非常に面白い作品です。純粋に力を求める孫悟空たちの姿を見ると、自分ももっと純粋な気持ちで仕事に取り組む必要性があると感じました。

 

魔人ブウやセルは、孫悟空一人の力で倒されたのではなく、地球の人々の力を借りたり、悟飯との親子かめはめ波で倒されました。ですので、周りの人々の協力があってこそ真の力が発揮されることを言いたかったのではないでしょうか。

 

個人的に好きなシーンは孫悟空がカリンの塔に到達したときの報酬のくだりです。報酬は結局なく、ここまで来た己の力のパワーアップが報酬だという展開には感銘を受けました。

 

本作では武力で解決をするキャラクターばかりですが、唯一ミスター・サタンが武力ではなく人望や交渉術で敵を翻弄しました。彼の戦い方には学ぶものがあります。

 

そして、かなりプライドの高かったベジータが孫悟空を認めるシーンはかなり良かったです。一番人間的に成長したのはベジータだと思います。

 

そして、勝つことにこだわるのではなく、純粋に戦いを楽しむことにフォーカスを当てている作品だと思います。なぜなら、大人数で強大な敵に向かえばいいものの、本作ではじゃんけんをして一人ずつ出て敵と戦っているからです。

 

本作からはお金にとらわれることなく、「今この瞬間の出来事を楽しむ」ことが重要であることを教えられました。

 

個人的にはかなり好きな作品です。

 

家族で「今晩は奮発して買ってきた焼き肉にしよう」と意気込んでいたのですが、急に有限会社スウィートボーイズを名乗る集団に襲われ逃げることになります。非常にでたらめな物語です。

 

本作は夕飯に焼き肉を食べるためという目的のためだけに奔走しています。つまり、本作はたった一日の物語です。このハチャメチャ感が非常に好きです。

 

急に指名手配され、自転車に追われ、ボスと戦ったりと、道中では非日常シーンが続きます。しかし、序盤のシーンは日常シーンです。つまり、「焼き肉にしよう」と意気込んでいたときです。

 

終盤では新幹線に乗って、実家の春日部に戻り、焼き肉を家族で食らうシーンが映し出されます。よって、本作の構成としては、日常→非日常→日常という風にシーンが切り替わります。この荒唐無稽な感じが非常に好みです。

 

そして、非日常のときに絡んだ人たちとは、日常のときに絡む場面はありません。まさに、一期一会だといえるでしょう。

 

もう絡むことはないですが、このせつない出会いを繰り返している本作は非常に良いと思います。

 

非日常のシーンは我々では経験できないところですが、日常でのシーンの焼き肉を食らうという行為は我々でもできます。このアンビバレントな感じが非常に好みです。

 

最高の漫画です。

 

今作では村岡という悪徳社長と、十七歩という変速麻雀をします。カイジで考案されるゲームはどれも簡略化されており、簡単そうに見えますが、非常に奥深いのが魅力的です。

 

結果的には村岡の行動を先読みし、幻の5枚目の白を作り出すことでカイジは4億ほどを手にしています。

 

トイレの貼り紙にあった言葉である『見えざるものを見よ』によって、カイジは牌に白い紙を両面テープで貼りました。

 

リアルの世界でも結構大事ではないでしょうか?見えないところに大切なものがある。そこに活路がある。

 

そういった天啓みたいな発想を自分も持ちたいものです。

 

カイジの戦い方には目を見張るものがあります。いわば十七歩が行われている場所は、完全に村岡のホームグラウンドです。ですので、イカサマし放題です。

 

実際黒服たちをイカサマの道具に使用していました。それに対し、カイジもイカサマをしようとします。しかし、バレたら終わりなので、うまく相手のイカサマを逃れ、なおかつ自分もうまくイカサマをするという所業をやってのけます。

 

天才的です。途中感情的になって牌を落とすシーンがありました。決して完璧ではないが、天才的な博打打ちであることに伊藤開司の魅力が詰まっています。

 

しかも、艱難辛苦をともに乗り越えてきた仲間を信じようとするシーンもあるため、人間くさいところもあります。

 

それ込みで、伊藤開司という人物は人間として素晴らしいです。現実世界ではクズと呼ばれるタイプですが笑

 

今作ではカイジはゲームを行わず、光山、チャン、マリオという3人の新キャラクターが命がけの友情ゲームを行います。

 

今まで散々気を遣われ続けた和也は、人間の友情など信じておらず、反対にカイジは人間の友情を信じています。前提としてそういった対立構造があります。

 

