名作です。

 

春日部での日常のシーンから、天カス学園という非日常に移り、その場で各々が成長する構成となっております。

 

本作ではエリートポイントという制度が存在し、「常に良い子でい続けなければならない」という縛りがあります。個人的に本制度は非常に嫌いです。なぜなら、個性を潰してしまうからです。


そんな中、ラストのマラソン大会のシーンでは各々の個性が発揮されていました。阿月チシオは変顔で走り、マサオくんはオラオラ系へと変貌しています。

 

「泥臭くたっていい。変だっていい。頑張っていれば、どんな感じになっていい。」

 

そんなメッセージが伝わりました。

 

クレヨンしんちゃんの映画の名作であるオトナ帝国の逆襲のラストの追いかけっこシーンと本作のマラソン大会は似ているようで全く違います。

 

オトナ帝国では野原一家総出で敵を追っていますが、本作では親はあくまで子どもたちを応援する側です。つまり、本作ではしんのすけを自立した一人の人間として描いているのです。

 

自主性や積極性を強調しているとも言えると思います。その結果、各々が個性を思いっきり出し行動する展開となっています。

 

我々もしんのすけ達に習って、自主性を重んじ、思いっきり自分を出して踏ん張ってみようではありませんか!

 

 

時を超えて、場所を超えて紡がれる超次元ラブストーリーです。作画も非常に綺麗であり、ヒットするのは間違いない構成をとっています。

 

ただ、あまりにも興行収入を意識しすぎた作画力とストーリーの展開には飽き飽きする部分も否めないですが、良い作品であることは間違いないでしょう。

 

作画力はすば抜けており、見ていて心の汚れが一瞬で取れるような描写が多数存在しました。

 

一葉の良いセリフを紹介したいと思います。

 

「寄り集まって、形を作って、捻れて絡まって、時には戻って、また繋がってーそれが“結び”、それが“時間”」

 

時間とここでは形容していますが、私は人のつながりにも同じことが言えると思います。

 

ときには喧嘩をして離れたり、疎遠になったりする時もありますが、また出会う機会もあるかもしれないと思います。その一つ一つの縁を大事に行動していきたいと思います。

 

主人公の二人は非常に純粋なキャラクターであり、THE純愛という感じがします。だからこそ、万人受けする作品に仕上がったのでしょう。

 

定番である勧善懲悪を主軸に置いたストーリーです。善がパズー一同、悪がムスカ大佐です。

 

結果的にムスカ大佐は転落死します。結局悪は滅びるということを言いたいのでしょうか。

 

そして、パズーには様々な仲間がいます。それは、年齢を問わずです。

 

シータやらドーラやらいます。仲間を作ることの大切さを改めて教えてもらいました。

 

そして、ムスカ大佐は孤独です。利益を一人だけで確保しようとしたり、王になろうとしたりします。つまり、自分のことしか考えていないのです。

 

そうなると、仲間を築いてきたパズー一同がムスカに勝つのは自明の理といえるでしょう。つまり、目先の利益にこだわると、目に見えない大切なものを取りこぼすことになることをパズーから教えてもらいました。

 

他者とともに生きていくことはかなり重要なことなのではないかと感じます。

 

そして、ドーラの正体は宮崎駿監督の母親だそうです。個人的には作品に私情を入れるのは非常に気持ち悪く感じてしまいますが、ドーラというキャラクターは割と芯が通っているので、見ていて気持ちが良いです。

 

メッセージもストーリー展開も王道的な要素が多いですが、やはりラピュタは名作だと思います。

 

本作は人間対自然という構図で紡がれています。サンは自然側だと認識しました。

 

その他には、生と死について表現していると思います。シシ神は頭と胴の二部分に分かたれましたが、その分かたれたものはまた繋がれ、シシ神は一つになりました。

 

つまり、生と死は一緒に存在するものであり、決して分かたれるものではないということです。生と死を二分するから、人々が憎しみあい、戦争を起こしてしまうということを言いたいのだと思います。

 

だからといって、この考え方通りに行動し、戦争をやめることはなかなかむずかしいことだと思います。そもそも戦争は自国の利益を守ったり、上げたりするために行われます。

 

だから、他者のことを考えて戦争はやめようという浅いメッセージではないと思います。死生観といったもっと概念的な観点で作品を作っているのだと思います。

 

人間側の目的は、シシ神の首をとることです。なぜとろうとするのかというと、おそれがあるからです。何かを祀っていないと不安だったり、おそれがあるから首をとろうとするのです。

 

死=おそれではないことを宮崎駿監督は言いたかったのではないかと思います。

 

まどかが円環の理となるのを嫌がったほむらが自らを犠牲にしてまどかを救う物語です。全登場人物の願いが叶えられ、ハッピーエンドに見えますが、ほむらは悪魔の姿へと変換しています。

 

