パパ・パパゲーノ -41ページ目

ズブロフカ

 日本語ではズブロッカという表記で知られますが、ロシア語で(おそらくポーランド語でも)zubrowka のように綴られるはずなので、私はズブロフカと発音したいところです。そういう名前のお酒です。


 ズブロフカというのは、バイソングラスという、ヨーロッパ・バイソンが好む草の名前。その草を干したもの(というか、おそらくバイソンが食べ残して立ち枯れた草だと思う)を、ウォトカ(ウォッカ)に入れると、ズブロフカ特有のよい香りが移って旨い酒になります。ウォトカは、おもに麦から作られる蒸留酒、スラブの麦焼酎ですね。アルコール度数の高い強い酒です。


 むかし、満洲国というものがあったころ、ハルピン市にハルピン学院という日本人学生が中心の学校があって、その学校の守衛をしていた方だと思いますが、戦後になって引き上げてきた、テラモトさんという人から、その干草を分けていただいたことがありました。今から、30年くらい前。そのころ、《モスコフスカヤ》とか、《スタリチナヤ》とか、ソ連産のウォトカが日本でも安く手に入りました。安いのに他のウォトカより味わいがよかった。(このふたつのウォトカは今でも酒屋さんで売っていますが、ずいぶん高くなっています。)それをよく飲んでいたころなので、しばらく、ズブロフカ(入りのウォトカ)を楽しみました。


 ハルピンにはたくさんのロシア人がいたそうで、テラモトさんは、現地でロシア人の奥さんとのあいだに二人のお嬢さんをもうけたとおっしゃっていました。むろん、ロシア語もおできになった。負けた国に連れて帰ることができなかったらしく、別れて帰国したのだそうです。いただいたズブロフカ(の干草)は、モスクワだかで所帯を持っているお嬢さんのお一人が送ってくれたものだということでした。


 毎晩、麦焼酎を飲みながら、ときどきズブロフカが飲みたくなって、その連想で、テラモトさんのことを思い出します。ずいぶん長いことお会いしていませんが、初めてお目にかかったときにすでにいいお年でしたから、再会があるとすれば、次の世でということになります。


ワイン        ワイン        ワイン        ワイン        ワイン

ユースキン

 寒さがつのって乾燥する季節になると、たださえ衰えた肌が、さらにカサカサになってきます。ことに、両肘の外側が象の皮膚かとまがうくらい、硬くなります。機能が落ちるわけではないので、ほうっておいてもいいかもしれませんが、気にはなる。それで、常備してある「ユースキン(YUSKIN)」というハンドクリーム(でしょうね)が欠かせないことになります。ご存じでしょうが、不透明の白色ビンにオレンジ色のふたのついた、中身が黄色のクリーム。
 
 これを湯上りに患部にぬって、4、5日すると、硬くなった肘の皮膚が、スベスベになる。じつに効能にすぐれた薬だと思わずにいられません。
 
 冬は、かかとにあかぎれがきれそうになることも多い。だから、かかとにも、この黄色いクリームを塗っています。
 
 ヒアルロン酸やら、コエンザイムやらをふくんだ乳液を顔にも塗っておかないと、つっぱってきますしね。「潤」という文字が、化粧品にはあきれるほど多いということにも気がつきます。歳をとると、若いころには思いもかけなかった、いろんな手間がかかるものです。
 
 このユースキンもそうですが、メンソレータムやタイガーバームなどの塗り薬は、それだけ単品製造している会社の製品のようです。効く仕組みは分からなくても、スベスベになったり、傷が早くふさがったりすればいいわけで、それが、常備薬として長続きしている理由でしょうね。


オレンジ        オレンジ        オレンジ        オレンジ        オレンジ

オイディプス

 逸身喜一郎(いつみ・きいちろう)教授が、「ギリシャ悲劇とギリシャ神話」という副題を持つ、はなはだ知的刺激に満ちた一書を岩波書店から刊行しました。本体2100円。奥付のタイトルを写すとこうなります。
 
 書物誕生―あたらしい古典入門
 ソフォクレース『オイディープス王』と
 エウリピーデース『バッカイ』
  ―ギリシャ悲劇とギリシャ神話
  
 「書物誕生―あたらしい古典入門」という全30巻のシリーズの第1弾として出版されたものです。引用するときは『「オイディプース王」と「バッカイ」』とでもするしかないでしょうね。
 
