TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -20ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

今日の夕方あたり。

 

日本でも、緊急事態宣言が

発令されるとのこと。

 

 

ここのところずっと。

 

横目で世界の動きを眺めながら、

黙々と記憶の整理を続けていたけれども。

 

 

つまり。

外側の世界ではなくて。

 

自分の内なる世界を

旅し続けていたけど。

 

 

今の世界の動きが、

ものすごく激しくて。

 

激流で。

 

さすがに気持ちが。

こっち方面に引っ張られるように

なってきたので。

 

 

久しぶりにこっち側を。

注視しておきたくなってきた。

 

 

*******

 

 

ウイングメーカーの情報に出会い。

 

社会のからくりに気づき始めたのは、

今からもう、かれこれ20年近く前。

 

あれから、いろんなことがあり。

いろんなことを、考え、感じ。

 

いろんな「思い・想い」というものを、

経験してきた。

 

 

だから、今はもう。

大抵のことでは、驚かなくなっている。

 

 

驚いたり、ショックを受けたり、

恐れたり。。。

 

怒ったり、倒そうとしたり、

 

自分自身で何か行動をして。

なんとか、世界を変えようとしたり。。。

 

 

そういう、数々のポイントを、

私も通り過ぎてきたけれども。

 

そういうことを経て。

最終的に辿り着いた境地は。

 

 

「自分自身の心の平安を保つ」

 

 

・・・だった。

 

 

だから今は。

 

どちらかというと。

 

「参加者」ではなくて。

「傍観者」の意識のほうが、

強くなってきていた。。。

 

 

 

今から数年前。。。

 

大人になり、だいぶしっかりしてきた

子供達や、子供達世代の若い人たちを

見ているうちに。

 

すごく感じたものは。

 

「世代交代」

 

・・・というもので。

 

 

だから。

 

これからの時代のことは。

 

エネルギー溢れる、

これからの人達に任せよう。。。と。

 

そんな気持ちになって。

 

 

気分はもう。

すっかり、おばあちゃんに(笑)

 

 

自分自身が。

若者たちの行く道を塞ぐ。

 

頑固で固い岩には。

なりたくなかったのだ。。。

 

 

そうなる前に。

引退しようと。

 

 

そう思っていた。。。

 

 

*******

 

 

今。

 

そういう世代の若者たちが中心となって、

ある動きが活発になってきていて。

 

特に、この日本ではまだ。

それは、柔軟性のある若者が

中心となっていて。。。

 

私達大人の意識には。

まだまだ、浸透していない。。。

 

 

ただ。

そういう動きを見ていて感じるのは。

 

 

ウイングメーカー的な世界が今、

かなり、現実化してきている。。。

 

・・・ということで。

 

 

そして、より感動したことと言えば。

 

今の若い人たちが、

良い意味で、冷めていること。

 

冷めている。というか。

 

覚めている。醒めている。。。

 

 

どういうことかと言えば。

 

「情報」に対して、

感情で、反応しなくなっている。

 

・・・ということ。

 

 

正直言えば、私はこれまでずっと。。。

 

ウイングメーカーのジェームズが

提供するマテリアルが。

 

天使的なものなのか。

それとも、悪魔的なものなのか。と。

 

それをどこかで、

判断しかねていたところがあり。

 

 

でもそれは。

どちらのもの。というよりかは。

 

受け取る人次第で。

 

どちらにもなるのだろう。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

そういった「情報」に対する姿勢が。

やっぱり。

 

情報の洪水の中で育った若者たちは、

だいぶ、洗練されてきているようで。

 

彼らの多くが、「メディア・リテラシー」を

ちゃんと身につけている感じがして。

 

なんだか、ホッとした。

 

 

そして彼らは。

 

感情の部分では、冷めていても。

 

しっかりと、「熱」は持っている。。。

 

 

その「熱」が。

世界を動かしていくのだとも思う。

 

 

 

私達のような世代の大人は。

私達の生きるべき時代を生きてきた。

 

そこで、必要なことをたくさん

経験してきての、今だ。。。

 

 

この年になっても。

未だに、ガツガツしている人は

いたりするけれども。

 

これまでに、「真剣に」生きてきたならば、

多分、身につけているはずだとも思う。。。

 

穏やかさ。。。を。

 

心の平和を。

 

 

そういう大人たちが。

 

「見えない部分」。。。

 

つまり、「意識」によって、

影響を拡げていくのだとしたら。

 

 

現実を、パワフルに動かしていける、

そういう「熱」を持った、

20代、30代の若者たちが。

 

「行動力」をもって。

 

世界を動かしていくのだろうな。と。

 

そんな気がした。

 

 

中には、「例外」もいるけど。

 

そういう役割を持った人というのは。

今既に、そういうポジションに配置されて

いたりするしね。

 

 

*******

 

 

世界には、いろんな「層」があり。

 

今、ある層では。

コロナの混乱が起こっているけれども。

 

また違う層では。

全然違う物語が展開されていて。

 

 

その、隠された物語が。

今後、どういう風に展開していくのかは。

 

私にはもう。

静観していることしか出来ないけど。

 

 

ちょっと。

見ていたいな。と思った。。。

 

 

もちろん。

健全な懐疑心は、

常に持ちながら。

 

 

そしてちゃんと。

手洗い、うがいもしながら(笑)

 

 

*******

 

 

ここからは、かなり余談だけど。

 

これもまた。。。

子供達への遺書として。。。

 

 

ひとつの、物語を。

 

 

*******

 

 

もし、私が。。。

 

この世界のクリエーターだったら。

 

 

まずは、舞台を創って。

 

そして。

自分の分身をたくさん創って。

 

その分身たちが、何をし始めるか、

見ていると思う。

 

 

分身たちは、クリエーターの私

そのものだから。

 

自分たちでなんでも創って。

 

完全に満たされた平和な状態で、

時が経過していくだろう。。。

 

 

そういう状態も見飽きた頃。。。

 

私はそこに。

新しいシステムを加えると思う。

 

 

それは。

 

「忘却」

 

・・・というシステム。

 

 

分身たちはそのシステムによって。

 

自分達が、クリエーターの私自身

だったことを忘れる。。。

 

分身たちは、自分達全員が。

もともとは、同じ存在だったことを忘れる。

 

 

私はその、、、

忘却のシステムのことを、

こう呼ぶと思う。

 

 

「ルシファー」

 

光を運ぶ者。。。と。

 

 

そういう制限をつけた

自分の分身たちが。

 

そのあと、

どういう風に動いていくのか。。。

 

私はただ。

 

それを観ていると思う。。。

 

 

分身たちには。

創造の力は残っていたけれども。

 

その、使い方をすっかり

忘れてしまっていたために。

 

いろんなものを生み出した。

 

 

神や、悪魔のようなものまで。

 

 

そして。

自分たち自身で創り上げたものによって、

支配されるようになっていった。

 

 

時折。

 

そのルシファー・システムが

バグを起こして。

 

ハッと思い出す分身も、

ちらほらと、いたりした。

 

 

そんなことを、繰り返していた。

 

 

ある程度時間が経過したら。

 

私はまた、そこに新たな

システムを組み入れようと。

 

そう思っていた。

 

 

ただ。

 

あらかじめ、

決めていたことがあった。

 

そのひとつは、

システムを組み入れる時期。

 

 

その時期の目安は。

 

分身たちの作った道具が。

分身たちを支配するまでに

進化してしまった時。

 

 

そして。

その時期が来た時に。

 

分身たちの世界に。

 

天使的な創造物と、

悪魔的な創造物のどちらが多く

生み出されているかを、

見極める。

 

・・・ということも、決めていた。

 

 

もし。

 

悪魔的なものが多かったら。

 

ルシファー投入のところまで

巻き戻して、やり直し。

 

 

天使的なものが多かったら。

 

新しいシステムを投入しよう。と。

 

 

私は、決めていた。

 

 

 

 

もう、大昔。。。

 

まだ、レイオルトと対話していた頃。

 

自我と魂が。

まだまだ、ふたつに分かれていた頃。

 

こんな風に言われたことがあった。。。

 

 

「影響力というものに、気づいた?

