パパ・パパゲーノ -59ページ目

秋山真之

 秋山真之(さねゆき)の名前は、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』によって、日本人の人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)することになりました。もちろん、私もこの作品でその名を知ったひとりです。


 この小説は、真之の兄・好古(よしふる)と、真之と同じ年の正岡子規と、3人の松山藩出身の下士たちの、友情と出世の物語を書こうとして始められたもののようです。むしろ最初は、子規の生き方を中心に書こうとしたのかもしれません。日本の陸軍と海軍に大きな足跡を残した秋山兄弟の軌跡に筆は移り、ついに、日露戦争という大戦争を詳述する結果になりました。


 物語の後半にいたると、秋山兄弟も出番がなくなり、後景に退きます。子規は、ずっと前に病死してしまいますし。


 いま読んでいる『甦る秋山真之 その軍学的経営パラダイム』(三浦康之著・ウェッジ)の中で、海軍大学校教官・秋山の講義の概要(と言うより「逐条解説」と言うべきもの)によると、ジョミニやクラウゼヴィッツやマハンといった、近代以降の戦略家たちの Art of War(戦争の技術)論を、咀嚼して、日本海軍がどういう戦略のもとに発展すべきかを、明晰きわまりない論理展開で講義したもののようです。三浦さんのこの本は、日露戦争の首席参謀であった、この秋山真之の衣鉢を継ぐような、日本経済の参謀よ出でよ、という呼びかけで終わっています。


 松山市では、あらためて秋山兄弟を顕彰し直す動きが強くなっているのだそうです。


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将棋名人戦

 今週火曜日(15日)夜10時からのNHK「プロフェッショナル」は、「将棋名人戦スペシャル 森内俊之VS羽生善治」と題した1時間番組でした。今期の名人戦は、羽生の4勝2敗で、名人位に返り咲いた一戦です。そればかりでなく、この名人位によって、羽生は通算5期名人ということで、第十九世名人の資格も得ました。
 
 数ある将棋のタイトル戦の中でも、名人戦の過酷さは群を抜いています。Aクラス10人の総当り戦を勝ち抜いた一人が、時の名人と7番勝負を戦い、先に4勝したほうが、その期の名人になる。これが毎年繰り返されます。
 
 私程度の将棋ファンでも、このAクラス(A級順位戦と呼ばれる)に名前を連ねる将棋棋士の名前はすべて知っています。そうして、この10人がとてつもなく強いということも。さらに、その下にB級1・2組、C級1・2組と4クラスもあって、そこで100人以上もの棋士がしのぎを削っているのです。みんな、天才です。
 
 その頂点を極めたのが名人です。1回だけ、あるいは2期名人になった棋士も少なからずいますが、5期(以上)名人をつとめ、永世名人を名乗ることができる(できた)のは、この制度が始まってからでも、わずかに6人しかいません。
 
 木村義雄十四世名人に始まり、大山康晴、中原誠、谷川浩司、森内俊之、そして羽生善治の6人。中原誠・十六世以下は現役の棋士ですから、永世名人を名乗るのは、引退して以後のことになるようです。
 
 ひしめく天才たちの中でも、羽生善治の名前は、将棋になじみのない人でもご存じだろうとおもいますが、森内俊之という名前はあまり聞いたことがないかもしれません。この、羽生と同い年の棋士は、なんと羽生より先に永世名人位を獲得しているのです。
 
 小学校4年生のときから、勝負をしてきた二人が、番組では順番に登場して、自分について、相手について語るという映し方をしていました。一方は、ついこの間までの名人ですから、なんらかの配慮が働いたのでしょうが、同じ場面で語り合うシーンも見てみたかった。盤面に向かいながら思考を集中していく様子が何度も出てきました。二人とも、その姿は(いつものことながら)美しいものでした。


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大野晋

 新宿の紀伊国屋書店の6階(?)に、今でもあるかどうかは分かりませんが、サロンのような特別室がありました。書店にゆかりの人がくつろぐための場所のようでした。 


 昭和50年の春だったと記憶していますが、大野晋先生からお呼び出しがあって、そのサロンへうかがいました。もちろん、こちらは駆け出しの雑誌編集係ですから、上役のお供について行ったにすぎません。少し前に校了した雑誌の記事が、大野先生の主張を真っ向から批判するものだったので、次号にご反論があればそれを書いていただきたいと、お手紙をさしあげ、それを受けて、新宿へお呼び出しがあったという次第です。
 