ほむらはまどかを円環の理から救い、ほむらの願いはかなっていますが、自己犠牲の上で成り立っています。

 

学校の廊下での会話シーンでは、ほむらとまどかの考え方の違いが如実にあらわれています。欲望よりも秩序を重視したまどかと、秩序よりも欲望を重視したほむらの対比です。

 

ほむらは偽悪者だと個人的には思います。欲望を重視すると間接的に発言したほむらですが、実際は自分以外の人間が幸せになるよう生きていただけなのですから、ほむらは良い子です。

 

まどマギ本編は「行動を起こすことへの覚悟」の物語ですが、新編は「まどかに対するほむらの愛」の物語だといえます。

 

ほむらからすると、まどかから与えてもらってばかりだったから、それを返した形なのでしょう。

 

良い絆だと思います。

 

言わずとしれた名作です。本作のテーマとしては「命を賭して叶えたい願いはあるか?」です。

 

普通の人間なら自己利益のために願いを叶えようとするでしょう。例えば「男女ともにモテるような人間になる」とか「遊び相手に尽きない人間になる」とか「億万長者になる」などでしょう。

 

しかし、本作の登場人物は人のために願いを叶えようとしています。だから、非常に利他的で優しい人間たちが多いなという印象を持ちました。

 

個人的には杏子が好きです。父親のために魔法少女になりましたが、結局そのせいで父親は自殺した悲惨な過去を持っています。

 

だからこそ、上条を助けようとしたさやかにきつく当たります。

 

まどかは「魔女が存在しない世界をつくる」という願いのため、円環の理となり、その代償として誰の目にも触れられない存在となります。願いの大きさによって、代償の大きさも変わってくることを学びました。

 

ほむらもまどかを救うため、何度も時間遡行しているので、非常に健気な女の子だといえます。魔法少女になるには、条件はいらないです。願いと覚悟があればいつでもなれます。

 

これは、現実世界でも同じことがいえます。今の仕事をやめるか、続けるかという選択も結局「◯◯という仕事につきたい」という願いと、仕事をやめる覚悟が必要です。

 

しかし、魔法少女と我々人類でちがうのは、「後戻りができる」という点です。魔法少女は一回魔法少女になったら二度と元には戻れないですが、現実世界では何回でもやり直しがききます。

 

そして、グリーフシードを集めるため、つまり生命維持のために戦い続けなければなりません。これは、現実世界で言うところの仕事をして食い扶持をつなぐことにつながります。

 

魔法少女は孤独です。他人のために願いを叶えようとしたのに、その人が自分から離れてしまうというのはなんとも可哀想です。

 

つまり、目指すべきところが高ければ高いほど周りに人はいなくなっていきます。しかし、それは自分で選んだ道なので、文句はいえないです。

 

孤独を極めたまどかでも、ラストシーンでまどかをおぼろげに覚えている家族の姿が映し出されます。そして、その後のシーンでメッセージが映し出されます。

 

「忘れないで。どこかで誰かが、いつもあなたを応援している。その存在を感じているかぎり、あなたは孤独じゃない。」

 

素晴らしいラストです。まどかは物理的には孤独かもしれませんが、本当の意味では孤独ではないといえます。

 

本作で特に良かったセリフを紹介したいと思います。

 

「その人を助けたい」という想いと、「その人の恩人になりたいから助ける」という気持ちは別物である。」

 

前者と後者、双方行動としては全く同じですが、前者は利他的で、後者は利己的です。心の底からその人に貢献したい思いが大切だと思いました。

 

伏線もかなり多く、メッセージ性もかなり強い作品です。だからこそ、社会現象にもなったのでしょう。

 

マイナー作品ではありますが、間違いなく神作品です。

 

アテネ計画といって、人工的にサヴァン症候群を引き起こす実験体にされていたナインとツエルブによる復讐物語であると私は思っています。爆弾を仕掛けたりするのですが、どこか自分たちの行動を止める存在を欲しているようにも見受けられました。

 

世界に対する憎しみを持っており世の中を正したいと思いながら、破滅への道を望んでいるというアンビバレントな感情が、本作の事件を引き起こしたのだと思います。

 

非常に清潔感あふれるアニメであり、犯罪行為すら美しく見えるほどの作品です。

 

ナインの遺言は以下の通りです。

 

「俺たちを覚えていてくれ。俺たちが生きていたことを」

 

なんとも哀愁漂う最期です。そんなナインに単純に勝ちたい思いだけで事件を起こしたハイヴは本作で一番純粋な人物だったといえるでしょう。

 

スピンクスの二人は、事件を起こしながらも「VON(希望)」というメッセージを残しており、事件の内容とは対照的な違った思いが交錯してもがいていたのだとわかります。

 

本作は無敵の人が事件を起こすというなんとも単純明快なストーリー展開でしたが、本作視聴後は自分の心に残響のようなものが鳴り響いています。

 