 

それは、見えないところで伝わっていくんだよ。

 

だから、言葉には気をつけて」

 

・・・と。

 

 

その時。。。

他にも何か言ってた気がするけど。。。

忘れてしまった(苦笑)

 

 

*******

 

 

OSHOのグループの人達と

しばらく交流し。。。

 

そして、そこから離れて、

ある程度、冷静になった頃。。。

 

 

「洗脳される。。。って、きっと。

ああいう感じなのだろうな」

 

・・・と。

 

そんな風に思ったりした。

 

 

もちろん。

 

彼らが悪意を持って、

意図的に私のことを洗脳しようとしたとか。

 

そういうことでは、全くなくて。

 

 

それどころかむしろ。

 

彼らは、善意の人達で。

 

彼ら自身の真実を、

生きていた人達だったと思う。

 

 

ただ。。。

 

私とは、「こう在りたい」。。。という形が、

ほんの少し、違っていただけだ。。。

 

 

最終的に、辿り着きたいところは

同じであっても。

 

辿りたい道が、違っていた。。。

 

 

それを。

 

私のハートは、

最初から解っていたのに。

 

頭が。。。

マインドが混乱した。。。

 

 

なぜ、混乱したのかと言ったら、、、

多分。。。

 

私だけがそこで。

異邦人だったから。。。

 

 

周りの人たちがみんな、

足並みを揃える中。

 

みんなが、OSHOに心酔し。

彼のうしろを、フォローしている中で。

 

そういう気持ちになれない自分って。。。

 

OSHOを尊敬する気持ちに

なれない自分って。

 

もしかして、どこかダメなの???

 

・・・みたいな気分になってきたりもした。。。

 

 

そうこうするうちに。。。

 

今までの自分の信念が崩れ始め。

 

「あぁ、そうか。。。

今までの自分が、間違っていたのかも

しれないな。

 

うん、そうだ。

私がまだ、解っていなかったんだ」

 

・・・なんて思うようにさえなり。

 

 

そんな時に。

まるで、とどめを刺されるかのように、

周りの人達から。。。

 

「それ(今までの信念が崩れること)は、

良いことだよ」

 

・・・なんて、言われたりする。

 

 

もちろん、彼らに悪意がないのは解るし。

 

むしろ。

彼らは本当に、心からそう信じているのが

ひしひしと伝わってくるから。

 

逆に。

自分自身を疑うようになっていった。。。

 

 

信じる。。。

信じ込むエネルギーって。

 

良くも悪くも。

すごく、強力なものなのだと思う。。。

 

 

良くも。悪くも。

 

 

そんな状態の中で。。。

 

ハートは、バリバリに違和感を

感じていることに。

 

私は、常に気づいていた。。。

 

 

マインドがどんどん。

自分のハートの言うことを

聞かなくなっていっていることにも。

 

気づいていた。

 

 

この、「気づいていた自分」というのが。。。

 

「魂としての自分」

 

・・・で。

 

 

そこからも、更に離れたところから、

自分も、そして自分以外の全ての人も。

 

自身の中で勝手に展開されていく、

「幻想の物語の登場人物」として見ている自分。

 

その物語をただ、観ているだけの私が。

 

「すべてである私」

 

・・・だったりする。

 

 

そして。

 

「本当に実在している」のは。

 

過去も未来も、今、この瞬間も。

 

その、「すべてである私」しかいない。

 

 

 

あの、混乱期。

 

そうやって、マインドは、

外側の情報や、他の人の話ばかりに、

耳を傾けるようになっていったけど。。。

 

 

それでも、最終的には。

私は、自分のハートの声に従った。

 

自分の魂の声に、より忠実な。

ハートからの声に。

 

 

そういう私の選択が、、、

たとえ周囲の人達の目には。

 

「エゴの執着」と映ったとしても。

ただの、頑固さに映ったとしても。

 

そんなものは、関係ない。

人目なんて、気にしてはいられない。

 

 

だって。

これは、私の人生なのだから。

 

 

たとえ、誰にも理解されずとも。

私は、私の信じた道を行こう。。。と。

 

 

最終的には。

そう思った。

 

 

 

今でも、あの時の選択には。。。

みじんの後悔もない。。。

 

 

でももしあの時。。。

 

自分のマインドの声に従っていたら。

 

私はきっと。

いずれ、後悔しただろうな。。。と。

 

今でも思う。。。

 

 

あの経験の中。

実感として、しみじみ学んだことは。

 

マインドというものは、本当に。。。

 

いとも、簡単に。

 

外からの情報に、

影響されてしまうのだな。。。

 

・・・ということだった。。。

 

 

それまでは。

 

変な宗教に引っかかる人たちを見て。

 

自分は絶対大丈夫。。。と。

 

そう、たかをくくっていたけど。

 

 

いやいや。。。

 

自分にもあり得ることだ。と。

 

 

本当に。

人生、何が起こるか解らないものだね。。。と。

 

 

そんな風に思ったな。。。

 

 

*******

 

 

私と出会った頃の、韓国の彼女は。。。

 

未だその、混乱から完全には

抜け切れていないように見えた。。。

 

彼女の中にまだ。

迷いが見えた。。。

 

 

そんな彼女の姿に。。。

以前の自分が重なった。。。

 

 

だから私は。。。

 

自分自身の体験談を彼女に話しながら。。。

 

「自分の心の声を、

信じてあげて」

 

・・・と、伝え続けていた。。。

 

 

もし彼女が。

傲慢で、やたらと自信過剰な人だったら。

 

「もう少し、人の話も聞いたら?」

 

・・・と、きっと言っただろうけど。

 

 

彼女は繊細で。

人のことを受け入れすぎて。

 

だから、すごく迷ってしまっている

ように見えたから。。。。

 

 

 

あの時も私は。。。

 

私が迷っていた時に。。。

 

占い師の彼や、絵描きの彼が、

そこにいてくれたように。。。

 

今度は、自分が。

その役をやる番なのかしら?

 

・・・みたいな、気がしていた。。。

 

 

*******

 

 

もし、韓国の彼女があの時、

あのタイミングで、私という人に

出会っていなかったとしたら。。。

 

もしかしたら、彼女は、、、

今とは違った道を歩いて

いたかもしれない。。。

 

 

そして、あの選択が彼女にとって、

良かったことなのか、それとも逆に、

遠回りをさせてしまったのかは。

 

私には、判断できない。。。

 

 

その判断を下せるのは。

彼女自身だけなのだから。。。

 

 

もし。

あの当時に彼女を誘っていた

グループの人から見れば。。。

 

せっかく、正しい道を歩きかけていた

韓国の彼女が。

 

私という人と出会ったせいで。

 

また、間違った道へと

戻ってしまった。。。と。

 

そんな風に映るだろうし。。。

 

 

 

でも、結局。。。

 

こういうものも、すべてが必然で。。。

 

 

出会うべき時に、出会うべき人と出会う。。。

 

人生はそうなってる。。。

 

 

なぜならすべては。。。

 

お互いの魂同士が、

約束し合っていたことだから。。。と。

 

 

私はやっぱり。

 

そんな風に思う。。。

 

 

*******

 

 

そうやって。

韓国の彼女との仲が深まりつつ。

 

同時に、ベリーダンス熱も、

どんどんあがっていき。。。

 

 

そんなある日。

 

あの頃、振付を習っていた

『Zeina』の曲の動画をいろいろ観ていたら。

 

