確定申告
サラリーマンから自営業に代わって3年たちました。毎年、この季節は確定申告の書類を整理します。
去年までは、国税庁のサイトで画面に入力し、それをプリントしたものを税務署に持参しました。いくらか戻ってくるので、手数はかかりますがやらざるを得ません。
さかんに「イータックス」ということを宣伝しています。今年からそれに変えようとして、手続きを始めました。まあ、面倒なことです。住民基本台帳の番号を記録した電子カードを市役所で入手しないと、ネットでそのまま申告ということができません。
市役所でも、税務署でも、スタッフがまだ「イータックス」の何たるかを理解していないようです。少なくとも多くはいないようです。ずいぶんタライまわしをされましたから。
やっと明日それが手に入るはずです。あと3年は更新なしでネットで申告できることになります。
それにしても、自分の番号が、住民基本台帳とか、年金手帳とか、健康保険証とか、いくつもあるのは不便ですね。背番号制度が議論されたときに、反対が多かったのは、収入を隠したい人が多かったからだそうです。そういう人は発言する機会が多いのでつぶれてしまったらしい。アメリカ映画によく出てくるように、社会保証番号というのがあったと思います。それ一つで間に合うのではなかったか。タテ割り行政の日本では、一人1番号のような制度はまだまだ先の話のようです。
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三代目
売り家と唐様(からよう)で書く三代目
という川柳があります。
初代が苦労して財を成す。二代目が維持につとめ、さらに発展させる。それを三代目が蕩尽してしまう。カネをかけて趣味に走るので、書く文字も唐様(中国式)、いまふうにいえばハイカラな文字を書くことができるようになります。せっかく上手に書けるようになったときには、家を売らなければならない。
金持ちをやっかんで作った川柳だろうと思いますが、気分は出ています。
河野太郎代議士のブログ に、テレビ局の電波利用料と営業収益(平成18年)の対照表が発表されています。公共の電波を使うことに対する料金が「電波利用料」というものだそうです。*
営業収益 利用料 (単位100万円)
NHK 675,606 1,215
日本テレビ 288,636 317
東京放送 277,400 318
フジテレビ 377,875 318
テレビ朝日 227,687 318
テレビ東京 111,200 317
これだけではなく、地方局の分も一覧で出ています。見ればお分かりの通り、比率にメチャクチャ差があります。商売道具の仕入れ値がすごく安いということです。河野代議士は、利用料が安すぎるから、もっとあげようと提案するらしい。すさまじい抵抗が予想されるのだそうです。がんばってもらいたい。
もうひとつ、最近知った用語に「電波料**」というのもあります。これは、キー局が、地方の系列局に番組を流すために、地方局に払う「援助金」のようなものだという。まぎらわしくて分かりにくい。わざと分かりにくくしているのだろうと思います。
河野一郎、河野洋平に続く、代議士三代目の太郎氏ですが、こういう「唐様」なら歓迎です。
ブログ探索をしていると、このように、時折目の覚めるような記事に出会います。新聞やTVだけでは得られない情報がまだまだたくさん埋もれているはずです。
【付記】
* 「電波利用料」は国に収めるもの。税収と同じだが、これにも「一般会計」か「特別会計」か、という議論があるらしい。
** 地方局に配られる「助成金」だという。番組を流してもらうだけでなく、「持参金」までついてくると理解すればよいようだ。
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ベートーヴェンの『ヴァイオリン協奏曲』
しょっぱなティンパニーが、ピアニッシモで、「ドン・ドン・ドン・ドン」と音を刻んで始まるこの曲を初めて聴いたのは、高校生の時でした。アリエ先生のLPレコードを聞かせてもらった。ダヴィッド・オイストラッフのソロだったと思います。第1楽章の主題の旋律が流れ出すと、先生が感に堪えたような顔つきをなさったのまで覚えています。
自分でもレコードが買えるようになって、メンデルスゾーン、チャイコフスキーのV協奏曲とともに揃えたのは、このベートーヴェンの協奏曲です。ハイフェッツの独奏。今、たまたま、CDを流し始めて、別の日記を書きかけたのに、音楽に引っ張られました。
ベートーヴェン(以下B)の音楽について、その主題やオーケストレーションや、作曲上の新しい試み(「遊び」という表現をする人《→参照 》もいます)についてはさまざまに言われます。私がホトホト感心するのは、そのメロディーの美しさです。この協奏曲も、間然するところのない旋律が歌われます。ハイフェッツは20世紀最大のヴァイオリニストと言われた名人ですから、ただ音の流れに耳をまかせるだけで幸福な気持になります。
大学生の頃、イツァーク・パールマンが独奏し、ウラディミール・アシュケナージ(N響の指揮をよくやる人)がピアノを弾いた、Bのヴァイオリン・ソナタの演奏会をききました。「スプリング」と「クロイツェル」だったと思います。とくに、「スプリング」の、ピアノとヴァイオリンがちょっとずつテンポをずらしながら進行するフレーズに度肝を抜かれました。
いつかも書いたように、ピアノ・ソナタ『テンペスト』の第三楽章のメロディーのスピード感はたまりません。
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村下孝蔵の『初恋』
本人が歌ったのをテレビでも見た記憶がありません。先日テレビから、
好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心
という歌詞とメロディーが流れたのに気がつきました。村下本人の録画の再放送です。せつない歌いぶりなのが思いがけないことでした。オガサワラさんの歌に耳が慣れていたので、元歌がどっちだかわからないほどです。
村下孝蔵は1953年に生まれて、1999年に脳出血で急死したのだそうですね。享年47というのはいかにも惜しい。今では、YouTube で歌声を聞くこともできます(こちら)。もちろんCDもあるのでしょうが。
愛す
蕪村の句に、
二もとの梅に遅速を愛すかな
というのがありました。早く咲く梅と、追いかけて咲く梅の2本の木を目の前にして、花を愛でる気持を詠んだものでしょう。「愛す」という動詞は古くから使われていたのですね。
教科書にも出てくる「虫めづる姫君」(堤中納言物語)にも、
この虫どもを朝夕(あしたゆうべ)あいしたまふ《かわいがりなさる》
という文が出てきます。大抵の辞典に引用されるもののようです。
「愛する」という現代語は「対等の関係で愛情をいだく」というような意味合いが強いのでしょうが、古語では、親から子、君から臣、人から動物へ、というように、上から下への方向性があったもののようです。「虫めづる姫君」の話も平安時代にできたものですから、言葉も感情も古くからあるものだという発見をしました。
参照したアンソロジーには、蕪村の句としてもう一句、
手枕(たまくら)に身を愛すなりおぼろ月
というのも、掲げられてありました。こちらのほうは何を詠んだものか、ちょっと見当がつきませんけれど。
名句の多い蕪村の句のなかでも、もっとも好きなのはこれ。
斧入れて香におどろくや冬木立
視覚・聴覚・嗅覚、それに皮膚感覚までを取り込んだ技巧作ですが、わざとらしさは微塵も感じられません。
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