月曜日のロックポート
小林秀雄は、自分が教わった辰野隆(ゆたか)教授から貰った革靴を何年も履いていた、と書いていたのを覚えています。
休ませないで同じ靴を履き続けるのが靴の寿命を縮めるモトだと、靴屋さんはみなそういいます。
若いころは、しかし、何足もの靴を揃えるなんて夢の夢みたいなものでした。水虫の巣窟のようになっていたであろう、わずかな数の靴で間に合わせていました。
よくある、ばん広・甲高(こうだか)の足です。ばん広は「ばんびろ」ですね。「盤広」と書くのかしら。「幅広」の転化したものでしょう。そういう足ですから、なかなかピッタリ合う靴が見つけられない。歩く姿勢もよくないらしくて、カカトの外側から減って、悲惨な状態におちいることがしばしばありました。
最近になってようやく、曜日ごとに違う靴が履けるようになりました。6足くらいの靴が靴箱に並んでいます。イメルダ夫人の気持が、望遠鏡を逆のぞきした程度に理解できます。大げさですね。
ロックポートの靴が、この夏手に入りました。ウォーキング・シューズとしておおはやりのブランドだそうです。30年くらいの歴史。1万5千円でおつりがくるのもありました。この社の靴は、全米足病医師協会(APMA)認定というふれこみです。たしかに、履き心地がよろしい。
APMAは、
American Podiatric Medical Association
の頭字語です。足病医(podiatrist,ポダイアトリスト)という、専門医が、欧米には(たくさん)いるのだそうです。日本でもこれから増えるかもしれません。
週が明けると、雨天でないかぎり、ロックポート(黒)を履いて仕事に出かける、というわけです。
シベリウス没後50年
シベリウスが亡くなってまだ50年しか経っていないことを、Iizuka さんのブログで知りました。
http://iizuka.tea-nifty.com/izk_tsh/2007/09/post_d4a8.html
ここへとんで行くと読むことができます。左下のブックマーク IIZUKA T's からも。
ここのところ、自宅のパソコンに向かって長時間、慣れない作文をしています。そういうときに聞き流すCDを選ぶのがむずかしい。知りすぎた曲だと、注意がそっちに行って仕事がはかどらない。まったく新曲だと、ちょっと耳にとまったところから、やっぱり関心がそっちに向いて手が止まる。
さっきから、シューマンの「チェロ協奏曲」(ジャクリーヌ・デュプレの名演)とか、ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」(アンセルメ指揮)とかを流しています。少し筆が進みました。
思い立って、シベリウスの「交響曲3番」を聞きはじめました。第2楽章で、弦楽器のピチカートにのせて、フルート(とクラリネット)が奏でるメロディーがせつなくてせつなくて。ここでは、手が止まります。
Iizuka さんによると、シベリウスの「音楽の語法は保守的」なのだそうです。20世紀風ではない、という意味でしょうね。耳になじむ理由がよく分かりました。
「より」と「から」
きのう、「より」は「から」のあらたまった表現ということになってしまったらしい、と書きましたが、『明鏡国語辞典』もその説をとっていました。
「から」よりもかしこまった言い方。
と注記がしてあります。この意味であがっている例文は、
会議は三時より行う
横浜港より出港した
理事長よりご紹介いただく
などです。私がこれらを書くとすれば、すべて「から」にします。では、「より」の基本義はなにか。
比較の基点を示す
です。ふたたび同辞典の例文を借りると、
きのうより今日の方が寒い
私より彼女を選んだ
「から」とまぎらわしいのは、③基準となる時間・空間・数量などを示す場合。
三時より後ならいい
まん中より後ろに置く
これより先は立入禁止だ
まぎらわしいだけで、どれも「から」だと不自然です。最後の例文がもし、
ここより先は立入禁止