こんな動画を見つけた。。。

 

 

 

 

 
 
 
うわぁ。。。すごい美しい~~~~って。
思わず、目が釘付けになり(笑)
 
私は一瞬で、彼女の虜になってしまい。。。
 
Sadieというこのダンサーの動画を、
片っ端から見まくった。
 
 
そうこうしているうちに、
今度は、こんな動画を見つけ。。。
 
 

 

 
 
 
その時。。。
 
「これを、韓国の彼女と一緒に。
いつか踊れたらいいな。。。」
 
・・・と。
 
そんな思いが、頭の中をよぎった。
 
 
でも。
特に、イベントの予定もないし。
 
かと言って、自分から何か動こうと
いう気持ちも起こらず。
 
 
そんな思いは、そのまま。
すぐに、頭の中から消え去っていった。
 
 
*******
 
 
つづく

そうやって、意気投合した彼女は。

韓国の人だった。

 

生まれも育ちも韓国だけれども。

日本が大好きで。

 

もう長年、日本に住んでいるのだと。

 

彼女はそう言っていた。

 

 

彼女は。

日本語もペラペラだったので。

 

私は彼女と話している時はよく、、、

 

彼女が他国の人だということを、

忘れてしまっていたものだ。。。

 

日本人と韓国人とでは、

ぱっと見では、ほとんど区別がつかないし。

 

 

 

ある時彼女が。

 

私の目の前で、韓国のお友達と韓国語で

話していたことがあったのだけど。

 

思わず、言ってしまった。

 

「すごーい。〇〇ちゃん。

韓国語も話せるんだ~~!」

 

・・・って(笑)

 

 

「そうよ。私、韓国語も話せるんだよ~(笑)」

 

・・・と、返してくれた彼女のその、

ノリの良さに。

 

 

やっぱり、どこの国の人も

同じよね。。。と。

 

しみじみしたものだ。。。

 

 

 

 

私はもともと。。。

違う国の人と接する機会が多かったから。

 

そこに、「ボーダーライン」をひく。。。

という意識が、どちらかというと薄かった。

 

 

それぞれの国には、それぞれの特徴があり、

 

もちろん、違いもあるのだけれども。

 

 

でも結局。

 

話してみれば、「根本的なところ」では、

みんな同じ人間だ。。。

 

・・・ということを、

いつもしみじみ感じてたから。

 

 

*******

 

 

ベリーダンス界ではみんな。

お互いを、下の名前で呼び合う習慣

みたいなものがあった。

 

名字ではなくて、下の名前で。

 

 

なるほどなぁ。。。と思っていた。

 

 

 

昔、ママ友の間でも、

それと同じようなものを感じたことがあり。

 

「それ」。。。というのは、多分。

 

「女性の自己主張」

 

・・・なのだと思うけど。

 

 

「〇〇さんの奥さん」とか。

「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれるのは、

イヤ。

 

「うちの嫁」とか呼ばれるのは、

本当にイヤ。。。みたいな。

 

 

私は、私なのだから。。。と。

 

 

 

確かに私も。

 

夫の両親に。

 

「うちの嫁」と言われるのは、

イヤだった。

 

 

ママ友同士で、「〇〇ママ」と呼び合うことを、

私はほとんど気にしていなかったけれども。

 

中には、それもイヤで。

お互い、下の名前で呼び合いましょう。と。

 

わざわざ、最初に決めている人も

いたりした。

 

 

そういうものはやっぱり、

女性たちの深いところにある、、、

 

自分は誰かの従属物ではなくて。

私という、ひとりの人間なのだと。

 

それをちゃんと、認めてほしいという願望の、

現れなのだと思う。

 

 

だから、ベリーダンスのお教室ではどこも、

みんながお互いを、下の名前で呼びあっていることに、

深い意味を感じていた。。。

 

 

あのカルチャーでも。

 

先生や、他のお仲間の人達は、

下の名前で呼び合っていたけれども。

 

そんな中。

 

あの韓国の彼女だけは、

私のことを、名字で呼んでいた。

 

 

彼女も、他の人は下の名前で

呼んでいるのに。

 

どういうわけか、私のことだけは、

名字で呼んでいた。

 

 

当時の私も。

 

「なんでだろう?」と思ったことは

あったのだけど。

 

さほど、気にしていなかったので、

その理由を、あえて訊いたりすることも

なかった。

 

 

 

それが最近。。。というか。

数年前になって、そこを他の人が

指摘した。

 

 

「どうして、Lyricaさんのことを、

名字で呼ぶの?」

 

・・・と。

 

 

そうしたら。

韓国の彼女は、こう言っていた。

 

 

「私にとって、〇〇さん(名字)は、

〇〇さんなんです。

 

Lyricaさんのことは、

〇〇さん(名字)って呼びたいんです」

 

・・・と。

 

 

*******

 

 

この、「名前」。。。

 

・・・というものについては。。。

 

またあとで。

 

もう少し、書きたいことはある。。。

 

 

*******

 

 

あの、意気投合して、

ドーナツ屋さんで話が盛り上がって以来。

 

レッスン後は決まって、

ふたりで、長々と語り合う日々が続いた。

 

 

彼女の話を聞いているうちに、、、

ちょっと、見えてくるものがあった。。。

 

 

「同じだ。。。」

 

・・・と、感じたのだ。

 

 

 

彼女は、ここに辿り着く前に。

ちょっとした、「混乱」を経験していた。

 

 

それは。

表面的な部分では、いろいろと

違いはあったにせよ。

 

私があの、OSHOグループと接触していた時に

感じていた混乱と。

 

同じようなものだ。。。と。

 

 

私は、そう感じたのだった。

 

 

だから。

彼女の話していることがなんだか。

 

手に取るように解るような

気がしてしまったし。

 

 

その状態を、客観的に聞かせてもらって

いるうちに。。。

 

自分があの時。

 

どういう状態であったのか。。。ということが、

より、クリアに見えてきたような気がして。

 

 

だから私は。。。

 

今、目の前にいるこの、韓国の彼女もまた。。。

私のソウルメイトの一人なのだろうな。と。

 

もう。

付き合い始めの早い段階から、、、

そう感じるようになっていた。

 

 

その彼女の経験談を聞きながら。。。

 

「洗脳」とか、「影響」のことについて、

いろいろと、考えさせられた。。。

 

 

*******

 

 

つづく

新しいカルチャーに入会した日は、

たしか、年末近い頃だったと思う。。。

 

 

その日、レッスン後に先生と

少しお話していた時に、私は、

こう聞いたのを覚えてる。

 

 

「ここにいらっしゃる生徒の方々は、

みなさんもう、長くやっていらっしゃる

のですか?」

 

・・・と。

 

 

すると、先生は、、、

 

「長い人もいるけど、最近入った人も

いますよ。えーと。」

 

・・・と言いながら、〇〇ちゃーん。と。

ある一人の若い女性を呼んだ。

 

 

その女性は、スタジオで他の生徒さん達と

楽しそうにおしゃべりしていたのだけど。

 

先生に呼ばれて、こちらに来てくれた。

 

 

「〇〇ちゃんが、ここに入ったのも最近だったよね。

いつだったっけ?」

 

・・・と先生が訊ねると、彼女は答え。。。

 

 

それが、いつだったのか。。。

詳しいことは忘れてしまったのだけど。

 

私と、そんなに変わらないんだな。。。と。

 

そう思ったのは覚えている。

 

 

その時は、その彼女と普通にご挨拶し。

 

お互い。

 

「これからどうぞ、よろしくお願いします」

 

・・・と言っただけで、別れた。

 

 

でも、彼女はとても明るくて。

ナチュラルな笑顔で挨拶してくれて。

 

