいな。

 

 

そんな、市民の生の声。。。

現状報告をしてくれるような動画を、

いくつか見ていたりした。。。

 

 

 

彼女たちの動画を観ていたら、

 

海外(おもに西洋)では、多くの地域が、

もうずいぶん前から外出禁止になっていて。

 

だから。

今日あたりから、日本で起こり始めた

スーパー・マーケットの混乱も。

 

向こうではもう、相当前に、

起こっていたようなのだけど。

 

 

案外、彼女たちはケロッとしていた。

 

・・・というか。

内心では、不安もあるのだろうけれども。

 

みんな、健気に。。。

ケロッとしているように、見せていた。。。

 

 

生活も。

もちろん、それなりに窮屈なことは

あるみたいだけど。

 

でも、自宅にこもりながらも、

出来ることをしながら、

落ち着いて生活しようとしている

様子を見ていたら。

 

「こっちが、現実だよねぇ。。。」

 

・・・みたいな感じがした。

 

 

ちなみに海外では。

 

外出禁止になったあとでも。

さすがに、食料品の買いだしに

行くことは大丈夫だったそう。

 

 

 

どんな国にも、おかしな行動をする人はいて。

 

そういう人が目立って、報道されたり

しているようなのだけど。

 

 

大半の人達はみんな。

落ち着いて、行動しているようだった。

 

 

*******

 

 

ドラッグ・ストアで働く知人が、

今日、言ってた。

 

「買い物客が、ピリピリしている」

 

・・・と。

 

 

こんな時こそ、その人の本性が

隠せなくなってくるのだろうとも思うので。

 

人のことはともかく。。。

 

自分自身の中に、今。

どういったものが現れてきているのだろう。

 

・・・と。

 

それを観察してみたけど。

 

 

2011年のあの、震災の時とは違って。

全然ブレない自分がいて。

 

まったく、波が立たなくて。。。

 

 

あぁ。やっぱり。

私はもう。

 

いろいろやり尽くしたのだろうなと。

 

そんな気持ちが強くなった。。。

 

 

*******

 

 

私には。。。

とても大きな後悔がある。。。

 

 

以前、隣の伯母の家で飼っている猫が、

よく、家に遊びに来ていた。。。

 

ある時その子は年をとり。。。

 

口に締まりがなくなり、

よだれはダラダラだし。。。

 

そんなだから、自分の身体のお掃除も

上手にできなくなり。

 

昔ながらの飼い方をしていた伯母は、

猫たちには、自由に外へ行き来させて

いたから。

 

その子は、年をとってからは、

いつもちょっと、薄汚れていた。

 

 

ある、お天気の良い日に、

私は、部屋の窓を全開にして

お掃除をしていたのだけれども。

 

その子が、その開いた窓から、

家に入ってこようとした。

 

 

「あーーー!今はダメ!」

 

・・・と言って、私は急いで網戸を閉めて、

その子を部屋に入れさせなかった。

 

 

正直言えば。。。

 

せっかくお掃除して綺麗にしたのに、

汚さないで~~~

 

・・・みたいな気持ちがあったからだ。

 

 

網戸の向こうで、こっちを見つめる

その子の目に。

 

多少、心が痛んだのだけど。。。

 

そのうち、その子は諦めて、

どこかへ行ってしまった。。。

 

 

そのすぐあと。。。

 

伯母から、その猫が亡くなったと聞き。

 

 

私は。。。

ものすごく、後悔した。。。

 

 

「あの時、お部屋に入れてあげればよかった」

 

・・・と。

 

 

それが今でも。

忘れられないのだ。。。

 

 

 

それと似たようなことが。。。

幼稚園の時にもあった。。。

 

 

お教室で、ひとりで積み木で遊んでいたら、

ひとりの男の子がやってきて。

 

「何、作ってるの?」

 

・・・と私に訊いてきた。

 

 

私は、なぜだか。

その子を、無視していた(苦笑)

 

そのうち、その子はどこかへ

行ってしまった。

 

 

その翌日から、その男の子は

幼稚園に来なくなり。

 

しばらくしてから。

その子が亡くなったと知らされた。

 

 

彼はあの日。

交通事故にあったようで。

 

しばらく入院していたのだけれども、

亡くなってしまったのだそうだ。

 

 

それを聞いた時。。。

 

あの時私はたしか、まだ4歳だったけど。

 

ものすごく、後悔したことを覚えてる。

 

「どうしてあの時、無視しちゃったのだろう」

 

・・・と。

 

 

それは、大人になっても。

思い出すたびに胸が痛くなる

想い出だった。。。

 

 

*******

 

 

「こういうこと」が、私にとっての、

大きな「後悔」となるのだな。。。

 

・・・ということが、ある時解った。

 

 

今から数年前に。。。

 

いろんなことに飽きてしまって。。。

でも同時に、毎日が幸せで。。。

 

・・・みたいな心境になってきた時。

 

「もう、いつ死んでもいいや」

 

・・・と思うと同時に、いつも考えていたことは。

 

 

残された人生。。。

後悔を残さないように生きよう。。。

 

・・・ということだった。。。

 

 

ああいう後悔をしないために、

自分はどう在ればいいのか。。。

 

・・・ということも。

 

もう、解った。。。

 

 

だから今、こんなに社会が

混乱している中でも。

 

そういう後悔をしないような

生き方がしたい。。。

 

 

そして。

 

それを、実践出来ている限りは。

 

私は。

幸せを感じていられるのだろうと思う。。。

 

 

 

世界中のたくさんの人達が今。。。

不安の中で生活しているのだろうと

思うのだけれども。。。

 

きっとみんな。

 

そんな中でも、一生懸命。

「ささやかな幸せ」を見つけようと

していたりするのだろうな。。。

 

みんな、一生懸命

生きているのだろうな。。。と。

 

そう思う。。。

エッセネ派が、聖書に登場しないのは。

 

彼らがほとんど、俗世と関わることなく、

奥にひっこんで、修行に明け暮れていたからで。

 

彼らに関する、現在の資料を読む限り。

かなり、ストイックな集団だったらしい。

 

 

彼らのことを、知れば知るほど。

 

「あぁ、好きだな。こういう生活」

 

・・・と思ったし。

 

昔、あなたはそこにいたんだよ。

と言われても。

 

たしかに、いたかもしれないよなと

思えてしまうほどそこは。

 

私の性質には、あっているところのように

思えたりもした。

 

 

*******

 

 

今回の人生の中で私は。

 

「人と交流すること」によって、

自分が大きく成長していくことを、

身をもって、しみじみ実感したし。

 

そういう道を、自分自身で

選んでいたのだろうな。とも思う。

 

 

