私達は常に【何かと比べてしまう】生き物なのかもしれないね。



自分以外の悲しいことを「かわいそう」と思いつつもこころの奥のどこかで「自分でなくてよかった」と思ってしまう。

「あなたは素敵」と言われるのも嬉しいけど、「○○と比べて素敵」「××の中で一番素敵」と言われるともっと嬉しい。

成績表でみんな「5」がついているよりも、自分だけ「5」がついていたほうがなんだかすごい気がする。


自分が一番かわいいもの。誰しもこころのどこかで「自分が一番でいたい」という気持ちがであっても全然不思議なことじゃない。


逆もあるよね。自分以外の人のほうがなんだか幸せそうでうらやましい。自分よりもあの人のほうがずっと【できる】人に見える。楽しそう。悩みなんてなさそう。
自分のコンプレックスがどんどん大きくなる。これって結構辛い。自分で自分のこころを傷つけちゃっているようなものだから。

【自分の位置】ってなかなか分からないよね。私達は分からないことに対しては【不安】になる。だから何かと比べることでなんとなく今の【自分の位置】を確認して安心する。でも、例えば松坂大輔なんかとは比べようがないから、身近な、自分の【手の届きそうなところ】で比べる。兄弟とか、友人とか、職場の仲間とか。だからよけいに生々しい。

自分が弱っているときほど、比べがち。とりわけ、【周りの人が自分よりもよく見える】。元気なときは、それを目標に気持ちを奮い立たせて頑張ったりできるけど、弱っているときはただひたすらうらやましく思ったり、「自分とは違うんだ」とこころにふたをしちゃう。

実はあまり変わらないんじゃないかな。ほとんどの人は、表には【いいこと】しか出さない。【よくないこと】なんて出さないよ。けなされるよりも褒められたり、うらやましがられたほうが気持ちがいいもの。程度の差はあってもみんなこころに殻を持っている。外目ではすごく楽しそうに見えても、こころの中からあふれてくるままに楽しくしている人はそんなに多くない。

それに、【比べて生まれる喜び】というのはきりがない。自分が世界中で一番にならない限り上には上がいるから。そして何よりも、【いいこと】に対してはすぐに慣れちゃう。一回目に感動したことは二回目にはなんだか色あせちゃうでしょう。それを上回るぐらいの【予想外のこと】がないと同じようには感動しない。

でも、どうしても比べちゃうよね。だったら、自分自身と比べてごらん。昨日の自分と比べてどうだった?そのぐらいの時間の感覚がちょうどいい。あんまり昔だといい感じに【美化】されてたりするからね。もし昨日の自分に比べていまひとつだなあと思ったら、何か一つ、【自分にいいこと】をしてごらん。お風呂にアロマをたらしてゆっくりつかってみてもいい。好きなケーキを食べてもいい。自分をかわいがることを一つ。毎日一つやるだけでも1年間で365個の【自分にいいこと】をすることになる。そう考えたら結構すごい。

そんなことをしていると、きっと周りの人はあなたをうらやましがるようになってくる。といってもあなたはもはやそんなことに興味がなくなっているかもしれないけどね。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。久しぶりにまた上がってくることができました。再びトップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

本来私達は【褒められると嬉しい】と感じます。褒められるとこころの殻がすごく薄くなって、こころの中を見せたくなる。体とこころのよけいな力が抜けていくのがわかったりする。「自分のいいところを見てくれている」という安心感が、思わぬパワーを生み出すこともしばしば。

ところが、悲しいことや辛いことが続いていたりすると、【褒め言葉】がすんなりこころの中に入らなくなることがある。【何か裏があるのではないか】【心にもないことを言っているのではないだろうか】と思ってしまって、反射的にこころの殻を厚くしちゃう。妙に体に力が入ったり。

褒められるほどになんだか怖くなる。不安になる。褒めてくれる人から遠ざかろうとする。わざと冷たく接するようになる。いっそのこと【嫌われたい】という行動になる。本当は嫌われたくなんかないのに。

【嬉しくない】というわけではないのだと思います。そのままこころに刺さると【嬉しい】はずが、自ら刺さる角度を変えたり、刺さる場所をずらしたりする。こころの中に入り込まないようにね。

