パパ・パパゲーノ -46ページ目

月月火水木金金

 「月月火水木金金」というのは、休日(の土日)を返上して勤務に精励することを言いますね。同名の軍歌(1940;昭和15年)によって広まったそうです。ミレミファソーミ ソミソードというメロディーで終わるこの歌を、どこで覚えたのか、40年前くらいから知っていました。
 
 土曜日は、週休二日制が定着した1980年代以前は、午前中だけ学校の授業や会社の仕事があり、午後からは休み、いわゆる「半ドン」でした。その午後の休暇および日曜の休日もなしに働きづめに働いた、働かされた、のを受けてできた軍歌のようです。直前の歌詞は「海の男の艦隊勤務」となっていました。
 
 この前書いた、大野晋先生 の自伝的エッセイ『日本語と私』のなかに、このフレーズが出てきました。
 
 橋本進吉教授という先生の、万葉集を題材にした、奈良時代の国語についての演習の授業を語る場面でこの言葉が使われます。大野先生が出席なさったのは、昭和10年代初めだろうと思います。その演習は、木曜日の1時間目だかに行なわれる。その1時間(実際には90分か?)の授業の準備のためだけに、そのほかのすべての曜日を勉強にあてたのだそうです。こんどこそ、橋本先生の鼻を明かしてやれる、そのくらい十分な予習ができたと、意気込んで出席しても、授業が終わるころには、完膚なきまでにたたきのめされたように感じた、と、(もちろん感謝と尊敬の気持とともに)恩師の学問の高さを語っていました。
 
 一字一句を丁寧に読み進める授業というものを、少しだけ経験したことがあります。いわゆる「原書講読」というものでした。図書館にしかない辞書を何種類か調べて授業に備えていましたが、外国語の力がそもそも不足していたので、文章の意味するところが、いつも霞がかかったようで要領を得ずに終わりました。「あのときもっと勉強しておけばなあ」と、その後の人生で何度か思ったことでしたが、まあ、それも実力のうちだったのだと、今ではあきらめています。


ヒツジ        ヒツジ        ヒツジ        ヒツジ        ヒツジ

新刊書の書店で

 今から20年ほど前のことですが、『本の雑誌』という、今も続いている月刊雑誌の、読者投稿欄「三角窓口」のページが異様に盛り上がったことがありました。
 
 この雑誌はタイトル通り、本に関する話題が中心で、椎名誠・目黒考二・沢野ひとし・木村晋介、というグループが、仲間内の情報交換のために作って都内の本屋さんにおいてもらったら評判を呼んで、月刊にあらためたものです。その後も、本ならどんなジャンルの本でも、ともかく面白がる、その精神で一貫してブレないので、長い間、読者が途絶えなかったものでしょう。最近は、読まなくなりましたが、「発作的座談会」というような題で、上にあげた連中が気炎をあげるページが年に何回か(それこそ発作的に)あったりして(今でもあるのかな)、元気一杯の雑誌でした。
 
 読者欄で盛り上がったのは、「新刊書店に入るとなぜ便意(大)を催すか」というトンデモない話題です。全国から、私もそうだ、俺も経験者だ、ぼくも今年から急にそうなった、という投書が集まったようでした。こういう話題は普通はご婦人は参加しないものでしょうが、この雑誌の女性読者たちは、(たしか実名で投書するルールだったはず)悪びれず、経験談を語っていましたね。なぜそういう現象が、全国的に生じるのであるか、結論は出ませんでした。予想されたことではありますけれど。「古本屋に行ってもこういうことはない」とも言われていました。
 
 読んでいるときは、へえ、そういうこともあるか、とひとごととして見ていたのですが、最近、私自身もその症候に悩まされるようになりました。たまたま、一度そういうことがあったのが、大量の本を見ると反射的にそうなる、いわゆる「パブロフの犬」状態になるもののようです、私の場合は。その後、『本の雑誌』から、この話題は消えたようですから、全国の新刊本屋さんでモジモジしている客も減ったのかもしれませんね。