でも、人と関わることで学べることと。

 

そういうことをすべて遮断して、

俗世とは隔絶されたところで

学べることというものは。

 

また、違うのだとも思う。

 

 

そして私はおそらく。

 

これまでの輪廻転生の中では、

相当の時間を、俗世から離れて

あれこれ修行に費やしていたのだろうと。

 

なんとなく。

そんな気が、ずっとしていた。

 

 

以前、OSHOの彼に。

 

「あなたの手は、前世で密教修行を

していた人の手だよ」

 

・・・と言われた時もそうだったけど。

 

この、エッセネ派の話を聞いた時も。

 

「やっぱり。。。」

 

・・・みたいな感じがしたから。。。

 

 

*******

 

 

ダスカロスの世界に触れているうちに、

私は同時に、イエスに対する関心も

深まっていったのだけれども。

 

 

そう言われてみれば、自分は。

 

気づけば、子供の頃からだいぶ、

イエスには縁があったのかもしれないな。

 

・・・と。

 

そんな気持ちになっていった。

 

 

小学校の低学年の頃。

父が短期で、長崎に単身赴任になり。

 

それが明けて、帰ってきた時。

父は私へのお土産に、

銀のクロスのペンダントを

買ってきてくれた。

 

それは、イエスが磔にされた

十字架のペンダントで。

 

私はそれが、ものすごく気に入って。

それ以来、肌身離さず身につけるように

なったのだけど。。。

 

小学生の頃は、学校に行くときも、

そのペンダントは外さなかった。

 

毎日、こっそり、

身につけていた(笑)

 

 

もちろん、あの頃はイエスなんて

知らなかったし。

 

意味も何も解らずに。

 

ただ、気に入ったから

そうしていただけだったけど。。。

 

 

父も。

宗教とはまったく程遠い人だったけど。

 

長崎は、隠れキリシタンの町でも

あったし。

 

特に、何も考えずに、

あのペンダントを買ってきたのだろう。。。

 

 

そして。

短期の単身赴任で、長崎に住んだ父は。

その町が相当気に入ったようで。

 

私達家族にも。

いつか、その町を案内したい。。。と。

 

そういう気持ちになったようで。

 

 

私が中学にあがった頃。

父のその思いが実現し。

 

私達一家は、九州へと

旅することになったのだけど。。。

 

 

あの時。

 

長崎の大浦天主堂に行って。

 

私は、生まれて初めて。

 

「心の底から神聖な気持ちになる」

 

・・・という体験をした。

 

 

だから、あの時点では私は、

教会とか、キリスト教には、

なんとなく、憧れを抱いていた。。。

 

そして多分。

そういう気持ちが根底にあったから、

高校を選ぶときも。

 

「英語が学べる。土曜日がお休み」

 

・・・という理由の他に。

 

「チャペルが綺麗」

 

・・・なんていうのもあったのだと思うし。

 

 

そう思うと本当に。

 

人生で起こるいろんなことは。

綺麗に繋がっているものだ。。。と。

 

しみじみ、感じてしまう。。。

 

 

 

あの学校時代に。

私の中のキリスト教へのイメージは

ガラッと変わり。

 

今までの憧れとは打って変わって、

大嫌いになったりしたけれども。

 

それもまた。。。

その後の自分に続いていった。。。

 

 

まさか自分が。。。

 

イエスのことが大好きだ。と。

 

そんな風に思う日がくるなんて。

 

高校時代の私には、

とても信じられないことだろう。。。

 

 

*******

 

 

私がイエスのことを好きなのは。

彼が、「神」だからではない。。。

 

「マスター」だったからでもない。。。

 

 

私は彼の、「ホットさ」が好きなのだ。。。

 

彼はきっと。

とても熱い人だったのだろうな。と。

 

そんな風に思っている。。。

 

 

 

モーセがシナイ山で、

神から授かった律法。

 

それが、長い時間をかけて

受け継がれていくうちに。

 

それは、「神による律法」ではなくて、

「人による律法」に変化していったように。

 

私には、見える。。。

 

 

今のユダヤ教で重んじられている、

タルムードはおそらく、「人による律法」なのだと。

 

キリスト教もこれと同じ道を

歩んでいる。。。

 

「教会の教え」が。

「神の教え」とされてる。。。

 

 

「最初の教え」は。

 

後を継ぐ人に、語り継がれていくうちに、

そこに、「人による」解釈が加わり。

 

人のマインドによる解釈が加わり。

 

いつの間にかそれは。

形を変えていく。。。

 

そしてそれは。

「固い結晶」となって。

 

人を縛っていく。。。

 

 

イエスは。。。

 

当時の、権威ある祭司たちを、

叱りつけた。

 

すごい、キツイ言葉で(苦笑)

 

 

それに、神殿内で商売をしている人達を

怒鳴りつけて、ちゃぶ台返しまでした(笑)

 

 

すごい、勇気だと思う。。。

 

 

彼が叱りつけたのは、

「ガチガチのマインド」であって。。。

 

祭司たちや、商売をしていた人のことも、

きっと、解っていたのだろうと。

 

そう思う。。。

 

 

どんな人でも、人間であるがゆえに。

弱さを持っているのだ。。。ということを。

 

 

でもそれで。。。

 

結晶化して、ガチガチになっていた

マインドたちからの反感を買って。

 

 

結果。

ああいうことになって。

 

 

解っていながら。

それでも、貫いたのだろうな。。。と。

 

信念を。

真実を。

 

自分を守ることなく。。。

 

 

ホント。

すごい人だ。。。と。

 

そう思う。

 

 

 

もし。

 

今の世界にまた、イエスの魂が、

人間として表れたとしたら。

 

 

今のクリスチャンの人達は。

その人が、イエスだと。

 

見抜くことは出来るのだろうか。。。と。

 

 

そんなことを。

たまに、考えたりもする。。。

 

 

私だって、人のことは言えない。。。

 

 

私もまた。。。

弱さを持った人間であるのだから。。。

 

 

*******

 

 

つづく

「エッセネ派」という言葉を聞いた時。

 

身体的には、電流が走り。。。

感覚的には、妙に納得。

 

・・・という感じだったのだけれども。

 

 

頭では。

「エッセネ派」って、何だっけ?