そう、実は【褒められる】ことが嫌なのではなくて、褒めてくれる相手が【こころに入り込む】のを避けようとしているのかもしれないね。【安心感】がいつまでも続くか分からないし、入り込まれるとそれを外に出すのにパワーがいるから、どんどんと【不安】になるのかもしれないね。

こころの殻を薄くするほどに、こころの中に入り込まれるほどに、それを外に出して殻を厚くするのは本当に辛い。こころの中には傷がついてしまったりするから。でも、その代わりに【こころの引き出し】にかけがえのない大切なものがしまわれる。例えば【愛】や【優しさ】、【安らぎ】、そして【信頼感】といったものが。
そんな【引き出し】が増えるほど、きっとあなたは【強くなる】。辛いことに立ち向かっていく武器を持つ。

「褒められすぎると甘えがでる」って思うかもしれない。大丈夫。こころから褒めてくれる人はこころから叱ってくれるから。うわべだけの褒め言葉っていっぱいあるよね。とりあえず褒める、みたいな。だからあえて冷たくしてみるってのは「あり」かもしれない。それで相手の真意が分かったりするから。

でも、何度冷たくしてもやさしく、同じ褒め言葉を言ってくれる人は本当にあなたのことを素敵だと思っているんじゃないかな。そんな人には、少しずつでもいいから、【褒め言葉をこころにそのまま突き刺して】ごらん。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。久しぶりにまた上がってくることができました。再びトップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

思い出はイベントに紐付いていることが多いよね。だから、年末から年始にかけてというのは結構辛かったりする。イベント目白押しだもんね。

普段は日常の中で忘れてしまっていることが、この時期になると突然こころの中からそのときの思い出が【飛び出してくる】。忘れてたかと思ったのにすごく鮮明に。普段は引き出しにしまわれているけれど、その引き出しには紐がついていて、何かのイベントがその紐を引っ張って引き出しを開けちゃう、そんな感じ。

私達はそもそも【悲観的】なところがあるかもしれないね。楽しい思い出よりも悲しい思い出のほうが浮かんできやすくて、幸せな気分よりも悲しい気分のほうがなんだか目立つ。きっとそのイベントには楽しい思い出も横にくっついているかもしれないのに、なんだかそこには目が行かない。

【思い出って、こころの中にしまわれていて、絶対に消えない】。しかもそれは時が止まっている状態でしまわれているから、今とのギャップが大体はある。そのギャップに苦しんだりする。

でも実は、そんなに辛い思い出でも、消したくない自分がいるかもしれないんだ。なぜなら、それを消すと素敵な思い出も一緒に消えちゃうかもしれないからね。だから自分がよくわからなくなったりする。

そんなことがきっと毎年起きているでしょう。

昨年の自分の気持ちと、今年の自分の気持ちを比べてごらん。数年前と今とならなおさらいい。辛い気持ちは変わらないかもしれないけど、前よりも目を向けられるようになっていませんか。それが前に書いた、【自分を受け入れている】ということ。そんな違いを感じたら、楽しかった思い出にちょっとでもいいから光を当ててあげてごらん。それが【自分をかわいがってあげる】ということ。そうするとイベントのときの気持ちがまた変わってくる。

私達はそんなに強くない。でも、弱いようで実は強い。何が【強い】のかというと、きっと、【弱い自分を認める】ことができるということ。だからこそ、今あなたがこうして生きているんだもの。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。久しぶりにまた上がってくることができました。再びトップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

【今の自分を素直に受け入れる】ということは、すごく勇気がいること。とても辛いこと。私達は無意識のうちに辛いことから目を遠ざけようとするから、何かと理由をつけてそのままにしておこうとしたり、【自分以外の何か】と比べたりして、何とか安心感を得ようとする。

必ずしもすべてを解決する必要はないと思うよ。【放っておく】ことで時間が解決してくれることもあるから。考えても答えがでないことは【今ここで解決すべきことじゃない】のかもしれない。自分の中で【放っておこう】と本当に決めたのであれば、それもまた【自分を受け入れている】ということ。その選択ができたということはすごいこと。

