最近急にいろんなところから話をいただくようになりました。ストレスマネジメントの研修講師、本の執筆、カウンセラー登録依頼等々。変り種では素人タレント(CMとか雑誌とかに出てる人達のことです)の登録依頼とか。


自分のやりたい「こころの止まり木」メンタルケアをもっともっと多くの方々に広めるには、ある程度の露出がいいのかなあと思っていた矢先なので、嬉しい限りです。


これからまだまだつめていく話ではあるので、またご報告します。


最近はなんだか蒸し暑いですね。でも夏はもうそこまでやってきているようです。

「自分のカウンセリングスタイルって何だろう」と考えたらふと頭に浮かんだので書き留めてみました。どうでしょうか?


一. 自分の好きなことを知る

     (これまでの人生を振り返ると何かある)

一. 自分の限界を知る

     (すべて自分でやることはない)

一. 好きな自分を一つでも見つけて自分を褒めてあげる

     (必ず一つはあるはず)

一. 無理をしないで好きなことができる方法を考える

     (一見ちっぽけなことでもこつこつと)

一. 自分を褒めてくれる人をそばに置く

     (褒められると思わぬパワーがでる)

一. よく寝て、よく食べる

     (こころの健康とからだの健康はつながっている)

一. 自分からは喧嘩を売らない。でも売られた喧嘩は買う

     (喧嘩を売ると自分も嫌な気分。喧嘩を買わないとストレスになる。

一. 人とどんな方法でもいいからコミュニケーションを取る

     (言葉にするだけでも気分は変わる)

一. 一日一つでもいいから楽しかったことを思い出す

     (ちっぽけでも楽しいことは楽しいこと)

一. 一日一度は笑う

    (笑う門には福来る)

【やりたいこと】を見つけるのは簡単そうで実は難しい。現実と理想の狭間で、【やりたいこと】をこころの奥底にしまってしまって、【できること】をどうしても優先してしまう傾向が人にはあるから。

でも、あるときふと、やりたいことが見つかることがあります。なんだかこころの中が【わさわさと】ざわめいている。すぐにでもやりたくて、放っておいたら衝動に任せて動いてしまいそうな、そんな感覚。

実際は、本当にそれをやっていいのかどうか、考え立ち止まることが多いように思います。衝動に任せてやりたいことに向かって突き進んでいると、周りの人が「もう少しじっくり考えたほうがいい」「そんなことは続きっこない」と、行動にブレーキをかける場合が結構あったりする。


子供の頃って、やりたいことは我慢なんてできなくてやっちゃったりしたよね。それで親に怒られたり。でもこころの中に生まれる【わくわく感】がそのまま表に出やすかったような気がする。『子供のときとは違って、大人になったらいろんなことが絡み合ってくるから、そんなにすぐには動けないよ』、そう思う人もいるよね。確かにそれはある。抱えるものが増えてくるから、動きずらくなるのは確か。そうするとやっぱり【できること】を優先しちゃうよね。

一方で、よく起業家の人が言う言葉で、【物事は考えすぎちゃうと動けなくなる。まずは動く。動きながら考える。】というのがあります。ちょっと子供の感覚に近いかもしれないね。もちろん、そんな人でも動く前にはいろいろ考えている。でもきっと、その考え方というのは、【やりたいことを出来るようにするにはどうすればいいか】という視点。【したいことができるかどうか】じゃないように思います。

こころの中で【やりたいこと】が生まれたときは、こころの殻が薄くなっていて、実は表には出しやすい状態になっている。その気持ちの隣には【不安】の感情がいて、それがいろんな【できない気持ち】を引っ張ってきて、殻を厚くして【やりたいこと】が表にでないように邪魔をする。だから実は【やりたいこと】を実行に移すのは難しい。

でも、さっき言ったとおり、【やりたいこと】を見つけるのは結構難しい。だから、それが見つかったときは、負けたくないよね。【不安】が隣に座っていて、あまり動き回れないんだけど、こころの中をよーく探してごらん。【やりたいことを実現できる】気持ちや、一緒に表に出てくれそうな、ちょっとした【自信】、そういった助けになるものがどこかに必ずあるからね。

七輪で焼く焼肉!


はい、宣伝です。 私の友人が経営している、「SHO 」という韓国料理屋が六本木にあります。焼肉はもちろんおいしいのですが、ここの売りは本格的な韓国家庭料理を出すこと。韓国料理屋っぽくない、ちょっと間接照明を活かした店舗とのギャップが楽しいお店です。

 このSHOが先月末で一周年を迎えました。5月一杯は「一周年記念イベント」をやるんだそうです。お越しいただいた方にはビールまたは赤ワイン一杯と、チヂミをサービスするそうですよ。行かれた際に、「ブログを見ました」と一言言ってください。ここのチヂミ、外側はパリッとしてるのに内側はもちもちっとしていて、絶品です。