すごく、感じの良い人だな。。。という

印象だったので。

 

私はちょっと、ホッとした。

 

 

何と言っても、ベリーダンスというのは、

女の園だし(笑)

 

いろいろ、めんどくさいことが

あったりしたら嫌だなぁ。。。と。

 

正直。

多少、警戒する気持ちもあったのだけど。

 

 

先生とお話したり。

あの彼女の笑顔を見たりすることで。

 

少し、安心した。

 

 

 

ただ。。。

 

あの頃の私は、完全に、

自分の中で「ふたつの世界」を

創ってしまっていて。

 

「表の顔」と「裏の顔」

 

・・・ではないけれど(苦笑)

 

 

なんというか。。。

 

スピリチュアル的なものに関わっている時だけが、

「素」でいられるような気になっていた。

 

 

コーヒーショップにいた頃は、

自分のそういう「素」を隠したままで。

 

仮面を被ったままの状態で、他の人と

深く接していたような気が

していたのだけど。

 

 

もう。

そういうのは、これで最後だな。。。

 

・・・と。

 

あのコーヒーショップを辞めた時に、

思っていたりもしたのだった。

 

 

それは多分。。。

 

「素」を隠したまま人と付き合うのは、

疲れる。。。と。

 

あのコーヒーショップでの経験で。

しみじみ、感じたりもしたからだと思う。

 

 

「こっそりヒーラー」になることが、

私の目標だったけど。

 

 

本当の「こっそりヒーラー」になるには。

無言で、愛を放射出来る人になるには。

 

当時の私はまだまだ、

人としての器が未熟。。。というか。

 

修行が足りてなかったから。

 

 

ああやって、「頑張っている」うちは。

疲れてしまうのだろう。。。

 

きっと。

 

 

*******

 

 

「素」を隠してでも。

めんどくさい人間関係が発生しても。

 

それでもやりたい。と思えるほど、

きっと、ダンスは好きだったのだと思う。。。

 

 

だから。

 

こうしたダンスの場では。

 

「ダンス」という共通のものでは

繋がっていられるけれども。

 

おそらく、スピリチュアル的な話なんて

出来ないだろうから。

 

だったら最初から。

人付き合いで、あまり深入りするのは

やめよう。。。と。

 

最初からそう、心に決めていた。。。

 

 

今思うと。

 

そんなことを心に決めていた自分を、

なんだか、笑ってしまうけど(笑)

 

 

 

入会した日のあと、

ダンスのクラスは冬休みに入ったので。

 

 

私が正式にそこでレッスンを開始したのは、

年が明けてからだった。。。

 

 

*******

 

 

以前のカルチャークラスでも、

先生が振付してくれたダンスを、

何曲か踊ったはずなのだけど。。。

 

その時、何の曲で踊っていたのかは、

まったく覚えていない。。。

 

 

でも。

 

新しいほうのお教室で初めて踊った曲は。

 

今でもよく、覚えてる。。。

 

 

『Zeina』

 

・・・という曲。。。

 

 

初めて、ベールを持って踊った。。。

 

ちょうど、こんな感じだったな。

 

 

 

 

 

 

振付を教わりながら。。。

 

周りの人達と、ああでもない、こうでもないと

やっているうちに。

 

だんだんと、周囲の人達の中にも

溶け込んでいき。。。

 

 

レッスン後の着替えの時とか、

帰りの出口までご一緒して。

 

クラスメイトの人達と

おしゃべりをするようになった頃。

 

 

また。

予想外なことが起こった。

 

 

何がどうなってだったか。

そのあたりのことはもう、よく覚えてない。。。

 

 

だけどあの日。。。

 

あの、最初の日に笑顔で挨拶してくれた

彼女と出口まで一緒に帰りながら、

何かを話していたら。

 

その話の内容が突然。

スピリチュアル方向に傾いたのだ。

 

 

お互い。。。

 

「え?」

 

・・・って顔になり。

 

 

そして私たちは、、、

まるで、阿吽の呼吸ではないけれども(笑)

 

暗黙の了解のごとく、そのまま引き返し。

 

そこにあったドーナツ屋さんに飛びこんで、

いきなり、語り始めた。。。

 

いろんなことを。

 

 

「ダンスをしに来たはずなのに、、、

なんで、こんな話になってるの?」

 

 

・・・と、私はすごく、

不思議な気持ちになったけど。

 

でもどこかでは、解っていた気がした。

 

これも。

成るべくして成っている。。。と。

 

 

 

そして、おそらく彼女も。

同じ気持ちなのではないのかな。。。と。

 

 

そんな気がしてしかたなかった。

 

 

*******

 

 

つづく

この、記憶の整理を始めたのは。

2019年の夏ごろ。。。

 

 

あの頃は本当に。。。

 

もう、自分の死期も近いのでは?

みたいな感じがしていて。

 

 

子供達への遺書を書く。。。

 

・・・みたいな気持ちで。

これを書き始めた。

 

 

それは、2019年のうちに。

書き終えるつもりが、終わらずに。

 

2020年に入ってしまった。。。

 

そして気づけばもう、4月。。。

 

 

ある頃から。

 

一体これは。。。

いつ、終わるの?(苦笑)

 

・・・と。

 

そう思いつつ。

 

思い出せば出すほど。

書くことはいろいろあって。

 

 

そういうのはもう。

流れにお任せだ。。。と。

 

 

なんとなくこれが。

ライフワークになっていたりした。

 

 

*******

 

 

そうこうしているうちに。。。

あの感覚は、少し薄まってきた。。。

 

 

自分は、もう、死ぬのでは?

 

・・・みたいな感覚。

 

 

書き終えたい。。。という、

意欲が出てきたから。。。

 

 

 

ただ、そうこうしているうちに、

世は、コロナで大変なことになり。

 

 

2020年には、何かが起こる。。。

 

・・・という予感は前からあったけど。

 

それって。

こういうことだったのか。。。と。

 

なんだか、複雑な気持ちにもなったし。

思うことも、いろいろあった。

 

 

 

情報断ちをしてから。

もう、何年も経っていたけれども。

 

こういう状況の中で。

久しぶりに、今現在の世界の

情報に触れてみたら。。。

 

何と言ったらいいのやら。。。(苦笑)

 

 

*******

 

 

そうやって、周りを見まわしてみて、

今、感じていることは。

 

 

今という時は。

 

この場をリセットして、

また最初からやり直すのか。

 

それとも、この場自体が、

まったく新たなステージへと変化するのか。。。

 

 

・・・の、本当に、瀬戸際なのだな。。。

 

・・・ということだった。

 

 

 

もし、リセットになったとしたら。。。

 

それってここでは、もう。。。

これで、何回目なのだろうか。。。

 

 

もし、これまでは未知だった、

新たなステージへと変化したとしたら。。。

 

ここは、そういう変化を遂げた場としては、

何番目になるのだろうか。。。とか。

 

 

いろんな思いが、、、

頭の中を巡った。。。

 

 

 

もし本当に。

そういう瀬戸際だったとしても。

 

 

この「場」が実際に。

どっちに転ぶのかどうかは。

 

神のみぞ知る。。。

 

・・・というか、私達全員次第。

 

 

だからそれは。

私個人には解らないけど。

 

 

どっちにしたって、自分に出来ることは。

 

私自身で在り続けることしかない。。。

 

 

*******

 

 

いろんな人が、いろんなことを言う。。。

 

こうしなさい、ああしなさい。。。

 

こうなるよ、ああなるよ。。。

 

これは、こうである、ああである。。。と。

 

 

みんな。

語ってばかり(苦笑)

 

 

だからみんな、迷ってしまう。。。

 

 

 

どんなに権威ある人の言葉でもなんでも。

一度すべてをシャットアウトして。

 

