シマダヤ贔屓
【改行したら1行空けて書いているのですが、おしまいのところが改行になってくれません。読みにくくてすみません。これで2回目ですが原因がわからない。ご存じの方コメントをください。】
休日のお昼はスーパーで買ったラーメンを食べることが多い。めんどくさいときは、カップ・ラーメンで済ますこともあります。日清のカップ・ヌードル(最古参のやつ)がなんと言ってもうまい。塩味がきついので生卵を落としたりしましてね。
生ラーメンというのをゆでて、スープをお湯でといたのに入れる式のが、いちおうお料理した気分になるので、旨さも違ってきます。
今までは、「日清のラーメン屋さん・旭川醤油味」というのを食べていました。生めんもあったはずですが、最近は冷凍になったみたいです。これも、うまい。
いつも寄るスーパーにおいていないので、別の店で他の買い物と一緒に手が伸びて、シマダヤの本生ラーメン・醤油 というのを昨日買ってきました。大当たり。ちじれ麺で、醤油の按配がまことに好ましい。しばらくはこれで行きます。ハムをのっけて、シマダヤの「味付けメンマ」をのせ、ゴマのまじったスパイスを振りかけて食します。3食入って300円しません。
最近はやりのラーメン(とんこつ醤油味)は、インスタント麺にも出張ってきています。(店で食べるときも、ラーメンは醤油に限ります。)「コッテリ味」に引かれてときどき作りますが、やはりシンプルなものが好ましい。
夏になったら、これもシマダヤの「冷やし中華・リンゴ酢入り」というのを食べる。「がんばれシマダヤ」という気分になっています。
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カラビニエリ
フィレンツェで、ガイドブックを見ながらトラットリアを探して、サンタ・クローチェ教会のそばを通ったところ、「なにをお探しですか」と若い日本人女性が声をかけてくれました。そばに恋人らしいイタリア男性がいます。ご親切に食堂の場所を教えてくれました。
お目当てのところへ行ったら「今日は休みです。仲間の店にご案内しますよ」と(言ったのだと思う)、店の奥から出てきたお兄さんが道案内して別の店に案内してくれた。表通りから一コーナーまわったところに「仲間の店」がありました。出入り口が違い、店の名前も違うのに、キッチンは共有している店のようでした。
そこに、さっき店を教えてくれたカップルがお客でいました。少し離れた席で夕食を終え、彼らの席に同席させてもらって、コーヒーを一緒に飲もうと提案しました。お嬢さんが通訳してくれて、もうすぐ結婚すること、結婚したらローマに住むこと、などが分かりました。
その店の先客として、アメリカの高校生たちが男女10数人いて、やかましいくらいの大声で話しています。ビールもワインもあけていたようです。他の場所でもアメリカ人の高校生達を見かけましたから、修学旅行のようなものがあるのでしょうね。
カップルのイタリア人の仕事は「カラビニエリ」だと言っていました。イタリア軍の憲兵ですね。普段は、普通の警察と同じように市内の警備などをしているようです。あとで気がついたのですが、テルミニ駅にも何人かいました。
アメリカのミステリーにも、イタリアのカラビニエリのことが出てきます。現物を目の前にしたのは始めてだったので、「へえカラビニエリですか」と少し大きめな声で聞き返したことでした。
ほどなくです。高校生達がシンと黙って、そそくさと出ていきました。知っていたのですね、カラビニエリが何であるかを。悪さをとがめられるかもしれないと思ったらしい。
このカップルは、今では二人の娘さんにめぐまれて、ローマで暮らしています。ときどきブログ画面で小さな美少女たちが紹介されます。見るのをいつも楽しみにしているのです。
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歌に生き 愛に生き
今年(2008年)はプッチーニ(1858-1924)生誕150年ということで、イタリア全土で記念イベント があるのだそうです。作品の数ではヴェルディに負けますが、オペラの仕上がりという点ではいい勝負をしていると思います。
「歌に生き 愛に生き」というアリアは『トスカ』で主人公トスカが歌う絶唱です。画家の恋人カヴァラドッシが死刑囚を逃亡させたかどで牢獄に入れられています。ローマの警視総監スカルピアに恋人の助命を願う代償に肉体を求められ、運命を嘆きながらこの歌を歌う。
トスカは歌手です。嫉妬心の塊のような女で、よくカヴァラドッシが耐えているよなあ、と思えるようなわがまま。その女が無理難題を言うところからドラマが始まります。
