非常に印象の濃い部となっています。何と言ってもあの空条承太郎が主人公として登場します。

 

様々な土地を旅しながらスタンド使いを倒していく流れになっており、個人的に流浪人感が出ていて好きです。終盤は仲間のキャラクターが死んで遺志をついていく流れとなっており、お決まりの展開をなぞっていますが、それでも面白いものは面白いです。

 

序盤中盤はあえてあまりディオを登場させておらず、ラスボス感を出していました。花京院、アブドゥル、ポルナレフはそれぞれ良い味を出しており、性格も良いです。

 

個人的にはひたすらツンケンしていたイギーが、ヴァニラ・アイス戦で仲間たちのために意地を見せるシーンはとても良かったと思います。

 

ディオが最終戦の空条承太郎戦で、時を止めた攻撃に対し、空条承太郎も時を止めて攻撃する展開は、ありきたりですが、興奮する展開でもあります。

 

名言は特になく、ひたすら空条承太郎が物理で敵を破壊していくアニメなので、考察には向いていないですが、一番興奮する部ではあります。

 

ファントムブラッド

 

最高の一期です。ここからジョジョとディオの伝説が始まりました。

 

ジョジョは裕福な貴族の家系、ディオは貧乏な家系に生まれているので、当然いがみ合います。そういった運命だったのでしょう。

 

ディオはジョジョに嫉妬し、嫌がらせをしていきます。ただ、ディオはアルコール依存症の父親しか持っておらず、ジョジョに嫉妬してしまうのは致し方ないことなのだと思います。

 

悪い人間は悪い人間になった理由があると思っています。ディオのジョジョへの執着心は見ていておぞましいものがあります。

 

執着をするから、ボロボロの人生を歩んでいるようにも見受けられます。ディオは他人に依存することなく、ディオなりの道を見つけて幸せになってもらいたいと思いました。

 

個人的にはツェペリが好きです。名言も数々生んでいます。

 

例えば、厳しい北風は気骨あるしたたかなバイキングを生んだのだ!」とかです。逆境だからこそ成長するのだというのを間接的にツェペリなりの表現で表しているのだと思います。非常に前向きに考えて行動するキャラクターだといえます。

 

ジョジョ一部に関しては、非常に単純な対立構造を取っていると自分は思っています。勧善懲悪なストーリー展開なので、見ている側としても気持ちがよいです。

 

戦闘潮流

 

非常に印象に残っている部です。特に究極生命体であるカーズとの戦いが印象的です。

 

エシディシやワムウは卑怯な手を使わず戦おうとする意志が見えましたが、カーズはどんな手でも使ってきます。戦士としての誇りという点では、ワムウは素晴らしいですが、私はどんな手でも勝とうとする意志を持ったカーズが好みです。

 

戦士としての誇りを持って勝負をすることは、言い換えると「相手を舐めている」ことになりますから、逆にあまりよろしくないのではと個人的には感じました。

 

最終的にカーズは火山の活動という自然のエネルギーを使って敗れました。この大規模な感じは2部が一番出ているのではないでしょうか。

 

やはり戦いは大規模であればあるほど面白くなるのだと感じます。だからといって大規模にしすぎて、収拾がつかなくなる某アニメ(とある3期)みたいな顛末は望んではいません。

 

個人的に大好きなキャラクターがシュトロハイムです。サンタナの研究でやらかしながらも、平然と戦闘に参加したり、捕虜を全員粛清したりとかなりぶっ壊れたキャラクターです。

 

何度自身の体が壊れても修理して舞い戻る執念と根気が素晴らしいです。「ちょいと右脚がギクシャクするがァァァァ 俺のカラダは 修理は完了ォォォォォ」。完全に狂っています。

 

全編通してキャラクターに個性のある部だと感じました。

 

言わずとしれた神作品です。まず、ルルーシュがなぜ打倒ブリタニアという思考になっているのかは非常に謎です。

 

母親が殺されたことによって、「これ以上ブリタニアに政権を持たしてはいけない」と考えるところまでは理解できます。しかし、そこからルルーシュはブリタニアに敵対する形で、黒の騎士団を結成しています。

 

理知的なルルーシュにしては、非常に不合理な判断だと個人的には感じてしまいます。そして、最終的には自分が犠牲となり平和となっています。とんだマッチポンプ物語です。

 

ラグナレクの接続に関しては、「それでも明日がほしい」と回答して接続を拒否します。

 