みたいな感じだった。

 

 

最初に頭に浮かんできたのは、

カタリ派とかテンプル騎士団とかで。

 

だから、エッセネ派も。

そういう系。。。というか。

 

グノーシス系のグループの

ひとつだったっけ?と。

 

そんな風に思ったりもした。

 

 

そのあと、リーダーの彼女が、

エッセネ派について、いろいろ説明して

くれたのだけれども。

 

その彼女の話の中に、

「死海文書」という言葉が出てきた時。

 

私の中で、繋がったものがあった。

 

 

*******

 

 

もう、ずーっと前。。。

まだ私が、「情報漁り期」だった頃。

 

すごく夢中になって、いつも読んでいた

サイトが、ふたつあった。。。

 

 

それが、こちらのふたつ。

 

 

ヘブライの館

 

日本的霊性 神理研究会

 

 

久しぶりに見たけど。

懐かしい。。。

 

 

そのうちのひとつ。。。

この、『ヘブライの館』のサイトで知った、

「クムラン教団」と「死海文書」。。。

 

 

あの頃私はよく。。。

書店で、「死海文書」の本を

立ち読みしていたっけ。。。と。

 

そんなことを、思い出した。。。

 

 

そして、その死海文書を作成したとされる、

「クムラン教団」と呼ばれた人たちが実は、

「エッセネ派」なのではないか。。。と。

 

そう言われていたことを、

思い出した。。。

 

 

だからエッセネ派は、、、

カタリ派とかテンプル騎士団とは、

時代も国も違う人たちだ。。。と。

 

だんだんと、頭の中が

クリアになっていった。。。

 

 

*******

 

 

リーダーの彼女は、

こうも言っていた。。。

 

 

「ダスカロス曰く。。。なのだけど。

イエスは、エッセネ派の人だったんですって」

 

・・・と。

 

 

それを聞いた時。

私も、何かを解っていたわけではないけど。

 

まったく抵抗感を感じずに、

その話を受け入れている自分がいて。

 

それが自分でも。

とても不思議だった。

 

 

いつもだったら。

いろんなことを、疑うはずなのに(苦笑)

 

あの時だけは、妙にすんなり、

その話を、受け入れていたから。。。

 

 

*******

 

 

そんなわけで。

 

私は、「エッセネ派」のことがとても

気になりはじめ。。。

 

そのあとも、いろいろ調べたりした。

 

 

けれども。

 

エッセネ派についての情報は少なくて、

ハッキリとしたことは、何も解らなかった。

 

 

彼らは、聖書の中には、

登場してこない。。。

 

 

「エッセネ派」という人たちが

存在していたことが解ったのは。。。

 

ユダヤ戦争の記録書である、

『ユダヤ戦記』の中に、彼らのことが

書かれていたからで。

 

 

現代の研究者たちは。。。

そういった少ない資料を使って、

あれこれ、想像するしかないのが、

現状のようだった。。。

 

 

*******

 

 

ただ。。。

そういうのとは別に。

 

ダスカロスや、一部の神秘主義者達には、

違う見解もあり。

 

 

でも、そういう人たちの話には、

ハッキリとした証拠はないから。

 

 

だから、彼らの話をどこまで信じるのかは、

結局、自分次第になってしまうのだけど。

 

でも。

ダスカロスは、面白い話をしていた。。。

 

 

 

ダスカロスは、その教えの中で。

「シンボル・オブ・ライフ」という

図を使っていたのだけど。

 

 

ちょっと。。。

 

・・・というか、だいぶ、カバラの生命の樹に

似ているその図は。

 

ダスカロス曰く。

 

ユダヤのエッセネ派が、

エジプトの神殿から受け継いだもの。

なのだそうだ。

 

 

シンボル・オブ・ライフ。

 

生命の象徴。。。

 

 

 

ダスカロスのサークルで、

初めてこの図を見せてもらった私が、

思わず、口から出た言葉は。。。

 

 

「これって。

カバラの生命の樹にそっくり!」

 

・・・で(笑)

 

 

それで、私が以前。

カバラの学校に通っていた話になり。

 

リーダーの彼女も。

 

「カバラには興味があって。

私も勉強したいのよ」

 

・・・と言っていたのを覚えている。。。

 

 

 

以前、ブログで。

こんなことを書いたことがあった。。。

 

 

*******

 

 

フラワー・オブ・ライフ

 

 

カバリスト達は古の時代、、、  

エジプトのアレクサンドリアの図書館で、

ギリシャの哲学者達やスーフィーの人達と

意見交換をしたとかって。。。

 

そんな話も聞いたことありますし、、、  

 

カバラはその長い伝統の中で、

新しく必要なものはそこに取り入れ、  

要らなくなったものは捨ててきましたので、

 

そこにエジプトの教えが混ざりこんでいたとしても、

不思議ではありませんね。  

 

また、その逆もあるかもしれませんし。  

 

ユダヤからエジプトへ。。。という流れ。。。 

 

 

 

 

 

それからこれ、、、  

ダスカロスの教える、「シンボル・オブ・ライフ」  

 

 

 

 

 

 

初めてこれを見せられた時は、

カバラの生命の樹に思いっきりそっくりだと  

思ったのですが、ダスカロス曰く、厳密に言うと

それとは微妙に違うのだそうです。  

 

 

ダスカロスの「シンボル・オブ・ライフ」については

こちらに書かれていますね。  

 

 

シンボル・オブ・ライフ★  

 

 

ダスカロスのお話でも、これの起源は

古代エジプトとなっていますね。。。  

 

しかもあの、いろいろと噂のある

イクナートン(ツタンカーメンのお父さん)も  

出てきて面白いお話ではあります。  

 

 

ダスカロスのお話では、これはエジプトから

エッセネ派に伝えられたものであり、  

そのエッセネ派にイエスはいたことになっています。  

 

一方カバラのほうでは、イエスは元々はカバリスト

(ユダヤ密教の修行者)で、エッセネ派というのは、

カバラの一派だということになっています。。。  

 

 

それが発展していくうえで、そのグループごとに

多少色付けが変わっていくのは当たり前だと思います。  

 

ですので、その微妙な違いは、その民族や

グループそのものの個性をそこに反映した

結果なのだろうな、と個人的には思います。  

 

 

これだけ似ているのですし、

結局、「もと」はひとつなのでしょうしね。  

 

 

もとは同じものがいくつかの枝葉に分かれ、

その先に多様性が生まれる。。。    

 

 

それを観察者的な視点で眺め、

そのすべてに共通するものを

見つけ出したりすることが、、、

 

私は好きです。

 

 

*******

 

 

この、謎の「エッセネ派」は。。。

 

私にとっては、かなり

ひっかかったところでもあり。。。

 

 

ただ。

 

今までの自分の人生を

振り返ってみれば。。。

 

 

ミッション・スクールに、

カバラに、ダスカロス。。。と。

 

 

そうやって、今までぶつかって、

吸い寄せられてきたものを見れば。

 

 

自分がそこに、まったく縁はない。

 

・・・と考えるほうが。

 

逆に、不自然な感じがした。。。

 

 

*******

 

 

つづく

セミナー終了後。

 

その彼女は、すごく一生懸命になって、

サークルのリーダーの人を見つけてくれて。

 

私を、その人のところまで

引っ張っていってくれた。

 

 

日本の各地で開かれていたサークルには、

それぞれ、サークル・リーダーが

いたのだけれども。

 

その人は、そのリーダーの中の

代表をやっている人だった。

 

もう、だいぶ年配の男性。

 

 

彼女がその人に。

 

「この人が、サークルに入りたいと

言ってます」

 

・・・と言うと、その男性は。

 

「あ、そうなの?

