パパ・パパゲーノ -123ページ目

フィガロの結婚

 『フイガロの結婚』のDVDを2本持っています。二つともイギリス・グラインドボーン・フェスティヴァルの録画。1973年と1994年の演奏。73年盤は古いオペラハウスでのもの。94年盤は新しいオペラハウスのオープニング記念のもの。


 CDはドイツ・グラモフォン、1968年の録音盤。これは、メンバーがすごい。


 アルマヴィーヴァ伯爵:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ

 伯爵夫人・ロジーナ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ

 スザンナ:エディット・マティス

 フィガロ:ヘルマン・プライ

 ケルビーノ:タチヤナ・トロヤノス

 【指揮:カール・ベーム オーケストラ・合唱:ベルリン・ドイツオペラ】


 この録音のために集まったもののようです。実際にこのメンバーでオペラが実演されたことはないらしい。あったら見たかった。


 フィガロは、素敵なアリア、重唱が、これでもかというくらい続くので、見ても聞いても、ずーっといい気持でいられます。二重唱、三重唱、五重唱、はては八重唱まで、歌が重なります。せりふは重なっても筋を追うのに差しさわりがないようにできています。


 女声の重唱曲にきわだって傑作が多いのもこのオペラの魅力です。第1幕第5曲、スザンナ(ソプラノ、伯爵夫人の部屋付きメイド)とマルチェリーナ(アルトあるいはメゾ・ソプラノ、家の女中頭)との二重唱「どうぞお先に、すてきな奥様」は、きれいなメロディーに乗って、じつはフィガロをめぐる女ふたりのつばぜりあいが展開されるのです。


 とりわけ美しい二重唱は、ロジーナとスザンナとが謀って、伯爵を誘い出すための手紙を書くシーンの「そよ風に」です。ここだけ上手な歌が聞ければ、フィガロは十分聞いたと感じる、と言う人もいるくらいです。


 DVDは、ひとつがキリ・テ・カナワとイレアナ・コトルバシュ、もうひとつがルネ・フレミングとアリソン・ハグリーの組み合わせです。衣装をつけた歌手を見て聞くのですから、こんなに楽しいことはありません。ハーモニーがすばらしい。


 前にも書きましたが、このオペラは、スザンナ役が大活躍します。これがうまいとトクした気分になる。持っている3本とも甲乙つけがたいできばえです。


 もちろん、ケルビーノ(メゾ・ソプラノあるいはソプラノ、小姓を女が演じるいわゆる「ズボン役」)がうまくなきゃいけない。73年盤のフレデリカ・フォン・シュターデが、「男前のうえに美人」というむずかしい設定にぴったりで、かつみごとな歌唱を聞かせます。


ジョン・ハンコック

 ボストンのランド・マークは、ひと目で「ジョン・ハンコック・コンフェレンス・センター」であることが分かります。どこからでもこのノッポ・ビルが見えるからです。



チャールズ川対岸から見た光景。左の高い建物がハンコック・タワーです。「ジョン・ハンコック保険会社」のビルだと思います。シカゴにある同社のタワーはアメリカ一(?)高いビルとして有名なはずです。



これは、隣の「トリニティ教会」の前の広場からタワーを撮影したもの。天気がよかったので、ビルの窓に映る空の青さが印象的です。市内には18世紀にできたらしい教会があちこちにありました。近代的なビルディングとのコントラストが面白い。


 さて、ジョン・ハンコックです。1737年に生まれ93年に亡くなったこの人は、アメリカの独立宣言(1776年)に最初に署名した人で、マサチューセッツ州の最初の知事でもあるそうです。アメリカ史に必ず出てくる人名です。保険会社の名前は、この、建国の父のひとりにあやかったものでしょう。


 たしか、ボストン・レッドソックスのホーム・グラウンド「フェンウェイ・パーク」のスコア・ボードの上にも、John Hancock の文字が見えていました。保険会社のほうでしょうが。


 これで、このたびのニューヨーク・ボストン旅行日記をひとまず終わりにします。明日からまた、よしなしごとを綴ることになるでしょう。

NYPDとFDNY

 『ダイハード4』を見ました。前3作もそれぞれ面白いものですが、今度はアメリカ全土が危機にさらされるという話でした。コンピュータで管理している電力供給のシステムが順にストップし、アメリカ東部が停電してしまう。それを仕掛けた犯人グループに対して、アナログ一辺倒のジョン・マクレーンがどうやって対抗するか、そこが見どころになっています。あいかわらず派手なドンパチが次から次へと展開して飽きさせることがありません。