静かな場所でひとりになって、

自分に問いかけてみるといいと思う。。。

 

 

深く深呼吸して。。。

 

何度も何度も深呼吸して。。。

 

そして。

 

自分の内側の声に、

耳を傾けてあげるといい。。。

 

 

質問してみたらいい。。。

 

 

自分は本当は。。。

どうしたいの?と。

 

 

これは。

誰にだって出来ることだし。。。

 

小さな子供にだって出来る。。。

 

 

そして。

声が聴こえたら、それを信じる。。。

 

信じてあげる。

 

 

そうすれば、道は現れるから。

あとは、その道を進めばいいだけ。。。

 

 

途中何度も、心は揺らぐだろうけど。

信じてあげて。。。

 

 

自分の魂を。

信じてあげて。。。

 

 

内なる声に導かれたその先で、

辿り着く世界もまた。

 

人それぞれ違うと思う。

 

 

でも。

そうやって、自分の内なる声に

従った先にあるものこそ。

 

 

その人が。

その人の魂が、必要としていたもの

であるのだから。。。

 

 

静かにそれを、受け入れて。。。

 

 

 

いつの日か。

 

最後の最後の時は絶対に。

 

全員が、同じ場所に辿り着くのだから。。。

ベリーダンスを始めたのは。

最初は、自分の意思ではないと、

そう思っていた。

 

 

ジャズ・ダンスの彼女に言われたことで、

なんとなく、そんな気になったのだ。。。と。

 

 

でも、あとになって考えてみれば。

そういうのも含めて、すべてはきっと、

必然だったのだろうと。

 

そんな気がしてならなかった。

 

 

私のことだから。

いくら人に薦められたところで、

本当に気が乗らなかったら、絶対に

動かないと思うし。

 

だから。

動いていた時点でそれはもう。

 

そういうことだったのだろう。と。

 

 

*******

 

 

そうやって。

ベリーダンスにハマっていく中で。

 

自分の中で。

 

今までの人生の中であったことが、

いろいろと、「今」に繋がっているような

感覚にもなった。

 

 

 

 

 
 
 
これは、『シェヘラザード』という、
バレエの作品で。。。
 
ロシアのディアギレフ・バレエ団が、
20世紀の初頭に、フランスの
パリ・オペラ座で初演したもの。。。
 
 
この時、「金の奴隷」を演じたのが、
あの、ニジンスキーだったそうだ。
 
 
私がこの作品を、全幕通して初めて観たのは、
もう、大人になってからだったけど。
 
その時からもう。。。
大好きな作品となった。。。
 
 
以前のブログのタイトルに
使っていたくらいなのだから。
 
相当好きだったのだろうと思う(笑)
 
 
 
余談だけれども。
 
この、『シェヘラザード』や、
ニジンスキーが振付した『牧神の午後』
などを含んだ、そのパリの初演の時は。
 
当時の観客たちからは、
ブーイングの嵐だったのだそうで。
 
 
この話を聞いた時私は。。。
 
それもそうだろう。。。と。
 
そんな風に思ったりもした。
 
 
当時のヨーロッパ。
 
おそらく、多くの人達がまだ、
ガチガチのキリスト教徒で
あっただろう時代に。
 
こういう作品はちょっと。
刺激が強すぎた。。。というか。
 
あまりにも、冒涜的に映ったのだろうし。
 
 
当時、フランスで発展していたバレエは、
ロマン主義。。。というか、神秘主義というか。
そういうものに、影響されたもので。
 
 
その舞台では、妖精とか悪魔が、
たくさん出てくるし。。。
 
遥か彼方の、遠い異国の地。。。とか。
 
そうやって、ロマンティックな夢や
空想の世界が、表現されていた中で。
 
 
『シェヘラザード』のような、
こういう、人間的な生々しさは。
 
もう、びっくりだったのだろうな。。。と(笑)
 
 
そして、あの頃の人達は、、、
理想の世界ばかりのロマンティック・バレエに
もう飽き飽きしていたようなのに。
 
それでも人って。
新しいもの、斬新なものって。
 
なかなか、すんなり受け入れられない
ものなんだな。。。と思った。。。
 
 
そして。
ディアギレフやニジンスキーは、
時代を、先取りしすぎていたのだろうなと。
 
そんな風に思った。。。
 
 
*******
 
 
ベリーダンスを始めた頃に、
ふと思ったのは。。。
 
 
ベリーの世界のことは、、、
右も左も解らない。
 
だから、自分は。
 
それが好きなのかどうかさえも、
全然解らない。。。と。
 
最初はそう思っていたけど。。。
 
 
あんな、『シェヘラザード』のような舞台に、
強烈に心惹かれるくらいなのだから。
 
自分が、ベリーのような世界を
嫌いなわけはないよな。。。ということで。
 
 
そして、そう考えてみると。。。
 
サラ・ブライトマンのこのステージも、
私は、大好きだったな。。。と。
 
 

 

 

 

 

 
そうやって。。。
 
ベリー的な世界は。
もう、随分と昔から。
 
私の世界に、、、
アピールしてきていたのに。。。
 
 
私はただ。。。
 
それに、気づかずにいただけ
だったのだろう。。。
 
・・・と。
 
 
*******
 
 
つづく

そのベリーダンス雑誌で、

都内にあるベリーのお教室について、

いろいろ調べているうちに。

 

「あ、ここに行きたいな」

 

・・・と思ったスタジオが、ひとつあった。

 

 

いつもだったら、すぐに申し込みを

するところなのだけど。。。

 

その時はなぜか。

なかなか、最初の一歩が踏み出せなかった。

 

 

この先本当に、自分が

ベリーダンスを続けていけるのかどうか。

 

そのあたりがまだ、

自分の中で曖昧だったのと。。。

 

 

ダンス関連にしてはめずらしく。

自信がなかったからだ。。。

 

 

前も書いたけど。。。

 

バレエを身につけていれば、

大抵のダンスは、なんとかなる。。。

 

でも本当に。

このベリーに関してだけは、、、

 

そういう自信が持てなかった。

 

 

「なんとかなる」

 

・・・という、自信。。。

 

 

 

そんな風に。

本格的なお教室でレッスンしてみたいのに、

どこかで躊躇して進めない。

 

・・・なんてことをしていたら。

 

 

なんと。

 

自分が行きたかったスクール所属の先生が、

すぐご近所にあるカルチャーセンターで、

講師をやっているクラスを見つけ。

 

その時は、私はもう。

 

迷うことなく即行で。

 

ちょっと、小躍りしながら(笑)

体験レッスンの申し込みをしていた。

 

 

そして。

 

体験レッスンをしたその日に、

そのまま入会をしたのだった。。。

 

 

 

その先生のレッスンは。。。

 

その当時の私としては本当に。

 

「大満足!」

 

・・・といった感じで。

 

 

スポーツ・ジムとか、

以前のカルチャーのお教室での

レッスンの中で。

 

「どこか、物足りない」

 

・・・と感じていたところを、

すべて、補ってくれているようで。

 

すごく、ワクワクになったのを

覚えている。。。

 

 

ここなら本当に。

 

ちゃんと楽しみながら、

続けていけそうだ。。。と。

 

そう思ったのだった。。。

 

 

*******

 

 

案の定。。。

私はどんどん、ベリーにハマっていき。

 

以前はほとんど、興味すら持たなかった、

レッスン着にまで、凝りだすようになった。

 

 

ベリーのレッスンでは、

腰に、「ヒップスカーフ」と言われる布を

巻いたりするのだけど。

 

初心者の頃は、腰の動きが

解りやすいようにと。

 

たくさんのコインがついていて、

動くたびにシャラシャラと鳴るものがいい。と。

 

そう聞いた。

 

 

なので私は、たった一枚だけ

ヒップスカーフを購入し。

 