住んでるところはどこ?」

 

・・・みたいな、軽いノリで

返事が返ってきた(笑)

 

 

ダスカロスのサイトを見ていたら、

サークルに入るのには、それなりに

覚悟を持って。。。

 

つまり、ダスカロスの教えを学ぶことに

真剣に全力投球するぞ。。。みたいな

覚悟がある人でないと、入れないものだと

ばかり思っていたので。

 

その人のその軽いノリに。。。

 

「あれ?」

 

・・・と。

 

ちょっと、拍子抜けした感じがした。

 

 

自分が住んでいる場所を伝えると、

その男性は、「あぁ、じゃあ、こっちこっち」と、

いきなり私を案内し始めて。

 

どこに行くのかと思いながらついて行ったら、

ひとりの、年配の女性のところに案内された。

 

 

その女性は、会場でダスカロスの本などの

販売を手伝っていた人だったのだけど。

 

私の住んでいる場所から、

一番近いところで開かれているサークルの

リーダーをやっている人なのだと。

 

その時、その男性が教えてくれた。

 

 

そして彼は、その女性に、

私がサークル入会希望者だと伝えると。

 

「じゃあ、あとはその人に聞いてね」

 

・・・と言って、その場から、

サーッといなくなってしまった。

 

 

いきなり、ポツンと。

二人だけで残されてしまった私達。

 

両者ともちょっと、

唖然。。。という感じだった(笑)

 

 

 

「えーと、入会をご希望なんですね?」

 

・・・と彼女は言い。

 

 

なんだか今更。。。

希望していたわけではないのだけど。。。

 

・・・とは、言い出せなくなってしまった(苦笑)

 

 

結局そのあと。

お互いの連絡先を交換し。

 

私もなぜか。。。

 

「これから、どうぞよろしくお願いいたします」

 

・・・と、そう挨拶して、その日は、

早々に別れた。。。

 

 

その時、彼女はとても忙しそうだったので、

これ以上、手間を取らせるのは、

悪い気がしたから。。。

 

 

そのあと、あの、隣の席に座っていた

彼女を探して、会場内をグルグル周り。。。

 

そして、やっと彼女を見つけ。

 

「ありがとうございます。

おかげで、話がまとまりました。

お世話になりました」

 

・・・と。

 

彼女の親切心に対して、

一言、お礼だけは言っておきたかったのだ。。。

 

 

そして私たちは笑顔で別れ。

 

彼女とは、それっきりだった。。。

 

 

 

会場を出て、一人で歩きながら。。。

 

自分は一体。

何をやっているんだろう?

 

・・・みたいな気分になっていた(笑)

 

 

・・・とは言っても、別にイヤな気分だった

わけではなく。

 

まるで、想像もしていなかった方へと

事は進み。。。

 

こういうのって、

なんだかすごく面白い。。。と。

 

そう思っていたのだ。。。

 

 

その後。

あのリーダーの彼女から連絡がきて。

 

私は正式に、そのサークルの

メンバーになったのだった。。。

 

 

*******

 

 

サークル内には、いくつかの規則があり。。。

 

私は、その規則に対しては、

抵抗感を感じることは、全くなかった。

 

なぜなら。

 

そういったルールが、「なぜ必要なのか」という。

その理由が。

 

すべて、手に取るように

解るような気がしたからだ。。。

 

 

リーダーの彼女は、その「理由」までは

説明しなかったけれども。

 

 

でもおそらく、そういったルールに

疑問を持ったり、同意できない人も

いるだろうと思った。

 

でも、どっちにしても、それはそれで。

 

受け入れられなければ、

サークルに入らなければいいだけのことだし。

 

私の場合は、ただ単に。

すんなりそれを、受け入れられた。。。

 

・・・ということなのだろう。

 

 

そのルールは、ダスカロスの性質を

受け継いでいるかのように。。。

 

どこか隠者的だった。。。

 

 

サークルを大きくしようという意志は、

誰にもなかったし。

 

ほとんど無償だったし。

 

だから、宣伝もしなければ、

大袈裟なことも言わない。。。

 

 

ハッキリ言って、地味。

 

 

でもだからこそ。

 

そういうところが。

私の性質にもあったのだと思う。

 

 

 

そんなわけで、本来だったら。

 

私がサークル・メンバーだったことも、

こういったブログでは書かないほうが

いいのかもしれなくて。

 

だから、当時は。

そのことは、外では一切話さなかったのだけど。

 

今はもう。

だいぶ、昔のことだから。

 

そこで出会った人たちのことを、

少しだけ。。。

 

 

*******

 

 

あのサークル・リーダーだった女性には、

私はなぜか、いつも、ものすごく

親近感を感じていた。

 

それがなぜなのかを、言葉ではうまく

説明できないのだけれども。

 

とても深いところで。

何かが通じ合っているような感覚が、

いつもあった。。。

 

 

サークルの中には、他にも数人、

人がいたけれども。

 

当時の私が、その不思議な親近感を

感じた人は、そのリーダーだけだった。

 

 

ある時、サークルに新しい人がやってきて。

 

その人は、まだ若い。。。というか。

私と同世代くらいの女性で、

教会(キリスト教)の牧師を

やっている人だった。

 

牧師。。。というくらいだから、

プロテスタント系だったのだろう。。。

 

 

その日のサークルでは終始。

その、牧師の彼女の話を聞くことのほうに、

熱意が傾けられていたような気がする。

 

 

 

こういう言い方は、なんだか傲慢に聞こえて

しまうかもしれないけど。。。

 

私は。。。

そのサークルにいた時、いつもどこかで、

 

「物足りなさ」

 

・・・を感じていたりした。

 

 

ここで話していることは。。。

自分にはもう、解っている。。。と。

 

そう感じていたのだ。

 

 

そしておそらく。

あのリーダーの彼女も本当は、

そうなのだろう。。。と思っていた。

 

 

もし。。。

この人と私の二人だけしかそこに

いなかったら。。。

 

そこでの会話は。

もっと、違ったものになっていただろう。。。と。

 

そう思っていた。。。

 

