関口知宏
各駅停車の汽車に乗って中国中を旅行する番組をNHKでやっています。おそろしく長い距離を旅して、このあいだやっと終わったようです。
旅人は関口知宏さん。関口宏・西田佐知子夫妻のお子さんですね。
『アカシアの雨がやむとき』『コーヒー・ルンバ』の、あの西田佐知子ですよ。って、リキむこともないか。「やっぱり酒は菊正宗」のコマーシャル・ソングは今でも流れていますね。最近画面に出てきませんね。ダンナは出ずっぱりですが。
さて、この知宏さん。40台前半かしら。よほど大らかに育ったものらしく、性格のよさがありありと見えます。だから、言葉の通じない、辺境でもどこでも、通訳を通じてでしょうが、いともラクラクと、現地の人々と交歓しています。色鉛筆(?)で描く絵も上手だし、ギターで自作の作品をテレずに披露して、また、それもうまい。
最初、日本の汽車の旅をしたのでしたか。ヨーロッパの鉄道にも乗っていましたね。
上半身を動かさないで歩くのですね。ペンギンのように歩く。中国で、子どもらちに「女の子みたい」とからかわれていました。
トルファンという町で汽車に乗らなければならないのを残念がっていました。寄せてもらった家の奥さんも、隣の奥さんも娘さんも、会う人会うひと、みーんな美人なものだから。そこだけ行きたいなあと思いながら見ていました。
もうひとつ。車中で、ウイグル人のおばさんが、「日本人を初めてみた。みんな特急で旅行するから、汽車のなかで会ったことがなかった」と言ってました。「いつでもまた寄ってね」と言ったお母さんもいました。知宏さんのお人柄というものでしょうね。
肘で指揮
映画『アマデウス』で、トム・ハルス演じるモーツァルトが、オペラ『後宮からの誘拐』の指揮をするシーンがありました。国王が真正面に座っている前のオーケストラ・ピットで。
興が乗ってきたところで、両肘を張って、交互に上下させる指揮をしたのを覚えていますか? マーチふうのテンポのところだと、そんなことをやってみたくなるのかなあ、と思いながら見たことでした。ふつうは、そんな指揮はしませんね。
この、肘で指揮する姿を見たのは、私には、ともかくこの映画が初めてでした。
この間聞いたショスタコーヴィッチの演奏会で、井上道義さんが、これをやりました。いつかやってやろうと待ち構えていたのか、もともとこういう指揮をする人なのか、井上さんの指揮を演奏会場で見たのは初めてなので、そこはよく分かりません。踊り出したくなるメロディー、テンポはあるのですから、自然に身体がそのように反応したのでしょう。この前書いたように、楽しさ一杯の演奏会ではありました。
そう思ってみるせいか、つい最近、テレビで、さあどこの指揮者だったか、西洋人の顔をした指揮者が、やはり、あの、キー ス・ヘリングの絵に出てきそうなスタイルで指揮をしているのを見ました。アソビ心の発揮は、あちらでもこちらでもあるものなのですね。
ダッシュ村
アメリカでは、アカデミー賞ばかりではなく、トニー賞とかグラミー賞とか、いろいろな顕彰祭典があって、業界を盛り上げますね。テレビの番組対象のそれは、エミー賞と言った。話題作「ハウス」などは賞をもらっていると思います。
日本では、テレビ番組を評価する催しはあるんでしょうか。NHK国際賞のような、海外の番組も含めて、ドキュメンタリーに賞を出す機会はあるようですが、毎週放映される番組を対象にした賞の名前は聞きません。
そういう賞があったら、一番に推薦したいのが、日曜日午後7時から、日本テレビ系列で放映される「鉄腕ダッシュ」という番組です。とくに、「DASH村」というシリーズ。福島県か茨城県かの、おそらく過疎地になった里山を買って、TOKIOのメンバーたちが農作業をする番組。
米を作ったり、サツマイモを育てたり、炭を焼いたり、氷室を作ったり、と、昔の農村で行なっていた手仕事をなんでもやってみる。この間は、なんとソースを作っていました。生で食べたくなるような熟成したトマトを搾った贅沢なソース。
三瓶明雄さんという方が、万般の指導をします。この年配の方が、じつに味わいのある顔をしています。ほかにも漬物名人のおばさんや、大工仕事を指導してくれる大工さんなどが、協力してくれて、モノができ、環境が整っていきます。
