パパ・パパゲーノ -89ページ目

葬式のシーン

 昨日はもう1本映画を見ました。『ディパーテッド』というの。レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン、チャーリー・シーン、マーク・ウォールバーグ、アレック・ボールドウィンなど、ハリウッド・オールスターキャストみたいな映画。


 マーティン・スコセッシ監督。アイリッシュ・ギャングの親玉がニコルソン。警察官が、ディカプリオ、デイモン、ウォールバーグ、シーン、ボールドウィン。この親玉をどうやって逮捕するか、それが眼目。話は入り組んでいますが、とくに分かりにくいところはありません。最初に並べた4人が、最後はみんな銃で撃たれるという、暴力的な映画でもありました。本当に悪いのは誰か、というのは、観客には分かっているのだけれど、劇中の人物たちはそれが分からず、疑心暗鬼におちいります。


 よく働いたということで、死んだディカプリオの立派な葬式のシーンがあります。国旗をたたんで棺にかぶせる、あの栄誉礼みたいなやつです。空砲が空に向けて3度撃たれたりします。


 映画で、死者が出ると、たいていは丁寧な葬式のシーンがあります。こういうふうにするんだよ、という手本を示しているのかなあ。よくわかりません。


 去っていったマットの恋人が、その葬式の場から、彼の顔を一度も見ずに立ち去ります。『第三の男』のラストシーンみたいでした。


 「ディパーテッド」というのは亡くなった人のことを指すようです。

白いカラス

 ニコール・キッドマンの噂をしていて、『白いカラス』がよかったという人がいました。前にも見た記憶はあるのですが、どんな話か忘れてしまったので、DVDを借りてきてじっくり鑑賞しました。


 フィリップ・ロスの小説を映画にしたものでした。ロスの作品は読んだことがありません。原作がきちんとできていると、映画の説得力も増す、という典型のような作品に仕上がっています。


 地方の大学の、初のユダヤ人古典学教授、コールマン・シルクが主人公。これをアンソニー・ホプキンズが演じる。授業中に発したspooks(幽霊。黒人を差別してこう呼ぶこともある)という言葉をとがめられて、教授職を辞任せざるをえなくなる、ところから話が始まります。フィリップ・ロスもユダヤ系の作家として知られています。


 クリントンのセックス・スキャンダルが冒頭に出てくるので、1998年か99年くらいの時代設定。ヴェトナム戦争のトラウマを引きずったままの中年男がエド・ハリス。それと別れた、もと妻がニコール。二人いた子どもを、火事でなくしたことが遠因で離婚したもののようです。


 原題は The Human Stain 、人間の汚れ・しみ、というような意味。Stain には、他に「染料・着色剤」という意味もありました。フランスでは「嘘の色」というタイトルだったらしい。登場人物それぞれが重い過去を背負っています。


 教授が長い年月にわたって隠してきた秘密がフラッシュバックの手法で明らかにされていきます。若いころの教授の役を、いまや「プリズン・ブレイク」(TVドラマ)で大人気のウェントワース・ミラーが演じています。


 物語全体の語り手が、ズッカーマンという名前の作家に扮するゲイリー・シニーズです。


 教授とニコールが、あるきっかけから恋に落ちる。というより、物語は、その恋の展開を追うように進みます。ホプキンズとキッドマンのふたりの演技がからむシーンの迫真力こそ見ものです。


 ネタばれにならないように書いたつもりです。それにしても「白いカラス」という邦訳はいただけない。映画を見終わると、こういう邦題をつけたくなった気持も分からないではないのですが、せめて、フランスの訳を真似て「いつわりの色彩」とかなんとか、にしてもらいたかったところです。


 久しぶりに充実した映画鑑賞でした。


 


 

ハモる

 合唱することも「ハモる」という場合がありますが、ここで話題にしたいのは、和音を響かせることです。ハ長調ならド・ミ・ソを一緒に鳴らしたときに聞こえるトニックの和音、ソ・シ・レのドミナント、ファ・ラ・ドのサブ・ドミナントの和音などがうまく調和したときに「ハモった」と言っています。