 著者は西洋古典学の専門家ですから、ギリシャ語をカナ表記するにあたって、いくつかの原則を設けたようです。普通は「オイディプス」「エウリピデス」などと表記するところですが、原語で長音になっているものは「音引き(ー)」になっているので、それが引っかかって、最初は読むのに多少難儀します。しかし、今から2500年も前の、ギリシャ悲劇が、目の前で演じられているかのような筆の運びに乗せられて、オイディプス王の運命の行方が、手に汗を握る展開を見せてくれます。ともかく、文章のテンポと歯切れのよいことは、驚くばかりです。
 
 オイディプスの悲劇は、岩波文庫ほか、日本語で読むことができます。そんなに長くない芝居なので、大筋を頭に入れてから、本書をひもとくなら、この本がいかにとてつもない学識に支えられているかが、ただちに感得されます。
 
 オイディプスというのは、近代になって、フロイトが言い出した「エディプス・コンプレックス」という概念の元になった王様です。「母親との一体感を維持したいために、父に対して対抗心を燃やす」、男の子の精神状態を指す。今風に言えば「マザコン」。
 
 ソフォクレスの描いたドラマ(というか、その時代に伝説として観客は知っていた話)は、実の父親を殺し、その妻(つまり母親)を后に迎えて王様になるという、そら恐ろしい話です。真実を知って、オイディプスは自分の目をつぶしてしまう。
 
 神様を祭るお祭りで演じられたのがギリシャの悲劇なのだそうです。劇場は、最近の研究では、いわゆる円形劇場ではなかったらしい。客席に女性がいたのかいなかったのか、それはいまだに分からないのだそうです。ずっと昔のことなのに、どうやって今に残って、しかも、テキストを読むことができるのか、そういう疑問にも丁寧に答えてくれます。


 人文系の学術書としては、久しぶりに昂揚感とともに読了しました。


グッド!        グッド!        グッド!        グッド!        グッド!

反音楽史

 音楽評論家・石井宏に『反音楽史:さらば、ベートーヴェン』(新潮社)という面白い本があります。学校の音楽教室には、壁に横長の掛図が貼ってあって、右から順に、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトと並んでいました。みんな18世紀時代のかつらをつけて、少し横向きの顔。これを見ると、西洋音楽はまるでバッハから始まっているように感じられます。じっさい音楽室で聞いた音楽は、せいぜい遡ってもバッハくらいだったでしょう。管弦楽組曲とか、オルガン曲とか、無伴奏チェロ・ソナタとか。


 この掛図が、いかに音楽理解を妨げてきたか、ということを口をきわめて、まあ、ののしっている本でした。ドイツ音楽が唯一の正統派であるかのような、偏ったイデオロギーに毒された音楽史が長く支配的であった。そうではいけない、ということで、ドイツ音楽の代表選手としてベートーヴェンの名をあげ(これは大抵の人は文句がないところ)、それに「さらば」を言おうと提案するものです。


 音楽の都と言えば、今ではもっぱらウィーンを指します。それにも異論のある人は少ないでしょう。しかし、バッハ以前、音楽の都は、イタリアのヴェニスだったのだそうです。この件はあるいは、岡田暁生さんの本で得た知識かもしれません。たしかに、ドイツの作曲家たちが活躍する前は、イタリア人の名前がもっぱらでした。順不同に、モンテヴェルディ、スカルラッティ、ペルゴレージ、ケルビーニ、ヴィヴァルディなどなど。『アマデウス』でいちやく名前が残ることになったサリエリもイタリア人でした。


 フランスにも、ドイツ古典派以前からいろいろな音楽家が登場していたことが書かれてあったと思います。


 石井宏先生は、モーツァルトについて何冊も本を著した方ですから、もちろん、ドイツ音楽も嫌いなはずがありません。もっと広く音楽の歴史を知ろう、面白い作品は、ベートーヴェン周辺だけにあるのではないよ、と啓蒙してくださった。この著作で山本七平賞を受けたそうです。


パンダ        パンダ        パンダ        パンダ        パンダ

パ・パ・パ・パ



パパ・パパゲーノというハンドル・ネームにしたのは、このブログをはじめたころ、最初に気に入ったオペラを思い出して、『魔笛』の二重唱からとったものです。超有名な歌なので、みなさんご存じでしょうが、YouTube で、ブリン・ターフェルとチェチーリア・バルトリがリサイタルで歌っているのを見つけたので引いてきました。

ご両所とも今をときめくオペラ歌手ですから、うまいのなんの。少し音をしぼってヘッドフォン越しに聞くのをおすすめします。

バルトリは、今月(?)日本公演があったはずなのに、ドタキャンしたんですね。週刊誌によると、ドルで払われる出演料を、全額前払いですぐ払え、と要求してきて、主催者と折り合いがつかずにキャンセルしたんだそうです。金融危機がこんなところにもあらわれたのだとか。