集合的無意識を共有する行為は、嘘がつけない世界を作るという意味になりますが、そんな世界は恐ろしいだけです。理想的な世界っぽく言っていますが、私は絶対にラグナレクの接続は反対です。

 

個人的に血染めのユフィのエピソードは大好きです。ユフィと一度は和解したルルーシュですが、ユフィが暴走して人々を殺しだした瞬間にユフィを撃つという決断をするルルーシュは、冷静かつ狡猾です。そういった部分が好きだから、ルルーシュはやめられないといえます。

 

あとは、善意と悪意の対比です。主人公であるルルーシュが悪意の人間として描かれ、敵である枢木スザクが善意の人間として描かれています。しかしながら、主人公目線で物語は語られるので、スザクは悪の人間のように移ります。

 

このように、人の視点の違いによって、誰が悪か善かは切り替わるといえるでしょう。

 

名作です。特に18話と19話が神がかっています。

 

朋也は18話以前までずっと渚の死を引きずっていたため、まともに汐と交わろうとしていませんでした。その行動が汐の心にストレスがかかり、いつも泣いていました。

 

それに気づかなかった朋也がようやく菜の花畑での旅行を通じて、汐の内情に気づくことができました。そして、朋也の祖母である史乃から「直幸(朋也の父親)は誰の手助けも借りず朋也を育てていた」という事実を知り、朋也は今まで嫌っていた直幸に対する印象を変えました。

 

朋也は「なんで自分だけこんなに苦労をしているんだ!」という思いでしたが、周りの人の内情や心の傷を知ることによって、少しずつ自分の近親者とコミュニケーションをとろうとします。その過程がクラナド、クラナドアフターストーリーで描かれています。

 

19話も感動しました。19話で初めて朋也が大人になってから、直幸と本当の意味でコミュニケーションを取ったのだと思います。

 

朋也は周りに恵まれています。片親の状況を我慢した汐、陰ながら助言した史乃、雑ながらも良い関係を保とうとした秋生、心優しい渚、優しくサポートした早苗、粉骨砕身して片親ながらも朋也を育て上げた直幸。

 

18話と19話は、今まで自分ばかりにフォーカスを当てていた朋也がようやく周りの人間の苦労にフォーカスを当てて、その人達とともに前を向いた素晴らしいストーリーだったと思います。

 

名作と謳われている作品です。

 

本作が名作といわれているのは、クレヨンしんちゃん内で初めて、しんのすけが人の死に触れたからです。しかも、しんのすけの眼の前で殺されています。

 

又兵衛が誰に殺されたのかはよくネット界隈で話題になっています。そもそも又兵衛はしんのすけに出会った時点で殺されていたのですが、しんのすけがタイムスリップしてきたことにより、状況は変化し又兵衛が死なずに済みます。

 

それにより、又兵衛は生きながらえることができ、国と姫を守ることができます。しかし、過去の事象が変化してしまっているため、それを修正しようとする力が働き、元々又兵衛が死ぬ原因となった銃弾が又兵衛に当たりました。

 

「過去はどう頑張っても変えることができない」ことを表しているのではないでしょうか。

 

ラストシーンで青空を野原一家で見上げ、それを見てしんのすけが又兵衛(青空侍)の剣を空に掲げます。人の死を受け入れ、その上で前向きに生きようとするしんのすけの姿が映し出されます。

 

私も希望を持って日々生きていたいものです。

 

 

 

名作です。

 

本作はバブル崩壊後に作られており、それによって本作の舞台が遊園地となっております。しかし、それは歪な形をした遊園地です。

 

現実世界でも、バブル崩壊後の人々は先の見えない不安に取り憑かれていました。その不安を具現化したのが、本作の遊園地だといえるでしょう。

 

本作は虚無主義への抵抗がテーマだといえます。現にス・ノーマンというキャラクターは雪だるまの格好をしています。

 

冷めた感じで行動しているキャラクターが大勢います。それに対し、熱さで対抗するしんのすけ一味がいるのだと思います。

 

野原みさえは「踊りはテクニックじゃないわ。ハートよ。」と発言しています。ここでも熱さが強調されています。

 

そして、最後のチェイスシーンは名シーンです。ここで注目したいのが、みさえとひろしのセリフです。

 

追いかけっこをしている最中、みさえは夫の安否を心配するセリフしか発していません。そして、最後に敵を倒した際にひろしは「倒したぞー!」と発言するのではなく、「しんのすけ!」と息子の名前を発しています。

 