女性同士でも気軽に入れるお店ですので、どうぞ。私ももしかすると店にいるかもしれません。


「ぐるなび 」にも掲載されていますよ。

【死んでしまった方がいい】という人がいます。生きていてもいいことなんかなくて、いろんなことがこんがらがって辛くて辛くて、このまま自分を消してしまいたいという気持ち。このまま生きていてもいろんな人に迷惑をかけるから、自分がいなくなったほうがいい。

【生きていればいいことがあるさ】という言葉は、あまり助けにはならない。先のことなんて分からないし、今の状況で先にいいことがありそうなことなんて、想像もできない。言っている本人だって、その人がこれから先、本当にいいことがあるのかなんて、分からずに言っている。もちろん、【いいことがあればいいな】という希望を持って言っているのだけれど。

それでも僕は【生きていてほしい】ということを言い続けます。その理由は二つ。一つには、周りにあなたが死んでしまったら悲しい思いをする人間が必ずいるということ。あなたは絶対に一人じゃないから。あなたに対する想いをずっと抱いたままそれからの人生を過ごすことになるひとは必ずいる。それは、あなたという人間にちゃんとした価値があるということ。

もう一つは、さっきと矛盾するかもしれないけど、【おっきないいこと】と巡り合うことはそうそうないかもしれないけど、【ちっちゃないいこと】は意外と近くにあるということ。あまりに嫌なことが重なって、それに気づかなくなっているだけ。【星がきれいだった】【風が気持ちいい】【タイミングよくバスが来た】、そんなことだった、【ちっちゃないいこと】。『そんなことと、今自分が抱えていることとはレベルが違いすぎる』と思う人はいるでしょう。確かにそうかもしれません。でも、今の【おっきないやなこと】は、実は【ちっちゃな嫌なこと】の積み重ねから来ていたりする。今の気持ちになるまでに【どかーんっ】としたものがあったんだろうと思うけど。

それは【いいこと】だって同じかもしれませんよ。【ちっちゃないいこと】が見つかってきたとき、それが積み重なってきたとき、あなたのこころの中の何かが変わるかもしれませんよ。

さて、あなたの今日の【ちっちゃないいこと】はなんでしたか?

カウンセリングを受けたり、自分を見つめなおしたりしたときに、【自分がなんなのか】分かるときがあります。今まではぼやっとしていて、こんがらがった糸のようになっていたのに、それまでのいろんな悩みの根本になる部分が明らかになること。一瞬、霧が晴れたような気持ちになるのはこんなとき。

でも、実はそこからが新たな始まり。分かったことと、行動することは別。今度は、分かっていながらも問題を解決できない悩みが生まれてくる。行動をするには、いろんな障害を抱えていたりするもの。だからこそ今まで悩んでいたのだから。それまでも辛かったけれど、問題の所在が分かった後だけに、余計に物事が進まないことにいらいらする。気づいてしまっただけにかえって辛い。そんな時、【気づかなければよかった】【なんだか前よりも悪くなっているような気がする】と感じることが多くなってきます。

そんなことはありません。今のこころの状態は、厚かったこころの殻に穴が開いている状態。もしくは、こころの殻が急速に薄くなっている状態。風通しは前よりもずっとよくなっているはず。それだけに、問題が解決されないことに対しての感受性が高くなっているのであって、前のぼんやりとした【こころのわだかまり】とは明らかに違っているはず。だから、そんな一歩進んだ自分に対して自信をもっていい。

いろんな障害があるよね。さらにもう一歩踏み出すことはすごく勇気がいる。だってそれでいろんなことが変わってしまうことが自分でも分かっているからね。あせる必要もないよ。時間が解決してくれることもある。でも、もし一歩進んでしまうのが怖いのなら、半歩でもいい、数ミリでもいいから、前に進むことをしていこう。ほんのささいなことでもいい。人には気づかれないようなことでいい。自分の中だけでもいいから、前とは違ったことをしていこう。途中で怖くて戻ったら、進んだよりも大きく戻っちゃったりもするけど、それでいいじゃん。前とは違って、進む道がもうできてるんだから。

ゆっくり、ゆっくり、少しずつ。今までずっと進めなかったんだから、当然当然。でも、たとえわずかでも、どこかに光の差し込んでいるところがある。それはもう消えないから大丈夫だよ。

著者: 唯川 恵
タイトル: 燃えつきるまで―I lost myself when I lost him

一方的に別れを切り出された女性が、はかない希望を描きながら断ち切れぬ想いに悩み続け、立ち直っていくこころの動きを記した物語。「立ち直っていく」といっても、本編のほとんどは現実を受け止められない悩みを描いています。

どうにも別れを認めることが出来ず、最初は自尊心ゆえに相手から戻ってくると信じている。それが無理だとわかってからはそんなプライドはどこかに行ってしまってl、相手にすがり、なんとか相手を取り戻そうとする。相手に彼女ができたとわかってからは彼女に対しての憎しみをつのらせていく。「ここまでするのか」と思う人もいるかと思いますが、これは誰しもが多かれ少なかれ持っている【こころの部分】だと私は思いました。

