写譜
モーツァルトは『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を、食卓で子どもの声を聞きながら書いた、と、どこかで読んだことがあります。一人でこもって書くと、眠気が襲ってきて、進まなくなるからだということでした。
モーツァルトの手書き楽譜の写真をときどき見ますが、おそろしく速いペン(鵞ペンだったと思う。ガチョウの羽の先を尖らせて、インク壷に付けて書く)の動きだったろうと、推測できます。
訂正も追加もない、それとしてはきれいな楽譜ですが、横棒や付点など、あるのかないのか分からないのも少なくなさそうです。
実際には、かの天才でも、消したり加えたりは、したのだそうです。
さて、そうやってできあがった、開演が迫っているだろう楽譜の、パート譜(ヴァイオリン用とか、管楽器用とか、声楽用とか、実際の区分は知りませんが)を作る必要があったはずです。
ここに、写譜屋さんという職業が登場する。きっと、徹夜仕事だったでしょうね。
草創期のテレビ・ドラマの台本も、ガリ版刷の職人が待ち構えていて稽古に間に合わせていたそうです。そんな仕事をする人々が、ウィーンにもプラハにもいたのでしょうね。一人も名前は残っていないと思われますが。
じつは、今でも写譜屋さんは職業として成立しているそうです。手書きかワープロかは知りませんが、各パートが演奏しやすいように、譜面を作ってあげる。当然、音楽の知識が必要です。ときには、指揮者が振りやすいようにフル・スコアを書き直したりもするらしい。
今では楽譜作成ソフトがあるので、譜面つくりは簡単にできるようですが、演奏しやすいものになるかどうかは、結局、作り手の感性に頼る他ないようです。