これは、クレヨンしんちゃん全編にいえることですが、野原一家の家族の絆がいかに固いものかを主張しています。

 

私も世帯を持ってみたいと思ってしまいました。

 

率直によかったです。疾走感もありました。

 

無理やり感動させるような描写も特になく、ただ単に秘伝のソースをソースの健にわたすため奔走する物語です。本作ではかすかべ防衛隊が活躍しています。

 

その点から、誰かと協力して物事を成し遂げる大切さが学べます。つまり、協調性です。

 

マサオ君ははじめ一枚のクッキーを自分だけ食べるために残していましたが、最終的にはみんなで分けるためクッキーをみんなで分けます。なりげないシーンですが、ここでも協調性が主張されています。

 

A級グルメ機構のグルメッポーイは、最終的にB級グルメの代表格であるソースの健の焼きそばに舌鼓を打ちます。ありきたりなシーンですが、とても感銘を受けるシーンです。

 

オトナ帝国や戦国、ロボとーちゃんなどの感動作もよいですが、ただ焼きそばをみんなで食べてワイワイする楽しい展開も良いのではないでしょうか。なんというか、クレヨンしんちゃんらしい展開です。

 

最後に焼きそばを作るのが、ソースの健ではなく、かすかべ防衛隊なのもクレヨンしんちゃんらしいです。

 

私もB級グルメが食べたくなりました。

 

泣ける名作です。本作の魅力は、ずばりラストシーンに集約されています。

 

つまり、ロボとーちゃん(野原ひろしの偽物)と野原ひろしの腕相撲シーンです。

 

ロボとーちゃんと野原ひろしは、全く同一の記憶を保持しています。ですので、ロボとーちゃん=野原ひろしという構図が一瞬できるのですが、生身の野原ひろしはもちろん一人しかいません。

 

みさえの「あなた勝って!」というセリフで、野原ひろしがパワーアップしたのに対し、ロボとーちゃんはそのセリフが野原ひろしに向けたセリフだと気づいてしまいます。その時点で、勝負が決着してしまいます。

 

しんのすけは優しい人間なので、両方応援していましたが、みさえは野原ひろしに肩入れしていました。本物の家族の絆が見られる良いシーンです。

 

ロボとーちゃん側からすると、非常に切ないシーンです。やりきれない気持ちで胸がいっぱいでしょう。

 

ロボとーちゃんという存在を作った科学者に責任があると思います。ロボとーちゃんは非常に不憫です。

 

双方の差が色濃く出たシーンだと思います。

 

私が偏愛しているアニメの一つです。簡単に言いますと、女装している殺し屋の物語です。

 

殺し屋や私立探偵、マフィア、暴力団などが入り混じった物語です。なぜかその人達が野球チームを結成しているというポップ感も好きです。

 

内容はかなり暗いですが、その内容をポップに表現しているので、非常に見やすい作品です。

 

林の昔の知り合いである緋狼のエピソードが個人的に好きです。中国の貧しいところから成り上がる泥臭さが非常に良いです。単に、泥臭いバトルが繰り広げられるのですが、それでいいのです。

 

群像劇の要素もあると思います。ですので、類似アニメでいくと、『デュラララ!!』になると思います。

 

OPもかなり良いです。疾走感のある曲であり、本作にぴったりです。

 

曲のタイトルは『ストレイ』です。「道に迷う」や、「さまよう」という意味があります。

 

孤独を強調しています。「生き残る」というメッセージもあり、本作と内容が被っています。

 

自分の泥臭さに磨きをかけることができる作品です。

 

名作です。自分のためにあるかのような作品です。

 

簡単にいうと、才能があってもプライドが高い人間は落ちぶれることを言いたかったのではないでしょうか。そもそも李徴が詩人になったのもプライドが高いせいですし、詩人になってからも、自分より才能が低い者に追い抜かされることに怯え、虎になったのでしょう。

 

最終的には李徴は草むらの中に帰ってしまいます。羞恥心に勝てなかったのです。

 

自分の実力不足を認め、自分なりに努力し、協調性を意識して行動を起こせば李徴の未来は変わっていたのではないかと思います。せっかく嫁や子供をもらっているのに、もったいないです。

 

本作のポイントは、救おうとしている仲間がいる点です。本作では袁傪だったりします。

 

そして、一人になればなるほど、自尊心と羞恥心が膨らむ結果になることを本作で教えてくれています。

つまり、社会になじもうとしないと、天から与えられた才能も無駄になってしまうことを本作で示しているのだと思います。