ずっとそれだけで、今まで来ていた。

 

 

でも。

 

新しいお教室に通うようになってからは、

手持ちのヒップスカーフの数は、

どんどん増えていくし(笑)

 

トップに着るチョリとかも、

次々欲しくなり。。。

 

いつの間にか、タンスの中は。

ベリーダンスのウェアで

いっぱいになっていった。。。

 

 

その新しいお教室で、

ベリーを始めて、少し経った頃。。。

 

私は自分の中で、

決めたことがあった。

 

 

それは。

 

「目指さない、こだわらない。

とにかく、ただ、楽しむ!」

 

・・・ということだった。。。

 

 

同じ「ダンス」であっても。

 

ベリーを踊る時は。

 

バレエをやっていた時とは、

意識を切り替えよう。。。と。

 

そう思ったのだった。

 

 

そうしないと私はまた、

無意識に、「目指して」しまうだろうと。

 

そんな風に思ったから。。。

 

 

 

自分が本当にやりたいのは、

バレエ。。。

 

でも、バレエをやると私は、、、

今と昔のギャップに苦しんでしまう。。。

 

 

だから、その代わりとして、

違うダンスを探していた。

 

それなのに。

そのダンスでも苦しむことになったら、

本末転倒だ。と。

 

そう思っていた。。。

 

 

 

以前のあの、お色気たっぷりの

先生のところにいた時は。

 

まだ、そういう気持ちの切り替えが

ハッキリ出来てはいなかった。

 

 

気持ちのどこかでまだ。。。

「バレエの延長線上」にいた。。。

 

 

だから。

 

ヒップスカーフにも、

関心を持たなかったのだと思う。。。

 

 

*******

 

 

娘のバレエ教室の先生は。

 

レッスンの時のレオタードは、

シンプルであればあるほどいい。。。

 

・・・と言っていて。

 

 

まだ、娘たちが小さなころから、

袖のないキャミ型。

 

ヒラヒラのスカートは、

出来るだけなしで。

 

・・・という感じだったし。

 

 

趣味でやっている大人クラスの人にも。

 

レオタードは何の飾りもない、

出来れば黒の、シンプルなものに

してくださいと。

 

先生は、言っていた。

 

 

「飾りで、自分を誤魔化さない。

 

身体の線がハッキリ見えるような、

そういう、隠せないレオタードを着て、

鏡の前に立ち。

 

自分の姿をよく見て、

それで、己を知ってください」

 

 

・・・と。。。

 

 

私は、その先生の話を聞きながら、

心の中で、

 

「ブラボー!」

 

・・・って叫んでた(笑)

 

 

私も、先生と同じような考えを

持っていたからだ。。。

 

 

そういう意識が自分の中にあったから、

ベリーを始めた時も私は。。。

 

「レッスン着」に対しては、本当に、

必要最低限でいい。と。

 

そう思っていたのだと思う。

 

 

でも、新しいお教室に移ってからは、

私はそういう自分のこだわりを、

ちょっと、捨ててみることにしたのだ。。。

 

 

ベリーダンスを踊る人たちはみんな。

レッスンウェアが、華やか。。。というか。

 

レッスン中の、見た目のおしゃれにも

こだわるというか。

 

楽しむ。。。というか。

 

 

最初は、そういうのがイヤだった。。。

 

だってこれ、レッスンでしょ?

大事なのは、着ているものではなくて、

踊りでしょ?

 

・・・と、感じていたものだ(苦笑)

 

 

でも、そこをあえて切り替えて。

とりあえず、周囲と同じように

やってみよう。。。と。

 

 

そうしたらこれが。。。

楽しくて(笑)

 

 

それを楽しいと感じる自分なんて、

いたんだ。。。と。

 

 

そういう。。。

 

新しい自分の発見が、

嬉しかったりした。。。

 

 

「見た目にこだわる」

 

 

そういうことを、今まではどこかで、

馬鹿にしていたようなところが、

自分の中にあったよな。。。と。

 

そんなことにも気がついた。。。

 

 

大事なのは、見た目ではなく、

中身だよ。。。と。

 

 

 

でもそうではなくて、これは。

 

人に見せたくて、着飾るのではなくて。

 

見た目を気にして、

外見を整えるのではなくて。

 

 

「着飾ることそのもの」が、

ただ、楽しいんだ。。。と。

 

 

それをただ、純粋に楽しめてしまうのが、

女性なのかもしれない。。。と。

 

 

あの時、、、

そんな風に思った。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

本格的なベリーダンス教室を探し始め、

あれこれネットで検索しているうちに。

 

ベリーダンスの専門雑誌というものが

あることを知り。

 

早速、購入して読んでみた。

 

 

そこで、目についたこんな文章。。。

 

 

 

 現代女性は、

無意識に「女らしさ」にブレーキをかけたり、  

男性と肩を並べることを意識しすぎて、  

どこかに「女らしさ」を押し込んでしまったり、  

男性に媚びるものとして封印すらしているという。  

 

知的で高学歴の女性ほど、

その傾向が大きいのだとか。。。

  

 

ニューヨークをはじめとするアメリカの大都市で  

ベリーダンスに夢中になったのは、

そういう女性達だった。  

 

それは、

イギリスでも、ドイツでも、フランスでも。。。  

 

自分の中にある女性性を

目覚めさせて踊るベリーダンスに、  

彼女たちは、本来の自分を見いだし、

快感を覚えたのだ。  

 

学校や職場、あるいは家庭では

出すことの出来ない「女らしさ」を、

ダンスでは余すことなく表現できる。

 

 

 

これを読んだとき。

 

「あ。。。」

 

・・・と。

 

何かを見つけたような感覚が、

自分に訪れた。

 

 

これまで体験してきた流れの中で、

自分の中でのテーマになっていたものが、

この中に、書かれているような。

 

そんな感じがした。。。

 

 

 

それは。

ダンカン・ダンスとの出会いあたりから、

じわじわと始まっていたもので。。。

 

私が歩きたいのは、

仏陀ではなくて、菩薩の道。

 

・・・と。

 

そう思っていたこととも、

関連していたもので。。。

 

 

それはやっぱり。

 

「自分の中の女性性を

目覚めさせる」

 

・・・ということに、繋がっていた。

 

 

今回の人生の中で。。。

 

「菩薩の道」を行きたいのであれば。

 

私は、自分の中の女性性を、

もっと、解放しないといけない。と。

 

 

多分あの頃も。

無意識では知っていたのだろうと思う。

 

頭では、解っていなかったけど。

 

 

*******

 

 

以前、「現代魔女」の世界を

あれこれ旅しながら、、、

 

私が、なんとなく感じていたのは。

 

「激しさ」

 

・・・だった。

 

 

それと同じような激しさは。

ダンカンからも感じていた。。。

 

 

 

彼女たちのどこかから漂う

あの「激しさ」って何なのだろう?と。

 

そういうことをよく、

考えたものだ。。。

 

 

おそらくそれって。

 

 

これまで長い間ずっと、

抑圧されてきたことに対する、

反動なのだろうな。と。

 

そんな風に思ったりもした。

 

 

長い抑圧から解放された直後というのは、

必要以上に、これまでの体制に反抗的になる。。。

 

・・・みたいな。

 

 

そこにはなんとなく。

 

そういう流れが、、、

見えるような気がした。

 

 

 

アメリカで起こった、ウーマン・リブとか。

その後、世界に広がっていった、

女性解放運動とか。

 

そういう動きを見ながら。。。

 

ああいう「激しさ」も。

改革のためには必要だったのだろうと。

 

そう思った。

 

 

でも、同時に。

どこかで、違和感も感じた。

 

 

そして。

この違和感って。

何なのだろう?と思った。。。

 

 

 