 この、ジョン・マクレーンはニューヨーク警察の刑事という設定ですね。奥さんのホリーは西海岸で仕事をしているのでした。第4作ではもう離婚してしまっています。


 ニューヨーク警察は、英語で New York Police Department です。頭文字がNYPD。パトカーにこの文字が書いてありました。ばかりでなく、土産物屋にあるTシャツにも、色合いも様々な種類がたくさん売られていました。帽子もあった。


 おなじように、ニューヨーク消防署(Fire Department of New York)の頭文字FDNYもTシャツが売られていました。


 もうひとつおおはやりなのは、


 I love NY


の love のところがハートのマークになっているもの。これはもうそこらじゅうにあった。おみやげに買ったチョコレートもこれでした。


 これだけ氾濫しているのですから、ヘソ曲がりが


 I hate NY


と胸に書いたTシャツを着ていそうなものですが、それは見かけなかった。あれば買おうと思っていたのですが。

ブロードウェイ・ダンス・センター

 ニューヨークのホテルにチェックインしたあと最初にしたのは、「ブロードウェイ・ダンス・センター(Broadway Dance Center, 以下BDC)」の場所を確かめることでした。


 というのも、同行者の、今度の旅の一番の目的がBDCでレッスンを受けることにあったからです。日本語のガイドブックでは、57丁目にあることになっていました。なんとか探し当てて、古いビルの2階にその文字を発見したのですが、どうも様子がおかしい。無人のビルのようです。ビルの前の地べたにすわっていた青年が「引っ越したよ」と教えてくれました。B4版くらいのポスターに移転先が印刷されてありました。


 322 West 45th Street, 3rd FL, New York


が、新しいセンターです。5つスタジオがありましたが、日本のスポーツ・ジムのダンス・スタジオに比べても狭いくらいのスペースでした。


 バレエ、ジャズ(ジャズ・ダンスとは言わないようです)、シアター・ダンス、タップ、ヒップ・ホップ、ワールド・ダンス、などの種目がありました。私には、バレエとタップくらいしか違いは分かりませんが。


 1レッスン1時間半が基本のようです。1回18ドルを払えばだれでも受けることができるようです。回数券はもちろん割引になっています。


 ベーシック、ビギナー、アドヴァンスト・ビギナー、インテンシブ、とコースがあるようです。ものすごく動きのいい人と、私が見てもどうかしらと思える人とが同じレベルのレッスンを受けていたりします。


 スタジオの1面がガラスばりになっていて見学することができます。注意書きがおもしろかった。

 「写真撮影は厳にお断りします。外で振りつけの真似をするのはやめてください。お金を払ってレッスンを受けてください」というようなことが書いてありました。


 レッスンの時間は私は本屋に行ったりしていました。


 終わりころにスタジオに戻るわけですが、レッスン風景を見物するのもわるくないものです。なんたって、若いお嬢さん方が多いですから。男は1割もいない感じ。日本から来たらしいお嬢さんたちも何人かレッスンを受けるのを見ました。


 こういうところで訓練して舞台でダンスを見せるようになるのだろうなあ、と思いながら見学していました。


サミュエルズという名前の女の先生のレッスンを都合3回も受けたオクサンは、自分なりにはうまく踊れたそうで、大満足の様子でした。

ハーヴァード大とMIT

 ボストンへ行ったので、ハーヴァード大学とMIT(マサチューセッツ工科大学)の、雰囲気だけでも味わおうと訪問して来ました。


 どちらの大学も、落ち着いた、いかにも勉学に向いているような環境でした。そこで教えている教授の本を編集したり、卒業生に本を書いてもらったりしているので、なんだかなつかしいような気持になりました。


これがハーヴァード大学の教会(だと思う)です。John Harvard の銅像のところでも写真を撮りましたが、いかにも「おのぼりさん」なので遠慮しておきます。


 ボストンには他にも大学がたくさんあるんですね。電車からもいくつか見かけました。


 ボストン大学、ノースイースタン大学、マサチューセッツ大学(「ユーマス」と呼ばれることがあります)、サフォーク大学。まだあるのかも知れません。


 道理で、街じゅう、そこはかとなく「知的」な雰囲気でした。こういうところで勉強したら、少しはできるようになったかもしれない、と、かえりみても詮ないことを思ったりしました。


 チャールズ川という広い川が街の真ん中を(おそらく)東西に流れています。MITはその川に面しています。そこから眺める対岸の風景が素敵でした。