平均寿命
厚生労働省の統計によれば、3年前(平成17年)の県別の平均寿命 (0歳児が平均何歳まで生きるか、平均余命)は、全国平均で、男78.79歳、女85.75歳です。長寿県ナンバー・ワンは男が長野県(79.84歳)、女は沖縄県(86.88歳)、最下位は男女とも青森県(男:76.27歳、女:84.80歳)でした。
65歳男の平均余命は18.33年。つまり、今68歳の男たちは、平均してあと15年は生きていくことになる勘定です。私も平均で行けば、81歳くらいまでは生きていくことになる。
ついに行く道とはかねて聞きしかど
きのう今日とは思わざりしを
という歌もありますから、いきなり、その日が来ることも予定の中に入れておかなければなりませんが、まだまだ先は長いよなあ、というのが率直な感想です。平均ということは、途中に病気や事故なども含んでの上でのことでしょうから、気を楽にして生きていくことにしましょう。
そのためにも、楽しみの範囲をこれからも広げていかなきゃなりません。むかし熱中した畑つくりなどを再開するのも面白そうです。目の回るような忙しさの中でやっていたものです。時間ができると後回しになってしまうのもおもしろい。タクアンを漬けるとかね。
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マイ・ブルー・ヘブン
ここのところ1日おきに、降ったり照ったりが続きます。昨日は雨でしたが、今朝はよく晴れました。北風が肌をさします。見上げると、雲ひとつない青空が広がっていました。
思わず、口をついて出たのが、「マイ・ブルー・ヘブン」と「紺碧の空」でした。まず、「紺碧の空」。これは、早稲田大学・高校の応援歌ですね。高校野球に早稲田実業などが出場すると歌われたと思う。昭和6年、住治男という学生が作詞し、古関裕而が作曲したのだそうです。
紺碧の空 仰ぐ日輪
光輝あまねき 伝統のもと
すぐりし精鋭 闘志は燃えて
理想の王座を占むる者 われ等
早稲田 早稲田
覇者 覇者 早稲田
小学生のころ(昭和30年ころ)、ケンちゃんのお兄さんに教わって「ハッシャ ハッシャ ワッセッダ」と歌った覚えがあります。この歌詞の「すぐりし」は、おそらく「勝(すぐ)れし」《きわだった》とあるべき活用形を、意図してこういうかたちにしたのだろうと思います。事情をしるしたサイトの記事によれば、応募作品を審査した西條八十が、ひとつも筆を加えなかったとのことですから、そう理解しておきます。【訂正:「すぐる(選る)」は「選び出す」という意味。「よりすぐり」の「すぐり」のようです。古語のラ行四段活用の連用形だから、「すぐりし精鋭」でOKでした。「選んだ精鋭」の意味になります。】
「マイ・ブルー・ヘブン」というのも古い歌です。シナトラの甘い声で知られています。エノケンも日本語で歌いました。
せまいながらも楽しい我が家
愛の日かげのさすところ
という訳詩を聞いたことがありませんか。「ブルー・ヘブン」というのは、空そのもののことではなくて、幸せな我が家のこと(あるいは、そういう名前をつけた家か)を指すらしい。原詩にも、「笑顔と暖炉と心地よい部屋のある、私のブルー・ヘブン」とありますから。
冬の青空の清冽を歌うには、二つの歌とも未だしというところですが、いい心持ちで駅への道を歩いたことでした。
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グラミー賞
WOWOWで実況中継していた「グラミー賞2008」を、昨日たまたま観ることができました。授賞式と日本の休日とがこれまでは合わなかったのか、中継放送を見たのは初めてだと思います。
冒頭、ピアノを弾きながら、女性歌手が妙に古い感じの歌を歌うと思っていたら、そこへ、フランク・シナトラの白黒映像が重なって、なんと、2人がデュエットまでする演出でした。こういう見せ方のうまさは、アメリカのショーを見るたびに感じます。
トニー・ベネットの顔が見えたり、アンディ・ウィリアムズが受賞者を紹介したり、ティナ・ターナーとビヨンセがコラボレーションしたり、ハービー・ハンコックのアルバムが年間ベストをとったり、と、老若仲良く1年を振り返るページェントが気持のよいものでした。
