建前10割
韓国の大学教授がお書きになった本の契約書に署名していただいた時のことです。出版後間もなく、わざわざ来日なさったので、その機会に、印税もお支払いすることになりました。30万円くらいだったか。日本円の現金を用意しました。
ご署名をいただいた後で、「どうぞおあらためください」とお金を差し出しました。ところが、その先生は、困ったような顔で数えてくださらない。モジモジしているふうにも見えました。「それでは私が数えます」と申し上げて、目の前でたしかめてお渡ししました。ホッとしている様子も感じられます。
これは、すなわち、「生きている儒教」なのだと思いました。かの国では(おそらく中国でも)、士大夫は、人前でお金を直接あつかうような、ハシタないことはしないものなのでしょうね。下僕とか召使いがする仕事ということになっているのではないかしら。もちろん、建前がそうだということです。今ではそんなことはないのかもしれませんが。上の一件もおよそ30年くらい前の話です。
漢字で、お金のことを「阿堵物(あとぶつ)」ということがあるそうです。「阿堵」は「あれ」という指示の言葉だという。直接の言及を避けるためにできた言葉です。この言葉自体は、必ずしもお金をいやしめて出来たものではないようですが、できれば触れたくないという気分は昔から濃厚にあったもののようです。儒教文化圏という言い方をしますが、現われ方はさまざまなのですね。
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