 

けれども彼女は。

 

サークルのリーダーとして、

そういうことは表には出さずに。。。

 

慎重に、周りの様子を見ながら、

話題を選んでいるのだろう。。。と。

 

そんな風に感じていた。。。

 

 

あの、牧師の彼女が参加した日。。。

 

サークル・メンバーのひとりが、、、

 

「あの牧師の方、これからもずっと

来てくれるといいですよね」

 

・・・みたいに言った時。

 

リーダーの彼女は、こう言った。。。

 

 

「おそらく、もう来ないと思うよ」

 

・・・と。

 

 

え?なぜ?と言っているその人に

リーダーの彼女は。。。

 

「あの人には、ここは物足りないと思う」

 

・・・と、そう言った。

 

 

リーダーの彼女はやっぱり。。。

いろいろ、解っている人だ。。。と。

 

そう思った。。。

 

 

そして私もまた。。。

牧師の彼女は、もう来ないだろうと。

 

そう思っていた。。。

 

 

*******

 

 

その日の夜。

リーダーの彼女からメールが来て。

 

 

「今日来ていた、あの牧師の彼女が、

カバラに興味があるそうで。

 

Lyricaさんが以前、カバラを勉強していたことを

話したら、ぜひ、先生を紹介してほしいと

言われたのだけど。。。

 

あなたのメアドを、

彼女に教えてもいいかしら?」

 

 

・・・と書かれていた。

 

 

私が了承すると。

そのあとすぐに、牧師の彼女から、

連絡がきた。。。

 

 

私は彼女に、松本先生の学校を紹介すると、

彼女はとても喜んでくれた。

 

 

早速、連絡してみる。と。

牧師の彼女は言っていたけど。。。

 

その後、どうなったのかは、解らない。

 

 

 

私はあの時。。。

あの牧師の彼女に、それ以上

深入りする気持ちは起きなかった。

 

でも、なぜか。

 

彼女もまた。

私とは相当、ご縁が深い人だ。と。

 

そう感じていた。

 

 

なぜなのかは、解らない。

 

でも。

そう感じたことだけは、確かだった。

 

 

そして今。。。

彼女が何を探し求めているのか。。。

 

そういうのが、とても見えるような気がして。

 

 

だからますます。。。

彼女はもう、あのサークルには来ないだろうと。

 

そう確信したりもした。

 

 

 

そして。

リーダーの彼女の予言(笑)通り。

 

牧師の彼女はあれ以来、

あのサークルに姿を現すことはなかった。。。

 

 

*******

 

 

サークルに通い始めて、もうかなり

経った頃。。。

 

リーダーの彼女がポツッと。

こんなことを言った。。。

 

 

「結局。ダスカロスがいないからねぇ。

私達だけでこうやって、色々やっててもね。。。」

 

・・・と。

 

 

あれって多分。

ポロッとこぼれた彼女の本音だったの

だろうと思うのだけど。。。

 

私はそれを聞いて。

彼女はやっぱり、色々と解ってる人だ。。。と。

 

そう思ったのを覚えてる。

 

 

そして。。。

そういうことを解っていながら、

それでも、誠心誠意をこめて、リーダーとして、

サークルを支えている彼女は。

 

とても素敵な人だ。。。と。

 

そう思った。。。

 

 

彼女は、多分。。。

どこかで、「使命」を感じていて。

 

それを全うしようと、努力していたのだと

思うのだけど。。。

 

そういう彼女の姿を見て。。。

 

私は彼女のことを。。。

すごく尊敬した。。。

 

 

 

そして。

彼女が目指しているものは、多分。

 

私のそれと、全く同じだ。と。

 

なぜか、そう感じて。。。

 

 

私は、「同志」に出会えたような気がして、

すごく、嬉しかった。あの時も。。。

 

 

*******

 

 

そんなある日。。。

 

リーダーの彼女が、、、

 

「これはね。私には解らないわよ?

解らないんだけどね」

 

・・・と前置きしたあとに、

こう言った。

 

 

「ダスカロスが。

 

このサークルに集まってくる人達は、

昔、エッセネ派にいた人達だと。

 

そう言っていたと、ハラランボスさんが

話してくれたことがあったのよ」

 

・・・と。

 

 

 

「エッセネ派」

 

・・・という言葉を聞いた瞬間。

 

私は、全身に電流が走ったような

感じがして。

 

 

「あ、そうか。。。私。

これを聞くために、ここに来たんだ」

 

・・・と。

 

 

頭ではよく解らないのに。。。

 

深いところで、妙に納得している

自分がいたのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

まだ、ダスカロスが生きていた頃。

 

そのサークルの中で、ダスカロスから

直々に教えを学んでいた生徒のひとりに。

 

ハラランボスさんという、

ギリシャ人の方がいた。

 

 

その人は、日本に住んでいたこともあり、

また、奥様が日本人だったので。

日本語はペラペラだった。

 

 

ダスカロス亡き後。

ハラランボスさんは、この日本で、

生前、ダスカロスが行っていたように、

定期的にサークルを開き。

 

 

私達日本人に、ダスカロスの教えを

伝えていたのだそうだ。

 

 

私が、ダスカロスのことを知った頃は。

ハラランボスさんは、もうすでに

ギリシャ在住になっていて。

 

毎年一度だけ来日されては、

セミナーのような形で、ダスカロスの

教えを伝えていた。

 

 

*******

 

 

私が、ダスカロスに興味を持ち始めて、

すぐの頃。

 

近々、ハラランボスさんが来日して、

セミナーを開く。。。という情報を

目にした。

 

 

けれども、その時は。

私は、セミナーに参加する気には

ならなかった。

 

 

なぜなら。。。

 

「だって。ハラランボスさんは、弟子で。。。

ダスカロス本人ではないし。。。」

 

・・・みたいな気持ちがあったからだ。。。

 

 

そんなわけで、その年のセミナーは

見送ったのだけど。

 

その翌年。。。

 

やっぱり、一度は参加してみるか。。。

 

みたいに気持ちが変化したので、

行ってみることにした。

 

 

 

ダスカロスに関心を持つようになってからは、

時折、ブログでダスカロスの本の

感想を書いていたりもして。

 

そのブログを読んでくれていた、

ステンドグラスの彼もまた。

 

それに引きずられるような形で、

ダスカロスにのめり込んでいって。

 

そうやって私たちはよく。

ダスカロス談議をするようになって

いったのだけど。

 

 

だから本当だったら、ハラランボスさんの

サークルも、彼と一緒に参加しても

おかしくはなかったのだけど。

 

 

面白いことに。

 

ちょうどその頃、ステンドグラスの彼との

連絡は、しばらく途絶えていて。

 

