オイディプス | パパ・パパゲーノ

オイディプス

 逸身喜一郎(いつみ・きいちろう)教授が、「ギリシャ悲劇とギリシャ神話」という副題を持つ、はなはだ知的刺激に満ちた一書を岩波書店から刊行しました。本体2100円。奥付のタイトルを写すとこうなります。
 
 書物誕生―あたらしい古典入門
 ソフォクレース『オイディープス王』と
 エウリピーデース『バッカイ』
  ―ギリシャ悲劇とギリシャ神話
  
 「書物誕生―あたらしい古典入門」という全30巻のシリーズの第1弾として出版されたものです。引用するときは『「オイディプース王」と「バッカイ」』とでもするしかないでしょうね。
 
 著者は西洋古典学の専門家ですから、ギリシャ語をカナ表記するにあたって、いくつかの原則を設けたようです。普通は「オイディプス」「エウリピデス」などと表記するところですが、原語で長音になっているものは「音引き(ー)」になっているので、それが引っかかって、最初は読むのに多少難儀します。しかし、今から2500年も前の、ギリシャ悲劇が、目の前で演じられているかのような筆の運びに乗せられて、オイディプス王の運命の行方が、手に汗を握る展開を見せてくれます。ともかく、文章のテンポと歯切れのよいことは、驚くばかりです。
 
 オイディプスの悲劇は、岩波文庫ほか、日本語で読むことができます。そんなに長くない芝居なので、大筋を頭に入れてから、本書をひもとくなら、この本がいかにとてつもない学識に支えられているかが、ただちに感得されます。
 
 オイディプスというのは、近代になって、フロイトが言い出した「エディプス・コンプレックス」という概念の元になった王様です。「母親との一体感を維持したいために、父に対して対抗心を燃やす」、男の子の精神状態を指す。今風に言えば「マザコン」。
 
 ソフォクレスの描いたドラマ(というか、その時代に伝説として観客は知っていた話)は、実の父親を殺し、その妻(つまり母親)を后に迎えて王様になるという、そら恐ろしい話です。真実を知って、オイディプスは自分の目をつぶしてしまう。
 
 神様を祭るお祭りで演じられたのがギリシャの悲劇なのだそうです。劇場は、最近の研究では、いわゆる円形劇場ではなかったらしい。客席に女性がいたのかいなかったのか、それはいまだに分からないのだそうです。ずっと昔のことなのに、どうやって今に残って、しかも、テキストを読むことができるのか、そういう疑問にも丁寧に答えてくれます。


 人文系の学術書としては、久しぶりに昂揚感とともに読了しました。


グッド!        グッド!        グッド!        グッド!        グッド!