クローバー        クローバー        クローバー        クローバー        クローバー

宮廷画家ゴヤは見た

 ことしのアカデミー賞助演男優賞を受賞したハビエル・バルデム(No Country for Old Men で;日本ではまだ公開されていないのかな)とナタリー・ポートマンが主演する映画『宮廷画家ゴヤは見た』を私も見た。10月4日から日本公開が始まったようですが、映画館によっては1週間で打ち切りにしたところもあるようです。

 画家ゴヤに扮したのは、ステラン・スカルスガルドというスウェーデン出身の俳優。一緒に見にいった人が、スクリーンの顔を記憶するのにおそろしく長けていて、『グッド・ウィル・ハンティング』に出ていた(数学の?)教授だと言ってました。調べたら本当にそうだった。日本では今はスカルスガルドと記されるけれど、前には、スウェーデン語ふうに「スカーシュゴード」と記したこともあるらしい。

 さて、宮廷画家フランシスコ・ゴヤ(1746-1828)は何を見たのか? 原題は Goya's Ghosts(ゴヤの幽霊たち)というもの。

 裕福な商人の娘イネス・ビルバトゥアが、カトリック教会の異端審問に無理やり引っ張り出される。それによって、身の毛もよだつ境遇に追い込まれ、悲惨この上ない人生を送らざるをえなくなります。ゴヤは、この少女(ナタリー・ポートマン)の肖像画を描いた。そのモデルのポーズをとっているあたりから映画は始まります。悲惨の原因を作るのが、神父ロレンゾ(ハビエル・バルデム)です。国王や、教皇(だと思いますが、スペインの教会の親玉)などは、実名で登場しているようですが、この、ロレンゾは架空の人物なのだそうです。

 隣の国では「フランス革命」が起きる。その余波はすぐスペインにも及びます。さらに、ナポレオン軍が押しかけてくる。そうしているうちに、ポルトガルを占領したイギリス軍がスペインに侵攻する。権力が目まぐるしく交代します。

 激動の20年くらいを、画家は(聴力を失いながらも)、しっかり見届けて記録していきます。イネスは、15年ほどを獄中で暮らさざるをえなかったのでした。獄中で娘をひとり産んでいます。その娘(アリシア)は孤児院を脱走して、春をひさぐ商売についている。こちらも、ナタリー・ポートマンが演じます。蓮っ葉な女を演じてもうまい。

 監督はミロシュ・フォアマン。『カッコーの巣の上で』『アマデウス』で2度アカデミー監督賞を獲得した人ですね。ミュージカル映画『ヘアー』もこの人の作品。だからでしょうか、映画のなかの音楽の扱いが心にくいほど上手です。たしか、イネスが牢屋から開放されて街中を放浪するシーンだったと思いますが、ヘンデルのオペラ『リアルド』のアリア「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」が流れます。最後のタイトル・ロールの一番おしまいにもう一度繰り返されます。この曲は、たくさんのソプラノ、メゾ・ソプラノの歌手が好んで歌うもの。映画では、装飾音を多用した、現代風のアレンジになっていました。それにやや近いのがサラ・ブライトマンのこれです。映画を見たあとでこの曲を聴くと、哀しみが心にしみわたってくるようでした。

ペットは飼わない

 小学生のころ、ウサギの世話をしました。家を出ると裏がいちめんの田んぼでしたから、餌にする草を刈る場所はいくらでもありました。クローバーとか、スカンポとか。今でも、鎌で草を刈るのはできます。なんのためにウサギを飼っていたかといえば、育ててそれを食べるためでした。毛皮は冬のチョッキのようなものになった。ツミレのようにして食べたのを覚えています。味は忘れました。
 
