一生懸命何かにがんばっている時というのは、気持ちをすごく張ってたりするよね。【弱い自分】を表に出さないように、それをこころの中に押し込んで、【強い自分を演出する】。それは必ずしも他人に見せたくないということだけではなくて、【弱い自分】を出してしまうと今まで張っていた【気持ち】が崩れてしまうのではないかという怖さがあったりする。
そもそもは私達はなまけもので、好きなことしかしなくて、わがまま。楽でいられるなら楽でいたい。社会性がついてくると「それじゃあいけないよね」と思うから、そんな自分を【悪】としてこころの中に閉じ込めちゃおうとする。何かに本当に打ち込まなきゃいけないときなんてなおさら。他の楽しいことをしちゃうと目的が達成されないと【自分が思いこむ】。受験勉強なんてそうだったね、確か。
そうやっていろんなものを犠牲にしたりするものの中では、「恋愛」なんてその最たるものかもしれないね。恋愛って弱い自分をさらけだしちゃったりするでしょう。ずっと相手といっしょにいたいと思ったりするでしょう。このまま時が止まってしまってほしいとさえ思ったりもする。そして、そんな思いは得てして【これからがんばって前に進んでいかなきゃいけない】という思いと衝突しあう。こころの中の葛藤。【こころの殻を開けてる心地よさ】と、【甘えてしまってなまけている罪悪感】のはざまで悩む。そうして、「恋愛をするのは落ち着いてからにしよう」とこころにふたをして恋愛を遠ざける。
相手側からすると、相手が仕事等でがんばっているときってなんだか不安になる。自分の知らない遠くにいっていってしまったような気がして。何かに打ち込んでいる姿はすごく素敵だけど、不安になるっていう矛盾。だから「仕事と自分とどっちが大事なの」なんて言葉が出たりする。比較なんてするものじゃ本来はないのはわかっているのに。
恋愛は毒になるばかりじゃない。【相手が見守ってくれるからがんばろう】と思えるときには、信じられないぐらいのパワーがでる。【最後には帰れる場所がある】と思えるか思えないかは、こころの余裕になって外に現れるし、何よりも【こころの中に甘い蜜を蓄えておくこと】ができる。きっとあなたにとって一番の栄養剤。
そんな恋愛ができるかどうかの分かれ道は、【相手が自分のしようとしていること(したいこと)をちゃんと理解してくれているか】。そして、【自分にとって相手の存在が本当に大事であることを伝えているか】。この二つが大事かな。前者は相手次第のところがあるけれど、後者は自分次第だよね。そして、自分の気持ちは意外と伝えきれないことのほうが多いもの。だって照れくさいもんね。
子供は時にびっくりするようなことをしでかしたりします。それができるのは、【親が最後には守ってくれるという絶対の安心感】があるから。なにか大事なことをしでかそうと思って本当にがんばらなきゃいけないときこそ、それを見守ってくれる【無条件の愛】に包まれるといいと思いますよ。
そう思っても自分だけじゃどうにもならないって?いや、ちょっと自分を見つめてごらん。自分がこころを閉ざしていることのほうが多かったりするからね。
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