でも、いつまでたってもこころのどこかにひっかかりがあるような、とっても居心地のよくない感覚が残り続けることがあるよね。すごく大きいわけではないけど、明らかに【とげが刺さっている】ような、変な違和感。【放っておく】こともできず、【見つめなおす】こともできず、解決をひたすら求めているときにそんな感覚がよく起こる。それがきっと、【自分を受け入れる】ためのサイン。

【今の自分を素直に受け入れる】ってどういうこと?簡単に言うと、【どんな自分でも好きになる】ということかな。いや、【好きになる】とまでいかなくても、【これも自分だからしょうがないなあ】と思えるということ。今の自分はこれまでの自分の集大成。よくもわるくも時間をかけてつちかってきたものだもの。それはすごく意味のあることなんだよ。

もちろん、【今の自分を受け入れること】と【このままの自分でこれからを生きていくこと】は同じじゃない。これまでの自分がいろんな周りの人や環境に影響を受けてきたように、またこれからも変わっていくよ。でもきっと、今まで生きてきて、どんなに影響を受けても【ずっと変わらない自分】が必ずある。それがあなたのこころの中にある【核】。そう、【自分を受け入れる】ということは、そんな【核】を見つけ出してあげて、やさしくなでてあげる、そんな感じ。だって、その部分は、これからもずっとあなたといっしょに生き続けるんだもの。【どんなときも離れずにずっとそばにいる】、そんな素敵なことはない。

年始というのは、普段に比べて時間がゆったりと流れている時期です。普段はなかなかゆっくりできることなんてないよね。うん、今は一年の中で一番自分のことを考えることができるとき。それは実は一番贅沢な時間なのかもしれないよ。

1日でもいい、こころの空気を入れ替えてみませんか。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

一生懸命何かにがんばっている時というのは、気持ちをすごく張ってたりするよね。【弱い自分】を表に出さないように、それをこころの中に押し込んで、【強い自分を演出する】。それは必ずしも他人に見せたくないということだけではなくて、【弱い自分】を出してしまうと今まで張っていた【気持ち】が崩れてしまうのではないかという怖さがあったりする。

そもそもは私達はなまけもので、好きなことしかしなくて、わがまま。楽でいられるなら楽でいたい。社会性がついてくると「それじゃあいけないよね」と思うから、そんな自分を【悪】としてこころの中に閉じ込めちゃおうとする。何かに本当に打ち込まなきゃいけないときなんてなおさら。他の楽しいことをしちゃうと目的が達成されないと【自分が思いこむ】。受験勉強なんてそうだったね、確か。

そうやっていろんなものを犠牲にしたりするものの中では、「恋愛」なんてその最たるものかもしれないね。恋愛って弱い自分をさらけだしちゃったりするでしょう。ずっと相手といっしょにいたいと思ったりするでしょう。このまま時が止まってしまってほしいとさえ思ったりもする。そして、そんな思いは得てして【これからがんばって前に進んでいかなきゃいけない】という思いと衝突しあう。こころの中の葛藤。【こころの殻を開けてる心地よさ】と、【甘えてしまってなまけている罪悪感】のはざまで悩む。そうして、「恋愛をするのは落ち着いてからにしよう」とこころにふたをして恋愛を遠ざける。

相手側からすると、相手が仕事等でがんばっているときってなんだか不安になる。自分の知らない遠くにいっていってしまったような気がして。何かに打ち込んでいる姿はすごく素敵だけど、不安になるっていう矛盾。だから「仕事と自分とどっちが大事なの」なんて言葉が出たりする。比較なんてするものじゃ本来はないのはわかっているのに。

恋愛は毒になるばかりじゃない。【相手が見守ってくれるからがんばろう】と思えるときには、信じられないぐらいのパワーがでる。【最後には帰れる場所がある】と思えるか思えないかは、こころの余裕になって外に現れるし、何よりも【こころの中に甘い蜜を蓄えておくこと】ができる。きっとあなたにとって一番の栄養剤。