そもそも恋愛は【感情】の中でしていくもので、そこには【理性】とか【常識】とかは関係ない。うまくいっているときはそれらは調和しているけれど、そのバランスは簡単に崩れていく。今思えば、「なんであんなことをしたんだろう」と思ったりするけれど、そのときは本人としては違和感のない行動だったりする。相手のことが本当に【大事な人】であったらなおさら。

こころとからだのバランスがくずれやすいのも恋愛。本編では不眠、拒食、頭痛等からだがどんどんおかしくなっていく。そして、友人の何気ない言葉によけいに傷ついていく。

立ち直るきっかけは、自分と同じような境遇の人を見たとき。自分を【客観視】できたとき。それは【忘れられない自分】を認め、自分を見つめなおしたときなんだと思います。忘れようとしても忘れられるものではない。忘れようとするのも辛いけど、実は忘れたくないと思う自分がいるから、そんなときはきっと忘れられない。そんな自分の矛盾を客観視できたとき、自分の中で何かが変わっていくように思います。

ちょっと重い小説ですが、そんなことを感じさせてくれました。

著者: 志水 辰夫
タイトル: ラストドリーム

GWで本を読みまくってます。

記憶喪失の男が北海道に迷い込むという出だしから始まるこの物語。なんだか不可解な雰囲気があったりして、ちょっとサスペンスが入ってるのかと思いきや、奥さんとの思い出話になったり、海外出張での回想になったり。時代も何の前触れもなく飛びまくるので、最初は大変でした。


テーマはなくなった奥さんに対する傷心から立ち直る過程を書いているようですが、ちょっといろんなところに飛びすぎかなーという感じがしました。お互いの感情があまり伝わってこない。パーツパーツでは面白いところはあるんですが。。 残念。

著者: 中野 独人
タイトル: 電車男

映画にもなるようなので、ご存知の方も多いと思いますが。ずいぶん前に本は買っていたのですが、ようやく読み終わりました。


まさに今の時代の物語という感じです。舞台は一世を風靡した「2ちゃんねる」。アキバ系のある男性が掲示板に好きになった女性とのデートの仕方を投げかけたところ、そこの住人が一丸となってアドバイスをし始めて、異様に盛り上がっていく2ヶ月間。結果はここでは触れませんが、なんだか感動すら覚えてしまうこれはまさしく「恋愛小説」となっています。


今の時代は人との付き合いが希薄になっているとか、コミュニケーションができなくなっているとか、集団での行動ができなくなっているとか、いろんなことを言われていますが、そんなことはないんだなあと思いました。要は、手段が変わっているというだけかも。主人公の恋愛を成就させる目的に向かって皆がまとまっていく様は感動もの。興味本位を超えていて、完全に当事者になっている感じがする。そして、主人公が徐々に自信を持って成長していくのが、文章の中でも明らかにわかって、人はちょっとしたきっかけで自信を持つことができて、変わっていけるだというのが分かる。


いろんなことを考えさせられる本です。是非。

著者: ニコラス・スパークス, 雨沢 泰
タイトル: きみに読む物語

一生をかけて一人の人を愛し続ける、そんな物語。

14年前に出会った一人の女性を愛し続けて、一人で人生を過ごしている男と、婚約者がいながら、あるきっかけでその男性を想い出し、会いに行く女。お互いにかけがえのない相手であることが、14年ぶりの再会で改めてわかってしまう。そもそもは階級の違いでいっしょにはなれなかった二人。そこから先は・・・いえません。。。


いつも「こころの日記」で書いている、「本当に大事な人に対する想い」「理性と感情」といったことがちりばめられています。この物語はいくつもの「手紙」という形でいろんなメッセージが記されています。その一部を紹介すると;


「別れにこれほど苦痛をおぼえるのは、二人の魂が結ばれているからだ。おそらく、これまでも、これからもずっとそうだろう。おそらく二人は前世で何千回となくいっしょに生きてきた。そのときどきに、二人はお互いを見つけ出し、そしてたぶん、そのときどきに同じ理由で別れざるを得なかった。つまり、この別れはこれまでの一万年の終わりであり、同時に未来への前奏曲と言っていい。・・・・・・ すべては、僕たちふたりにとってうまくいくだろう。僕はそれを実現するために、できるだけのことをすると約束する。だが、かりに二人が二度と会わず、これが最後の別れになるのだとしても、かならず来世で再会することはわかっている。ふたたび、おたがいを見つけ出したとき、運命の星が変わっているかもしれない。ぼくたちはその時代を愛し合うだけでなく、前世のすべての時代を愛し合ってきたのだ。」


「嘆きと悲しみに襲われたとき、ぼくはきみを抱きしめてゆすってあげる。きみの悲しみを引き受けよう。きみが泣くときは、僕も泣く。きみが傷つけば、ぼくも傷つく。ぼくたちはいっしょに涙の洪水と絶望をせきとめて、穴ぼこだらけの人生の道を進んでいくんだ。」


実話がベースなんだそうです。大事な人を見つけたときのこころの動きがよく書かれていて、いい小説だと僕は思いました。おすすめです。