 

だから、私は。

そのセミナーは、ひとりで参加した。

 

 

自分から彼に、連絡しよう。

みたいな気持ちは、ほとんど起こらなかった。。。

 

 

*******

 

 

「魂」という視点から、

物を見るようになってきた頃から。。。

 

私はあまり。

「人」に執着しなくなった。。。

 

 

今、現在。

その人と、どういった関係であるか。。。

 

・・・ということよりも、「縁」を通して、

物事を見るようになっていった。

 

 

それが、自分の中に定着していくと、

自分の行動の中に現れたものは。。。

 

 

「来るものは拒まず。

去るものは追わず」

 

・・・で。

 

 

自分の方から、相手に何か、

アプローチをする。

 

・・・ということが、ほとんどなくなった。

 

 

縁があれば。

そして、自分にまだカルマが

残っていれば。

 

それは、自分の意思とは関係なく、

自然と起こるだろうから。。。と。

 

 

もちろん。

 

自分が何かを必要としている。と

感じる時は、無理矢理そういうことに拘らず。

自ら、行動したりもするけれども。

 

 

ただ。。。

 

「その関係性を継続させる」

 

・・・ということに拘って、

必死になる。

 

・・・みたいなことは、、、

なくなっていった。

 

 

 

なぜなら。

 

魂的な絆は。。。

ずっと切れることはない。。。

 

・・・ということが、解ってしまったから。。。

 

 

 

感情ベースで生きているタイプの

人からはよく。。。

 

「冷たい」とか。

「寂しい」とか。

 

そう思われるようなのだけど(苦笑)

 

 

なんだか、いつの頃からか。

 

誤解も恐れない自分になっていた(苦笑)

 

 

*******

 

 

大幅に話はそれたけど。

 

そういうわけで私は。

ひとりで、ハラランボスさんの

セミナーに出かけて行った。

 

 

「ダスカロス本人ではなく、

生徒の人だから」

 

・・・と。

 

正直、最初は。

ほとんど期待していなかったのだけど。。。

 

実際に、ハラランボスさんの

お話を聞いていたら。

 

ハラランボスさん自身の放つ

エネルギーが美しすぎて。。。

 

涙が出そうになった。。。

 

 

そして。。。

 

ダスカロスの凄さを。。。

改めて、実感した。

 

 

 

その教師に師事して学んできた

生徒たちの放つエネルギーを見れば。

 

その教師の本質が、

解るような気がした。。。

 

 

私は。。。

生きているダスカロスに会うことは

なかったけれども。。。

 

そのダスカロスと深く関わってきた人。

 

ハラランボスさんの放つこの雰囲気で。

ダスカロスの何かが解ったような気がして。

 

 

あの時。。。

ダライ・ラマの時と同じように。。。

 

自分も。

こういうエネルギーを放てる人に

なれたらいいな。。。と。

 

素直に思い。。。

 

 

自分をそういう気持ちにさせてくれた

ハラランボスさんに。

 

そして、ダスカロスに。

 

心から、感謝した。。。

 

 

*******

 

 

セミナーの休憩時間。。。

 

私は、隣に座っていた女性と、

妙に意気投合し。

 

おしゃべりに花を咲かせていた。。。

 

 

 

ハラランボスさんがまだ、

日本在住だった当時に開いていた

サークルの生徒だった人たちが。

 

今は日本でリーダーとなり、

各地でサークルを開いていることは、

ダスカロスのサイトなどで

知っていたのだけど。

 

その頃は、ほとんど関心を

持ってはいなかった。。。

 

 

でも、隣に座っていた彼女のお友達が、

以前、そのサークルにいたことが

あったのだという話を聞いて。

 

私は、ついつい、こう言ってしまった。

 

 

「わぁ~~、いいなぁ~~~

私も参加してみたい」

 

 

・・・と。

 

 

これもまた。

私の悪い癖だ(苦笑)

 

社交辞令。というか。

つい、こういうことを、軽く言ってしまうのだ。。。

 

 

私のその言葉を真に受けた彼女は。。。

 

「あ、じゃあ、あとで紹介してあげる。

支部のリーダーに」

 

・・・と言い。

 

 

私はあの時もまた。。。

断るに断れなくなったのだけど。。。

 

 

でも、同時に。

心の底ではやっぱり、感じていた。。。

 

何かの「流れ」。。。を。。。

 

 

*******

 

 

つづく

当時のことを思い出すために、

古い日記を読んでいると。。。

 

 

結局私は。

 

今も昔も、根本的なところは

何も、変わっていないのだな。。。と。

 

そう感じる。

 

 

私の「軸」は。

19歳の時から、まったく変わっていなくて。

 

でも、時を経て。。。

 

10年前と今と。

何が変わっているのかと言えば。

 

 

この世界に対する、

執着心の強さ。。。かな。。。

 

 

熱が冷めた。。。

 

・・・みたいな。

 

 

*******

 

 

ダスカロスがお茶目だな。。。と

感じた場面は、多々あったけど。

 

『メッセンジャー』の本の中に、

ダスカロスと宇宙人(異次元存在)の、

こんな会話があった。

 

 

 

宇宙人:「愛に関して話しましょう。なぜなら、

あなたは愛を想像しているだけなのです。」  

 

 

ダスカレ:「どういうことですか?」と私は聞いた。  

 

 

宇:「あなたは愛の分子に焦点を合わせて、

愛が分かったと思っています。    

 

肉体はどのくらいそれが完璧であっても、

愛する者がそれを神聖にしたとしても、

完全な愛ではありません。」  

 

 

ダ:「言いたいことは分かりますが、

これを邪悪と呼ぶのですか。」  

 

 

宇:「いいえ、邪悪とは言いません。

不完全と言いましょう。

 

もっと高い視野から、

愛する者を見ることができますか。」  

 

 

ダ:「でも、ここからでも、美しいんですが。」

 

と私は弁解した。  

 

 

宇:「美しくないとは言っていません。

しかし、あなたが魔法にかかったように

なっているというのは間違いないですよね。」  

 

 

ダ:「愛ですからね。」  

 

 

宇:「本当の愛とは何であるか、

理解していないことが分かりますか。    

 

この瞬間、愛する者がカルマのせいで

身体を失い、あなたはその人を

失うことになったとします。」

 

と彼は言った。  

 

 

ダ:「カルマはそのようなことを起こし、

それでイアコヴォスを返してくれました。」  

 

 

宇:「いいでしょう。」と彼は続けて言った。  

 

 

宇:「あなたがそう望んだから、

カルマは彼をあなたに返しました。    

 

しかし、形を超えたところで

愛を見つけることはできるでしょうか。」  

 