私自身もまた、「男尊女卑」を感じながら

育ってきた世代だったから。

 

彼女たちの気持ちには、

ものすごく賛同できる。

 

 

世代が若くなればなるほど。

女性たちが伸び伸びしていて。

 

いいな。。。って思う(笑)

 

 

 

だから、女性解放運動に、

心からの共感を覚えながらも。

 

でも同時に。

違和感を感じたのは、、、

多分。。。

 

そこに「固執」しすぎるのを

感じたからなのだろうとも思う。

 

解放されたエネルギーの暴走。。。

 

・・・というか。

 

 

こういうのもやっぱり。。。

 

「正義」に固執してしまう。

 

私達の悪い癖だ。。。と。

 

そんな風に思った。。。

 

 

 

女性たちが、あまりにも暴走したら、

いずれ、抑圧されすぎた男性たちからの

反発が起こり。

 

そうやって、私たちは。

延々と、同じことを繰り返していくだろうと。

 

そう思った。。。

 

 

だから。

ほどよくバランスできる「点」を

見つけることが大事で。。。

 

そのためには。。。

 

女性は、「女性本来の姿」を

生きなくては。。。

 

・・・と。

 

そんな気がしたのだった。

 

 

 

女性の社会進出と言っても、

今の社会では。

 

女性が、「男性のフリ」をしているだけに

過ぎないような気がして。

 

 

そうではなくて。

 

女性が、「女性本来の役割」というものを、

ナチュラルに発揮できなくては、

意味がなくて。。。

 

 

だから、私達女性は。

 

男性達から、あれこれと、

「男性の常識」を言い聞かされるのではなく。

 

また、男性の役割をそのまんま、

女性が演じるのではなく。。。

 

女性が、男性を生きるのではなく。

 

 

女性は、女性達自身で。

 

女性の本来の在り方というものを、

自ら見つけなければ。。。と。

 

そう思った。

 

 

 

・・・とは言っても。

 

女性は、性質的に、

どうしても受け身だから。

 

だから、どうしても。

 

男性達からの意見に惑わされ

やすかったりもして。

 

 

私もこれまで、随分。

そうやって、流されてきていたな。と。

 

あの時、

しみじみ、目が覚めた(苦笑)

 

 

だからそこは、気をしっかり持って。。。

というか。

 

多分あの頃から私は。。。

 

意識的に。

 

男性達からの影響を、

シャットアウトするようになっていった

ような気がしないでもない。。。

 

 

そして。

 

女性が、女性である時に、、、

一番幸せなことって、何だろう?

 

・・・みたいなことを、

よく考えるようになった。

 

 

*******

 

 

今思えば、あの頃は。

 

自分の中に。。。

 

そういう「激しさ」が生まれた時期

だったとも思う。。。

 

 

それはきっと。

ダンカンや、ウーマンリブの人達が

通ったポイントと同じだったのだろうと思う。

 

あの頃の自分は。

そこまで、気づいてなかったけど(苦笑)

 

 

結局自分も。

同じだった(笑)

 

 

 

そしてあの時、、、

 

もしかしたら。

 

ベリーダンスを踊ることで。

その辺の答えを、見つけられるかもしれない。と。

 

そんな風に思ったのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

昨日の夜遅くに。

志村けんさんが亡くなった。。。

 

新型コロナで。

 

 

父が、ドリフ大好きだったな。。。

 

 

うちの家族は。

みんな、ドリフ好きだったから。

 

亡くなられたと聞いて。

すごく、寂しい。

 

 

*******

 

 

さて。。。

記憶の整理の続き。。。

 

 

そうやって、ベリーダンスを最初に

始めたのは、カルチャースクールだった。

 

 

本当の最初は、スポーツジムだったけど、

そこでの経験は、私の中では、

カウントされてない(苦笑)

 

なぜなら。

 

あれは。

私の中では、「ダンスレッスン」ではなくて、

「ただの運動」としてやっていたから。

 

 

場所もジムということで。

 

表現を深く追求するというよりは。

身体を動かすこと中心だし。

 

ベリーダンスの世界の、

ほんの、入口。。。というか。

 

お試し。みたいな感じのことしか、

そこでは、やらなかったので。

 

 

だから私も。

全然、気合を入れていなかった。

 

そのせいか。

興味もわかなかった。

 

 

 

カルチャーで始めた時は、いちお、

「ダンスのレッスン」という心構えでいたけど。

 

それでもまだ。

「カルチャースクール」ということで。

そこまで、大きな期待はしていなかった。

 

 

そこでのレッスンは。

 

さすがに、ジムに比べればもう少し、

ダンスのレッスン。という感じだったけど。

 

生徒が、私を含めて二人しかいなくて。

 

なんだか。

友達同士のサークル活動みたいだった。

 

 

先生も。

人的には、全然イヤな人では

なかったのだけど。。。

 

ちょっと。路線が。。。

私とは違い過ぎて(苦笑)

 

 

のちのち。

 

ベリーダンスというのは、

教える先生によって、言うことが全然

違うんだな。。。ということが

解っていったのだけど。

 

 

そういうこともまだ、

何も解っていなかったあの頃。

 

私が最初に当たったその先生は。

 

もう、とにかく。

 

「お色気第一!」

 

・・・みたいな先生で(笑)

 

 

そうやって、セクシー・アピールばかりを、

ものすごく強調する先生だったので。

 

 

私は内心。

少し、ドン引きしていた(苦笑)

 

 

そしてなんだか。

 

ベリーダンスってちょっと。

下品なダンス?

 

・・・みたいな印象を持って

しまったりもした。

 

 

 

それでも。

私がそのお教室をしばらく続けたのは。

 

そこでご一緒していた、もうひとりの

生徒の人と、とても気が合っていたからだった。

 

 

彼女は、私よりも少し若くて。

社交ダンスもやっていた人で。

 

やっぱり、「ダンス」に対して、

熱意を持っている人だった。

 

 

レッスン後に、彼女と一緒に

お茶をしながらダンス談議をするのが

楽しかったので。

 

しばらくそのお教室を続けているうちに、、、

・・・というよりも、彼女の話を聞いているうちに。

 

私は少しずつ、ベリーダンスの世界に

興味が出てくるようになり。。。

 

 

これは少し。。。

私も、真面目にやってみようかな?

 

・・・みたいな、気持ちになっていったのだった。

 

 

*******

 

 

「バレエを身につけていると、

他のダンスをやるときに役に立つ」

 

・・・とは、よく聞いていたのだけど。。。

 

実際私も。。。

 

ダンカン・ダンスとか、ジャズ・ダンスを

やったりする中で。

 

それを実感していたりした。

 

 

けれども、この。

ベリーダンスに限っては。

 

バレエで身につけたものが、

逆に、さまたげになることを、

よく感じたりしていた。

 

 

簡単に言ってしまうと。

 

バレエが、「直線」だとしたら。

ベリーダンスは「曲線」で。。。

 

 

踊るとき。

無意識に、身体が「直線」の形を

取ろうとしてしまう私には。

 

「身体の力を抜く」ということが、

すごく難しく感じたし。

 

 

常に、身体を上へと引き上げて、

一番、美しいポーズを決める!