 同じころ、ヤギも飼っていた。むろん、これも乳をしぼったり、肉を食べたりするのが目的だったはずです。朝、農業用水用の小川の岸辺につないでおき、夕方、ヤギのための粗末な小屋に連れて帰るのが、私の仕事でした。ある日の夕べ、つないであった鉄の杭(1メートルほどの長さで上部が輪っかになっていて、先端が尖っている)を抜いた途端にヤギが動き出して、足首の内側の肉がゴッソリこそげとられたことがあります。スネの骨が見えるくらい削り取られました。いまでも傷跡が残っています。このヤギは、ほどなく病気になったらしく、急速に弱って、ある日死んでしまったようです。夜中に父親が、町のはずれの皆瀬川(雄物川の支流)に捨ててきたらしい。死んだ姿は見ていません。
 
 ニワトリの世話を始めたのは、中学生になってからだったか。セリや他の草を刻んで、とうもろこしの干したのが入ったニワトリの餌(買ってきたもの)を混ぜて食べさせる。卵を毎日産みましたから、これは面白かった。正月近くに1羽をつぶして雑煮の具にしていました。
 
 ネコでもイヌでも飼う気があれば飼えるでしょうが、ペットを飼うという感覚がもともとないものだから、気持が向いたことがありません。どうせ飼うなら、子どもの時のように、いずれ食べられる動物がいいような気がしています。と言ったって、ブタを自宅で飼うわけにもいかないし、ウシならなおさら駄目でしょうし。
 
 ブタを1頭ほふるさまを逐一撮影したテレビ番組を見たことがあります。どこか、東欧の国で撮影したものだったと思う。初めからおしまいまで、10歳くらいの少女がじっと見つめているのも一緒に映していました。まいにち食べているウシやブタが、生きている様子から肉になるまでを見せてくれる番組というのは、日本では無理なんでしょうかね。あったら、ぜひ見てみたい。


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トゥーランドット

 初台の新国立劇場に初めて行ってきました。『トゥーランドット』を見た。2階の右側の席ですが、歌もオーケストラもよく聞こえるし、舞台の上の人物の動きもよく見える、特等席と言ってもいいくらいの場所。オペラハウスとしてよくできている、という話は何度も聞いていましたが、十分納得しました。
 
 オーケストラ・ピットには新日本フィルハーモニー東京フィルハーモニー交響楽団*が陣取っていて、舞台の中央にもうひとつ小さな舞台があって、その屋根に、金管楽器の奏者が5人ほど、劇中の人物の格好をしてすわっています。宮廷の楽団といったところ。


 このオペラを舞台で見るのは初めてです。ズービン・メータが北京の紫禁城でやった、(チャン・イーモー演出の)『トゥーランドット』(小学館のオペラDVDシリーズはこの時のものか)の、メーク版の映画は見たことがあります。CDは、インゲ・ボルク、マリオ・デル・モナコとレナータ・テバルディ(リュー)のを何度か聞いていました。
 
 カラフを歌ったのは、ヴァルテル・フラッカーロ。パヴァロッティの再来かと思わせる、張りのある美声。「誰も寝てはならぬ」のアリアのうっとりすること、文句なしの適役でした。
 
 トゥーランドットには、コペンハーゲンのソプラノ、イレーネ・テオリン。ドラマチックな声、長身の金髪の美女。押し出しの立派なお姫さま。
 
 カラフの父、ダッタン王ティムールは、ライプツィヒ在住のバス、妻屋秀和。西洋人より体格がいいかと思える大柄な歌手。堂々たる歌いぶりにしびれます。
 
 日本人のオペラ歌手で世界的に活躍している人がたくさんいるのですね。この公演で、もっとも光っていたのは、リューを歌ったソプラノ、浜田理恵という歌手でした。ひそかに慕うカラフのために自殺する可憐な娘、という役どころですが、ふたつの有名なアリアの哀切さは、比べものがないくらいです。『カルメン』のミカエラも歌ったことがあるそうですが、さぞ似合っただろうと思います。声質の艶といい、情感の表現といい、素晴らしいものでした。注目のソプラノです。


*10月21日訂正。IIZUKA T さんのご教示による。Thanks!

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