そんな恋愛ができるかどうかの分かれ道は、【相手が自分のしようとしていること(したいこと)をちゃんと理解してくれているか】。そして、【自分にとって相手の存在が本当に大事であることを伝えているか】。この二つが大事かな。前者は相手次第のところがあるけれど、後者は自分次第だよね。そして、自分の気持ちは意外と伝えきれないことのほうが多いもの。だって照れくさいもんね。

子供は時にびっくりするようなことをしでかしたりします。それができるのは、【親が最後には守ってくれるという絶対の安心感】があるから。なにか大事なことをしでかそうと思って本当にがんばらなきゃいけないときこそ、それを見守ってくれる【無条件の愛】に包まれるといいと思いますよ。

そう思っても自分だけじゃどうにもならないって?いや、ちょっと自分を見つめてごらん。自分がこころを閉ざしていることのほうが多かったりするからね。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

お久しぶりです。

「Qlick TV」って知っていますか?携帯で無料配信している放送局です。今年の4月から配信を始めて、いまや50万人の視聴者がいるんだそうです。内容はニュース、音楽、映画、アニメ等けっこういろいろ。携帯での唯一の放送局みたい。

1/1~10まで、ここでアリスカウフェ「こころの止まり木」の15秒CMを流すことになりました。スライド方式で「手作り感」満載ですが(笑)、一人でも多くの皆さんに名前をしってもらえればいいなあと思って。一日何回流れるのかよくわかりませんが、番組の合間に結構流れるみたいです。

FOMAとau限定なのですが、是非是非一度ご覧ください。Softbankのみなさん、ごめんなさい。という私もsoftbankなので見れないのが悲しい。。。

会員登録が必要みたいです。費用は一切かかりませんのでご安心を。

(PCから)
http://pc.qlick.tv/?fme

(携帯から)
http://qlick.tv

いよいよ今年も終わりに近づいてきましたね。ノロウィルスに気をつけて、よいお年をお迎えください。年内にもう一つぐらい、日記を書く予定です。

ありがとう。


☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

自分の気持ちを相手に伝えるのは本当に難しいよね。自分の思っていることが半分も言えなかったり、思わぬ誤解を生んでしまったり。

「自分はコミュニケーションに長けている」って思っている人は案外少ないような気がする。みんな伝え切れなくて何かしら悩んでいる。

「思っていることが伝えられない」時って、なんだか話していても歯切れが悪かったりしませんか?そんなときはおそらく、「相手の反応がすごく気になっている」のでしょう。相手がすごく同意してくれたり、すごく親身に話を聞いてくれているときはなんだか安心して話ができたりする。相手の反応が全然見えなかったり、眉間にしわがよっていたりするとなんだか語尾もあやしくなる。そう、私たちって結構相手の反応次第で話す内容もトーンも変えているんです。そして、自分の話すことを相手にも【同意】してほしいと感じながら話している。意見を求めているときですら、何かしらの【同意】を求めているところがある。

【受容】と【拒絶】という言葉があります。【受容】されると安心する、【拒絶】されると緊張する。この気持ちは生まれた頃からのこと。子供は親に対して、【何があっても受け入れてくれる】という安心感の中で生活している。だからこそわがままをいい、冒険をする。それって、根本的には大人になってもあまり変わらないのかもしれない。男性が好きな女性からされて一番ショックを受けるのは「拒絶されたとき」なんだって。

【拒絶】や【否定】され続けると、そりゃあ話もできなくなるよね。すごく一方的なコミュニケーションって感じがする。でも実は、人との関係ってそこまで極端じゃないかもしれない。つまり、自分の中で【相手は自分のことに同意をしてくれない。自分を受け入れてくれていない】と勝手に感じてしまっていることが多いんじゃないかな。たいがいの人は、自分が思うほどに【受容】も【拒絶】もしていない、すごくニュートラルな立場で話を聞いていることが多いんだ。それよりもむしろ、何か話が尻つぼみになったり、オブラートに包んだような言い方をしたときの「何かを隠している感」のほうを敏感に感じたりする。【こころの殻】をふさいだ言い方になっちゃうと、聞いている方が「自分は受け入れられていないんじゃないか」って思っちゃったりね。話の内容よりもそっちが気になっちゃうと、話自体もなんだか違って聞こえてきたりしちゃう。誤解を生むときってのはこんなときが多いんじゃないかな。