 

ダ:「ええ。」  

 

 

宇:「では、なぜそこに意識の焦点を

持っていかないのですか。    

 

なぜ、形が必要なんですか。」  

 

 

ダ:「形が美しいからです。」と私は答えた。  

 

 

宇:「美しくないとは言っていません。

不完全だと言っているのです。    

 

あなたは神としては小さいし、

人間にしては大き過ぎますね。」  

 

 

ダ:「私が小男でないことを神に感謝しなくてはね。」 

 

と、ダスカロスは大笑いをして、宇宙人との

心理分析の話し合いを続けて語った。

 

 

*******

 

 

私はこれを読んで。

思わず、爆笑してしまった。

 

ダスカロス。

 

完全に、宇宙人のことを

おちょくっているよね。。。と(笑)

 

 

宇宙人たちの言ってることは、

いつも、ごもっとも。

 

なのだけど。

 

 

私はやっぱり。

 

「人間」というものを、

身を持って、しっかり理解している、

ダスカロスやダライ・ラマのような。

 

人間の教師が好きで。

 

 

クールに「絶対愛」を語る宇宙人を、

からかって遊ぶ。

 

ホットなダスカロスに、

心惹かれる。。。

 

 

 

子供時代に、自分が何を思っていたのか。

子供の頃は、どう感じていたのか。

 

子供の頃の自分には。

世界がどういう風に見えていたのか。

 

そういう感覚を、すっかり忘れてしまった親って。

きっと、子育てに苦労するだろうと。

 

これは、私の自論なのだけど。

 

そう思ってる。

 

 

ましてや。

「人間」を経験したことのない宇宙人に。

 

人間を、「本当に」理解することは、

おそらく、困難なことなのだろう。。。

 

 

だから彼らは。

 

「本当の意味」では、

私たちに寄り添えない。

 

 

親切にアドバイスしたつもりが。

逆に、相手を混乱させることも、

しばしば。

 

 

宇宙人たちは。

私達に何かを伝えようとする前にまず。

 

人間というものを学んで、

人間をちゃんと、理解してほしいと。

 

 

常々思っていたから。

 

 

ダスカロスのこの会話は。

お腹を抱えて、笑ってしまった。

 

 

*******

 

 

つづく

ダスカロスについて。。。

 

ダスカロス日本語公式サイト

 

 

ダスカロスの教えの核と

なっているものは。

 

簡単に言ってしまうと、イエスが

弟子たちのみに伝えた教えだった。

 

秘伝。みたいな。

 

 

今の新約聖書で伝えられていることは、

イエスの教えの「一部」で。。。

 

イエスの死後、その弟子たちが、

広く一般に向けて伝えたものだけど。

 

 

ダスカロスが教えていたのは、

当時の弟子たちのみが、イエスから

(おそらく口伝で)伝えられた教え。

 

・・・とのことだった。

 

 

 

私は、ダスカロスの本を読みながら、

もう、胸がドキドキしてしまって大変だった(笑)

 

ワクワクを通り越して。

ドキドキ。。。みたいな。

 

「そう。これなの!これ!!」

 

・・・みたいな。

 

うまく言えないけど。。。

ものすごく、高揚した感覚になった。。。

 

 

*******

 

 

昔、ミッション・スクールに通っていた頃は、

私は、キリスト教が大嫌いだったのだけど。

 

あの頃、自分が「何を」嫌がっていたのか。。。

 

大人になってからも、

いろいろ考えたりしていた。

 

 

私は多分。

 

「教会」が嫌いなのだ。。。

 

「教会」。。。というか。

 

「組織の在り方」と言ったほうが、

正しいのかもしれないけど。

 

 

おそらくそういう部分に、

人間的なエゴイズムを感じて。

 

違和感を抱くのだろうと。

 

 

また。

通っていた学校は、プロテスタント

だったけれども。

 

カトリックにも、プロテスタントにも

共通しているものがあって。

 

 

それはどちらも。

 

「パウロ」の伝えたことを、

そのまま継承しているということ。

 

 

私にとっては。

 

パウロの教えは、「イエスの教え」ではなく、

「パウロの思い」のように感じていて。

 

だから、それを「イエスの教え」として

継承する教会に対して。

 

違和感を感じてしまうのだと思う。

 

 

そして私はそこに。。。

感覚的に馴染めなかったのだろうと思う。

 

 

だからと言って、パウロが間違っていた。

・・・とまでは、言わないし。。。

 

あれもまた。

歴史の中、必然の流れだったのだろうとは

思っているけれども。

 

ただ。。。

彼の伝えたことや、教会の教えることに、

胸がときめかないのは、事実だった。。。

 

 

 

けれども、ダスカロスの話すことには、

私は、いちいちドキドキして、感動した。。。

 

そしてそれが、「イエスの教え」だと

言うのならば。。。

 

私は、イエスのことは、

本当に、大好きだ。。。と。

 

そう思ったのだった。。。

 

 

*******

 

 

イエスだけでなく。。。

 

ダスカロスという人の在り方も。

私は大好きだった。。。

 

人として、尊敬できる人だった。。。

 

 

ダスカロスとか、ダライ・ラマとか。

 

私が好きになる人には共通点があって。

 

それは、一言で言えば。

 

「お茶目」

 

・・・なこと。

 

 

そして、本当はすごい人なのに。。。

ものすごく、謙虚であること。。。

 

 

彼らはたまに。

ちょっと、いたずらっ子になって。

 

皮肉っぽいことを言ったりもするのだけど。

 

それは、かなり辛辣で、

鋭いところを突いてくるのだけど。

 

それを聞いている私は、

イラッとならずに、スカッとなる。

 

 

そういう部分が。

私にとってはけっこう、重要だ。

 

 

「人徳」。。。

 

 

こういうのって、ごまかせない。。。

 

・・・と思うから。。。

 

 

どんなに、立派な言葉で飾っても。

 

その人が放つエネルギーは。

嘘をつけないような気がするから。

 

 

ダスカロスも、ダライ・ラマも。

 

「自分の言うことを、そのまま信じるな」

 

・・・と言っていること。

 

 

そして彼らが、

本物の、慈愛の心を持っていると。。。

 

それを体現している人だと。。。

 

私にそう、感じさせてくれたこと。

 

 

自分の理想を体現している人が、

実際に、ここに存在してくれていること。

 

 

それって。

ものすごく嬉しいことだった。。。

 

 

 

こうして、書いていても。

すごく、解る。。。

 

 

大好きなんだな、私。

 

彼らのこと。

 

 

「大好き」

 

やっぱり、これに限る。

 

 

その人が、何を言っているか。よりも。

 

理屈ではなく。

胸がときめくか、ときめかないか。

 

 

もう。

これだけなのではないのか。と。

 

 

そしてそういう反応の根底には。

 

「縁」と「カルマ」があるのだろうと。。。

 

 

*******

 

 

ダスカロスは、教師でもあったけど、

同時に、ヒーラーでもあった。。。

 

小さい頃から、ヒーリング能力はあったらしく、

「奇跡の治癒」の噂を聞いた人たちが、

世界中から彼を頼って、訪ねてきていたそうだ。。。

 

 

彼は、常に無償で。

そういった人たちを癒していた。

 

彼らからお金をとることは、

一切しなかった。

 

 

普段は、郵便局の職員(だったかな?)