被験者となる三人組は、元々かなり強い結束でつながっていましたが、和也の様々な罠によって、どんどん崩れていき、最終的には光山一人が7000万超をゲットするというなんとも救われない結末となりました。その結末が逆にリアリティがあると感じられました。

 

チャンとマリオはかなり貧乏の出であり、辛い過去が漫画にて記されていましたが、その展開はどこかありきたりなバックグラウンドの説明かと思われました。

 

正直なところ、和也編は他のカイジのパートと比べるとかなり見劣りする話です。しかし、人間ドラマという点においては、他のパートに引けを取らない部分が沢山あると思います。

 

「人を信じる」という自分の信念を貫き通したチャンとマリオ。対して、自分の信念を疑った光山。

 

金銭では大金を手にした光山ですが、チャンとマリオは本ゲームにおいて人間としては勝ったと思っております。

 

素晴らしい作品です。

 

まずエリーはゾンビに対抗する抗体を持っています。ですので、エリーを殺せば大勢の人類が助かる構図となっております。

 

しかし、最終的にジョエルはエリーを生き残らせる選択を取ります。つまり、ジョエルは数の理論より、個人的感情を優先した格好になります。

 

エリー本人からしたら、大勢の命を犠牲にして生き残っている形になっているので、一般人より命の重みというものを感じていると思います。ですので、自殺未遂をしたことがある方は、ぜひ本作をプレイしてもらいたいものです。

 

テスはエリーとジョエルの囮となり、自らの命を犠牲にしました。ビルは己の命の確保を最優先とし、ジョエルとはあくまで利害関係の中で結ばれているという姿勢を崩しませんでした。食人を行っていたデビッドは、他人の命をも犠牲にし、自らの命を生き長らせる姿勢を保っていました。

 

デビッドは論外として、他のキャラクターに関しては、「どの生き方が正解か?」という答えはないと思います。それぞれのキャラクターが必死に生きて考えて選んだ選択肢なら、こちらが文句を言う筋合いはないと思います。

 

あなたは、本作のような状況になったら、どのような行動を取りますか?よかったら、コメントで教えていただけると幸いです。

 

考察するタイプの作品ではないのは確かです。それでも無理やり考察してみます。

 

考察するタイプではない作品とは、つまり感性的な作品のことだと思います。物語を紐解いて自分で解釈するのではなく、「このシーンやキャラクター、いいなぁああ!」という風に脳で感じて勝手に興奮するタイプだと感じられます。

 

あえて考察するなら、欲望に忠実な人間たちが渦巻いている漫画だといえるでしょう。主人公のデンジは特にそうです。

 

素直で、ぶっ壊れてて、見ていて気持ちの良いキャラクターがたくさん存在します。割と自分も欲望に忠実に行動しているのかなと思いつつ、デンジほど振り切れていないことに少々の寂しさを感じます。

 

多分デンジにあこがれているのでしょう。現実世界で欲望に忠実な生き方を許されるのは、稀有な才能を持つ者のみです。それはチェンソーマンの作者だったりするのでしょう。

 

自分は許されないのでしょう。それでもどうしてもそう生きてみたいから、真似をしてしまうみたいな部分は否めません。

 

素直に憧れから降りることができれば楽なんでしょうけど。。

 

うまくできません。

 

機動戦士ガンダムを今更ながらに視聴いたしました。なかなか人間くさいストーリーだったので、個人的に好みでした。

 

アムロとシャアは、完全な勧善懲悪になっていないことが一番の肝な気がします。アムロは地球連邦軍として活躍していますが、シャアも単純にアムロの敵として存在しているのではなく、ザビ家に近づいて復讐するためにジオン公国軍として存在していました。

 

戦争というものは、正義VS悪ではなく、正義VS違う正義の構造だということがわかります。

 

個人的に好みだったエピソードとしては、ククルス・ドアンの島です。その島にドアンという男がいます。ドアンは元々ジオン公国軍の兵士でありましたが、上官に子どもたちを殺すよう命令されたので、それに反発する形で、軍を抜け出しました。

 

そして、子どもたちとともに島にて過ごすことを選びました。その際、ジオン軍などが島に近づき攻撃する時があったので、それを阻止するためにどうするかをアムロに聞いたシーンがあります。

 

その際、アムロはドアンが搭乗していたザクを海に放り投げました。つまり、自分が攻撃する意志を持たなければ敵はやってこないという意味を表していると思います。

 

これは現実世界でも同じことが言えると思います。少しでも攻撃的に振る舞ったら、すぐさま相手から攻撃が来ます。高圧的な態度をとったり、人相が悪かったり、攻撃的な発言を繰り返す人は気をつけたいものですね笑 

 

