いまさら人には聞けない
司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』に出てきたと思いますが、日露戦争が避けられない事態になったときに、明石元二郎(あかし・もとじろう)大佐がヨーロッパに派遣されて情報収集にあたります。資金をたくさん用意して行ったのですが、それを流用でもしたかと勘繰られるのがいやで、補修の必要な自宅の修繕を帰国するまでやらせなかった。必要経費以外の費用はそっくり国に返した、という話でした。
その明石大佐が、パリかどこかで、ロシア革命の準備をしていたレーニンに資金援助をした、ということも出てきます。後方撹乱のためにも、国内で革命を起こさせるのは賢明なやり方でした。その資金のおかげ(だけではないでしょうが)がめぐりめぐって、日露戦争に日本が勝つことができたということでした。
さあ、このお金が、当時の円だったのか(まさか江戸時代の1両2両の両ということはないでしょう)、金塊を渡したものなのか、それがわからない。どういうお金だったかは、小説の中に書いていなかったと思います。
夏目漱石も明治時代にイギリスへ国費で留学したわけですが、そういうとき、現地通貨に両替するのは、何と何との交換であったのか、私は、じつはさっぱり理解できていないのです。
今のように、円でドルでもユーロでも買うことができる時代ならまだ理解の範囲なのですが(もっともそれだって、円高・円安の仕組みは理解できていません)、当時の通貨の交換ということになるとお手上げです。経済学というものを勉強しなかったので、当然といえば当然なのですが、せめて、自分なりに理解したいと考えて、遅まきながら、経済学の教科書(マンキューというアメリカの学者の、現在もっとも標準的なものだそうです)を買ってきました。もし、わかったらご報告しますね。
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イッセー尾形
YouTube に、たくさん動画がアップされています。そのうちのひとつをここに引っ張ってきます。
ブロンツィーノ
フィレンツェのウッフィーツィ美術館で、アンジェロ・ブロンツィーノ(1503-72)の肖像画を何枚か見ました。これは、「ルクレツィア・パンチャティキ夫人の肖像」という絵です。絵葉書も買ってきた覚えがあります。
他にも、少女や貴族の絵がありました。いずれも、気品にあふれた人物像を造形していました。写真がなかった時代のポートレートですが、500年たっても色があせることがないのですから、ひょっとしたら、今の技術の水準で印刷した写真よりも長く残ることになるかもしれません。サンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館にもこの人の絵があるようです。
『澁澤龍彦のイタリア紀行』(新潮社、とんぼの本)には、彼がイタリアへ旅行したときに買ってきた、ブロンツィーノの絵の絵葉書がたくさん、カラー版で出ています。澁澤さんはカルパッチョの絵がとりわけ好きだったそうです。私もどこかで見たかもしれませんが、グーグル・イメージで見ても、覚えているのはありませんでした。
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トポロジー
このあいだ紹介した『できそこないの男たち
』という本の中に、「ドーナツとコーヒーカップはトポロジカルには相同だ」という表現が出てきます。
トポロジーというのは数学の一分野で、日本語では「位相幾何学」と訳される。なんだかものすごく難しそうですが、実際にも難しいんでしょうが、「連続的に変形していくと、あるカタチが別のカタチに変わり、逆に変形させて元のカタチに戻せる」場合、「位相が同じである」というくらいの理解でいいと思います。ウィキペディア
にドーナツ形がカップ形に変形する過程を動画で示してありますので、リンクを貼っておきます。
ものの材質を無視して、形状の相関性だけを見ます。ドーナツと同じなのは、ちくわもそうですね。両端が開いた管の形をしたものはすべてトポロジカルには同じものと見なすわけです。
福岡伸一先生のあの本では、ヒトもトポロジカルにはちくわと同じだと書いてあります。口から入れたバリウム(でもなんでも、消化されなければ)が、お尻から出てくるのですから、人体は「一種の複雑なちくわ」みたいなものなんだそうです。
厳密に言えば、鼻からも食道に通じますから、ちくわそのものではない。大まかに、1本の管だというわけです。
食べ物は、口で咀嚼して、胃で消化して、小腸・大腸で吸収されますね。そこまで行って、ようやく「内部」に入ることができる。管の中はじつは外部なのだ、というのがポイントになっていました。
人体を「巨大なちくわ」と捉えると、毛穴も耳の穴も、子宮も、ちくわに爪楊枝を刺してできる、行き止まりのポツポツのようなものなんだそうです。
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酒中在真
ちょっと季節はずれですが、若山牧水にこんな歌がありました。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の
酒はしづかに飲むべかりけり
ここに出てくる酒は、ワインでも焼酎でもなく、日本酒のことでしょうね。「歯にしみとおる」というのが、いかにもお酒好きの歌人の言です。
若いころから、種類をかまわず、いろいろな酒を飲んできました。いっときは、日本酒ばかり飲んでいました。同じ銘柄でも、できた年によって、出来不出来があるらしい。「今年の××はよくない」などと言って、リストに載せない店があったりしました。
記憶に残っているうまい酒は、次の通り。
美少年 〆張鶴(しめはりづる) 酔鯨(すいげい)
もっとたくさんあったのですが、ここ10年ほど、ほとんど日本酒を飲まないので、大方は忘れてしまっています。
ワインも好きですが、飲みたくなる品物は、高すぎて手がでませんでした。金子先生という方から、「1cc 1円で飲める旨いワインをさがす会」を作るから入らないか、と勧誘されたこともありました。結局入らなかったけれど。
ライン下りの発着地として有名なリューデスハイムという街で、1万円もする「貴腐ワイン」を買ったこともあります。ものすごく甘い酒でした。
「メロー小鶴」という鹿児島の焼酎がありますが、等級によっては1升1万円を越すのもあります。
今はもっぱら「いいちこ」のお湯割りです。ようやく「静かに」飲める歳になりました。我を忘れるほどの量が飲めなくなっただけですが。
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