ビートルズを顕彰するステージがあり、プロデューサー賞をもらった LOVE の親子プロデューサーと一緒に舞台に立ったサングラスのおじさんが、「ハイ、マイネーム イズ リンゴ」と言って、リンゴ・スターその人が出てきました。客席にはオノ・ヨーコもいたし。
カニエというラップのお兄さんが母親を哀悼した歌も結構でした。お母さんは手術の失敗でなくなったそうです。
麻薬でつかまったことがあって、アメリカへの入国ビザがおりなかった、エイミー・ワインハウスというイギリスの女性歌手もロンドンから中継で参加したようです(その場面は見逃しました)。このエイミーが、新人賞ほか主要な賞をかっさらいました。歌は「Rehab(リハブ)」。「リハビリテーション」の略語ですね。
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フィエゾレ
フィレンツェの北東にフィエゾレという町があります。フィレンツェの駅前からバスに乗って20分くらいのところか。小高い山の中腹(?)に位置していて、フィレンツェの街並みが一望できます。
ずーっと昔、エトルリア文化の中心地というのではなかったか。昔の劇場の一部の石組みが残っていて、そこは今では野外劇場になっていました。谷の底が舞台で、両脇に石段があり、そこが客席です。アーチ型の石組みを通して、山の上にある教会の尖塔を映した写真が、フィエゾレ案内のパンフレットに載っていました。
まわりにあった植物はオリーブの木だった。
レオナルド・ダ・ヴィンチの発明品を図面通りに作った博物館もありました。人力飛行機など両翼の長さが10メートルくらいもあったと思います。そこの屋上から眺めるトスカーナの風景もまた素敵なものでした。
バス停の近くで食べたスパゲッティが絶品でしたね。ローマなどは、観光客ズレしていると言えばいいのか、せっかく買ったピッツァが味もよくなければ、あったかくもなくてちょっと幻滅していたので、このスパゲッティには感激しました。それだけ食べに出かけるわけにも行きませんが。
フィエゾレにバスで登っていく途中の民家の一角に笹竹が植えてありました。竹の北限は青森県だと聞いたことがありますが、おそらくそれより北だろうと思います。異国風の演出のために植えたもののようでした。
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建前10割
韓国の大学教授がお書きになった本の契約書に署名していただいた時のことです。出版後間もなく、わざわざ来日なさったので、その機会に、印税もお支払いすることになりました。30万円くらいだったか。日本円の現金を用意しました。
ご署名をいただいた後で、「どうぞおあらためください」とお金を差し出しました。ところが、その先生は、困ったような顔で数えてくださらない。モジモジしているふうにも見えました。「それでは私が数えます」と申し上げて、目の前でたしかめてお渡ししました。ホッとしている様子も感じられます。
これは、すなわち、「生きている儒教」なのだと思いました。かの国では(おそらく中国でも)、士大夫は、人前でお金を直接あつかうような、ハシタないことはしないものなのでしょうね。下僕とか召使いがする仕事ということになっているのではないかしら。もちろん、建前がそうだということです。今ではそんなことはないのかもしれませんが。上の一件もおよそ30年くらい前の話です。
漢字で、お金のことを「阿堵物(あとぶつ)」ということがあるそうです。「阿堵」は「あれ」という指示の言葉だという。直接の言及を避けるためにできた言葉です。この言葉自体は、必ずしもお金をいやしめて出来たものではないようですが、できれば触れたくないという気分は昔から濃厚にあったもののようです。儒教文化圏という言い方をしますが、現われ方はさまざまなのですね。
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