アムロがザクを捨てるシーンは、アムロの人間性も表しています。彼の誠実性が出ています。

 

そして、特殊な能力を表すニュータイプという単語も出てきます。

 

そして、その能力は戦争のために利用されます。本来味方になれるはずのララァとアムロはニュータイプという特性のため、刺し違えることになります。ララァは特にニュータイプという特性に呪われた被害者であるといえるでしょう。

 

ララァはシャアに能力を見出されて兵士になっているので、無能力のほうが幸せだったのではないかと個人的には感じてしまいます。

 

いろいろな人々の意志が交錯することによって、物語が紡がれていくのだと改めて感じました。

 

龍が如くの外伝であり、幕末の物語を下敷きに敷いた「龍が如く 維新! 極」を語りたいと思います。

 

吉田東洋暗殺の犯人を探して殺すべく、新選組に潜入する坂本龍馬(桐生一馬)。復讐のために行動していましたが、結局ラスボスである武市半平太を殺すこともせず、許す道を選びました。

 

桐生一馬らしい事の顛末だったと思います。

 

非情な行動をしてでも国を変えようとした武市半平太と、愛と道徳心を持って国を変えようとした坂本龍馬。

 

ラストバトルにて、武市半平太が坂本龍馬こそ日本を変えるべき男だと悟ります。龍が如く3のラストバトルで峯義孝が悟ったシーンと被りました。

 

今作では土方歳三役として峯義孝が登場したのは非常に嬉しかったです。無事桐生一馬の仲間入りを果たしていました。

 

吉田東洋暗殺の真相を知るため新選組に入ったという経緯がバレながらも、殺されずにすむ坂本龍馬の人望は見習いたいものです。

 

刀での戦闘シーンもかなり見ごたえがあり、グラフィックも異常に綺麗です。戦闘シーンを見ているだけで惚れ惚れするゲームです。

 

龍が如くの特徴である人情の部分が、幕末の物語と相性が良かったのだと感じました。

 

普段のナンバリングタイトルに劣らない物語でした。今度は見参極をプレイしたいです。

 

久々に映画館でアニメ映画を鑑賞しました。

 

オムニバス方式で、短いストーリーが紡がれていく形で話が展開されていきました。展開が少し荒いと感じましたが、ゆるゆりならではの癒やしパワーによって、荒さは消されました。

 

とにかく、かわいいし癒やされる。。ただ、可愛い三姉妹がワチャワチャしているだけですが、それこそがゆるゆりの良さです。

 

笑える部分も多少あり、程よいバランスでした。アニメを死ぬほど見ていた中高生時代を思い出し、ノスタルジーに浸っていました。

 

昨今、意味のあるものを見ようとする傾向にある人が多いですが、ただただ見て「いいなぁ」とぼやくだけでも良いのではないでしょうか。

 

上映時間が50分なので、一瞬でしたが、満足して帰りました。

 

 

 

 

 

 

名作です。

 

犯行動機は怨恨によるものでした。その殺人事件の様相を見て、光彦と歩美ちゃんがこう語ります。

 

「でも……どうして人は人を傷つけたりするんでしょう?」(円谷光彦)
「みんなが仲良く暮らせればいいのにね」(吉田歩美)

 

それに対し、灰原と阿笠博士は

 

「無理ね。人には感情があるもの。目には見えない上に、とても変わりやすい厄介な代物がね」

「それが友情や愛情ならいいけど、何かのキッカケで嫉妬や恨みに変われば、殺意が芽生えることだってあるんだから」(灰原)

 

「人はふとしたことで、傷つける側にも傷つけられる側にもなる。そうならないためには、あいてのことを思いやる気持ちが必要なんじゃ」(阿笠博士)

 

と語ります。

 

相手を思いやる気持ちが重要だとはいいますが、相手がリスペクトのかけらもない人間ならば、その相手を思いやる必要は全くないといえるでしょう。そんな相手にまで思いやっているとこちらが損します。

 

うまく感情を隠して立ち回る必要がありそうです。。

 

感情がとても変化しやすく厄介なものとあらかじめ認識しておけば、そんなに人に期待せず行動することが可能でしょう。

 

最終的に少年探偵団が作ったメダルの紐によって、コナンは九死に一生を得ます。思いやりの力によって、幸運が巡ってくるという展開をとりました。

 

これは、コナン君や蘭の日頃の行いの良さがこういった展開へと至らしめたのでしょうか笑

 

真犯人を毛利小五郎が当てる流れも良かったです。真犯人が妃英理に似ているのも伏線でした。

 

学びもあり、普段おちゃらけている毛利小五郎が大活躍したりと、良い要素がたくさんある作品です。