監獄での生活が中心となっている部になっているので、個人的には好みの部です。徐倫は女性ですが、様々な敵と戦っていくうちに、どんどん成長していき、意志が強い女性となっていきます。その過程も好きです。

 

ラスボスであるプッチ神父は、過去からの解放を望んでメイド・イン・ヘブンというスタンドを発現したと考察されていました。そのために、時間を加速させて、世界を一巡しようと目論みました。

 

結局一巡した世界で、徐倫たちは平穏に暮らしてはいました。理屈という観点からいくと、世界を一巡させたら、前の世界の精神が残るので、次に起こる出来事が無意識的にわかるので、覚悟ができ、その覚悟こそが幸福への道だとプッチ神父は説明していました。

 

ただし、それはあくまでプッチ神父の意見であって、全人口そういった考えかと言われると違います。「正解をおしつけたら不正解」だと思います。

 

昨今ダイバーシティ(多様性)という言葉が騒がれていますが、その言葉を一番理解していなかったのが、プッチ神父だといえるでしょう。個人的にはあらかじめ未来がわかっている状態で生きるのは、安全ですがものすごくつまらない人生になると思います。

 

何が起こるかわからないからこそ、人生は面白いのだと思います。未来がわからなくても覚悟はできると思います。

 

どれだけ失敗しても、失敗した自分を受け入れることができれば、前に進めると思います。

 

 

ジョルノ・ジョバーナがギャング組織に入り、トップを目指す物語です。敵キャラ、味方キャラ含めて双方かっこいいキャラクターが多かったイメージがあります。

 

キャラクターデザインも非常に優れています。

 

話の構成としては、3部に似ており一人の敵キャラを倒したら、次の敵キャラのエピソードが開始される流れとなっております。

 

名台詞もたくさん登場します。

 

「そうだな・・・・・・ わたしは「結果」だけを求めてはいない。 「結果」だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ・・・・・・近道をした時、真実を見失うかもしれない。やる気もしだいに失せていく

 

結果だけを求めると楽したり、いわゆる汚い手を使って行動しようとします。そうなるとその間の過程の学びであったりがすっぽりなくなることになります。

 

「過程があっての結果」という考えが重要な気がします。

 

私はよくお金ばっかり追い求めて行動している節があります。これもいわゆる結果でしょう。

 

そうなると濃密な人との関わりであったり、技術を磨くことの楽しさであったり、貢献することの大切さに気付けないまま人生を終えることになるのだと思います。お金だけ考えてこの長い人生を送るとなると、非常に味気ない人生になるような気がします。

 

「「覚悟」とは………………犠牲の心ではないッ!「覚悟」とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だ・・・・・・・・・・・・ッ!」

 

死ぬ覚悟ではなく、生きる覚悟をしろという意味に捉えました。辛いことがあっても簡単に自殺をするのではなく、暗闇の中で進むべき道を切り開いていきたいものです。

 

本部は非常に名台詞が多い部だと感じました。

 

他の部より不気味さが漂っているのが4部だと感じました。吉良吉影しかり、杉本などに関してもそう感じます。

 

杜王町も不気味な雰囲気を醸し出しています。ミステリー要素も含んでいるので、個人的に好きな部ではあります。

 

吉良吉影はかなり屈折した人物です。狂気を感じるキャラクターは個人的に好みです。そんな吉良吉影のセリフの中で、こういったものがあります。

 

「この『吉良吉影』・・・・・自分で常に思うんだが強運で守られてるような気がする・・・・・そして細やかな「気配り」と大胆な「行動力」で対処すれば・・・けっこう幸せな人生をおくれるような気がする・・・クックックックッ」

 

気配りと行動力、双方重要です。気配りをしないと「気を遣えないやつだ」と揶揄され、行動力がないと前進はありません。吉良の慎重な性格が出ているセリフであります。

 

「わたしには勝ち負けは問題ではない・・・わたしは『生きのびる』・・・・・平和に『生きのびて』みせる」

 

自分の行動のせいで窮地に立たされているのにもかかわらず、生への執着心は人一倍あります。

 

「『勝ち負け』にこだわったり頭をかかえるような『トラブル』とか夜もねむれないといった『敵』をつくらない・・・というのがわたしの社会に対する姿勢でありそれが自分の幸福だということを知っている・・・・・もっとも闘ったとしてもわたしは誰にも負けんがね

 

敵を作らないことが社会に対する姿勢だといっているので、平和主義者に見えますが、殺人愛好家でもあるので、非常にアンビバレントな思いを持つ人間だといえます。

 

矛盾している言動を繰り返すキャラクターを好むことが自分の中で判明しました。岸辺露伴に関しても妙なこだわりを持つ人間だった印象が強いです。

 

不気味な部だといえるでしょう。