「星も光りぬ」というのが、獄中のカヴァラドッシが歌う、このオペラでもっとも有名なアリア。スカルピアが「お前はおれのものだ」と迫ってきたときに、「これがトスカのキスよ」と言いながら、ナイフで刺し殺し、自由の身になることを保証したスカルピアの署名入りの紙片を持って、処刑前の彼氏に会いに来ます。
空砲を撃つ段取りだったのに、計略にかかって、実弾が入っていたため、恋人は死んでしまう。それと悟ったトスカも、牢獄のあるサンタンジェロ城(今でもローマの中心地にあります)から飛び降りて死んでしまいます。
イタリア・オペラの女性の登場人物は、ヴィオレッタとか、ルチアとか、ジルダとか、いわゆるファースト・ネームで呼ばれることが多いのに、トスカだけは姓なのですね。名前はフローリアという。1度か2度そう呼ばれるところがあったと思います。
カヴァラドッシのファースト・ネームはマリオです。レナータ・テバルディがトスカを歌うCDでは、カヴァラドッシ役がマリオ・デル・モナコでした。銃殺された恋人に向かって「マリオ、マリオ、起きて!」と叫ぶシーンがなんとも妙なものでした。
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護持院ヶ原
昨日の日記に書いた『天下之記者』のなかに、大学南校(開成学校改め)というのが出てきます。その学校の所在地の名前が「護持院ヶ原(ごじいんがはら)」となっていて、「いま如水会館や共立女子学園のあるあたり」と説明されていました。
私が36年勤めた会社のすぐそばのことでした。さらに近くの事務所に、今でも、通っています。因縁浅からぬ地名なのに、そう呼ばれるとは知らなかった。
護持院という真言宗のお寺がこのあたりにあって、1717年に焼けてからは、神田の火事が江戸城に及ぶのを防ぐために、広大な火除け地として残り、「護持院ヶ原」と呼ばれることになったのだそうです。江戸時代の『江戸名所図会』という絵図では「二番原・三番原・四番原」の字が見えますから、おそらく、一から四まで番号のついた原っぱであったようです。
森鴎外に「護持院原の敵討」 という作品があります。リンク先へ跳ぶと全文を読むことができます。
金庫番の年寄りが何者かに斬りつけられて、ほどなく死んでしまう。あだ討ちをしてくれ、と遺言を残します。どこに逃げたか分からない下手人を探して、大阪、四国など西の国々をめぐり、ついに江戸で見つけて、最後は、この護持院原で仕とめる、という話でした。まあ、血湧き肉踊るようなお話でもありません。
お上に届ける手続きが煩瑣な上に、四年もかけて探すうちに、くたびれてもきます。家名というプライドを守るのも大仕事だったのだなあ、という感想です。
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山田一郎
高島俊男先生の新著『天下之記者:「奇人」山田一郎とその時代 』というすこぶる面白い本を読みました。
万延元年(1860年)に広島に生まれた秀才で、選ばれて東京開成学校(今の東大の遠い前身)に入り、同級生がみんな出世するのに、ひとり孤高の人生を歩んで、最後は落魄のうちに、明治38年数え年46歳で死んだ人だそうです。
大隈重信の番頭格のような小野梓のもとに、7人(みんな当時の東大の卒業生たち)が集まって、小野とともに、今の早稲田大学になる学校を作ります。山田一郎も20いくつかで、そこで教鞭をとった。政治学を講じたようです。
代議士に立候補すると言いながら土壇場でトンズラしたりします。特別な職にはつかないで、そのころから中央・地方で発刊された新聞に寄稿して暮らしていたという。冨山、静岡、広島などで、知り合いの家に、まあ居候のように住み着いて大酒を食らい、いやがられもしました。
着たきりスズメのきたないなりをしているので、ほうぼうで「奇人」扱いされますが、当人はいたって小心で、本当は清潔好き(二日おきに床屋に行ったり、歯磨き・洗顔に2時間かけたり)だったということが分かります。
明治初期の、若い者がこぞって中央の指導者にならんとして沸騰していた時代に、その潮流に乗ることのできなかった見栄っ張りのインテリの生き方がなんだかあわれでした。
高島先生は、たださえ込み入った時代と人の流れとを、簡潔で、諧謔も忘れない文章で活写してくださいました。本書によって、山田一郎という、無色透明のような名前の日本人が長く記憶されることになりました。
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