だったら、私なら「ここから」になりそうです。「から」の基本義は、
移動の起点を示す
です。先の③が、これと接点を持つのは見やすい道理です。
成田から出発する
三時から始まる
ひなから育てる
(同辞典から)
「米から酒を造る」などもこれに含ませてしまえばいい。「状態が移動する」と抽象的に捉えなおすのです。
以上、「比較・移動の起点」で「より・から」を分類するのは、日下部文夫先生に教えていただいたものです。
念のため言い添えますが、『明鏡国語辞典』は語義の分類、語釈などがきわだって明晰な辞典です。おすすめです。
清水幾太郎
清水幾太郎は『論文の書き方』(岩波新書、初版 1959 年)の著者として知られています。今でも、岩波新書売り上げナンバーワンではないでしょうか。
「知的散文」というものを書くのにどこに注意すればいいか、そういう散文の書き手として、当時はもちろん、その後も比肩しうる人が出てこなかったくらいの名手が、これ以上はないというくらいの分かりやすさで書いてくれたものです。
大学の入学試験問題にも何度も出たくらいでした。
この本で教えてもらったと記憶していたのに、いま、探してもみつけられないのがあります。
それは、文章がうまくなりたかったら、ことばの好き嫌いを自分の中ではっきりさせておくことだ、というすすめです。清水先生ご自身は、「原点」とか、「一定の」とかを、嫌いなことばの例として挙げていたはずです。むろん、嫌いなことばは自分の文章から除け、と言ってました。
私が、嫌い、というより「間違い」だと思って使わないでいるのは、「から」のつもりの「より」です。たとえば、
ただいまより新郎新婦が入場します
会議は4時より開始します
などの「より」。「から」のあらたまった表現が「より」だということになってしまったらしい。
清水幾太郎先生(1907-1988)は、戦後の論壇に大きな足跡を残しました。左翼から右翼へ舵を大きく切ったということで毀誉褒貶の嵐にさらされた(今も、かまびすしい)思想家です。何度もお目にかかってお話を聞く機会にめぐまれました。お会いしたときはいつも素敵な紳士でした。
家の裏の小川
藤沢周平の数多い傑作の中でも、多くの読者がイチ押しに押すのが『蝉しぐれ』(文春文庫)です。
山形の架空の藩、海坂(うなさか)藩が舞台。主人公は牧文四郎。養父の牧助左衛門が、藩の内紛に巻き込まれて切腹を命ぜられ、家禄を没収されます。牧家を継いだ文四郎が、剣術の腕を上げながら成長していく過程をつぶさに描いて間然するところのない傑作でした。ドイツ語でいうビルドゥングス・ロマーン(成長物語)の典型的な例でしょう。
市川染五郎主演でおととし映画にもなったようです。見ていませんが。
物語冒頭、隣りに住むおふくという娘が、虫に刺されるだか、小蛇に噛まれるだかして、叫び声を上げるシーンがあります。家の裏を小川が流れていて、体を洗うためにだったか、家の裏に出たところで叫び声を聞いたのでしたか。アイマイな記憶で恐縮ですが、大筋はこの通りです。噛まれたおふくさんの手をとって、毒を吸い出してやるのですね。このとき文四郎15歳。ふくは10歳くらいか。かすかなエロティシズムが香って印象的な出だしでした。後半のドラマの伏線にもなっています。
この、おふくが、殿様の目にとまって、江戸藩邸に伺候することになります。「おふくさま」になってしまう。
切腹した養父を引き取りに、藩邸におもむき、大八車の上の戸板になきがらを載せて自宅に帰ってくる。暑い暑い夏の日です。たしか、そのときに、降るような蝉の鳴き声が聞こえてくるのでした。
家の裏を流れる小川で、大根や芋を洗ったり、洗濯をしたり、足を洗ったり、というのは、私の子どものころでもよく見かける光景でした。藤沢作品がいつもある「なつかしさ」を感じさせるのは、共通するふるさとの光景ということもあるかも知れません。
高浜虚子の俳句、
流れゆく 大根の葉の 早さかな
を読んだときに、すぐに頭に浮かんだのは、裏の小川の水の冷たさでした。