 

・・・みたいなバレエに対して。

 

自然体で、流動的で。

そして、下へ下へ。。。みたいな、

ベリーの動きは。

 

私には。

なかなか出来なくて。

 

 

それが逆に。。。

 

「面白い!」

 

・・・と感じた。。。

 

 

 

また、音楽に関しても。

 

ダンカン・ダンスで使われていた音楽は、

馴染あるクラシック音楽だったし。

 

ジャズ・ダンスでは、マイケルみたいな、

これもまた、西洋のロックとかポップスみたいな、

聴きなれたリズムで。

 

 

だから。

 

「踊るときにリズムをとる」

 

・・・ということに関しても。

それまではあまり、苦労したことが

なかった。

 

 

でも。

ベリーは、そこも違っていた。

 

 

我が家では、父が音楽好きだったから、

私も小さなころから、様々なジャンルの

音楽を耳にしていたけど。

 

ベリーダンスで使われるような、

中東の音楽というのは、

さすがに、父もほとんど聴いていなかったので。

 

そういうリズムは私にとっては、

まるで、馴染のないリズムに感じて。。。

 

 

だから最初は。

踊るときにそのリズムをとることに、

だいぶ苦労した。

 

 

「こんなこと、初めてだ~~~(汗)」

 

・・・と。

 

ちょっと、アワアワしながら(笑)

 

でも、そういうことがまた、

逆に、新鮮だった。

 

 

そうやって、だんだんと。

ベリーの世界に興味が増していき。

 

 

「真面目に習ってみよう」という

気持ちが出てきた頃。

 

 

今度はもう少し、真剣な気持ちで。

お教室を探し始めるようになっていった。

 

 

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つづく

 

 

 

古い日記の日付をチェックしてみたら。

 

まず、ダライ・ラマの流れが起こっていて。

 

そのすぐあと。

ダスカロスの流れと、ベリーダンスの流れが

ほぼ、同時に起こっていたようだった。

 

そこから更に、少し経過したあとに、

ご先祖に関する流れが起こる。。。

 

 

文章にまとめてみると、

大体こんな感じだったけど、実際は。

 

いろんなことが複雑に絡み合い。

ある流れの原因になるものは、

もっと以前から起こっていて。

 

その原因の原因となるものは、

更にもっと前に。。。

 

・・・と。

 

すべてが、繋がっている。。。

 

 

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ダンカン・ダンスをやめてからは、

コーヒーショップのあれこれや、

アロマ・ハーブ系のお勉強やらで。

 

ダンスからは少し、離れていた。

 

 

けれども。

当時の私は、身体がなまってしまうのを

ひどく恐れていたので(笑)

 

家の中で、ストレッチをしたり、

筋トレをしたり。

 

それから、そう言えば。

チベット体操なんかもやっていたっけ。。。

 

 

コーヒーショップをやめて、

時間が出来てからは、近所のジムに

通うようになり。

 

いちお、身体を動かすことだけは、

続けていた。

 

 

ジムでは、フラダンスとか、

ベリーダンスやヒップホップのような。

 

そういう、ダンス系のクラスも

とったりしていたけれども。

 

どうも、気持ちが盛り上がらず。

 

だからあの頃は。

ただダラダラと、身体を動かしている

だけだった気がする。

 

 

そしてあの頃はまだ、

娘もバレエを続けていて。

 

そのお教室でのママ友達とは、

とても気が合っていたので。

 

よく一緒に、ランチに行っては。

あれやこれやと、おしゃべりに花を

咲かせていたりした。

 

 

あの、美大卒のママも、

そんなお友達のひとりだったけど。

 

もうひとり。

いつも一緒にいた人がいた。。。

 

 

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彼女は当時も、現役で、

ジャズ・ダンスの先生をやっていた人だった。

 

彼女もまた。

ダンスをこよなく愛する人で。

 

だから私と同じで。

レッスン中の娘に向ける目は

厳しくて(笑)

 

 

そんな彼女とはよく。。。

ダンスの話をしていた。。。

 

 

たしか、あの頃だったか。。。

それとも、もう少し前だったか。。。

 

 

バレエ・ダンサーの熊川哲也さんが、

Kバレエスクールというものを立ち上げ。

 

そこに娘たちを移籍させようか、

どうしようか。。。

 

・・・みたいな話をよく、

そのママとしていたのを覚えている。。。

 

 

そんな話の最中。

 

彼女が、ポツッと話していたことが、

当時の私には、ものすごく印象深く。。。

 

そしてそこには。

今の自分自身に対する、何かの

メッセージが込められているような。

 

そんな感覚になったのを覚えている。

 

 

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ジャズダンスの彼女は。。。

 

私と同じで、ダンスを愛しているし。。。

 

愛しているからこそ、ストイックにもなるし、

いろいろと、厳しくもなる。

 

 

ダンサー達って、往々にして。

みんな、自分に厳しくて。。。

 

常に自分にダメだししては、

更なる高みを目指して、

日々、一生懸命努力していて。。。

 

 

彼女もまた。

そんな人だったように感じる。。。

 

 

 

けれども彼女が。。。

自分でジャズ・ダンス教室を開いてみて、

実感したことは。

 

あんまり厳しくすると、、、

・・・というか、生徒に高い要求を求めると、

みんな、すぐに、辞めてしまう。

 

・・・ということだったそうだ。

 

 

つまり。。。

 

そんな厳しいレッスンに耐えてまで、

上達したい。。。と思うような、

熱意と真剣さがある人は。

 

自分のような、平凡な先生のところへは

来ないのだ。と。

 

 

こういうところに来る人は、

向上心などはあまりなく。

 

ただ、経験してみたい。

ただ、楽しみたい。

 

・・・みたいな人ばかりだ。。。と。

 

彼女は、そう言っていた。

 

 

 

自分の理想のレッスンをしようとすれば、

生徒はいなくなる。。。

 

それだと、お教室は潰れてしまう。。。

 

・・・みたいなそんな状況の中。

 

 

彼女は、ダンサーとしての自分と、

お教室の経営者としての自分との間で、

相当、葛藤したようだった。。。

 

 

そして、最終的には、

生徒さん達のニーズに応えることを

選択したようなのだけど。

 

あの時、彼女は。

複雑そうな笑みを浮かべながら。

 

こう言っていた。

 

 

「もし自分に、熊川哲也くらいの

ステータスがあったら。

こんな妥協は、せずに済んだのだけどねぇ」

 

・・・と。

 

 

 

時には、妥協も必要。。。

 

それは、重々解る。。。

 

解るけど。

 

そういう妥協って。。。

ものすごく、キツイだろうなぁ。。。と。

 

そう思った(苦笑)

 

 

もし私が。

彼女と同じ立場に立ったとしたら。

 

多分、出来ないだろうな。。。と(苦笑)

 

 

当時の私は。

そう思っていたな。。。

 

 

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その後。

 

私も何度か、彼女のお教室で、

ジャズ・ダンスを体験させてもらったことがあり。

 

その時はたしか。

マイケル・ジャクソンの曲で踊った覚えが(笑)

 

 

「Lyricaママには、物足りなさ過ぎて、

私が怒られちゃいそう~~(笑)」

 

 

・・・と、ジャズダンスの彼女は言い。

 

 

さすがに、怒りはしなかったけど(苦笑)

でもやっぱり、お教室通いは続かなかった。。。

 

 

続けられなかったこと。

ちょっと、申し訳なく思ったのだけれども。

 

彼女は最初から、

いろいろ解っていたようで。

 

 

「ジャズ・ダンスは、

Lyricaママには、合わないよ。

 

それよりあなたには、

ベリーダンスのほうが似合うと思うよ」

 

・・・と。

 

そう言った。。。

 

 

 

「えーー?ベリーダンス??

 

うーん。。。

あんまり気が乗らないなぁ。。。」

 

 

・・・と思っていたその矢先。

 

いつも行っていた、カラオケボックスで、

カルチャースクールを開いているのを知り。

 

そこに、ベリーダンスのクラスを見つけ。

 

 

私はなんとなくそのまま。

入会手続きをとってしまっていたのだった。

 

 

自分だけだったら、絶対に。

向かわなかっただろう道。

 

 

あの時彼女が、

あんな風に言わなかったら、

私は多分、ベリーダンスは選んでない。

 

 

本当に。

この世は、面白いもので。。。

 

 

 

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つづく