愛す
蕪村の句に、
二もとの梅に遅速を愛すかな
というのがありました。早く咲く梅と、追いかけて咲く梅の2本の木を目の前にして、花を愛でる気持を詠んだものでしょう。「愛す」という動詞は古くから使われていたのですね。
教科書にも出てくる「虫めづる姫君」(堤中納言物語)にも、
この虫どもを朝夕(あしたゆうべ)あいしたまふ《かわいがりなさる》
という文が出てきます。大抵の辞典に引用されるもののようです。
「愛する」という現代語は「対等の関係で愛情をいだく」というような意味合いが強いのでしょうが、古語では、親から子、君から臣、人から動物へ、というように、上から下への方向性があったもののようです。「虫めづる姫君」の話も平安時代にできたものですから、言葉も感情も古くからあるものだという発見をしました。
参照したアンソロジーには、蕪村の句としてもう一句、
手枕(たまくら)に身を愛すなりおぼろ月
というのも、掲げられてありました。こちらのほうは何を詠んだものか、ちょっと見当がつきませんけれど。
名句の多い蕪村の句のなかでも、もっとも好きなのはこれ。
斧入れて香におどろくや冬木立
視覚・聴覚・嗅覚、それに皮膚感覚までを取り込んだ技巧作ですが、わざとらしさは微塵も感じられません。
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