城島茂をリーダーとするTOKIOのメンバー(山口達也、国分太一など)が、収穫した作物を食べるときの、心からうまいと感じているらしい表情も見ものです。
農作業をするだけではないので、たまたまチャンネルをまわしても、かけっこで電車と競争していたりすることもあります。DASH村のシーンをまだごらんになっていなかったら、ぜひ見てみてください。
レム睡眠
カール・ヒルティに『眠られぬ夜のために』(岩波文庫)というのがありました。読んだ覚えはあるけれど忘れました。『幸福論』(同文庫)の1節で記憶に残っているのがあります。
朝、新聞を読んではいけない。1日のうちで一番頭が働く時間にそういう無駄なものを読むな。
という教えでした。ヒルティの本は今でも読者が多いと思います。多少、説教くさいところが受けているのかもしれません。この人の言うことを真に受けて実行したらずいぶん窮屈な生活になるなあ、と今なら思います。
「眠られぬ夜」というものをほとんど経験したことがありません。3年に一晩あるかないか。能天気に生きてきたということでしょうね。インテリのはしくれとしてはちょっと気恥ずかしいところもあります。
ただし、(とつなげるのもヘンですが)夢はよくみます。しかも記憶しているのが多い。夢の中で行きつけの温泉がある、ということは前にここにも書きました。
「レム睡眠」のときに夢をみる、ということが眠りのことを書いた本によく出てきます。レムは、Rapid Eye Movement の頭文字を並べたもの。閉じた目のなかで目玉が速くグルグルする状態なのだという。そのときに身体は休息している。「ノンレム睡眠」というのは、目玉が動かない状態。レム=ノンレムが90分単位で繰り返す、ということもよく聞きます。90分の倍数時間で目覚めるとスッキリするのだといいます。
それぞれの状態のときに測ると、脳波の性質や形状が異なっているので、アタマの中では別のことが起きているらしい、というところまでは分かっている。しかし、実際に何が起きているのか、それは分からないそうです。
酔生夢死という重宝な熟語があります。「酒に酔い、夢を見ているように一生を終える」という意味ですが、「有意義なことは何もしないで、ぼんやりと無自覚に一生を過ごすこと」という語釈(『明鏡国語辞典』)から聞こえてくる非難の響きなぞ気にするものではありません。
写譜
モーツァルトは『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を、食卓で子どもの声を聞きながら書いた、と、どこかで読んだことがあります。一人でこもって書くと、眠気が襲ってきて、進まなくなるからだということでした。
モーツァルトの手書き楽譜の写真をときどき見ますが、おそろしく速いペン(鵞ペンだったと思う。ガチョウの羽の先を尖らせて、インク壷に付けて書く)の動きだったろうと、推測できます。
訂正も追加もない、それとしてはきれいな楽譜ですが、横棒や付点など、あるのかないのか分からないのも少なくなさそうです。
実際には、かの天才でも、消したり加えたりは、したのだそうです。
さて、そうやってできあがった、開演が迫っているだろう楽譜の、パート譜(ヴァイオリン用とか、管楽器用とか、声楽用とか、実際の区分は知りませんが)を作る必要があったはずです。
ここに、写譜屋さんという職業が登場する。きっと、徹夜仕事だったでしょうね。
草創期のテレビ・ドラマの台本も、ガリ版刷の職人が待ち構えていて稽古に間に合わせていたそうです。そんな仕事をする人々が、ウィーンにもプラハにもいたのでしょうね。一人も名前は残っていないと思われますが。
じつは、今でも写譜屋さんは職業として成立しているそうです。手書きかワープロかは知りませんが、各パートが演奏しやすいように、譜面を作ってあげる。当然、音楽の知識が必要です。ときには、指揮者が振りやすいようにフル・スコアを書き直したりもするらしい。
今では楽譜作成ソフトがあるので、譜面つくりは簡単にできるようですが、演奏しやすいものになるかどうかは、結局、作り手の感性に頼る他ないようです。