 そのときの大野先生の怒りの大音声は、後にも先にも聞いたことがないものでした。6階で怒鳴られているのに、1階にいるお客さんに聞こえるのではないか、と思われるほどの声量でした。歯切れのいい江戸ことばをお話しになる方ですから、啖呵の切り方も聞いているこちらが後じさりしそうになる迫力でしたね。
 
 その後、誌面でのやりとりが何度かあって、収まることは収まりました。
 
 さらに何年かのちに、「タミル語」に日本語の起源を求める、という、連載記事を12回くらい頂戴しました。ここ20年以上、その研究に没頭していらっしゃったようでした。
 
 大野先生は、毎日、朝8時頃から学習院の研究室で勉強を始める方だったと思います。いつでも、朝一番に研究室に電話をすると連絡がとれて、原稿を頂戴できましたから。編集担当者にとってはありがたいことこの上ない執筆者でした。


 『日本語と私』(新潮文庫)は、自伝的な作品です。お人柄がよくあらわれた素敵な読物です。
 
 7月14日にお亡くなりになりました。享年八十九。ご冥福をお祈りいたします。


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サプリメント

 サプリメントという言葉を最初に目にしたのは、丸元淑生さんの本でした。1980年代後半に刊行された本に、ビタミンやミネラルの補助食品として、アメリカでは普通に摂られているものだ、と紹介してありました。
 
 サプルメントという単語は、それよりはるか前、大学生のころに「タイムズ・リテラリ・サプルメント」(イギリスの新聞「タイムズ」の「文芸付録」)というものがあって、その書評欄が充実している、という話題とともに記憶していたものです。
 
 健康補助食品の場合は「サプメント」と呼ぶのか、となんとなく考えていましたが、最近の辞書では、発音表記は、ほぼすべて「サプメント」です。タイムズの付録も、今ではサプリメントと発音されているのでしょうね。昔は、間違いなく「サプ…」でした。
 
 語尾が e で終わる単語が、「イ」と発音されるのはよくあることです。松坂大輔は最初「ダイス」と呼ばれたと思います。有名なスポーツ用品ブランドもナイキ(Nike)ですし。
 
 うちにも、サプリメントがたくさんあります。ビタミンB,C,Eや亜鉛などを毎日飲まされた時期もありました。プラシーボ効果(効くと思って飲めば効く)ということもありますから、効能を否定することはありませんが、日常の食べものを普通に摂っていれば、必要な栄養素は十分であると、かの福岡伸一先生も書いていらっしゃるので、それを信じて、最近はあまり飲んでいません。
 
 サプリ業界の大所、DHCという会社は、もとは「大学翻訳センター(Daigaku Honyaku Center)」というんですって。今でも翻訳業としても大手の会社らしい。


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「式」のための曲

 オオシマさんの結婚式に呼ばれたのは今から15年ほど前だったでしょうか。披露宴の最初から最後までモーツァルトの曲を流すという趣向でした。新郎新婦ともモーツァルトが大好きで、曲を流すことはすぐ決まったようですが、どの順序でどの曲にするかはだいぶ揉めたと、のちに聞きました。
 
 N先生のお葬式は無宗教のそれで、献花のあいだ、モーツァルトのレクイエムが流れました。カセットテープをラジカセで流すやり方でしたが、音がきれいに出ていなくて、亡くなった方に気の毒な気がしました。
 
 私がこれから迎える式があるとすれば、それはケッコンシキではありません。子どもの結婚式はあるかもしれませんが、「私の」式ではありませんものね。
 
 その「式」のために、今から備えて、音の悪くない音楽を編集しておくとしたら、何を選ぶか、ときどき考えます。自分で聞くことができないのだから、なんでもいいようなものですが、そこはそれ、出席してくださる方にサービスしたい、という見栄がはたらくのですね。というわけで、今日のラインアップを書いてみます。「最後の晩餐」の音楽版です。ほんのオアソビです。
 
①アンドルー・ロイド=ウェバー作曲「ピエ・イエス」:歌はもちろんシャーロット・チャーチ
②モーツァルト「後宮からの誘拐」のコンスタンツェのアリア:歌はエディタ・グルベローヴァ
③モーツァルト「レクイエム」の「レコルダーレ」:歌はエディット・マティス
④ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」第1楽章:チェロはジャクリーヌ・デュプレ
⑤ベートーヴェン「交響曲第6番」第5楽章:指揮はブルーノ・ワルター


 これもかけたい、あれも聞いてもらいたい、とみんな編集していたら、時間がかかりすぎて、編集が終わるより前に「式」のほうが来てしまいそうです。やはり、生きて自分で演奏を楽しむほうがいいようです。


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