どこかの日記にも書いたけど、言葉の一つ一つにはもともと魂がこもっている。真剣さはちゃんと伝わるようになっている。だから、シンプルでストレートなほうがいいんだよ。そのほうがすっと相手に伝わる。

【言いにくいことは相手も聞きにくい】。相手の反応が不安なときほど、思いをできるだけ簡単に話してごらん。【こころの殻】をはずしてね。



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

こころの中の傷は、こころの殻をちょっとはずして風通しをよくしてあげると傷口がふさがったりかさぶたになってとれたりして徐々に治っていくことができる。

でも、こころの殻を突き抜けてこころの中のとっても敏感なところにぐさりと刺さってしまった傷は、なかなか治りが遅いよね。自分が意図しないものであればなおさら。

殻だって、無理やりこじ開けようとしたら力を入れて閉じようとする。これは生物の本能。だから思わぬところで殻を突き破られてしまった後は、これまで以上に殻を固く閉ざしちゃう。空気も入らないから、傷もじくじくとしちゃうよね。

そのうち、今の自分を【自分として】見てくれる人に話ができたり、一緒にいてもらうと少しずつ、空気の入れ替えができて傷は少しずつ治っていく。

でも、大変なのはここからだよね。自分の意思に関わらずいきなり突き抜けてきた恐怖感、敏感なところに刺さった嫌悪感。傷跡は残ってしまっているから、それを見るたびに思っちゃう。「また同じことが起こるんじゃないか」って。現にここに傷跡が残っているんだもの。そんな傷跡も見たくないからまたこころの殻は固く閉ざして、こころの奥に奥にしまっておきたくなる。

いやなことほど、忘れたいことほどこころの中に残り続けて【また起きる感覚】に苦しむ。これは周囲の人にはなかなか理解してもらえない感覚かもしれないね。

それだけの傷を負ったのだから、時間はかかります。傷が完全に消えることもない。でも一つ言えるのは、もう傷は治っているということ。その証拠に、一週間のうち少しでも調子がいいときがでてきていませんか。最初は傷を見るのもいやで目をそむける。傷をちらりと見るようになる。傷を見ることができるけど心臓がどきどきする。傷の形を確かめるようになる。そして、いつしか傷を見ることが自然に減っていく。こんなステップを、一つ一つ、少しずつ、進んでいきながら【傷と付き合っていく】んだと思います。

そのときの気分や体調によって、進んだと思ったらまだ戻ってどきどき。それでいいんだよ。大切なのは、【わずかでも進めたこと】。それがすごいことなんだ。


☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

【反省】はいっぱいすればいい。【自責】はしちゃあいけない。

どうやっても、失敗はある。形に見える失敗だけじゃなくても、「なんでこんなことをしてしまったんだろう」って思うことはしょっちゅう。そりゃそうだよ。うまくいかないことのほうが多いような気がするもの。

でも、そんなとき、あなたは自分を責めてしまったりしていませんか?「自分はどうしようもないやつだ」「本当に自分はだめだな」って感じで。そう考えていくと、どんどん自分が嫌いになる。

【反省】と【自責】は似ているようでかなり違う。【自責】は「自らを責めること」、【反省】は「自らを省みること」。【自責】はこころの殻の中に弓矢を突き刺すようなもの。それは痛い痛い。殻を閉ざして自分を痛めつけているし、外の空気を当てることをしないから、傷の治りも遅いし跡にのこっちゃう。何より息が詰まっちゃう。

【反省】は殻の中の自分と対話をするイメージ。「何がいけなかったのか」「どうするのがよかったのか」、殻の中で話し合う。ゆっくり、じっくりとね。大きな違いはここから。対話をしているうちに殻の一部が開いてきて、話していたことといっしょにいろんな感情を外に出していける。それだけでもあなたの気持ちは全然変わるはず。【こころの呼吸】ができるってこと。さらに対話に基づいて何らかのアクションを取れたとしたら、それってすごいことだね。

だから、【反省】はいっぱいすればいい。それが自分のパワーになり、前に進んでいけるから。じゃあ、【自責】じゃなくて【反省】ができるようになるには?