として働くことで、生計を立てていたそうだ。

 

定年まで普通に働いて。

老後は、秘教のサークル活動などを

続けていた。。。

 

こっそりと。

 

 

ダスカロスのもとにはそうやって、

人づてに彼の話を聞いた人たちが、

どんどん集まってきていたけど。

 

彼はそれで。

有名人になろうとは思っていなかった。

 

自ら自分のことを宣伝することは、

一切しなかった。

 

 

「真理の探究者にとって、

名声とは罠なんだ」

 

・・・と。

 

ダスカロスは、そう言っていた。

 

 

こういうものは、もう、本当に。。。

 

私の理想の在り方だった。。。

 

 

*******

 

 

ダスカロスを、世界的に有名にしたのは。

キリアコスという、『メッセンジャー』の本の著者で。

 

それは、ダスカロス本人の意思では

なかったけれども。

 

でも。

 

おそらく彼は。

 

「これも神の意思」

 

・・・だと、解っていたのだろうな。

とも思う。

 

全体にとって。

必要な流れなのだろう。と。

 

 

だから彼は自分のことは、

「ダスカロス(先生)」と表示し、

決して、本名は明かさないことを条件に。

 

キリアコスに、本を書くことを

許可したのだろうと。

 

 

 

その後、このキリアコスが

いろいろやらかして(笑)

 

ダスカロスにとっては、

ちょっと、めんどくさいことが

起こったりもしたけれども。

 

 

でもきっと。

そういうことも、全部ひっくるめて、

 

「すべてが必然」

 

・・・であることを、ダスカロスは、

理解していたのだろうし。。。

 

 

私もまた。。。

 

キリアコスが本を出してくれたおかげで。

 

こうして、ダスカロスに出会うことが

出来たのだと思うと。

 

 

この世は本当に。

 

悪いことは、

ひとつも起こらないものだ。。。と。

 

 

そう。

実感する。。。

 

 

*******

 

 

つづく

そのブログには、共感することが多くて。

面白い。。。と思ったけど。

 

その後、そのブログを書いている人と

交流を持ったりすることはなかった。

 

 

その頃の私はもう、

ネット上で、誰かと交流することには、

興味を失っていて。。。

 

 

だからあの頃は。。。

その人に限らず、誰かと掲示板や、

ブログのコメント欄などで

あれこれ話したりすることも、もう、

ほとんどしていなかったし。

 

それどころか、他の人のブログを読む。

ということすら、しなくなっていた。

 

 

だからあの時は。

 

自分が誰かのブログに興味を持ち。

 

こうして、読んでいること自体が、

なんだか珍しいな。と思ったりしていた。

 

 

*******

 

 

そのブログを書いている人は、

ものすごい読書家のようで。

 

スピリチュアルに関する本を、

山のように読んでいるようだったけど。

 

その人が、イチオシしていたのが。

キプロスの賢者、ダスカロスだった。。。

 

 

そしてあれが、私にとっては。

 

ダスカロスとの

運命の出会いだった(笑)

 

 

その時のこともまた、

以前のブログに書いてある。。。

 

 

*******

 

 

ダスカロス

 

 

 ダライ・ラマ、大好き。。。

 

と思い始めたある日、ふと

 

「ダライ・ラマはOSHOのことを

何て言っているんだろう?」

 

と思ったので、いろいろ検索していたら、

あるブログにたどり着きました。。。  

 

その方がとてもお薦めされていたのが、

キプロスの賢者、ダスカロスでした。。。  

 

 

ダスカロス。。。  

 

 

ダスカロスもやっぱり2006年頃だったのですが、

当時、スピリチュアルのことをいろいろ

お話させていただいていた方たちの間で、

話題になったことがありました。。。  

 

ダスカロスの本をある方が紹介してくださって、

仲間内の方々が次々とその本を読まれ。。。  

 

 

その中のひとりの方にお会いした時、

 

「あの本、ホントにいい本だったよ。」  

 

・・・と教えてくれたりもしたのですが、

当時の私は。。。  

 

あの頃は、OSHOのことで

頭がグルグルしていた時だったので、  

 

興味があっても、

手を出す余裕がありませんでした。。。  

 

HPなどはたまに拝見していましたが。。。  

 

 

ただ当時も。。。  

 

ダスカロスの、隠者的な性質には

とても好感が持てたのを覚えています。。。  

 

 

先日。。。  

OSHOのバルド瞑想などのCDを注文して、

それが手元に届くのを待っている間に、

その方のブログにたどり着きました。。。  

 

そこでダスカロスの事が目にとまり。。。  

 

すっかり忘れていたダスカロスでしたが、

その時はなぜだか急に、

興味がわいてきたのです。。。  

 

 

私と同じように、ダライ・ラマに強く

共感されている方が薦められていたので、

余計。。。だったのかもしれません。。。  

 

なんとなく、直観が走ったのですよねぇ。。。

 

 

*******

 

 

2006年当時の、「スピの仲間」というは、

ミクシィであれこれ話していたお仲間のことで。

 

「あの本、ホントにいい本だったよ」

 

・・・と言っていたのはたしか。

ホピの彼女だったと思う。。。

 

 

そして私はまた。。。

記憶違いをしていたようで(苦笑)

 

 

OSHOのバルド瞑想を観る前に、

もうすでに、先にこの方のブログに

辿り着いていたんだ。と。

 

今、解った。

 

 

記憶していた順番と。

逆だった。。。

 

 

 

今にして思えば。

 

2006年はまだ、私にとっては、

「時期ではなかった」のだと思う。。。

 

ダスカロスの世界と、

ちゃんと関わる時期では。。。

 

 

この日記の日付をみると、

それは、2009年で。

 

その三年の間に。

私もいろいろと、準備が整ったり

したのかもしれない。

 

 

あの時、ダスカロスのこの本を読んで。。。

 

 

 

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その後はもう。。。

 

グイグイと、彼の世界に引き込まれて

いくことになった。。。

 

 

*******

 

 

つづく