 小学生のころ輪唱というのをやりませんでしたか? 「静かな湖畔の森のかげから もう起きちゃいかがとカッコーが鳴く」というの。2小節ずらして始めると自然に二部合唱になっていきます。知っている人は少ないでしょうが、「ほーら 鳴いている お庭に鈴虫が リリリリ リーン リリリリ リーン」という、短調の輪唱は、大勢でやるとちょっと感動的な三部合唱になったものでした。


 中学生や高校生の合唱団がよくやったのは、シューマンの『流浪の民』でしょう。「ぶっなあの もっりーの はっがーくれに うったーげ ほっがーい にぎわしや」と行くの。ドイツ語でツィゴイナーレーベン(ジプシーの生活)というタイトルなんだそうです。こういう曲が面白くなってくると、ハモる楽しさに入れ込むことになります。


 仕上げというか、一度はみんな歌ってみたくなるらしいのが、かの、「第九交響曲・合唱つき」です。わたしは何年か合唱にいそしみましたが、この曲は歌ったことがありません。


 人の声の和音がピッタリ決まったときは、倍音がいくつも聞こえます。倍音の物理学的定義はむずかしくてよく分かりませんが、今出している音よりオクターブ高い音や、そのまた3度上の音が聞こえます。じつに気持のいいものです。ランナーズ・ハイというものに負けないのではないか。クワイヤーズ・ハイとでも言っておきましょうか。

二酸化炭素

 二酸化炭素(炭酸ガス)の空気中に占める割合というのを、うかつにも知らずにいました。体積比だと次のようになっています。


 窒素(N2、2は下に付く、以下も) 78%

 酸素(O2)               21%

 アルゴン(Ar)              0.9%

 二酸化炭素(CO2)           0.034%


 あと、他の気体が何種類か含まれる。炭酸ガスは、ppm で表すと、340ppm になります。それが増えると、地球が温暖化するのかと考えていましたが、どうも違うようです。


 一酸化炭素中毒で死ぬ人がときどきいますが、致死量は 1000ppm くらい。つまり、吸っている空気の 0.1%になったら危ないのだそうです。


 それから類推すれば、二酸化炭素の増加が気温に与える影響というのも少なくないのでしょうが、いま、大いに喧伝されているのは、そこまで深刻なものではないらしい。不思議なことです。


 植物にとっては、二酸化炭素がいわば「ごはん」にあたるはずです。増えたらその分、植物の繁茂をもたらすのではないか、と素人考えで思いますが、それも、必ずしもそうではないのだとか。


 どうなっているのか、ご存じの方、教えてください。



トロヴァトーレ

 ヴェルディという作曲家の奥深さははかり知れないという気がします。

 

 『リゴレット』も通して聞くと、しみじみと人間のあわれさを感得させられました。DVDで、舞台を見ながら聞くと、その思いがひとしお強く感じられます。


 舞台を見ずに、話の筋もよくは知らずに、いま聞いているのは『イル・トロヴァトーレ』です。Il Trovatore というのは「吟遊詩人」のことだとは知っています。調べれば、話の筋は分かるのですが、いつものクセで、まずは音楽の流れを耳になじませることから始めます。


 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、ドイツ・グラモフォンの2枚組CD。吟遊詩人はドミンゴ、伯爵はジョルジョ・ザンカナーロ(グルベローヴァの『椿姫』でジェルモンを歌ってた)、アズチェーナが、ブリギッテ・ファスベンダー。有名な合唱曲が何曲かあって、それも聞きどころです。


 これだけのメンバーですから、音楽に遅滞はありません。美しい響きが連続しながら、悲劇的な展開をしているのだろうなあ、と思わせられます。いずれ、画面や舞台でどんなことになっているのか、確かめようと思います。


 同じヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』は、いきなり劇場で見ました。背広を着たオペラで、何がなんだか分かりませんでした(日本語の字幕もないものだった)が、音楽の素晴らしさは分かった。ヴェルディの作品でまだ聞いてない、見てないものもたくさん残っているのは、じつに「ローゴの楽しみ」であります。