【自分を認めてあげること】。どんなことでもね。あらゆる出来事が自分だけの責任ではなくて、相手や状況、タイミング、いろんなことが絡まっている。自分ひとりではどうしようもないことまでも自分に向けて弓矢を放っていませんか?どんなことでも「それが自分」として受け止めてあげて、それから自分のこころの中と対話をして殻を開いてあげる。【無条件に自分を受け入れる】、

【自分を認めること】が難しい?答えはひとつ。

【あなたが今ここにいることであなた自身にはかけがえのない価値がある】



☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○

自分に自信がありますか?

【自分に自信がない】と言う人がいる。【どうやったら自分に自信がもてますか】と聞く人がいる。そもそも自信ってなんなんだろうね。

自信って【自分を信じる】って書きます。【自分を信じる】って何だろう。
たぶん、【自分を認めてあげる】とか【自分を褒めてあげる】ってことなんじゃないかな。

私たちはいつのまにか「人と比べる」くせがついてしまっています。そう、それは「くせ」みたいなもの。「○○さんに比べたら自分はまだぜんぜん足りない」とか、「▲▲さんのほうがぜんぜんがんばっている」とか。逆に、「××さんのようにならなくてよかった」ってのもある。、常に誰かと比べて安心したり、不安になったり、自分を責めたり。全体的には、自分以外の人のほうがなんだかすごいような気がする。

もしそれを「自分の評価の基準」にするのなら、目指すところはただひとつ。「世界中で一番になること」なんじゃないかな。そんな自分ってすごいね、確かに。そうしなければ絶対に自分よりできる人はでてくるから、安心なんてできない。実際には、一番になったらなったで、常にそれをキープしなくてはならないからすっごいプレッシャーなんだけど。トップはトップで心休まるときなんてない。

【自信のある人】ってどんな人なんでしょう。基本的に【自分が好き】な人が多いです。【自分が好きな人】って、常に何かできたら自分を褒めてあげたり、自分にご褒美をあげたりしているように思います。人と比べることがゼロではないけれど、誰がなんと言おうと自分ができたことを認めてあげる。

何もできない人なんていません。日常のほんのささいなことでもできたことはあるはず。人と比べたらほんとにささいすぎて評価に値しないと思っちゃうかもしれないけど、大事なことは、実は自分が「できた」と思ったということ。思っていなければ他人と比較することなんてそもそもないんだから。「できた」ということは、自分が何かをして、「いいことがあった」ってこと。自分が動いて何かが変わる、それってすごいこと。

たとえばこんな感じ。褒めるに値しないって?そこがミソ。
「いつもより早起きができた」→ 身体はなんと喜んでいることでしょう
「満員電車に無理に乗らなかった」→ あなたが乗らなかったからダイヤは乱れなかったかもしれないね。あなたが乗らなかった分スペースが空いて乗っていた人はほっとしたかもしれないね。何より、自分のストレスを軽減できたかもしれないね。
「ダイエットで3キロやせた!いっしょにやっている人は5キロやせてたけど。。。」→ すごいじゃないですか。挫折して5キロ太っちゃう人もいるのに。3キロ分もあなたはがんばったんだね。

「人付き合いが苦手でずっと引きこもっていたけどあるスポーツがやりたくて、あるときネットでサークルのメンバー募集を探していきなり訪ねたんです」って人がいました。「自分に自信がない」っていう人です。僕から言わせたらすごいことです。人付き合いが苦手なのにいきなり訪ねたんですから。ウニ、イクラのご褒美ものだと思いますよ。

大きな成果なんてしょっちゅう起こらない。小さな自信の積み重ね。まずは、一日ひとつ、自分を褒めてあげてはいかがですか。




☆★ブログランキングに参加しています。皆様いつも本当にありがとうございます。トップ10目指して頑張ります。よろしければワンクリック お願いします★☆



○。

こころがちょっとつかれていませんか?そんなときは【こころの止まり木】 に立ち寄ってみませんか。

。○