パパ・パパゲーノ -82ページ目

裸のサル

 イギリスの動物行動学の学者、デズモンド・モリスに『裸のサル 』という面白い本があります。霊長類のなかで、人間は体毛のない「裸のサル」だという話です。人間だけが体毛がないというのだったか。


 別の人の本で読んだのですが、毛穴の数は、サルよりもヒトのほうが多いのだそうです。ほとんど全部が「うぶげ」状態なので、「ハダカ」に見える。長嶋茂雄選手の胸毛とか、ときどき背中に黒々した毛が生えている人もいますが、それは例外です。


 女子高校生が、スカートの下からむき出しの足をのぞかせているので、寒くないかしらと心配です。聞いてみた人(女性)がいて、やっぱり寒いのだそうです。靴下をはくのはカッコ悪いので我慢しているのだとか。


 飼い犬に衣類を着せている人もいますね。あれは犬にとっては迷惑なのではないかしら。見た目に可愛いので、着せているのでしょうが、私などは、見かけるたびに、なんだかおぞましいものを見た気持になります。


 むかし、「寒いから服を着るのではない。服を着たから寒いのだ」というテーゼを述べた哲学者がいました。「存在が意識を決定する」というヤツですね。その説に従えば、服を着せられた犬は、脱ぐと風邪をひくかもしれません。


 南極の昭和基地に残された「タロ・ジロ」というカラフト犬がいました。1年後に行ったら元気で飛びついてきたという。置いてきたというニュースのときよりも、無事だったというニュースのときのほうが、ずっと気の毒でした。寒かったろうなあ。


 梅が少しずつほころびだしましたが、まだまだ寒い日々が続くので、とりとめのないことを思っています。


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睡眠儀式

 『オール読物』という雑誌を定期購読していました。30年くらい前。書き手が交代して綴るエッセイの一つに「私の睡眠儀式」だったか、「催眠儀式」だったかというものがあった。


 書き手は作家が多かったので、要するに「眠れない」のを、どうやって眠りにもってゆくか、という文章が大部分でした。もちろん、酒を飲む、という人が多い。   


 子どものころから、眠れない夜というものをあまり経験したことがありません。そりゃあ、失恋したときとか、仕事で大きな失敗をしたときなどは、転々反側したことはあります。大学の受験の合否電報の届く日を(そのころは電報で知らせる学生アルバイトがありました。)1日間違えて、眠れないことはありました。間抜けな話です。


 今は「あるある大事典」で教わった呼吸法を実践しています。番組を見る前から、中曽根康弘という政治家が取り入れている呼吸法は真似していました。あの方が長生きなのは、その呼吸のおかげだと言ってらしたことがあるくらいです。


 原理としては二つとも同じです。寝る前に深呼吸を繰り返すというものです。「あるある」では、「ニニんが四」「四二が八」呼吸法と言っていた。まず肺から息を全部吐き出します。鼻からつ、深く吸い込む。二つ休んで、つに分けて口から息を吐く。これの繰り返しです。回数は適当。その後ゆっくり呼吸をしているうちに、「白河夜船」になります。そんなことをしなくとも、眠れるとは思うけれど、オマジナイのようなものです。


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水切り

 「水切り」という遊びをしたことはありませんか。平べったい石ころを川や池の水面に平行に投げて、水を切る回数を競う遊び。子どものころこれを得意にしていました。チョンチョンチョンと石が水面を跳んでいく様がなんとも気持のいいものでした。上手になると、丸い石でもある程度の距離は水面を滑らせることができます。


 前に(→ここ )書いた、ときどき「その日のベストテン」を考えるアソビのとき、いつも決まって入っていた『シベールの日曜日』というのを長いこと忘れていました。戦争帰りのハーディ・クリューガーが心を病んで、パトリシア・ゴッジ演じる少女と毎日曜日、湖のそばで遊ぶ、魂の交流とでも呼ぶほかのない美しい映画でした。大人の誤解(というか普通ならありえない関係を疑われて)から、この男は殺されてしまいます。

 冬の晴れた日だったと記憶していますが、主人公が、この湖で「水切り」をして少女に見せようとするシーンがあります。見た目には水なのですが、投げた石は表面を転がっていくばかりです。氷が張っていたのでした。振るい出すような素敵なシーンでした。

 原題は「アヴレ町の日曜日」という。そうだ、主人公の恋人役のニコール・クールセルという女優がすこぶる美人でした。この人が綺麗なので、悲劇が引き立つのでした。





 

早春賦

 この時期、かならず思い出す歌です。今日もラジオから流れました。


 春は名のみの 風の寒さや

 谷のうぐいす 歌を思えど

 時にあらずと 声も立てず

 時にあらずと 声も立てず


 作詞・吉丸一昌、作曲・中田章、大正2(1913)年の作。吉丸は「故郷を離るる歌」(園の小百合 なでしこ 垣根の千草……)も作った人です。


 作曲の中田章は、いま調べて初めて知りましたが、なんと、中田喜直の父上なのですね。喜直の名前は「ちいさい秋みつけた」「夏の思い出」「めだかのがっこう」ほか、数多い名曲とともに後あとまで残るでしょうが、中田章のほうは忘れられるかも知れません。この名曲を残したのですからもって瞑すべしか。


 早春賦の「賦」は、中国古代の詩の作法の一つなのだそうです。「心に感じたことをそのまま歌う」という意味。この詩は、たんに、「早い春を歌う」というくらいの気持でしょう。


 8分の6拍子のお手本のような曲ですね。メロディーでは、「なーのみーの」の、上のドのところが、今日聞いた東京児童放送合唱団の合唱でも、少し音程がフラットしていました。高い音程を、音が下がらないように保つのは、相当な訓練を積んだ人でもむずかしいものらしい。もちろん、私が歌うと、歌いながら気がついてしまうくらいフラットになります。


 まあ、名バリトンで鳴らしたクルト・モルでも、世紀の歌姫レナータ・テバルディでも、高音の続くところでは、しばしばフラットになりますから、そんなもんだと思っておけばよろしい。


 早春賦の歌碑は日本中に4か所あるそうです。安曇野にあるのが、よく知られたもののようです。


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はなみずき

 今週火曜日のNHK「プロフェッショナル」に音楽プロデューサーの武部聡志という方が出ました。たくさんの歌手のデビュー曲やアルバムのプロデュースを手がけた人のようです。


 一青窈(ひとと・よう)という女性シンガー・ソング・ライターの、新曲を含むアルバムを作る過程を追いかけて、そのビデオを見せました。その歌手の血が内からあらわれないと人を打つ作品にはならない、と言って、ひたすら待つ姿勢に感動します。


 歌手も、それに応えて、おそらくは、もがきながら新しい作品を仕上げていきます。できた曲はたしかに、一青さんにしか書けない曲でした。


 この人の最近のヒット作「はなみずき」というのを、住吉美紀アナウンサーが歌って、武部さんがちょっとアドヴァイスすると、見違えるような歌い振りです。プロというのは大したものです。


 しかし、この歌は、歌詞と曲とのマッチングがえらく難しそうです。よくまあ、住吉さんが苦もなく歌うもんだと感心してしまいました。


 字あまりの言葉と、調性がつかみにくいメロディーとからできていますが、たしかに新しい感性の表現です。個性的でありすぎるのも考えものだなあと思いながら見ていました。


 三橋美智也とか三波春夫とか、美声でことばもよく分かって歌いやすそうな歌がなつかしくなりました。


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